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No.1473の一覧
[0] セリアラック[対向車](2007/03/17 06:40)
[1] セリアラック 第二話[対向車](2007/03/24 01:21)
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[1473] セリアラック
Name: 対向車 次を表示する
Date: 2007/03/17 06:40
 雨が降りしきる夜だった。まだ幼かったアルトは、その日の夜もいつもの通り、静かに通り過ぎると思っていた。だが、その考えは無情にも外れてしまった。

「やぁ…こないで…」
「…」

 真っ赤に染まった剣を持った赤毛の男が、アルトを見下げている。その足元には、先ほどまでアルトを庇っていた母親が倒れている。その周りの床には血が飛び散っていて、その血の匂いが部屋の中を包み込み、その匂いがアルトを更なる恐怖へと陥れていく。

「ひっ!」

 赤毛の男が、ゆっくりとその手に持っている剣を振りかぶる。その目には相変わらず感情は一切含まれていない。アルトはすぐに体を動かして逃げようとしたが、体が上手く動いてくれない。

「さらばだ」

 低く、感情の篭っていない声がアルトに聞こえた時、胸の辺りに衝撃が走った。







「!」

 自分の上に掛かっていた毛布を跳ね除けて、アルトが起き上がる。その額からは汗が滴り落ちていて、服はグッショリと汗で濡れていた。
 しばらくそのまま無言で自分の額を手で包み、アルトは先ほどまで見ていた夢の内容を思い出す。なぜ今頃あんな夢を見たのだろうか…記憶の奥に封印したというのに。

「どうした? 物凄い寝汗だぞ」

 真横からそんな声が聞こえ、アルトがそちらへと目を向けて見ると、そこには一人の女性が隣のベッドの上に座って、剣を抜いていた。その女性へと目を向けたアルトは額から手を離し、胸元のボタンを外しながら口を開く。

「…なんでもない」
「そうか」

 アルトの返答を聞いた瞬間、急に興味を失ったように女性は剣へと目を向けた。その横で、アルトは自分の服を脱いで上半身裸になると、ベッドの横に置いておいた自分の荷物の中を探って新しい服とタオルを取り出し、自分の体をそのタオルで拭いた。
 汗を拭き終えると、アルトは自分の体を見下げる。あれから十数年、アルトの体は大人の女性へと変わろうとしている。段々と大きくなってきた乳房、引き締まったウエスト。だが、アルトは自分が女として産まれたことを、余り良いと思っていない。男とは違って筋肉がつきにくい体。そして、女だというだけで弱いと決め付けてくる世間。アルトにとって、女という性別は邪魔でしかなかった。
 だが、隣にいる女性はそのことをまったく気にしていない。彼女の名前はリスト。あの事件から奇跡的に生き残ったアルトを引き取ってくれた家の長女で、アルトの義理の姉に当たる人だ。リストはその見た目とは違って、剣では誰にも負けたことがない。腕の立つ剣豪でも、彼女の名前を聞くだけで恐れおののくという噂すら立っているほどだ。
 
「さて、もう朝だ。朝食としよう」

 そのリストが剣をその鞘へと収めてベッドの上に置くと、床に下りてドアへと向かって歩いていく。アルトは、ジッとその言動を眺めていたが、リストがドアの取っ手に手を伸ばすと同時に先ほど取り出した新しい服を着て、自分のベッドから降りる。
 アルトとリストの寝室となっている部屋からリストが出ると、アルトも後を追いかけるように寝室から出て、数あるドアの前を通ってリビングへと入った。
 リビングではリストとある男性が話している。彼はこの家の長男で名前はクラウ、この家の家計を支えている人だ。アルト達の家がある町を、この世にはこびる悪魔から護衛するという仕事をしているのだ。

