・Scene 48-4・
他の二人に合わせて、いつの間にかキャイアも聖機人から外へと踏み出ていた。
一点に集中していた意識も、何処かへ吹き飛んでしまっている。そのお陰―――と言うのも憚りがあるが、とりあえず、周りの状況が良く見えてくる。
一つ通りを隔てた向こうでは、砲弾の炸裂する音と、金属と金属が光速でぶつかり合う音。
つまりは、剣士が戦闘中だということだ。
そして遠くの方で、王都の低い位置にまで降下していた空中戦艦の向こう側でも、剣士の場所ほど大きくは無いが、戦闘音楽が鳴り響いているのが解る。
次第遠ざかっていっているように感じるから、どうやら本当にユライトは撤退しようとしているらしい。
―――そして、自分達の状況だ。
当たり地面一体に広がっている、破壊された聖機人の残骸。残骸、残骸。
そう、破壊されつくされていた。中隊が編成できそうなほどの規模の聖機人達が、全て。
それをやったのはどう考えても目の前で自身の髪を梳いでいる姉である。一人で、中隊規模を全滅させたのだ。自身は殆ど傷つかずに。
―――強い。解っていた筈だけど尚改めて感じてしまうほどに、姉は強い。
若くして聖地学院で聖機師の教導などと言う役職につけるほどなのだから当然と言えたが、それでも想像以上の強さだった。
仮にもし、あのまま突っ込んでいたら―――勝てたのだろうか、自分は。
無理かもしれないと、苦い気持ちで実感せざるを得ない。
精々自分の勝率は、運が味方に付けば或いは、と言うレベルしか無かっただろうと思う。
そうであるなら―――忌々しい話だ。キャイアをメザイアにぶつけようとしていたアマギリ・ナナダンは、この状況を初めから想定していた事になる。
メザイアは絶対にキャイアを傷つけようとしない―――キャイアなら絶対に平気だと言う、この現在の状況を。
「通じていたとは、少し違うわ。―――私だって貴女と同じように、あいつの事は好きになれないもの」
「私は、別に―――……いえ、正直、リチア様とかの趣味って解らないなって思うけど」
「……何故リチアの名前を出しながらこの私を見るんだ、キャイア?」
姉の言葉に反論しようとして、図星であるため反論できずに言葉に詰まるキャイアに、アウラは頬を引き攣らせた。アウラの様子を見て、メザイアは驚いたように瞬きした。
「あら、アウラもなのね。―――あの子も結構プレイボーイねぇ」
「―――アイツも、姉さんには言われたく無いと思うわ」
思わず突っ込んでしまったキャイアに、アウラも深々と頷いた。
学院生を取替え引替え寝室に連れ込んでいた、メザイアの聖地学院での享楽的な行動を知っていたからだ。
「―――話を、戻すわ」
どっちかと言うとそれ、話を”逸らした”って言わない?
明後日の方向を見ながら嘯く姉に、思いっきり突っ込みたい衝動に駆られたが、今はそういう状況でも無いと何とか思いなおして気分を引き締める。アウラも似たような心境だったらしい、呆れとも諦めともつかないと息を吐いているのが気配で解った。
「私とアマギリは一度も連絡を取り合ったことは無いわ。―――そうね、ユライトと密談している時に傍に居たけど、会話どころか、私は端末に映らない位置に居たし」
「では―――どうやって、これほど連携の取れた―――いえ、取れている―――違うな、我々に、連携してくださるんですよね?」
「ええ、剣士を決定的に追い詰める引き金の役割を私に背負わせるのでしょう?」
アウラの躊躇いがちの言葉に、メザイアははっきりと意味を理解していることを示す言葉で応じた。
驚くアウラたちを尻目に、メザイアは穏やかな笑みを浮かべる。
「簡単なことよ。私とあの子の目的が一致しているだけ」
「目的が……」
「……一致?」
「そう、”剣士を助ける”。その目的にね」
はっきりと言い切った、姉と同一人物に見るには難しい、しかし確かに姉に違いない人物の態度に、キャイアは戸惑うしかない。
「助けるって……でも、え?」
剣士は敵に操られている。
アマギリ・ナナダンは剣士を救おうとしている。
