「こんばんは」「いらっしゃいませ。なのです」八神家の玄関でなのはを出迎えたのは、車イス姿のあゆであった。「どうぞ、おあがりください。なのです」手配していた車イスが、つい先日届いたのだ。レンタル品だから手動式なのだが、あゆは苦にした様子もなくリビングへと先導する。「あゆちゃん……?」あゆの表情が妙に硬く見えて、思わず声をかけたなのはだったが、続きを口にするには廊下が短すぎた。「良く来た、高町なのは」「いらっしゃい、なのはちゃん」「……来たか、なのは……」「歓迎する」ヴォルケンリッターが総出である。珍しいことに、ザフィーラが人間形態だ。「こんばんは。お招きくださってありがとうございます」「こちらこそ急に呼び立てして済まなかった。 どうしても話したいことがあってな」話したいこと、ですか?との問いに「うむ」と応えたシグナムはしかし、「その前に我が家のあるじを紹介しよう」と、なのはの背後を指し示した。夕食の下拵えの手を止めて、はやてがキッチンから現れたところだったのだ。「はじめまして。あゆの姉で、八神はやて言います」車イスを寄せたはやてが、ちょこんとお辞儀。「はじめまして、高町なのはです。 そして、こっちがユーノ君」はじめまして。とリュックから顔を出したイタチに挨拶を返しながら、「おお、ほんまに喋っとる」と、はやてが内心で独り言ちる。「あゆと友達になってくれたそうで、ほんま、ありがとうなぁ。 うちとも友達になってくれると、嬉しんやけど」はやての差し出した手を両手で握り返して、なのはが満面の笑み。「もちろんなの♪ よろしくね、はやてちゃん」「よろしゅうな、なのはちゃん」にっこりと笑顔を返したはやてが「ああ、もちろんユーノ君もな」と指先を差し出す。「はい。よろしくお願いします」ええなぁ。と、このまま指先を挟む肉球の感触に癒されていたいはやてだったが、そういうわけにもいかない。「そしたら、おふたりさん」はやての身振りに釣られて振り向いたなのはは、思わず身構えてしまった。あゆとヴォルケンリッターが、揃ってフローリングの上で正座していたのだ。なのはを迂回して合流したはやても、ザフィーラに手伝ってもらいながらやはり床の上に正座した。ごめんなさい。と、まず頭を下げたのはあゆであった。ペリカンのように途惑うなのはを置いてけぼりにして、ヴォルケンリッターが、そしてはやてが頭を下げる。「わたしたちが かくほしていた【じゅえるしーど】は、ほんとうはぜんぶで19こ、あったのです」****いつまで経っても泣き止まないあゆを、しかたなくヴォルケンリッターはそのまま家に連れ帰ることにした。そして、はやてに全て話したのだ。巨大生物からの蒐集は効率が悪すぎること。保護生物が多くて、それさえもままならないこと。なのはと接触したこと。友達になったこと。ジュエルシードを引き渡したこと。詐術を用いて、確保しているジュエルシードが9個であると思い込ませたこと。リンカーコアから魔力を蒐集したこと。なのはの回復に2、3日かかるだろうこと。全てを聞いて、しかしはやては怒る気になれなかった。怒ってないわけではないが、はやてとて泣く子と地頭には勝てない。ヴィータまでもが、下手に突付いたら泣き出しそうな顔して唇を噛んでいるのだ。「なんや、罰はもう受けとるような気ぃするで」むしろ、泣き止まないあゆをどう慰めるか、そっちの方が急務のような気がしてならないはやてであった。「まあなんや、悪いことしたんなら謝らんとな」そういうわけで、なのはが完全復活したとユーノから念話を受けた今日、こうして2人を招いたのである。「やっぱり、スパイラル土下座やろか?」****「つまり、あの黒い魔導師とも取引するためにジュエルシードの数を誤魔化してたんですか?」