カァッ…カァッ…
青すぎる青い空。
ギラついた太陽。焼け付くような熱斜線が、露出した首筋をこんがりと焼いていく。
まるで唾広帽子のような形の大きな積乱雲に、蝉のようにやかましく鳴いている白いカモメが混ざって消えていった。
船から見える、遠く。
水平線に浮上したルカの街から、大会の始まりを告げる、黄色い花火が上がるのを俺は目視した。
今は早朝。そんな真夏のある日。
ジリジリと耳障りな程に晴れ渡った、最高のブリッツ日和のしたで。
「お先に行かせてもらうっすよ!!」
ダンッ…!______________バシャーーーーン…!
『おいおい…マジで飛び込んだよ…』『でも…向こう着いたら練習の時間ないっすし…』『あぁあ、俺高い所苦手なんだよ…』『バカだ…あの人ブリッツ馬鹿だ…』
「おまえらぁ!!ここまで来たら、シャキッとしろぉ!!ティーダはもう!飛び込んじまってんだぞぉ!!」
『あぁぁぁぁああもう!』『目をつぶって…深呼吸して…!』『この高さから腹打ちしたら、痛いだろうっすね…』『って、ワッカさん!肩つかまないで!まだ心の準備が!!』
「いくぞぉぉぉぉおおおおお!!ビサイド・オーラカァアアアア!!!」
___________ダンッ!!!
『『『『『ゆ、優勝だぁああああああ!!!!!!うわぁああああああ!!!』』』
__________________________ドッポーン!!!
やんでれ×ユウナっ!
そのX
『うぅ…ひどい目にあったっす…』
べそべそと、泣きべそをかきながらそう言ったのはダットだった。
『ま、まさかこんなびしょ濡れの状態で、ルカの街を歩くとは…』『もう、俺恥ずかしくてこの辺ひとりで歩けないっす…』『あぁ…みんなに笑われてたな…指まで刺されて』
焦燥した顔で、ぐちぐちと不満をたらすをオーラカメンバー。
厚顔無恥なのはワッカだけだったのか、控え室に入るなりそのまま「じゃあ俺!クジ引いてくるわ!」と出て行った。勿論びしょ濡れのままだ。
「それでも、練習しておいて良かったっしょ?みんな」
俺はタオルで汗と海水をふきながら、みんなに尋ねた。
『まぁな…やれることはもう全部したよ…』『そうっすね…ティーダさんが本当の化け物だっていうのはよーく分かったっす…』『イルカと並走してたっすよ…この人…』
上がった顔は、やれやれといった顔ばかりだったけど、緊張してガチガチになっている感じではなかった。俺は「それが分かってくれたら十分っすよ」と、みんなに笑いかける。
「あんた達はほんっとに…マイカ総老師の開幕演説も聞けなかったじゃない…。あぁ、もう。ほらボッツ。タオル落とさないの。ばっちぃでしょ」
はぁ、と溜め息をつく呆れ顔のルー姉さん。
額を抑えながらも、こうやって皆に真摯にタオルを配ったりしてるころを見ると、まぁそんなに怒ってるわけじゃなさそうだ。ルー姉さんは口うるさい所があるが、結局の所、とことんお節介で世話好きな人なんだな。
「ふふっ、みんな。今日はしっかり応援するので、がんばってくださいねっ!」
みんなに向かって満面の笑顔を咲かせるユウナ様。どうやら今日のポジションはチアリーダー的な位置らしい。
『ユ、ユウナちゃん…僕頑張るんで見ててくださいね』『俺も!精一杯頑張る!』『俺もだ!』
この感じを見たら、その応援効果も馬鹿にできないらしい。オーラカ面子にデレッととろけた表情が浮かぶ。
「あー、あー、ユウナ様?今から俺たちミーティングに入るから、ちょっと」
「あっ!ご、ごめんなさい!すぐ出るね?」
ぺこぺこと頭を殊勝に下げて、選手控え室から出て行くユウナ様。続くルールー。それを『あぁ…』と残念そうに見送るオーラカ面子。こいつら…この期に及んでやる気あんのかコラ…チンチン蹴るぞ、おい。
「はいはいはーーい!注目!時間ないんだからサクサク行くっすよ!」
パンパンと手を叩き、場の空気を仕切り直した俺は「昨日言った事、朝やった事、みんな覚えてるっすね?」とみんなに聞いた。