そこまでは良いだろう。いけ好かないことこの上ない男ではあるが、剣士奪還に掛ける意気込みは、どうもキャイアには理解が及ばないレベルで真剣らしい。
その真剣さを、もうちょっと周りの女性にも向けてやれよと突っ込まずには居られない気分もあるにはあるが、今はそれはどうでも良い。
―――だが、メザイアが。今は姿を変えてドールと呼ばれている、ガイアに与する人造人間の少女が、剣士を”助ける”と言うのはどう意味合いを持つのか。
自分達は現在、囚われているから引き戻そうとしているのであって、メザイアの側からしてみれば、剣士は既に彼女の傍に居ると言う事になるのではないか。
「助ける―――助け、……今の状態は、剣士の助けにならない?」
戸惑いながらも整理した答えをメザイアに向けてみると、彼女は如何にも姉を思わせる態度で微笑んでくれた。
「無理やりに精神を犯され、書き換えられているような状態が、あの子にとって良いものに思える?」
「―――ですが、その状態は”貴女方にとっては”都合が言い状態なのではないのですか?」
情を感じざるを得ない少女の言葉に、しかしアウラは眉間に皺を作って問う。
そもそも、剣士がガイアの手に堕ちた原因の一つが、この女性なのだから。
「そうね。ガイアにとって、かつて敵だった最後の三人の人造人間全てが掌中にある、と言うのはこれ以上なく都合が良いと言えるでしょうね」
アウラの言葉を、メザイアは拍子抜けするほどあっさりと同意する。その後で、視線を剣士が戦闘を行っているであろう場所に向けた。
「―――でも、それは”剣士にとって”都合が良い状態とは、言えないでしょ?」
「それは―――そうでしょうが」
誰かに心を支配され操られている状態と言うのは、どう考えたって屈辱極まりないなどと言うのは、当たり前の事だ。だがそれを、心を奪った側の人間が言う理由が解らなかった。
「ユライトこと、ネイザイ。レイアの息子、剣士。そして私、ドール」
解らない、と言う意思が顔に出ていたのだろう。
メザイアは微苦笑を浮かべて教師のような口調で喋り始めた。
「この三人の中で、唯一私だけが正真正銘の先史文明から生き残った人造人間と言えるの。ガイアと共倒れになり肉体を失ったネイザイとも、異世界人と人造人間のハーフである剣士とも違う。私だけが、心も、体も―――先史文明時代から何も変わるところが無い、正真正銘の」
アウラたちにとって初めて聞く真実はしかし、それが現状に対する何の説明になっているのかすら理解しかねるものだった。しかし、メザイアの言葉は続く。
「ユライト―――ネイザイは、恐らくガイアと相打った段階で、嫌な言い方になるけど、機能として損傷があったのでしょうね。それともコアクリスタルが経年劣化したのか。ユライトと言う少年の肉体にコアを移植された段階で、本来ならその意識は完全にネイザイのものになる筈だったのに、ユライトの意識が残る不自然な形となってしまった。あの子本人はそれを奇禍と受け入れて、ユライトの姿をガイアに対する隠れ蓑として用いるつもりだったんでしょうけど、結果は知っての通り」
「ガイアに操られて居る……」
「そ。ユライトはあれで一応、ネイザイと言う巨大なポテンシャルを持った意識が共存している関係で身体は弱いけれど、それでも聖機師として最低限の能力を有していたから。聖機師ではない存在を宿主としてしまったガイアにとってすれば、自身の本体を動かすための傀儡とするには、まずまず、と言った所ね」
アウラの言葉に頷きながら、複雑そうな笑みを浮かべてメザイアは言う。
「そして剣士。あの子は異世界人とのハーフ。精神は完全に人造人間とは言えないが故に、傀儡とするには些か問題がある。今もかなり強引な施術で支配下に置いているから、あの子の精神は既に破綻寸前の瀬戸際まで追い詰められている。―――自身の本体を任すに足るかどうかと言えば、首を捻らざるを得ない」
何かの比較の話しをされているらしいと言う事が、この時点で漸くアウラは理解できた。
剣士とユライト。
二人の人造人間―――聖機師―――傀儡―――の、ガイアにとっての評価。
ならば、次に来るのは当然。
「翻って、私は?」