「兄さん、いつも朝食は私が作ると言っているだろう?」
「いやぁ~、さっき夜勤から帰ってきてね。もう眠気も吹っ飛んじゃったし、やる事もないから作っちゃたんだよ」

 どうやらクラウの体の負担を配慮して決めた決まりごとをクラウが破ったようだ。なんだかんだ言って、護衛の仕事は物凄く体に負担のかかる仕事である。その上、明日にも死んでしまうかもしれないという仕事なのだ。できるだけいつも万全な体調を維持しないといけないだろう。だから、アルト達はクラウに負担が掛からないようにしているのだが、クラウは余り決まりごとを守ってくれない。
 元々世話好きという所もあるが、自分より他人の方が大切な人なのだ。そのお陰でアルトとリストは何回頭を悩ませたことか。

「言いわけはもういい。今度からこういうことがないように。あと、朝食食べたら寝るんだぞ」
「え~、あんまり眠くないんだけどな」
「駄目だ! いつも言っているがな、兄さんは危険な仕事に就いているんだ! それをしっかり自覚しろ!」

 本気で怒っているリストと、その怒りの矛差になっているのにも関わらず笑ってリストを宥めようとするクラウ。こんな光景が三日に一度、アルトは見ているような気がしている。なんとなく、クラウはリストの怒った顔を見て楽しんでいるのではないかとアルトは思ってしまう。

「あっ、アルトちゃんおはよ~」
「…おはよう」

 クラウにそう返すと、アルトはリビングにある四人掛けのテーブルへと目を向ける。その上にはトーストやスープなどの食べ物が並んでいる。どうやらあれがクラウが帰ってきて作った朝食のようだ。
 確かに、クラウの料理は美味しい。だが、アルトもクラウには余り無理して欲しくはないのだ。義理とはいえ、十数年も一緒に住んできた仲なのだ。情も沸く。

「はぁ、今度はこんなことがないように。分かったな?」
「ははっ、分かったよ。それよりもご飯を食べよう。お腹空いちゃったよ」

 クラウが笑いながら言い、自分の席へと座った。その姿を見ると、ドアの所に立って二人のことを眺めていたアルトも動いて自分の席に座る。最後に、半ば呆れたような表情をしたリストが座った。
 それを見ると、アルトは目の前にあるスプーンに手を伸ばす。無言で…。







 太陽が空高く上がって、アルトの家がある町の人達も外にでて活発に働いている頃、アルトは町外れの小さな丘にある大きな木に登って町を見下ろしていた。
 十数年住んできたこの町も、時間が経つにつれて少しずつ変わっていっている。新しい建物ができたり、古い建物がなくなったり、人が死んだり、人が生まれたり。目に見える変化はとても判り易い。だが、アルトが感じている変化はその目に見えるものとは違う。どこか、町が暗くなったように見えるのだ。いや、町だけではない、この世界自体が暗くなったような、そんな感じがヒシヒシと伝わってきている。
 その原因に検討は付かないが、このままではいけないとアルトは思っている。このままでは、いつか大きな事が起きてしまう。

「アルト!」

 アルトが町を見ていると、木の根のほうから聞き慣れた声が聞こえてきた。ゆっくりと視線を下へと向けるとそこにはリストがアルトを見上げながら腕を組んでいた。どうしたのだろうかとアルトは思ったが、すぐにリストがここに来た理由に気が付く。

「もう…そんな時間?」
「そうだ。早く降りて来い」
「ん…分かった」

 アルトは太い枝の上に座っていた姿勢から立ち上がり、そこから飛び降りて地面に足を付く。少しだけ足の裏が痛いが、ここは我慢だ。

「さぁ、アルト。準備しろ」
「…分かった」

 リストが何かを構えるような動きをすると、その手の中に刀身が黒い剣が現れた。この世界に存在する魔法というものを使って一瞬で手の中に召喚したのだろう。この魔法はこの世界にいる誰もが使うことができるが、一応訓練しないとちゃんと使うことができない。特にアルトはその魔法というものの中で風を操る魔法が得意だ。

