・Scene 41-4・
「父上、待って父上―――……あぁ」
「通信、途絶します。ワイヤーが物理的に切断されました」
「アンカーユニット切り離し」
「了解。アンカーユニット、車外排除します」
双方の砲撃による振動の続く戦闘指揮所の中で、置き去りにされた少年の力無い声が洩れ伝わる。
その顔は憔悴に絶望が加わった酷いものだったが、指揮官席の奥と言う立ち居地ゆえか、それとも気を使ってなのか、誰も見ているものは居なかった。
それが幸か不幸かは解らない。慰めの言葉すら一つも掛からず、結局それが、置き捨てられた自分と言う現実を、ダグマイアにいっそう理解させる事となった。
彼の唯一の味方とも言える少女の存在には、彼は未だに気付けない。
気付いてそこに救いが在るのかも、それは誰にも保障できない。
兎角、今は一先ず役目を終え、消沈したままのダグマイアを於いて、戦闘は激化してゆく。
「スペアとは、どういう意味じゃと思う?」
指揮所の命令中枢としての機能を持つ指揮官席と違い、ただそのまま豪華な椅子に過ぎないアマギリの脇に設けられた貴賓席に腰掛けていたラシャラは、バベルとの映像通信が途切れて再び外の様子を映し出したモニターを眺めながら首を捻った。
問いかけられたアマギリは、玉座について妻でも娶れば、きっとこんな気分なんだろうなぁとくだらない事を思いつつもそれを表に出す事無く、下手を打てば本当に将来の妻になりかねない少女の疑問に応じた。
「推測だけど、オッサン本人的にも聖機師ではなく聖機工に生まれ変わっちゃったのは不本意だったんじゃないかな。そしてオッサンはユライトと違い今回の復活が初の復活だった。今回限りでガイアを見つけられるとは思って居なかった。だから、将来を見越して―――」
「聖機師としての新たな肉体を用意しておいたと言う訳か。いずれ今の体から移り変わるために。―――取替え引替え体を変えるなど、確実に人間的な思考ではないな」
「メスト家は確かに聖機師の血も混じってるらしいけど、こう都合よく男性聖機師が生まれるなんて考え辛いから、恐らくはオッサンの持つ技術で何かしたのかもねぇ。先史文明は聖機師を作り出す事が可能だったんだから、現代では不可能な事であっても、不可能じゃないのかもしれない」
滔々と非人間的な現実を語るアマギリに、ラシャラも嫌そうな顔で頷いた。
「―――自在に男性聖機師を作り出す技術か。確立できれば儲かりそうじゃが、現代の社会基盤を崩壊させてしまいそうな諸刃の剣じゃなそれは」
「過ぎた技術は身を滅ぼすって、ね。奴さんを見てれば良く解るじゃない。―――力に酔いしれてその意味を取り違えた愚図どもが」
ババルンその人と言うよりも、アマギリにとってはむしろその周りの人間達が忌々しい存在らしい。それは、事実を知り悔い改める機会を奪った事からも明らかだった。
ラシャラは疼く様な幻痛を心のどこかに抱えながらも、アマギリのその気持ちは否定出来そうになかった。
「女王の身とあっては、例え反抗勢力と言えど自国の民をそう評されるのは耳が痛いが―――異世界の超文明の技術を振り回しているおぬしに言われるのは、何か釈然とせぬな」
「いざとなれば躊躇うなって、昔、尊敬する上司に言われたからね」
「……たまに思うのじゃが、そのフローラ叔母のような過激な思考の持ち主は一体何者なんじゃ」
状況を忘れて額に汗を浮かべるラシャラに、アマギリは笑って肩を竦めながら立ち上がった。
「比較対照にするには、ウチの女王陛下じゃ可愛気がありすぎるってだけ答えておこうか。―――さて、気分転換はここまでにして、仕事に移ろう……噴進弾、準備どうか!?」
強い口調で問いかけられた階下のオペレーターの一人、射撃管制官が、振り向いて頷きを返した。
「誘導装置異常ありません。発射準備よろし。何時でもいけます!」
射撃管制官の返事に、アマギリは自信を持った威厳ある態度を作って頷いた。
