――【 新暦68年/地球暦1月 】――「こちらが、だい6せだいです」「うむ」あゆの向かいに座っているのは、ゼストである。チンクとの戦いで失った右目を眼帯で隠しているが、その威風にいささかの衰えもない。ゼストが意識を取り戻したのは、昨年の九月のこと。作戦から1週間ほどである。治療とリハビリを続け、退院したのが先月の話。しばらく訓練に明け暮れていたが、先日模擬戦でシグナムを下したのを期に戦線復帰した。来援への礼を述べにゼストが航空武装隊第1039部隊の隊舎を訪れた時から、この2人のもののふには交流があったらしい。「おそくなりまして、もうしわけないのです」「いや、俺はほとんど第5世代を使ってない。 謝るのはこちらのほうだ」すまんな。と頭を下げるゼストにあゆが慌てていると、ほうぼうから「第5世代は良かった」「充分実用に耐える」と声が上がる。ゼスト隊の面々だ。なかには、新規補充された隊員の姿まで。「だそうだ」「ありがとう、なのです」あゆが頭を下げると、めいめい仕事なり作業なりに戻っていく。「皆、感謝しているようだ」左目だけの視線で隊員たちを見やっていたゼストが、あゆに向き直る。その右目も治療するなり代替手段なりいくらでもあるはずだが、あえて残しているのだとか。「もちろん、俺もな」ゼストがその親指で指し示したのは、己の胸元。「つけて くださっているのですね」「ああ、護ってもらったことへの感謝と、未熟な己への戒めだ」あゆの視線は、ゼストが指し示して見せたブローチに。ゼスト隊のエンブレムを模した七宝焼きは、その中心に割れ砕けた第4世代が嵌め込まれている。あゆの手作りだ。「作戦参加章きどりで着けている奴も居るようだが」とゼストが視線を巡らせると、こそこそと隠れるのやら、「そんなことはありません」と反論するのやらが。割れ砕けたことを利用して人数分以上に作ったので、家族や恋人に渡した者もいるだろう。クイントも、メガーヌもそうしたと聞いている。「あゆちゃん、そろそろ時間よ」詰め所の戸口に顔を出したのは、メガーヌであった。「はい、なのです。 それでは、ぜすとたいちょう。しつれいします」「うむ」*** 捕らえた戦闘機人たちの取調べは、捗ってないらしい。相変わらず黙秘を貫き、反抗的だそうだ。さもありなん。と、あゆは思う。局の中には解体してしまえという声もあるようだが、これはレジアスがとどめているらしい。かといって、罪状認否も出来ない、協力的でもない相手を必要以上には庇えなくて、依然本部での拘置が続いていた。戦闘機人に人権があるのか、抑留期間などの法的根拠は何かということに、あゆは興味がない。あゆの目の前には、3重のケージと2重のバインドを施された戦闘機人の姿があった。仮称フォース。本名がクアットロであると、あゆは知っているが。あゆとメガーヌ――および、その召喚虫――が見守る中で本部局員の尋問が進められるが、クアットロは応えない。『こんにちは、なのです。くあっとろさん』驚いた様子のクアットロは、しかし瞬時に平静を取り戻している。『もうしわけないのですが、わたしは じゅしんができないのです。 ごりかいいただけたら、まばたきを2かい、おねがいするのです』クアットロの反応を確認して、あゆは続ける。『どくたーからの でんごん、なのです。 「かならず、たすけだしてあげるよ。それまで、そのおちびさんと くちうらをあわせて、じかんをかせいでおくれ」なのです』クアットロが2回瞬きをするのと、早くも本日の尋問をあきらめた本部局員があゆを呼ぶのがほぼ同時であった。前々から申請していた戦闘機人への面会を、――メガーヌと同様に監視役を兼ねることで――ようやく許可されたのだ。もっとも、許可の出所がなんだか不透明で、あゆは一抹の不安を拭いきれないのだが。「こんにちは、なのです」ちょこんと、おじぎ。「あ~ら、おちびちゃん。 お姉さんに何か御用事?」喋った!と驚いたのは尋問していた本部局員である。慌てて端末を開いている。「はい。 わたしは、ほんきょくしょくたくの やがみあゆです」「あらあら、きちんと名乗って貰ったのって初めてかも~。 私はクアットロよ」よろしく、なのです。と頭を下げるあゆを、クアットロが見下ろす格好になる。まあ、たとえ拘束されてなくても頭を下げるようには見えない。