――此処は何処だろう?
気がついたら、目の前に母さんがいた。
「アリシア……」
――アリシア?
――名前を間違えるなんて……
――私はフェイトだよ?
「私は必ずあなたを取り戻すわ。」
――?
――私はここにいるよ?
「待っていてね?」
――母さん?
――何処に行くの?
――母さん?
どうしてだろう?
追いかけたいのに、体が全く動かない。
――というより、此処は何処だろう?
――医療用ポッドの様な物の中に入れられているみたいだとはわかるけれど……
「アリシア、遂に見つけたわ。」
――?
「アルハザードへ行く方法を見つけたのよ。」
――アルハザード?
昔、リニスに教えてもらった事がある。
確か大昔に消えた超文明で、そこには死者を生き返らせる技術すらあるとか……
「スクライアの一族がジュエルシードと言うロストロギアを発見したの。
あの莫大な魔力があれば、アルハザードへ行けるくらいの大規模な次元震を発生させる事ができるわ!」
――ジュエルシード?
――あれは、あの『白いもやもや』が全部集めてしまったのではないの?
海の上で魔力が尽きた私を倒し、同じようにアルフも倒した謎の存在。
――でもまあ、母さんが喜んでいるからいいか。
「ふふふ……」
――母さん、今日もご機嫌だね?
「アリシア、聞いてちょうだい!」
――フェイト何だけどなぁ……
喋れない事がこんなに辛いなんて……
「ジュエルシードを運んでいた輸送船が原因不明の事故に会ったの。
これであの『醜い脳みそたち』に頼むまでもなく、ジュエルシードを手に入れる事が――アルハザードへ行く事が出来るかもしれないわ!」
――輸送船の事故?
――母さんは何を言っているの?
「アリシア!」
――母さん?
「今かなり大きな次元震を観測したわ!
おそらくジュエルシードの1つが暴走したのだろうけれど、たった1つにあれだけの力があるのなら……」
――次元震?
――ジュエルシードは次元震を起こす物なの?
そんな物を集めるように私に言ったの?
「待っていないさい? 今、人形と犬に回収を命じてくるから!」
――人形?
――犬?
「もうすぐ、もうすぐよ…… あなたを取り戻すわ、アリシア……」
――母さん……
――私はフェイトだよ。
――アリシアなんて名前じゃないよ……
「アリシア……」
今日の母さんは少し疲れているみたい。
「人形が管理局に捕まったわ……」
――だから、人形って何なの?
「それどころか、犬が私に逆らって逃げたわ。
まさか、こんなにも使えないなんて思っていなかった……」
言っている事が理解できない。
「アリシア……
やっぱり、私にはあなたしかいないわ……」
「アリシア……」
――母さん?
――どうして泣いているの?
「あなたをなかなか起こす事の出来ない駄目なお母さんで、ごめんなさいね。」
――母さん。
――母さんは駄目なんかじゃない!
泣いている母を慰める事の出来ない体である事が悔しい。
「ジュエルシードの代わりを必ず見つけるから、それまでもう少し待っていてね?」
――そんなのはいいから!
――だから、泣かないで!
体が動けば……
「あの化け物がいなければ、私たちはあの場所へ行く事ができたのに。」
せめて、言葉を発する事が出来れば……
「第97管理外世界に時の庭園を近づけたのは失敗だったわね……」
――母さんを慰める事が出来るのに……
「おそらく、次元震はもう起きない。」
悔しさに涙を流す事すらできないのが尚更悔しい。
「アリシア…… 私のアリシア……」
────────────────────
あれからどれだけの時間が経ったのだろう?
