あの公園で次元震が起きていないからか、私の時にはすでに来ていた義母さんと義兄さんとエイミィ――アースラがまだ来ていない。
「義母さんと義兄さんが私とアルフを保護してくれると楽になるんだけど……」
《その場合、プレシアが傀儡兵を投入してきませんか?》
確かに一体一体がAランク魔導師を苦戦させる――あるいは圧倒する程の力を持つ傀儡兵が大量に投入されると厄介だ。 聖王の力があっても苦戦するだろう。
私の時は『ミスト』の鬼の様な砲撃によって20体以上が一瞬で破壊されたが、それはミストが異常なほどに強かったからだと思っている。
「でも、今のままだとあっちにジュエルシードを回収される可能性は高いでしょ?」
前回は宿に泊まっているか泊まっていないか――すぐに動けたか動けなかったかの差で回収できたようなものだ。
ジュエルシードの残りは13個、そのうちの幾つかは海に落ちているにしても、暴走した時に近くに居る者が回収できるという状況のままではいつか先を越されてしまう。
21個全てを回収するにはあの2人は邪魔なのだ。
「管理局のやり方はよく知っているからね。 あの2人に自由に動かれるよりもよっぽどやりやすいよ。
それに母さんに渡るとすぐさま世界の危機だけど、管理局なら悪用って言ってもそこまでじゃないと思うしね。」
ジュエルシードが母さんに渡ると世界を滅ぼし、管理局に渡ると悪用されると『ミスト』は言っていたはずだ。
そして管理局が行う悪用と言うのは、おそらくジェイル・スカリエッティのような科学者の手に渡るという様な事なのだと推測できる。
《そうなのですか?》
「うん。 義母さんも義兄さんもはっきりと言ってくれた事はなかったけど、2人からのお願いで参加した事件で裏に管理局の影が見え隠れしていたものもあったし、レリックやゆりかごの時も他の提督たちよりも動揺が少なかったような気がするから、たぶん『ミスト』の言葉を聞いて極秘裏に捜査をしていたんだと思う。」
執務官になった私を間接的にしか関わらせなかった理由はわからない――いや、関わらせたくなかったけれど動かせる駒が無かった為に仕方なくという事だろうか?
《次元震を起こすのは無理ですが、ジュエルシードの魔力を制御できる程度に暴走させてみるのはどうでしょうか?》
「……なるほど。」
おそらく管理局は輸送中の事故で第97管理外世界を含む幾つかの世界にジュエルシードがばら撒かれている事くらいは知っているはず。
だからこそ前回アースラはジュエルシードを集めようと3人1組で聞き込みをさせたりしていたのだろう。
「それはいいかもしれないね。」
《問題は、その最中に幼いマスターとアルフが――》
「うん。 何か策を考えよう。」
────────────────────
「あれは!」
「あの女!」
フェイトとアルフがジュエルシードの魔力を感知して辿り着いた場所にはすでに正体不明の女がジュエルシードの暴走を止めて封印をしようとしている状態だった。
「懲りずにまた来たの?」
飛んできた2人を見つけた彼女は、「はぁ……」と溜息をついた。
「なっんだとぉっ!」
その態度はアルフを怒らせるのに十分だったが――
「いい加減に諦めなさい。 あなたたちでは、私には勝てないし、この『青い石』を手に入れる事も――」
そこで彼女は何かに気づいたのかフェイトとアルフを数秒見て、次にジュエルシードに視線を移して数秒後、またフェイトアルフを見て――にやりと笑った。
「そう言えば――」
その獲物を見るような笑みを見て、フェイトとアルフの背中に嫌な汗が流れる。
「あなたたちはこの『青い石』の事を良く知っているみたいだね?」
彼女のデバイスから黄色の刃が――それだけではなく、彼女の周囲にざっと見ても30を超えるであろう魔力弾も形成される。
「この石の事、詳しく聞かせてもらおうか?」
魔力――誘導弾が前後左右上下から2人を襲う。
「それって、絶対、話を聞く人間の態度じゃないよ!?」
アルフが当たり前の事を叫ぶが、彼女は効く耳を持たないようだ。
《ラウンドシールド》
「無駄!」
フェイトの前にラウンドシールドが展開されるが、誘導弾にシールド破壊能力があったのだろう、3発防いだだけで破壊されてしまった。
「そんな!」
「なんていんちき!」
「大人しくこの石の事を話してもらおうか!」
彼女がデバイスを持っていない方の手で封印されていないジュエルシードを掲げながら、問いかけてくるが、2人にはそれに反応できるだけの余裕が無い。
「バルディッシュ、ラウンドシールド連続展開!」
