――【 新暦71年/地球暦9月 】――「きょうは、けっこう あぶなかった。みたいですね?」模擬戦終了後もその構成が失われないことに、青い【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】が疑問符を浮かべること10分。アラート音と共に眼前に現れたのは、彼女たちの製作者の1人、小さな小さなデバイスマイスターだった。「なんだよ!? こんなとこまで来て、説教か!」フェイトとの模擬戦の後で、性格補正を受けたままの――【雷刃の襲撃者】改め――ラヴェル・テスタロッサの口調は荒い。そういうわけでは……。と否定しかかって、しかし「まあ、そうですね」と言い直したのは、青鈍色の騎士服に身を包んだ少女である。「くふうのない たたかいかたをつづけるようなら、おこる。と、おねぇちゃんたちには、いってますからね。 あなたたちも、おなじ。なのです」「僕はただのアグレッサーだぞ! そんなの、補正率上げりゃいいじゃないか!」性格補正前なら、さぞ哀切に言いよどんだであろう言葉を叩きつけつつ構えたのは、【初列風切羽】という意味の名を与えられた斧様のデバイスだ。しかし、対するあゆは、まだ構えない。「それはすでに、やっていること。なのです。 きょう、あなたの【ほせいりつ】は、とうしょの ばいほどもあったのですよ」……え?と、下がった刃先が、こころなしか色を落としている。これ以上補正率を上げても現実的ではないし、それでも早晩フェイトはクリアしてしまうだろう。絶対的・相対的能力の差を埋められる強さ――ストライカーに不可欠とされるそれ――を、迅雷の魔導師は身に付けつつあったのだ。「ですから、あなたには……」と言いかかったあゆが、「もちろん、あなたがたも」と、あらぬかたを見上げる。「ほせいできない ぶぶんで、つよくなってもらわなくては。なのです」仮想敵機役として生み出された彼女たちだが、けして模擬戦時しか存在できないわけではない。本局メインフレームでの間借りとはいえ意識はあるし、与えられた権限内で各種データベースにアクセスもできる。その気になれば、アポをとってシミュレート空間に人を招き、胸を借りることすら可能だった。多少の不自由はあるにしても、人や魔法プログラム体と同様に、成長できるのである。「まあ。くちでいっても、ぴんと こないでしょうし。 しぐなむねぇさま りゅうに、やいばで おしえてあげるのです」構えたS2Uと【碧海の図説書】に刃などないが、向けられた殺気に反応したのだろう。ラヴェルがプライマリオスを構えなおした。『それでは、1ぽんしょうぶ。じかんむせいげん、ですよ』シミュレート空間に響き渡ったのは、今は制御室で管制を行っている小さな融合騎の声。『ステン バイ レディ』エスタの宣言と同時、2人の目の前に≪Stand by ready≫と表示される。『エンゲージ、ですぅ』≪Engage≫の表示が消え、最初に動いたのはあゆだ。「でんこうせっか、なのです」 ≪ Blitzschnelle Fortbewegung ≫ラヴェルの目には、あゆが少し小さくなったように見えただろう。高速移動術式で、まっすぐ後ろに下がったのだから。「……大きな口叩いておいて!」肩を震わせた青い魔導師が、一瞬で追い着き、側面へ。すべての補正は、フェイトとの模擬戦のままだ。「逃げるな!」振りぬいた一撃が、しかし、あゆを斬り裂けない。怒りで、攻撃が大振りすぎるのだ。「むりを、いわないのです」ラヴェルの右前方。一足一刀の間合いにあゆの姿があった。ヴィンデルシャフトから蒐集し、改良に改良を重ねた高速移動術式である。「あなたに まっこうからたいこうできる すぴーどなど、わたしにあるわけ ないのです。 うさぎと かめ。どころか、ひかりと ざりがに。なのです」スタートと同時に逆走する気か。それでもまあ、瞬間的には速い。移動距離は無いに等しく、シグナムやシャッハなどと比べればトップスピードは心もとないが、消費魔力の少なさ、その効率の良さだけは折り紙つきの、エスタ渾身の術式だ。次の一撃を、あゆは体捌きで避けた。もちろん、見えたワケではない。高速移動突入直前の、ラヴェルの視線と動作から予測したまで。有り余るスピードで強引に斬り返された魔力刃を、今度は高速移動で躱す。