――【 新暦79年/地球暦4月 】――「覇王っ」突き出した拳面と同時。踏みおろした脚が反発力を生んで体内の魔力を押し出す。「断空拳!」……筈であった。おとなしく蹴りつけられる定めであった地面が、ほよんと彼女の脚を受け止めなければ。「フローターフィールド!?」三重に展開した青鈍色の足場は、それを踏みつけた足の裏よりも小さい。行き足を引いて構えなおしたのは、年の頃、10代後半の少女。格闘には向かないタイトミニと生地の薄そうなオーバーニーは、つまりそれが魔力構成された防護服であろうことを教えてくれる。淡く薄い、透けそうな緑色の頭髪は夏虫色で、流麗にその輪郭を縁取っていた。残念なことにバイザーが覆っていて、その目元は見えない。「3て まえの【ばっくぶろー】が、あごをかすってました。 そこまで、なのです」どさりと倒れた対戦相手の向こうに、小さな人影。何気ないそぶりで歩み寄ってきて、街灯の明かりの中に。背丈は、おそらく変身前の彼女よりも低い。水色のコートタイプの白衣に、ランタンめいた杖頭のデバイス。珍しい書籍型のデバイスが目を惹いた。「もしかして……」バックステップで少し、距離をとる。「【青い白衣の少女】ですか?」少女と呼ぶには胸部装甲がけしからんことこの上ないが、あやかって格好をまねているだけのようには感じられなかったようだ。なにより、あの都市伝説は10年前の実話だというし、それでこの容姿というなら、むしろ理解できなくもない。……のか?「瀕死の重傷を負った管理局員を瞬時に癒し、テロリスト1小隊を纖滅したという?」噂に、尾ヒレが付きまくりである。生まれ故郷に帰ってきた鮭もびっくりだ。はぁ……。と、あゆの溜息は重い。なぜかこの手のエピソードは、子情報、孫情報になるにつれて大げさに、ありえなく誇張されていく。いつのまにか憶測や創作を捕り込んで、「伝説の3提督を救った」などと時系列を無視したニセ情報が大手を振ってまかり通っていたりする。検索エンジンにかからないようなサイトは特に酷い。裏情報だと思われがちで、変な信憑性を持つから始末に負えなかった。「かすりきずをおった【でばいす】を しゅうりしながら、3にんほどの いほうまどうしの こうげきをしのいだ。だけなのです」「つまり、本物ということですね?」少女は構えを改める。彼女の対戦相手の頭の下にあったのは、先ほどと同じ小さな足場形成魔法だ。倒れた時に頭を打たないようにと、目の前の少女が展開したのだろう。ゆっくりと間隔を狭めながら、やさしく消えていった。「貴女、強い人ですね?」身ごなしを見る限り、体術はそれほどでもない。しかし、状況に合わせて必要最低限度のフローターフィールドを作る腕前と、彼女の対戦相手の状態を把握していた冷徹さ。なにより、行き足を殺すだけで技を止められると見破った眼力。「カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルドが挑むに不足なし。 防護服と武装をお願いします」「いやです」即答したあゆがしゃがみこんで、倒れた男性の首筋に手を当てた。ヘルスメーターを使うまでもあるまい、ただの脳震盪のようだ。動かなければすぐ回復するだろう。『むりに うごこうとしては いけませんよ』と肉声と念話、さらには空間モニターでのテキスト表示で声をかけていたあゆが、S2Uを横倒しにして体に引きつけた。そのランタンめいた杖頭と石突きに阻まれて、リングバインドが押し止められる。「やりますね」避ける、破るではなくて、デバイスを支点に魔力で止めるとは。おそらく、最も効率的なバインドの無効化だろう。「やはり、挑むに値します」素直にバインドを受けていれば戦うまでもないと認めてくれたであろうに、つい抵抗してしまった。失敗したかと観念して立ち上がったあゆが、騎士服姿に。なんでこう、拳を交えないと話を聴いてくれない人たちばかりなのかと溜息を漏らす。「【くろーずど こんばっと】は、にがてなのです」あゆが暗殺者候補として武術を仕込まれたのは、ほんの5年ほど。基礎すら積み終わってない年数。もう成長は望めないだろうと、それ以上の研鑽を諦めたのは5年前。「よわかったからといって、もんくはなし。なのですよ?」巻き込まないように、倒れた男性から距離をとる。「お好きな間合いで構いません」そう言われても、すでに射砲撃戦ができるような距離ではないし、そもそも飛びぬけた資質を持たないあゆに、得意なレンジなどない。