「はぁ、何か面白い事でも起こらないかしら?」
車外の景色が流れていくのを見ながらそんな事を呟いた瞬間――
ドスン ぐちゃ
「ひゃっ!」
「むっ」
信号待ちで停まっていた車の上に落ちて、さらに地面に落ちた何かをヒビの入った窓越しに確認すると、それは赤い毛色をした犬だった。
「鮫島! 動物病院に運ぶわよ!」
私はすぐに車から降りて犬の様子を診て、すぐに病院で処置する必要があると判断した。
「しかし」
「いいから運ぶ!」
「はい!」
周囲を見回すと車の周囲の建築物からかなり距離がある。 この事から、この犬は屋根から落ちたというより飛んだ――または投げ捨てられたのだろう。
でも、こんな大きな犬を投げ捨てるなんて何か特殊な機械を使わないと無理じゃない?
それに、今は血や埃で汚れているけれど、こんなに綺麗な毛色の犬が飼われていたら私が知らないはずがないし…… 何か事件の匂いがするわね。
「トランクを開けました。」
「ええ、この大きさだとその方がいいわ。」
私は自分でも気付かない内に携帯を――いつもお世話になっている動物病院に掛けていたのに気づいて苦笑する。
「もしもし――」
先生にこれから負傷した大型犬を一匹運ぶ旨を伝えながら、凹んだ車の屋根と血まみれの犬を見て、これって保険はおりるのかしらなんて事を考えた。
────────────────────
月曜日、はやてちゃんと会う約束があったので学校からすぐに翠屋へ帰る。
「おかえり、なのはちゃん。」
「ただいま、はやてちゃん。」
私たちには言ってくれないの?と拗ねる両親にもただいまと言って、出されたお絞りで手を丁寧に拭いてからはやてちゃんと同じ席に着く。
「それで、成果はどうなん?」
「うん、15個集まったよ。」
管理局とフェイトさんたちとの三つ巴になった後、どちらからも私に接触してくる様子が無かった事から――日曜日に思い切って認識障害全開で海鳴市内を飛び回って地上に落ちているジュエルシードを集めてみた。
「ほんま!? やったやないか。」
「うん!」
後はフェイトさんが海から6個のジュエルシードを回収するのを横取りしたうえで、フェイトさんとアルフさんを管理局に預けちゃうだけ。
「どこに落ちているかは憶えていたから、ね。」
「それでも、これで犠牲者が出ないで済むんやろ? いいことや。」
「うん。」
前回死んじゃったのはあのワンちゃんの飼い主さんだったみたいだけど、今回は誰も――お家や道路にも被害が出ないで済んだから、正直ほっとし――
「なのは、アリサちゃんから電話。」
「え?」
用事があるとかですずかちゃんだけ送っていく事を謝って車で帰っていったアリサちゃんから電話?
「どうしたんだろ?」
「電話に出たらわかるんやないの?」
それもそうだね。
「赤い毛の大型犬が空から落ちてきた?」
ああ、お迎えの車がいつもと違ったのはそういう理由だったのか。
『うん。 どうして空から落ちてきたのかわからないんだけど、これも何かの縁かなって思って……』
「それで、私にどうしてほしいの?」
その犬にすごく憶えがあるし今すぐ確認に行きたいとも思うけど、アリサちゃんの利用している動物病院はここから結構距離があるし――何より、ただの小学生が怪我をした犬にできる事なんて何もないと思うんだけど?
『あのね、毛並みがすごくいいから飼い犬だと思うのよ。 それで、翠屋に写真付きのビラを張ってもいいか聞いてくれない?
許可が貰えるなら今日中にビラを作って明日学校で渡すから、ね?』
なるほど――って、ちょっと待って?
