――【 新暦71年/地球暦9月 】――「ここはどこです……?」空間シミュレータが生み出した蒼穹の中心で、高町なのはの目前に現れた少女は、そう呟いた。「私は何故、ここにいる?」焦げ茶の頭髪はショートカットで、瞳は激情を凍てつかせたがごときアイスブルー。身を包むバリアジャケットは、赤光を闇で染め封じたような、底知れぬ黒。――古色で涅色と呼ばれる色だなどと、なのはは知るまい――しかし、そのデザインは、手にしたデバイスの形は、なによりその顔は……「わたし……!?」『そう、なのです。 なのはおねぇちゃんの【でーた】を もとにつくりあげた、【くうかんしみゅれーたよう かそうてっき ぷろぐらむたい】の ひとり。かしょう、【せいこうのせんめつしゃ】なのです』「あゆちゃん、ちょっと待って!」わかりません……。何も、わかりません。と、つぶやく【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】を前に、なのはが空間モニターに映るあゆに詰め寄った。『まったなし、なのです。 だいじょうぶ。たたかいにくくないように、かみがたや、せいかく、【ばりあじゃけっと】のいろは かえてあります』そうじゃなくて。と抗議するなのはを華麗にスルーして、『あいてのじゅんびは、おわったよう。なのです』あゆが指差す先に、まぶた閉ざした【星光の殲滅者】「だけど、心は滾るのです。 眼前の敵を砕いて喰らえと、 胸の奥から声がします」『【まりょくりょう】は2ばい。【しゅうそく そくど】は1.5ばい。【ぼうぎょ きょうど】は3ばいに せっていしてあります。 それでは、ごぶうんを』告げられた言葉の意味をなのはが呑み込む前に消え去った空間モニターの向こう側から、桜色の収束砲撃が襲いかかって来た。****コトの始まりは、その年の5月頃である。最上級生となってから最初の中間テストを終えたはやて、なのは、フェイトの3人は、その結果を以ってして何らかの手応えなりを得たのだろう。67年にそうしたように、リンディの執務室へ直談判しに現れたのだ。その顛末として、10月から3人が武装隊第四陸士訓練校に入校したことは以前に述べたとおり。しかし「勉学が大事なら、中学に進学するあゆは管理局辞めるんやな?」という言葉にやり込められたあゆとて、無条件に白旗を揚げたわけではなかった。「テスト、やて?」「はい、なのです。 わたしのしていする あいてと【もぎせん】をして、そのけっかが じゅうぶんであれば、わたしはもう くちだししないと おやくそくするのです」「勝たなくても、いいの?」はい。と、あゆはなのはに頷いてみせる。「わたしのよういしたあいてと じょうきょうに、どう たいおうされるかで はかりますから」「チャンスは一度きり……、なのかな?」いいえ。と、フェイトには頭を振って見せた。「なんどでも、かまいません」けれど。と、付け加える。「くふうのない たたかいかたをつづけるようなら、おこりますよ」「めっ!ですぅ」まったく迫力の無いしかめ面をして見せるあゆの隣で、エスタが人差し指を立てていた。いつもあゆの傍に居るこの融合騎は、自らのマイスターが何をするつもりか大体の見当をつけたようだ。……そうして、あゆの言い出した条件を呑んだ3人がテストの当日に出会ったのが、自分たちの能力を模した【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】達だったわけである。****あゆが4年に渡って開発してきた人工リンカーコアは、昨年に生産ラインが確立して、今年から本格的な量産が行われている。そうして当初の契約内容を満了させたあゆは、表向きフリーのデバイスマイスターとして認識されているだろう。色々なところに顔を出して、デバイスを修理したりデバイス扱いの荒い者を成敗するなど、特遮二課の研究室や地上本部の執務室にあまり居ついているようには見受けられないからだ。だがしかし、【スカリエッティ騒乱】に関わった身として、その保護観察が終わることはない。好き勝手に振舞っているように見えるかもしれないが、さまざまな依頼や課題をこなした結果や、そのついでであったりするのであった。その一環として完成したコンティニュアルカートリッジやオプティマムカートリッジを含めて、武装局員の魔力ランクの底上げが期待されている。マリエルがミッド式デバイスへの安全なカートリッジシステム搭載を確立したのは一昨年の話で、管理局はかなりの戦力増強が見込めるだろう。