―― 以下は、お蔵入りにした別設定を元に無印編「#18 決戦は海の中でなの」を再編した【ルート分岐】です ――****魔法陣の光がその結合を失い魔力素に減成するさまを、こんなに見つめていたのは初めてだった。「あゆちゃん、アリシアのおへやいこっ?」「そうですね」いつまでもこんなところで転移魔法の残滓を見ていても仕方ない。と未練を断ち切り、あゆは嘆息する。「くるまいす、おもくないですか?」「だいじょうぶだよ!」切り捨てたはずの未練が後ろ髪を引いて、思わず振り返るあゆであった。****「さて、ここでいいだろう」シグナムが率いる一行がたどり着いたのは、地球のある世界から程遠い次元空間の一角である。ここなら、たとえ次元震を引き起こしても近隣の各世界に被害が及ばない。「あゆ、来たがっとったな……」ザフィーラに抱きかかえられたはやては、ちょっと嬉しくて、ちょっとさびしい。いつものあゆの指定席を奪っているかと思うと、ちょっと後ろめたい。「あるじはやて、致し方ありません」「はやてちゃんはこれから魔導師になるけれど、あゆちゃんはまだですもの」「ここに居ては危険だ」「あゆもそれは納得したじゃんか」そうなんやけどなぁ……。と、はやて。「その代わりにわたしたちが来たんだよ。ね、はやてちゃん」「うん。この場に立てない……あゆの代わりに」白と黒の魔導師。なのはとフェイトが、はやての前に立つ。一歩下がって付き従っているアルフの、その肩の上にユーノ。『しっかしなぁ……』と、これはヴィータの溜息。『ああ』と応えたのはシグナム。『いくら自分がこの場に立てないからって』とシャマル。『……』ザフィーラは黙して語らない。ヴォルケンリッターの視線の先には、皆の輪から離れて立つプレシア・テスタロッサの姿があった。****「【闇の書】を、解析しただと?」真夜中のリビングである。声が響いた。「ええ、あゆちゃんが【瞳】の構造探査を終えてから、わたしの解析まで時間があったでしょう? その間に、あゆちゃんが【闇の書】の構造探査を進めていたの」そういうことを訊いているのではない!とシグナムは声を荒げた。「落ち着け」「しかしだな、ザフィーラ」と、声も高く振り返ったシグナムは、しかし押し黙る。【闇の書】を抱いたあゆが見つめていたからだ。「わたしは、このほんが わるいものだと おもっていました。 おねぇちゃんを、くるしめるものだと」その表紙の剣十字をなで、同じようにザフィーラの尻尾になでられ、あゆは嬉しそうに口元をほころばせた。「でも、かぞくをくれました。 おねぇちゃんに、わたしに」だから。と、その膝をつねる。「すこしくらいのふじゆうなど、どうでもよかったのです」「ちょっと待て、あゆ。 お前、どこまで麻痺が進んでいるのだ!」もう、あしには かんかくがないのです。と聞いて、シグナムは絶句する。想像以上の進行具合だった。「しゅうしゅうをかいししてから、むしろ すすんでいるようなのです。 まるで、かいすいをのんで、かえって のどがかわいたときのように、まりょくをむさぼられているのです」「あゆちゃん、抵抗しないし」本来、無理やり収奪されるのである。無意識にでも抵抗するものなのだ。「そこに悪意があんだってよ」「悪意だと?」ソファに座ってパイントカップをほじくるヴィータは、シグナムより先に説明されて、同じように反応していた。「【やみのしょ】に、かんせいしようとする がんぼうがあるのは いいのです。 ですが、もちぬしをせかすように、まりょくのしゅうだつを ふやしていっている」「下手すれば、完成前に所有者の命を奪いかねない増分量よ」魔力素を見ることは適わないが、毎日その健康状態を診察しているのである。シャマルにはあゆからどれだけの魔力が失われていっているか、手に取るようにわかっていた。ジュエルシードを用いて回復させてはいるが、絶え間ない魔力の流出入だけで充分身体に悪い。だから、あゆが【闇の書】の解析をしたいと言い出したとき。一も二もなく賛同したのだ。「わかった。話を聞こう」「まず大切なのは、【闇の書】ではなく、【夜天の魔導書】が正しい名前」「なんだとっ!」と驚いたのはシグナムばかりではなかった。