「アルト」
「…分かってる」

 剣を構えているリストをしばらく眺めると、アルトは右手を前に突き出して、その手の中に槍を召喚する。アルトの槍は柄の部分も刀身の部分も真っ白だ。十歳の誕生日にリストから受け取ったこの槍を、アルトはとても気に入っている。

「行くぞ!」
「…」

 掛け声と共に高速でアルトの間合いに入ってきたリストは、一切の迷いもなく剣を振るう。その迷いのない剣をアルトは槍の柄の部分で弾き、そのまま自分を中心に槍を一振りした。だが、その槍をリストは掻い潜る。

「がっ!」

 すぐに襲ってきたのは腹部に走る衝撃と痛み。気を緩めたらこの場に膝を付いてしまいそうな痛みだ。
 アルトは歯を食いしばってその痛みに耐えながら、自分の腹部を蹴った状態でまだ次の動きに移っていないリストへと槍を突き出した。だが、その攻撃はリストの剣に弾かれ、アルトの槍は大きくブレる。
 その隙をリストは見逃さずに、今度は剣から手を放してアルトの鳩尾に拳を突き出してきた。

「―!」

 声にならない声が口から出て、アルトはそのままその場に膝を付く、鳩尾を完全に捕らえた攻撃は、アルトの動きを封じるのには十分すぎるものであった。
 すぐに動かなければ次の一手でアルトは負ける。そう思ったとき、アルトの周りで風が渦巻き始めた。

「アルト!」
「!?」

 リストの一喝でアルトは自分のしていることに気付き、周りの風を収める。それからゆっくりと顔を上げると、そこには怒った顔をしたリストが佇んでいる。

「その力にすぐ頼るなといつも言っているだろう?」
「…分かってる」
「なら使うな」

 静かに、だがアルトにとって物凄く強い口調でリストが言った。その言葉を聞きながら、アルトは自分の中で渦巻くものを押さえつける。あの時から自分の中にあるものを…。
 
「お~いっ! リスト! アルト!」

 アルトが自分の中のものを押さえつけていると、町のほうから声がして、そちらの方を見て見ると一人の少年がアルトとリストの下へと駆けてきていた。
 その少年はとても焦っているようで、アルト達の下に付いた時はとても息を乱していた。

「どうした?」

 リストが眉を顰めながら問うと、少年は息を整えながら顔を上げて、口を開く。

「た、大変だ! 村が変な奴に襲われて…とてつもなく強いんだ! クラウが戦っているけどこのままじゃ!」
「場所は!?」
「君らの家の前だ!」

 少年の返答を聞くと、リストは何も言わずに町へと向かって走り出す。あまり現状が理解できていないアルトは、そのリストの後姿を見えなくなるまで眺め、少年へと目を向ける。
 少年はジッと町へと目を向けていたが、アルトが見ていることに気付くと体ごとアルトへと向いて、口を開く。

「アルト、君はここにいた方が良いかもしれない。多分…何もできない」
「…そう」

 特に何かを言い返すわけでもなく、アルトは感情の篭っていない返答を返すと町へと目を向ける。アルトの目に見える町の風景には何処にもおかしい場所など無い。だが、あそこでは何かが起きている。何が起きているのかは、今のアルトには分からない。なんせ、ここからは何も見えないのだ。

「!」

 急にアルトの背筋に寒気が走り、次の瞬間町の中心辺りから巨大な氷の柱が突き出た。それを見たアルトは目を見開き、気付いた時には槍を持ったまま走り出していた。あの氷の力、あの力には見覚えがある。

「おいっ! アルト!」

 後ろから少年の呼ぶ声が聞こえてくるが、そんなもの無視して走り続ける。

『殺せ…殺せ!』

 脳に直接響く低い声、どうやらアルトの中にあるものが騒ぎ始めたらしい。だが、今度はそれを押さえつけることなどせずに、自分の周りを渦巻く風の感覚を味わう。その風が強くなるにつれてアルトの走るスピードも上がっていく。
 

