――【 新暦78年/地球暦12月 】――「いくぞ!グラーフアイゼン!」 ≪ Jawohl ≫ガシンガシン!と、カートリッジロードは2回。コンティニュアルカートリッジと、オプティマムカートリッジ。振りかぶられたグラーフアイゼンが、費やされる魔力を質量に換えた。 ≪ Pickel form ≫小山ほどにも拡大したハンマーヘッドの片方が、スパイク状に。ラケーテンフォルムを単純に巨大化させたようにも見えるが、メインスラスターはない。「ナーハビルデンっ」振り下ろす先に、岩を積み重ねて模ったような、亀。大きさだけならアースラ以上。「シュラークス!」要塞のごとき岩亀は、その一撃に耐えて見せた。しかし一拍遅れて追従してきた幻影の2撃目、3撃目に押し潰されて、元の岩塊へと還る。ヴィータとグラーフアイゼンお得意の、偏向擬似質量創出術式で作り出した「慣性を持つ残像」だ。トータルでの威力はツェアシュテールングスハンマーに及ばないが、リミットブレイクを必要としないため負担が格段に軽い。「ちっ!AMF下じゃあ、こんなもんか」先頭の岩亀を叩き潰すついでに、地割れを誘って足留めしたかったようだが、紅の鉄騎が言うとおりAMFが勢いを殺いだ。群れを成して暴走する巨大な岩亀たちのまにまに、カプセル型の戦闘機械の姿がある。「岩亀どもを襲っているわけでもなく、連携してこちらに矛先を向けるでもなく、 推測どおり、探しているだけなのだろうな。レリックを」ガジェットドローンの動きからそう判断して、シグナムは弦を引いた。****アダマンタイマイは、第一級保護指定されている巨大生物の一種である。主食は岩石――正確には付随する魔力素――で、性質はきわめて温和。見た目は、ブリリアントカットのダイヤモンドを背負った陸亀と言えば、当たらずとも遠からずであろう。ティファニーセッティングそのものだ。溜め込んだ魔力を本能で魔法のように使うので「生きたジュエルシード」とか「歩くロストロギア」とか呼ばれたりする。さて、長命で強大な生物に良くあることだが、アダマンタイマイは繁殖力が弱い。見た目は陸亀に似ているが、子煩悩な生態はむしろワニか。八神あゆの不幸は、卵の窃盗犯と入れ替わるように親の目前に現れてしまったこと。そのアダマンタイマイが掘り起こしてしまったらしいレリックを、野良ガジェットが嗅ぎつけてしまったことだ。****「ゴーレムだから手加減しなくていいのは、いいんだがよ」101匹カメさん大行進を見下ろして、ヴィータがグラーフアイゼンを担いだ。アダマンタイマイが何体カメ型ゴーレムを作り出したのか、正確には判らない。「寄り集まってくるガジェットが莫迦にならんな」今シグナムが撃ち込んだ矢は、広域殲滅と一点集中破壊を兼ね備える。しかし濃密なAMF下では、ガジェット数機と岩亀1体を仕留めるのがやっと。AMFが魔法を弱体化させる上に、生半可な打撃は岩亀で遮られる。連携しているわけでもないのに、厄介な組み合わせであった。『足留め、ごくろうさん。お待たせや!』シグナムとヴィータが振り返った遥か先に、人影。リィンフォースとユニゾン済みのはやてだ。古代遺物管理部の中で、もっともフットワークが軽いのが、はやて率いる機動六課である――ガジェットこそ現れたが、指揮者の存在は確認されず、タスクフォース召集はない――。『じゅんびが、ととのいました。なのです』はやての隣には、やはりエスタとユニゾン済みのあゆ。狼形態のザフィーラに横座りである。通報者であるあゆは、まあ成り行きで。『周辺にはもう、ガジェットの反応は無いわ。今ここに集まっているので全部』シャマルの姿は、はやてとあゆの背後に。万が一の時の回復役であるのは勿論だが、周辺探査と関係各所との調整役である。ここは辺境すぎて、クラナガンからではバックアップできない。『取り返した卵も、もうすぐ届くわ』いち早く張られた非常線は、ほどなく卵の窃盗犯を捕らえた。無事に保護された卵も急送中である。「私がガジェットを打ち払う。ヴィータは一撃して親亀の目を覚ませてやれ」一度攻撃色で染まったアダマンタイマイは、ちょっとやそっとのことではその怒りが解けないことが知られている。「わ~った。任せとけ」再びボーゲンフォルムを構えたシグナムをその場に置いて、ヴィータはひとっ飛び。たちまち岩亀どもの中心に控えるアダマンタイマイの上空を占位した。『いくで、あゆ』『はい、なのです』レアスキル【魔力支配】は、効果範囲内の魔力素を掌握できる。使い方によってはAMFの様に使えるし、あくまで防御魔法に過ぎないAMF以上の効果を及ぼすことも可能だ。難点は、所有者の魔法資質に左右されること。あゆレベルでは、到底その真価を発揮できない。ただし、範囲を絞って、その支配力を高めることくらいは出来た。自身のリンカーコアを包める程度にまで圧縮すれば、AAAランクの魔法防御を打ち破れる。当然その状態では、外部へ効果を及ぼせない。だが、それに【遠隔発生】と【広域攻撃】を組み合わせることが出来れば?もちろん、他者のレアスキルを掛け合わせるなど、不可能事である。しかし此処には、2人の融合騎が居た。