ヴィータも、そこまでは聞いてなかったらしい。「……」驚いたなら、声ぐらい出せザフィーラ。「本来は、あるじと共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られたものだった……」しかし。とシャマルは続ける。「【夜天の魔導書】は、一種のデバイス、ストレージでしたから、その時その時のあるじによって改変を受けていたの」それ自体は、ことさら問題でもなかっただろう。伝説級の代物とはいえ、その時代ごとの更新、使い手それぞれに合わせたカスタマイズは要る。なによりそのために管理者権限があった。「最初のきっかけは、復元機能の強化だったらしいわ」持ち歩き、強い魔力に曝されるデバイスには、自動修復・復元機能が欠かせない。自身が魔力素集積体である魔力構造物にとって、過剰な魔力は毒――氷の管に熱湯を通すようなもの――だから。記録の劣化や喪失を防ぐため【夜天の魔導書】にも特に強靭な復元機能があったが、それを極限まで強化しようとした管理者が居たらしい。「なぜ、記録装置である【夜天の魔導書】が、たった666ページしかないのでしょう?」これでは、偉大な魔導師が多く、未洗練だったがゆえにバリエーションの多かった古代なら、20人と逢わないうちに使い切ってしまうわ。とシャマルはヴォルケンリッターの面々を見渡す。「その人は、【夜天の魔導書】の機能を、収集と蓄積で分けてしまったの」蓄積機能を残した本体を安全で安定した次元空間のどこかに隠し、いくらでも再生、複製可能な収集部分を持ち歩いて使い捨てにしていたのだ。収集部分はページが埋まると、収集した魔力と術式を本体に転送。初期状態の新しい本を管理者の手元に作成し、この時点で劣化が始まっているだろう己自身を滅却してしまう。この本は……。とシャマルはあゆの元へ、その膝の上の本の元へ歩み寄る。「【夜天の魔導書】の一部、その影なの。 もしかしたら、そのころから【闇の書】なんて呼ばれだしたのかも」いとおしそうに剣十字をなで、しかし「便宜上、本体のほうを【夜天】、こちらを【闇】と呼びますね」と、複雑そう。「異議アリ!せめて影って呼べ」こちらには視線を向けず、とうとうパイントカップを平らげてしまったヴィータである。「すばらしいごていあん、なのです」「すばらしい……もんか」意に満たぬか顔を背け、ぼそりと呟く。「では、【影の書】と」とシグナムに目顔で確認して、シャマルは続ける。「問題は、この強化された復元機能を、不老不死に利用しようとした使用者が現れたことよ」つまり、己を【影の書】の一部として登録することで、本と共に再生しようとしたのだ。収集した魔力にその間の記憶を差分として乗せ、本の再生のサイクルに合わせて己の肉体をリセットしようと目論んだらしい。「しかし、うまくいかなかった。なのです」「【影の書】の再生能力を甘く見てたんでしょうね。 記憶を取り込む機能こそ盛り込めたものの、【影の書】は所有者を再生することなく滅却、結果所有者を失って彷徨い始めたの」管理者権限の譲渡のないままに所有者を失った【影の書】は、こうして前任者の資質に近い者を探し出して仮の所有者とする遍歴の魔導書となったのだ。――勝手に現れて憑り付き、魔力を収奪する。それを先延ばしにしようとして蒐集した魔力が666ページに達すると所有者を道連れに滅却、自身はいずこかで新生する――【呪いの魔導書】と呼ばれ始めたのはこの頃であろうか。「それでも、何とかしようとした人たちが居たみたいでね……」【影の書】の呪いを何とかすべく、管理者権限へのアクセスを試みた者は数知れない。そのままでは魔力を収奪されきって衰弱死するか、魔力を蒐集して共に滅却されるかしか道がないから当然だが。「ひとつは当然、わたし達」まず、管理者権限のうちからその守護機能の使用権を得ることに成功した。すなわちヴォルケンリッターシステムである。この時期すでに【呪いの魔導書】扱いされていた【影の書】は、それを理由に攻撃されることがあった――所有者の焦りから、強引かつ乱暴な蒐集が増えたせいだろう――。その結果【影の書】なり使用者なりが傷つくと、【影の書】は即座に転生を行ってしまう。