《イエッサー》
3発で破壊されるというのなら、10回ラウンドシールドを作り出せばい――
「言う気が無いのなら、言う気になるまでっ!」
彼女がさらに20発ほどの誘導弾を追加する。
「そんな!?」
「フェイト! ここは退こう!」
「でも!」
【封印する時は隙ができるはずだよ!】
【! そっか!】
封印魔法にはかなりの集中力と魔力が必要になる。
その瞬間を狙う為に『退いたフリ』をしようとアルフは提案し、フェイトもそれに同意し――
「逃げても無駄だ!」
《『策敵誘導弾』》
実は、未来ではやてがゆりかごで使っていた攻撃力のあるサーチャーを「執務官になるんなら、こう言う魔法があった方が便利やろ?」と教えてもらっていたのだ。
「まだ出せるのかい!?」
「ソレはあなたたちが何処に逃げても追いかけ続ける!」
「なっ!?」
それでは下手に逃げるわけにはいかない。
対した情報は置いていないとはいえ、隠れ家を突き止められればこの世界での活動に支障をきたしてしまう事は明白だ。
ジュエルシードを未だ1つも入手できていないのにそんな事になったら、どんなお仕置きをされるのか想像もでき――したくない。
【これを全部どうにかしないと戻る事さえできない……】
絶望的な状況に、涙で視界が歪む。
【こうなったら一か八かであいつからジュエルシードを奪おう!】
【ええ!?】
【あれは『願いを叶えてくれる』んだろう? だったら、あいつをどうにかする事だってできるはずだよ!】
幸い、あの女はジュエルシードがどんな物なのか知らないらしい。
それは、前に推理した様に放置すると危険だから集めているだけだったという事だ。
【フェイト、私たちは退けないし、負けられないんだろ?】
アルフの力強い言葉でフェイトに笑顔が戻る――
【……そうだね!?】
が――
【え?】
敵は弾をさらにばら撒きながら2人から離れていた。
安全圏から確実にこちらを無力化するつもりなのだ。
「なっ! そんなのありかい!?」
「接近するだけでも難しいっていうのに……」
何時の間にか100を超えている誘導弾を回避しながら接近し、その手に握られているジュエルシードを奪い取る事が――無理だ。
「あの人は接近戦でもアルフより強い……」
「ぅ……」
カウンターで腹を殴られ砲撃で追い打ちをされたのは記憶に新しい。
「それじゃあ、どう――しまった!」
「え? なっ!」
無数の誘導弾に紛れて放たれていたバインドが、あっけなく2人を拘束した。
《チェーンバインド》
海鳴で一番高いビルの屋上の結界内で2人は顔だけ残して蓑虫の様にされていた。
もしも気絶していなかったらぎゃーぎゃーと煩く騒いでいただろう。
「後はジュエルシードの魔力を結界外で放出するだけだね。」
《はい。》
ジュエルシードの魔力を計測したアースラから降りてくるのはおそらくクロノだ。
彼ほどの使い手ならこの結界に気づき、チェーンバインドで縛りあげられたこの2人を見つける事は可能――というよりも絶対に見つかるようにした。
「義母さんも義兄さんも、チェーンバインドでこんなにされたこの2人を保護したら最後、何を言ってもアースラから出すような事はしない。」
義理とはいえ親子だったのだ。 あの2人の性格は良く知っている。
────────────────────
「提督!」
「ええ!」
「一体何なんだ、この馬鹿みたいな魔力は!」
彼女の目論見通り、アースラはジュエルシードの魔力を発見、計測した。
「映像出ます。」
魔力が放出されている――されていた場所が映し出される。
「これは?」
「何もない?」
「いえ、そこに――」
夜中の寂しいビルの屋上の一部をリンディ・ハラオウンが指差す。
「結界?」
「提督、僕が行って探って来ます。 許可を。」
「ええ、許可します。」
クロノは急いで転送装置に向かう。
「1人で大丈夫でしょうか?」
「あら? エイミィはクロノの事が信用できない?」
「いえ、信用しています。」
リンディの方を向いていた顔をモニターの方へと戻す。
「……ただ、心配なだけです。」
あら、かわいいとリンディは微笑んだ。
『提督、魔力の発生源はわかりませんでしたが、関係のありそうな人物を発見しました。』
「人物?」
『今、映します。』
クロノのストレージデバイスからの映像が送られてくると、そこには理解に苦しむ格好の女の子が2人……
「クロノ、あなたにそんな趣味があ」
『馬鹿な事を言わないでください!』
女性を縛り上げる性癖なんて持っていないし、これからも持つ事は無い!
