私の世界で『ミスト』が結界を張った場所からそこそこ近い海辺の公園には管理局の――というよりアースラのクルーが何か色々としていた。
「執務官だったから変装する時にどんな格好を選ぶかとか、そもそもアースラクルーとはそれなりに顔見知りもいたから、あの変な変装しているのは誰なのかとか全部わかっちゃうんだけど……」
幼い私は前回の私と同じように1個もジュエルシードを手に入れていないから、上手くいけば私がそうだったように『ジュエルシードを集めようとしている人はいなかった。 そもそも第97管理外世界にジュエルシードがあったのかすら不明』というようになるはずだったのだけれど……
「やっぱり、アルフが全部話しちゃったかな?」
《幼いころのマスターの母親への依存はかなりのものでしたから、ジュエルシードの事を喋るとしたらアルフでしょうね。》
振り返ってみると、私はかなりのマザコンだった。
もしかしたら、二度と子供と離れたくない母さんが自分へ依存するように性格付けをしていたのかもしれない。 ……だとしたらあの扱いは納得いかないけれど。
「どうせならアースラが時の庭園に乗り込んで母さんを捕縛してくれていればなぁ……」
《流石にそれは……》
母さんはジェルシードを持っていないはずなので『ロストロギアの不法所持』で逮捕はできない。 仮に、彼女の罪で今立証できそうな物は『児童虐待』くらいだが、それはアースラの役目ではない。 ……担当部署に連絡くらいはできるだろうが。
時の庭園を調べたら『娘のクローンを作っていた』と事も立証できるだろうが……
「海で封印中に傀儡兵を送り込んで来ない限り、管理局は動けそうにないね。」
《その様です。》
「海からジュエルシードの物と思われる魔力を計測する事ができました。」
海を調べていた1人がアースラに連絡を入れる。
『ご苦労様です。 それで、場所の特定は?』
「難しいです。 データからおそらく4つ以上のジュエルシードが落ちていまして、それぞれ海の波などに影響を受けたり与えたりしているようで……」
『計測前に推測した通りという事ですね。』
地上に降りる前から海に落ちている個数とその場所を特定するのは至難である事はわかっていたのでそれほど落胆は無い。
「はい。」
『わかりました。 では、予定通り4班に分かれて行動してください。』
「はい。」
通信が終わる。
「どうでしたか?」
「予定通り行動するようにと。」
「そうですか。 それじゃあ夜勤になる4班を確保した宿泊施設に向かわせます。」
「ああ。」
本当なら寝る時くらいアースラに戻りたいのだが……
転送の度に魔力が放出されてしまい、その魔力を正体不明の相手に感知されて警戒されるのはよろしくないのだ。
「計器の設置状況は?」
「ここは予定通り後2時間で。 海上への設置は30分ほど遅れそうです。」
「そうか。」
名もなき管理局局員たちは今日も頑張っている。
プレシアはその局員たちの行動を監視していた。
アースラクルーは変装しているが、『たくさんの大人が海辺の公園でごちゃごちゃしている』状況を発見したら、怪しまれるのは仕方ない。
まして、この世界では魔力を持った人が少ないはずなのにこの集団を構成している者たちのほとんどが魔力を持っているときたら……
「海か……」
地上に何かを設置している様子は無いのは、艦の計器の性能が良いからか?
「いや、例えそうだとしても私なら幾つか設置する。」
ジュエルシードの力を知っているのなら、私ではなくても念には念を入れるだろう。
「と言う事は、地上のジュエルシードは全て回収したか回収の見込みがあり、残るは海だけだから――という事ね。」
もう、人形が思った以上に使えなかったせいで管理局にジュエルシードが渡ったと考えるべきだろう。 だとすると、こちらも次の手を打つしかない。
「セキュリティが甘くなるけれど、計画が上手くいけばそもそも必要が無くなる……」
あの場所への道が開く時に此処は崩壊するだろう。
ならば、今後の為のセキュリティなど考える必要もない。
「アリシア、もうすぐよ……」
【《マスター!》】
【うん。 隠蔽しているけど私には――私とバルディッシュにはわかる。 ずっと昔に感じた事のある、この懐かしい魔力は――母さんの物だ。】
おそらくサーチャーでアースラクルーの様子を探っているのだろう。
【《そろそろ行きましょう。》】
【うん。 母さんにばれても面倒だし、何より女1人で公園に長居していても怪しまれる対象になるだけだしね。】
用も無いのに公園に来たと思わるのも不味いので公園のトイレで1分ほど時間を潰してから翠屋へ向か――
【そっか、この時間、なのはちゃんはまだ学校だね。】
【《そうですね。》】
【それじゃあ…… 図書館にでも行こうか?】
【《この付近の地理データはすでに入っていますが?》】
【いや、そろそろはやてとも接触しようかなって。】
はやては無限書庫の司書だった。
単純に考えすぎかもしれないが、大きな図書館から当たっていけば偶然接触する可能性はあるだろう。
シグナムたちがジュエルシードによって生まれたのだとしたら、15個目のジュエルシードは彼女の近くにある可能性も……
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「あ、お姉さん。 いらっしゃいませ!」
「こんにちは、なのはちゃん。」
なのはちゃんの頭を撫でてからいつものケーキを頼み、案内された席に着いて考える。
八神家の近場の図書館を当たってみたが、はやてとの接触はなかった。 やはり事前に家にサーチャーを飛ばしてみるべきだっただろうか?