 二分も経たなかっただろうか、もう既にアルトは町の中を走っていた。町から先ほどまでアルトがいた丘までの距離は約二kmほど。それに加えて標高の高さもプラスされる。
 町の中は異様に静かで、もう既に町の人達は避難したことを示している。だが、今のアルトにそんなことは関係なかった。一刻も早くリストの下へと行き、そこにいる敵を殺す。それだけを考えていた。

(…殺す)

 アルトの中のものの仕業か、先ほどから憎悪と憎しみがアルトの中から沸々と湧き上がってきていた。未だ見ぬ敵へのそれはとても強力なもので、アルトに他の思考をさせるのを許さないものだった。

「はぁっ!」

 リストの掛け声が聞こえてきて、アルトがそちらへと駆けつけると、そこにはリストとその剣を受け止めている一人の赤毛の男がいた。その男を見た瞬間、アルトの心臓が跳ねる。

「貴様っ! キサマァー!」

 リストが叫び声を上げているが、アルトの耳には入らない。

「ふっ、やはりここにいたか」

 赤毛の男がここで初めてアルトへと目を向ける。その間もリストの剣を捌いている所からして、リストとの実力差は明らかだ。だが、そんなことではリストは戦意を喪失することは無かった。

「邪魔だ」

 赤毛の男が静かにそう言うと、思いっきり剣を振るってリストの剣を弾き、流れるような動作でリストの腹部を蹴った。その蹴りの威力は桁外れなもので、丸めた紙くずのようにリストが吹き飛び、町の家の壁に叩きつけられる。
 
「かはっ」

 リストが口から血を吐き出した。どうやら内臓の何処かをやられたようだ。

「さて、あの時の生き残りよ。お前を始末しに来た」

 リストなどお構いなしに、赤毛の男がアルトへと話しかける。だが、アルトはうんともすんとも言わずに槍を持つ手に力を込める。それに気付いているのかいないのか分からないが、赤毛の男は剣先を下げたままアルトへと話しかけ続ける。

「どうした? 怖気ついて動けなくなったか? あの時と同じだな」
「…黙れ」
「ん? 何だ?」
「黙れと言ったんだ!」

 叫ぶと同時にアルトは一瞬で赤毛の男の懐に入って、その心臓めがけて槍を突き出した。そのアルトの動きが予想外だったのか、一瞬反応が遅れた赤毛の男は必死で体を捻る。
 
「くっ!」

 心臓めがけて繰り出されたアルトの槍は、心臓を捉えることはできなかった。だが、その代わり赤毛の男の右腕がアルトの足元に落ちている。その腕の主である赤毛の男はすぐにアルトから離れて、傷口を左手で押さえる。血は収まることを知らないように滴り落ちて、彼の足元に血溜まりを作っていく。

「ふっ、油断した。まさかここまで成長しているとはな。もう少しお前が生きていることに気づいていたら、こんなことにならなかっただろうに」
「…」

 黙ってアルトは赤毛の男を睨みつける。腕を切り落とされた相手の戦闘能力は大幅に下がっただろう。なら、アルトでも簡単に殺せるはずだ。

「こうなってしまった今、お前を殺すのに時間を割くことはできない。この傷を癒さないといけないのでな」

 左手で赤毛の男が剣を構える。それを見たアルトもすぐに槍を構え始めた。相手は次の一手で勝負をつけるつもりだ。なら、アルトもその覚悟で挑まないといけない。

「はぁっ!」
「なっ!?」

 いざ、刃を交えようとした所で横からリストが割り入り、赤毛の男へと斬りかかった。辛うじて赤毛の男はその攻撃を持っている剣で防いだが、その代わりに剣がその時の衝撃で何処かへと弾け飛んでいってしまう。
 それを見たアルトはチャンスとばかりに駆け出し、赤毛の男の間合いに入って槍を突き出したが槍を空を切った。何が起きたのか一瞬だけ分からなかったが、アルトはすぐに相手が逃げたことに気付く。

