・Scene 40-3・
世界を滅ぼした―――字義通りにそのまま受け取っても、具体的な形がまるで見えてこない。
たかが一機の人型機動兵器で、どうやって世界を滅亡まで追い込めるか。
「それは、ガイアのある性質による」
トンと、考えを整理するように会議机を指で叩きながら、アマギリは続ける。
「ガイアは亜法を”喰う”。亜法を用いたあらゆるマシンを、一方的に侵食し、そしてそれを自らの内に圧縮して蓄える。無数の聖機神と、先史文明の発達した亜法文明の成果を喰らい尽くして、ガイアはその果てに圧倒的な装甲密度と、膨大な、無尽蔵とも言えるエナを有するようになった。傷も付かず、無限に動き続け、そして亜法動力で動くものは一方的に捕食する。どう頑張っても勝てない。―――が、しかし。無敵のガイアにも弱点はあった。それが―――」
聖機師。
ラシャラ以外、この場に集った全ての人間が聖機師であった。
無限の動力と絶えぬ装甲を有する最強の聖機神ガイア―――しかし、それを操る聖機師こそが最大の弱点とは、気付くものも少なかったのだろう。
「亜法結界炉を用いた動力機には稼動限界が存在した。人造人間といえども、脳生理を侵す振動波を完全に克服する事は出来なかった。ガイアの聖機師は、恐ろしいほどの限界値に達していたらしいが―――それでも、限界がある事には変わらなかった。滅び尽くされ僅かに生き残った先史文明人達の取った手段は、限られているが故にシンプルだった。可能な限りの戦力で持って地帯防御戦闘を行い―――時が至らば、決戦存在として作り上げた最後の人造人間達による戦闘を仕掛ける」
そして、それは成功した。
無限とも思えるほどの起動時間を誇っていたガイアも遂に稼動限界を向かえ、コアからずり落ちてきたガイアの聖機師は討たれた。
その犠牲は幾千万とも知れずとも、ガイアの聖機師は死に、ガイアは活動を停止した。
「問題は、活動を停止した、だけであり根本的に破壊する事が出来なかったって事だな。まぁ、どんだけ装甲密度があるのか解らないから、実際、破壊する事なんて不可能なんだろうけど。やむなく、残った数少ない先史文明人たちはガイアを可能な限り解体して、聖機神としての形を保てなくした。そして、やはりどうしても破壊も解体も不可能だった亜法を捕食する機構を有しているガイアの制御ユニットを封印する事にした。ガイアの核ともいうべき部分は生き残ってしまっているが―――なに、体が無ければ自分から動けない。脳、つまり聖機師が存在しなければ動こう何て考えられない。人目につかぬ場所に厳重に仕舞っておけば安全さ―――と、なる筈だったんだけど……」
問題が発生した。
聖機神ガイアを操縦していた聖機師。その人造人間の精神の器が、何処かへ消えていたのだ。
何処へ、何時の間に―――解らないし、そして先史文明は疲弊しきっており、最早それを探す力は残っていなかった。
ガイアはいずれ復活するかもしれない。その不安が残った先史文明人たちに広がる。
中でも取り分けそれに不安を覚えたのは―――ガイアを打倒した人造人間自身だった。
二体で挑み、うち一体は滅ぼされ、一体は異世界へ。
残された一体は、いずれ復活する”かもしれない”ガイアの存在を恐れた。復活したならば自身が打倒しなければならないと信じた。
なぜなら、それがその人造人間の存在理由だからだ。
ガイアを打倒するために作られた人造人間は、その使命に従って、遠大なほどの時間をかける事となる。
全てはガイアを倒すため。
今度こそ完全に、ガイアをこの世から抹消するために。
そのための準備を整える。そのための環境を作り出す。そのための人材を育て上げる。
その果てが―――。
「今のこのジェミナーか。目的のために必要な物以外の全ての可能性以外をそぎ落とされた世界。尤も、所詮は個体を撃破するためだけに生み出された人造人間だ。世界全てをコントロールしようと言うには、随分能力不足だったようだがな」