守るだけでいいなら遠距離が一番楽ではあるが、裏通りとはいえ街中で、障害物が多すぎる。今から引き離せるほどの速度での機動は、あゆには無理だ。無言でS2Uを構えたあゆを見て取って、イングヴァルドの重心がわずかに上がる。「行きます」と、言い終わる前に、その肘が目の前にあった。S2Uを添えて流しつつ、膝から落ちて転がる。「【かっぽ】とは、おそろしい」活歩は、脚を動かさずに距離をつめる歩法だ。魔法ではないから魔力素の流動も最小限。バイザーで視線を読むこともできず、あゆでは初動を掴むことすら難しい。「行く」とイングヴァルドが宣言しなければ、肘に魔力が籠められてなければ、今の一撃で終わっていただろう。視覚で捉えられないとなれば、あゆはそのレアスキルに頼るしかない。対戦相手体内の、支配の及ばない魔力素を闇と観て、じかに感じるしか追いつく方法がなかった。中途半端な距離に居ては不利この上ない。だからと云って、「そこで間合いを詰めてみせますか」転がっているのでは?と思わせるほど低い姿勢で駆け寄って、懐に入り込もうとするとは。イングヴァルドにしてみれば、相手の魂胆は見え見えだ。リーチに差があるのを逆用して、張り付くことでこちらの打撃力を削ごうというのだろう。迎え撃ったローキックは、速度が乗る前に蹴り足に乗られ。打ち下ろした拳は、地に這うようにして打点をずらされた。追いかけるようにしゃがみこんで地面を薙ぎ払った蹴りは、デバイスを突いて宙でやり過ごし、流れのままに連環で放ったバックブローは髪の毛を掠めるのみ。イングヴァルドが蹴り払ったデバイスの反動を梃子に使い、また地面に伏せたのだろう。一方あゆは、まともに相手する気はない。時間を稼ぎさえすれば人目についてお開きになるだろうと、避けることに専念している。しかし、その血に眠る覇王の戦闘経験がイングヴァルドには有った。リーチ差を逆用した密着戦術に途惑うのも、数合まで。低い姿勢のまま体重移動だけのショルダーチャージ、立て膝を倒し込むような膝蹴り、内腕刀と、即座に対応する。「?」内腕刀の手応えに不審を覚えたイングヴァルドが見たのは、青鈍色の螺旋だった。「魔力鎖?」あゆの四肢に巻きついた魔力のチェーンが高速で渦巻いて、イングヴァルドの攻撃を逸らしたらしい。「ちぇーんめいる。なのです」魔力量に欠けるあゆは、魔力消費の少ない術式による様々な代用案を模索している。本来はバインドに使う魔力鎖を防御に使うのも、そのひとつ。もちろん直接の防御力は皆無に近いが、回転させることで攻撃をいなし易くするのだ。「みたからには、3か いないに かいせきして5にんに みせなければなりません」刈り込むような振り突きを、チェーンを使った信地旋回で受け流すあゆ。さすがに人間の動きではないから、イングヴァルドも対応しきれない。「さもないと、【ぼう】に おそわれますよ」「えっ?」躱された右拳を引き戻しつつ手刀に変える。が、鋭さが足りなかったのだろう。チェーンを使うまでもなく避けられた。「もちろん、じょうだんなのです」電子メール全盛の昨今、書き損じで【不幸の手紙】が【棒の手紙】に化けることはあるまい。もちろん、化けたところで【棒】に襲われたりはしないだろうが。「……」低い姿勢では、体格に優る方が不利だ。ならば自分の得意な体勢で。相手を、そこから引き剥がして。足先から力を練り上げつつ、拳で突き上げるようにイングヴァルドが立ち上がる。「覇王流飛翔拳」放たれた魔法弾が、イングヴァルドの足元に殺到した。そこから逃れるには、「覇王っ」彼女の至近、ほぼ密着のゼロ距離しかない。「断空拳!」内懐に入ったところを待ち構えている。それは当然、あゆも読んでいた。掲げた【碧海の図説書】は、アームドデバイスだ。守りに徹すれば姉たちの攻撃すら一撃は耐える。だから、読み違えたのは対戦相手の力量だ。「えっ!?」打ち下ろされた手刀が、無防備な背中を捕らえた。途惑いの声は、さて、どちらのものだっただろう?熟達した格闘家は、間合いに応じて攻撃を使い分ける。至近距離なら、肩や背中での体当たりや頭突き、肘や膝を使うだろう。逆に、真の達人は間合いも状況も体勢もお構いなしに、磨きぬいた技ひとつで勝利をもぎ取ってしまう。かつて対戦した時、トーレはこの距離で蹴り上げてきた。