ポニーテールをほどくと、一転しておしとやかに見える。「おお~!」浴室に入ってきたシグナムを見て歓声を上げたのは、はやてである。「なっ、……なんでしょう。あるじはやて」「いやぁ、立派なもんを見せてもろた。眼福や。なぁ、あゆ」「……よくわかりません。なのです」その視線から、はやての言葉の意味を悟って、シグナムが思わず胸元を隠した。隠してから、困惑する。「自分は【闇の書】から投影されているプログラム体に過ぎないというのに、この感情はなんなのだろう?」と思い悩む。このあるじの下に召し出されてから3日しか経っていないのに、かつての自分とはまるっきり変わってしまったように感じるのだ。以前の自分がどうであったかなど、覚えているわけではないが。「ほら、突っ立っとらんとシグナムもかかり湯して、入り。春先とはいえまだ冷えるんやから」「はい」この地の潔斎の作法は、初日の最初にはやてと入浴したシャマルから同時念話でレクチャーを受けている。実践も、すでに2回ほど。湯を汲んだ手桶をはやてから受け取ったシグナムは、軽く2回ほど流した。「失礼します」促されるままに、はやてとあゆの間へ。子供が2人とはいえ、3人は少し多かったようだ。ざばりと湯船からお湯があふれる。「ええなぁ……」「なにが、ですか?」シグナム越しのあゆの問いに「うん?」と、はやては笑顔。「この、お湯があふれる感じや」掌で押して、わざと溢れさせている。「家族が沢山居って、幸せが溢れとるような実感がする」真似をしたあゆは、ざばぁ、と雪崩落ちた湯が湯煙を立てるさまを目で追った。2人で入浴していた頃とも、異なる感覚。1人より2人、2人より3人、であろうか? この大きな湯船に独りで入っていたはやての孤独と今の感慨を、2人の間にシグナムを迎えることで少しは理解できたように、思えるのだ。「わかるような、きがします」「そうか。 シグナムはどうや?」「わっ私ですか!?」笑顔で頷かれて、シグナムは申し訳程度にお湯を押し出す。「……よく判りません」質実剛健を旨とするシグナムには、そもそも入浴を愉しむことが理解できまい。湯水を無駄遣いすることの意味も。「しかし、不快ではありません」それが、まるで心の裡だと云わんばかりに湯面を掻き回すシグナムの様子に、はやての笑顔。しかし、微妙に目尻が下がっていくような……?「……それはそれとして!」「ひゃんっ!あるじはやて、なにを?」シグナムにその気配すら悟らせないか、八神はやて。「おお♪思うた以上の揉み応え!烈火の将の胸部装甲はバケモノか?」「お戯れを!お赦しください。私などよりシャマルのほうが……」「うん、あれもなかなかの揉み応えやった」初日に堪能済みだ。「けど、うちはシグナムのほうが好みやなぁ」「あっあるじがご乱心を、シャマル! ……待て、見捨てるな! ヴィータ! ……「良かったな」ではない! ザフィーラ、 ……応答ぐらいしろ!」救援を断られたらしい。二次被害を防ぐために、シャマルは心を鬼にしたことだろう。たぶん。「シグナム。そない暴れると、お湯がなくなってまうで」「いえ、その、ですがっ!あるじはやて……、ご無体です!」阿鼻叫喚である。「あゆも揉んでみぃひんか? これは癖になるで」「まっ待て、来るんじゃないぞ!」あははと声をあげて、はやてが愉しそうである。それはいいことだ。はやてが愉しければ、あゆも嬉しい。しかしながら、あゆは自分の胸元を見下ろす。……東尋坊があった。惜しむらくは、はやてのその愉しみを自分では提供できないことか。今までに、あのようにして揉まれたこともないし。ふにふにと、とりあえずマッサージしてみる。今はいかんともしがたいから、将来に賭けることにしたらしい。「まっててください。なのです」継続は力なり。あゆは、やるとなったら絶対に諦めない。その努力はいずれ結実するが、それはまだまだ先のことであった。 おわりspecial thanks to 電気猫さま。この話の元ネタとなるあゆの心理をご示唆いただきました。