――【 新暦68年/地球暦9月 】――八神家がいちどきに全員揃うのは、最近では珍しいだろう。「さあ、ごあいさつするのです」「は~い、ですぅ。 リィンフォース・シュベスタです」あゆの頭上に浮いている小さな融合騎が、ちょこんとおじぎした。リィンフォースを小さく、幼くすればこんな感じになるだろうか。「あゆちゃんは、エスタってよんでくれますです」新しく生まれる融合騎になんと名付けるか、あゆは少なからず悩んだようだ。2人目ということで、シャマルやリィンフォースからツヴァイという案も出たが、数字の名前はあゆが嫌がった。結局、姉妹とか妹という意味のシュベスタに決まったのは、当の本人が覚醒する直前である。「小っちぇえな。 あたいはまた、リィンフォースそっくりなのが増えるんだと思ってたぜ」「【せいおうきょうかい】からかりた しりょうに、 こだいべるかでも こうきの【ゆうごうき】は だうんさいじんぐが すすんでいたとありましたので、それにならってみたのです」ふうん。とヴィータ。「役に立つのか?」と、にやり。「しっけいな。 けいさんのうりょくなら、おねぇちゃんにだって ひけはとらないのですよ」「エスタの計算能力は、凄い」エスタがおねぇちゃんと呼ぶのは、リィンフォースのことである。いくつかのデータ継承、姉妹機としてのリンク確立などを行うために、2人にはすでに面識があった。「ええやんか大きさなんか。可愛らしくて、ええで。 うちがはやてや、よろしくなエスタ」「は~い♪ はやてちゃん、よろしくですぅ」万歳してぴょんと跳ねたエスタが、ひょいと飛んではやての首っ玉にかじりついた。「あゆちゃんのおねぇちゃんに、あいたかったですぅ」「ほうかぁ。 今日からエスタも家族やで」「はいですぅ♪」「それで、それがお前のデバイスか」シグナムの視線は、あゆが胸元に抱く一冊の本に向けられている。あのころからちっとも成長していないあゆがそうして本を抱いていると、まるで、まだ【闇の書】がこの世にあるかのようだ。「はい、なのです。 【へきかいのずせつしょ】なのです」「碧海?」「はい。 うみは、そらのいろをうつして あおいのです。 【そうてんのまどうしょ】から うまれたこのこは、だから【へきかいのずせつしょ】なのです」デバイスマイスターを目指すあゆが自らのために作り上げた【碧海の図説書】は、いわばデバイスマイスター用の資料集である。あゆが表紙をめくってみせると、そこにはさまざまな回路図やプログラムソースが記されていた。「クラールヴィントか?」とあるページに描かれていたシャマルのデバイスに気付いたのは、ザフィーラである。珍しく人間形態だったのは、エスタへの顔見せのためか。「はい。このこは、【でばいす】や【じゅえるしーど】のような まりょくそしゅうせきたいの でーたを しゅうしゅうするのです」もちろん、そのデバイスが記録している魔法術式も蒐集対象だ。それを、あゆが使いこなせるかどうかは別として。「あとで【ればんてぃん】と【ぐらーふあいぜん】も、しゅうしゅうさせてほしいのです」「大丈夫なのかよ」とシャマルに訊いているのは、エスタをチビチビとからかっていたヴィータである。きっちりこちら側の話も聞いていたらしい。「いくつかのストレージデバイスで試したし、クラールヴィントも問題なかったわ」「なら、いいんだけどよ」怒っているらしいエスタがヴィータの頭をぽこぽこと叩いているが、効いてないようだ。****「……どうしたの、珍しいね」「ふぇいと おねぇちゃん、おひさしぶり。なのです」あゆが訪れたのは、テスタロッサ家である。珍しいどころか、こうして1人であゆの方から訪問したのは初めてのことだ。「……あがって。アリシアも喜ぶよ」「はい。しつれいします、なのです」「それで……バルディッシュを?」