「瞬間転移。こんな事もできるのか…」

 リストが静かに呟き、何処かへと向かって歩き出す。その姿をアルトが槍を下ろしながら見詰めていると、リストが向かう先にある見慣れた人物が倒れていることに気が付いた。
 それを見た瞬間、アルトの周りで渦巻いていた風が止み、瞳が赤から青へと戻っていく。

「兄さん…」

 血溜まりの中でクラウが眠っているように目を閉じていた。


















 十一月 十二日 午前三時十二分

 寒さも次第に厳しくなっていくこの季節、日本という国の東京という首都の中の何処かの区に、森田 卓也という少年が二階建ての一軒家に、家族と一緒に住んでいた。特に不思議な力を持っているとか、夜な夜な変な仕事に精を出しているということはなく、普通の人間で、普通の生活を送っていた。
 人と違う所いったら、余り自分から感情を表に出さない所だろう。悪く言えば無表情で冷血野朗、良く言えば冷静で何事にも動じない人。だが、可愛いもの好きという一面もある。
 

 午前三時という時間は、彼にとっても寝る時間であり、起きている時間ではない。その証拠に卓也は自分の部屋にある自分のベッドの中で眠っている。
 普段なら、この状態で朝まで迎えるはずだろう。寝る前の卓也も無意識下でそう思っていた。いつもどおりに朝が来て、いつもどおりに学校に行く予定になっている。だが、その予定は卓也が起きることで崩れ去った。

(…のど乾いた)

 異様な喉の渇きから目が覚めた卓也は、ゆっくりと体をおき上げて、部屋の壁に掛けてある時計へと目を向ける。時計は午前の二時過ぎを示していて、卓也が寝てから二時間が経ったことを暗に言っている。
 そんな時計の主張を特に意識せずに受け取って、卓也はベッドから降りる。降りた所で体を伸ばすと、背中の骨が鳴る。どうやら無理な体勢で眠っていたようだ。だからといって、別に腰に気を使うとかそんなことは一切せずに、台所へと向かうために自分の部屋と廊下を隔てているドアの取っ手を掴んで、いつもどおりに大して力を使わずに引いて開けた。

「……」

 ドアを開けた卓也は、しばらくその先を見詰めてゆっくりとドアを閉める。その後、卓也は自分が見たものを疑い、目を閉じて気を静める。それから大きく息を吸ってまたドアの取っ手に手を伸ばして、ゆっくりとドアを開けた。

「…」

 その先にあったのはいつも見慣れている廊下ではなく、闇。少しの光も見えず、ただただ闇が存在するだけ。卓也の家の廊下の所々には窓があり、夜になるとカーテンを閉めたりする習慣などないので、廊下は月明かりに照らされてうっすらと見えるはずだ。だが、目の前の闇の中には何も見えない。

(まだ夢を見ているのか?)

 夢か現実かを見極める簡単で、かなり常識的な方法である頬を抓るという行為を卓也は自分で自分自身にやってみる。だが、『これは夢なのか?』と思う時点で大抵は現実であり、抓っても痛いだけである。この場合も例外ではなかった。
 これが現実だということを半ば認め、半ばまだ疑いながらも、卓也はドアを閉めて自分のベッドへと戻る。ベッドの上に座りながら、卓也は考えた。このまま朝を迎えたら廊下は元に戻っているのだろうか、それともいつまで経っても廊下は元には戻らないのか。だが、考えても考えても答えは分からない。

(…外との連絡は)

 卓也は寝る前に使っていたために、ベッドの上にまだ転がっていた携帯電話を手に取り、液晶を見る。電波はどうなっているのかと確認して見ると、無情にも圏外という文字が表示されているだけ。普段、卓也の部屋は圏外になることはないので、これはとても変な事である。
 それに、よくよく見て見ると液晶の上のほうに表示されている時刻が、先ほど時計で確認した時刻と変わっていない。それに気付いた卓也はすぐに部屋の壁の時計へと目を向けてみたが、その時計も先ほど見た時と同じ時刻を示している。これはどういうことなのだろうか。

(…なんだ? この状況は?)

