――【 新暦68年/地球暦9月 】――スクライア一族は、こと遺跡発掘にかけては他の追随を許さぬ集団である。文献調査と変身魔法に長け、発見から発掘までを単独でこなすことも多い。小動物の姿ならすり抜けられる障害は少なくないので、人手を必要としなかったりするのだ。特筆すべきは、秘伝とされる質量魔力変換変身魔法で、そのサバイバビリティは下手な特殊部隊など足元にも及ばない。なにせ、いっさい魔力素のない世界からでも転移脱出できるだけの魔力を、余裕で生み出してしまうのだから。かつて、第97管理外世界で魔力素適合不全を起こしたユーノ・スクライアは、その術式によって魔力収集の障碍を克服してみせたという。身近に、そうした変身魔法のエキスパートが居たことは幸いであった。「かーとりっじろーど、なのです」すでにエスタとのユニゾン姿であったあゆが、小首を傾げる。打ち上がったしおりは形容しがたい感じのオレンジ色で、隅っこに小さく「kyoko」と書かれていたのだ。作った憶えも貰った憶えもないが、おそらく誰かがくれたのだろう。【碧海の図説書】のカートリッジは紙製で手軽なので、あゆに手作りのしおりをプレゼントすることが一部で流行している。見知らぬ局員――と、あゆが思っているだけだが――の中には、まるでラブレターでも渡そうとするかのように必死な面もちで来る者や、4コママンガを1コマずつ渡しに来る者もいるから、印象に残りそうなものだが。「めたもるふぉーず、なのです」 《 Metamorphose 》今しがたユーノに教えて貰った術式とコツを元に、エスタの力を借りてあゆが変身したのは、白衣を羽織ったあゆ自身の姿であった。しかし……、「……あの?なんで……犬の耳なの?」「ねこのみみ では、ゆーのさんに わるいかとおもいまして。きゆうでしたか?」いや、そうじゃなくて。とユーノは頬を掻く。「いぬのみみ なら、ざふぃーらにぃさまと おそろい。と、いえないことも ないですし」とキョロキョロしたあゆは、受付カウンター内側の、立ち上がってないディスプレイを見つけて駆け寄った。鏡代わりに使いだしたが、女の子なんだし手鏡ぐらい携行して欲しい。ぴこぴこ。ぺたり。ぴしっ、と動かしてみて満足そう。実は、地味に耳を動かせたりするあゆだが、こんな場面で役に立つとは思わなかっただろう。人間にも耳を動かすための筋肉が存在するのだ。多くは、その使い方を知らないだけで。「さすがは ゆーのさん、なのです。 まるで、ほんとうの じぶんのみみのようなのです」動かしている犬の耳と連動して、自前の人間の耳が動いているがご愛敬だが。変身魔法は、本来の姿からかけ離れるほど制御が難しくなるから、今回は犬の耳を追加しただけだ。人間の耳は頭髪で隠すなどしておけば充分と判断したらしい。『……』実際、先ほどから一言もエスタが喋らないのは、その制御でいっぱいいっぱいだから。「ゆーのさん、ありがとうございました。なのです」と頭を下げるなり飛び出していってしまったあゆを、手土産に貰ったシュークリーム――翠屋の紙箱入りの――を提げたままユーノが呆然と見送る。「あの格好のままで……?」**「アンタ、……使い魔だったのかい!?」素っ頓狂な声であゆを呼び止めたのは、狼の耳に狼の尻尾姿が特徴的な妙齢の女性だった。言うまでもない、フェイトの使い魔、アルフだ。あまりの大声に、ロビーで転送ポート待ちしていた人々が、声の主と指差された相手の両方に注目する。中には、あゆが見かけたことのある顔もありそうだ。「えっ?」と、思わぬ遭遇に驚いたあゆは、しかしその表情をそっくり流用することにしたらしい。一瞬間を置いてから、ゆるゆると両手を頭の上に伸ばす。自らが生やしたイヌミミに触れて一瞬身体を震わせて見せるところなど、なかなかの名演技。はやてやリンディには通用すまいが、居合わせた人々は勘違いしただろう。うっかりと使い魔であることがバレてしまったのだと。「そうかいそうかい、それならそうと言ってくれればワタシもアドバイスとか、できたのにさぁ」満面の笑みで歩み寄ってくるアルフは、観衆の注視をワザと惹くようにあゆが両手でイヌミミを隠したことも気にしない。「仔犬フォームは見せたことあったよねぇ。 最近、子供フォームも開発してさぁ、これがいいんだよぉ。ご主人サマへの負担も減らせるし、子供料金使えるし。……って、もとよりアンタには必要なかったか」契約内容にも拠るが、使い魔は、主人と一蓮托生である。だから【闇の書葬送事件】では、アルフはフェイトと同じく保留中であった。主人への処分がそのまま自動的に適用されたのであろう。では、その本人がどう過ごしていたかと云えば、驚いたことにプレシアの看病と付き添いであった。完全看護を謳う病院は、面会時間外の立ち入りを全面禁止にしていることも多い。しかし、使い魔は例外だ。なのでアルフはプレシアに付き添うことを志願した。含むところはあるが、それが一番フェイトのためになると考えたようだ。フェイトの使い魔であるアルフが、なぜ病院側にプレシアの使い魔として認識されたのか、あゆはその理由を知らないが。もちろん――テスタロッサ一家ごと――プレシアが海鳴市に転地療養に来てから、その役目もさほど重要ではなくなっている。だが、フェイトが心置きなく通学できるのは、やはりアルフの献身に負う部分が大きいであろう。