「なのはちゃんは魔力が高いからあの青い石に狙われたのかもしれない。 だから、なのはちゃんに憶えてもらいたい事があるんだ。」
翠屋で再会したお姉さんはお店を出る前にそう言って、私の手に何かを握らせた。
お姉さんのかっこいい後姿をぼーっと見ていたら、お母さんとお姉ちゃんにあの人といつ知り合ったのって聞かれたりしたけど、私はお姉さんが何をくれたのかが気になったので走って家に帰った。 ……1人で外を歩くなって後で怒られた。
自分の部屋でコレは何だろうと思っていると、突然英語でソレは喋り出して自分の名前は『バルディッシュ』と云い、私に『ちょっとした魔法』を教えると言った。
それから1時間、私は『念話』という魔法を憶えた。
【き、聞こえますか?】
【うん、聞こえてるよ。】
すごい、本当にお姉さんとお話が出来てる!
【あの青い石を見つけたり、何かおかしな事が起こっているのを発見したりした時にこの『念話』で教えればいいんですね?】
【そうだよ。
あ、あの青い石と関係なさそうな事でも、おかしなことがあったり危険な事があったり救急の必要な事態があったりとかしても呼んでいいからね。】
【わかりまし――】
コンコン
【え?】
【この窓、開けてくれないかな?】
「バルディッシュを迎えに来たんだ。」
「は、はい! 今開けます!」
……『バルディッシュ』を私にくれたわけではなかったというのがちょっと残念だった。
────────────────────
今日も来ている。
日曜日から今日で3日連続のご来店だ。
「なのははとても嬉しそうにしているけど……」
「あの懐き方は異常だな。」
「士郎さんもそう思う?」
「ああ。」
野犬に襲われてから塞ぎがちだった娘に笑顔が戻ったのは喜ばしいが、一体彼女は何者なのだろうか?
「今度の日曜日にお友達の家に?」
そっか、考えてみれば高町さんにもはやて以外の友人がいるのは当然だよね。
私の知っているはやてだって、私の事を数少ない友人だって言っていたし。
「はい。 【当たり前ですけど】新しい野犬の被害が出ないのと、すずかちゃんの家には大きな塀があるので野犬も入り込めないだろうって外出許可が出たんです。」
「それは良かったね。」
そっか、世間的には野犬の事件はまだ続いている事になっているんだ。
やっぱり、宿無し生活しているせいで世間の情報に疎くなるのは問題だなぁ……
「アリサちゃんも来るって言うから嬉しくて。」
アリサ、アリサアリサ――ああ。
「なのはちゃんが乗っていた車の持ち主の娘さんだっけ?」
「そうです。
自分の家の車に乗っていた私が怪我したのを気にしていたみたいなんですけど、来週から学校が再開するのでその前に会って話したい事があるとかなんとか。」
なるほど。
「責任感というか、義務感と言うか、そういうのが強い子なんだね。」
「そうなんです。 別にアリサちゃんの責任じゃないんですけど……」
【私の魔力に惹かれて襲って来たんなら、悪いのは――】
【誰も悪くないよ。
アリサちゃんって子はもちろん、なのはちゃんも、誰も、何も悪くないんだ。
あえて『誰が悪いのか』を追求するなら、それはあの青い石を――危険な物を作っておきながら消滅させずに封印という形で残した人たちだよ。】
ジュエルシードを発掘したスクライア一族とか、ジュエルシードを運んでいる時に事故を起こした管理局とか、色々関係者はいるだろうと考える人もいるかもしれないけど……
スクライア一族が発掘できたという事は、その遺跡のセキュリティは突破可能な程度のモノであったという事であり、それはつまり遺跡荒らしはもちろんロストロギアで凶悪な事件を起こそうとする犯罪者の手に渡っていた可能性もあるという事でもある。
ジュエルシードの様な危険なロストロギアがそんな犯罪者の手に渡っていたら、世界の1つや2つは……
そういうふうに考えると、やはり未来に憂いを残すような危険な物をきちんと処理しなかった人たちが悪いという事になると思う。
【誰も、悪くないんですよね?】
【……私がもっと早く駆けつける事が出来ていたら良かったんだけどね。】
いや、『ミスト』が現れるのを待ったりせずにジュエルシードの回収を始めていれば犠牲者は出なかったはずだし、なのはちゃんとアリサちゃんって子との間にわだかまりの様なものが出来る事も無かった。
「・・・こと、・・ません。」
え?