一通りの事情を聞き、ジュエルシードの解析結果を聞き、ここに至る経緯を聞いて、ユーノがそうまとめた。「はい。そうなのです」赦すから土下座は止めてくれと、なのはたちがむしろ懇願して、今は車イスの上のあゆである。車イスの上でも正座しようとして、「子供の謝り方じゃないの」と却って怒られたが。「ちょう、さかしかったか」と、反省中のはやても自分の車イスに、ヴィータとシャマルはなのはたちの斜向かいのソファ、シグナムとザフィーラはそれぞれ車イスの後ろに立っていた。「あのときに接触してたなんて……」臨海公園でのフェイトの襲撃の時、それを撃退するように見せて、シグナムは取引をもちかけていたのだ。圧倒的な実力の差を見せつけた後だから、交渉自体はすんなり進んだ。とはシグナムの弁である。条件はなのはたちと一緒だったが、決定権がないからとフェイトは一度出直してくることになったのだ。「さくや、いまいちど こうしょうのばをもうけたのですが、9こでは たりないといわれたのです」拭いきれてなかった涙を、あゆが拭いなおす。赦してもらった時に思わずこぼれた涙は、止まるまでに多少時間を要した。「ジュエルシードが9個もあって、足りない目的って……」骨格の構造上イタチには出来ない筈の腕組みをして見せて、ユーノが首をひねる。ぽくぽくぽく……。と、なにやら木魚でも叩きかねない風情だったが、仏鈴の音は付き従わなかった模様。「残念ながら、目的については話してくれなかった」「と言うより、あの子自身も知らされてないように見えませんでした?」「シャマルもか? あれさぁ、口止めされてるっていう口ぶりじゃなかったよな?」「使い魔は逆上するしな」ヴォルケンリッターの言葉に「使い魔?」とユーノが反応する。「ああ、我と同じく狼型のやつがな。 アルフ……と言ったか。 主人思いのいい使い魔だが、直情径行にすぎる」「いいくみあわせでは、あるようにみうけられたのです」ザフィーラの補足と寸評に、あゆが感想を追加した。「もっとも、あの にたものしゅじゅうは すなおすぎて、【じゅえるしーど】を ひみつりにかいしゅうできたとは おもえませんが」「そんなに似てたかぁ?」小首を傾げるヴィータに、あゆが頷いて見せる。「はんのうのしかたは ぜんぜんちがいましたが、なにに はんのうしたかがまったくおなじ。なのです」「ああ、確かに」とシャマル。何か思い当たる節があったらしい。「目的を訊ねた時に、口篭もるか激昂するかで反応は違いましたけど、それで誤魔化そうとして、誤魔化せた気になっているところとか似てますね」あのおふたかたも わかりやすいですけど。と、あゆはなんだか溜息をついたように見えた。「むこうがだしてきたじょうけんも たいへんわかりやすくて、ないじょうがまるわかりなのです」「内情?」「条件?」と、なのはとユーノはそれぞれ別のところに興味を惹かれたようだ。「あいては、いま【ふぇいと】をうしなうわけにはいかないから、すこしまってほしい。と、じょうけんをだしたのです」よく解からない。と云う顔で首を捻ったなのはは、「こちらは、まりょくをしゅうしゅうさせてほしいとしか、もうしでてないのに」妙に力の篭ったあゆの言葉に、反対側へと首を捻る。「今失うわけにはいかない。と云うことは、用が済めば失ってもいい。と云うことだろう。 こちらは別に、彼女の身柄や命が欲しいと言ったわけではないのに。な」憤懣やるかたない。と全身で表現して、シグナムの体から陽炎が昇るようだ。「そんな……、」続けて何を言わんとしていたのか、なのははしかし、あゆの様子に気付いて口を閉ざした。「なにがもくてきかは しりませんが、ろくでもないことか、しゅだんをまちがえているにちがいないのです」滔々と推測した内容を語りだすあゆを横目に、なのはは「ねぇねぇ、はやてちゃん」と声をひそめて顔を寄せる。