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No.1463の一覧
[0] ハッピーニューイヤー[高嶺](2007/01/28 01:25)
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[1463] ハッピーニューイヤー
Name: 高嶺
Date: 2007/01/28 01:25
12月31日、その日は誰もが知る大晦日の日。

夜も遅い。
毎年恒例の紅白も終盤に差し掛かった昨今、病院の裏手に位置するこの廃れた神社で、俺達二人は肩を寄せ合い眠りにつこうとしていた。
 傍らにいる彼女と知り合ったのは今から九ヶ月前、俺が衝突事故で病院に担ぎ込まれた時だった。


 三日三晩生死の境をさまよっていた俺が目を覚まし、その事に最初に気づいて声をかけてきてくれた人だ。
 彼女の病名は『ストレス性脳縮硬化症』という。
 ストレスが原因で起こるつい最近発見された、つまりどの医学書にも載っていない未だ未知の病気なのだ。当然のことながら治療法は見つかっていない。


 俺は彼女からいろんなことを教えてもらった。
 この病院にまつわる噂話。自分のこと、病院に入院して三年になる事。
 そして同じ年齢の人と話すなんて一年ぶりぐらいだということ。
 気がついたとき、俺達は付き合っていた。
 なんということはない。相思相愛とでもいうのだろうか?
 病院内だけの短い空間の中だったが、二人はなかなか良いカップルに見えたことだろう。
 その年の十二月三十一日大晦日。俺達は結婚した。
 病院内のささやかな式だったが、俺達は二人は幸せの絶頂にいた。
 病気も関係ない、お互いの気持ちが通じ合えている。そう感じられる日々がずっと続くものだと信じていた。


 しかし悲劇は突然訪れた。彼女の病状が悪化、高熱にうなされて彼女はICUへと居場所を移していった。
 二月になっても戻ってくる事はなく、看護士の人が言うには余命幾許もないんだそうだ。
 治療法は無く、ようやく手に入れた小さな幸せも失ってしまうのか?
 気がついたとき、俺は彼女の眠るICUの部屋の前に立ち尽くしていた。
「俺自身には何もできない」そんな事はわかっている。
 しかし、でも、俺にはこれくらいの事しか出来ない。
 『彼女と共にいる』
 馬鹿らしい赤子の考えそうな考え方だ。
 別にかっこつけようとしたわけではない。俺は短い付き合いだが気づいてしまったのだ。


 彼女がいるから不安から逃げられた。
 彼女がいるからリハビリにも耐えられた。
 彼女が好きだから、愛しているから今ここに立っていられるんだ。


 俺は担当の医師にドナーカードを提示、なにか彼女のためにしてやれる事を探し出した。そして得た結果がこれだ。
 十万分の一の確率だが、俺はその賭けに勝ったのだ。
 直るかどうかはわからないが、骨髄バンクへと登録しておいた俺の体の一部を彼女へと移殖、機能不全に陥らないように新鮮なままの俺の肝臓なども彼女へと移殖した。
 助かるなんて思っていない。何かしたいだけという突発的な行動だけで、俺はここまでこれたんだ。


 あれから一年、病状は安定して再び俺のいる病室へと戻ってきた。
 未だ目を覚まさない彼女。しかし俺はあきらめない。
 やがて春になり、俺は長い入院生活から離脱した。
毎日のように彼女の様子を見に病院へ通い、彼女の両親とも話し合った。


 そして夏になったある日だった。
 普段のように彼女の身の回りを世話していたとき、ふと指が触れたのを感じた。もしやと思い彼女の顔を覗いてみると、瞼がうっすらと開いているのに気がついた。
 その後は大騒ぎだった。
 病院中に騒ぎは広がり、人目彼女の姿を見ようといろんな人が彼女の姿を見ようとした。
 そしてその時、俺の時間は止まった。


「あなたはどなたですか?」
 医師から話には聞いていた。『記憶喪失』それも重度のである。
 もはや彼女は、自分が誰で、ここはどこでなんなのかすらもわからない。
「君の名前は○○○ ○○○だよ。ちなみにここは病院と言うところで・・」
 次いで口から出すはずの自分の名前が出てこなかった。
「俺の名前は×××× ××××と言う。君専属の世話係かな?」
 俺が君の夫だと、俺達は夫婦だと言えなかった。言えるはずが無い!
 彼女にとって、もはや夫婦という意味すらも理解できないだろう。
 そして俺は部屋から出た直後に唐突に意識を失った。
 目が覚めて最初に飛び込んできた光景は、白い天井と見知った顔だった。
 俺の傍らには、起きても大丈夫なのだろうか?彼女がチョコンと椅子に腰掛けていた。目線は俺の顔をまっすぐに捉えている。
「懐かしいな・・・・・」
 ついとこぼれた涙と、ふと漏らした言葉。
「懐かしいのですか?」
 思い出せないのも無理はない。
 思い出したのは彼女が記憶を失うはるか以前、俺が事故で病院に搬送されてきたときの映像だからだ。
「場所は違っていたけど、俺の最愛の女性が、向かいのベッドで俺が目覚めたのを見ててくれたんだ。」
 だからこそ思い出深い。