「ちょっと待ってね? お母さん、お母さん。」
このお店には管理局の人っぽい魔力持ちの人が結構来るのに、赤い毛色――アルフさんのビラなんて張ったら面倒な事になっちゃいそうな気がする。
「なぁに?」
「アリサちゃんが日曜日に迷子のワンちゃんを保護したんだけど、翠屋にビラを張ってもいいですか?って聞いてきているの。」
だいたい、アルフさんもアルフさんだ。
何がどうなってアリサちゃんのお世話になる事になったかわからないけど、そんな目立つ格好していないで普通のワンちゃんに擬態くらいしておいてくれればいいのに。
「迷子のワンちゃんを拾うなんて、アリサちゃんは本当に犬が好きなのね。
いいわよ。 あんまり大きな物だとちょっと困っちゃうけど、なんとかするわ。」
「ありがとう。
あ、アリサちゃん。 お母さんが良いって言ってくれたよ。」
あれ? アルフさんが大怪我をしているって事は、もしかしてフェイトさんも大怪我をしていたりするのかな?
もしかして、私の知らないところで管理局に保護されちゃった?
『本当? じゃあ、明日学校で――』
それともまさか、ジュエルシードを1個も回収できなかった事でプレシアさんの虐待がエスカレートしちゃったとか?
────────────────────
「本当に赤いんだね。」
「でしょ?
車の屋根の上に落ちてくるなんてわけのわからない出会いだったから、私も最初は血の色じゃないか――なんて思っちゃったけどね。」
赤い毛並みの大型犬というだけなら他人の空似(他犬の空似?)かもしれない――というか、そうであってほしいと思って、放課後にほとんど無理矢理アリサちゃんに動物病院まで連れてきてもらったけれど……
額に石が埋まっているというわかりやすい特徴や、ほんのりわずかに魔力を感じる事から、この子がアルフさんだと確信した。
「赤い毛に額の石、それにこの大きさ。
こんなにわかりやすい特徴ばかりの子なら、飼い主さんはすぐに見つかるね。」
フェイトさんが来るか、はたまた管理局の人が来るか……
「どうかしらね。」
「え?」
「車の上に落ちてくるなんて、どこの漫画かっていうような事件なのよ?」
確かに、空から犬が降ってくるなんて普通じゃない。 大事件だ。
「一応迷い犬としてビラを貼りまくるけど――貼りまくるからこそ、まともな神経をしていたら名乗り出てはこないでしょうね。」
ええ、と?
「例えば、なのはが自分は飼い主ですって名乗り出たとするでしょ?」
「え? 私が?」
「例えばよ、例えば。」
「う、うん。」
「そうしたら私はなのはにこう聞くわ。 『この子はどうしてこんな怪我をする事になったんですか?』ってね。」
「『どうしてこんな怪我を』……」
そんな事…… あ!
「答えられないならその人は『飼い主』じゃないわ。 そして、答えられたら――」
「動物虐待……」
「そうよ。 この子のジャンプ力がどんなにすごかったとしても、あの高い建築物の無い場所で車の屋根に落ちてくるなんてありえない。
だとしたら、誰かが何らかの方法でこの子を『投げた』としか考えられない。」
うん。
「もちろん、この子は『投げた』犯人に誘拐されただけで、本当の飼い主が別にいる可能性もあるけど――」
「これだけわかりやすい特徴ばかりのワンちゃんが居なくなったんなら、アリサちゃんがビラを貼るよりも先に何か行動をしているよね。」
「そういう事よ。」
そもそも、犯人がまともな頭をしていたら、こんなきれいなワンちゃんを投げたりするよりもこの子自身、又は繁殖させて産ませた子供を売ったりしたほうがよほど有意義だとわかるだろうから――と話が続いた。
「まあ、警察にも連絡してあるから、自称『飼い主』が現れたらとっちめてやるわ。」
腕を胸の前に組んで堂々とそう言ったアリサちゃんはとても格好良かった。
「うん。 わかった。
それじゃあ、このビラの1枚はわかりやすい処に貼って、30枚はお店に置いておくね。」
