(なんか良い感じのスタートだな。)
元天剣授受者、レイフォン・アルセイフは笑いながらそう思った。
入学式からのドタバタでせっかくの学園生活が、レイフォン自身の再スタートが躓いた気になっていたが、それをうまく立て直せたような気がした。
それもこれも今共に昼食をとっている三人組の少女達のお蔭である。
背が高く赤い髪のかっこいいという言葉が似合うナルキ。
ツインテールでふわふわした栗色の髪を持つ明るいミィフィ。
肩を超えた長い髪のおとなしげなナイスな双丘をもつメイシェン。
いずれも美少女といって差し支えない容姿の少女達である。
実際、レイフォンは幸運だったといえる。入学式のドタバタがあろうがなかろうが、レイフォンの武芸科用制服が出来上がっていたことから鑑みるに、転科を迫られるのは時間の問題であったし、そのドタバタのお蔭で彼女達と知り合えたのだ。呼び出しの口実になってはいたが、そのことを考えれば幸運といってなんら問題はないだろう。
しかし、そんな爽やかで青春な気持ちも長くは続かなかった。
「悪いね。ちょっといい?」
不意にその声がかかった。
声の主は穏やかで優しいそうな、好感を持てる雰囲気を持つ男だった。
「レイフォン君だね。昨日の件の延長…みたいなものかな?ついてきてくれ。」
そう、「だった。」のだ。
昨日の件。その一言だけで男に持った好感はマイナスに振り切った。
いや、彼自体は悪い奴ではないと理性では解っている。
彼は「彼女達に挨拶してからでいいよ。待ってるから。」とやはり穏やかに言っていたし、彼女達にレイフォン君を借りてごめんねと軽く謝ってもいた。そういう下級生に対してだろうとも心配りをする相手に嫌悪感を持つことはそうそうない。
だが、背後にあの腹黒そうな生徒会長の姿が見え隠れする以上、良い感情を抱くのは難しい話であった。
「ごめん、行ってくる。」
「了解した。行ってこい。」
足どりは重く、胃はキリキリとその存在をアピールしていた。
鋼殻(笑)の自立型移動都市 第二話
「こんなものか!?」
響き渡る衝撃。
「そんなはず……。」
そして、響き渡る
「あるかぁ!!」
自己突っ込み。
やはりというべきか、予定どうりというべきか。
主人公君は我等が隊にスカウトされることになった。
現在、隊長とのスパーリング兼見極め中である。
「隊長張り切ってますね。」
「だね。」
先ほどから、怒声とともに激しく攻め立てる隊長。
怒鳴りながらも攻めや剄に力任せからくる雑味が無いところは流石というべきか。
左右に持った鉄鞭を苛烈に躍らせている。
「…ですが、少し張り切りすぎです。一体誰のせいなんでしょうね?」
「……さあ、誰でしょうねぇ。」
視線を強めるフェリ。
その気になればレギオス全体を常時観測できるといっても、髪を発光しないよう制御しながらは厳しいらしい。
「…一言答えただけどね。『自分より強いです』って。」
「…間違いなく、そのせいですね。」
なんのことはない、隊長がレイフォン君をスカウトするにあたって自分に聞いてきたのだ
「あの騒ぎを止めた新入生を我が隊のメンバーとしてスカウトしようと思うんだが、彼をどう見る?」
と。
普段ならばカリアンの件もあるし、化物というある種同胞意識もあるため、差し障り無く誤魔化せただろうが、時間がだめだった。
時は昼休み。
常ならば、弁当を用意するなり食堂を利用するなりをしているのだが、フェリがこう言い出したのだ。
「『おう、焼きそばパンかって来い。もちろんお前の奢りな。』………一度やってみたかったんです。」
見下ろされたかと思ったら、恥じらいながらの上目使い。
…勝てなかった。
ということで、絶賛パシリ中だった。
全くもって運がわるい。
誰だってそうだろう。
フェリ>主人公(笑)
他の事は頭から抜けていたため素で答えてしまった。
「見たところ、自分より能力高いですね。逃げ足しか勝てそうにないです。」
こんな風な評価を自らを衝剄一発で倒した相手にされた者の評価はどうなるだろうか?
そんな相手が自分の前で大した動きを見せていないことをどう思うだろうか?
我等が隊長の答えは『怒り』だった。
「真面目にやれぇ!」
怒声とともに飛ぶ衝剄。
練りは甘いがそれなりに大きい衝撃波が飛ぶ。
そして、主人公も飛ぶ!
というか、吹っ飛んだ。
………あれ?
「…負けちゃいましたね。」
「…ああ。」
隣のフェリはもちろん衝剄を打った隊長までも唖然としていた。
残りの野郎二人は戦慄の顔をしていた。
「ニーナちょっとやりすぎじゃね?」
「そうだよ。新入生相手にどうしたんだよ。」
「い、いや、これはだな。」
余りの事態に詰め寄る二人と戸惑う隊長。
ある意味完全な不意打ちだったため、あたふたとする隊長。
素に近くなったためか、混乱する中に上品な女性らしさが見て取れる。
案外レアな絵だったりする。
「さて、今日は終わりみたいだし、晩飯なんにする?」
「中華風でお願いします。エビチリにチンジャオロース、デザートに杏仁豆腐なんかもいいですね。」
「了解。」
今日も今日とて平穏な一日だった。
「おい、逃げるな!あいつがだな…」とかいう隊長の声なんか聞こえない。
それにして何であんなふうに負けたんだろうか?
小隊員になりたくなかったとしても、隊長とあそこまで打ち合えたのだからスカウトは確定している。
実力を隠すため?
それにしては、呼吸が常に剄息なっていて崩していない。
金のためにならないことはしない主義?
それなら逆に実力を魅せつけなければ商売にならない。
もしかして…いや、まさか…。
「彼ってMですね。驚きました。」
「…ああ。意外に濃い奴だったね。」
フェリも同じ結論に達したようだ。
そう、まさかのドM。
彼は打たれたくて、痛みを感じたくて態々全力の一撃、つまりは最高の快楽の一撃を待っていたに違いない。
まあ、後一つ心当たりが無いわけではないが…。
……脳筋の世間知らずなんてあるはずないよね?
レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフ。
底知れない男である。
「そういえば、彼、保健室行きだよね。誰かついててやってるの?」
「良いところに気付きましたね。残念ながら隊長が責任として行くそうです。」
「残念ってどうして。」
「…聞きたいんですか?」
「…いや、結構です。」