「ま、人の欲望は飽くなきものってね」
ダグマイアが吐き捨てるように結んだ言葉に、アマギリが肩を竦めて頷いた。
いかに文明の発達を抑えようと、人の上昇志向は止まらない。生活を豊かにしたいと言う気持ちは抑えられない。
領土的野心、闘争本能を抑制しようと思っても、本能であるが故に理性では制御できない。
娯楽に飢え、刹那的な快楽のために千年の平和を脅かす危険を、排除できない。
「だから……この世界って何だか凄く不自然な部分が多いんですか?」
ずっと黙って話を聞いていた剣士が、外の人間であるが故に抱いていた疑問を、アマギリにぶつけた。
アマギリはゆっくりと頷いた。
「そう、抑えて飛び出て、叩いたら跳ね返って、アッチを塞げば今度はこっちからってね。そんな繰り返しをしていくうちに、それが積み重なって色々なルールとして成立してしまったのが今のこのジェミナーって事さ―――まぁ、それで困ってると感じてる人も居ないんだから、良いといえば良かったんだけどね。最近まで、は」
変なトーンで語尾をとぎらせながら、アマギリは言う。
「それなりに、変なバランスを以って成り立っていたジェミナーでありましたが、ここで一番恐れていた事態が発生します。―――そう、ガイアの聖機師の復活です。……この辺、ダグマイア君的にどうなの実際? 心当たりは?」
「叔父上から聞いたのだろう、貴様は」
「あの人自身―――ようするに、ガイアを倒した側の人造人間だけど、あの人は聖機工を生業としている誰かに取り付いて宜しくやってきたって話だったんだけど、ガイアの聖機師の人造人間は、正直どっからでてきたのか良く解らないんだよね。ユライト先生は自分らの父が発掘して見つけたとか言ってたけど」
挑発気味に返した言葉にあっさりと落ち着いた言葉を返されて、一瞬ダグマイアは憮然とした表情を浮かべたが、その後で直ぐに推論を返した。この男を前に愚鈍なように見える態度は取りたくないというのが在るのだろう。
「我がメスト家が古くより聖機工を輩出してきた家系であったのは事実―――だが、今日のような栄光を手にする事が出来たのは、全てがババルン・メスト個人の力によることが大きい。父はその優れた聖機工としての実力と政治的才覚を利用し、前シトレイユ皇に認められ、そして宰相の地位にまで上り詰めた。聖地にガイアがあると言ったのも、そもそもは父が初めか……。その時の叔父上の顔。そうだな、―――そうだ。驚愕していた。あの時は私と同様に、世界を滅ぼすほどの力が聖地にあると言う事実その物に驚愕していたのだと思っていたが……この状況、つまり」
「ババルン・メストがその才気を示し始めたのは幾つくらいの頃からだ?」
「そこまで知るはずが無いだろう。―――しかし、我が祖父が父がまだ十に見たぬ頃に夜盗に襲われ殺されたと言う事実だけは、聞き覚えがある」
「その話は妾も聞いたな。身寄りの無くなったメスト家兄弟を、当時即位したばかりの父王が後見となる事によってメスト家の取り潰しを避けたと言う話だ。そして父はババルンを取り立て―――ババルンが、国を盗った……と、これはどうでも良い話じゃな」
アマギリとダグマイアの何処か棘の満ちた語り合いに、ラシャラが口を挟む。
男二人に睨まれて、一瞬椅子を引きそうになるも、ラシャラは何とか堪えて続けた。
「つまり従兄殿の疑問はこう言う事じゃな。一体何処から”ガイアの聖機師の器”が発見されたのかと。そしてそれがいかにしてババルンの手に渡ったか―――聞く限りは、こうか? 聖機工であったババルンの父が何処かの先史文明の遺跡から―――聖機工であるが故、そういう仕事もしておるじゃろうし―――”器”を発見。それを幼いババルンに移植した?」
「祖父と共に夜盗に殺された人間の中には、父と親しかった結界工房の技師も居たらしい。―――メスト家が、教会とつながりが深かった理由の一端だな」
「ああ、結構些細な事情なんだな。巡り巡れば僕が殺されかかるって事態にまで発展するのに」