「はい、なのです」リビングに通されたあゆは、【碧海の図説書】のことを説明した。実はここに来る前に翠屋に寄って、レイジングハートを蒐集済みである。手土産のつもりで買ってきたシュークリームを、エスタがまっさきに食べているのはどうしたものか。「エスタちゃん、お顔がクリームだらけだよ」「ありがとうですぅ」アリシアが拭いてやっているが、すぐまたクリームまみれになりそうだ。「構わないよ。……バルディシュも、いい?」 ≪ No problem ≫「ありがとう、なのです。 えすた。でばんなのですよ」「はーい、ですう♪」テーブルの反対側から飛んできたエスタが、浮かび上がった図説書と合流。「へきかいのずせつしょ、しゅうしゅうですよ」 ≪ Sammlung ≫白紙が埋まっていく様子を見ていたあゆは、リビングからガラス越しに見えている廊下を歩いていく男の子の存在に気付いた。「ふぇいとおねぇちゃん、あのこは?」言われて振り返ったフェイトが「エリオ、シュークリーム食べない?おいしいよ」と声をかけるが、振り向きもせずに行ってしまった。ふう。とフェイトが溜息。「母さんが……引き取ることにした子なんだけど、酷い目に遭ったみたいで、なかなか心を開いてくれないんだ」プレシアと聞いてあゆは思い出す。前にクロノたちが連れていた子供の中に、あの赤毛の男の子が居たことを。「わたし、あの子のこと好きじゃない」ぷいと横向いたのは、アリシアである。嫌いと言い切らなかったのは、お姉ちゃんの手前だからだろう。「……ダメだよ、そんなコト言っちゃ」「だって、お姉ちゃんがあんなに優しくしてあげてるのに、1回だってありがとうって言わないんだよ」だけどね……。と、しかしフェイトは言葉が続かない。「ふぇいとおねぇちゃん、ありしあちゃん」実験動物然とした扱いが、暗殺者教育のそれに劣らないだろうことを、あゆは状況証拠だけで悟った。そうして、はやてに巡り合えたことがどれほどの幸運であったかを知る。「おねがいなのです。どうか、あのこに やさしくしてあげてください」だから、深々と頭を下げるのであった。****あゆは、デバイス行脚を続けている。今日もゼスト隊の面々の協力を得て、大漁であった。非番で居なかったクイントのリボルバーナックルを蒐集させてもらおうと、ナカジマ家に着いた途端であった。「お姉ちゃんを返せ!」気絶しているらしいギンガを抱えて生垣を飛び越えてきた戦闘機人と鉢合わせたのは。『とーれさん!?なぜ、ぎんがさんを?』スバルに、トーレと顔見知りであることを知られるわけにはいかないから、戦闘機人向けの念話で。だが、トーレに応えようがない。あゆとの関係は伏せておいたほうがいいし、かといって受信のできないあゆに念話で語りかけても無意味だ。「あゆちゃん!?」生垣を突き抜けてきたスバルから、トーレが素早く距離をとる。「すばるちゃん、さがっていて ほしいのです」『わたしの めのまえで、ぎんがさんを つれさられるわけには いかないのです』「あゆちゃん……」「だいじょうぶ、なのです。 わたしに まかせてください」うん。と、おとなしく下がってくれたスバルに微笑みかけて、あゆはトーレに向き直る。『どくたーに てきたいするつもりはありませんが、ここは ひいてもらえませんか?』「……」一瞬視線をそらしたトーレが、一度だけまばたきした。スカリエッティにお伺いでも立てたか。『ありがとう、なのです』どうやらスカリエッティにとって、あゆには利用価値があるらしい。ギンガを攫ってどうする気かは知らないが、その関係を維持することを優先してくれたのだから。『いったん こうせんしてみせて、すきをついて うばいとる【しなりお】で、よろしいですか?』今一度のまばたきを確認して、あゆがS2Uと【碧海の図説書】を構える。