『あぁ!』『もう、なるようになれって感じっすけどね』『それでも、何だか今回はいつもと違う希望みたいなの感じるっすよ』『そうだな…試合が楽しみなんて…久しぶりだぜ』
みんなの顔には確信のようなものが広がっていた。うん。力の入りすぎでも抜けすぎでもない。この感じなら、大丈夫みたいっすね。
「うっす!だったら、あとは細かい注意と心構えだけっすけど、みんなちゃんと聞いてっすね」
『『おぉ!』』
打てば鳴るような勢いを感じる返事。それを聞いて俺は_______バンッ!!「くじ!引いてきたぞ!!」と、その前にワッカが控え室に飛び込んできた。
「よく聞けおまえら!そして喜べ!俺たちは…シード権を獲得した!」
「初戦はアルベド・サイクス…これに勝てば決勝で…二回勝てば…優勝だ!!!」
おぉぉぉ…!と湧くオーラカメンバー。俺も思わず「うっし!」と、ガッツポーズをとった。
これはいい流れだ。同日に何試合もやっていたら、どうやっても集中力が落ちてしまう。相手より有利な立場なのは、間違いない。
「やはり運が向いてきてる!この流れにのっちまって優勝まで駆け上るぞ!」
『おう!!』と、俺も一緒に拳を突き上げる。
「ワッカのお陰で万事オッケーの流れっすね!うっし!じゃあワッカもミーティングに加わって…」バンッ!
ん??また誰か入ってきた。「ねぇ!聞いて!」
入ってきたのは、ユウナ様だった。バタバタとした足取りな上、いやに焦った面持ちだ。
「カフェでアーロンさんを見たっていう人がいるの!」
______________アーロン…?
「それ本当か!?」
飛ぶように、俺はそれに反応してしまった。
「え?」
「服は?もしかして赤い服?腰にだっせぇ酒のとっくり着けてて、ただのカッこつけのグラサン着けた、最近加齢臭の気になるお年頃な感じのオッサン!?」
「え?か…カレー臭…?ティーダ君、きみ、もしかしてアーロンさんと知り合いなの…?」
詰め寄って、肩を掴んでゆさぶる俺を、おろおろといった顔で見返すユウナ様。
「え、えっと、私がまだ小さい頃に見た、アーロンさんは…その、髪を後ろで縛ってて、赤い僧兵の服で、うん。お酒のとっくりをいつも腰に…」「ビンゴ!!それっす!そのオッサンっすよ!」
当たりか!同姓同名の人違いかとも一瞬思ったが、あんな分かりやすい未だ中二センスの格好は、世界中探してもあのオッサン一人しかいない。俺が出会った時と全く同じいでたちだ。
「俺からしたら、むしろ何で、ユウナ様が知ってるのかって方が驚きっすけど…って、あっ、ごめんっす。肩掴んだりして…」
俺は手につかんでたユウナ様の柔らかい肩を離して、一歩引いた。「あっ…。う…うん。べつに、謝らなくていいよ…?」ユウナ様はそう言って、なぞるように自分の肩に手を当てる。
「そっかぁ…あのオッサン、よーやく見つかったか」
俺は、熱くなった頭を、ふぅと一息はいて冷ました。
「わたし、それでね。今からちょっとだけ、アーロンさんを探しに行こうと思うんだけど…き、キミも、その、よかったら…来る?」
ユウナさんは妙にキョドりながら、俺の顔をおずおずと見上げてくる。
「いや、もう試合始まるし。こっちにいるの分かったから、俺は後でいいっすよ」
俺は、たしかにアーロンのことも気になったが、あのオッサンのことだ。
俺の影響で半ば趣味となった試合観戦を、カフェで一杯酒でもひっかけてからスタジアムでしようっつー流れだろう。
ユウナ様もなんでかは詳しく知らないけど、アーロンの事を知っているっていう事は、オッサンはザナルカンドとスピラを行き来できる方法を持ってるっていう事だ。
つまりはそういう事。
大方、俺の行動パターンを予測して、こっちの世界に来てはぐれても、ブリッツボールの大会で選手として出てるはずだから見つけれるっていう寸法で、ルカにいるんだろう。
アーロンのことだ。それなら、どうせ後で向こうの方から呼んでも無いのに声をかけてくるに決まってる。
