初春を迎えたばかりの海はまだ冷たく、普段なら人影もないのだが……
「『ジュエルシードを使った簡易ブースト』を使用した状態で結界の展開を完了。
これでプレシアさんとアースラの両方に私の魔力を観測される事が無くなったから、おもいっきり、全力を出しても大丈夫。」
戻ってきてからは1度も全力を出せなかったのでフラストレーションが溜っていたのだ。
「さぁ、ジュエルシードの回収を始めよう!」
最初の計画ではフェイトが回収しようとするのを横取りするはずだったのだが、翠屋でリンディとクロノとエイミィの念話を盗み聞きした事でそれが不可能であると知ったなのはは、仕方ないので自分1人で回収する事にした。
本当なら結界ははやてに任せたいところだったのだが、最近何故か猫姉妹の監視がなかなか途切れないのだ。
アースラからの連絡を受けて、海鳴市内に散っていたジュエルシード捜索組と合流したクロノは早速結界内に侵入しようとしたのだが……
「何なんだ、この強固な結界は!」
結界に込められた魔力はもちろん、その構成もふざけているとしか言えないくらいの代物で、内部に侵入する事ができそうにない。
『これだけの広範囲に展開してあるにも関わらず、強度的に弱い部分も見当たらない。
だけど、わかった事が2つある。』
「エイミィ?」
『1つは――この結界、送られてきた資料を信じるならジュエルシードの魔力だって事。』
「なっ!?」
ならば、この結界は『ミスト』の仕業か!
『そしてもう1つが』
「もう1つが?」
『動物病院からこっそり保護したアルフさんの情報が正しかったって事!』
「!!
この結界は暫く放置! この場にいる全員で新たな結界を――あいつを中心に展開!」
クロノの指差す方向には巨大な人型兵器――傀儡兵が出現していた。
「な、なんや、あれは?」
フェイトさんがすでに保護されているから1人で回収するねと言ったなのはをこっそり応援する為に海の見える公園に来ていたはやては、傀儡兵が何もない場所から現れ、何もない場所――おそらくはなのはが展開した結界を攻撃しているのを目撃した。
【なんてこと!】
【よりによってこの子の目の前でおっぱじめなくてもいいだろうに……】
いや、ヴォルケンリッターが呼び出されたら嫌でも魔法に関わる事になるのだから、これは取り返しがつかない事ではないか?
リーゼアリアは頭をフル回転させる。
【とにかく、ここから非難させよう!】
リーゼロッテは、起こってしまったのは仕方がない、細かい事は後回しにして今は一般人の避難を優先するべきだと行動を――
「ようわからへんけど、あんなんに踏みつぶされたら洒落にならん!」
ロッテが動く前にはやてが動いた。
その大声は公園にいた人たち全員に届き、人々は一斉に逃げ出す。
【アリア、あの子を頼む! 私は周辺住民を避難させる!】
【わかったわ!】
こうしている間にも傀儡兵は陸地から海を囲むように――そのうえアースラクルーの結界をぶち壊しながら増えていく。
「くそ! あの結界を壊す事は出来ない癖に、こっちの結界は壊していきやがって!」
「本当にな! まったく、プレシアってやつは何を考えているんだか!」
1人が思わず叫んだ愚痴に、他のアースラクルーも同意した。
「クロノ執務官!」
「なんだ!?」
「奴らじゃなくて街を結界で囲みましょう!」
結界内で戦うのではなく、結界外で戦う?
「やつらの攻撃が街に向かわないなら、それで暫くは何とかなると思います!」
「…仕方ない! その方向で――」
『それなら、衛星・その他を誤魔化す為に上空にも薄く広く結界を――ついでに海側にも結界を展開した方がいいんじゃないですか?』
結界の中に傀儡兵を入れるのではなく、複数の結界で傀儡兵を囲む作戦がエイミィによって提案される
『クロノ、こちらからも追加で人員を送ります。』
「母さん!?」
『結界はエイミィの言った通りにする事にして、あなたは結界を破壊する傀儡兵を優先して破壊してください!』
「わかりました!」
「それでは、私たちは5組に分かれて四方と上空に結界を展開します!」
「ああ、頼む!」
『お願いします。』
戦いが始まる。
────────────────────
「きゃあ!」
アースラに1体の傀儡兵が取りつき、その衝撃が艦内の人々を襲う。
「フェイト、大丈夫かい?」
「う、うん。」
「あの女、自分の娘が乗っている艦が落ちても良いっていうのか?」
プレシアが管理局を敵に回したらその娘であるフェイトの立場が悪くなるというのは考えるまでもない事だ。 その上、娘を殺そうとさえしている。
それがわかっている癖にこんな行動をするプレシアの行動が、アルフには許せなかった。
「母さん……」
アースラの人たちが『ミスト』と呼んでいるあの『白いもやもや』の言っていた通り、母さんは第97管理外世界を滅ぼすつもりなのだろうか?