だが、万が一誰かに――はやて本人はもちろん、リーゼ姉妹やグレアム氏に気づかれた場合厄介な事になりかねない……
……星の殆ど反対側の国に1人暮らしをさせて居る時点でグレアム一家がはやてを大事にしているとは思えないけれど。
「お姉さん。」
「あ、ありがとう。」
ケーキを持ってきてくれたなのはが隣に座る。
「何かあったんですか?」
「え?」
マルチタスクで考えていたのに顔に出ていたのだろうか?
「ちょっと、気になる子が居てね。」
考えてみると、私とはやてでは年が離れすぎている。
「気になる子ですか?」
そして、目の前にははやてと同じくらいの子供がいる。
「うん。
……歳はなのはちゃんと同じくらいなんだけど、何故か一人暮らしをしているんだ。」
こんな小さな子供を利用の仕方はあまり好きではないが、私の世界ではこの2人は互いに親友と呼び合う仲だったのだ。
「私と同じくらいで一人暮らし?」
時間的にこれから2人が知り合う――知り合ったのだろうが、私がこの店を(毎日というわけではないが)利用する限り、なのはちゃんは放課後にはやての行きそうな場所に遊びに行く事がなく、はやてと出会う機会が無くなってしまっている可能性もある。
「車椅子に乗っていたから足が不自由だと思うんだけど…… 一人暮らし。」
「それって、大変じゃないですか?」
なのはちゃんははやてがどんな家に住んでいるのかわからないだろうが、頭が悪い子ではないので足の不自由な子供が一人暮らしをする大変さや危険性を思いついたのだろう。
「大変だと思う。 でも、私から動くわけにもいかな――そうだ!」
私はできるだけ自然な感じで『今、良い事を思いついた』演技をする。
「なのはちゃん、あの子と友達になってあげてくれないかな?」
「ええ!?」
うん。 普通は驚くよね。 でも……
「そうだよ。 うん。 特別何かできるわけでもない大人よりも、同年代のお友達の方がたぶん大切なはずだ。」
強気で攻める。
なのはちゃんの性格なら――
「で、でも、急にそんな事を言われても……」
よし。
思った通り、『急じゃなければ』友達になっても良いと言う様な発言をしてくれた。
「わかってるよ。 友達になるにしろ、ならない、なれないにしろ、相手の事がわからないと不安だよね。」
「え、ええ。」
よしよし。
「そもそも、急に家を訪ねて『友達になってください』なんて言う分けにもいかないしね。」
「そ、そうですよ!」
ごめんね、なのはちゃん。
「それじゃ、あの子の立ち寄る場所を調べるから、『偶然知り合う』事から初めて見ようか。」
「ええ!」
私も伊達で執務官になれたわけじゃないんだ。
人の心の動きを見抜いて、ある程度思った通りに動かすくらいの事はできるんだよ。
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【それにしても、あの女は一体何者なんだろうね?】
【……わからないけど、管理局の人間じゃない事は確かだ。】
フェイトとアルフはアースラで与えられた部屋で大人しくしていた。
【単純に『謎の女性に襲われてチェーンバインドでぐるぐる巻きにされた』って事にしてしまえば良かったのかねぇ。】
【でも、ジュエルシードの魔力を見つけて駆けつけた場所に私たちが居たってだけでも十分に拘束される理由にならないかな?】
【まぁねぇ…… その場合でも『拘束』が『重要参考人を保護』になるだけだろうしね。】
【それに、訓練場で思いっきり暴れちゃったし……】
執務官に怪我までさせてしまった。
【それよりも…… 気づいているかい?】
【うん。 この艦のクルーが減っているね。】
結界魔導師は居なくなっていないみたいだが。
【バルディッシュのプロテクトが破られたのかな?】
【そうかもね。】
バルディッシュには様々な情報が入っている。
それが全部見られてしまったのだとしたら、母親――プレシア・テスタロッサがジュエルシードを集めるように命令された事はもちろん、時の庭園の現在位置や自分たちを蓑虫にした女性の姿形も全部……
【管理局にばれているだろうね。】
【母さんに怒られちゃうなぁ……】
【いや、そういうレベルじゃないと思うけどね。】
おそらくプレシアはロストロギアの不法所持――未遂などで捕まるだろう。
そうなった場合、フェイトがプレシアと会えるようになるのは何年先になる事やら……
【……わかってるよ。】
わかっていても、わかりたくない事だってあるのだ。
「クロノ君……」
「ああ……」
翠屋にこっそり仕掛けた監視装置から送られてくる映像には楽しそうに笑う女性が2人。
「バルディッシュから取れた情報…… フェイトとアルフをチェーンバインドでぐるぐる巻きにしたのはこの女だった。」
「何者かな?」
「あの子たちは『危険物を回収しているだけ』と判断したようだが……」
