――【 新暦76年/地球暦8月 】――「ハンデ。と言っていたのは、この距離か…」遠く。米粒大にしか見えない対戦相手に目を眇めて、烈火の将は思わず言葉を漏らした。「いや、まさかな」しかし、即座に否定する。多少離れたくらいで優位に立てると侮られるほど、剣の騎士シグナムの武勇は軽くない。と自負しているのだ。「牽制して、挟撃をかける」即断即決。距離を置いてきたのなら、詰めればいい。そこに相手の思惑があるにしろ、敢えて乗ってみるのも手――後の先もまた古流ベルカ剣術の神髄――だ。「いくぞ、レヴァンティン!」 ≪ Jawohl ≫応えた魔剣は、すでに大弓形態。ガシンガシン!と、上下同時のカートリッジロード。ただし排莢はない。「翔けよ、ハヤブサ!」 ≪ Sturmfalken ≫放たれた矢は炎を纏って、たちまち標的へ。もちろんシグナムは、その着弾を悠長に待ったりはしない。「捕えよ、かわせみ」 ≪ Eisvogel ≫再びのカートリッジロードと同時、空間を潜り抜けたシグナムは見た。湖水色のミッド式防御陣の向こう、対戦相手の掲げた杖の先に氷の鳥カゴが現れたのを。そこに飛び込んだ炎の矢が、やはり凍りついたのを。「ハンデとは、その杖ですか?」「ええ」砲撃と同時に背後から突撃してきた烈火の将をなんとか押しとどめて、リンディ・ハラオウン総務統括官は表面上は悠然と微笑んだ。****あら? と言う声にシグナムは振り返った。「もしかして、もう終わってしまいました?」帰り支度をしているのを見て、リンディは勘違いしたのだろう。「いいえ、テスタロッサに出動要請がかかりまして」そう言われて思い出したらしいリンディが「ああ、そう言えば」と、頷いている。たまたまシミュレーションルームの近くを通りがかったリンディが、ちょうどその時に模擬戦が行われているだろうことを思い出して立ち寄った。しかし、折悪しく緊急捜査が重なってキャンセルになっていた。……で、話は終わっていたはずだった。「りんでぃ とうかつかんも、たまにはどうですか? 【べるかのきし】と1たい1で」小さなデバイスマイスターが、余計な差し出口を挟まなければ。****炎の矢を完全に封じ込めたのを感じ取って、リンディはデュランダルをシグナムに向けた。途端に強度を増したシールドに、たちまち降りる、霜。「シミュレーションならではのインチキってところかしら」本物は当然、息子たるクロノ提督の元にある。仮に現物がここに在ったとしても、調整や慣熟には時間がかかる。それらを全てまるっと無視してお膳立てして見せたあゆの手際を、リンディはそうおどけて表現して見せた。「炎に対するに、氷。とは、あいつにしては素直な策です」ですが。と続けたシグナムの左手には、いつの間にかレヴァンティンが鞘だけ。抜身の本体が、その後背でカートリッジロード。「絶対零度ごとき、灼き斬って見せましょう」 ≪ Schlangebeisen ‐ ――振るわれたのは連結刃。吹き上がる焔が剣速を後押しして、まさに瞬刃烈火。 ―― ‐ Angriff ≫が、しかし。押し寄せた刃の群れは、湖水色のシールドに触れることなく跳ね返された。「なに!?」驚くシグナムと凍てついた防御魔法を後に、リンディは改めて距離をとる。「言い忘れていましたけど、この子は氷の杖ではありませんよ」そう口にしたリンディが思いを馳せるのは、デュランダルの製作者。凍らせただけで【闇の書】が封印できるなどと、そんな甘い計画を立てる人ではなかった。だから、封印魔法であるエターナルコフィンが凍てつくのも、ただの副次効果に過ぎない。「まさか、……【超魔動】か?」マイナス40℃の世界では、バナナで釘が打てる。マイナス135℃の世界では、銅酸化物が宙に浮き。マイナス270℃の世界では、液体ヘリウムが壁を登る。超伝導や超流動と呼ばれる現象だ。ならば、魔力素にもそういう状態があるのでは? と問えば、「ある」と答えが返ってくるであろう。それが超魔動である。「ご名答♪」超魔動状態の魔力素で組まれた魔法陣は、そうでない魔力素を拒む。超伝導状態の物質が、磁力を弾くように。シグナムの攻撃が跳ね返ったのはそのためで、封印魔法たるエターナルコフィンが凍てつくのも、周囲の魔力素が弾かれる際についでに熱エネルギーを奪い去るからに過ぎない。この宇宙に絶対零度以下の低温すらもたらす、魔導法則下の現象である。「さあ、デュランダル。貴方の本気を見せてあげましょうね」 ≪ OK,BOSS ≫もちろん、常人が単独で為せる状態ではない。魔力子レベルすら操作しうる繊細さと、それらを大量並列に扱う高速演算が必要で、だからこそデュランダルは単なるストレージデバイスなのだ。