「頼んだわ。」
────────────────────
なのはがアリサからビラを預かった翌日
リンディとクロノ、エイミィの3人は翠屋で作戦会議をしていた。
【参ったわね。】
【ええ。】
黒髪姉妹の姉の方――アルフからどうしてジュエルシードの事を知っているのかと事情聴取しようとしたら、変装をあっさりと解いて赤い狼になったのは予想外だった。
【この店もそうだけど、他にも街のあちこちに彼女のビラが貼られているせいで、うかつに行動できなくなってしまったわ。】
【本当にやっかいな事になった。】
結界内を逃げ回るだけで攻撃をしてこなかったのも厄介だった。
前回はアルフがエイミィを人質にしたのでこちらもそれなりの対応をとる事ができたが、今回アルフは逃げるだけなのでこちらもあまり強硬な手段がとれなかった。
【『飼い主』は保護できたのですけどね。】
【ええ。】
アルフと追いかけっこをしている最中に侵入してきた金髪の少女――フェイトが全力で暴れたのも予想外だった。
管理局に攻撃をするという事がどういう事態を招くか考えたからこそ、アルフは逃げ回っていると思っていたので、フェイトもアルフと同じように逃げ回りながら結界からの脱出を試みるのだと思ってしまったのだ。
【地上に降りていたクルーの半分が負傷で動けない今の状態では……】
フェイトの全力攻撃をクロノはなんとか防いだのだが、その余波でアルフを追いかけていた仲間たちは軽傷を負ってしまい、結果アルフを逃してしまった。
【このお店に顔を知られている私たちでは『飼い主』として名乗り出ても怪しまれるだけでしょうし……】
【ジュエルシードの事を尋ねて回った人たちに名乗らせても怪しまれるでしょうね。】
それに、そもそもジュエルシードの捜索は続行しなければならない。
【クロノ、ミストは動くと思う?】
【ミストの目的はジュエルシードを集める事でしょうから、アルフがジュエルシードを所持しているなら動くと思います。】
【エイミィはどう思う?】
【私はミストの魔法で気絶してしまいましたけど、見方を変えると人質になっていたのを助けてもらったとも言えますし……】
あの時自分が気絶してアルフが朦朧としなかったとしたら、クロノ1人で人質をとった2人と戦わなければならなかったと彼女は言う。
【管理局に恩を売る為に動くかもしれません。】
【恩を売る…… なるほど。
この件で協力する代わりにジュエルシードを諦めてくれと言ってくるわけね。】
【だが、ジュエルシードは次元震を発生させる事が出来る可能性が高い。】
【ええ、そんな危険な物を正体不明の相手に持たせておくわけにはいかないわ。】
仮説ではあるが、ミスト=ジュエルシードだったとしてもそんな危険物を放置しておくわけにはいかない。
【というか、そもそもアルフはどうやって怪我をしたんでしょうか?】
【それも謎だな。】
結界から脱出した後、おそらくフェイトを救出するためだろうが数分間結界内に入ろうとした事はわかっているが、その時も怪我をする様な事はなかったはずだ。
【ミストと戦闘したとも思えませんし。】
【ええ。】
ミストは一瞬で相手の意識を朦朧とさせる事ができるのだ。
アルフとミストが何らかの理由で『命を懸けた戦い』をしたとして、その場合アルフが『怪我』で――『逃げる事ができる程度の怪我』で済むとは思えない。
【とりあえず、あのビラを1枚、こっそり貰って帰りましょう。】
【はい。 居場所を監視していれば何かあってもすぐに対処できますし。】
【最悪の場合、誘拐してしまいましょう。】
う~ん。 たぶんミストって私の事だよね。
「すいません。」
「あら、なんでしょう?」
席を立った3人に駆け寄る。
「このワンちゃんのビラを1枚貰って行ってくれませんか?
それで、できればお家の前とかに貼っていただけるとありがたいのですが。」
こっそり持って行くよりも、こうやって渡された方が気持ちが楽だよね?
