リビングのテーブルの上に、本日の成果が15個、浮いている。魔力探査にほとんど反応しない【瞳】だが、次元震の時点から監視していたから追跡できた。なにより、大気圏突入時の物体は盛大にプラズマを曳いてネオンサインも同然だ。その軌道を記録していたシャマルにとって、その落下地点を算出することなど朝飯前だっただろう。そうして今日、留守居のザフィーラを除くヴォルケンリッターが回収してきたのだ。例の魔導師のことがあるので、封印以外の魔法行使は禁止。その封印魔法も充分な周囲確認の上で慎重に実行。と条件付きでの確保作業だったが、その程度の枷でコトを仕損じるヴォルケンリッターではない。近場はヴィータ。遠方はシグナムが担当。もっとも困難と予測された海中の6個は、隠蔽しながらの探索魔法行使を視野に入れてシャマルが赴いた。結局のところ魔法を使うまでもなく見つかったらしいが、海流など現地の情報での修正が必要で、シャマルの派遣は結果的に正解だったようだ。本人に言わせれば、むしろ苦労したのは「再現されている自発呼吸のために、気を抜くと肺で海水を飲んでしまう」ことだったらしい。プログラム体だから問題はないのだろうが、だからといって気持ちがいいものでもなかろう。余談だが、本日の夕食には新鮮な海の幸が並んだ。今が秋だったら、山の幸も加わっていたことだろう。明日のおやつはヴィータがゲートボールチームの監督に貰ったクッキー詰め合わせと決まっていて、シグナムが少し悔しそうであった。余談が、過ぎた。はやてが寝入ったのを見計らってリビングに集合したのは、ヴォルケンリッター+1である。いや、あゆは元々寝ていなかっただけで、特に招かれたわけではない。不用意にはやてに話さないよう約束させられたうえで、同席を許されただけだ。あるじに聞かせられない相談になるかもしれなかった。浮いていた18個の【瞳】を、シャマルがクラールヴィントに格納する。昨夜に3個、本日が15個。残りは3個で、内ひとつは確保されてしまったはず。今日は回収を見送った、残り2個の【瞳】をどうするか、その作戦会議だ。ひとつは警戒厳重そうな屋敷の敷地内にあり、魔法行使なしでは侵入が難しかった。もうひとつは例の魔導師の近くにあって、覚られずに封印魔法を展開するのは難しい。そこでシャマルを伴った複数人数で夜間に赴き、探知妨害魔法と変身魔法の支援の元で回収すると決まりかけたその時だ。「【瞳】が暴走してる!?」単なる魔力の波動を、その発生源の位置から推測して、シャマル。「どちらだ?」シグナムの問いが終わるより早く、クラールヴィントが展開していた。「魔導師近くのほうね」「よりによって、そっちかよ」舌打ちしたヴィータはしかし、こぶしを掌に打ちつける。気合充分だ。「あるいみ、じゅんとうかも しれません」そのまどうしが、へたをうったのでは?と、水を向けられて「ありうるな」とザフィーラが応える。「どうすんだよ? シグナム」「出るぞ。状況を見て、可能なら奪取。 ただし、あるじはやてのご意向だ、例の魔導師はもちろんその他一切に傷ひとつつけるな」打てば響くように、即断。「シャマル、妨害・支援は打ち合わせどおりに。場合によっては、幻術で相手を出し抜くぞ」「はい」若草色の騎士服をひるがえして、シャマルがいくつかの魔法陣を展開した。「ザフィーラ、留守を頼む」「心得た」狼形態のままでザフィーラは、テラスを見渡せる位置へ移動する。「ヴィータ、先鋒は任せる。おそらく、暴走した魔力を叩きのめす必要があるぞ」「任せとけ」シャマルの目配せを確認したヴィータも、その紅い騎士服を展開。ノロイウサギの位置が気になるのか、帽子を直している。はやてがデザインしてくれた騎士服、ヴィータがまとうのはこれが初めてだ。