「なるほどな」一方では、攻撃を跳ね返された時の異様な手応えを思い返して、シグナムが頷いていた。あのあゆが「火には氷」などと可愛げのある発想をしただなどと詮も無い。……と、苦笑を口元に。「悠久なる冠氷の下に凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えましょう」まばゆく後背を飾る2対4肢の光翅は、リンディの本気の証。「たとえ超魔動状態であろうとも、遣い手が1人である以上、維持には限界があるはず」そして……。と、烈火の将が再びボーゲンフォルムを掲げた。上下同時のカートリッジロードと、間髪入れぬリロード。「1対1なら、ベルカの騎士に負けはない」 ≪ Ja! ≫番えた矢を放たず、もろとも突進。その炸裂音が推進力とでも言わんばかりの連続カートリッジロードと、共に。「貫け、火の鳥」 ≪ Phonix ≫「凍てつきなさい」 ≪ Eternal Coffin ≫……そう、1対1ならベルカの騎士に負けはない。しかし、引き分けはあるようだ。 おわり劇場版A'sで残念だったことを1つ挙げるとすれば、シグナムVSリンディが実現しなかったことでしょうか。「もしかしてリンディさんも蒐集されちゃうの?」と思ってハラハラドキドキだっただけにショボーン(´・ω・`)でした。しかしながら「原作が与えてくれないものを充足してこそ二次創作」であろうと、私なりに一戦でっち上げてみることに。せっかくなので没ネタやら使ってない設定やら盛り込みましたが、IFやネタではありません。****おまけ――【 新暦68年/地球暦8月 】――「【とおみ し】には、そらがない。なのです」歓楽街と思しき路地裏で、あゆはぽつりと呟いた。見上げる先、ビルとビルの狭間に見えるのも、コンクリート。この辺り一帯に覆いかぶさっている。「……なんちゃって」国語の授業で習うか、はやての教科書を垣間見たかしたのだろう。屋内型テーマパークを、有名な詩になぞらえてみたりしたのは。****「【きっざりーな】……ですか?」指し示されたリーフレットを手に取りつつ、あゆは小首をかしげた。「そうや。 アリサちゃんが招待券ぎょうさん持っとって、夏休みの思い出に皆で行こ ゆう話になってな」ブラウスのアイロン掛けなどをこなしつつ、はやてはちらりとあゆの反応を覗き見る。「予約の関係もあるから、来週の中頃くらいなんやけど」「そうですか」ふんだんに使われている楽しげな子供たちの写真にも特段の興味を見せず「たのしんできてください」と、あゆはリーフレットをテーブルの上に戻した。やっぱりかぁ……。と、はやては内心で肩を落とす。子供向けの職業体験型テーマパークなぞに、あゆが興味を惹かれるわけがないと、解かっていたつもりではあったが。しかし、諦めない。「あゆも、招待されとるんやで」「はい?」はやてたちは時空管理局入りを志望しているし、あゆに到っては現在進行形で勤続中だ。職業体験なんか、今さらである。それでも一時、異なる将来像を思い描く余裕くらいはあってもいいだろうと、はやてはあゆを説得に掛かるのであった。****キッザリーナでは、子供たちは様々な職業を体験することが出来る。百姓や工員、店員や役人など一般的な職業はもちろんのこと、Kid's arenaの名が示す通り、現実の【砂被り】として、おおよそ生計の立つ生業なら一通り網羅しているらしい。その内部はちょっとした迷路になっていて、経験値を稼ぎレベルアップしながら次のアトラクション(職業)にクラスチェンジして行くのだ。「もえん ふどうみょうおう。かえん ふどうみょうおう。なみきり ふどうみょうおう……」さて、あゆが口ずさんでいるのは、現役のイタカに伝授されたばかりの呪詛返しである。「さかしにいこうぞ、さかしにおこないくだせば……」ユタ・イチコとも呼ばれるそれら斎職の呼び名で、最も人口に膾炙しているのはイタコであろう。「しほうさんざら、みぢんと、みだれや……」奥義中の奥義に呪詛の祝直しがあると教わって満足げなあゆではあるが、普通は辿り着けさえしない。実際、はやてやなのは達は至極まっとうに花屋の店員さんとかパティシエとか保母さんなどを体験中だ。どこをどう彷徨えば、天井裏に隠されたおせんこみちゃを見出せると云うのか。他にも【ティルトローター機のストール回復シミュレータ】や、【「ゴーホー」なる商品名のハーブの調合】とか、【善意の第3者から出資金を集める(だけ)の簡単なお仕事】などのキッザリーナ内でもレアな職業を遍歴してきたあゆの、今の肩書きは【ヤクの売人】である。 おわり【ヤク】偶蹄目ウシ科ウシ属に分類される哺乳動物