「そうね…… それじゃあ家の前に貼っておくわね。」
「ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げてお礼を言う。
フェイトさんが保護されているならアルフさんも保護してほしいし…… リンディさんたちには頑張ってもらいたいな。
────────────────────
【つまり、あなたの主人の母親が全ての元凶だと?】
【そうだよ。】
アルフは動物病院の檻の中で2匹の猫と話していた。
【こう言ったらフェイトに悪いけど…… あの女は狂っているよ。】
【自分の娘を『使えない駒』扱いするようじゃねぇ。】
【管理局に捕まっても救出しないどころか、その使い魔を消そうとするなんて……】
確かに『狂っている』としか言えない。
【私はフェイトの所に行きたい。】
【そうだね。 このままここに居てもその女に消されちゃうかもしれないし】
【街中に貼り紙がしてあるからあなたの居場所は管理局も把握しているでしょう。】
アルフがフェイトと再会する日は近いだろう。
【問題は、その母親がどんな手を打ってくるかだよ。】
【こっそり回収する事は出来ないとわかった以上――最悪、この街の住民を人質にしてジュエルシードを寄こせと言ってくるかもしれないわね。】
【……それはあるかも。】
【あるの?】
【あるんだ?】
【私が知っているだけでも、傀儡兵が百体くらい……】
はぁ……
3匹が溜息をもらす。
【少し賭けになるけど広範囲に念話を飛ばしたら?
海鳴市内にはジュエルシード捜索の為にアースラのクルーが気づくと思うよ?】
【そうね。 『白いもやもや』に気づかれてしまうだろうけど、この街が傀儡兵に蹂躙されるかもしれないという情報は何としてもアースラに伝えないといけないでしょう。】
事態は急を要する。
【そっちで何とかできないのかい?】
【う~ん。】
【さっきも言ったけど、私たちがここに来ているのは秘密なの。
その女が傀儡兵を出してきて脅迫をしてくるその瞬間までは動かない――動けないの。】
リーゼたちはジュエルシードとは関係の無い理由で日本に来ている。
傀儡兵が攻めてきたら八神はやてを守る為にもアースラと協力するのも仕方ないが、それまでは誰にも気づかれるわけにはいかないのだ。
【わかったよ。 私もフェイトを『凶悪犯罪者の娘』にはしたくないしね。】
この2人の力を借りないで自分1人で情報を伝えた方が裁判などの時にフェイトに有利な状況に持ち込めるかもしれないし、とアルフは思った
【それじゃ、アースラの奴らが近くに来たら教えるわ。】
【『白いもやもや』に気づかれる可能性は低ければ低いほど良いものね。】
【ああ、頼んだよ。】
「あら、今日も猫さんたちが来ているのね。」
「かわいい。」
「野良猫みたいだからすずかの家で飼ってあげるのもいいんじゃない?」
アリサがすずかを連れてアルフの様子を見に来た。
「にゃー」
「にゃー」
はやての傍からあまり離れるわけにはいかないリーゼたちは、飼い猫になるわけにはいかないのでさっさと窓から逃げ出した。
「あら、逃げちゃったわ。」
「あの子たちはよく来るの?」
「そうみたいよ。」
あの2匹の猫はどうやってかは分からないが鍵の掛かっているはずの窓を毎回開けて入っているのだと医者が愚痴をこぼしていた、とアリサが語る。
「頭の良い子たちなんだね。」
「ええ、そんな猫たちと仲良くしているこの子もかなり頭がいいみたいよ。」
「へぇ?」
アリサがアルフの入っている檻の鍵を開ける。
「ほら、私が命の恩人だってわかっているのよ。」
アルフの包帯の巻かれていない部分を優しく撫でながら、アリサはすずかに自慢する。
会って間もない人間――それも自身が怪我をしているにも関わらす抵抗しないアルフの様子を見て、確かに頭の良い子なんだろうとすずかも納得した。
「本当だね。 私も撫でていいかな?」
その言葉に、アリサだけでなくアルフも頷いた。
100307/投稿