――【 新暦67年/地球暦9月 】――半ば解体された戦闘機械たちが、所狭しとひしめいていた。ゼスト隊が戦闘機人プラントを強制捜査したときに押収された、カプセル型と多脚型の戦闘機械たちである。あゆが訪れているのは、地上本部の研究施設。廊下から、高密度ガラス越しでの見学だ。ガラスの位置が高くて、あゆの背丈では見えづらくて困る。「ありがとう、なのです」「どういたしまして」魔法も使用禁止なのでぴょんぴょん跳びはねながら見ていたら、付き添いの――監視とも言う――武装局員が抱きあげてくれたのだ。せめて取っ掛かりがあれば、懸垂の要領で覗いたのだが。これだけ沢山あるのだから、1体くらい本局に回してくれれば面倒がないのにと、あゆは嘆息する。本局所属のあゆが地上本部で何かしようとすると、なにかと手続が大変なのだ。これで、もしレジアスが便宜を図ってくれてなかったらと思うと、溜息の数が増えるあゆであった。進んだ先の一室で、カプセル型の戦闘機械が浮遊していた。なんでもあれはイオノクラフトだそうで、魔法ではないらしい。魔法だけでもとんでもないのに、このうえ科学技術すら地球のはるか先を行っていると知って、そこはかとない無力感を覚えたあゆである。目の前で、戦闘機械が展開するAMFに対して、射撃魔法が打ち込まれだした。見学の許可が下りたとき、この実験のある日を選ばせて貰ったのだ。「ああ、なるほど。なのです」あゆの目には、AMFの表面で、その構成魔力素を切り刻まれていく魔法弾の状態が良く見えた。AMFは一種の魔法力場で、その範囲内での特定種類以外の魔力結合を許さない。方法は若干違うが、それはあゆのレアスキルによる防御効果によく似ている。AMFがあくまで魔法であるならば、あゆならそのレアスキルによって阻害できるだろう。もっとも、その強度はAAAランクの魔法に相当するそうで、あゆではその濃度を何割か減衰させるのが関の山だろうが。ともかくも、射撃魔法がAMFに及ぼす効果、AMFによって魔法弾が切り刻まれていく様子を見逃すまいと高密度ガラスにかぶりつくあゆであった。****――【 新暦67年/地球暦10月 】――『お役に立てなくて、ごめんなさいね』「いいえ。こちらこそ、もうしわけありませんでした」閉じた空間モニター。通信の相手は、直接の上司にあたるレティ・ロウラン提督であった。以前却下された【レリック】に関する資料の閲覧許可を、ダメモトで再度申請してもらっていたのだ。結果はご覧のとおり、である。2回目とあって、今度は直々に最高評議会とやらから通告されたらしい。ロウラン提督には悪いことをしたと、あゆは心の中で頭を下げた。「……」危険な代物だからと言う理由で却下された閲覧申請をいま一度行ったのには、わけがある。【思考捜査】というレアスキルとその行使者の存在を、つい最近あゆが知ったからだ。戦闘機人たちの取調べがまったく捗ってないことに、あゆはそこはかとない違和感を覚えていた。戦闘機人とて人であるのだ。吐かせる手段などいくらでも――魔法も科学も発達したミッドチルダなら特に――あるだろうに、日がな行われているのは悠長にも口頭の尋問だけらしい。そこへ持ってきて、件のレアスキルである。本気で尋問する気があるのなら、とっくに招聘されてしかるべきだろう。そこであゆが思い至ったのが、管理局とスカリエッティ一味がグルではないか?ということである。例えば、テロを自演して軍備を増強する国家のように、対応困難な犯罪を印象付けることで管理局の存在意義を維持しようとしているのではないかと考えたのだ。そうして、管理局、スカリエッティ、戦闘機人などと関連する事柄を並べていって、思い当たったのが【レリック】である。その資料の閲覧許可が下りないのは、本当にそれが危険だからだけだろうかと、あゆは疑ってしまったのだ。ユーノ曰く「探せばどんなことでもちゃんと出てくる」無限書庫の資料で【レリック】を調べたら、知ってはならないことが出てきたりするからではないだろうか?例えば、スカリエッティの名前とか。ならば、この件について管理局の相当上の部分が関わっているはずとして、あゆは再度申請してみたのである。前回は、いったい誰が却下したのか、などということを気にしてなかったのだ。「さいこうひょうぎかい。なのですか」管理局のトップである。予測できなかったわけではないが、流石に気が重い。あゆは、つい勢いで一線を越えてしまっている。強くなりたい一心で、スカリエッティと接触してしまった。上手く渡り歩かないと、童話のコウモリのごとく身の破滅を招くだろう。スカリエッティのラボに乗り込んでいったことを、あゆは後悔していない。