 ドアの先にある真っ暗な闇・外との連絡手段の遮断・動かない時。何もかもが卓也の想像を超えたものばかりだった。窓から出たらどうだろうとも考えたが、ここは二階。どうやって下に降りればいいのだろうか。飛び降りるにしても足の骨を折ることを覚悟しないといけない。だが、そんなリスクを簡単に背負い込むほど卓也は思い詰めてはいなかった。

(とりあえず…)

 適当に自分の部屋の中にある物の中から硬くて、重そうなものを選んでそれを手に持つ。そのままドアへと向かい、ドアを開け放った。相変わらずその先にあるのは真っ暗な闇だったが、卓也は別に気落ちする事もなく、手に持っているものをその闇の中へと投げ入れた。
 手に持っていたものは闇の中に放り投げられるとすぐに見えなくなったが、卓也は目を凝らすのではなく、耳を澄ました。音が鳴ったのなら床がある、鳴らないのなら床がないということを確認するためだ。

「いたぁ!」

 卓也の手から物が離れてから三秒ほどの時間を要して、奇奇怪怪な音が聞こえてきた。いや、音というより声と言ったほうが正しいのかもしれない。それを聞いて、物凄く気味が悪くなった卓也はドアを閉めることにし、放していた取っ手を掴もうとした。だが、その手が取っ手を掴む前に闇の中から出てきた小さな手にその手が掴まれた。

「もう、いい加減に来てよ。ずっと待っているんだからね」
「! うわぁ!」

 闇の中からニョキっと小さな女の子の顔が出てきたかと思うと、物凄い力で卓也は闇の中へと引きずり込まれた。闇の中へと引きずり込まれた卓也は成す術も無く手を引っ張られていく。
 最初は自分の腕を引っ張る力に抗おうかとも考えたが、闇の中へと入った瞬間体中の力が抜けるような感覚が走り、息を吸うのも辛いほどになっていた。ただ、なぜか苦しいとは感じない。良くは分からないが、体中から酸素が供給されているようだ。


「とうちゃ~く!」

 どれ位時間が経ったのだろうかそんな声が聞こえた時には周りに闇など無く、薄明かりに照らされた何処かに卓也は仰向けになっていた。背中に感じる感覚はとても硬く、どうやら卓也は床か何かに直接仰向けになっているようだった。
 よくよく見て見ると目の前には天井らしきものが見える。これで、ここが室内だということが卓也の中で判明した。

「―――?」

 何処からか、日本語ではない言葉が聞こえてくる。卓也はすぐに体をおき上げて、その声が聞こえてきた方向へと目を向けた。するとそこには一人の老人と一人の女の子がいた。女の子の方は先ほど卓也の部屋で闇の中から出てきた顔をしている。多分、同一人物だろう。だが、老人の方に卓也は見覚えが無い。

「―――」
「―…――」

 二人の話が終わったのか、老人の方が卓也へと顔を向け、笑顔を浮かべながら近づいてきた。どこからどう見てもただの老人にしか見えなかったので、卓也は特に警戒する事も無く、その場に立ち上がってその老人が自分の目の前に立つのを待つ。
 老人は卓也の前に立つと口を開いた。

「―――?」

 卓也は語尾が上がっている所から疑問形だということは分かったが、言葉の意味は全然分からなかった。その卓也の表情を見て、自分の言葉が伝わっていないことに気付いたのか、老人は黙って卓也の体を弄り始めた。
 急に体を弄られた卓也は、素早くその手を振り払って老人から離れる。