「宜しい。大変宜しい。―――それならば、初期段階にも至らぬ文明しか持たぬこの惑星で、地表の上でジタバタと溺れぬように泳ぐ事しか出来ぬ技術を手にした程度で調子に乗っている者達に、文明的な戦争と言うものを教えてやろうじゃないか」
カツン、ブーツで床を鳴らしながら脚を開いたアマギリは、大きな芝居がかった仕草で手をモニターの向こうに映るバベルに指し示し、そして命じた。
「ア式噴進誘導弾発射! 目標バベル!! たかが鉄板など撃ち貫け!」
「了解、噴進弾全弾発射。目標バベル!!」
主の言葉に高揚した気分そのままに射撃完成の女性オペレーターは強い口調で応じる。
周りで作業している者たちも、やはり今の言葉で気合が入っていたようだった。
「―――演説自体は気が入っててよいとは思うのじゃが、言ってる内容がどうにも妾たちまで馬鹿にされているとも取れる内容なのは、気のせいか……?」
丁度隣に立つ格好になった男を横目に眺めながら、ラシャラが眉根を寄せて呟いた。フローラ選りすぐりの女性オペレーター達には届かなかったが、アマギリには聞こえていた。
微妙に肩を振るわせつつも、聞かなかったことにしたらしい男に、ラシャラはふいにある疑念を覚えた。
おかしい。何時ぞやに比べ語尾が明瞭過ぎる。
―――この男、もしや。
自身の思い浮かんだ疑念に、ラシャラは唇の端を歪めた。
詮無い事。それが事実だったから何かが変わる訳でもあるまいし、こんな場所で本人に尋ねる必要も無い事だったからだ。
ラシャラの思考の変遷が進む間にも、アマギリの命じたジェミナーには存在しない兵器による攻撃は始まっていた。
”対艦ミサイル”。
誘導装置を備えた、ロケット等を推力に目標に向かって攻撃を行う、推進力の違いはあろうが宇宙空間でも活用されるような軍事兵器である。
兵器と言えば聖機人、と言う概念が大きく刷り込まれているジェミナーでは絶対にありえない、遠方から一方的に相手を叩き潰す事をコンセプトにした碌でもない兵器と言える。
片方だけが持っていればロケット推進を用いた超射程による一方的な蹂躙が可能だが、対立する両軍が所持するようになれば見えない場所からの打ち合いと言う泥沼の状況は必至だ。
無論、初期段階文明以前のジェミナーに持ち込んで良い近代兵器ではなかったのだが、アマギリはあくまで現地文明―――亜法技術の活用の産物、と銀河警察の捜査官辺りに突っ込まれた時には言い張るつもりだった。
尤も、明らかにアマギリの知る某所に所属すると思われる人間達の関与が見られる星系だったから、銀河警察の手が及ぶとも思えなかったが。
それはそれで今度は逆に、そういう偉い人たちが怒り出しそうで怖いなと言う発想も沸いて来るのだが、それはもう、此処までこの星の国家間勢力争いに首を突っ込んでしまったため、必要経費と割り切るつもりだった。
いざとなったら―――なんて逃げの発想は、それこそ背中を蹴り飛ばされそうだから出来ないが。
どうしようもない想像にアマギリが苦笑を浮かべている間に、後部車両から離床した二基のミサイルは、白い尾を引きながら高速でバベルに命中、爆裂した。
あたった部分に煤けた灰色の粉煙が巻き起こり、それが晴れた頃にはバベルの強固な外殻がボロボロに破壊されている様が映し出された。強引に持ち出した秘匿兵器の上げた成果に、管制室に歓喜の声が上がる。
しかしアマギリ一人だけは難しい顔をしていた。
「……あれだけ抉れてもピクリと傾きもしないんだから、重力制御リングってのは大概反則だよなぁ」
「我が国の誇る鉄壁の要塞を、たかが”大砲六発”でアレだけ傷つけておいて、感想はそれか」
「いや、本来なら上半分は吹っ飛ぶくらいの爆薬詰めておいたはずなんだけどね。装甲と装甲の間に循環させているエナが熱エネルギーを拡散してるのかな、やっぱ。―――ホント、嫌な現地ルールがあるよこの世界」
