傀儡兵を40体……
「これだけあれば何とかなるかしら……」
できればもっと送りたいけれど、転送にエネルギーを回しすぎるとアリシアの……
「いいえ、私の魔力も使えば、あるいは……」
不健康な顔でにやりと笑う彼女の顔は、とても嬉しそうで、とても楽しそうで――酷く、疲れていた。
『ごくろうさまです。 現在の状況は?』
定時連絡である。
「先ほど飛んで行ったクロノ執務官の協力もあったので、なんとか予定通りです。」
『それはよかったです。 無理はしないでくださいね。』
「はい。」
『では、何かあったらすぐに知らせてくださいね。』
「もちろんです。」
ピッ
「班長、この地点の状況は終了しました。」
「わかった。 よーし、次の設置場所行くぞ―!」
「了解!」
『何か痕跡はありそう?』
「どうかな…… 一応調べてはみるが、期待はしないでくれ。」
クロノはジュエルシードの反応があった地点に来ていた。
『ここまで何も手がかりが無いなんてね…… 一体何者なのかな?』
「……とても用心深い奴だと言う事だけは確かだな。」
これまでずっと後手に回っているが――後手に回っているからこそ、何一つ手がかりを残さない相手の用心深さが不気味に思える。
「封印魔法はかなり魔力を消耗すると言うのに、その痕跡が残っていないという事から考えられる事は2つ。」
『封印魔法を使った後で痕跡を消す魔法を使えるくらいに魔力量が多いか、そもそも痕跡が残らないように構成した封印魔法を使用しているか、だね?』
「ああ。 前者の場合でも後者の場合でも、非常にやっかいだ。」
『そうだね。』
────────────────────
15個目のジュエルシードを回収してついさっき日付が変わったばかりだけど、これから海に落ちているジュエルシードを回収する。
義母さんたちの準備が整う前に行動しないと面倒な事になりそうだからだ。
《6個あるといいですね。》
「そうだね…… 6個あれば、後は隠れるだけなんだけどね。」
なのはちゃんには後で「急な用事が出来たから帰る事になりました。 時間が無くて別れのあいさつも出来なくてごめんね。」とでも手紙を出せばいいだろう。
プシュー
「どうかな? 変?」
《変ですね。》
「よし。」
石鹸やシャンプーで洗い落とせるカラースプレーで髪を青く染めた。
「後はこの金色のカラーコンタクトを……」
バリアジャケットを弄れば変装なんて簡単だけど、何せ相手は世界を滅ぼせるジュエルシードだ。 そんな所に余計な魔力を回して万が一の事態になったら『悔やんでも悔やみきれない』なんて思う事すらできなくなる。
「まぁ、私の姿なんてあっちにはバレバレなんだろうけど。」
金髪オッドアイと青髪金目、どちらが本当の姿かわからなくなれば――いや、『どちらも偽の姿で本当の姿は別にある』と思ってくれれば……
可能性は低いけれど、やらないよりはやったほうがいい。 リスクはカラースプレーとカラーコンタクト代くらいなのだから。
────────────────────
昨日――数時間前に、計器を設置していなかった地点でジュエルシードと思わしき魔力を感知した時は『そんな事もあるだろう』と思っていた為に焦る事は無かった。
アースラに積んでいた機材の数量や精度等を考えると殆ど回収し終えているだろう地上部分はアースラに観測させるしかないのだから仕方ないと。
だが――
「封鎖結界!?」
もし正体不明の相手がこちらの動きに気づいて計器設置の妨害工作を仕掛けてきた時の為に地上に配備していた――ついでに計器等の設置作業をさせていたクロノ執務官をジュエルシードが暴走したと思われる地点に向かわせたけれど、彼が着いた時にはジュエルシードもそれを回収したと思われる人物の影も形も見つからなかった事すら予想通りだった。
だからこそ、リンディは思っていたよりも早くその時が来た事に驚いた。
数時間前にあれだけの魔力を封印したはずの人物がこれだけの規模の封鎖結界を張る事ができると言う事に。
『はい。 突然、海上に展開されました。』
封印魔法はかなりの魔力を必要とするというのに……
この謎の人物は一体どれだけの魔力をもっているのだろうか。
「中には入れそう?」
『20分もあれば。』
「20分…… わかりました。 こちらも20分でできる限り――なっ!」
『え? どうしましたなっ!』
海上にリンディから見て20以上の巨大な人型――バルディッシュのデータにあった傀儡兵が現れた。
『あ、あんな物を管理外世界に送ってくるなんて!』
「封鎖結界に入るのは取りやめ! 大急ぎでこちらも結界を!」
『了解!』
管理外世界の人たちにあんな物を見られるわけにはいかない。
「エイミィ! クロノ執務官を!」
「今呼び出しています!」
戦闘は無かったものの、相手が封印魔法を使った以上暫くは動きが無いだろうと思って休息させていたのが裏目に出て――
『わかっている! あんな魔力を感じたら嫌でも起きる。
提督、クロノ・ハラオウン執務官は現時刻よりあの傀儡兵の処理を行います!』
「ええ。 お願いします。」
何時でも出撃できるようにしていたのだろうか?
