「次元震の発生地点はここだよね?」
「そのはずだけど……」
フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフは時の庭園で計測されたデータを元に割り出された次元震の発生地点にジュエルシードを捜索しに来ていた。
「公園だね。」
「うん。」
4人の小さな子どもがブランコで遊んでいて、おそらくその子どもたちの親たちが2つの並んだベンチを独占している。
「次元震が起きたとは思えないくらい、のんびりしているね?」
小規模とはいえ次元震が発生した以上それなりの被害が出ていてもおかしくないのに、ここに居る人たちは普段通りの生活をしているように思える。
「この国はよく地震が起きるらしいから、みんな勘違いしちゃっているんじゃないかな?」
「そうかねぇ?」
地震なら発生源がわかる程度には科学が進んでいるらしいのに、発生源のわからない地震の後でもこんなにのんびりしていられるものだろうか?
アルフの持つ疑問はやがて彼女が心底嫌いな相手への批判へと繋がる。
「次元震を起こしたのはジュエルシードっていうロストロギアだったっけ?」
「え? そう言う名前だったと思うけど?」
「本当にそんな物があるのかねぇ? 言っちゃ悪いけどあまり信じられないんだよね。」
「アルフ?」
母の言葉を信じられないという使い魔を信じられないという目で見つめる。
「だってほら、あの女の命令通りにこうやってわざわざカツラとカラーコンタクトでこの国の平均的な外見に変装しているっていうのに、なんだかじろじろと見られているだろ?
その時点で私はあの女の言っていた事が信じられないよ。」
母親と子供しかいない公園に若い女とそれなりに小さい少女が2人連れで来たのだ。
それゆえにベンチに座って井戸端会議している主婦たちに「もしかして、あの2人は親子なのかしら?」という目で見られているだけなのだが、それがわからないアルフにとってこの状況は、プレシアの言葉の信憑性に疑問を持つのに充分だった。
「でもほら、母さんもこの世界の事をよく知らないのかもしれないし……」
「あの女はこの世界の事をよく知らないってのにこんな姿を強要したのかい?」
「そ、それは……」
そんなアルフの言葉に、フェイトは言い返す事ができない。
「それは?」
「そ、それ――!?」
「!」
その時、2人はこの場所に近づいてくる存在を察知した。
「この魔力――魔導師か?」
「アルフ、隠れるよ。」
「うん。」
こそこそ
「ここが次元震の発生地点なのか?」
「そのはずだけど?」
クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタは次元震の調査に来ていた。
「こんなに穏やかな場所で?」
「被害が少なすぎる気がするけど、確かにこの場所が発生地点だよ。」
エイミィは専用のストレージデバイスを弄りながらクロノのしつこい質問に答える。
「まいったな……」
「そうだね。 こんなに人がいたらこっそり調べるなんてできないし、だからといって結界を使うわけにもいかないし。
とりあえず空いているベンチを探して、そこで調べられるだけ調べてみようよ。」
次元震の発生が自然現象だと断言できるなら結界でも何でも使って大規模な調査をする事もできるのだが――何者かが意図的に次元震を発生させたのだとしたら、その犯人はこの場所を監視している可能性が出てくるので結界どころか今こうやって魔力持ち2人がこの公園に入って来たことにすらなんらかのリスクがあるかもしれないのだ。
「ああ、頼む。」
「はい、頼まれました。」
空いているベンチを見つけた2人はそこに座って調査を開始する。
「それじゃあクロノ君。」
「うん?」
「『カップル』と『姉と弟』、どっちがいい?」
エイミィは素敵な笑顔でどの演技をするか聞いてきた。
「『同じゲームで遊んでいる友人』でいいんじゃないか?」
クロノは懐からエイミィが使っているのと同じストレージデバイスを取り出す。
エイミィとの付き合いが長いクロノにとって、彼女がこうやって自分をからかってくる事は想定済みなのでその対策を考えて行動していたのだった。
「え~。」
「『え~。』じゃあないだろ? ほら、真面目に仕事し――」
ストレージデバイスに魔力を通して周辺の簡易スキャンを始めた瞬間、この世界では極めて珍しい部類の生命体反応を探知した。
「エイミィ……」
「うん。 この反応は使い魔だね。」
使い魔がこの公園内にいる。 その反応の横に居るのは使い魔の主人だろうか?