それを防ぐために所有者を守護するヴォルケンリッターシステムを、管理者権限なしでも使用できるように切り離したのだ。「もうひとつは、【影の書】そのものの活動抑止」次に成功したのは、猶予期間の設定だった。【影の書】は、転生を実行し次の仮所有者の元に現れた瞬間から容赦ない収奪を行う。そもそも伝説級の代物である【影の書】は、その維持だけでも大量の魔力を必要とするし、蒐集を始めればその保持のために更なる魔力を要求する。ヴォルケンリッターシステムの発動もそれに拍車をかけた。乳飲み子の元に現れたときなど、たった3日で縊り殺すように収奪しきってしまったのである。そこで採られたのが、転生直前に保有した魔力を一部持ち越し、所有者が一定の条件を充たすまで【影の書】が過剰な収奪を行わずように済む措置であった。この時点ではヴォルケンリッターシステムも作動しない。ただ、この対処方法は相当な苦肉の策だったのだろう。【影の書】本体の改変に至らず、鎖状の魔力供給器を付け加える形でしか実現できなかったのだから。こうして採られた改変は、もちろんその時々の所有者が、管理者権限を得られないままにあらゆる手を尽くして、さらには前任者の記憶からその遺志を受け継いで行ってきた呪われた運命への反逆である。もちろん、その所有者たちも転生の輪に轢き潰されて、今は亡い。「けれど、この【影の書】が、【闇の書】【呪いの魔導書】と呼ばれるようになる決定的な事件が、起こってしまった」それはいったい、何人目の所有者だったであろうか。【影の書】のことを知っていたか、前任者たちの記憶を垣間見たか、その所有者は絶望のままに強引な蒐集を行い、転生の直前にテロまがいの暴走をしたのだ。その記憶が染み付いたのか、それともそれがその所有者の行った改変だったのか、【影の書】はそれから、蒐集が終わると同時に集積した魔力を全て破壊に用いる爆発物と化したのである。痕跡から推測したにすぎないけど。とシャマル。「それでは、【影の書】の蒐集が終わっても、あるじはやては……」「治らないわ。それどころか、自爆して最悪犯罪者扱い」なんということだ!と空を打ちつけたシグナムが、それでは足らぬとばかりに己が掌を打つ。「それで、あるじのご就寝時にか」はやてに打ち明けて以来、こうした話し合いは家族全員で行っていた。今や、あるじへの隠し事などほとんどない。なぜ今回こんな深夜にかと、ザフィーラには不審だったのだ。「みんな甘いなぁ」「あるじはやて!」「はやてちゃんっ!?」「宵っ張りのヴィータやあゆがあんな早うに寝よ言ぅた時点で、疑ってください言ぅてるようなもんやで」ジョイスティックを押して、はやてが車イスと共にリビングへ入ってくる。それまでは直接車輪を回していたのだろう。「いつから、なのですか?」「悪意、のところら辺からかな」ほとんど全てである。「春とはいえ真夜中は冷えるなぁ。 シャマル、なんか温かいもんお願いしてええか?」「はい、ただいま」ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに駆け込むシャマルを見送って、はやてがリビングの中央に。「別に怒ぅとるわけやないんや、みずくそぅないかってだけでな。 いまさら、ちっとやそっとのことじゃ動揺もできへん。 うちのことなんやさかい、うちもいれたってぇな」****次元空間に踏み入れた一行に、シャマルからジュエルシードが配られた。今はそれぞれの頭頂部あたりを人工衛星よろしく周回している。次元空間は生命の生存に適さないので、術式を常時発動させて生命維持装置として使用するのだ。魔導師や騎士には不要だが、不慣れなはやてやなのはが居ることを踏まえて、リソースの開放や魔力源としての活用も兼ねていた。もっともフェレット形態のユーノはカウント外で、アルフと共用だったが。「蒐集開始」 ≪ Sammlung ≫あと1個蒐集すれば完成するように調整したのは先ほど、【時の庭園】にて。シャマルが、手元のジュエルシードから魔力を蒐集させて、【闇の書】の666ページがここに埋まる。ばたん。と閉じた【闇の書】が、シャマルの手元から、はやての目前に瞬間移動。 ≪ Guten Morgen, Meister ≫「意外とフレンドリィやね。はい、おはようさん」「はやてちゃんっ!」はいはい。とシャマルをいなし、はやてが手を伸ばす。「我は【影の書】のあるじなり、この手に力を」その手に収まったのか、その手に押しかけたのか。「封印……」ふわりと浮かび上がったはやてを、ヴォルケンリッターが囲む。 「……解放」 ≪ Freilassung ≫その葉間から闇を噴き出し、剣十字を輝かせる。取り巻いた闇がはやてに染みこむたび、その手足が伸び、肉付きを増していく。一気に伸びた髪は、何の対価か色を失った。【闇の書】から逆流してきた魔力が、はやてを強制的に成長させているのだ。その所有者を取り込むプロセスと、これから行使する破壊のための魔力の結実と、管制のための【闇の書の意思】の憑依。それらが渾然となって、戒めめいた衣服をまとうこの姿となる。≪また全てが終わってしまう いったい幾たびこんな悲しみを繰り返せばいいのだろう≫まぶたを閉じたまま流す涙は、何を思ってか、誰を思ってか。≪我は【闇の書】。我が力の全てを、≫ ≪ Diabolic emission ≫開かれた紙面が輝くと、掲げた掌の上に黒い雷を押し込めたような球体が生まれた。≪あるじの願い、そのままに≫しかし、その開いた口が、違う声音をも紡ぐ。「うちはそんなお願いしとらんし、そもそもうちは【闇の書】やのうて【影の書】のあるじやしなぁ」****「はやてちゃんとヴィータちゃん、あゆちゃんには、ミルクたっぷりのカフェオレですよ」「子ども扱いすんな」「そうか、なら私のブラックと替えてやろう」「よけーなお世話だ」カフェオレボウルを避難させるヴィータに、意外としつこく迫るシグナム。実はブラックが苦手なのか、ヴィータをからかうのが楽しいのか、どちらであろう。「そういや、シャマル?」カフェオレを飲み干して、はやて。「なんでしょう?」まずはコーヒーの香りを堪能していた湖の騎士は、そのカップをおろした。「気になっとったんやけど、本体の【夜天の魔導書】はどうなってん?」それなんですけど……。とシャマルがちょっと、遠い目。結論から云うと【夜天の魔導書】は見つからなかった。【影の書】の解析内容から【夜天の魔導書】の空間座標を割り出したシャマルは、そこへ行ってみたのだ。【影の書】の真の管理者権限を得るには、本体たる【夜天の魔導書】にアクセスする必要がある。しかし、結果は前述の通り。その保管場所にこそたどり着けはしたが、【夜天の魔導書】本体を見い出すことはかなわなかったのだ。「そうかぁ、それは残念やったな」「まったくです」本体たる【夜天の魔導書】を確保できない。と云うことは、【影の書】の根本的な修復は不可能ということだから。でも、シャマル。と、空になったカフェオレボウルを渡しながら、はやては小首を傾げて見せた。「なんか、目算はあるんやろ?」「ええ。【影の書】が完成してから暴走を開始するまでに時間があります。そこに、付け入る隙が」****「過去の怨念が残した呪いを、あるじはやての願いと間違うな」≪ヴォルケンリッターシステム。この時点でまみえるのは久しいな≫消された術式に向けていた訝しげな視線を下ろし、【闇の書の意思】が正面のシグナムを懐かしげに見た。「おとなしくしとけよ、いらねぇ手間かけさせんじゃねぇ」右手にヴィータ。≪何をするつもりだ≫「【影の書】の構造解析は終わっています。貴女に施された改変も、修復自体は不可能ではない」左手にシャマル。「……」背後のザフィーラは黙して語らない。ただ、取り出した本をシャマルに手渡した。「ですが、一時的な修復で【影の書】を復活させても意味はありません」だからやな?と、【闇の書の意思】の声で関西弁。「わずかに調べえた【夜天の魔導書】の片鱗と、【影の書】の解析結果から、新たな魔導書を作る」シャマルから手渡された本を、シグナムが掲げる。ジュエルシードの無尽蔵な魔力と遺失術式から作られた真新しい本。装丁は【闇の書】と同じ、しかしその色は払い清めた掃天のごとく、蒼い。