―― ちょっとほのぼの分が欠乏してきたので、追加 ――**** 『 目撃者の女性の鼻にも、貴方のように眼鏡の跡があった。 今から寝ようとしていた彼女は、眼鏡を掛けていたでしょうかね? 』「いいぞ!ジジイ!よく気付いた!」 「……ヴィータちゃん、しーっ……」映画館。はやてが、一度は入ってみたかった所の一つだ。1人暮らしが長かったはやては、映画も好きだった。独りきりで過ごす時間を慰めてくれるものは、何でも好きだったのかもしれない。でも、映画館に来たことはなかった。たった一人で、しかも車イスで入る勇気はなかった。レンタルビデオ屋も、そう。宅配レンタルなどというサービスがあることに、はやては何度感謝したことだろう。 『 さっきのヨボヨボ歩きで証明したつもりだろうが、この俺様は騙されんぞ! このっペテン師どもめ! 』「なんだと、このクソオヤジ!! そこに直れ!グラーフアイゼンの錆にしてやる!」 「……ヴィータ、静かにしろ。あるじはやてを辱める気か……」上映しているのは、往年の名作をコメディアレンジしたリメイク。元になった作品が大好きだったはやては、この作品をぜひ大スクリーンで見てみたかったのだ。あゆやヴィータのことを考えれば、テェズカーやイクサー、スタヂオデブリとかのほうがいいかとも思ったのだが、意外やヴィータが大興奮である。最初のほうこそつまらなそうにしてたものの、事態が進展するたびに惹き込まれ、今や立ち上がっていちいち銀幕にツッコむ始末だ。 『 もういい、無罪でいいよ。こんな暑苦しいトコで延々と!俺は飽きた、うんざりだ 』「なんだと、このうすらハゲ!んな、いい加減な理由で鞍替えすんじゃねぇ!!」 「……どっちの味方なのだ、お前は……」 「……びぃーたおねぇちゃんらしいのですよ……」平日の午前中とあって人影は少ないが、だからといって迷惑にならないわけはない。ヴィータが立ち上がるたびに、はやてやヴォルケンリッターが方々に頭を下げていた。はやては少し、嬉しそうだったが。 『 ……無罪だ、無罪だよ。 無……罪だよ 』「認めたくなかったんだな。その気持ちは解かるぞ、おめぇは悪くない。 おめぇのことをとやかく言うヤツが居たら、あたいがぶっとばしてやるからな」満足そうに腕を組むヴィータの前で、初めて映像に屋外の風景が現れる。映し出される、男同士の握手。「よしよし!真実はひとつだ!てめぇら、いいヤツらじゃねぇか」ぱちぱちとスタッフロールに手まで叩き始めたヴィータの左右で、シグナムとシャマルがコメツキバッタのようだ。はやては車イス越しに、あゆを膝の上に乗せたザフィーラも会釈を繰り返す。まばらに居た他の客たちも三々五々立ち上がり劇場を後にするが、その顔に不機嫌さはない。つまらない映画ではなかったが、コメディアレンジが鼻について往年の名作ほどの感動はなかった。それよりも、前寄り隅っこの車イススペースの傍に座っていた少女。三つ編みお下げの女の子が一喜一憂するさまを見ているほうが何倍も面白かった。そのツッコミに笑いを噛み殺すのが大変だった。映画やその関係者だって、あそこまで愉しんでくれれば本望だろう。自分もあんなふうに興奮しながら映画を見ていた頃があったと、思い出した者も居たかもしれない。出口の、ロビーから射す光が、いつもほどには眩しくなかった。今日は、いい一日になりそうだ。****「いやー、映画っておもしれぇな」お子様ランチのチキンライスを頬張りながら、ヴィータは満面の笑顔だ。同じショッピングモールのレストラン街。クリームソーダやお子様ランチの食品サンプルが並んだ、昔ながらの百貨店の食堂を髣髴とさせるレストランである。「また来ような。な?はやて」「あはは、喜んでくれるのは嬉しいんやけどなぁ……」客の入りの少ない作品、時間帯を探すとなると、少々骨が折れるかもしれない。「お前とは二度と来ん」なんだよシグナム、おめぇには言ってねぇよ。とエビフライを丸かじり。「もう少し静かにしてくれれば、いくらでも付き合いますよ。シグナムもね」ナポリタンスパゲッティーを巻くフォークを止めて、シャマル。「えー、だって黙ってらんねぇじゃんか」「お前が応援したところで、映画の結末は変わらんだろう」付け合せのニンジンソテーをあゆに差し出しながら、ザフィーラ。元が狼だから、野菜や穀類は好まない。「……」ハンバーグを頬張っていたヴィータは反論できず、はやてはポップコーンでも与えておけば静かになるだろうか?と考える。しかし、いかにヴィータといえ上映時間中ずっと食べ続けられるはずもないし、ポップコーンを食べる音だって迷惑には違いない。それに、ポップコーンの咀嚼中に大声を出したりしたら大惨事だ。前の席に誰か居たら、目も当てられない。レンタルビデオで納得してくれるやろか。と独り語ちながら、はやては身を乗り出す。「ほら、お弁当つけとるで、ヴィータ」その頬に付いたご飯粒を取ってやる。「……あんがと」「どういたしまして」 「……」はやてに取って欲しいなら、ご飯粒は見えるほうにつけるべきだろう。あゆよ。 ―― ほのぼの分が足りなくて、ついカッとなってやった。後悔はしていない。 ――