ユニットさえ無事であればどれだけダメージを与えてもその機能は果たす。アレだけの破壊が片面に集中していれば、重量バランスが狂って直ぐに倒壊しそうなものなのだが、バベルはまるで傷の一つも負っていないかのように垂直に屹立したままだった。
「敵要塞、回転開始しました。攻撃正面を入れ替えるようです!」
オペレーターの声が示すとおりに、モニターの向こうのバベルは傷ついた側面を反転させてダメージをあまり負っていない部分を装甲列車と対峙させて来た。
そして、まるで先ほどのダメージが無かったかのように砲撃が再開された。
「―――よし。第二射に合わせて快速艇とコクーンを投げつけろ。煙幕弾の発射も忘れるなよ」
「このまま砲撃で押しつぶしてからの方が安全では無いのか?」
「ミサイル、ダミー含めても後ニ射分しか残ってないから。こっちには無い理論で作ってるから、素材の確保が面倒でさ―――それに元々、こっちを脅威だと思わせる陽動のための気分武装だったしね」
だから威力も抑え目にしてある。
ラシャラの疑問に、アマギリはコレが予定通りだからと肩を竦める。
そう、わざわざミサイルなんて冗談も大概にするべき兵器を持ち出したのは、この装甲列車こそを高脅威目標として認識させるためである。アマギリがこの場に居て、ババルンとわざわざ正面から対峙したのだってそのためだ。
快速艇を―――幾つものダミーと共に撃ち出されるそれを、例えその意味に気付かれても追撃を行わせないため。
「ちゃんと食いついてくれよ、オッサン……」
「過保護じゃの、本当に。危険は全て己で受け持つなど、リチア辺りに悟られれば、鉄拳が舞うのではないか?」
「殴ってくれる元気な姿を見せてくれるんなら、幾らでも殴られるさ」
苦笑交じりに言うラシャラに、アマギリは肩を竦めて取り合わない。何と言われ様と自分の意思を貫くつもりだった。
「カタパルト全機起こしました。噴進弾、快速艇、コクーン。何れも直ぐに射出可能です」
二人がそんなやり取りをしている間に、射撃管制のオペレーターが、全ての準備を完了した事を伝えてきた。
アマギリは一つ頷いた後で、少し悩んでから続ける。
「そう。―――快速艇と繋がる?」
「内線、繋ぎます」
オペレーターは即答し、モニターの一つが快速艇の操縦席の映像を映し出す。
剣士とキャイアが、何処か大人びた顔で微苦笑を向け合っているのが映し出された。
『―――あれ、アマギリ様?』
『へ? あら、ちょ……』
通信が繋がった事に気付いた剣士の言葉に、彼との会話に集中していたらしいキャイアが慌てたように声を上げた。
「平気そうじゃの、キャイアは」
その様子を確認したラシャラは、一人息を吐いた。自身の直属の部下の事である、自信がどうする事も出来なかった手前、やはり気に掛かっていたらしい。
アマギリも微苦笑だけ浮かべてそれに答えた後で、何も見ていないかのように剣士に声を掛けた。
―――無論のこと、オペレーターに手振りで指示を出して消沈するダグマイアの姿が通信映像に映らないように指示する事を忘れない。これ以上余計な面倒は御免だった。
「やあ剣士殿、度々悪いね。そろそろ出番だけど、良い?」
『―――、はいっ!』
元気良く返事をした剣士にアマギリは満足げに頷いた。
一片の迷いも無い力強い言葉。
それだけで、彼は安心できた。あの子達は、大丈夫だと。
「無茶せず、しっかり役目を果たすのじゃぞ剣士。―――キャイアもな。まずは眼前の事に意識を置く事じゃ」
『頑張ります。ラシャラ様も、本当にお気をつけて』
『あの―――いえ、……はい』
主に念を押されるような理由に心当たりがありすぎるのだろう、キャイアは苦笑交じりに頷いた。苦笑が出来る気力があるだけマシかなと、アマギリとラシャラはそれ以上特に追求する事もしなかった。
「それじゃ、宜しく頼むよ」
それだけを告げて、通信を終えた。