とは、はたから見ていたメガーヌの感想であった。「それでぇ、おちびちゃんの御用事は~?」『「くあっとろさん」と「おねえさん」では、どちらが こうかんどをひきだせることに なりますか? ぜんしゃなら1かい、こうしゃなら2かいで』「はい。おねえさんたちは【あんち まぎりんく ふぃーるど】のなかでも まほうをつかえるそうなので、そのひけつを おしえてもらいにきました」「あらあら~、そ~んな重大な秘密、お姉さんが話すと思ってるの?」『どくたーから、ぎじゅつこーど06985014までは おききしているのです。あとは、くあっとろさんの さいりょうにまかせるとも』「だめですか?」「そうねぇ、お姉さん今日はご機嫌だから、ぽろっと口が滑っちゃうかも~」あゆが戦闘機人への面会を申し出たのは、スカリエッティからの伝言を言付かったからだけではない。もともと話してみたいとは思っていたし、見返りとしてクアットロから聞き出すことが出来たならどんな情報も好きにしていいと言質を貰っていた。なにより、こうも進展がない以上、管理局上層部に本気で戦闘機人たちの尋問をする気はないだろうと見切ってしまったのだ。こうして尋問に協力して見せれば地上本部側の情報も手に入りやすくなるし、もちろんスカリエッティ側の動向も読みやすくなるだろう。結局この日クアットロから聞き出せたのは、ISがインヒューレントスキルの略であるということだけであったが、「これからなのです」とあゆは満足げであった。****第6世代試作品の開発に4ヶ月以上かかったのは、レリックの構造を知ったあゆが大幅なアーキテクチュア変更をかけたからである。だが、それだけではない。「りぃんねぇさま、おつかれさまなのです」「いや、疲労はない」各種検査装置が組み込まれた走査台から降りたのは、リィンフォースである。より早い研究、より強力な開発を志したあゆが求めたのが、自らの分身とでも呼べる存在の作成であった。あるじを補佐し時には一心同体となる、融合騎だ。 ……あゆの魔力量では、使い魔は維持できない。あわせて開発用のデバイスも作成し、その管制人格にする予定である。見本とする【蒼天の魔導書】作成時のデータはシャマルが保管していたし、融合騎にはリィンフォースというモデルが居るから、作成にそれほどの困難はないだろう。聖王教会の伝手で、ベルカの技術についてもいくらか提供してもらえそうだ。ただ、問題は資金である。あゆの個人的なデバイスであり融合騎であるから、どこからも予算が出ない。ロウランに相談して、局員がデバイスを作成する場合の助成金を申請してもらったが、総予算からするとスズメの涙であった。リンディに掛け合ってこれまでの給料を使わせてもらうことにしたし、戦闘機人の尋問に招聘された関係で手当てが増えているが、それでも足りない。困っていたところに、昨年本局から打診があった。試作品でいいから人工リンカーコアを供給できないか?と。近年アンノウンの出没が増えていて、局員の損耗が激しいらしい。そこであゆは、増産のためにデバイスを作成したい旨を伝えた。ただし、あくまで個人用として。これに対し本局は、一応の完成品と評価できる第5世代試作品の提出を要求。その功績を以って報奨金を支払う事を決定した。その金で勝手に作れということだろう。そうして先日ゼスト隊に第6世代を渡し、回収した第5世代を本局に提出してきたのであった。「おおくりしますね」「遮蔽の外までで構わない」特殊遮蔽区画は、出るのも入るのも検査がある。ゲストのリィンフォースは、1人では出ることもできないのだ。「あら、せっかくですから少しお茶にしましょう」コンソールを閉じて立ち上がったのは、リィンフォースの検査のために手伝ってくれていたシャマルである。時計を見ればなるほど、休憩にはちょうどいい頃合か。「まちまで、でますか?」次元空間にある本局は、小さな都市並みの規模がある。歓楽街も、区画ひとつをまるまる使っているのだ。「ええ、この間ケーキのおいしいお店を見つけたの」「たのしみです」あと、あゆが欲しいのは、時間である。去年のクリスマスに「研究時間が欲しいので学校を辞めたい」と言ってみたのだが、即座に却下されたのだ。はやてとリンディをどう説得しようか、悩むあゆであった。****――【 新暦68年/地球暦2月 】――そういえば。