「【蒼天の魔導書】、一代かぎり、あるじはやてのためだけの魔導書になるのだ」突きつけられた蒼い本にたじろぎながら、しかし【闇の書の意思】はひれ伏さない。≪我を改変しようとすれば、自動防御プログラムが作動する≫「貴女のマスターは今はうちや、マスターの言うことはちゃんと聞かなあかん」あるじ……。と、同じ口から紡がれる反論は力ない。「名前をあげる。 新しい姿になる貴女に、もう【闇の書】とか【呪いの魔導書】なんて言わせへん。うちが呼ばせへん」さあ、本を重ねろ。とシグナムが突きつけてくる。「夜天が迎える朝の、蒼天のあるじの名に於いて、汝に新たな名を贈る」それぞれにジュエルシードを従えたシャマルとヴィータが、その上に手を置いた。 「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」 ≪ ……bekehren…… ≫12個のジュエルシードが唱和すると、それはまるで賛美歌。共鳴して響く波動は澄んで、鈴の音を光に変えたかのよう。≪新躯体へのシステム移行完了。新名称リインフォースを認識、管理者権限の使用が可能になります≫ですが……。と声が続く。≪旧躯体の自動防御プログラムが止まりません≫「まあ、なんとかしよ。 そのための助っ人さんやしな」視線の向こうに、白と黒と紫の魔導師と、使い魔の姿。「行こか、リインフォース」≪はい。我があるじ≫【蒼天の魔導書】が放った光に、【影の書】――いや、正常部分のデータコンバートによって改変部分だけ残されたそれを、敢えて【闇の書】と呼ぼう――が弾き飛ばされた。≪分離の直前に、旧躯体の防衛プログラムの進行に割り込みをかけました。数分程度ですが暴走開始の遅延が見込めます≫「それだけあったら、充分や」【闇の書】の影響下から抜けて、成長していたはやての体が元に戻る。放出された余剰な魔力をあゆが見ていたならば、後光のようだと評しただろう。「リインフォース、うちの杖と甲冑を」≪はい≫嬉しそうに蒼い本の剣十字がきらめきを返すと、編みこむようにはやての身体を光が覆う。黒地に黄色い縁取りの騎士甲冑と、剣十字の長大な杖。「蒼天の光よ、我が手に集え。 祝福の風、リインフォース、セーットアップ!」放たれた光がはやてに降り積もると、白い帽子にジャケット、夜明け色のサーコートに玄き6枚羽根をまとう蒼天のあるじの姿があらわれた。「今はまだ夜明け前やから、この色やけど」右手に杖、左手に魔導書。従うはその雲たち。「我ら、蒼天のあるじの下に集いし騎士」烈火の将、シグナムがレヴァンティンを鞘から抜いた。「あるじある限り、我らの魂尽きる事なし」12個のジュエルシードを引き連れ、湖の騎士シャマルは静かに口上を述べる。「この身に命ある限り、我らは御身の下にあり」こぶしを固め、盾の守護獣ザフィーラはあるじの前へと。「我らがあるじ、蒼天の王、八神はやての名の下に」紅の鉄騎ヴィータは、グラーフアイゼンを足元に突いた。「【闇の書】の呪われた歴史、いま終わりにしたる」しかし、はやてが剣十字の杖を突きつけた先に現れたのは空間モニターで、 『 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。 こんなところで何をしている。話を訊かせてもらうぞ 』時空管理局の次元空間航行艦船の艦影だった。しかし、クロノの写し絵に立ち塞がるように、さらに空間モニターが立ち上がる。 『 クロノ……か、大きくなったな 』 『 ?……っ! 』 『 あなたっ! クライド…さん 』一瞬認識が追い付かなかったクロノの背後からリンディが叫んだように、空間モニターの中にはクライド・ハラオウンその人の姿があった。 『 リンディ、変わらないな君は 』 『 …… 』リンディにとっては11年振りの、二度とありえないはずの逢瀬である。こみ上げるものが、言葉にならない。さて、さきほど【夜天の魔導書】は見つからなかった。と語ったが、それは言葉のあやである。正しくは「【夜天の魔導書】は【夜天の魔導書庫】と呼ぶべき規模で現存。しかしながらその中枢にはたどり着けなかった」であったから。――魔導書庫という言い回しから想起できるように、【夜天の魔導書】は無限書庫の一種だった。