「あれなら、体を動かしているうちに何時もの調子に戻れるじゃろ」
「だと良いんだけどね」
「解らぬでもないが、少しは信用してやれぬか?」
「知ってると思うけど、希望的観測はしない主義なんだ―――第二射、放て! 続いて快速艇射出しろ!!」
たしなめるようなラシャラの言葉に淡々と応じて、アマギリは階下の者達に指示を出した。
「敵列車、さ、先ほどの大型砲弾を再び発砲! か、数は二機!」
バベル戦闘指揮所。敵の放った正体不明の新兵器の威力のもたらした混乱より復旧作業を再開していた処だったが、そこに再び先ほどと同様の車両から発射された物体を観測し俄かに戦慄が走った。
「迎撃しろ」
ババルン・メストの冷徹な―――不気味なほどに焦りを見せない声が響く。
「り、了解!!」
発射される二機のミサイル。
バベルはその高精度照準システムにより、対空砲火を高速で飛来するミサイルに集中させる。
しかし砲撃戦を行うには至近に等しい距離で放たれたミサイルを打ち落とすのは至難の業であり、一機は撃墜できずに一射目と同様に外部装甲を抉った。
もう一機のミサイルに対しては迎撃に成功したが―――しかし、迎撃弾により破壊したミサイルは灰と赤色の爆炎、そしてそれ以上にはっきりと解る視認を妨げる白煙をバベルと装甲列車の間に広げた。
「目晦まし―――?」
白煙で視界を奪われた外部映像に眉を顰めつつ、ユライトが呟く。
「音波探知、熱源探知により敵車両、更に砲撃準備を進めているものと観測!」
観測システムを目を皿のようにして睨みつけていた管制官の焦り声が指揮所に響く。
「観測システムによって照準は可能なのでしょう? 慌てず慎重に迎撃なさい」
ババルンが応じるよりも早く、ユライトが指示を出していた。それに疑問をさしはさむものは居なかった。疑問を許す状況でもなかったと言う事かもしれない。
「て、敵車両、大型砲弾による砲撃を再か―――いや、しかしコレは……?」
観測システムを睨みつけていた管制官は、焦ったように叫んだ後で、戸惑ったような声を上げた。
「どうしました?」
「だ、弾速が遅すぎます。これでは、通常弾よりも―――いえ、こ、これは!!」
管制官は何かに気付いたかのように叫ぶ。
観測情報を表示していた正面モニターを見ていたユライトにも、何事か気付いた。
「―――コクーン、ですか」
自由落下している大型質量。保有熱量が聖機人のコクーンである事を告げていた。
「まさか、煙幕を隠れ蓑に強行突入を―――!?」
「で、あるならば話は早いでしょう。喫水外にいる間に撃ち落してしまいなさいな」
「り、了解!」
素早く判断を下したユライトの言葉に従って、迎撃システムは火砲を放つ。
推力を持たず自由落下することしか出来なかったコクーンと思わしき質量達は、次々と聖地と線路の走る森林との間に横たわる渓谷へと叩き落されていった。
「全機迎撃に成功しました!」
管制官の喜色に富んだ報告の声が響き、戦闘指揮所に少しだけ安堵の空気が洩れた。
「―――本命の阻止に成功した、と言うことでしょうか」
「あの王子がこのようなあからさまな行動を示すのも些か疑問だが」
ユライトの呟きに、状況の変遷にもまるで表情を変えなかったババルンが、失笑混じりの声で応じた。
「他に、何かあると?」
探るような視線で伺ってくる弟に、ババルンは鼻を鳴らすだけだ。
何事も、誰の言葉も歯牙にもかけぬ。
ババルン・メストの行動を規定するのはただただ彼自身の意思一つだけ。
「さて、な。―――しかし、異世界の超兵器、些か厄介な事は事実のようだ」
言葉と共にゆっくりと玉座から起き上がり、そして宣言する。
何を言おうとしているのかを察して、ユライトが少しだけ眉根を寄せたが、しかし何も言う暇も無かった。
「ドールを出せ。異世界の龍を焼き払うのだ」
※ スーパーチート合戦の開始である。
そしてこの展開だとロボット物って事を忘れかける……