極めれば「半歩崩拳、あまねく天下を打つ」のである。自分の間合いに引き摺り込むために強引な射撃魔法を使う相手を、あゆはトーレほどには評価しない。体格差がある上、ほとんど密着したこの状況からならほぼ肘が来ると、そう踏んだのだ。しかしイングヴァルドは、覇王断空拳を直打と打ち下ろしでしか撃てなかった。結果、背中をしたたかに打ち据えられたあゆはそのまま地面に叩きつけられ、脳を揺すぶられて意識を手放したのである。陸戦魔導師のバリアジャケットは、重力加速度への対処が弱い。もともと薄いあゆの騎士服では言わずもがな。「うそっ!?」思わず武装形態を解いてしまったその姿は、おそらく10歳前後の女の子だろう。今の頭の打ち方は拙い。人間は、20センチの高さからでも脳挫傷を起こしうる。防護服がいくらかやわらげただろうとはいえ、とても放っては置けない勢いだった。早く病院に。だが、伸ばした手を、弾かれた。「何?」あゆの手から離れた魔導書から飛び出してきたのは、正方形の紙片。それが4枚。山折り、谷折り、中割折りと姿を変えていくが、第97管理外世界を知らない彼女は、もちろん折り紙も知らないだろう。「鳥……さん?」やがて、羽根開いたのは、折鶴だ。少女の眼前、倒れたあゆの背中を守るように宙に浮いている。あゆの右手の先には蛇。左手の先には猫が居て、足元には亀が居た。三角錐を形作って、あゆを囲っているのは【ガーディアン カートリッジ】だ。エスタを【碧海の図説書】から切り離したのちに護身用に作り上げた個人装備で、なのはのブラスタービットを参考にした遠隔操作機の一種である。それぞれに名前もついているが、それを知るあゆの意識は無い。いざという時にあゆの身を守るように、プログラミングされていた。なのはのようには大魔力を制御できないあゆがそれぞれに機能を限定し、カートリッジと一体化することで省力化されていて、術者の意識がなくても稼動可能だ。「あの……?」一方で判断力などには長けておらず、今はむしろ救けようと伸ばしたイングヴァルドの手を撥ね退ける始末だが。再武装して強引に攫おうかと身構えたイングヴァルドだったが、背後に呻き声を聞いて思いとどまる。彼女の最初の対戦相手が回復したらしい。「ごめんなさい」その姿を見られるわけに行かない少女は、後ろ髪を引かれつつもその場を離れた。あゆを無理やり病院に運ぼうとしなくて正解である。主人を守りきれないと判断したら、折り紙の守り神たちは自爆したであろうから。 おわりあゆの裏技第3弾。これでしばらくは投稿終了です。ネタとして投稿済みのIFカートリッジを除けば、奇天烈カートリッジ(←気に入ったらしい)の代表格としてお蔵入りするはずだった【ガーディアン カートリッジ】です。使い魔があるんだから式神もOKじゃないかと考えるだけ考えていたら、ゴーレム創成なんて出てきて躊躇う必要がなくなったり(苦笑)完全にネタ扱いするなら、三つのしもべにするところです(笑)なお、チェーンバインドを防御に使うアイデアは元々チンク戦に使うつもりでした。しかしこれは、チェーンバインドの鎧→チェインメイル→チェーンメール→不幸の手紙→棒の手紙とつなげる、ギャグとワンセットでした。さすがにチンク相手にあんな軽口叩けないので止めることに。さてvivid連載終了までは、覇王や冥王の扱いを決めるつもりはないのですが、まあこうした邂逅はありえただろうということで暫定的ながらアインハルトに登場いただきました。色々とパワーアップ(ネタは除く)しているあゆなんですが、どれだけ努力しても原作前線メンバーほどは強くなれないということを示すのにちょうどいいレベルとタイミングのキャラクターだったんですね。ちなみに、コンプエースを毎号買える様な状況ではないので、2巻の引きで旋衝破を射撃魔法だと思ってました。3巻で反射技だと判明したので射撃魔法ナシに修正しようとしたのですが、アインハルトが空破弾(一文字違うケド)を使ったので、あやかって射撃魔法を飛翔拳にすることにしました。……と云うワケで、活歩は斬影拳で脳内補完推奨です(嘘)おまけ【ネタ】「めがあた~っく!ごーごーごー!なのです」「ん?なんだ?どうした、あゆ」「いえ、なんでもありませんなのです。ざふぃーらにいさま」強さの比率が、おんなじくらいかもしんない。夜の散歩の時のオチ候補。この話の微妙なネタ化に伴って発掘(苦笑)