魔力量が低く、処理能力もさほど高くないあゆの、唯一の取り柄が、ストレージデバイスを同時に使いこなす器用さであった。「ユニゾンするですか?」背負ったリュックから出てきたのはエスタだ。今まで寝ていたのだが、【碧海の図説書】の起動で目を覚ましたらしい――生まれたばかりのエスタは、睡眠を多めに必要とする。まるで、ほとんど寝ないあゆと吊り合いを取るかのように、1日19時間あまりほど――。「やめておくのです。 わたしのてきせいでは さほど こうかはありませんし、 えすたは、すばるちゃんに ついててほしいのです」「はいです」自分で作り出しておきながら、あゆはエスタとの融合適性が低かった。いや、正しくは自らのレアスキルのせいで、融合騎が力を発揮しきれないのだ。ユニゾン時の魔導師ランクはAA-相当と見積もられてはいるが、その程度なら別々に行動したほうが可用性が高い。『ほんきにみえるよう、ぜんりょくでいきます』「せっとあっぷ」展開された騎士服は、はやてのそれに良く似たノースリーブのジャケットと、前後左右にアンシンメトリーなプリーツスカートの組み合わせ。ただし、飾り気がほとんどなくて、シンプルさではフェイト以上だろう。魔力量に不安があるから、その装甲はかなり薄い。全体的にあゆの魔力光と同じ、青鈍色で統一されている。もちろんはやてのデザインだが、髪がポニーテールにまとめられているのは、誰の影響だろうか。「じくうかんりきょく、やがみあゆです。 あなたを、りゃくしゅゆうかいようぎで たいほします」もちろん、嘱託に過ぎないあゆにそんな権限はない。遠巻きに集まりだした野次馬に説明したまで。「かーとりっじ、ろーど!」【碧海の図説書】の表紙裏に、スリット状のポケットがある。あゆの言葉にそこから飛び出したのは、一葉のしおり。書籍型デバイスに弾丸型は似合わぬと、一枚一枚手作りの紙製カートリッジだ。ひらりと舞い落ちたしおりを、【碧海の図説書】の葉間で挟み取る。 ≪ Gefangnis der Magie ≫一時的に増大した魔力を注ぎ込んで、贖うのは封鎖領域。わざわざこちらの準備を待ってくれた以上、トーレはギンガを返してくれるつもりだろう。だが万一ということもあるし、居るかもしれないセインへの用心でもあった。『きぶつはそんは まずいので、ふうさりょういきをはりました。 とーれさんは すどおりできるせっていですが、でるときは こわすふりをおねがいするのです』口八丁手八丁とはこのことか。もちろんあゆは、ギンガは素通りできないなどとは言わない。さらには、外から様子が見えるよう調整してある。こちらは、心配しているであろうスバルのためだ。あゆの魔力量では、大規模な封鎖領域は展開できない。しかもいろいろと特殊な設定である。そのためのカートリッジロードであった。「……」これは もぎせん、これは もぎせん。と、あゆは自分に言い聞かせる。面の割れている状態で正面切って闘えるだけの毅さを、まだ手に入れてない。深呼吸をひとつ。『いきます』生み出したのは、3発のパスファインダー。重心を前へと崩して、這うような姿勢でトーレに駆け寄る。牽制に先行させたスフィアが、案の定瞬時にして叩きふせられた。その軽さは、いわば約束組手であることの宣言だ。トーレは読み取ってくれるだろう。戦闘機人の中でも大柄なトーレとでは、倍近い身長差。跳ね飛んだあゆの身体ごと突きこまれたS2Uの杖頭を、トーレは身じろぎだけで避ける。そこから薙ぎ払われた一撃も。だが、空振りで身体を泳がせたあゆがバックブロー気味に振り回した【碧海の図説書】は、その前髪をかすった。反射的に振るわれたインパルスブレードをS2Uで受け、乗るようにしてあゆが宙に跳ねる。「ちぇーんばいんど」 ≪ Chain Bind ≫伸びた魔力鎖が、トーレの右手首を縛り上げた。