―― 1 Years Later ―― ざわ… ざわ… ざわざわ… ざわ ざわ… ざわざわ… ざわざわ… ざわ ざわ… ざわ ざわ… ざわざわ… ざわ ざわ ざわ… ざわ… ざわ… ざわざわ… ざわ ざわ… 時空管理局本局は今、ざわついていた。ひとつには、普段研究室から出てこない新米デバイスマイスターが、かつかつとヒールを鳴らして歩いているからである。就業年齢の低いミッドチルダでもさすがに見かけない5~6歳程度の少女が、時空管理局の通路を白衣を引き摺るようにして歩いていれば、それは注目されるだろう。あゆがここに通うようになったのは、半年前のことである。意図したことではないとはいえ、アースラを撃墜してしまった『闇の書葬送事件』。その結果知られた3人の高資質魔導師と4人のベルカ騎士。さらには行方知れずだった高位魔導師。そして、ロストロギア【ジュエルシード】と【闇の書】の顛末。その処遇の決着点として採択されようとした、8人への保護観察処分に待ったをかけたのがあゆであった。自身の特殊能力を明かし、研究対象としてのジュエルシードと共に売り込むことで、8人への処分の軽減、もしくは猶予を願い出たのだ。管理局があゆの能力をどれだけ買ったのかは判らない。しかし、年若い魔導師3人と、病気療養中の高位魔導師への猶予を勝ち取ることはできた。「あしがなおって がっこうにいけるように なるのですから、おねぇちゃんには すこしでもそれをたのしんでもらいたいのです」と嘯くあゆは、はやてとリンディの企みによって戸籍を与えられ、学校に通うようになることをまだ知らない。ともかくそういう訳で、あゆはシャマルと共に研究室を与えられ、日々通っている次第であった。ちなみに、なぜヒールを履いているかというと、小さすぎて見過ごされることが多いからだ。けして大人ぶってるわけではない。わけじゃないったら、わけじゃない。さて、ざわついている理由の、もうひとつ。ヒールを鳴らして歩く少女の後ろを窮屈そうについて歩く、巨躯、強面、髭面、角刈りの壮年男性である。しかも、「儂には君(の技術)が必要なんだ」「(せめて)振り向いて(話して)くれ(ないか)」と、言動が誤解を招くことおびただしい。対するあゆの返答も、「しつこいおとこは、きらわれるのですよ」「あなたのおかおは みあきた。なのです」なものだから拍車をかける。しかも、判る人間には判るが、服装からして地上本部の高官だ。はばかって近づく者も居ないから、目立つことこの上ない。これでざわつくな。と言うほうが無理である。もっとも、事情を知ってる人間からすれば見慣れた、ある意味ほほえましい光景ではあるのだが。「頼む、あゆ君」あゆとしては、このレジアス・ゲイズという男に特に含むところはない。伝え聞く人物像からすると、はやてすら犯罪者扱いしかねない潔癖さ、融通の利かなさらしいが、直に会って話を聞く分には強い正義感で平和を望む好漢であると判る。それに、彼が本気になれば、所属が異なるとはいえ命令することだって不可能ではないのだ。多少手続きが煩雑になるとはいえ、同じ組織ではあるのだから。――実際、上層部同士の話は既についているという――にもかかわらず嘱託にすぎない一研究者に直接嘆願しに来るところなど、むしろ好感を持てなくもない。ただ、少々性急なきらいが強い。と、あゆは思うのだ。「君の研究を、陸にも提供して欲しいのだ」こうして、まだ研究段階の代物を使わせろと言ってくるのだから。目的のために手段を選ばないどころか、足を踏み外しそうな危うさとでも云おうか。清濁あわせ呑む度量はありそうだが、その潔癖さと相容れないことは間違いない。「れじあす」たまりかねて、あゆは足を止める。呼び捨てなのはミッドではこれが普通だし、本人にもそう呼んで欲しいと言われているからだ。もちろん所属が違うとはいえ相手は上官で、その上あゆは嘱託に過ぎない。