一方、個人的な技術面、組織的な運用面の研究は立ち遅れている。現場主義の根強い管理局では、技術は教わるものではなく盗むものであり、運用は研究するより実践で培っていくものという風潮が強いのだ。それゆえに人材が払底しているのが、他ならぬ戦技教導隊であった。個人個人の魔力ばかりが強くなっても、技術・運用が追いつかなければ効果的ではない。そのことを憂慮した上層部が戦技教導隊の拡充案として目をつけたのが、ヴォルケンリッターや融合騎といった魔法プログラム体だ。数の少ない戦技教導官に代わって、シミュレート空間内でアグレッサーを務める【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】の開発構想が持ち上がったのは、新暦で68年頃のことらしい。それまでマリエルやシャリオなどが進めていた研究にあゆが関わりだしたのは今年の年頭で、さらにシャマルが加わったのが5月の話である。それぞれ、融合騎を復活させたこと、【闇の書】による蒐集でのリンカーコアへの造詣の深さを評価されての招聘であった。その結果この9月に生み出された【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】が、なのは・フェイト・はやての3人をモデルとして構築されたのは当然の帰結であっただろう。当時の【闇の書】――それを一部引き継ぐ【蒼天の魔導書】――が蒐集したことがあるのはなのはとフェイトだけだし、リンクしているのは、そのあるじたるはやてだけだからだ。もちろん、元々からプログラム体であるシグナムやヴィータをモデルとすることも検討されていたし、そもそもはそういう計画であった。だが古代ベルカの技術で構築されたヴォルケンリッターを解析することは一朝一夕でかなうことではないし、そもそも強力な戦力として重宝されていたシグナムやヴィータに、それにかかずらっている暇があろうはずもない。それゆえに――リィンフォースを比較的短期間で探査した――あゆの招聘であったのだが、そのあゆが突然なのは・フェイト・はやての3人をモデルにしたいと言い出したのだ。理由は当然、3人のテストに使うためである。あゆは憶えていたのだ。以前、シグナムがなのはに「砲撃魔導師を相手にしたときの叩き合いを経験させておきたい」と考えていたことを。常々そう言っていたことを。自分の得意とする分野で、自分より強い者に勝てるように、勝つ方法を見出せるようになって欲しいと、あゆは願ったのだ。****『強いぞ凄いぞ、カッコいい!』シミュレート空間の中心で、バルディッシュそっくりな斧様デバイスを突き上げたのは、仮称【雷刃の襲撃者】――フェイトをモデルにした【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】――である。毛先に行くほど青みが強くなっていく特徴的な青裾濃の髪の色と、自己陶酔極まりない勝ち名乗りが無ければ、どちらが勝ったか見分けがつかないだろう。実は、このテストに一番てこずっているのはフェイトであった。当然のことに【雷刃の襲撃者】はその速度に補正がかけられているから、一方的な試合運びになることが多いのだ。それにしても。と口を開いたのは、モニター越しに見学していたはやてである。「あの子らの性格、なんとかならへんかったんか?」「たたかいやすかった でしょう?」それは事実であった。はやてをモデルとした【闇統べる王】などは、はやてを「子烏」「小虫」などと挑発し、果てはその場に居ないヴォルケンリッターやリィンフォースまで貶してくる始末。自分のことはともかく大事な家族を悪く言われたはやては怒り心頭で、自分と同じ顔をしているのに一片の躊躇いも覚えてない。はやては怒りを以って、なのはは共感を以って、フェイトは憐憫を以って、戦う動機を維持できたのだ。「それはそうなんやけど……」試しに【星光の殲滅者】と戦ったときや、性格補正を受けてない【闇統べる王】や【雷刃の襲撃者】と対戦してみたときは確かにやりにくかったから、あゆの言っていることは正しいのだろう。しかし、なんだか割り切れないのだ。「もしかして、うちのこと、あないな風に思とるんとちゃうやろな?」と、一抹の不安をぬぐいきれない。『……行きます』テストは2本先取制で行われている。少しのインターバルを置いて、フェイトが再び【雷刃の襲撃者】に立ち向かっていった。『来ぉい! 我が太刀に、一片の迷いなーーーしッ!!』