「おい、いきなり何をして来るんだ? それにお前は何処の国の人だ? 肌はアジア系のようだが…瞳の色は欧米のように青い。もしかしてハーフか?」

 言っても無駄だと分かっていても、言わずには済まなかった。案の定、老人は分かっていないようで、自分の隣に移動した女の子と一言二言だけ言葉を交わす。すると、老人が何か、分かったような顔をした。その顔を見て、卓也は眉を顰める。

「おいっ、ここは何処だ? お前らは誰だ? 答えろ!」

 卓也は続けて質問をぶつける。すると、女の子が老人に何かを話し、老人は頷きながらその言葉を聞く。言葉が通じないからといって隠さずに相談でもしているのだろうか。その相談が卓也をどうやって殺すか捕まえるかということでないことを卓也は祈るしかない。

「大丈夫だよお兄ちゃん。私たちはな~んもしないよ。してはもらうけどね~」

 何処か意味ありげな笑顔を浮かべながら、老人の隣に立っている女の子が言う。ここで卓也はこの女の子が日本語を喋っていたことを思い出した。よって、質問の矛先は女の子へと変わる。

「おい、ここは何処だ? お前達は誰だ?」
「ん? 知りたい? 知りたいな―お兄ちゃん! 伏せて!」
「!?」

 急に天井が崩れるような音がして、天井の破片が床に落ちる。それと同時に三つの影が物凄いスピードで卓也に迫ってきた。
 何がなんだか分からない卓也は一歩も動くことができない。そして、その三つの影が凶器を持った三人の人間だということに気が付いた時にはもう既に卓也とその三人の距離は逃げられたりする距離ではなかった。

「うわぁ!」

 三人が同時に卓也へと手に持っている凶器を繰り出してきた。こんな経験をしたことのない卓也は避ける事も、逃げる事もできずに、ただただ悲鳴を上げることしかできない。
 だが、三人の持っている凶器が卓也をとらえることはなかった。その代わりに金属音が響き渡り、その三人が卓也から離れる。

「大丈夫? お兄ちゃん?」

 卓也の目の前には、自分の体以上に大きい大剣を持った女の子が立っている。もう、何が起きているのか分からない卓也はすぐにその女の子へと疑問を放つ。

「なんだこれは!? なぜ俺が襲われる!? なんでそんな物を持っているんだ!?」
「う~ん。説明したいんだけど、お兄ちゃんにも説明できる状況じゃないって分かるよね」

 女の子が大剣を軽々と振るい、自分に迫ってきていた三人の中の一人の攻撃を弾いた。その一人は大剣の重さと女の子の力の所為か後方へと吹き飛ばされていく。

「ここは私とエリックがやるから。お兄ちゃんはそこに黙って立っててね」

 卓也へとウインクをして、自分の敵へと向き直る女の子。その女の子を見ていた卓也が、老人のことを思い出して素早く周りを見渡して見ると、老人は女の子とは反対側のところに立っていて、二人が三人の事を挟み撃ちにしている状態になっている。
 この光景を見て、卓也は自分の後方を見る。この建物の構造は知らないが、卓也の五mほど後ろにドアらしきものがある。あのドアが何処かに繋がっているかは分からないが、外に出れても、他の部屋に出たとしてもここから逃げられるわけだ。

「あっ! お兄ちゃん!」

 卓也は一気にそのドアへと向かって走り出した。女の子の声も無視して。

(早く…逃げな―!?)

 ドアまであと二mというところで、卓也の目の前に誰かが現れる。卓也がその姿を見て、あの三人の仲間だと分かった時には卓也の腹部に変な衝撃が走った。その次に襲ってくるのは鋭い痛み。どうやら、何かで貫かれたようだ。

「あ…ぁ……」

 腹部に刺さっているものを引き抜かれ、その場に倒れこむ卓也。腹部から体温が外へともれ出て行くような感覚が走り、段々と意識が薄れていく。ここで卓也は自分はもう駄目だと思い、血の付いた小さなナイフを振りかぶっている誰かの姿を見ながら目を閉じた。幸運にもすぐに意識は何処かへと飛んでいってしまった。


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