アウラたちが良く知るグラマラスな彼女のものとは程遠い、ひらべったい少女の胸元に自らの手を置きながら、メザイアは哂う。
「私は、ガイアとの戦いが終わった後で当時の聖機工たちの手により一旦赤子の状態まで肉体を戻され、カプセルの中で眠りにつかされた。それが、本当にあの人たちの言葉どおりに、私に今度は戦うためだけではなく、人としての生を全うして欲しかったからと言う理由なのか、それとも、倒しきれなかったガイアの復活に備えた保険と言う意味合いだったからなのかは解らないけど―――とにかく、私は完全に先史文明末期そのままの力を有したまま、この現代で目覚める事となった。目覚めさせたのは、勿論聖機工だった―――」
「―――お父様」
ポツリと呟く妹に慈母のような笑みで頷いた後で、メザイアは更に続ける。
「そう。ナウア・フランに発見された私は、そのまま彼の娘として二度目の生を歩む事になった。人造人間の本質たるドールに、メザイアと言う仮初の装いを纏わせて。―――まぁ、その辺りは今は良いわ。兎角、私は結界工房の聖機工であるナウアに発見され―――”結界工房の聖機工”の発見だったから、当然結界工房に私の存在は知られている。教会に関しても恐らくは同様ね。そして、まだ教会や結界工房と強い結びつきがあった当時のガイア―――ババルンにも、私の存在は知られる事となる」
「知れば当然利用されるのでしょうね」
「ええ。完全な形で現存する人造人間―――聖機神たる自身の力を最大限引き出せる先史文明の遺産が手に入ったガイアは狂喜したは。その”二度とは無いだろう”幸運に。コレを失ってしまえば、自身はどう足掻いても不完全な状態でしか復活できず―――ならば、慎重に慎重を期して、それは扱わねばならないものとなった」
「慎重に―――ですか」
「そう、慎重に。些かの能力の損失も許し難いが故に」
アウラの言葉に、更にメザイアは重ねるように頷く。アウラもまた、頷いた。
言いたい事が理解出来てきたのだ。
「つまり―――貴女は、ガイアからの束縛が酷く”緩い”のですね? その能力を行使するに、余計な障害があってはならないからと、ガイアは貴女をきつく―――今の剣士のように、でしょうか。無理やり縛り付ける事が出来ない」
「あの気難し屋のアマギリと、長い事縁が切れないでい続けられる訳ね」
確実に意味を理解しきっているアウラの言葉を、メザイアは褒め言葉にもならない言葉で讃えた。
アウラは少しだけ苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「そういう事を言われるのは末代までの誉れとなりますね、とでも言えば、アイツのようでもありますが。―――まぁ、今は貴女の話の続きをするべきでしょう。貴女はつまり―――そうですね。ガイアの要望には最大限応じるべきだと言う縛りはあるけれど、しかし、”他の誰かのために”貴女自身の意思で動く事までは、縛られていない」
そういう事で良いのですね、とほぼ断定的な口調で問うアウラに、メザイアも困った風に笑って頷いた。
「そういう事。ガイアの要望―――と言う名の、つまり命令ね。アレの言葉に従っていさえすれば、私にはある程度の解釈の自由が存在する。ガイアが断固として拒んだのは、唯一”ガイア自身を破壊する”と言う事。それ以外の命令は、解釈の権利は私に与えられている。例えば―――強引な束縛が施されている新たな人造人間の”手助けをする”なんて命令であっても……」
「”何が手助けとなるか”を判断するかは貴女に一任されている」
―――例えば、”元の場所に返す”事こそが尤も剣士のためになると思えば。
「感情―――判断力、持ちえるポテンシャル。それを損なえないが故に、ガイアは私を完全に縛りきれない。ものは試しと傀儡に置いたネイザイとも、運の良い拾い物程度の扱いでしかない剣士とも、違う扱い。―――とは言え、いざとなれば、聖地での一件のように、ね」
自らの手のひらを見ながら語るその面は、湖水のように澄んでおり、その内面を理解するのは難しかった。