「あゆ、行ってくる」「ごぶうんを、なのです」最後にシグナムが騎士服をまとった途端、足元に展開した緑色の魔法陣が3人の人影を消し去った。****「まどうしと、しゅごじゅう。なのですか?」「ああ。 白い騎士甲冑……ではなくてバリアジャケットと呼ぶのだったかな、女の子の魔導師と……守護獣ではなくて使い魔だな、イタチの」ベルカ式とミッド式での呼び方の違いを訂正しながら、シグナムが新しく手に入れた【瞳】を取り出す。「あの子、すごい魔力資質だったわ」まだ全然戦いなれてないようだったけど。と、シャマルはそれをクラールヴィントへ格納した。「【瞳】がヘンな黒い影になってやがって、攻撃されたそいつら、逃げ出しやがったんだ」冷凍庫から出してきたパイントカップに直接スプーンを刺して、ヴィータがアイスを頬張る。こんな夜中にこんな行儀悪さで食べたと知れば、はやてといえど叱るだろうに、紅の鉄騎は聞く耳を持たない。「その隙に黒い影へヴィータちゃんが一撃、怯んだところでシグナムが封印したの」「向こうは、せいぜいこちらの後ろ姿しか見ていまい。それも、シャマルの変身魔法で偽装した。な」「みごとなてぎわ なのです」ぱちぱちと手まで叩いたあゆの称讃に、「たりめーだ、あたいらを誰だと思ってんだ」とヴィータが胸を張る。「1たい1なら まけなしの、べるかのきし。なのです」「解かってんじゃねぇか」「それでも、しょうさんすべきは きちんとしょうさんせねば。 びぃーたおねぇちゃんは、すごいのですから」ぱちぱちと手を叩きつづけるあゆに照れたのか、ヴィータがそっぽを向いた。動きの止まったスプーンにかじりついたあゆが、もごもごとバニラアイスを強奪する。「ああ!お前あんだけ人に、怒られるぞって言っときながら」「あいす、うまー。なのです。 あした、いっしょに おねぇちゃんにしかられましょう」「あら、それならわたしにも一口くださいな」差し出されたスプーンから直接アイスを頬張り、シャマルが「そういえば……」と思案顔。「あのイタチの使い魔が、これのことをジュエルシードと呼んでたみたいなんだけど?」「【じゅえるしーど】?」ええ。と頷くシャマルの背後を、パイントカップを抱えたヴィータが歩いていく。「それが正式名称なら、今後そちらを使うか?」言いながらザフィーラの視線は、ヴィータを追っている。そのヴィータはというとスプーンを突き出して、「喰え!喰ってシグナムもはやてに叱られようぜ」と烈火の将に迫っていた。「たいがいてきには、そうすべきなのです。 しかし、みうちでは いままでどおりでよいのでは?」答えようと開いたその口にスプーンを突きこまれたシグナムに代わって、あゆが発言する。それでいいだろう。と追認したシグナムが、不本意そうにアイスを咀嚼。「ザフィーラぁ……」「我は遠慮する。 4人揃ってそんな下らない理由であるじに叱責されては、ヴォルケンリッターの名折れだ」ずりぃぞ♪と、妙に嬉しそうにヴィータが迫ると、「我の関知することではない」と蒼い狼が逃げる。「待て!ザッフィー」「断る」どたばたと加速する追いかけっこに、こんなことではやてを起こすわけにはいかない。と、シャマルがこっそり封鎖領域を張った。「もうひとつの【瞳】の回収は、明晩とするか」今からもう1ヶ所への遠征は無理と判断して、シグナムが溜息混じりにリビングをあとにする。「ざふぃーらにぃさま、いっしょにしかられましょう♪なのです」あゆまで参戦しては、さすがの盾の守護獣もいつまで守りとおせることか。****翌日、はやてに叱られるヴォルケンリッター+1の姿があった。リビングに正座、一列である。「うち一人だけ、のけもんにしてからに。みんなのいけず」少し、違ったようだ。