「この2人が次元震を起こした?」
「僕たちと同じように次元震を感知して調べに来ただけのアンダーグラウンドの住人という可能性もあるが――どちらにしても話を聞く必要があるな。」
次元震についての情報を持っているかもしれない。
「魔力は隠しているのに使い魔の生体反応を偽装していない理由がわからないけどね。」
頭隠して尻隠さずとはまさにこの事だ。
「油断はできないぞ。 そもそも使い魔の生命体反応が他の動植物と比べて――というのは元々管理局独自の技術で、洩れたのも近年だからな。」
「それもそっか。 ……ミッドからこんなに離れた世界に身を隠していた為に最新の情報に疎いけど、その実力は――って可能性も確かにあるしね」。
エイミィの言葉に静かに頷きながら、クロノは取り出したばかりのデバイスを片付けて、代わりに普段から愛用しているデバイス――S2Uをポケットから取り出す。
「次元震を起こしたのがこの2人なら今すぐ捕縛してもいいんだが……」
「うん。 調査に来ただけで次元震と無関係、しかも次元震を起こした奴はこちらを盗み見している可能性は否定できないもんね。」
「僕が周囲を警戒している間にスキャンを終わらせてくれ。」
「了解。」
フェイトとアルフはそんなクロノとエイミィの様子をこっそりと見ていた。
「黒服の方が警戒態勢をとったよ。」
「すぐに襲ってこない事を考えると、あの2人は次元震を調べに来ただけと考えた方がいいのかもしれないね。」
あの2人がジュエルシードで次元震を起こしたのだとしたら、こんな人通りの多い場所で広域スキャンをするとは思えない。
「あの2人、時空管理局かな?」
「一番可能性が高いのはそれだね。」
2人は少しずつクロノとエイミィから離れていく。
「じゃあ、やっぱり母さんは嘘を言っていなかったんだ!
だって、時空管理局が次元震を調べに来たんだもん! ね? アルフ?」
勝ち誇った顔でそう言うフェイトを見て、アルフは少し泣きそうになった。
「そんな事よりも、さっさとこの場所から離れようよ。」
「ちょっ、アルフ?」
「ほらほらほら」
泣きそうな顔を見せない為にフェイトの腕を引っ張って走っていく。
「行っちゃったね?」
「ああ。 だがこの場所を監視している存在がいる可能性は消えない。」
クロノはS2Uを片付けず、そのまま警戒態勢を維持する。
「はいはい。 調査は私がするから、クロノ君は私を守ってね?」
「ああ。 任せておけ。」
そう言ったクロノの真剣な顔は、エイミィに「やっぱり男の子なんだな」と思わせた。
しかし、そんな2人に近づく存在がその20分後に現れた。
「まだ3時ちょいやというのに、もうアベックさんがイチャイチャしとる。」
「え?」
どこから攻撃されてもエイミィを守れる体制を維持していたクロノはその声が明らかに自分とエイミィの事だと気づいて焦ってしまい、思わず声を出してしまった。
「学校サボってデートするんは個人の自由やけど、あんな小さい子供たちの目の前でそういう事をするのは正直どうかと思うで?」
2つあるブランコを4人で順番に乗って遊んでいたはずの子供たちが、1つのブランコに男女のペアで座って……
「ぅ、ぇ?」
「ほら、さっきからあっちのおばさんたちも2人の事を『若いっていいわね』とか『私も若い頃は』とか言って、話のタネにしとるやん?」
井戸端会議をしていたおばさま方が、一斉に目をそらした。
「なっ!?」
「いや、別に責めてるわけやないんよ?
世の中には他人に見られている方が興奮するっていう特殊な性癖を持っている人も」
「エイミィ! 行くぞ!」
「え? でも、まだ!」
クロノはエイミィの腕を掴むとそのまま逃げ出す。
「あらら、ちょっとからかいすぎたかな?」
魔力を感じて様子を見に来たはやては走り去っていく2人の後姿を見て少し反省した。
【クロスケ……】
【こんな子供にからかわれて逃げ出すなんて、鍛え方が甘かったかしら?】
【今度あのエイミィって子がいる時に会いに行こうか?】
【……いいわね。】
クロノの未来に2匹の猫が立ち塞がろうとしていた。
────────────────────
(4個目GET!)
学校からの帰り道、なのはは記憶通りの場所でジュエルシードを回収する事に成功した。
前回はアリサとすずかは習い事などの用事があったので一緒に帰れない日は少し寂しいと思っていたのだが、今日に限っては好都合だったといえる。
(遅くなると心配させちゃうから、後1個回収したら今日は帰ろうっと。)
アリサとすずかには今度の休日は用事があるから一緒に遊べないと言ってあるので、手元にあるのを含めて今週中に10個は回収する事ができるだろう。
(猫さんたちがいない時ははやてちゃんも回収するって言っていたし、この調子なら地上の15個は思っていたよりも早く回収終わっちゃうかも。)
なのはは近くにあるはずの6個目のジュエルシードへと向かった。
カランコロン♪
「いらっしゃいませー。」
時空管理局の者だと思われる2人に見つかる前に逃げ出す事に成功したフェイトとアルフは碧屋という喫茶店で休憩する事にした。
「へぇ…… フェイト、どれも美味しそうだよ。」
「そうだね。」
今は大人の女性を演じているが、もしも尻尾を出していたらブンブンと大きく振っているんだろうなと、アルフのきらきらと光る眼を見てフェイトは思った