 彼女は静かに俺の昔話に耳を傾けてくれている。
 だからこそ余計に悲しい。
 このすぐ手を伸ばせば捕まえられる仮想の距離にいて、しかし現実の壁がそれらを断罪する。
 彼女は静かに俺の思い出話を聞きながら、そのまま俺のベッドに突っ伏してしまった。
 慌てて脈を取ると、確かな鼓動が感じられた。
 ただ単に眠かったのだろう。
 一年間も眠っていたのだ。体の調子が戻らないのも無理は無い。
 
 医師は俺に対しても死刑宣告をしてきた。
 それから一週間後のことだった。
 原因は彼女と同じ『ストレス性脳縮硬化症』
 そして医師から、この症状についてある推測を聞かされた。
 つまりは病気の原因はストレス、彼女の場合はもともと病弱な部分に加え、友達が少なく、病院内でも常に一人ぼっち。
 その事が、彼女にとってはものすごいストレスになりえたのではないかということ。
 そして俺の場合、察してのとおり彼女のことが原因だと考えられる。
 記憶の無い彼女と付き合っていく過程で生じる精神的なストレスが原因だという。


 その話の真偽は定かではないが、もしそうなら彼女を束縛するのは逆に苦しめる結果になるのではないか?
 俺は彼女に真実を告げる決意をした。
 命が残り少ないからというわけではない。真実を知って受け止めて欲しかったからである。
 案の定、彼女はよくわからないという顔をして半信半疑の眼差しを向けてくる。
 しかし、医師たちの説得によって、彼女は記憶の無い状態ながらも部分的な感情に変化が生まれ、口調にも喪失以前の調子が戻ってきた。
 そして十一月、俺と彼女は二度目の結婚式を挙げた。
 彼女にとっては一度目、しかし記憶のある俺にとってはすべてがデジャヴのような内容だった。
 記憶喪失への一番の対処法は、記憶の復元だからである。
 彼女は喜びながら俺のことを親しみをこめて『×××さん』と呼んでくれた。
 

 十二月、二人そろって病状の悪化、一週間ベッドから出る事ができなくなるくらいの高熱にうなされ、二度目の生死の境をさまよった。
「×××さん。しっかりしてください!」
 ぼやけた視界で確認すると、彼女が俺の頬に手を当てて起こそうとしている。
「どうしたんだ?君の具合はもういいのか?」
 俺の言葉に、彼女は微笑みながら軽くうなづいた。
「今日は何日か知っていますか?」
 言えない。知っているのに・・・・・・・・・
「今日はですね、結婚記念日なんですよ?忘れてしまいましたか?」
 !? 今なんて言った!?
「○○○、記憶が・・・・・」
俺の言葉に顔を赤く染めながら彼女は小さくうなづいた。
「ご心配おかけしました・・・・・」


 それから俺は彼女を連れて、体全体が崩壊していくような感覚を強引に無視して初日の出を見に行った。
 病院の裏手に位置する小さな廃寺。そこに今俺達は腰掛けている。
 重病人にはキツイ階段を上り、病室から拝借してきた毛布に二人仲良く包まって年を越そうと考える。
「やはり早過ぎましたね?」
 白い息を吐きながら、彼女は俺にやさしく告げる。
 その言葉に対して首を横に振り、否定の言葉を白い息と共に口にする。
「とりあえず日付が変わったら一緒に祝おう。『明けましておめでとう』だぞ?覚えているか?」
 からかうような言葉に彼女は口を尖らせる。
 その姿を見ていたら、不意に涙が出てきた。
「ようやく会えたな・・・・・・・」
俺は彼女を見据えて小さくつぶやいた。
「伝えたい事があります」
「俺もだ」
二人は一緒に同じ言葉を口にした。


二人は驚き、そして笑みを作り、そして笑いあった。
時間は十一時を大きく過ぎて五十五分。カウントダウンも秒読み段階へと突入するだろう。
すでに体の感覚など無い。
彼女は半ば寝ているような状態だ。
俺もあと五分も起きていられるかどうかも怪しいといった具合だ。
「○○○・・・・付き合ってくれてありがとう」
もはや小さく呼吸している彼女に、俺はお礼の言葉を口にした。
カウントは秒単位で残り三十秒・・・・・
 俺は小さく息を吐き出して目を閉じた。
 遠くで若い連中が大きな声でカウントダウンをしているのが聞こえてきた。
「10....9....8....7....6....5....」
 混濁した意識のなか、最後に一言彼女は本当にかすかな声で俺に伝えてきた。
「ありがとう。いつまでも愛して続けますから・・・・・」
「4....3....2....1.」
俺は涙を流した。生きているうちの最後の一滴を、カウントダウンの最後に、たった一滴だけ・・・・・・・・・・・


「...0!!ハッピーニューイヤー!!」
下では若い連中が初詣へ出かけ始めた。
そしてじきに二人の凍死体が発見された。
毛布に包まれた状態で発見されたのは、近くの病院で入院している二人の患者で、病院側の管理責任の甘さが問題視されている。
余談だが発見当時、遺体には損傷はなく、二人は共に笑みを含んだ状態で見つかったという。


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