クロノは寝間着に着替えたりなどをしていなかったようである。
「エイミィ、アースラにもあれが送られてくる可能性が――」
「わかりました。 レベルを上げておきます。」
「ええ。」
クロノもエイミィもこちらが全部言う前にその意図を汲んでくれるので非常に助かる。
「プレシア・テスタロッサ…… あなたがジュエルシードに望むのは……」
海上に続々と現れる傀儡兵を見ながら、誰にも答えられない疑問を……
《マスター、大丈夫ですか?》
「うん。 これくらいなら想定の範囲内だよ。」
海中に魔力を注ぎ込みわざとジュエルシードを暴走させる事でできたのは6つの柱。
すなわち、これを回収し終えれば後は姿をくらますだけでいい。
「それよりも怖いのは母さんが送ってくる傀儡兵だね。
私の結界は『ミスト』のよりも脆いから、さっさと封印しないと邪魔されちゃうかも。」
今こうしている間にも結界がダメージを受けているのがわかる。
これがアースラ――義兄によるものであるならまず話し合いになるだろうが、傀儡兵によるものであるならば破壊された瞬間に攻撃を仕掛けてくる可能性は高い。
「さあ、一気に決めるよ! バルディッシュ!」
《了解!》
ガゴオオオオオオオオン
傀儡兵の1つが結界を破壊すると、そこには黒いバリアジャケットを纏った青い髪の女性が6つの青く光る石をその手に持っているのをクロノは見た。
「悪いけど、これは封印処理して誰にもわからない場所に隠させてもらうから。」
傀儡兵とこちらの姿を確認して、女性はそう言い切った。
「待ってくれ! それは管理局が――」
「この青い石の暴走で一人の女の子が死ぬかもしれなかった――いや、すでに被害者がでているんだよ?」
「ぅ! それは……」
この世界に来て情報収集をした結果、ジュエルシードによって狂暴化した犬が飼い主を殺した可能性がある事は知っていたし――
「私が封印しなかったらあの子は死んでいた。」
彼女があの子と呼んでいるのが、おそらく走っている車を襲われて左手を怪我した高町なのはの事だろう。
「そうかもしれないが、だからこそ、そんな危険な物は――」
だが、彼女から攻撃をされた事は無いので、まずはこちらの話を聞いてもらう事から始めなければならない――いや、先ほどの結界の強度などを考えると話し合いの場に着いてもらえないと面倒な事になりかねない。
「もしかしたら、私がいなくてもあの私に似た女の子が封印していたのかもしれないね?」
「え?」
何を言い出すんだ?
「でも、あの子が来るまでに私が封印した青い石の数は6個――」
「ろっ!」
それはクロノたちが思っていたよりも多かった。
「彼女が来るまでに、なのはちゃんを襲ったあの犬は何人をかみ殺していたと思う? 他の5個もどれだけの被害を出していたと思う?」
突然そう言うふうに言われると、こちらも咄嗟に言い返す事ができな――
『その石を渡しなさい!』
傀儡兵から合成音声が鳴り響き、女性に襲いかか――
《ラウンドシールド》
ガギィイイイイ
女性が展開した虹色の防御魔法が、その一撃を簡単に防いだ。
「だから、あなたたちが何者でこの青い石が何なのかわからないけれど、こんな危険な物は封印処理して誰にも見つからない場所に隠すに限る!」
「なっ!?」
魔法を使っているのに時空管理局を知らないのか!?
いや、だとしたら、あの2人を縛るだけ縛っておいて放置していたのは管理局に見つけさせる為ではなかったというのか?
……それとも、単純に僕の言った事を聞いてなかったのか?
『そんな事を言って、独り占めしようと言うのね!』
確かにその可能性もあるが……
「何とでも言えばいい――というか、そんな物を送り込んできている時点で、独り占めしようとしているのはどちらなのかは一目瞭然だと思うんだけど?」
女性は呆れた口調で傀儡兵にそう言った。 ……僕も同意だ。
ジュエルシードの魔力は馬鹿みたいに多い。 彼女が何か目的があってジュエルシードを集めていたとしても、6個もあれば十分だろう。 それ以上はむしろ多すぎて使いこなせないだろう――彼女がどれだけ強くても、所詮は人間なのだから。
「とにかく、あなたたちが何者なのか分からないけど、これは私が責任を持って処理しますので、これでお暇させていただきます。」
ビュワッ
海の方へ逃げた!?