「なんや?なのはちゃん」と応じたはやてだが、言葉とは裏腹に何を訊かれるか判っている様子。「あゆちゃん、もしかして怒ってる?」「うん、かなりな」おかげでまあ、元気にはなってくれたんやけど。と独り語ちたはやてが、あゆをちらりと。あれ以来、ふさぎこみがちだったのだ。「あのじょうけんを つたえさせられた【ふぇいと】さんは、そのことを どうおもわれたのでしょう?」暗殺者などというものは、基本的に使い捨てだ。そのことはハッシッシの昔から変わりがない。あゆの同期でも、脱落者などがその処分を兼ねて自爆テロに使われていたし、そうでなくても必要があれば駆り出され使い棄てにされていた。いつか朝市で見た爪楊枝のように。いつかは、ああなる。あゆはずっとそう思っていたのだ。フェイトと言う少女の境遇は推測するしかないが、他人のような気がしないのだろう。「これは、なのはちゃんのおかげかな?」「にゃ?どして?」「あゆが、家族以外の人のことこんなに気にするようになったんは、なのはちゃんが友達になってくれてからや」そんな。と反論しかかったなのはは、ぷにぷにと頬を押す肉球の感触に気付いた。「なに?ユーノ君」と問うまでもなく、指し示された方を見ると、「だからわたしは、あのひとのために、なにかしてあげたいのです」なにが「だから」なのか、なのはは聞き逃してしまったようだ。「それで、あんな提案をしたのか?」「はい、しぐなむねぇさま」あゆは、フェイトに対して逆にジュエルシードを要求するとともに『完璧にジュエルシードを操作できる技術者の貸与』を申し出た。いくつかの遺失術式のリスト、サンプルをつけて。相手がジュエルシードの種類ではなく数に固執していることから、あゆは先方が手段を間違えているか、ろくでもないことをしでかそうとしている可能性に思い至っていた。ここしばらく魔法やジュエルシードに接してきたあゆは、「魔力量と魔法の利便性・可用性に、関連性はない」と結論付けている。砲撃魔法しか使えない魔導師がどれだけ魔力量をふやしても砲撃の威力が上がるだけだし、治癒魔法にどれほど魔力を費やしても死者は甦らない。然るに相手は、ジュエルシードの数に拘っている。つまり目的の達成を、未知の技術ではなく、既知の技術の威力増大、もしくは単純に魔力の強大さで叶えようとしているのだ。単に力だけを集めてそれで叶えられる願いに、どれだけまともなものがあるだろう?テロかクーデターか独裁か弾圧か、あゆが思いついたかぎりでは、なにひとつ碌なものがなかった。「まずは あいてのもくてきをしること、なのです。 きいたところで おしえてくれないでしょうから、むこうから はなしたくなるようにしてやったまで、なのです」「向こうから、話したくなるように……か」なのはの呟きを、ユーノだけが耳にし、ユーノだけが理解した。あの封時結界の中、なのはがフェイトと初めて出会った時に、居合わせていたのは彼だけなのだから。「そうだよね、ただ訊いただけで話してもらおうなんて……」けれど、その落ちる視線はユーノでも支えてあげられない。「…ちゃん。なのはおねぇちゃん?」「にゃ!?お姉ちゃん?えぇ?」「なのはおねぇちゃんは、おねぇちゃんのともだちで、わたしのともだちだから、なのはおねぇちゃんなのです」よく解からない理屈に疑問符を増やす一方のなのはだったが、つまりあゆにとって友達とは家族と同然なのである。そういうふうに、認識されてしまっていた。すなわちユーノが悪い。「どうか、されたのですか?」「ううん、なんでもないの」とてもそうはみえませんでしたが。とは口に出さず、あゆは視線を巡らせた。何を見つけたのか何も見出せなかったのか、結局なのはの、その肩の上に視線を戻して「そういえば」と、小首を傾げて見せる。