そうであってくれれば楽なのだが……
「とりあえず交渉?」
「か――提督の判断待ちだが、おそらくそうなるんじゃ!?」
「え? ぇぇぇぇぇぇえええ!?」
休憩中のはずの提督の姿が、そこにあった。
【《マスター!》】
【……私たちの事までばれたのかな?】
以前、義兄――クロノ・ハラオウンに姿を見られた時は、どちらかというとすごい魔力を垂れ流しているなのはちゃんを注視しているようだったが、提督という地位にあるにもかかわらず艦から離れて此処に居るリンディ・ハラオウンは明らかに自分を見ている。
【逃げちゃおうか?】
【《逃げる事ができますかね?》】
微妙だ。
【あ、流石に相席はしてこなかったか。】
【《空いている席があって良かったです。》】
「なのはちゃん、お手伝いしてきたら?」
「あ、はい!」
なのはを両親の場所へ。
【ケーキも残りわずかだし、あっちが食べ始めた瞬間に食べきって出て行こうか。】
そうなれば、少なくとも彼女が追いかけてくる事は無いだろう。
【《……そういえば、甘い物が好きな方でしたね。》】
執務官になってからは一緒の時間を過ごす事が余り無かったが、それでもあの異常なまでに砂糖が入ったグリーンティーは忘れる事が出来ない。
そもそも注文した品に口をつけた途端に自分たちを追って店を出たら、それはあなたを追いかけていますと言っているのと同義になる。
提督の地位にある者がそんな行動をしたりはしないだろう。
(逃げたか……)
息子はタイミングが悪かっただけだと言うかもしれないが、私はそうは思わない。
(確かに、彼女は私の顔を見ても表情を変えなかったけれど……)
逆にそれが怪しい。
見知らぬ者にじっと見られて表情を変えない人などそうは居ない。
(それにしても、お姉さんと呼ばせているとはねぇ……)
流石に「ジュエルシードを渡してください。」と言うつもりは無かったが、この元気な少女との会話からちょっとした情報――名前くらいは知る事が出来ると思っていたのだが。
(確かに、年齢差を考えるとそう言うふうに呼ばれていてもおかしくはない。
でも、今の様子だとこの少女――なのはちゃんは名前を知らないのかもしれない。)
高町なのはの情報はそれなりに集めてある。
彼女には父母兄姉がいて、それぞれを名前で呼んでいない。
(兄の恋人で友人の姉である月村忍の事は『忍さん』と呼んでいるにもかかわらず、あの女性の事は『お姉さん』と呼んでいるのは、名前を知らないからと考える事ができる。)
考える事が出来るだけだが、それが正解だと同時に思う。
(その場合、相手は自分の存在を隠そうとしているとも考えられる。)
クルーの1人に女性の跡をつけさせた事もあるが、彼女が何処を拠点にしているのか掴む事ができなかった――というよりもまかれた。
(実際、それが良かったわけだけど……)
リンディはバルディッシュから取り出せた戦闘記録を見たが、彼女の魔力光が本当に虹色である可能性があると知って驚いた。
(フェイトとアルフの2人を縛っていたあのチェーンバインドの色は趣味の悪い悪戯であると思いたかったけど、あれほど大量の魔力弾の全てが、黄色以外の色を無理やり薄くした虹色であるかもしれないなんてね。)
自分の虹色の魔力を隠しておきたいのなら、いっそ黒色にしてしまったほうがいい。
魔法の構成上ではさほど面倒ではないし、夜中に使うのならば視覚効果も狙えるだろう。
昼の明るい時間に使うとしても、大きさにばらつきをつければ距離感も掴み難い。
(だと言うのに、黄色以外を薄くした虹色の魔力光を使う理由は何かしら?)
自分の魔力の色を隠したいわけではない。 むしろ気づいて欲しいと思っている?
(一番高い可能性は、彼女が『古代ベルカの聖王』の血筋である事。)
聖王教会には『未来予知のレアスキル』を持った者までいるという。
(もしも彼女がそうであるなら、この管理外世界には『古代ベルカ』に関係する何かがあるのかもしれない。 でも……)
だが、だとしたら、あの2人を黄色以外の色を薄くしていない虹色の蓑虫にして管理局の艦を呼び寄せるような真似をした理由がわからない。
(あるいは、『古代ベルカの何か』を私たち管理局にどうにかしてほしい?)
しかし、それならば逃げずに話し合いの場を持てば……
(何か…… 何が……?)
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その日の夜、15個目のジュエルシードが暴走したが、海に注意を向けていた管理局もプレシアも回収できなかった。
「まぁ、あまり準備させすぎると面倒になるから――」
《明日、ですね?》
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