本来なら役職なり階級なりをつけるべきなのだが、あゆは頓着しない。そう呼べと言われたからそう呼んでいるだけである。それがまた、あらぬ誤解を生むわけだが。「わたしは、なんどもいいました。 じんこうりんかーこあ【いであしーど】は、まだけんきゅうちゅうだと」「だからこそだ。 実地での検証を加えれば精度も上がるし、研究も進むだろう」だからといって、研究中の代物をいきなり実戦投入などしたら何が起こるか判ったものではない。「頼む、あゆ君。 君の研究する人工リンカーコアは、儂の長年の夢なのだ。 素質のない者にも魔法の力を与える。平和を守る力を与えてくれる」こぶしを握りしめ天を突きかねないレジアスの様子に、あゆは溜息をつく。この演説を何度聞かされたことか。「後生だ」「おくがたも、こうしてくどきおとしたのですか?」娘が居ると聞いていたのでつい口にしてしまったが、これはあゆの勇み足だっただろう。「ああ、儂には過ぎたいい女房だった」「だった?もしや……? もうしわけ、ないのです」相手の表情から全てを察して、頭を下げる。「気にしないでくれ、もうずいぶん経つのだ」「それでも、なのです」頭を上げたあゆは、自分の倍以上あるレジアスを見上げた。「あなたに くどきおとされたじょせいが すでにいるというのなら、 わたしが そのふたりめになったとて、ふしぎなことではないのです」手にしたのは、ジュエルシードに良く似た宝石様の結晶。「これは、いまげんざい もっともできのよいもののひとつ。なのです」それは嘘だ。まず第一に、そんな試作品をほいほい持ち歩くはずがない。特に、休憩がてらに買い物に出掛けるようなときには。次に、いかにあゆが優れたデバイスマイスターとしての素質を持っていようと、たかが半年で作れるものではない。さらには研修が終わってからなら3ヶ月ほどで、何をかやいわんや。その結晶は、以前【蒼天の魔導書】を作ったおりに、試しにジュエルシードに作らせてみた人工リンカーコアだった。あゆは今、それを独力で作れるように研究中なのだ。だが、そんなことはレジアスの預かり知らぬこと。おお!と、今にも泣きつかんばかり。「ですが、これをいきなり そしつのないものに つかわせるわけにはいかないのです」魔法の素質のない者に突然こんなものを与えたところで、使い方がわかるわけがない。人工リンカーコアの難点は、そこにある。例えば、人間の背中に翼を移植して、すぐさま飛べるものだろうか。それを使えるようになるまで、おそらくその人が歩けるようになった以上の時間がかかるだろう。「あなたのぶかなり どうりょうで、まどうしらんくがAいじょうのひとの りすとをおくってください。まりょくらんくは、といません。 わたしがえらんで、これを かしあたえましょう」少しは時間が稼げるだろうと、あゆはそっと溜息を洩らす。その人物が信用できるようなら、協力を依頼して口裏を合わせてもらってもいいだろう。「おお!ありがとう。 ありがとう、あゆ君」念願の人工リンカーコアを手に入れられるとあって、レジアスの感激ぶりは並みではない。握りしめた手を振ること3ダース弱。抱えあげ高い高いすること5回。そのままその場で回転すること1260度。抱き寄せ、その髭面で頬擦りすること6往復半であった。「すぐ送る。すぐ送るからな」と、捨てゼリフめいて去っていくその姿の、地に足の着いてないこと。これが元でレジアス・ゲイズにはあるあだ名がつくのだが、ここでは敢えて記さない。「ちょっとうれしくて、かなりめいわく。なのです。 ちちおやというものは、ああいったものなのでしょうか?」あゆは踵を返す。当初の目的地だった購買へ、取り置きしてもらっている「隔月刊【世界の名デバイス】」を買いに行くべく。「いちど、むすめごさんと、おはなししてみたいもの。なのです」それは、そう遠くない未来に果たされる願いであった。 おわり