・Last scene 2・
「これでっ!」
「ラストですっ! 左腕第五重力リング破壊! お兄様!」
「サイドから仕掛ける! 防御フィールド衝角形態!」
接近と回避、そして攻撃を同速で行い、絡み合い、離れ、組み合い、撃ち、切り結ぶ。
幾度と無く、光の届かぬ地下の遺跡構造物内で繰り広げられる龍機人と聖機神の激突は、一つの局面を迎えようとしていた。
異世界人、柾木剣士がその常外の力を持って精製した圧縮弾を用いた射撃によって、聖機神の左腕を構成していた重力リングは達磨落しのように次々と破壊されていった。
最早、腕としての機能を損失している。右腕に備えた巨大な盾を思わせるガイアのコアユニットは未だ健在だが、アレは振り回すには大きく、そして重きに過ぎるため、龍機人の機動力を用いれば回避するのは容易い。
それ故に、凛音は今こそが好機と判断した。
間を置いてしまえば、ガイアは有り余る膨大なエナを用いた超速の再生力を駆使して、漸く破壊した左腕を復活させてしまうかもしれない。
いや、今尚時折鳴り響く、凛音たちを嘲笑わんばかりの高笑いから考えるに、確実に再生が可能なのだ。
撃たれても治り、本体には傷一つつけられず。
ガイアにとっては、未だに余裕があるのだ。身を犠牲にして様子を見る程度など、わけない。
だがそれを解っていても―――解っているからこそ、凛音は動く。
幾重にも重ねた曲線軌道で滑降しながら、一機に、聖機神の懐へと潜り込む。
接触。機体そのものを弾丸と化した体当たりで、ガイアを広い空間の壁際まで押し込む。
脇を締めるように振り絞った拳は、矢の如く。
一閃。直撃。
龍機人の鉛色の拳が、漆黒の聖機神の胎を抉る。
腹部、コントロールコアを形成している透過装甲が、その形質を維持できずに液状化して噴出し、龍機人を、辺りを濡らす。
龍機人はコントロールコアの中に抉りこんだ拳を、ゆっくりと開き―――そして、こんどはそっと、ゆっくりと握り締める。
「―――どうだ?」
「バイタル、安定しています。気を失っているだけ。―――怪我だって、必要経費です」
「女の子の顔に傷をつけるかもしれないって思うと、ねぇ」
「責任を取るのはお兄様ではなく剣士さんのお仕事でしょうから、気にする必要ありませんわ」
背後に居る兄の微苦笑を、コンソールに表示されたモニター越しに伺いながら、マリアはすまし顔で言い切った。
ゆっくりと、ガイアの胎からこぶしを引き抜き―――そして、其処に握られている存在を確認する。
漆黒のドレスと、白い身体。時に凶相を浮かべ、時に無垢に変わる紅い瞳は閉ざされており、人形の如き印象を抱かせる。
メザイア・フラン。或いはドール。
人造人間の少女は、凛音たちの手元へと引き寄せられる事となった。
それを確認した後、ガイアが動き出す前に龍機神は一気に距離を取る。
漆黒の闇、時たま施設内の機材が放つ燐光が照らす程度のものしかない、その広い空間の、尤も光届かぬ中心部へと。
機体を低い位置へと付けながら、庇うように片手に持ったメザイアを胸元へと抱え込む。
ガイアはと言えば―――未だ、壁際に埋まったまま、だらりと下げた右腕にコアユニットを下げ持つのみで、腹を割かれて力尽きているような錯覚すら覚える。
『ック……ククッ……』
苦痛に喘ぐ呻き声である筈が無い。
カタカタと、聖機神を構成する金属製の外殻が、如何なる力を以ってしてか震えて打ち合わされる。
それは、興奮と歓喜に全身をあわ立たせているようにも思えた。
『クハッ、ハァッ、ハァァァァアアッハッハッハァァッッ!!』
否、それは狂喜と呼ぶに相応しい。
外部音声を拾うスピーカー越しに響く音を聞くだけで、亜法の振動波以上の、生理的嫌悪感を沸き立たせるものだった。
「お兄様っ……」
「下品な笑いをウチの妹に聞かせてんじゃ無いよ、全く」
不安気な妹の声に被せるように、凛音は吐き捨てる。言葉どおりの意味で、苦痛を感じているらしい。
『ハッハッハッハッハ、見事。全く以って見事ではないか!! 最早残滓ともいえる程度の低い文明に於いて、良くぞそこまでのものを作り上げたものだ! 今やその聖機人の力は聖機神にすら匹敵していると言えよう!!』