ならば、何もわざわざこっちから探してやるなんて優しさを見せる必要は無い。そうやって甘やかすとつけあがるタイプのオッサンなのだ。
とゆうか、もとはといえば、俺が迷子で困っているのは、あのオッサンがそもそもの原因な気がする。その辺は会った時に問いただし、返答次第ではあのグラサンを粉砕せねばなるまい。
まぁ…あのオッサンの老眼が進行しすぎてる可能性を考えて……せいぜい俺が試合で目立って活躍して、見つけやすくしてやるってくらいまでなら、してやってもいい。
「そ、そっか…」
「うっす!報告感謝っす!俺は俺で試合に集中するっすよ!」
ユウナ様はゆっくりとした足取りで、再び控え室から出て行く。それを見送ってから俺は
「さぁ!ミーティング!始めるっすよ!!」
『おう!!』
と、声をいつもよりも張り上げた。
________________________________________________________________________________________________
「はっ…はっ…!」
こんなに走るのは久しぶりだった。こんな時はこのいつもなら気に入ってる自分のゴテついたワンピースの服装が口惜しい。
だけど今の私には、そんな泣き言を言ってるような暇すら無かった。
バタンッ!「ティーダ!ワッカ!いる!?」
控え室の扉を慌ただしく開ける私を、驚いたような顔で見るティーダの瞳と目が合う。微かに伸ばされていた手は、私のあけた扉のドアノブに向けられていたものだろう。
「ユウナがアルベド・サイクスに攫われた!返して欲しければこの試合に負けた後、4番ポートに来いって!」
「は、はい?」
素っ頓狂な声を上げるティーダ。突然の事すぎて無理も無いかもだけど、あまりの危機感の無い態度にどうしても苛ついてしまう。
「おいおいおいおいおいおいおい!!!!それ本気で言ってるのかルー!」
さすがに焦った顔持ちのワッカ。「冗談でこんなこと言うわけないでしょ!」私は怒鳴ることで今の危機的な状況を伝えよう務めた。
「はぁ!?こんな時になにやってるんっすか!?キマリは!?」
おちゃらける事も多いけど、いつもならこういう時、妙に落ち着いた態度で事に当たりそうなこいつにしては珍しく、ティーダがそんな焦ったような声を上げた。
「キマリは…さっきカフェで、ロンゾ族の仲間と衝突があったみたいでね…失神して起きてこれないのよ…」
あちゃっ!と言いながら、顔に手をやって天井を向くワッカに「なにやってんっすか!ガードがしっかりしねぇでどうすんの!?」
そんな耳に痛い言葉で私達を責めるティーダ。言っている事は正論だ。
これは、私達…いや私の失態だ。私が着いていながら、アルベド族に攫われてしまったのは完全に油断していたとしか言いようがない。
「ごめんなさい…私のミスよ。私がもっとしっかりユウナを見ていたら…」
私は素直に頭を下げた。ティーダが前からビサイド・オーラカの試合の為に色々と奔走してくれていたのを、私は見ている。
それなのに。今、私の失態でこのチームを危機に追い込んでしまっていること。それに対して私は何の言い訳もできなかった。
「つまりは…ようするに!ユウナ様を助けて、速攻で試合に戻ればいいんだな!?」
ティーダは、頭を下げた私を見て、一瞬何かを思索するような間をあけてから、そう言った。
「ワッカ!俺が行く!どうせ、助けに行ってる間は点を入れれない!だったら一人でもディフェンスが多い方が良い!リーダーとしてなんとしてでも持ちこたえろ!」
「ボッツ!あんたはボール持ってからの行動が遅い!ボールを持って困ったらレッティかダットに回せ!パスカットは上手いんだ!無理に攻めずにディフェンスに集中しろ!」
「ダット!お前は泳ぎもパスもうまい!突破力があるんだ!パスを回すな!エースとして自分で攻めろ!攻めてる時間が多ければ守る時間は減る!点さえ入れなければ向こうも文句ねぇだろ!」