「あるふさんは、これから【むげんしょこ】ですか?」プレシアの快復に伴って、アルフの自由時間も増えてきている。そうした空き時間に、ユーノの伝手で無限書庫の手伝いなどしているらしいが、それがつまりは将来時空管理局に入るだろうフェイトのための偵察なのだから、この使い魔の主人思いがどれほどのことか。「ん?ああ、いや今日はそうじゃなくて」ぱたぱたと振る手の平に合わせて、その耳もぴこぴこしている。ご機嫌さんなのか?「クラナガンまでプレシアの診断結果を取りに行った帰りでさ、ココ経由のほうが楽で早いだろ?」それなら此処で、転送ポート待ちの列に並んでいたはずだ。「あっ!」と声を上げて振り返るが、行列は詰まってしまっている。途端にぺたりと両耳がへたりこんだ。ふむふむ。と、その仕種を参考にしようとする冷徹な部分と、アルフの帰宅がこれで遅くなってしまうだろうことへの申し訳なさを同居させて、あゆもそのイヌミミをへたりこませる。手の下なので、見えないが。転送ポートを空港の滑走路に喩えるなら、転送物はチャーター機と云えるだろう。管理局本局はその立地条件からハブ空港同然で、利用者の列が途切れない上に進まない。転送自体は瞬時に行われるが、送り出し側と受け取り側の同調に――受け取り側の転送ポートが存在しない場合はさらに――時間がかかるからだ。それでも個人による魔法転移や、各世界の転送ポートを乗り継ぐよりは楽で早いのだが。「仕方ないねぇ」と、向き直ったアルフが告げようとした暇乞いを押しとどめさせたのは、寄り添うように立てられた両のイヌミミである。押さえていた小さな手が、アルフの手を包んでいた。**「ヤガミさん、そちらの方は?」「はい。しりあいの つかいまさんで、あるふさんです。 こんかい、すこし おちからぞえをいただきまして。これから いっしょにきたく、なのです」係官に向ける笑顔は、ぴこぴこと動くイヌミミも込みで。アルフの提示した登録証を確認した係官が、その身元保証人と、あゆの権限とを照らし合わせて問題なしと頷く。次元世界における司法機関にすぎなかったはずの時空管理局は、さまざまな難局を乗り越えるたびにその権益を拡大し、今では警察と裁判所に軍隊を組み込んだような武断的な組織となりつつある。だから、一般開放されていない転送ポートも数多い。軍用滑走路に同居している民間空港が地球にもあるが、イメージ的には同じと言っていいだろう。当然それらは管理局高官か、緊急用か、申請式だったりして、本来は管理局職員しか使えない。それを、嘱託に過ぎないあゆがほぼフリーパスで――アルバイト扱いであるアルフを同伴させて――利用できるのには理由があった。少しでも家族と一緒に居させてやりたいリンディと、一刻も早く人工リンカーコアを完成させたい上層部の利害が一致した結果、なのである。おかげでどうしても研究を進めておきたいとき、あゆは八神家で夕食を摂ったあとに本局に戻ってきて就寝までの時間を使うことができた。むろん、融通が利くからといってそれを濫用するあゆではない。いずれ、はやてが入局することを考えると、被る猫は――イヌミミだが――大きいに越したことはないのだから。しかし、今回は特別だ。自分のちょっとした企みにアルフを巻き込んでしまった責任がある。また、彼女のおかげで効果が倍増しただろうことへのお礼にも、なるであろう。あのまま並んでいるよりも早く、第97管理外世界へ帰れるのだから。あゆとしては普段より帰宅が早くなってしまうが、それはそれ。ザフィーラを散歩に誘うのもアリだし。しばしの憩いの予感に頬ゆるませるあゆと、思いのほか早く帰れそうとあって尻尾ぶんぶんのアルフが転送ポートの中で光となって消えるまではいいだろう。問題は、残された側の人間の方だ。「あの子、使い魔だったの?」思わず呟いたのは、あゆ達の転送を担当した係官――モトコ・モビリオ。第35管理世界出身、女性、独身、彼氏絶賛募集中――である。つい自分の権限範囲内であゆの来歴を調べてしまっても、誰も彼女を責めなかっただろう。元々あゆのことを見知っていて今日見かけたものは誰もそうしただろうし、さまざまな理由が重なって、たいしたことは判らないのだから。それでも人間であることぐらいは判別するのだが、【八神あゆ使い魔説】はいつまでも管理局内でまことしやかに流布され続けることになる。存在しないことを証明することは不可能だから『悪魔の証明』などと言われるが、人間であることがはっきりしているのに使い魔ではないかとの疑惑が晴れないのは何と呼べばいいのだろうか?……魔王の証明? おわりspecial thanks to kyokoさま。この話の元ネタと、その際にイヌミミであるべきとご教授いただきました。感想板での流れを汲んで、自身の肉体的成長がないことの対外的な理由付けとして使い魔であるとの流言を自作自演するあゆを描いてみました。StS篇では登場させなかったアルフとミミつながりで絡ませるために作中の時期が微妙ですし、第一あゆが気にして手を打つとは思えないのでIF。あゆが独断でコトを起こすと碌なことにならないことを再確認しただけのような気がするのでネタ扱いです。そもそもイヌミミよりネコミミの方が好みですし。まあ、そんなわけで、考証や時系列は甘めです。