「どうして……」
フェイトにできる事は、アルフに抱きついて涙を流す事だけだった。
「アースラに送り込まれたのは1体だけ…… おそらく地上に戦力を向かわせない為の陽動でしょうね。」
「でも、放っておいたらアースラが!」
「追加の人員を送らないと結界が間に合わない――エイミィ、5分だけお願い。」
「艦長!?」
「外の1体は私が破壊します。 追加の人員は予定通りに!」
「フェイト、私、外の傀儡兵を止めてくる。」
「アルフ?」
「フェイトの言うとおり、あの女は『本当は優しい人』なのかもしれないし、私が思うように『血も涙もないような奴』なのかもしれない。」
抱きついてきているフェイトの手から離れて人型になる。
「『本当は優しい人』なら、こんな酷い事をさせちゃいけないだろう?」
「アルフ……」
「そして『血も涙もない奴』だったら、ぶん殴ってでも止めないといけない。」
どちらにしても、誰かが止めないといけないのだ。
「だから、私は行くよ。」
自分1人だけの部屋で、フェイトは考えなければならない。
「アルフさん?」
「私もこの艦を守るよ。 フェイトを守るんだ。」
「……私の指示に従ってくださいね。」
「わかっているよ。」
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「クロスケ!」
「ロッテ?」
「あんたがこの世界に来ているって風の噂で聞いてね?
こうやって会いに来たら何やら困っているみたいじゃないか。 私の力、貸してやるよ。」
「助かる!」
『みなさん、クロノ君のお師匠さまが来てくれたよ!』
思いかけない援軍の登場に、クロノ以下アースラクルーの士気が上がる。
もちろん突然現れた謎の女性に戸惑った者もいたが、エイミィの効果的な一言のおかげですぐに状況を把握できたのだ。
「あ、アリアは住民の避難と記憶の改竄で忙しいから暫くは来られないよ。」
「戦力は欲しいが、それはそれで助かる!」
目撃者の対処は早い内にしておいたほうがいいのだ。
「よしっ! それじゃいっちょ――」
ロッテがクロノと一緒に傀儡兵を相手にしようとした時、アースラ側も傀儡兵達も壊せなかった結界が消滅した。
「あれは?」
「僕たちは『ミスト』と呼称してい――」
ピカッ
その一瞬で、3体の傀儡兵が消滅した。
「な……」
「なん……」
キュイイィィィィィィィィィンンン
ミストを中心に10発の魔力弾が形成されていく。
「まさか、周辺の魔力を集束しているのか!」
「展開しては破壊された結界の分や、クロスケが傀儡兵を壊す為に使った魔力まで……」
ドンッ
ミストの白でもなく、ジュエルシードの青でもない、桃色の魔力砲撃が発射され――
20体の傀儡兵が完全に破壊された。
シュンッ
そして、ミストはどこかへ消えた。
「う…… 嘘だろ?」
「これが、ジュエルシードの力なのか……」
予想外の状況にロッテだけではなくクロノや他のアースラクルーの動きが止まる。
『ぼーっとしてる場合じゃないでしょ!