「レッティ!あんたはパスの名手で視野も広い!ダットと協力してパスを回しまくれ!チームへの指令はあんたが責任を持て!」
「ジャッシュ!今回はポジョションを真ん中よりにしろ!いつでもみんなのヘルプに回れるように身構えろ!得意のタックルで相手のボールを奪うんだ!」
「最後に…キッパ!!」
ティーダはキッパの肩に手を置き「お前が最後の砦だ!頼んだぜ」と、笑った。
「ユウナ様を助けたら、ルー姉さんの魔法で花火を上空にうちだす!それを確認したら、全員攻めろ!分かったな!」
『ティーダさん…』「返事は!」『お、おう!!』
ティーダの語気は強かった。それはまるで不安そうにしていたオーラカに喝を入れるようで、ぐらつきかかったみんなの気持ちを引き締め直した。切り替えの速さは、さすがだった。
「ルー姉さん、行こう」
「あ、あぁ、そうね!走るわよ!」「うっす!」
たっと駆け出す私達。扉を出て、階段をかけすぐにドームから出た。
「4番ポート!…向こうっすね!」
駆けるティーダの背中の遠ざかる。
速い。とてもじゃないけど追いつけない。
男と女の違いはあれど、あいつの身体能力には本当に目を見張るものがある。
いや、それ以外でもこの子の能力の高さは異常だ。
船がシンに襲われたあの日、荒れ狂った水中でユウナをすぐさま回収したのは、誰にだってできることじゃない。むしろこいつ以外の誰にも出来なかったと思う。
私達の旅に一時的とはいえ着いてくる為の自衛手段として、教えた魔物とのバトルのやり方。
パーティの中には剣士はいなく、参考にする人がいなかったにも関わらず、気づいた時には剣の扱い方を自分のものとしていたこいつなら、もう少し経験を積めばすぐに立派な戦士になるだろう。
このまま、もう少しこいつが旅に同行してくれるなら…「いや…私まで何を考えてるの。ワッカじゃあるまいし…」
今まさにこいつに頼ってることは、思考の隅に置いた。正直今のブリッツしか頭の無いワッカより、こいつに同行してもらった方が安心する。あとで礼を言うとして、この場は甘えよう。
「ルー姉さん!あの船!?だったら急いで!あいつら、船を動かそうとしてる!沖に出られたら手の出しようがないっすよ!」
ハッと思考を戻すと、たしかに4番ポートに着けられたアルベド族の船。武装されたその船は今まさに沖に向かって発進されそうになってた。
ブォォォォォォ!
「なんてこと…!」
けたたましく回り始める船のスクリュー音。
私は悪態を着きながら、更にスピードを上げようと試みる。だけど、たいして変わらない。このままじゃ…届かない…!
ダンッ!「ルー姉さん!」
叫ぶティーダは、先に船のデッキに飛び乗ってて、私に向かって手を伸ばしている。了解…ちゃんと掴みなさいよね…!
ダンッ!「ティーダ!」
ブォォォオオオオオオオオッ!!
________「はぁ…はぁ…」
掴まれた手。タッチの差で私の手はティーダの伸ばした手に届いていた。
「っし!ちょっと痛いの我慢するっすよ!」
ぐっと勢いよく持ち上げられる体。軽々と持ち上がった私の体は、あっというまに船のデッキに移動させられていた。
「…次からは、もう少し優しく持ち上げなさい」
私は少し痛んだ肩をさすりながら、そうつい悪態をついてしまった。悪い癖だと分かりつつも、なかなか治らない。
「次があるんすか?…!そうっすね!ベッドの上で良かったらいくらでも…あ、はい。そんな場合じゃないっすよね」
まったく、こんな時でもこいつ腹立だしいほどいつも通りで気が抜ける。
「ユウナは多分下の船室ね。ハッチを魔法で壊すわ。下がってなさい」
そう言って腕に魔力を集めた時____ガタンッ!と大きな音がした。
_____ウイイイイイイイイン!!ゴンッ!ガチャッ!
騒音を鳴らしながら、開く床下の昇降口。そこから飛び出てきたのは機械だった。
アルベド族が使う…たしか練習用のブリッツボールマシン…!侵入しようとしている私達の存在に気がついて排除しにきたって訳ね…!