蒐集した情報量に応じてその占有地を拡大していく、空間圧縮結界型のロストロギアである――予想に反して健在であった【夜天の魔導書庫】には、しかし、問題が生じていた。【闇の書】からの魔力供給が滞ったためだろう。追架、加棚、増床などの設備拡幅機能が停止していたのだ。結果として、棚といわず通路といわず蒐集した魔力と情報が書籍の形で詰まっていて、足の踏み場はおろか、フェレットの仔一匹入る隙間も無い状態であった。遺跡探索のエキスパートたるスクライア一族の少年をして、「中枢部への最短発掘ルート開拓ですら、十年単位の作業が要る」と言わしめる規模と密度で。 『 2人とも元気そうで何よりだ 』 二重の画面越しに詰め寄る妻子を、クライド・ハラオウンは身振りで押しとどめる。 『 積もる話は後でじっくりとしよう 』不幸中の幸い――ある意味当然であったが――と云うか、【夜天の魔導書庫】入口の最も新しい一冊には、11年前の経緯を知悉した時空管理局の職員が蒐集されていた。事情聴取の対象者として、アドバイザーとして、【闇の書】を葬るにあたっての立会人として、ジュエルシードによる人格エミュレーションを施されたのは当然の帰結であっただろう。 『 緊急事態につき、貴艦の協りょ……、即時総員退艦を要請する 』協力と言いかけたのを訂正したのは、その間に事情が変わってしまったからだ。この後、【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】の開発とその実体化が成功するまでに十数年を要したが、クライド・ハラオウンはその家族の元へと帰還した。 【#19 夜の終わり、旅の終わり】に(一応)つづく【夜天の魔導書庫】というアイデアは初期からあったのですが、それを全てはやてが受け継ぐと魔導士ランクがとてつもないことになりますし、結果【闇の書の闇】すら制御できるようになるとフルボッコシーンも不要になります。当然としてクロノ達の出番もなくなりStSへの繋ぎが一切なくなるのでお蔵入りでした。一方、七夕をお題にネタ出ししようとして、真っ先に浮かんだのはリンディ・クライド夫妻をなんとかして再会させられないか?という願いでした。そんなこんなで劇場版A'sのDVDを何度も観ている(通天閣が本編にも出てるかどうか確認のため)うちに、当作のPSPゲームに対するオリジナル解釈と組み合わせたら「クライド復活できんじゃね?」と気づきました。そこで、大勢に影響のない範囲で18話の修正に挑戦。11年振りの2人の逢瀬を演出してみました。ただし正式に入れ替えると初見の方に不親切なので、クリア後に解禁されるルート分岐扱いで別添えすることに。お好みでどうぞ。****おまけ――【 新暦69年/地球暦7月 】――「さ~さ~のは~、さ~らさら~」近年では、笹を飾る家庭は珍しいだろう。「の~きば~に、ゆ~れ~る」しかしながら、八神家では最近、こうした年中行事が大切にされている。「お~ほしさ~ま~、き~らきら~」七夕のこの日も、願い事の書かれた短冊が笹の葉と共に揺れていた。「き~ん~ぎ~ん~、す~なご~」「あゆは願い事、書かんかったんか?」吊るされたばかりの黒い短冊を手に取って、はやては小首を傾げる。伝統に則って緑・紅・黄・白・黒の短冊を用意したので、筆ペンも黒・白・赤と揃えてあった。なのに、黒い短冊には黒の筆ペンで書いた痕跡すらない。「ちゃんと、かきました。なのです」つまり【魔力素で】と云うことだろう。「お姉ちゃんに隠し事とか、ほんまにあゆは悪い子や」反抗期やろか?と、そのぷにぷにのほっぺを突くが、双方ともに笑顔。――あゆが短冊に込めたのは【願い】というより【誓い】だったので、実際には本当に何も書いてないのだが――まあ、筆を動かしはしたので、エアー筆と呼べないこともなかろう。さて、環境問題などに厳しい昨今、川などに笹や短冊を流すのは難しい。なので、「かーとりっじろーど、なのです」しばらくの間、あゆの使うしおりカートリッジは【アイスクリーム腹いっぱい】とか【一意専心】などと書かれた五色の短冊や、押し花めいて乾燥させた笹の葉そのものになるのであった。 おしまい