「そりゃ、お褒めの言葉どうも。尤も、技術ってのは常に過去を追い越していくものだから、そんなの当然なんだけどね。―――だから引退して墓にもどれよ、先達」
ゆらりと身を軋ませながらめり込んだ壁から這い出してくるガイアに、凛音は鼻を鳴らして返す。
ガイアの狂喜の声は尚一層増していく。
『何のまだ、まだまだまだまださっ! まだ足りぬ! まだ滅ぼしきれておらぬ! 異形にして新たなる聖機神よ! 我をなんと心得る!!』
ガイアが、巨大なコアユニットを大げさな身振りで天に掲げる。
「やはり、動く……っ!? でもどうやって? 聖機師は、此処に」
マリアが、確保したばかりのメザイアに視線をやりながら、恐れおののく。
「擬似生体コアだな」
「擬似生体コアと言うと、あの、結界工房に現れた?」
「うん。―――しかし、なるほどね。悪戯嫌がらせ用じゃなくて、このために用意しておいたのか」
よっぽど最悪な嫌がらせだよと、凛音は眉根を寄せた。
片腕をもがれ、最早右腕だけの聖機神。
元々この聖機神は首が極端に短く、頭がそれを覆う外装もあってか、胴体に埋まったようにもみえてしまうため、天に掲げた巨大なガイアのコアユニットこそが、頭部に見える。
それは、両手を持たず、長い首を擡げた異形の姿に見えた―――否。
『我こそはガイア!! 最強にして唯一つとなるべき聖機神!! 異世界の龍よ! 貴様が聖機神たるならば、我は貴様を滅ぼそうぞ――――――全力で!!』
ドクンと、空間が鳴動するのを、完全防護のコントロールコアの中で、凛音とマリアは感じていた。
「―――これ、は」
「何が……?」
空間が歪む。透過装甲の視界越しに、薄暗い広い地下遺跡が、歪んでいた。
「光の屈折が―――エナの収束効果か?」
「―――っ、はい! 周囲空間のエナが、一点に……ガイアに向かって、これは!?」
更に大きく、鳴動が。
待機が震える、悲鳴を上げるように。
そして、漆黒の闇の中よりも尚暗い、瘴気の如きそれが聖機神を包んでゆく。
闇の波動に染まった、ガイアのエナ。
ならば、大気を揺らすこの不快な振動こそが、ガイアを動かす歯車たる結界炉の示す威力そのものなのか。
瘴気が、空間を撓め、見るものの平衡感覚を損なわせるような挙動と共に、地下遺跡を埋め尽くしていく。
無論、遺跡の中心に佇む龍機人すら飲み込まんとする勢いで。
「お兄様……?」
「平気だよ。防御フィールド出力上げて」
唾を飲み込みながら緊張した声で尋ねてくる妹に、凛音は殊更優しく聞こえるように意識して言葉を返す。
実際、エナの循環による物理的な装甲の強化とは別に組み込んだ、着たい周辺を覆う多重層のエナの防御障壁のお陰で、他の機体の放出する波動は理論上完全にカットすることが可能だ。
だからと言って、眼前に広がる光景の、生理的な嫌悪感が消える筈も無いが。
「気分が悪いなら、モニターだけ見てるといい。現実を数値の変動と解釈すれば、少しは気が安らぐ」
「―――お言葉ありがたく受け取りますが、お断りします」
ツンと、声を尖らせて返してくる―――背中越しに、背筋を伸ばすのすら解る―――妹に、凛音は苦笑してしまう。
「初陣がいきなりアレなんて、正直無茶が過ぎるんだから。あんまり無理するものじゃないよ」
「初陣がいきなりアレで、無茶が過ぎるとしても、だからこそ目を逸らす訳には行きません」
兄の言葉を繰り返しながら、マリアははっきりと言い切った。
「初陣で、世界を滅ぼす悪神を討伐。その名誉は、今後王族として生きていくうえで、この上なく有効な戦果といえますもの。―――そんな大事な獲物を、見ずに済ますわけには行きませんわ」
茶目っ気も含めたその言葉に、凛音は大げさに肩を竦める。
「誰に似たのやら、気の強い事で。―――オマケにロマンチストに見えて、打算的に過ぎる」
「私の家族は皆そういう部分が大きい人たちばかりですもの」