【なのはちゃん?】
どうしたの?
「そんなこと、ありません。」
「ええっと?」
なんなの?
「お姉さんは悪くありません!」
「ちょっ! なのはちゃん、声が」
「だって、私の事助けてくれたじゃないですか!」
「声が大きいってば!」
ほら、突然大きな声を出すからご両親もびっくりしてる。
「え? ぁあ!」
お父さんのほうが怖い顔で近づいてくる。
「ご、ごめんなさい、私――」
この状況で私にできる事は只一つ!
「お釣りはいらないからぁあっ!」
お金を置いて店から脱出!
────────────────────
「なのはちゃん、どうしたの?」
「う、腕が痛いとか?」
「そうじゃないよ。 ほら、腕はこんなに動くし痛くも無いよ。」
腕を曲げ伸ばししてアリサちゃんに見せる。
すずかちゃんの家の庭はとても広いので、もしも怪我が足だったらそこらを軽く走るくらいはしたかもしれない。 それくらいアリサちゃんの顔が挙動不審だった。
「そ、そう? ならいいんだけど……」
私が気にしているのはお姉さんの事。
結局あれから今日までお店に来る事はなかった……
『念話』で謝ったし、また会いたいとも言ったけど……
【ご両親を誤魔化す自信がないの。】
私だって、お父さんとお母さんに「助けられたってどういう事なの?」って質問攻めにされたけど、私は約束を守って何も言わなかったのに……
にゃあにゃあ
「あれ? なんか、猫たちが騒がしくない?」
「ほんとだ。 どうしたのかな?」
「みんな、どうしたの?」
すずかちゃんが猫たちに尋ねる。
フーーーー!
「威嚇? あっちのほうに何か居るの?」
猫たちはまるですずかちゃんを守るように囲みながら、林の方向にフーフー唸る。
「でも、すずかちゃんの家の庭に猫たちが怖がったり怒ったりするような――」
「そうよね、すずかの猫たちが威嚇するなん――まさか!」
アリサちゃんにはわかったの?
「『野犬』が入り込んだ!?」
え?
「すずか、なのは、早く建物の中に!」
「うん! なのはちゃん! 行こう!」
「え? え?」
なんでそんな事になるの?
「みんなも早く家の中に!」
すずかちゃんの声に、猫たちも一斉に避難を始めた。
「何なの? あれ?」
「おっきい……」
2階の窓からさっきまでいた場所を見ると、そこには大きな子猫がいた。
【お姉さん! お姉さん! おっきな子猫が!】
【おっきな子猫?】
【はい!】
【よくわからないけど、すぐに行くよ。 なのはちゃんの居る方向から青い石の魔力も感じ――この魔力は!?】
【お姉さん?】
【なのはちゃん――は今お友達の家に居るんだよね?】
【はい。】
【友達と一緒に安全な場所に居て。 私じゃない魔導師が近づいている!】
【え?】
「あれが、ジュエルシードの暴走?」
「大きくなりたいとでも願ったのかもね。」
ジュエルシードの魔力を感じて駆けつけたフェイトとアルフは木々の陰から巨大化した猫を見ていた。
《一般人に見られていますね。》
「どうする? 今からでも結界を張るかい?」
「うん。 アレを見られたのは隠せないけど、この際私たちの姿を見られなければいい。」
「じゃあ張る――なんだ!?」
フェイトはアルフの驚いた声に驚いたが、彼女が見上げている方向からものすごい速さで近づいてくる魔力を感じて戦闘態勢をとる。
「管理局かな?」
「そうじゃなくても、私たちと同じようにジュエルシードを狙っているんだろう――え?」
高速でやってきたそれは、女性だった。
「悪いけど、あの青い石は私が回収させてもらう。」
その声と、その姿は……
「ふぇっ フェイト?」
「わ、わた、し?」
《あのデバイスは……》
左右の瞳の色が違っているなどの細かな違いはあるものの、飛んできた女性の姿はフェイトが成長したらこんな感じになるのではないかと想像できるほどにそっくりだった。
……彼女がその手に持っている斧の形のデバイスまでも。
《チェーンバインド》
「しまっ!」
「くっ!」
2人は謎の女性の姿に呆然としている所をバインドで拘束される。
「暫くの間、おとなしくしていてね?」
「うるさい! こんなのすぐにブレイクしてやる!」
フェイトとアルフは拘束から抜け出そうとするが、その構成はかなり複雑で、謎の女性がジュエルシードを封印するまでにどうにかする事は不可能に近いと理解した。
そんな2人を無視して、女性は巨大化してしまっている子猫に近づく。
「先に謝っておく。 ごめんね。」
「にゃあ?」
子猫は近づいてきた人間に興味津津の様だったが
「すぅー…… はぁっ!」
「ぶにゃあっ!」
女性が魔力を込めた拳で大きな子猫を殴ると、子猫からジュエルシードが飛び出した。
「封印!」
お姉さんはお姉さんにそっくりな女の子と赤い髪の女の人を魔法の縄(後であれは鎖だよと言っていた)で縛りつけた後で、私を助けてくれた時と同じようにおっきな子猫からあの青い石を出して封印した。
「な、なんなの?」
「子猫を殴るなんて……」
アリサちゃんはともかく、すずかちゃんが気にするのはそこなんだ……?