「ティーダ!下がりなさい!そいつは…」
ドドドドドドドドッ!!
言葉は最後まで言えなかった。超高速で打ち出されたブリッツボールが、私の体に何度か当たった。「ルー姉さん!」心配そうな声が上がる。
「大丈夫よ!たかがボール当てられたくらい!」
私はそう声を張ったが、強がりだった。頭に当たったブリッツボールが私の脳を揺らして、歩行を怪しくさせた。
「ルー姉さん!こいつ放っておいて、ハッチに魔法ぶち当てて!さっさと中に入っちゃおう!」
「くっ…分かってるわよ!」
私は、この舐めた機械を破壊してやる事を諦めて、ハッチに向って電撃を放った。
ドォン!「よしきた!」「行くわよ!」
私達は船内へと駆け込む。ユウナが捕らわれてるとしたら恐らく地下の船室だろう。
カンカンカンカンッ…
高い金属音を鳴らし、階段を駆け下りる。さっきのマシンはデッキに取り残されたまま。さすがに中まで追ってくるような気配は無かった。
「くぅおらぁあああああ!!!このクソガキどもぉおおおおおおお!!!!」
ガンッ!!
と音を鳴らしたのはティーダの持った剣。水のフラタニティ。それと、私に向って振り下ろされた鉄パイプだった。
「おまえらぁああああ!!!船を壊しやがって、いってぇどういうつもりなんだぁああ!このクソジャリがぁあああ!!」
「はぁ!?なに言ってるんすか?このハゲ!?毛髪と一緒に記憶まで無くしたんすか!?最初に喧嘩売ってきたのはそっちっすよ!?」
「こぉのガキィィイイ…これはハゲじゃなくて剃ってるんだよ…!」
「言い訳してんじゃねぇよ、このハゲ!脇腹サクっとやられたくなかったら、得意のヘア無しピンカーブでドリフトしながら消えるっすよ!」
「口のへらねえ餓鬼だな!船長の俺がここで引いたらどーやって皆がここを守れると思ってやがるんだ!ああん!?」
こちらの言葉を流用に話せるアルベド族。こいつじゃないけど私もその特徴的な頭には、覚えがあった。
「シ、シドさん!?」
「あぁぁん?」
そう、言って睨みをきかせた顔で、こちらを向く顔。やはりだ、間違いない。この人は
「おめぇ…もしかしてお漏らしルールーか!そうか…でかくなったな…!なぁるほどぉ…お前がユウナのガードって訳か…!」
そんな私の抹消したい自己の恥を公然と読み上げるその粗暴さ、そうだった。この人はそういう人だった…各地に分散したアルベド族を集結させ、まとめあげた族長。部族での名は
シド・デ・アームスロング______「しゃらくせぇ!!そんならお前も人でなしの馬鹿野郎だ!おまえらやっちまえ!!」
「え?」「なんっすか!?」
カチャッ!と構えられた火を吹く猟銃。
それに気をとられた瞬間、「うっ!」バチバチッ!背後からそんな耳障りな音と、体を貫いた痺れを最後に_____「ルー姉さん!?」
「ティ、ティーダ…」
__________私の意識は闇に落ちた__________。
_____________________________________________
「いやー!これがアルベド族の戦闘型旅船って奴なんすか!!うわ!これもしかして操縦桿ってやつっすか!!かっけー!シドさんマジかっけーっす!」
「がっはっははは!!!そーだろ!!なんだ、てめぇ!ただのクソガキがと思ったら、なかなかどうして分かってる奴じゃねぇか!!」
「恐縮っす!自分もうシド師匠の本読んでからは、もうアルベド文化に魂を売った豚っす!まさかこんな所で会えるとは思ってなかったっす!!」
船の操縦席に座った俺は、めまぐるしいほどに揃ったスイッチの数々を凝視しながら、全力で媚を売っていた。
「カカカカーっ!と、くらぁ!まさか昔若い頃に気まぐれで書いた本が、まさか読まれてて、しかもそいつが、ブリッツ選手ったー驚きだ!まったく!」