けれど、自分で自分の体を抱きしめながら少し、反省するのであった。****――【 新暦67年/地球暦11月 】――「おかぁさん?」はぁい♪と指先をひらひらと振って応えたのはリンディ・ハラオウンその人である。児童を迎えに来た父兄や使用人に混じって、私立聖祥大学付属小学校の門前で待っていたらしいのだ。あゆの語尾が上がったのも無理からぬことか。今日は小遣いの支給日ではないし、そうであったにせよ、こんなところで時間を費やせるような暇な人ではないのだから。「一緒にお茶する時間が、もう少しあってもいいでしょう?」そう言って掲げた紙箱は、横に長い。MASTERドーナッツは、香港資本のチェーン店である。バイトの採用にまで総支配人が直々に面接を行う独特の雇用基準を持ち、その人揃え――品揃えではなく――には定評がある。例えば中丘店の店長はさえない学者にしか見えないのに元SASの精鋭であったというし、藤見店のバイトは空中殺法を得意とするストリートファイターだ。桜台店の店長はセクハラ美少女で、ゴーレムと渾名のある副店長はその被害者である。風芽丘店の店長はOパーツとやらを求めてたまに旅に出るし、そこのバイトにはアイドルレベルの美少女が9人も居た。「それに、制服姿を一度見たかったですし」促すように歩き出したリンディの、口元に微笑み。あゆは今日、本局に直行するつもりだっただろう。はやての帰宅が遅い日などは、大抵そうしていた。しかし、甘くて香ばしい匂いにふらふらとついていってしまう。これがホントの、あゆ追従である(嘘)****――【 新暦67年/地球暦12月 】――シャマルと一緒に帰ろうと、医務局に向かう途中である。「あ、あゆちゃん。丁度いいところに」「まりえるさん」特殊遮蔽区画のゲートで行き合わせたのは、特遮二課の管掌責任者でもあるマリエル・アテンザ第四技術部主任であった。「マリーって呼んでって言ってるじゃない」「じょうしを あいしょうでよぶのは、どうかとおもうのですが」レジアスは呼び捨てにしていたくせに、ヘンなところでお堅いあゆである。ふぅん?と、その丸縁メガネを持ち上げたマリエルが、指先に魔法陣を展開して見せた。「どうやら、あゆちゃんは、このデータが要らないみたいね」行政上の上司がレティ・ロウランなら、業務上の上司は管掌役たるマリエルになる。そのため、あゆの権限では閲覧申請できない情報などは、一旦彼女の下に届くのだ。「せっかく集めたデバイス関係の資料、あゆちゃんに届けに行く最中だったのになぁ」つーぃ。と指先を高く掲げられると、あまり背の高くないマリエル相手とはいえ、あゆでは手が届かない。「あゆちゃんはどうするのかな~?盗れるもんなら力づくでもいいのよぅ」思わず、膝の裏を刈るとか、襟元掴むとか、目の前のみぞおちを打つといった、剣呑な方法を指折り数えそうになったあゆである。だがしかし、ここは子供らしく振舞うのが吉であろう。マリエルは、あゆの来歴を知らないのだし。「ください、ください。 でーた、くださいなのです」ぴょんぴょんと跳ねて、その指先に跳びつこうとして見せた。一所懸命に跳ねてるように見せて、実際はほとんど跳ばないのがコツである。まさかあゆも、学校生活がこんなところで役に立つとは思わなかっただろう。おかげで子供らしい振る舞いの、参考例に困らない。「おねがいです。 まりぃさん。でーた、ください。なのです」おやおやと、なんだかマリエルは残念そう。しかし魔法陣は下ろしてくれる。「ありがとう、なのです」魔法陣にS2Uで触れると、あっという間に複写を終えてその宝玉を明滅させた。にっこりと、笑顔。「それでは、しつれいします」「はい、お疲れさまでした」とことこと駆けていくあゆを、マリエルは見えなくなるまで見送る。「かわいいなぁ、もう」どうやら、あゆの跳びはねているさまを、もう少し愛でていたかったらしい。**「びぃーたおねぇちゃん」本局航空隊は、航空武装隊と違って、必要に応じて派兵される航空魔導師の部隊である。ヴィータの所属する第1321部隊は、出動がなければ本局待機であるから、本局で会ってもおかしくはない。医務局でなければ、と但し書きをつければだが。「おう、あゆか」至るところに包帯を巻いたヴィータが、椅子に腰かけて足をぶらぶらとさせていた。今まさに、シャマルによる治癒魔法を受けている最中だ。見かけに反して、意外に元気そうではある。「なにごと、なのですか」「ああ、それなんだけどな」ヴィータの説明を要約すると、演習からの帰投中に襲撃を受けたらしい。あゆが気にかかったのは、その襲撃者である。「はものをそうびした、せんとうきかい。なのですか?」「ああ、こんなやつ」と見せてくれたのは、グラーフアイゼンに記録させていたらしい映像だ。