ダイニングのテーブルの上に出ているのはホットプレート。その上で香ばしく音を立てているのは円形の生地。どうやら本日の昼食は、お好み焼きらしい。「そろそろやな」いい焼き加減になってきたお好み焼きに、はやてがソースをかける。黄緑色の顔付き機関車がトレードマークの、関西のメーカーのソースだ。「あら大変。はやてちゃん、お箸を出し忘れてました」「ああ、待ちぃなシャマル」慌てて立ち上がろうとするシャマルを片手で制して、マヨネーズ、アオノリ、カツオ節と仕上げていく。関西風のお好み焼きはな、この。と、今お好み焼きを切り分けるのに使って見せた金属製のヘラを指し示す。「コテで食べんとならんのや」各人の前の皿の横には、はやてが使っているものより一回り小さなコテが置いてあった。「なるほど……」調理に参加するために配られたのだろうかと考えていたシグナムは、自分の皿に乗せられたお好み焼きを見て得心する。ここからさらに切り分けながら食べるなら、合理的ではあろう。「おねぇちゃん」「なんや? あゆ」ザフィーラの分を床においてやったあゆが、コテを手にした。「ざふぃーらにぃさまも、これをつかって たべるのですか?」見やれば、床に居鎮まる狼の前、皿の横にコテが置いてある。「みんなに配ってや~」との指示のもと、ヴィータが置いたものだ。手渡された本数からすれば、間違いではない。 ……あ~。と、はやての視線が泳いだ。お好み焼きは、大勢でわいわいと支度しながら食べるのが楽しい料理であろう。その事実に少し、浮かれていたらしい。「ごめん。 お好きに食うて」****「解析が終わったそうだが?」ヴィータに呼ばれたシグナムが、リビングに入ってくる。これで八神家が全員そろった。「ええ」テーブルの上では、紅茶が湯気を立てている。シグナムを呼んでくるまでの間に、はやてが用意したものだ。クッキーやビスケット、チョコが満載にされた皿の、さらに上に、19個の【瞳】が浮いている。あゆによる構造探査は3日前に終わっており、あとはシャマルとクラールヴィントによる解析を待つのみであったのだ。「結論から言うと、この【瞳】は『人造リンカーコア』であり『祈願型デバイスの原型』です」「人造リンカーコア!」「祈願型デバイス?」「原型とは?」魔法のことを知らない2人は、口を挟まない。「さらには、その試作品っぽいのですけどね」と、疲労の濃い顔に達成感の笑みを乗せて、シャマルが紅茶を飲み干した。「シャマル。紅茶のお代わり、どうや?」「はい。いただきます」はやての淹れてくれた紅茶を一口含み、シャマルは解析結果から読み取った内容を語りだす。【瞳】の持つ機能は、大きく3つ。・魔力素収集機能。・魔力蓄積機能。・魔法行使機能。このうち最初の2つがリンカーコアが持つ能力で、最後のひとつがデバイスの持つ機能である。カートリッジ式のデバイスなら後ろの2つの機能を持つ。と云えるだろう。最大の特徴は魔力素収集機能だと、シャマルは言う。魔力蓄積ならカートリッジ。魔法行使ならデバイス。わけても祈願型インテリジェントデバイスがある。しかし、魔力素収集機能を持つアイテムはない。いや、ないわけではないが、魔導炉のように大掛かりになってしまう。【瞳】は、持ち運びできるサイズで、Sランク魔導師のリンカーコア並みの収集能力を発揮できた。もちろん蓄積容量はそれ以上で計り知れない。携帯できる魔力素収集機能と魔力蓄積機能。人造リンカーコア、とシャマルが呼んだ理由がそこにある。そして、魔法行使機能。その制御部には、現在知られているものはおろか、彼女ら古代ベルカの騎士ですら知らない術式まで大量に組み込まれていたのだ。例えば、一瞬で森林を形成するほどの成長促進魔法。例えば、竜巻などの大規模な天候操作。例えば、虚数空間にすら達する次元断層生成。それらを、【瞳】は所有者の希望を汲んで自動で魔法を行使する。だから祈願型デバイスだとシャマルは判断した。原型。と付け加えたのは、【瞳】が作られたのがインテリジェントデバイスの登場以前だったのではないかとシャマルが推測したからだ。だが、それがどんな容であれ、知性のある者にしか知性は理解できない。自動防御のような条件反射程度ならともかく、所有者の希望を明確に認識するには、【瞳】の判断能力は足りなさ過ぎる。とシャマルは断じた。しかし、魔法行使に必要ながら相反することもあるこの3つの要素を内包できるだけですごい。ともシャマルは言う。例えば、インテリジェントデバイスとカートリッジシステムは相性が悪いとされる。乱暴で急激な魔力上昇もそうだが、そもそも大量の魔力は操作が難しいのだ。魔力素収集と魔力蓄積もそう。魔力素の収集機能は、蓄積した魔力も収集しようとする。それが巧くいっているのは、リンカーコアの生命体としての柔軟性ゆえだ。実際、リンカーコアの機能不全を障碍にもつ魔導師の中には、収集と蓄積によって魔力素をループさせてしまう者がいるし、魔導炉が大掛かりなのも、この問題を距離や遮蔽物などで解決するからである。いくつか問題は抱えているものの、それでも、3つの機能を兼ね備えた【瞳】は、それだけで一人の魔導師だ。