・Sceane 13-2・
「邪魔をするぞリチア。……なんだ、アマギリも居たのか」
放課後、生徒会執行部執務室のドアを開けたアウラが見たものは、生徒会長机で書類と格闘するリチアと、書棚の中にある分厚いファイルバインダーを開いて居るアマギリとユキネの姿だった。
「あれ、アウラ王女、こんにちわ」
取り出したバインダーをその場で立ち読みしていたアマギリが顔を上げ、アウラに向かって頭を下げる。
その態度にリチアが書類から顔を上げて片眉をひそめて見せた。
「何、貴方たちもう知り合いだったの? せっかく今日紹介してあげようと思ってたのに、アマギリ。あんた随分手が早いのね」
「人聞きの悪い邪推をしないでください。先日偶然、挨拶を交わす機会があっただけです。
酷薄な笑みを浮かべるリチアに、アマギリがげんなりとした顔を浮かべる。その横で、ユキネがぽつりと言った。
「……でもアマギリ様。森はシュリフォンの管轄だから入れないって何度も説明したのに、行きたがってた」
「ちょっ……」
突然背後からの従者の奇襲に、アマギリは目を瞬かせた。ユキネの言葉を聴いて、リチアの笑みが深まる。
「へぇ~。あんな何も無い森に何を拘っていたのかしら。いやねぇ、若い男って」
「何ですか、その含みたっぷりの言い方」
「別に貴方がダークエルフの美女に興味があったなんて誰も言って無いじゃない」
「いや、言ってるから!」
明らかに後輩いじめの体勢に入っているリチアに、アマギリは怒鳴り返す。
ドアの近くで話しの流れを見物していたアウラは、自分の話題が出たらしい事で肩をすくめて笑った。
「なるほど、それほど私に興味を持っていたとは、まぁ、悪い気はしないが、容姿だけ目当てと言うのは男としてどうかと思うぞアマギリ」
「あんたもか!」
「でもアマギリ様。アウラ様のお屋敷をお暇するの、凄く名残惜しんでた」
「君もかよ! って言うか名残惜しんでたのは屋敷じゃなくて森の方だから!」
年上の女性三人に一方的になぶられる、酷いいじめだった。
「―――どうぞ」
「ああ、ありがとう。ご苦労様」
「いえ。失礼します」
混沌とした状況を無理やり切り上げて来客用ソファに腰掛けて前年度生徒会の業務日報を開いていたアマギリに、年若い少女がティーカップを差し出してきた。自身よりも一つ二つ若そうな、侍従服に身を包んだ少女に丁寧に礼を言って、去っていくその姿を見送る。
あの若さ―――幼さで学院に居るのなら、生徒であった方がおかしくないのだが、その服は黒い制服姿ではなかった。
「今の子、学院の職員ですか?」
アウラの私的空間へと続くドアの向こうに去っていった少女を目で示しながら、アマギリは向かいのソファに座っていたアウラに尋ねた。
「今の―――ああ、ラピスの事か」
「ラピス?」
「私の従者よ」
初めて聞く名前を繰り返したアマギリに、書類から顔を上げぬままリチアが答えた。
「幼い頃から私のお傍付きとして働いてくれている子なんだけど、私も何度か生徒として学院に通うようにって言っているんだけど、聞いてくれなくてね。仕事が滞るからって、結局従者身分で私にくっついてきてるのよ」
困ったものだわと語るリチアの言葉は、従者に対するものと言うよりは、かわいくて仕方が無い妹の身を案じているかのようなものに見える。
「そりゃまた、侍従の鏡みたいな子ですね」
「私は、若いうちから一つの事に縛られすぎるのも良くないと思うんだけど。とりあえずは、再来年に私が高等部に進学して身の回りのことに余裕が出来たら、あの子も学院に入学してもらう予定」
「ん? 高等部に入ると、何か変わるんですか?」
ため息とともに語られるリチアの言葉に、アマギリが首をひねった。
「高等部に進学した生徒は、全て正式に聖機師として認められたと言う事だ。つまり、学院内ではその身分として正当な待遇で扱われる事になる。……高等部の寮は個人によって専属の従者がつけられるようになるからな」