クロノの顔は見えないが、怒声がそう告げていた。
「やぁねぇ、わかっているわよ。」
『そう言う冗談は好きじゃありません。』
「好きだったら言わないわよ。」
嫌がるからこそからかうのだ。
「それにしても、虹色の鎖だなんて……」
「……派手ですね。」
子供を縛り上げるのが趣味の変態の感性なのかもしれないが、全く理解できない。
「一応、保護しましょう。」
『バインドはどうします? 万が一ですが、この2人が見境なく暴れるような危険人物だから縛り上げていた、という可能性もありますが?』
「そうね……
その場合、その2人を縛った人物は私たち管理局にその2人を発見させる為にわざとさっきの魔力を感知させたという可能性もあるという事になるわね……」
チェーンバインドが虹色なのも発見しやすくする為なのかもしれない。
「それじゃあ、そのままアースラの――そうね、訓練室に運んで頂戴。」
そこならバインドを解いた時に多少暴れられても被害は最小限に抑えられるだろうし、逃がしてしまう事もないだろう。
『了解。』
映像が消える。
「結界の得意なクルーは今すぐ訓練室へ向かってください。」
『了解。』
『了解しました。』
────────────────────
「素晴らしい…… 素晴らしいわ!」
時の庭園と呼ばれる場所で第97管理外世界を観測していたプレシア・テスタロッサは突如発生した強大な魔力がジュエルシードのものであると知って歓喜していた。
「これほどのエネルギーがあるのなら、私の計画はきっとうまくいく!」
人形からの報告が無いのが気になるが、あれほどの魔力を放出していたのを封印したのだから、魔力の使い過ぎで倒れているのだろう。
「回復に時間がかかるとしても、明日か明後日には最低1つのジュエルシードが手に入る――とすると、それまでに調整をしておくべきね。」
あの場所への道を確実にする為に、あのエネルギーをより正確に使えるように、機材をある程度調整しておいたほうがいいだろう。
プレシアがジュエルシードが暴走したと思われる場所を確認していれば、そこに管理局の人間が来てしまっている事に気づけたのだろうが、彼女は自分の計画が上手くいくかもしれないと、その為の準備をし始めた為に……
────────────────────
「行ったね。」
《はい。》
予想通りクロノは結界を発見し、幼いフェイトとアルフのバインドを解かないままアースラに運んで行った。
「あの2人がジュエルシードの事を自主的に話すとは思えないから、暫くは自由に動ける。」
《海に落ちているであろう幾つかは最後に回収した方が良いでしょうね。》
「そうだね。」
あの『ミスト』でさえ海上での回収には結界を張って、アースラに感知されていたのだ。
「残りのジュエルシードは12個、海上では母さんから大量の傀儡兵が送り込まれるかもしれないけど、それまではどっちにも見つからないように今まで以上に慎重に……」
《はい。》
アースラに見つからないように慎重に行動するのは面倒だが、ジュエルシードを先取される可能性は低くなったのだ。 メリットがデメリットを上回る。
「何だったんだろう?」
今まで感じた事の無いほどの勢いであの『青い石』の魔力が海鳴の街に満ちたのを感じたなのはは、窓を開けてその発生源の方向を見ていた。
「すぐに止んだから、お姉さんが封印したんだろうけど……」
お姉さんにそっくりな女の子が封印した可能性も無い事も無いが……
「何か、私にお手伝いできる事があったらいいんだけど……」
あの青い石が私の魔力を目指してやってくるのだとしたら、私が出来る事は誰も居ない処に行って囮になるくらいしかできない。
だけどそれをお姉さんはさせてくれはないだろ――
「え?」
何か――お姉さんよりは弱いけれど、魔力のある誰かが、さっきまで青い石のあったはずの場所に現れた。
「あのお姉さんにそっくりな女の子や赤い髪の人とは違う。 一体誰?」
あの青い石を狙う悪い奴? それとも、お姉さんの仲間だろうか?
「お姉さんは……」
気づいているだろうか? この誰かを。
「明日、何かできる事が無いか聞いてみよう。」
「なんやったんやろ、今の?」
八神はやては生まれて初めて謎の――恐ろしい力を感じて目を覚ました。
カタカタ ガタン
「え?」
いつからそこにあるのか忘れてしまっていた本が、音を立てて床に落ちた。
「なんや? 他のは落ちへんかったのに……」
もしかして、この本もさっきのわけのわからない何かを感じたのだろうか?
「って、そんな事は無いか。」
100704/投稿