――【 新暦79年/地球暦3月 】――「おのれっ塵芥!いずこへ逃げくさった!」偽りの虚空の中心で、フローライトグリーンの連星が苛烈に瞬いた。周囲を見渡すたび揺れる頭髪がうずら卵のような鳥の子色でなければ、八神特別捜査官の幼き頃かと勘違いした者も……居ないか。性格補正中の、この口の利き方では。騎士甲冑の色合いも異なる。夜明け間近の射干玉に、暁の赤光を加えて、古式に濃二藍と云う。その赤みの強い紫とブルーグレィで染め分けられた騎士甲冑姿は荘厳で、まさしく【闇統べる王】「玉前から許しもなく退去しおって、無礼者がっ!」帽子があれば、足元に叩きつけたかもしれない。まさかそれを見越して、騎士甲冑を帽子抜きにしたわけではあるまいが。「我が手を煩わ……ぬわっ!」対戦相手を探すまでもなかった。探査スフィアを生成しようとした八神しなとを背後から、多量の砂塵が襲ったのである。**「♪す~なの~、あ~らっしに~、けっずっら~れた~」偏向擬似質量で核融合を実現してみせたあゆにとって、シミュレート空間内で化学反応を再現するのは簡単なことだった。伏せた漏斗状の魔力ケージ内を駆け上がる砂の姿に、思わず再放送中のアニメの主題歌を口ずさんでしまうほどに。「♪ぱずすのとう~に、すんでいる~」シミュレート空間内であゆが降り立ったのは、月である。他でもないこの地球の衛星、月だ。あゆが目をつけたのは、その土壌に大量に含まれているケイ酸塩鉱物であった。偏向擬似質量の儀式魔法を触媒代わりに、あゆはケイ酸塩鉱物を還元。そうして得たケイ素と酸素だけを再び酸化させて、その燃焼力をもって噴出させていたのだ。月の土を推進剤にして飛ぶ宇宙船を【ムーンブラスト方式】と呼ぶ。また、砂の粒を高圧で吹き付けて金属などを切断・加工する技術を【サンドブラスト】と呼ぶ。今は手加減しているが、その気になれば地球くらいは両断できる局地戦用射出型切断術式【ムーンブラスト・ザンバー】である。【サンライト・ブレイカー】があって、【シュバルツシルト・エミッション】があるのだから、フェイトに因んだ魔法もあるだろうと気付いたのは、ラヴェル・テスタロッサだ。――実のところあゆは、ラヴェルにちょっと甘い。モデルとなった執務官同様に言葉数が少なく引っ込み思案な【雷刃の襲撃者】は、そういう意味で最もあゆの手を焼かせた【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】であった。本人自身にやる気はあるが、積極性に欠ける。ラヴェルには、フェイトにとってのアルフのような存在が居なかった。そう鑑みてあゆは、請われるままに模擬戦のマッチングや術式改良のアドバイスなどをしていたのである――そのラヴェルに懇願されて、こうして披露する羽目になったのだ。そうでなければ、術式を見せることも模擬戦形式にすることもしなかったであろう。「どうせなら模擬戦で」と言い出したのは、モデルとなった教導官そっくりな【星光の殲滅者】こと高町さいせであったが、結局指名されたのは見てのとおり八神しなとである。もちろんあゆに、この術式を実用化する気はない。月が無くては使えないし、大気が邪魔で実際には地球両断など不可能事だからだ。「♪まきゅうのへいわをまもるため~、3つのしもべにめいれいだ~」ちなみに3つとは、3体とか3個とか3人とか云った個数をあらわす助数詞ではない。発音記号の位置が違ったようだし。『見つけたぞ小虫めがっ!』あゆの傍に、空間モニター。見つけるもなにも、【ムーンブラスト・ザンバー】は直射しか出来ない。『塵芥らしい、泥臭い魔法よな』「つきにたよって、ざんげきよ。なのです」シールドを張っていることをモニター越しに確認して、あゆはムーンブラストの密度を上げた。八神しなとの防御力は良く知っているので、シールドから手が離せなくなるように仕向ける。さらにはシリンダーケージを小さく振って、ムーンブラストを散らす。【ムーンブラスト・ザンバー】の数少ない長所は、真空中なら射程距離がほぼ無限であることと、散布界がやたらと広いことだ。『……うぬっ』全力で防がないと吹っ飛ばされる。ランダムに射線が変更されるので、多少回避した程度ではおちおち術式も編んでいられない。『おのれ、いつまでこんな下らぬ嫌がらせを!』いつまで?もちろん、月が無くなるまでである。【ムーンブラスト】を直訳すれば「月爆破」であるから当然か。 おわりあゆの裏技「番外」篇。その第2弾です。やはりIF扱い、ネタ扱いで。スターライトブレイカーと太陽、デアボリックエミッションとブラックホールと来れば、最後はジェットザンバーと月でしょう。【シュバルツシルト・エミッション】は特攻兵器ですし、【ムーンブラスト・ザンバー】は月面でないと使えない超局地戦用術式(しかも、使いすぎると地球環境に悪影響が)なので、結局あゆは実用化しませんが。