「おかげで、その専属従者が毎年のように卒業生に引き抜かれていって、学院は新規の人材募集に苦労してるんだけどね」
アウラとリチアの会話を、アマギリは学院の人材の入れ替えは多いという部分を重点的に記憶した。
難攻不落の防衛体制ってのは実にうそ臭いなとアマギリが考えていると、隣に腰掛けていたユキネがアマギリをじっと見ていた。
「どうかしたの、ユキネ」
「……私も、もう少し従者の仕事を優先した方が良い?」
ラピスが侍従の鏡だと言ったのを受けての言葉だろう、ユキネは、現在の自身の学業を優先しているような状態でいいのかとアマギリに尋ねていた。
本気とも嘘とも取れないユキネの言葉に、アマギリは苦笑して首を横に振った。
「いや。僕の護衛を優先させてユキネの学業が疎かになっているとか王女殿……、マリアに知られたら、確実に雷が落ちるから」
「……大丈夫」
おどけて言うアマギリに、ユキネはしかし首を振った。
「何が?」
「もう、雷雲は発生しているから。……城を出て一週間以上経つのに、アマギリ様は一度もマリア様に連絡を取ってないから」
とてもとても怒っていると、ユキネは顔を引きつらせているアマギリに、表情を変えずに告げた。
「……い、いやいやいや。だってほら、王城への連絡は、どうせフローラ様の寄越した連中がやってくれてるでしょ?」
「……それと、妹に連絡を取らないのは、全く意味が違う」
マリアと公私共に親しいユキネの言葉は、アマギリの暗い未来を予想させるものでしかなかった。
今晩急いで連絡を―――取ったら取ったで、積乱雲に自ら飛び込むようなものである。
「何か、さっきから聞いてると、アマギリの口から出る名前って、女のものばかりよね」
引くも進むも地獄ばかりと懊悩としていたアマギリを見ながら、リチアは言った。アウラもわざとらしい態度で頷く。
「―――確かにな。仮にも婚約候補者の候補者程度の私としては、ここは、怒った方が良い場面なのか?」
「アマギリ様、男の友達一人も居ないから―――」
「んな、失礼な」
女三人の、特に最後のユキネの言葉に、アマギリは頬を引きつらせるが、彼女らは全く堪える姿勢を見せなかった。虐めっ子の笑みを浮かべて、リチアが口を開く。
「じゃあ、居るのかしら」
「う」
リチアの言葉に、アマギリは言葉を詰まらせる。もともと男子の少ない学校という環境に、王族と言う立場が重なった事もあって、率先してアマギリに話しかけてくるような生徒は殆ど居なかった。
因みにハヴォニワ王城に居たころも、目だって親しかった同年代の男子は居なかったから、実はアマギリには本当に男友達と呼べる人間は居なかった。
強いて言えば、ユライト辺りが一番年が近くて親しく―――込み入った会話をした事のある同姓の人間だろうが、流石に友人としてあげるのは憚られる。
「ダグマイア・メストとか?」
「貴方とダグマイア・メストって思いっきり対立してるじゃない」
何とか搾り出したアマギリの言葉を、リチアはばっさりと切り捨てる。最早学院中で知らないものが居ない、対立の事実だった。
「そういえば、新学期初日から派手にやったらしいな。昨日も訓練用の木刀をぶつけ合ったとか。……その後、どうなんだ?」
「……いえ、不慮の事故でぶつけられただけで僕は何もしてませんから」
わざとらしく思い出したように尋ねるアウラに、アマギリが疲れたように答えた。
「そこでぶつかって於けば、同情点が入ったのかもしれないのに、アンタそういうトコ駄目よね。立ち回りが上手すぎると人が避けてくわよ」
「……今のところ、オッズは3:7」
何処で調べたのか解らない闇賭場のオッズを、ユキネがポツリと付け加える。
「いや、どっちが勝った負けたとか、無いけどさ」
声を引きつらせるアマギリに、ユキネは首をかしげた後で、言った。
「……? 引き分けの場合は……親の、総取り?」
「―――頼むから、もう勘弁して」
深い深いため息が、生徒会執務室に響いた。
※ そして、第三者にとっては他人の喧嘩など見世物にしかならないのだった、と言う感じでしょうか。