と切り出したのはあゆである。「きょうは、くらすの だんしのようすが おかしくなかったですか」はぁ……。と溜息で返したのはアリシア。下校途中であった。「あのね、あゆちゃん。きょうはバレンタインだよ」「それは ぞんじてますが、それと どんなかんけいが?」知ってたのか。と、むしろアリシアの溜息は深い。もっともあゆにとっては、八神家内でザフィーラがもてはやされる日くらいの認識である。はやてが「身内か、身内同然か、身内にしたい男性にチョコを送る日」と説明していたので、ザフィーラ、クロノ、ユーノ、ゲンヤ、レジアス、ゼスト隊男性陣には用意してあった。「男子たち、だれがあゆちゃんからチョコをもらえるかで、すごかったのに」「ちょこをもってくるのは、きんしされてませんでしたか?」1週間ほど前の帰りの会で、担当教諭がそう言っていたはずだ。「それでも、もってくる子はもってきてたよ」「ほしいなら、ちょこくらい いくらでもあげますけど」クラスメイトも一応身内か。などと内心で拡大解釈を済ませるあゆである。それに、だいたいにおいてはやては甘い姉だ。お小遣いも小学2年生としては多い方だろう。肝心のあゆのほうに、日本円を使う宛てがほとんどないが。「チョコそのものが ほしいわけじゃないよ。あゆちゃんから わたされたいんだよ」そこまで言われて、ようやくピンと来るあゆであった。ただし、将来的に味方に引き入れて戦力にしたい男性――身内という言葉の定義に、なにやら根本的な情報錯誤が見受けられるようだ――など、クラスはおろか学校内にも居ないのだが。「なぜ、わたしなのです?」「あゆちゃん、めんどうみがいいから、けっこうにんきなんだよ」そう言われると、あゆとしては心外である。情けは人の為ならずであるから、出来る範囲でクラスメイトの手伝いなどをしているだけだ。運動は得意な方だから逆上がりの出来ない子にコツを教えてあげたり、魔導師に計算力は必須だから2桁のかけ算の秘訣を教えてあげたりはしたが。あゆにしてみれば、放課後や休日の付き合いが悪くなる分を補えればと考えての、実に打算的な行動であったのだ。「そういう ありしあちゃんも、ちょこをあげていたようには みうけられませんでしたが」「お姉ちゃんいがいに、あげる気なんてないもの」あゆの嘘を真に受けているアリシアは、ものすごいお姉ちゃんっ子になっていた。「理想の相手はお姉ちゃん」と公言してはばからないから、脈ナシと諦めている男子は多い。それに、思ったことをストレートに遠慮なく言うので、一部男子などからは煙たがられている。そうでなければ、低学年男子の人気を独占していたであろう。ちなみに、目立たない――ようにしている――あゆはクラスの男子以外に認知されていないので、選外である。「あゆちゃん、はっぽうびじんだから、ぎりチョコくらいはあげるかと思ってたのに」「しっけいな。 そとづらがいいと いってください」変わんないよ、それ。と溜息をつくアリシアだが「ところで、ぎりちょこってなんですか」と問われて、「あゆちゃんらしい」と、くすくすと笑い出す。「ぎりチョコっていうのはね」とアリシアは、中元や歳暮になぞらえて説明しだす。この、地球に来て2年にならない少女は、あっという間にこの地の常識を身につけてしまい、こうしてあゆに教えているのだ。実は、この2人が一緒に下校するのは珍しい。あゆは授業が終わるなり飛ぶようにして下校してしまうし、アリシアは人付き合いがいいのでクラスメイトと遊ぶなり遊びにいくなりするからだ。今日はプレシアが定期検診でクラナガンまで出向くので、付き添うためにアリシアも早く下校していた。そうでなければ、これまでの会話も授業中などに念話で済まされていただろう。クラスやクラスメイトの情報などは――基本的にはアリシアから一方的に――そうして遣り取りしているのだ。「ふむ、ちゅうりつせいりょくを てなずけておくために、しきんえんじょや【おーでぃーえー】を おこなうようなものですね。 らいねんどよさんに くみいれるべきか、けんとうしてみるのです」「なに言ってるかよくわからないけど、わるだくみしているようにしか聞こえないのは気のせいじゃないよね?」「しっけいな。 りっぱな がいこうせんじゅつ なのです」との抗弁は、受け入れられなかったようだ。