左手はギンガを抱えているのでこれで両手が塞がったことになるが、トーレが驚いたのはそのことではない。その右手を縛った魔力鎖を、あゆが駆け降りてくるのだ。ギンガの体を右腕に引っ掛けるように移し、左手のインパルスブレードでS2Uを受ける。そのまま力任せに押し返すが、トンボを切ったあゆのサマーソルトキックを躱しきれなかった。あゆの蹴り脚に押されて、左腕が大きく泳ぐ。 ≪ Round Shield ≫空中に張った小さな障壁を足場に、あゆがトーレめがけて逆落とし。右手は塞がっている。左手は間に合わない。トーレは擦り上げるような蹴りで迎え撃つ。だが、 ≪ Floater Field ≫6重に展開したミッド式魔法陣が、3段がかりで蹴り脚の威力を殺いだ。もちろん、その程度ではトーレの攻撃は終わらない。足首のインパルスブレードを最大に広げ、そこから薙ぎ払う。残る3段のフローターフィールドがあゆの速度をも殺してなければ、その首を捉えていただろう。「えす2ゆぅ」その右手首を拘束していた魔力鎖が消え、蹴り足の反作用でトーレが重心を崩した。バランスをとるために差し上げられた右腕に、ギンガ。「りんぐばいんど」抱えるというより、しがみつくようにしてギンガの身体を確保すると、あゆは自分ごと縛り上げる。あゆの腕力は見かけ以上だが、それでもギンガの身体を保持し続けることは難しい。 ≪ Pferde ≫足首から先を魔力の渦動で包んだあゆは、トーレの肩口を蹴り跳んで距離を置いた。空戦適性がなくとも、この程度の跳躍ならこなせる。重心は、崩して見せていたのであろう。長身の戦闘機人が、足首を捻るだけでバランスを回復させていた。「……」そのまましばらく対峙していたが、航空武装隊らしき影を見てトーレが踵を返す。「IS発動。ライドインパルス」『あとで、ごれんらくを』たちまち見えなくなったトーレに念話を送りながら、あゆは封鎖領域を解いた。「あゆちゃーん!」突進してきたスバルを、あゆがフローターフィールドで止めたのは言うまでもない。**のちにあゆの執務室まで潜入してきたセインによると、昨年のプラント捜査時にトーレと引き分けたクイントの戦闘スタイルに、スカリエッティが興味を示していたらしい。たまたまギンガやスバルの姉妹に当たる素体を手に入れていたようで、9番目の戦闘機人として開発中なのだとか。その参考とするためにゼスト隊にアンノウンなどをけしかけていたそうだが、素体つながりのネットワークで手に入れた情報を元にギンガの誘拐――戦力の補充も兼ねて――を企てたらしい。ギンガがクイントからシューティングアーツを習っていたことも、スカリエッティの食指を動かす要因であっただろう。しかし、さすがにこれは譲れないあゆは、ギンガを諦めてもらうよう念を押すために、スカリエッティのラボに直談判しに行こうとした。「さるまねなんて、どくたーらしく ないのです」という言葉を、どうオブラートに包もうかと、思案しながら。だがセインが言うには、スカリエッティはそれほど拘ってないようだ。トーレがあっさり引き下がったことも合わせると、信憑性はあろう。それに、しばらくは警戒が厳重で、さすがに手が出せまい。「これで貸しひとつだよ」との伝言を受けたあゆは、「そんなおそろしいかりは、いやなのです」と、蒐集したばかりのリボルバーナックルとローラーブーツのデータをセインに押し付ける。「期待しないでねぇ」とセインが消えた床を、あゆはしばらく見つめていた。なお、市街に無許可無資格で結界を張ったあゆは、地上本部から一応の戒告を受けた。誘拐を阻んだ功績との相殺で、処分はなかったが。おし丸先生(@oshimaru026)にお願いして、あゆの騎士服姿を描いて頂きました。Twitterにて公開してますので、@dragonfly_lynce を覗いてみて下さい。m(_ _)m