仕方ありませんわと、愛らしい声。随分と余裕のある声を出せるようになってきたなと、マリアは内心安堵していた。手元に寄せたモニター越しに、兄が微苦笑しているのが、少し悔しかったが。
『獲物か……』
瘴気の中心で、血の様な赤が煌いた。
おぞましいほどの寒気を覚えるその声に、しかしマリアは落ち着いて返す。
「ええ、最早貴方は壊れた機械。―――ただ解体され、処理されるだけが運命です」
「同感だね。塵は塵箱に、だ」
凛音も妹の言葉に追従する。
『クァアアッハッハッハ!! 我を壊れたとぬかすか、人間!! 全てに破壊を齎す、そのように我を作り上げたのは貴様等人間ではないか!! ―――我の存在を壊れているとぬかすとあらば、真に壊れていると断ぜられるべきは貴様等の方ではないか?』
「狂った機械に相応しい、歪んだロジック。―――やっぱ壊れてるよ、お前」
狂気による断罪にすら、最早凛音は意にかえさな。もとより、話し合いに来た訳ではないのだから。
戯れごとに耳を貸す必要など、何処にも無い。
『―――良くぞ言った』
それ故に、地の底から響く怨嗟の声にも、気を改める必要も無く、自然な心構えで待ち構える事が出来た。
闇が、一点に集う。
広がりきった瘴気が再び、血の赤の元に集約し、歪んだ陰が実体を伴う悪鬼として顕現する。
巨大な、後頭部に向かって鋭角的なラインを這わす頭部。
一本の長い首から繋がる胴体に、腕を示す部分は無い。
替わりに、きっとかつては背部の重力リングだった筈のパーツが、二つに分かたれねじれ歪んだ爪とも翼とも付かぬものへと変化していた。
巨大で超重の上半身を支えるためか、足はどっしりとした肉厚の逆関節へと姿を変えて、鍵爪のような爪先を確りと床に食い込ませている。
そして、全体的な重量バランスを整えるためか。
後尾が巨大化、伸張して、大蛇の如き禍々しい尾へと変貌していた。
「……龍」
マリアがその姿を見て呟いた。
「こりゃどうも、参ったね……」
凛音も、やれやれとため息を吐いてしまう。
脚の無い龍と、腕の無い龍。
色は共に、くすんだ、暗い色に染まっている。
まるで示し合わせたかのように、同属とすら思えるような、それは、向かい合い対立する、二対の異形の姿となった。
「でもさ」
「え?」
龍機人に近い姿へと変貌したガイアの姿に、何か良くない予感を覚えていたマリアは、兄の余りにも気楽な声に戸惑いを覚えた。
思わず、振り返って直接顔を見上げてしまう。
兄は、微笑んでいた。
「―――この機体が模しているものが、龍じゃないって、知ってた?」
芝居がかった仕草で、手を広げ、我が身を晒すかのような態度で、まずは、眼下を睥睨する。
「地には根を這わせ」
次いで、天を見上げ。
「空へと向かい枝を広げる」
頭部―――牡鹿ごとく大きく広がった―――幹から分かれた、枝の如く。
誇らしげに、胸に手を置いた。
「果実は此処に」
そして、ガイアを、滅びを齎す獣を睨みつける。
「まだ幼き種子なれど、我は宇宙を駆ける大樹の化身ならば―――その力の前に、敗北などありえない! 破壊神ガイア! 精々我が力の前にひれ伏すが良い!!」
吼える。その身に宿す、今や宿るそのものとなった自身の意思に掛けて。
『よくぞ言った!! だがしかしっ!! 余計な荷物に手をふさがれ、滅びたる我を、どう滅するというのか!!』
嘲笑うかのように装甲を震わせ、ガイアもまた、自らの存在を掛けて吼えた。
「お兄様―――」
マリアは思う。
確かに龍機人には不利がある。
片手に抱えた、救出したばかりのメザイア・フラン。
庇いながら戦うとすれば―――無理な機動は、取れまい。
ただでさえ機体サイズにたいした変更も無く複座にした関係上、龍機人のコントロールコアはもう一人人を入れるには、些か狭すぎた。
『どうする!? ―――さぁどうするぅぅぅぅぅっっ!!』
その事実を理解してか、ガイアは哂う。哂い、哂い、哂い続ける。
そして凛音もまた―――。
「決まってるさ」
メザイアを抱えていない空いた片手を天に掲げて。
―――笑う。
「こうするんだ」
清浄なる赫躍が、漆黒の闇を払った。
※ 弱点は背中の換気扇である。