・Sceane 9-2・
ダグマイア・メストにとって、今回の父、ババルン・メストからの指示を是として受け入れられたかと思えば、そうでもない。
どちらかと言えば乗り気とは言いがたく、むしろ忌々しいと感じていた。
このような、場末の盗賊のような真似事を、この自分に押し付けようなどと。
父は、実の息子を侍従の一片と勘違いしているのではないか―――?
そのような不敬な思いさえ、浮かび上がってしまったのが真実だ。
ダグマイアは、樹海の狭間に隠匿されていたコクーンの前で、顔を歪めていた。
「おやおや、これから一戦交えようと言うのに、不機嫌そうですね」
月明かりしか照らすものの無い夜の森に、穏やかなテノールが響く。
それに気づき忌々しげな顔で振り返ったダグマイアの視界には予想通り、常日頃と変わらぬ淡い微笑を浮かべた自らの叔父、ユライト・メストの姿があった。
「大願成就を目指し猛進しているところを、このような戯れごとに駆り出されれば、不機嫌にもなりましょう」
「その大願への下準備に、貴方が一向に目立った成果を上げられないから、兄上もこのような稚拙な舞台に上がらざるを得なかったのですが、ね」
「私を愚弄する御積りか……っ!」
自らを揶揄するような言葉に、ダグマイアがますますその顔に不快な要素を強めていくが、しかしユライトはこの甥っ子の性格など知ったものであったのだろう、まったく堪えるそぶりも無く、穏やかな顔のままだった。
「龍の、聖機人」
やれやれと、短絡的な方向に走る帰来がある甥っ子を嗜めるように、ユライトはゆっくりと今回の目的を繰り返す。
「ハヴォニワの女王陛下がそれはもう、わざとらしいくらい自慢げに噂を広めていますから―――兄上としても、解っていても一度踊ってみない事にはどうにもならないと判断した事でしょう」
圧して聞かせるユライトの言葉に、ダグマイアはしかし、どこか拗ねたような表情で顔を背けた。
「その程度の事は、先刻承知している。父上の悲願の達成のためには、いかなる炉端の石だろうと慎重に避けて進まねばならん事も」
だが、とその先の言葉を口にすべきか、ダグマイアには変なところで拘ってしまうプライドがあった。
それは実に単純な、自己顕示欲と一言で語られてしまうもので、それ故に尊敬する父や、普段見下している叔父までもが自分以外の何者かに執着していると言う事実が我慢なら無いのだ。
「だが、こうまでして確かめるようなものなのですか? 所詮は聖機人。学院の実機演習で幾らでも確かめられる余地があるでしょう」
何度確かめた事だろうか、それでも十度に一度くらいは自分の思うとおりの答えが得られるのではないかと言う淡い期待がダグマイアにはあるのかもしれない。駄々をこねる子供のように、やはり自身の現状に否を唱えていた。
ユライトはそんな甥っ子の態度にやれやれと首を振った後、殊更幼い子供に言い聞かせるようにゆっくりと、此度の事を丁寧に説明して言った。
「そこは流石に、名君と名高いフローラ女王と言ったところでしょうね。事前に教会に対して、龍の聖機人のデータの提出とともに属性付加クリスタルの使用許可を求めてきましたよ。素直に隠蔽に協力すれば、情報請求には応じてやると言ってきているんですから、学院側も嫌とはいえません。学院内の実機演習では、龍の姿を拝む事は不可能です」
ユライトの視線が自身の首から下げられているものに向かっている事に気づいて、ダグマイアは眉根を寄せる。
「属性付加クリスタル……」
彼の胸元には、三つの宝玉が亜法式を刻んだリングに連結された、そう、聖機人の姿を偽装する事が可能な、属性付加クリスタルが掛けられていた。
父より賜った、ダグマイアには秘密裏に使う事しか出来ないそれを、これから自分が強襲を掛ける相手は、自由に使えるらしい。全く以って忌々しい限りだ。
「状況に流されるままに王家に絡め取られただけの惰弱な男の癖に……」
アマギリ・ナナダン。
事前に調査して―――するまでもない、今や聖地学院ではその存在は話題の渦中にあった―――得られた情報は憶測の域を出ないどうしようもないものばかり。
先王の御落寵と言われる、何故か聖機師の資質を秘めた、ハヴォニワの新しい王子。
天領の僻地で徹底的な教育を仕込まれてきたらしく、機知に富み政務に優れた才を見せていると言う噂がある。