残りの傀儡兵をさっさと片付けて撤収して!』
全員がエイミィの声でミストの砲撃魔法の余波で壊された結界の修復や残りの傀儡兵を片付ける作業に戻ったが……
「クロスケ……」
残り3体の傀儡兵を相手にしながら、ロッテはクロノに声をかける
「なんだ?」
「お前たち、ジュエルシードってのを探しているんだよな?」
「……ああ。」
そこから先は言葉がない。
言いたい事がわかっているから……
────────────────────
「リンディさん……」
「なぁに?」
リンディとアルフはアースラに取りついた1体の傀儡兵を片付けた後、送られてくる戦場の映像を見ながらブリッジへ向かっていた。
「私はさ、フェイトがどうしてもジュエルシードを集めるっていうなら、管理局だろうがあの『白いもやもや』だろうが、全部ぶっ飛ばすつもりだったんだ。」
「……そう。」
「今回だって、私はすごく嫌だけど――フェイトが望むならこの艦からあの女の所に逃がしてもいいって、そう思っていたんだ。」
「アルフさん?」
突然の告白に警戒態勢を取ったリンディだが、アルフの姿を見て警戒を解く。
「私は、フェイトが何を言っても絶対にあの女の所には戻らせない。」
震えているのだ。
「ジュエルシードを集めるって事は、あの化け物と戦わないといけないって事だろう?
無理だよ。
勝てない。
あんな事が出来てしまう奴を相手にどうしろって言うんだ!」
アルフの心は折れてしまった。
「……本当に、ね。」
リンディは管理局の責任ある立場に在る者として、あんな事が出来る相手にジュエルシードを渡してほしいと交渉しなければならない。
しかし、彼女の心は折れてはいない。
(ミストは負傷者を出していないし、街にも被害を出していない。
相手に人を傷つけるつもりが無いのなら、交渉を続ける事ができるはず――何年もかかるかもしれないけれど。)
もっとも、交渉をするためには相手と同じテーブルにつく必要があるけれど。
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海中のジュエルシードを集め終わった私は結界の外で魔法が使われている事を感じた。
「流石に管理局やプレシアさんにばれちゃったかな?」
何も言わないで消える事はできるけど、フェイトさんが管理局に保護されているのならプレシアさんに私の主張――ジュエルシードを渡すつもりが無いという事が伝わっていない事もありうるから、念の為に宣言しておいた方がいいかな?
「『結界解除』。」
そう考えた私は結界を解除したんだけど、すぐに後悔した。
「ろぼっと?」
プレシアさんのお家の警備システムと師匠が言っていた物――と思われる物体がクロノさんと猫耳の女の人を相手に大暴れしていた。
「なにこれ?」
何がどうなったらこう言う事になるんだろう?
あの猫耳は、たぶんだけど、はやてちゃんを監視している人だよね?
それで、街のあちこちで見た覚えのある人たちが結界魔法を使っているって事は、あの人たちは管理局の人たちってことだよね?
「わけがわかんないけど、とりあえずロボットは倒しておいた方がいいかな?」
管理局の人たちが結界魔法をあちこちにたくさん使っているって事は、このロボットたちは街へジュエルシードを探しに行くつもりなのかもしれない。
こんな物が私の街を歩いたら大変な事になっちゃうものね?
「『ディバインバスター』」
試しに1発撃ってみたら、ロボットが3つ壊れた。
「よし、やれる。」
この程度で壊れちゃうなら管理局の人たちに任せてもいいのかもしれないけど、師匠以外に攻撃魔法を使うのは初めてだったし、相手に遠慮なく使う機会がこれから先にあるとも思えないし――思いっきりやってみるのもありかもしれない。
「周辺にちょうどいい魔力がたくさんあるし、派手にやってみよう!」
キュイイィィィィィィィィィンンン
周辺の魔力を10個の魔力弾に集束していく。
「師匠も言っていたけど、確かに収束に時間がかかるのは欠点だね。」
ロボットたちの動きはノロノロなので、こっちに攻撃が来る前に何とかできるだろうけど、これは改善の余地ありだ。
「師匠曰く、“星すら砕く全力全開”!!」
10個の魔力弾の射線をマルチタスクで計算して、街や人に被害が出ないようにする。
「咎人達に、滅びの光を。
星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。
貫け!閃光!『スターライトブレイカー』!!」
ドンッ
10の光がそれぞれ2つのロボットを破壊し――
「あ……」
管理局の人たちの結界も少し壊してしまった。
「『転移』!!」
思わず私は逃げ出した。
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「どうしよう?」
「多分大丈夫やろ。」
「そうかな?」
「だって、誰も怪我しないで済んだんやろ?」
「たぶん……」
「街にも被害が無かったんやし、問題にはならないと思うよ?」
「そ、そうだよね?」
でも、プレシアさんに何も言わずに逃げちゃったのはまずかったかも……
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