1年か、2年か……
母さんは殆ど毎日私に会い気来てくれていたが、最近は2日おきや3日おきにしか会いに来てくれない。
「プロジェクトFの進化系?」
『ある意味ではそう言えるモノだよ。
Jのガジェットと同じように古代ベルカのロストロギアから手に入った技術でね。
この技術によって聖王は君臨し続ける事ができたみたいだね。』
たまに零す愚痴から考えるに、母さんはたくさんの学者さん達の意見を聞いたりしながら私を起こす為の研究を続けているみたいだ。
「それで、あなたは何を望むの?」
『聖王の遺伝子データはすでに手に入っているのだが、それとは別に優秀な人間の遺伝子でも試してみたいのだ。
母体で育った胎児に記憶と知識が正常に引き継がれるのなら、君をまず複製したい。』
「……記憶と知識をそのまま受け継いだ私が生まれるのなら、記憶と知識を引き継いだアリシアをもう一度生む事で――と言う事ね?」
『ああ、君の知識と経験が全て引き継がれ、さらにその体で子供が作れるのなら、この技術の――』
難しい話はよくわからないけれど……
――私の知識と経験を持った赤ちゃんが生まれたら、すでに生まれているこの私はどうなるのかな?
────────────────────
管理局に入って数ヶ月で、私は、私が何なのかわからなくなった。
母さん――プレシア・テスタロッサの経歴を調べてすぐに、彼女の子供はアリシア・テスタロッサ1人しかいないと知ったからだ。
私は母さんの次女である可能性を考えたりもした。
でも、私とアリシアは『同じ』なのだと何故かわかってしまっていた。
私とアルフにジュエルシードを捜索させた理由も、おそらくはアリシアに関係する事なのだろうという事も……
勘でしか、ないけれど……
ぷろじぇくとふぇいと
初めてその言葉を聞いた時、頭をヴィータに殴られたみたいな衝撃を受けた気がした。
同時に、私がアリシアのクローンだという事を認めるしかないのだと絶望した。
母さん――プレシア・テスタロッサは、私に名前を付ける事すら……
私と同じ境遇のエリオと一人ぼっちのキャロ、あの子たちの保護者となる事で私の精神はある程度の『安定』を得られたのだと思う。
リンディ義母さんに言われて2人の顔合わせを兼ねてミッドの観光をする事にした。
「折角同じ人の被保護者になっているのに互いの顔も共通の思い出もないなんて寂しいじゃないの。」
義母さんがそう提案してくれたのは数ヶ月前の事だ。
エリオとキャロの事は建前で――休暇もとらずに働き続ける私に休養を取るようにという事なのだろうとすぐにわかったけれど、言っている事は至極もっともな事なので、それに甘える事にした。
観光をしている時にガジェットの事件が発生したという緊急招集があったが、アルフに任せたエリオとキャロがレリックというロストロギアを引き摺っていた少女を発見、謎の集団――おそらくはジェイル・スカリエッティの手下に襲われたという事で慌てて引き返し、2人の意外な戦闘力に驚いたのはつい最近の事なのに少し懐かしい。
ヴィヴィオ……
聖王と呼ばれた存在のクローン……
彼女はこんな私の事を「フェイトママ」と呼んで慕ってくれる。
ヴィヴィオの影響だろうか? エリオとキャロも仕事で忙しくて偶にしか聖王教会に行けない私の事をそう呼んでくれるようになった。
嬉しい。
嬉しくても涙が出るのだという事を初めて実感した。
────────────────────
「これは?」
「ああ、ほら、フェイト・テスタロッサを知っているだろう?」
「……プロジェクトFですね?」
「彼女のオリジナルだよ。」
「確か、あのプレシア・テスタロッサの……」
「ああ、プレシア・テスタロッサは無事に産まれて成長しているからね。
このオリジナル――アリシア・テスタロッサを作るのに必要なデータもすでに充分だから、好きに使ってくれていいんだってさ。」
「好きに使っていいんですか?」
「データ取りの為に、できれば生き返らせてほしいとは言っていたけどね?」
────────────────────
聖王教会で子供たちと過ごしていたフェイトに、地上本部が謎の集団に襲われたという報せが届いた。
「犯人は?」
『地上本部では公開意見陳述会が行われていたので、それを狙ったテロリストによるものだと思われる。』
「状況と被害は?」