カランコロン♪
「いらっしゃいませー。」
緑色の髪の女性――リンディ・ハラオウンが店に入って来た。
「私はこれを頼むからさ、フェイトはこれを頼んで半分こしないかい?」
「ん~…… そっちもおいしそうだけど、こっちの赤い方が気になる。」
「そうかい? じゃあ、そっちでもいいよ。」
「でも、半分こするにはちょっと小さいよね。」
カウンターにいる桃子とケーキを選んでいるリンディは2人の悩む様子がとても可愛らしくて思わず微笑み合い――何故かその一瞬で意気投合した。
「それじゃあ、これと、これと、これの3つ食べちゃおうよ
「アルフ…… 夕御飯のお肉が減る事になるよ?」
「え! う~ん…… いいよ。
お肉より、フェイトと一緒に楽しくおやつを食べる事の方が大事だもの。」
「アルフ……」
あら意外、子供の方に主導権があるのね。
そうですね。 妹に甘いお姉さんなんでしょう。
桃子とリンディが視線でそんな会話をしているという事にまったく気づかないアルフとフェイトはケーキを3個と紅茶を2種類頼んで席に着いた。
「それじゃあ、私はこのケーキを1つ――と、このシュークリームを30個持ち帰りで。」
「はい。」
注文を終えたリンディはアルフとフェイトの隣の席に着いた。
「それで、これからどうしようか?」
「う~ん。 できるだけ接触しないようにしたいよね。」
あのエイミィと呼ばれていた方は強そうではなかったが、彼女を守ろうとしていたクロノという少年はかなりできる。
フェイトと2人で戦えば何とかできるだろうが、それも相手があの少年1人なら、だ。
時空管理局と名乗る組織からやってくる敵はあの少年と同レベル――それ以上の敵が何人もいると考えるべきだろうとアルフは考えていた。
「最終的には奪い合う事になるんだろうけど、それでもやっぱりぶつかり合うのは最小限に抑えるべきだと思うよ?」
「そうかな?」
2人の隣の席でケーキと紅茶を待ちながら聞き耳を立てていたリンディは、この2人は対戦ゲームでもしているのか? この国の女の子の流行は結構物騒なのねと思っていた。
「ほら、何度も戦ったらこちらの戦力が2人だけだってばれちゃうだろうし、そうなったら絶対に消耗戦を仕掛けてくるよ。 もし私があっち側ならそうするもん。」
「消耗戦……」
「そうだよ。 何度も戦ったら、こっちの戦力も手の内も全部ばれちゃうだろうから、ジュエルシードをあの女に届ける事なんてできなくなっちゃうよ。」
あの女? 同じチームにもう1人いるのに戦力は彼女たちだけなのか?
それとも戦って手に入れたジュエルシードというアイテムを届けるNPC?
「そうだね、母さんの為にもジュエルシードは絶対に手に入れて届けないと……」
あの女=フェイトという少女の母親?
いや、ゲーム内でそういう風に呼び合っているのか?
「はい、ご注文の品の――」
桃子がケーキと紅茶を席に置いたらゲームの話は終了。
後はもうこのケーキはどうのこうのという女の子らしい会話になった。
しかし、実に興味深い。 帰ったらエイミィに調べてもらおう。
ジュエルシードという単語で検索をしたらすぐにわかるだろうし……
最初に注文したケーキとは別のケーキも食べ終えて満足したリンディがお土産を持って喫茶店を出て――暫く歩いていたら、大きな魔力が近づいてくるのを感じた。
「そんな…… あんな子供が?」
近づいてきているのは隣の席で美味しそうにケーキを食べていたフェイトという子と同じ年くらいの女の子だった。
「ど~なぁど~なぁ~♪」
その子は暗い曲を楽しそうに歌いながら先ほど出たばかりの喫茶店に入っていった。
「お母さん、ただいま~。」
「あらなのは、おかえりなさい。」
とっさに魔法で聴力を強化して、喫茶店の中の会話を盗み聞く。
「親子?」
しかし、母親の方から魔力を感じなかった。
「この世界で稀にある事例の1つって事かしら?」
ギル・グレアムというこの世界出身の知り合いがいるリンディは、なのはの大きな魔力についての推測がすぐにできた。
────────────────────
「艦長、本局から次元震の発生原因かもしれないロストロギアについての資料が来ました。」
「ロストロギア?」
アースラに戻ったリンディは先に帰ってきていたエイミィからこの世界で聞く事になるとは思っていなかった単語が出てきて少し驚いた。
「なんでも、あの有名なスクライア一族が発見した物で、その余りの危険さに発見されて1ヶ月も経たずに本局送りになる事が決まったものの、輸送中に原因不明の事故が起きてしまったとかで――詳しい事はこの資料に。」
「わかったわ。」
ロストロギアか。 厄介な事件になりそうね。
「あ、そうそう、これお土産ね。 後でみんなに配ってちょうだい。」
「わかりました。」
エイミィに24個のシュークリームが入った袋を渡して席に着いたリンディは受け取った資料を読み始め――ぶはっと吹いた。
「艦長?」
「母さん?」
ごほっ ごほっ
「大丈夫ですか?」
エイミィが優しく背中を撫でてくれる。
「だ、大丈夫よ。
ちょっと――いや、かなり驚いてしまっただけで。」
読み始めた資料の1ページ目には『ジュエルシード』という単語があった。
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