まさに、現女王フローラと血を等しくしているに足るとのもっぱらの噂であったが、それらは全て、嘘っぱちである。
真実、アマギリ・ナナダンは得体の知れぬ辺境出身の底辺者に過ぎない。
山賊に身をやつして、聖機人を奪いフローラ女王を強襲したところを撃退され、しかし希少な男性聖機師であるが故に、王家の一員だなどという仮の身分を与えられ、隷属させられているに過ぎないのだ。
そして、アマギリはその現状を改善しようと言う意思の欠片もない。権勢に寄って怠惰をむさぼるなど、ダグマイアにとって、尤も許されざる存在であった。
「何を例にとったにせよ、一芸に秀でるものは優遇されるのが世の常と言うものです。出自や性格がどうであったにせよ、かのアマギリ・ナナダンに特別な才能があること自体は否定できませんから。―――そう、龍を作り出すと言う、他に無い才能をね」
龍。
父ババルンが、自らの息子を嗾けてまでその真実を伺いたいと望んだ怪異。
アマギリ・ナナダンの操る聖機人は、龍を模すのだと、ダグマイアも既に、秘密裏に入手した映像データで確認している。
機動とともに二本の脚が捩じれ絡み合って、一本の長大な蛇の尾を構成していくその様を、ダグマイアもはっきりその目で見ていた。
「だからと言って、何故この私が……」
結局のところ、ダグマイアの不満はそれだ。
ダグマイアは自らを確立された存在と自認している。例え他の誰が、何処から見てもただの男性聖機師ではないかと、そう口をそろえたとしても、ダグマイア自身は自らの内に秘めた意思、それを成し遂げるだけの自力の存在を、疑う事がない。それ故に自らは他者に対して圧倒しているのだと、ダグマイアはそう自認していた。
だからこそ、このアマギリ・ナナダンは許容できなかった。
自らと違い、”目に見える形で”特異性を示し、そして誰もがそれを、当然のように特別な存在であると受け入れるであろう存在。ダグマイアの心象領域を犯しかねない、危険な存在だった。
もしかしたら、こうも接触を避けたがる真実は、無意識の保身に走る部分が、ダグマイアのうちにあったからかもしれない。
そしてきっと、叔父に対してはいつも反発的な態度を示してしまうのは、その保身に走る部分を見抜かれているからだろうか。
「たかが姿かたちが変わるだけじゃないか。聖機人の強さは見た目ではなく、聖機師が鍛え上げた技によって決まる。父上も、わざわざ私を向かわせる必要もないでしょうに……」
何時までも同じ物言いを繰り返す甥っ子に、ユライトはやれやれと首を振った。
唐突に月夜を眺め、ポツリと、話の流れを全く無視するかのように、言葉を漏らす。
「―――伝承に曰く。かの地に舞い降りし龍、女神より翼を賜りて闇を払い、天へ帰る。租は女神の翼を戴きし龍。星海の果てへ、扉を開く者也」
天にささげて歌うように言葉を紡ぐユライトに、ダグマイアはますます顔をしかめた。
「御伽噺など、私は少しも興味がない」
「古い話だからと言って、そう邪険に出来るものでは無いでしょう。何せ現実に、翌朝には翼を持たない龍が、女神の座する聖地へと降臨してしまうのですから。―――兄上のように、伝説を踏破しようとするものならば、特にね」
揶揄するようなユライトの言葉に、ダグマイアは激昂を持って答えた。
「叔父上と違い、私が求めるものは自らの手で掴み取る現実の未来だ。カビの生えた石碑が語る絵物語の再現を求めているわけでは、談じてない! ……そうだとも、アマギリ・ナナダンが伝説を驕ろうと言うのであれば、この私が踏破してみせる!」
轟、と。木々を揺らし月を隠し影を落とす、飛空宮殿オデットの威容を退けるかのように、ダグマイアはこぶしを握り締め吼え上げた。
「聖機人部隊、出るぞ! あの石ころの中から、アマギリ・ナナダンを引きずり出す!!」
颯爽と、雑草を踏みしめてコクーンへと向かう甥っ子を見送った後、ユライトは天を埋める巨岩―――オデットの姿を見上げて、呟いた。
「神話の再現を可能とするものと、神話の踏破を求めるもの―――さて、驕り高ぶっているのは、果たしてどちらなのでしょうね」
※ 真性のドMの人初登場の回。
原作だと戦闘シーンが入るようになってから出オチ属性まで身につけてしまって、
ダグマイア様は果たして何処へ行こうとしてるんでしょうか。
と言うか本当に、彼、反乱の落とし所とかちゃんと決めてるんだよね?
親父さんはその辺同でもよさげだけど。