あゆもシャマルも所属が違うので、本来なら服務規程違反だろう。あゆは気にしないし、シャマルは見て見ぬ振りをする。「1年くれぇ前から時々魔導師が襲われてたみてぇなんだが、こんなに大規模な襲撃は初めてらしいな」映像に映るのは、できそこないのキュウリにカマめいた手足を付けた戦闘機械。あゆの予想通り、ゼスト隊が戦った仮称アンノウンであった。気になるのは、地上本部で付けられている仮称を、ヴィータが知らないらしいことだ。以前、戦闘機人プラント捜査の報告書を見せてもらったときに閲覧のみで持ち出し許可が出なかったのは、あゆが嘱託であるからだと思っていたが、こんな基本的な情報でさえ行き渡ってないとすると他に理由があるのかもしれない。「わんさか出て来やがってよ。 こいつがなかったら危なかったかもな」ヴィータが取り出したのは、人工リンカーコアである。ジュエルシードから作り出したヤツだ。「貰った時はヴォルケンリッターに、んなモン要らねぇと思ってたけど。 考えてみれば、カートリッジシステムと同じだもんな。 いざって言う時に頼りになったぜ、あんがとな」「いえ、 つかいこなした けっかなのですから、それは びぃーたおねぇちゃんのじつりょくなのです」ジュエルシードから人工リンカーコアを作ることを提案し、それを皆に配ろうと言い出したのはあゆであった。ヴィータの言うとおり、ヴォルケンリッターはあまり乗り気ではなかったのだ。だが、この人工リンカーコアは魔力ランクにしてシングルA相当の魔力素収集、魔力蓄積能力を有する。しかも、その魔力を使ってもほとんど疲労しないし、体への負担もない。「おににかなぼう、でしょうか?」と、あゆは、習ったばかりのことわざを思い出す。「でも、びぃーたおねぇちゃんには もう【ぐらーふあいぜん】がいますから、とらにつばさ、なのです」と、自己完結。10個作られた人工リンカーコアのうち、6個をヴォルケンリッターとリィンフォースとあゆが、しばらく使う予定のない3個がゼスト隊に貸し出されている。残り1個は、闇の書葬送時のお礼代わりにプレシアに贈っていた。管理局に知られると自分の値打ちが下がるので、クロノやリンディには渡さなかったことを、あゆは今では後悔している。「それじゃあ、交換しておきましょうか」「あっ、あんがと」シャマルが、その懐から取り出した人工リンカーコアとヴィータのそれとを取り替えた。一度使い切ると回復するまで数日かかるから、こうしてバックアップ陣のそれと交換してしまうのだ。尤も、そう取り決めていただけで、実際に行ったのはこれが初めてであるが。「しかし、持つべきは優秀なバックアップだよな。 今回の編成でついてた医療班のヤツら、つっかえなくてさぁ、シャマルのありがたみを思い知らされたぜ」「あらあら」ヴィータがかなぐり捨てた包帯を、シャマルがせっせと回収している。あとは棄てるだけだろうに、きちんと丸めてしまうのが彼女らしさか。さて。と椅子を降りたヴィータが、指の関節を鳴らしながらあゆに詰め寄ってくる。「ところで、あゆ。 だれが鬼だって?」「あれ?わたし、くちにだしてましたか」ええ。と、これはシャマル。「アイゼン、お前ぇは金棒だってよ」 ≪ Widerwille ≫ ヴォルケンリッターから古代ベルカ魔法も習っているあゆは、もちろん古代ベルカ語を理解できる。その口調からして「不本意です」と言ったところか。「びぃーたおねぇちゃんは【くれないのてっき】ですから さしずめ、あかおにさん でしょうか?」思わずヴィータから視線を逸らしたのはシャマルである。しかし、あゆの口調には特に含みも、悪意もなかった。むしろ、素敵なことだと言わんばかりに、にっこり。実は先日、授業の一環として【泣いた赤鬼】というお話を読んだのだ。故にあゆにとって赤鬼とは、力が強くて優しい者であった。だが、不運なことに、ヴィータはその童話を読んだことがない。あゆの笑顔も、正反対の意味に見えたであろう。「そうかいそうかい、調子を見たいんで模擬戦しときたかったんだが、お前ぇが相手してくれるってんだな。 姉貴思いの妹をもって、あたいは幸せものだよ」ゑ?と目を白黒させるあゆを引っ立てて、ヴィータが医務局を後にする。ヴィータは、AAA+ランクの空戦魔導師だ。しかも、なんだかやる気満々で、手加減してくれそうな雰囲気がない。「……あの、びぃーたおねぇちゃん?」対して、必要がないからランク認定を受けていないが、あゆは陸戦シングルAランクあたりと見られている。勝負になるはずもない。「えっと、……あれ?」学校で習ったばかりの【ドナドナ】を歌いたくなるのは、こんな時かと、引き摺られていきながらあゆは思うのであった。