あゆは、模擬戦の様子を見ていない。フェイトと【雷刃の襲撃者】の戦いは常人離れした速度で行われるから、モニター越しとなるとあゆでは追いきれないのだ。実際に立ち会うのなら、大気や魔力素を読んである程度のアタリをつけることはできるだろう。しかし、守勢を保つので精一杯、カウンターも狙えまい。「それにしても。フェイトちゃんの相手、強すぎゅうないか?」そうですね。と、あゆは頷く。「【そくど】は2ばい。【はんのう そくど】は1.5ばい。【まほう はつどう そくど】は3わりげんに せっていしていますからね」この補正状態の【雷刃の襲撃者】に真っ向から対抗できる者は、おそらく管理局には居まい。むろん、勝てる者は居る。ゼストやクロノにヴォルケンリッター達、メガーヌやリンディあたりなら、速度勝負に付き合うことなく自らの土俵に引きずり込んで瞬殺――あるいは嬲り殺しに――してしまうことだろう。「勝てるんか?それ」補正のかかってない――つまりはフェイトと同じ能力の――【雷刃の襲撃者】と戦って一方的にやられたことのあるはやては、速度2倍と聞いてめまいを覚える。だが、あゆは心配していない。今回はソニックフォームを投入して速度の向上のみで立ち向かっているフェイトだが、クロノに師事するなどして立ち回り方の幅を広げようと研究していることを知っていた。『砕け散れッ!』尋常でない速度で繰り広げられた戦闘は、あゆでは見出すことも難しいであろうフェイトのほんの一瞬の隙をついて決着がつきそうだ。『雷刃ッ滅殺ッ極光ぉ斬!!』撥ね飛ばされ、体勢を立て直せないフェイトに向けて、ザンバーフォームが振り下ろされる。『うわーーっ』作り物の空から叩き落されて、フェイトの悲鳴が尾を引いた。『そう、僕の勝利だ!』突き放すように高らかに宣言した【雷刃の襲撃者】が、しかし振り上げたデバイスを力なく下ろす。シミュレート空間の解体に先立って、今日はもう出番の無い【雷刃の襲撃者】が足元からその構成を失っていった。『ちぇッ!ここまでか……』「すこし、かわいそう……かな」モニターを喰い入るように見つめていて、それまで口を開かなかったなのはが、【雷刃の襲撃者】のつぶやきを拾ったのは当然だっただろう。「……そうやな」同意して、はやても頷いている。「そう おもうのなら、これからも たたかいに きてあげてください。 かのじょたちの【そんざい いぎ】は、いまはまだ【あぐれっさー】としてしか、ないのですから」「今は未だ?」あゆの、ちょっとした言い回しに気づいたのは、やはりはやてだ。「はい、なのです。 じかんはかかるでしょうけど、いずれ かならず、かのじょたちを そとのせかいに だしてあげるのです」それが、スカリエッティ対策として戦力増強の一環になるであろうことを、あゆは言わない。だが、それだけが理由ではないと、傍らに浮かぶ小さな融合騎を見つめる。やはりプログラム体であるエスタを生み出してみせたあゆが、いずれその宣言を実現することは確かだろう。「ですから、あのこたちのために おなまえをかんがえてあげてください」どうもわたしは、なづけるのが にがて、なのです。と、ため息をついたあゆは、一応は考えた名前のリストを脳裏から追い出す。ついつい意味や、連想できる名詞などから有意名をつけようとして、無意味に苦労するのだと自覚しているらしい。かつて【烈火の剣精】がルーテシアによって名づけられたとき、37案目にして頷いたというその名前に、あゆは嘆息したのだとか。【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】達は、いずれモデルとなったそれぞれの相手から名前を貰うことだろう。いつかは現実世界に生まれ出でることだろう。だが、この子たちとの出会いが、管理局における戦技教導隊の現状を知ることが、なのはをして戦技教導官を目指す動機になろうとは、それが戦技教導隊を一変させる原因になろうとは、さすがにあゆとて想像もつかなかったに違いない。 おわりspecial thanks to 「YouTubeなどにPSPの動画をUPして下さっている皆様方」おかげさまで参考になりました。なお、ネタ元となったゲームのストーリー自体がパラレル扱いなので、この話もIF扱いで、本作品では【闇の書の残滓】など有り得ないためオリジナル解釈したマテリアル【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】達も本編の流れに干渉しないとしています。