「待て、それなら」融合騎があるではないか。とシグナムは言う。確かに融合騎ならリンカーコアを持ち自らの意思で魔法行使まで行うから、3つの機能を兼ね備えているだろう。しかし、「一般的じゃ、ないでしょう?」と、シャマルは応える。融合騎は、それを生み出した古代ベルカでさえ希少な存在だった。いま【闇の書】の中で眠っている管制人格を含めても、今の時代に片手も残ってないだろう。しかも適性を必要とするうえ、融合事故の危険もあって使い手と状況を選ぶ。だが【瞳】は21個もある。それどころか、複製すら可能だろう。これに今のインテリジェントデバイスの機能を付け加えることが出来れば、リンカーコアを持たない人間でも魔法を使えるようになる。それも、最低でランクAクラスで、運用次第ではオーバーSランクの。「それで、試作品というのは?」最近では、もっぱらあゆのソファとなっているザフィーラだ。あゆの麻痺はふくらはぎにまで及び、さすがに足首を固定できなくなって歩けなくなった。車イスのレンタルを手配しているが、それまでザフィーラが脚代わりになることを買ってでたのだ。いつでも傍に居る必要ができたため、リビングではソファ代わりになっている。羨ましいな。と姉が2人ほど思っているが、一人は言い出せず、一人は却下された。「これは推測だけど、」少し冷めてしまった紅茶で喉を潤して、シャマルが続ける。21個ある【瞳】は、同じものではない。構造や基本的な能力こそ一緒だが、制御部の機構や保有する術式に違いがあるのだ。シャマルはこれを、開発者たちの試行の結果と見た。さらには、使用者の願いを汲み取る祈願処理機構が未完成であった。それでも、現状で使い物になるように、いくつかの仕様追加が見て取れる。これだけの規模の魔力結晶体に、魔力封印が通用したのがそのひとつだ。開発者たちは、魔力封印をかけることで祈願処理機能の自動実行を封じられるようにしていた。この状態の【瞳】に、その祈願処理機構部分のパラメータを理解したデバイス――現在ならインテリジェントデバイスが適任か――を組み合わせれば、十全とまでは行かなくても、【瞳】を使うことが出来るだろう。「それにね」と、シャマルは【瞳】をひとつ手にする。おそらく、試験の途中で遺されたのだろう。【瞳】制御部の数万に及ぶパラメータは初期化もされず、さまざまなステータスが詰まったままで放置されていた。もし、この状態で下手に【瞳】を使おうとしたら、とんでもない事態を引き起こしたことだろう。よくて魔力暴走、最悪で次元断層。決して望んだ結果は得られまい。そこまで聞いてあゆは、まるで弾薬のようだと感じていた。魔力が発射火薬で、魔法が弾丸。なるほど仕組みは一緒だ。だが、あゆがそう感じたのは、弾薬も【瞳】も、それだけでは使い物にならないところにあった。もちろん、弾薬は雷管を刺激さえすれば弾丸を発射する。【瞳】もそうだ。だが、それではどこに飛んでいくか、何をしでかすか判らない。弾薬は銃で撃つべきで、【瞳】はデバイスの補助を受けねばならない。だからあゆは、【瞳】を弾薬だと感じたのだろう。「で、【闇の書】の完成に使えんのかよ?」クッキーをばりばりと噛み砕きながら、ヴィータは伸びをした。聞くだけと言うのも疲れるものだ。「ええ。どれほどのページを埋められるか、そこまではやってみないとわからないけど」「今から試せるか?」シグナムの問いに、しかしシャマルはかぶりを振る。「パラメータの初期化と、19個それぞれへのインタフェース構築に、もう少し時間を頂戴」そうか。とシグナムが応えたその時だ。「魔力の発動を検知!」「例の屋敷のヤツか?」発生源の位置が、その問いを肯定する。頷いたシャマルを確認したシグナムが、はやてに向き直って跪いた。「あるじはやて。 我らは現場に向かい、必要なら対処、封印を行います。 例の場所ですので妨害も予想されます。その際に、反撃することの許可を戴きたい」口を開きかけたはやてを身振りで押しとどめ、シグナムは頭を垂れる。「攻撃魔法には非殺傷設定を行い。けして殺めぬと誓います。 いくばくかの外傷は与えてしまうかもしれませんが、気絶させるだけです」「シグナムにも困ったもんやなぁ」車イスを寄せたはやてが、シグナムの頭に手を置いた。「うちは最初から、許可したるつもりやったんやで。 シグナムを信用しとるし、【瞳】が危険なこともわかっとる。 シグナムがそう言うんやから、必要なことなんやろ?」……はい。とシグナムは垂れた頭を深くした。目元に光るものがあったようにも見えたが、錯覚かもしれない。立ち上がったシグナムは、すでに騎士服姿だった。「油断ならない相手だ、全員で出るぞ」「致し方なし、か」人間形態で立ち上がったザフィーラ。はやてのデザインした騎士服姿になるのは、これが初めて。「行ってきます」「気ぃつけてな」「はい」と応えたシャマルが、クラールヴィントを振り子状態に展開。「ごぶうんを、なのです」「任せとけ!」気合充分なヴィータがその鉄槌を構えた途端、ヴォルケンリッターの姿が掻き消えた。