空戦適性が低いはずのあゆが、それを苦にもせず飛び回っているのにはカラクリがある。今はまだ研究中の陸戦用空間シミュレータ用のプログラムが、試験的に組み込まれているのだ。複雑な計算と膨大な処理能力を必要とする地形や建築物の再現は無理だが、こうして陸戦魔導師と空戦魔導師の対決を演出するくらいのことはできた。「えす2ゆぅ」≪ …… ≫続けざまの高速移動でジグザグに逃げながら、その都度、置いていくように放つのはパスファインダーだ。ラヴェルに向かって、殺到していく。いちいち術式名を唱えあげていては、いざという時に手の内が見えてしまう。なので戦闘を前提としたデバイスには、術式名を宣告しないサイレントモードや、時には嘘の術式名を唱えるダミーモードなどが用意されている。S2Uは云うまでもなく、アームドデバイスでもある【碧海の図説書】にも実装済みだ。「あの程度で僕を!」瞬間移動さながらの勢いであゆの背後に現れたラヴェルが、高速移動で逃れようとするデバイスマイスターに併走して見せる。「足止めできると!」「おもってなど いませんよ」今度は、大振りする気などなかった。モーション少なく石突きを繰り出して、そこから連続攻撃に繋げるつもりだったのだ。しかし、「!」進行方向から襲い掛かってきた青鈍色の魔力鎖が、ラヴェルの手足を縛り上げた。「バインド? そんな……いつ!?」「せんせぇじきでん、【でぃれいど ばいんど】 【ぱすふぁいんだー】の はっしゃまえに さいれんとで、なのです」高速移動2回分の距離を置いて、あゆ。術式だけでなく、優速者を罠に誘い込む戦術も直伝であろう。「さて」と、さらに距離を置きながら懐から取り出すのは、銀色のしおり。「あなたが、いかに じぶんのさいのうを つかいこなせてないか、みせてあげるのです」手足に魔力を籠めてバインドを打ち砕こうとしていたラヴェルが睨み付けてくるが、あゆは気にしない。「おぷてぃまむ ろーど」【碧海の図説書】の葉間に差し込んだのは、今年完成した特殊カートリッジである。「さんだー あーむ ぷらす」 ≪ Thunder Arm + ≫ぱりぱりと電気を帯びた【碧海の図説書】は、一見普通のサンダーアームと変わりない。「あなたなら、なんのたすけもいらずに つかえる じゅつしき。なのです」「そんな攻撃、僕に効くもんか!」ラヴェルの言うとおり、電気の魔力変換資質を持つ相手に付与電撃は効果的ではない。しかし、あゆが手首を返した瞬間、ラヴェルは【碧海の図説書】の行方を見失った。自分のお腹を打ち据えるまでの、短い時間だったが。「……な!?」「いっせん、かんつう。なのです」様々な物理現象を利用して魔力の節約、魔法の多様化を狙うあゆがサンダーアームの改良術式を用いたのは、それを推進力として使うためである。磁力を発生させ、それによって高速移動を実現するMHD推進だ。強い磁界で回転しながら飛来する【碧海の図説書】は、さながら【強電磁ヨーヨー】か。電磁波遮蔽が充分でなければ、戦闘機人には追加効果も見込めるだろう。じつはまだ実用化できてなくて、シミュレート空間内限定のイカサマである。質量兵器にあたるため「ガジェットドローンを1体バラしたい」なんて申請は、あゆの権限では通りがたい。「そんなぁ……」バインドから開放された手を、痛むお腹に当てて、ラヴェルが墜ちた。「つよくなって、ほしいのです」そう遠くない未来、スカリエッティが帰ってきた時。高速格闘型のトーレに対抗するのはフェイトの役割だろうと、あゆは踏んでいる。その時のために、より強くなっていてもらいたいと願うのだ。問題は、スカリエッティの帰還時に、トーレタイプの戦闘機人が増えていないか?ということである。だからあゆは、フェイトと共に、ラヴェルにも強くなってもらいたい。そう思うのだった。 おわり作中、あゆは最強のデバイスマイスターと呼ばれていますが、それは反面で原作前線メンバーには誰一人として及ばないという意味でもあります(オリ主無双が私の好みじゃないってだけですが)。それでも時折、ストーリーの要請で勝たなければならぬ場面というのもありますので、それぞれ1回くらいなら奇襲戦法や工夫した魔法で出し抜けないこともない。と、しておりました。本編中のあゆでは開発力不足で使えなかった奇襲や魔法のアイデアなどを2~3回に分けて紹介しようかと存じます。というワケで第1弾は【強電磁ヨーヨー】です。