『今はまだ地上の部隊が抑えているらしいが、相手は最近大暴れしているガジェットが百体近くいるらしく、ついでに広域のAMFが展開されているせいで押し返せないそうだ。』
AMFの中では魔力弾1つ撃つにもある程度の魔力量と技術が必要だ。
襲われている場所が場所だけにそれなりに持ちこたえる事はできるだろうが、ガジェットを全て駆除するのは大変だろう。
「AMFの中での戦闘なんて、普通訓練しませんからね。」
『……ガジェットが出てきた頃に、地上本部に聖王教会がそういう訓練も必要になるかもしれないと言っていたらしいが、「そんな特殊な状況下での訓練をしても通常勤務の役に立たない、非効率で金の無駄だ」と言って、採用しなかったそうだからな。』
陸のトップ、レジアス・ゲイズが聖王教会からの予言をまったく信用していないというのは本局でも有名な話だ。
「確かに、AMFなんていう特殊な状況下での訓練なんてそうそう役には立ちませんものね。」
管理外世界の中には自分の魔力と相性の悪い世界があるということが稀にあり、そういう世界で支障なく行動しないといけない時の為に、海の局員は様々な訓練をする。
しかし、自分の魔力と相性が悪かったら別の管理世界に行けばいいだけの地上勤務の局員にそんな訓練は――年に1度あるかないかだ。
『だが、彼が効率のいい訓練だけを推進した事で今のミッドの治安がある事も事実だ。』
「それはそうなんでしょうけどね。」
人にはそれぞれ(性格的なものであったり特性的なものであったりもするが)相性の良い魔法や悪い魔法があるというのは殆どの人が知っている。
例えば自分の場合は高速移動魔法と接近戦用魔法との相性が良い。
遠距離攻撃もできない事は無いが、威力を上げる事やその逆、加減をする事は難しい。
「私がもし地上の訓練で鍛えていたら、執務官になれたかどうか……」
『魔力量が多ければ多いほど、画一的な訓練から零れるやつは多いだろうからな……』
試験で合格するやつは多いだろうけれど。
「地上本部が見えました!」
『とりあえず近くで戦っている局員の援護をしてくれ。』
「とりあえず……ですか?」
『ああ、そのうち地上の指揮権を持ったやつから連絡が来るだろう。』
地上と海の中は……
人によっては海の人間だと知った途端に露骨に嫌な顔をする者もいる為、今の様に海と陸の協力体制を取る時に指揮権の事で無駄に争う事が多々あるのだ。
その為、場所が陸の管轄下である時はよほどの緊急事態であったり、周辺世界にも影響が出る様な事態であったりしない限り、海が一歩引く事にしているのだった。
ガオオオオオオオオオオ
巨大な生物の雄叫びが聖王教会に響いた。
「あれは、確かキャロちゃんの!?」
「そんな、こんなに大規模な襲撃が、ヴィヴィオちゃん目当てに起こったというの?」
フェイトが地上本部襲撃の報せを受けて飛び出してから十数分後、ここにも大量のガジェットが――召喚魔法を使う少女と共に現れた。
「この小さな、虫みたいなのが!」
「小さくて攻撃もしづらいし、数もいるし、面倒ですね。」
カリムとシャッハは1秒でも早く子供たちの元に行かなければならないと思っているのに、ガジェットと虫が邪魔で進む事ができない。
ガシャアアアン
突如、廊下の窓ガラスが割れてエリオの胸倉を掴んでいる人間大の虫が現れた。
「この虫の親玉でしょうか?」
「エリオ君を苦しめている事から、敵である事は間違いないでしょう。」
デバイスを構える2人に反応したのか、虫はエリオを投げ捨てて戦闘態勢を取る。
ヴィヴィオは攫われ、地上本部と聖王教会もかなりの被害を出した。
「エリオは?」
「3ヶ月は入院する必要があるそうよ。」
「……そう。」
騎士を目指して陸士訓練校で訓練をしていたとはいえ、子供1人で――キャロの補助魔法の援護があったけれど――無数のガジェットと虫を相手にしたエリオの怪我は酷かった。
「キャロちゃんの怪我はエリオ君ほどではないけれど、それでも完治に1ヶ月は……」
「聖王教会の騎士の方々は?」
「……戦えるわ。」
フェイトの目に、『怒り』という感情を見てしまったカリムとシャッハは、フェイトの一番聞きたい事を簡潔に答えた。
「エリオとキャロの為にも、ヴィヴィオは必ず取り戻す。」
「これだけの被害が出たんですもの、私たち聖王教会も全力で……」
これが『聖王のゆりかご』が浮上を開始する1週間前の出来事だった。
100411/投稿