はやてのために生まれ変わったリィンフォースと、あゆのために生まれたシュベスタ。世にも希少な、姉妹機として調整された融合騎が。 ―― 【魔力支配】×【遠隔発生】×【広域攻撃】 ――『【やがみじくう】に、ひきずりこんでくれる。なのです』そうして広範囲のカウンターAMFが実現する。AMFを食い尽くしておいて、その他の魔法行使は阻害しない、対AMFに特化したAMFジャミングが。あゆの魔法資質がもっと高ければ、それこそ敵の魔法行使だけを妨害できたかもしれない。「剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン」すでにボーゲンフォルムであったレヴァンティンの魔力弦を再び引いて、カートリッジロード。「番えるは、鬨の声」 ≪ Pfeifpfeil ≫現れたのは、U字型の矢じりを持つ、鏑矢だ。「告げよ、イスカ!」 ≪ Kreuzschnabel ≫放たれた鏑矢が、音速を遥かに超える。一息遅れて轟く怪鳥の啼き声は、切り裂かれた大気の断末魔。結果として定められたガジェットの命運を告げる凶鳥の歌。さくっ……と、岩塊に突き立つには軽い音がした。 ≪ Hitze Ende ≫寄せた波が引くように、鏑矢が突き進んだ空間に向けて大気が殺到する。圧縮抵抗で伴った熱が、U字型の矢じりで集約され更に前方へと雪崩れ込んだ。これぞ伝統の技、モンロー・ノイマン効果(嘘)「一瀉千里、迷いはない」シグナム最大の広域殲滅及び一点集中破壊術式。AMFさえなければ100機や200機のガジェット、10体や20体のゴーレム、わけはない。「出番だ!アイゼン!」 ≪ Jawohl ≫ガシンガシン!と、カートリッジロードはやはり2回。コンティニュアルカートリッジと、オプティマムカートリッジ。振りかぶられたグラーフアイゼンが、費やされる魔力を質量に換えた。 ≪ SpielGigant form ≫偏向擬似質量創出は、殺傷設定と非殺傷設定を高度に組み合わせることで物理法則下では不可能な巨大質量の取り回しを実現している。つまり、完全な非殺傷設定化は難しい。「殴打っ修正!」破壊と粉砕だけが身上であった頃の鉄槌の騎士なら、それで良かったであろう。全力全開で、なおかつ手加減する。そんな相反する事態を考慮する必要など、無かったはずだ。しかし、守りたいものが、必ずしも後ろに居るとは限らないではないか。「リュックズィッヒト!」仕掛けはハンマーヘッドの中にある。内部に展開した多重の術式は、目標との接触を契機に折り畳まれ、質量と慣性を再度魔力に還元するのだ。「シュラーク!」ヴィータが振り下ろしたのは、ピコピコハンマーである。 おわりボツネタ救済のIF話。StS?篇の最初期プロットは、原作StSが2~3年前倒しになるだけのストーリーラインでした。その最終決戦用に考えていたのが今回のシグナムとヴィータの新魔法+カウンターAMFです。原作キャラをあんまり魔改造したくないのと、レアスキル複合なんて裏技をやりだしたらキリがないので(預言者の著書×思考捜査とか、無限の猟犬×魔力変換資質とか、広域攻撃×魔力変換資質とか)プロットごとお蔵入りになりました。今回、ゴーレム+野良ガジェットというシチュエーションを思いついたので、まあこういうアイデアもあったということで本採用ではないネタとして披露することにしました。ちなみに、オチに使ったピコハンフォルム、シグナム版は吸盤の矢とハリセンでした。使ってくれないでしょうけれど。おまけ――【 新暦67年/地球暦11月 】――「おかぁさん?」はぁい♪と指先をひらひらと振って応えたのはリンディ・ハラオウンその人である。児童を迎えに来た父兄や使用人に混じって、私立聖祥大学付属小学校の門前で待っていたらしいのだ。あゆの語尾が上がったのも無理からぬことか。今日は小遣いの支給日ではないし、そうであったにせよ、こんなところで時間を費やせるような暇な人ではないのだから。「一緒にお茶する時間が、もう少しあってもいいでしょう?」そう言って掲げた紙箱は、横に長い。MASTERドーナッツは、香港資本のチェーン店である。バイトの採用にまで総支配人が直々に面接を行う独特の雇用基準を持ち、その人揃え――品揃えではなく――には定評がある。例えば中丘店の店長はさえない学者にしか見えないのに元SASの精鋭であったというし、藤見店のバイトは空中殺法を得意とするストリートファイターだ。桜台店の店長はセクハラ美少女で、ゴーレムと渾名のある副店長はその被害者である。風芽丘店の店長はOパーツとやらを求めてたまに旅に出るし、そこのバイトにはアイドルレベルの美少女が9人も居た。「それに、制服姿を一度見たかったですし」促すように歩き出したリンディの、口元に微笑み。あゆは今日、本局に直行するつもりだっただろう。はやての帰宅が遅い日などは、大抵そうしていた。しかし、甘くて香ばしい匂いにふらふらとついていってしまう。これがホントのあゆ追従である(嘘) おわりオチから話を考えたシリーズ。そのうち本編に組み込みます。