『逃がすかぁ!!』
傀儡兵が私を追いかけてくる。
【母さんとアリシア――義兄さんたちにも悪いけど、ね。】
あの場所に居ても傀儡兵――最悪義兄さんとも戦闘になって、街に被害が出るかもしれな――いや、まず間違いなく被害が出たはずだ。 『ミスト』の時――あの時の母さんは明らかに街への被害を考えていなかったのだから。
だから、このまま逃げ続けて傀儡兵が陸から十分離れたら、転移魔法で姿をくらます。
【《世界を滅ぼす可能性が高いですからね。》】
『ミスト』に言われた時は信じられなかったけれど、アースラで傀儡兵が暴れているのを見て、母さんが街の被害を考えていない事をわかって泣いた事も、今では懐かしい。
【ただ、義兄さんが予想以上の速度で追いかけてきているのは想定外。】
【《これでは私たちが転移した途端に、追いかけてきている全傀儡兵のターゲットが彼に移ってしまうかもしれませんね。》】
封印作業中に傀儡兵の攻撃を受ける可能性を考えて念の為にバリアジャケットを強化していたのは失敗だっただろうか? 防御力の代わりにスピードを犠牲にしてしまった為に――いや、傀儡兵の速度がコレで限界なのだとしたら、結局は速度を出すわけにはいかず、義兄にもおいつかれているだろう。 スピード重視の方が意味はなかったはずだ。
【共闘かな?】
【《そうですね。》】
彼以外のアースラクルーが追いついてくる前に傀儡兵を減らす。
「そこの黒い人!」
「黒!? ……なんだ!?」
「こんなのにストーカーされていたら家に帰れないじゃないか!」
「は?」
「『は?』じゃない! このでかいのはあなたたちの物なんでしょう?」
一応こっちは母さんの事も管理局の事も知らないと言う事にしている事を忘れない。
「違う!」
小さい義兄さんが怒った姿は結構かわいい。
「違うの?」
「ああ!」
「じゃあ、なんで追いかけてくるの?」
少し意地悪な質問だけど、重要な事。
「あれを操っているのが、その青い石を私利私欲の為に使おうとしているからだろう。」
「その言い方だと、あなたは私利私欲で使わないと言いたいの?」
「もちろんだ! 僕は時空か――」
悪いけど、管理局という言葉を聞くわけにはいかない!
「なら、今はこいつらを!」
《ザンバーフォーム》
「くそっ!」
《ブレイズキャノン》
さっきからずっと言いたい事を最後まで言えないからストレスが溜っているのかな?
でも、こちらにも色々事情があるんだ。 ごめんね。
まあ、それはそれとして――さぁ、戦闘開始だ!
強い。
傀儡兵の攻撃をものともしない防御力、そもそもこちらの様子を見たり守ったり回避すると陸に向かってしまう攻撃をわざと受ける時くらいしか当たらない機動力、そして一撃一撃が確実に致命的なダメージを与えることができるその攻撃力。
それらのどれをとっても一流だ。
「しかし、魔法はミッド式。」
それなのに管理局を知らないという事があり得るだろうか?
『クロノ君、大丈夫?』
「ああ。 数は多いが、確実に減らせている。」
僕だけだったらこの数をこのスピードで片付けるのはまず無理だ。
『たぶん、彼女は――』
「わかっている。」
残り数体になったらこっちに押し付けてまた逃げ出すだろう。
「応援は?」
『後10分。』
早くは無いが遅くもない。
「なら、今の内にバインドしてしまうか?」
『あの人のシールドは構成が複雑なだけじゃなくて魔力自体も防御に特化しているのか、かなり固いよ? クロノ君のバインドが通用するかな?』
「多分無理だろう。」
相手に聞かれているとわかっているからこそ牽制の意味で聞いてみただけだ。
仮にバインドが効いたとしても、流石にこれだけの傀儡兵を相手に10分間もバインドで動けない人を守りきる自信はない。
「だが、逃がすわけにもいかない。」
あれは本人に使うつもりはなくとも、『願いを叶えてしまう道具』だ。
「彼女ほどの魔力があれば封印処理に失敗する事も無いとは思うが……」
どれだけ強くても、一人でできる事なんてたかが知れている。 万が一、億が一、1人でやる以上は失敗したかどうかチェックするのも彼女だけ――
『クロノ君!』
「ああ!」
上空の空間に亀裂が!
「きゃあああああああ!」
「次元跳躍攻撃だと!?」
彼女は咄嗟に防御したようだが、完全に防げなかったらし――
「しまった! 狙いはデバイスか!」
彼女のデバイスが空間に生じた穴に吸い込まれるようにして消えようとしている。
「間に合ええええええええ」
傀儡兵などこの際無視してデバイスを追う。
『クロノ君! 無茶だよ!』
「だが、あのデバイスの中にはジュエルシードが!」
手を伸ばしても届かない現実なんて、どこにでもある。
100725/投稿
100801/誤字修正