「ゆーのさんのことを、どう およびしたらよいでしょうか? ゆーのおにぃちゃん?」「ゑ!?」「むっ……」一体何を言い出すのか。と問い返すよりも先に、ユーノは強烈な眼光に射貫かれた。あゆの背後に、般若が居るわけではない。いつもどおりのポーカーフェイス、いっそすずしげに。しかし、その視線だけが雄弁に「お前を獲って喰う」と宣言している。はっはっははっ…。と湿度0%で笑ったユーノは、「目を逸らしたら喰われる。目を逸らしたら喰われる」と唱えながら、パラパラのようなよく解からない手振りで意思を示そうとしている。八つ裂き光輪でザフィーラを真っ二つにしたかったのなら、フィニッシュは右腕だぞ。「……いや、その。お兄ちゃ… ぴっ! ……は、ちょっと…。 その、普通に呼んでくれれば……」途中の壊れた笛みたいな音は、眼光の出力が倍増したためだ。イタチには汗腺がないはずなのに、滝のような脂汗を流している。「そうですか……、 それでは、いたちさん」「僕フェレットだよっ!?」随分弱くなっていたとは云え、思わず眼光を撥ね退けたユーノが、跳び上がらんばかりに。「フェレットってなんだ?」「いたち。なのです」ヴィータの質問に、即答。フェレットなんだよぅ……。と肩の上で頽れたユーノを、なのはが懸命に励まそうとしている。落ち込んでいられなくなったらしい。「じょうだんはこのくらいにして、ゆーのさん」へんじがない。ただのしかばねのようだ。「ゆーのおにぃ……」「なんでしょう!」びしっ!と音が出そうな勢いで直立不動になるフェレット。コンマ5秒で鋼の硬さ!とは、このことか。「【じゅえるしーど】をおかしいただくけん、よろしいですか? そのかわり。というわけではないのですが、すべてがおわったあかつきには、21こ、みみをそろえて おかえしできるのです」立ち会わせて貰えるんだよね?との質問に頷いたあゆが、視線をなのはに移した。「もういちどいいますけど、こよい0じに かいとういただけるよう、ふぇいとさんと おやくそくしてるのです。 じょうきょうによっては そのまま あいてのきょてんにおもむいて、【じゅえるしーど】をつかうことも そうていない。なのです」なのはがちゃんと聞いていることを確認して、あゆは続ける。「なのはおねぇちゃんに おねがいしたいのは、 しぐなむねぇさまたちといっしょに、こうしょうばしょまで いってもらうこと、 ひつようにおうじて、【じゅえるしーど】をかしてほしいこと、 できるだけ、ごじぶんとゆーのさんのみは じぶんでまもること、 ばあいによっては、ふぇいとさんをまもること。なのです」あゆが一本ずつ立てて数えてみせた指の、最後の小指を見ながらなのはは首を傾げた。「フェイトちゃんを守るの?」自分を一撃で昏倒させるほどの魔導師を、逆に守る。ということが、少し実感できないらしい。「むこうにとって、ふぇいとさんはつかいすててもおしくない、しょうもうひんであるかのうせいが たかいのです」消耗品であれば、複数居るかもしれない。いや、複数居るからこそ、消耗品扱いなのでは?相手の戦力は不明だが、その尖兵たるフェイトやアルフでさえ侮れない実力者である。それと同等か、それ以上の相手が複数出てくるようだと、ヴォルケンリッターでも手加減している余裕がないかもしれない。足手まといになることをおそれて、今夜はあゆもついて行かないのだ。「いざというとき、みすてられるかもしれないし、めいじられて てきたいするかもしれません。 そのときは、なのはおねぇちゃんが まもってあげてください」「うん。頑張る」フェイトの境遇を再確認して表情も硬く頷くなのはを、心配そうにユーノが見上げていた。約束の刻限まで、まだ遠い。