「素直に死んでいれば、今ここで頭を悩ます必要も無かったのではないか?」
「キミ程度に殺されてやる謂れは無いね」
お互い皮肉気に唇を歪めながら、間に挟まれれば一般人ならそれだけで惨死しそうな会話の応酬を繰り広げる。
アウラが苦笑して―――苦笑しか反応を浮かべなかったのも流石と言えるが―――口を挟んだ。
「話が逸れてきているぞ。つまり、こう言う事だな。ダグマイアの祖父と一緒に殺されたのがガイアを倒した側の器の前の持ち主。死に際にどうにかしてユライト・メストに器を譲渡したと推測できない事も無い。これで、ユライトはガイアの復活を知る。自身の存在を秘匿しながらババルン―――ガイアの聖機師の動向を傍で監視しつつ、ガイア復活の阻止行動に動く事が可能となる」
「ひょっとしたら、異世界へのアクセスの取り方とかも知ってるのかものあぁ。コレについてはまぁ、向こうの技術力を考えれば向こうの善意で送ってきたって考える方法もあるから、イマイチだけど」
アウラの纏めの言葉についで、アマギリは口元を押さえて考えるように付け足した。
剣士もそれについては曖昧に笑うだけで言葉を濁した。色々と実家に関しては考える事が在るらしい。
アマギリはいち早く過去への飛躍から復帰して、口を開いた。
「さて、そんな訳でババルンがガイア。そしてユライトがアンチガイア―――とでも言うのかな、とにかくそんな関係な訳だ。そしてガイアは今復活しようとしている。ユライトはガイアを破壊したい―――破壊したいけど、彼は現状のままでは復活してしまったらガイアを破壊する手立てが無いと考えている」
「ならば破壊できないのなら復活を阻止するしかないと考える訳だな」
アウラの言葉にアマギリは一つ頷いて続ける。
「そう。それ故の”時間が無い”だ。―――彼にとっては、時間が無いんだ。現状倒せない以上は、復活を阻止して仕切りなおしを図るしかないと考えており、そのためにはもう手段を選んでいられない。自分が知る”最高戦力”をすぐさま復活前のガイアにぶつけようなんて考えにも至るのさ」
剣士を見ながら、アマギリはそう言葉を閉じた。
「―――剣士を渡さなければ、生徒を殺す。昨日の夜、アマギリが言った言葉を、ユライト・メストは否定しなかったわ。全力で、今すぐにガイア復活の阻止に動かないのなら、聖地の学院生達の安全は保障しないって!」
共に、昨晩突然現れたユライトとの邂逅に立ち会ったリチアが、暗い瞳でそう言った。
「敵が居て、それを倒せば―――か。それで解決する問題ではない。お前の言っていた通りか」
何処までもユライトに対して純粋な怒りを滾らせながら、リチアは何度も自身を納得させるように頷きながら言った。
「ガイアを破壊したら、今度はガイアを二度と作らせないように全ての人間を破壊、とか言い出しそうですよね」
「壊れた機械の壊れた命令―――されど、逆らう事は出来ぬ。従兄殿ではなくとも不機嫌になるわ!」
ワウアンリーも、ラシャラも、やり場の無い怒りを抑えようが無かった。
「―――だが、そこまでガイアの破壊を望むなら、何故自分でやらないのだ叔父上は?」
怒りに震える少女たちの中で、立場ゆえか何処か冷めた部分を残していたダグマイアが、そんな言葉を呟いた。
「そういえば……確かに」
ダグマイアの言葉に、アウラが気付いたように相槌を打つ。
そう、ガイアの破壊をしたいのならば、ユライト自身がやれば良い。それが出来る近くに居るのだから。
ガイアの聖機師―――ババルンを、自身の手で。
当然、キサマならそれを聞いたのではないかと尋ねるダグマイアに、アマギリは肩を竦めて応じた。
「自分じゃ出来ないんだとさ」
※ 実際そこのところ原作じゃどうなんですか……。
気付いたらこのマイナーな原作、地味な展開のSSも70万ヒットオーバーとか、何気に凄いですね。
最初辺りからお付き合いくださってる方々には、本当感謝。