まぁ、2人は魔力を感じられないからあの2人に気づけなくて当然だし、そうすると何処からともなく現れたお姉さんがおっきくなった子猫を殴ったというふうにしか見れないんだろうし……
【お姉さーん!】
私が念話で呼び掛けると、お姉さんは私の方を向いて小さく手を振ってくれた。
【また何かあったらすぐに知らせてね!】
【はい!】
お姉さんはニコッと笑って飛び去っていった。
か、かっこいい……
「なのは……」
「え?」
アリサちゃんが私を睨んでいる。
「なのはちゃん……」
すずかちゃんまで私を凝視して……
「な、なに?」
私、何か失敗した?
「今、あの人なのはの事を見てなかった?」
「なのはちゃん、あの人の事知っているの?」
「え? し、知らないよ?」
しまった、声がちょっと変だった。
「なのはは嘘つくの下手ね?」
「ほんと、そうだね?」
こ、こわ――
「はぁっ!」
「ふんっ!」
お姉さんに縛られていた2人が自由になっ――あ、でも飛んで行った。
あの2人はお姉さんの敵なのかな?
でも、だとしたら、なんでお姉さんはあの2人を倒さなかったんだろう?
「今の声は何?」
「まだ外に誰かいたの?」
2人がまた窓の方に向かった。
逃げるなら、今しかない!
「この時代の私はアルフと一緒に隠れ家に帰ったね。」
《そうですね。》
なのはちゃんの魔力に気がついて何かするかと考えて隠れて見ていたんだけど、何もしないで去ってくれて良かった。
《マスター。》
「うん。 確定だね。」
当たり前だけど、私の時はこんな事は無かった。
《元々そうだったのか、私たちが来たから分岐したのかはわかりませんが……》
「やっぱり平行世界なんだね。」
家も動いていなかったし……
《確か、時の庭園は次元震を感知したから移動したのではないですか?》
「うん。 でもほら、その次元震が時の庭園に設置されているくらいの性能の機械にしか観測できないようなものだったとしたら、私たちの知らないところで、私たちの知らない『ミスト』が現れている可能性もあったでしょう?
……家が動いてないって事は、そんな微弱な次元震すら起きていないって事なんだと思う。」
男の子が他人の家の屋根の上に転移。
巨大化した猫。
海鳴市内のプールなどで暴走するジュエルシード。
私の知らない――私知っている時代では起こらなかった事件の数々。
逆に、私の時代で起こったはずの次元震が起こっていない事。
それら全てがこの世界が私の世界と良く似た平行世界の1つである事を示している。
「バルディッシュ、あのね?」
《なんでしょうか?》
「『私のアルフ』はどうなったのかな?」
聖王教会系列の病院で、エリオとキャロを看護していたはずの、私の使い魔。
この時代の彼女を見るまで、すっかり忘れてしまっていた。 なんて酷い主だろう。
《主のいなくなった使い魔の末路は1つだけです。》
「……そうだね。」
アルフ……
「私は、本当に、酷い主だね。」
《マスター、悔やむ事なら後でいくらでもできます。》
「でも……」
《私たちには、やるべき事があるのでしょう?》
「……うん。」
あ、なのはちゃんがお友達2人に拘束されて泣きそうになっている。
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