それを聞くのは躊躇いを覚えずにはいられなかったので、アウラは、今必要な事実のみを聞くこととした。
「ガイアが目の前にいない今ならば、平気と言うことですか」
「そうね。―――といっても、アレも正真人間を辞めている処があるから、何時聖地から此処に参上するかは解らないから、完全に保障してあげる事は出来ないけど。―――尤も、ガイアにとってこの一件は暇つぶしのための余興にしか過ぎないから、まぁ、結果だけ聞ければアレは満足するんじゃないかしら」
例え、どのような結果だったとしても。
ガイアは蘇り世界は滅亡すると言う事実だけは、ガイアの中で何も変わらないから。
「遊ばれているようで、腹が立ちますね」
「そうね。―――きっと私にこうして自由意志が許されている事だって、アレにとっては遊びのようなものなのでしょうし」
吐き捨てるように言うアウラに、メザイアも頷いた。
「まぁ、でもガイアとの遊びは、貴女の王子様に任せるわ。アウラ、貴女みたいな子が確り手綱を引いていれば、幾らなんでも負けはしないでしょうし。―――私の王子様のことも任せなきゃいけないのが、少し嫌だけど」
「王子様って……剣士のこと?」
姉の言葉にキャイアが口をあんぐりとあける。メザイアは楽しそうに笑うのみだった。
「負けないだけでは駄目なんですがね、勝たないと。ですが―――ええ。ヤツには確りと言い含めておきましょう」
笑顔で応じて―――それが、この間隙の邂逅の終わりだとばかりに、表情を戦うためのものへと、切り替える。
それはメザイアも同じだった。
だが。
「あの、姉さん。だったら―――姉さんも、戻っては来れないの?」
キャイアにしてみればまだ終われない状況と言えただろう。
降って沸いたかのように思える、姉を救出できるかもしれないチャンス。姉の真意を知り、ならばとの思いが沸き立つのは肉親として当然の事だ。
だが、当の姉は表現し難い笑顔で首を横に振る。
「無理よ」
否定の言葉は単純で絶対。口を挟む余地すら与えられなかった。
「私は”そっち”へ”帰る”とは”思えない”の。だって私が変えるべき場所は―――」
「もう良いだろう、キャイア。剣士もそろそろ稼動限界も近い筈だ」
最後まで言わせなかったのは、果たして慈悲か、ただアウラ自身が聞きたくなかったが故か。
どちらであったにせよ、キャイアが此処で姉を取り戻すと言う選択肢が潰えたのだけは事実である。
「戦場では割り切る事。―――聖機師で在るならば。聖地学院の授業でも最初に教わる事だったわよね。現在のあなた達はたまたま共通の敵が居るという”幸運”から轡を並べる事が出来ているけど、もしそうでなかったのなら、あなた達は共に国境を接する大国の聖機師どうしとして、戦場で剣を向け合う可能性が多分に存在していた。―――戦場では、”例え肉親、友と向かい合ったとしても”割り切る事。それが出来なければ死ぬのは貴女と、貴女が守るべき人なのよ、キャイア」
厳しく、しかし確かな情を持って。
姉は妹を諭すように言葉を告げる。
それが、此処での別れの言葉となる。
なぜなら、頷く妹の瞳には、最早迷いは存在しなかったから。
「解っているとは思うけど、アウラ。剣士の精神は既に破綻しかかっている。此処でこれからあと一息を加えてしまえば―――その結果が」
「アレが、事後の対策を考えていないとお思いですか?」
「思わないけど……でも貴女、それ、聞いてないでしょ?」
「ええ。―――しかし、やると言ったからにはやり切るのが、アイツですから」
いっそ得意げに見えるほど自信たっぷりに頷いたアウラに、メザイアは解らないわね、と素直な微笑を見せた。
それで本当に、幕間のお終い。
各々聖機人へと再搭乗を果たし、一時の中断を挟む形となっていた喜劇の幕が、再び上がる。
姫君たちによる、囚われの王子を救出するための、戦いの幕が。
※ 実際のとこ、キャイアさんは真面目にやったら姉さんに勝てたのかと言うと原作を見る限り割と微妙なトコが。
後半は無敵モード入ってる剣士とドールだけど、一話だとボロボロになってるんですよね、アウラとキャイアのお陰で。
まぁ、どっちも条件が重なってたりはするんですが。