がはがはと上機嫌に笑う光る頭がチャーミングなナイスミドルこと、シド師匠。
俺がリュックのいた船で、隅にほこりを被らせて置かれていたアルベド族の本を見つけ、感銘を受けた筆者が今、俺の目の前にいる。
ルー姉さんが倒れた時、多勢に無勢。
このままでは俺の命がマッハでやばいと悟った俺は、未来のアルベド族の親善大使になるという夢をくれたシドさんと、どうしてもお話がしたいと熱弁した事によって、何故か危機的にもあの修羅場からの生還に成功していた。
「まったく…スピラにはどいつもこいつも、エボンの教えに魂を引かれた大馬鹿野郎しかいねぇと半ば諦めて、あの本の存在も忘れちまってた所に…!見てる奴もいるもんだ。こんな若造が俺らアルベド族を尊敬しているなんて…くそっ!目に汗が入りやがる!」
どうやら、あの本を書いた当初には、今の俺と同じようにアルベド族とスピラを繋げようとしていた意思があり、それに情熱を燃やしていたらしいシド師匠は、俺の話を聞いてあの時の気持ちを思い出したようだった。
俺はもしやこの流れなら交渉もできるかもしれない、と、それとなくユウナ様を返してくれないか、ブリッツボールの試合に負けろっていう話はちょっと取り消してくれないっすか、と聞いてみた。
「あぁん…幾らオメーの頼みだろうがそいつは聞けねぇよ。ブリッツボール?の事は…俺にはよく分かんねぇけど、とにかくユウナを返す訳にはいかねぇ!オメーはガードじゃねぇみたいだから知らねぇかもしれねぇがな。俺は叔父としてユウナを守ってやらなきゃならねぇんだよ」
と、そう言って、顔をしかめるばかりだった。
どうやら、シド師匠はユウナ様の誘拐こそしたが、ブリッツの試合の件に関しては関与していないようだった。
おおかた、先走ったシド師匠の部下、誘拐の実行犯グループがついでにそんな要求をしただけで、ユウナ様の旅をやめさせ、匿う事ができたらそれで良かったらしい。
だから、さっきも4番ポートから船を出していた途中だったと言う。
どこをどうしたらこの顔の遺伝子がユウナ様に伝わるのか分からないが、ユウナの叔父であると言うシド師匠には、ユウナ様を害する気はない。
それが分かった以上、俺のやる事は決まっていた。
「いやー…こいつはすごいっす!あれ?これ戦闘型旅船ってことは…もしかして主砲とかそんなんもあるんすか!?」
「おぉ!!あったりめぇでぃ!そこのボタンをてぃていっと弄くったら、昇降口からでけぇ大砲がにょきにょき出てくるっつー寸法よぉ!」
「うわああああああ!!!すっげえ!マジ一度で良いから見てみたい!シド師匠!その主砲今ここで見せてもらうって訳にはいけないっすか!?」
「ああん!?オメーこんな所で敵もいねぇのに主砲なんてぶっ放してどーすんだよ!」
「そんなこと言わず!このとーりっすよ!!お願いっす!!空に向って一発撃ってくれるだけでいいっすから!!」
「駄目だ駄目だぁ!貴重な弾を無駄遣いするわけにはいかねぇ!!」
「俺、試合終わったらアルベド族の言葉を勉強するっす!その勉強のモチベーションの為にも!どーっしてもっ!アルベド族の機械の凄さを目にしたい!なんでお願いっす!」
「お、おまえ…そんな言い方ズリィぞおい…」
「お願いっす!なんなら、俺大会終わったら、アルベド・サイクスと選手契約してもいいっすから!ほら!アルベド族のちょぉーといいとっこ見てみたいっ!ハイッ!ハイッ!ハイハイハイッ!」
「だあああああ!!!わかったわかった!!一発だけだぞ!!」
「やりぃー!!シド師匠はもう最高っすよ!!」
「てやんでぃ!!うまく持ち上げやがって!!そうだな…祝砲代わりだ!いっちょ派手にぶちかましてやるぜぇ!!!」カチャカチャ…ポチッ!
ウイーーーーン…ガチャッ…ガコンッ…。
ドンッ!!ヒューーーー!!!ドォォォォン!!!!
『おおおおぉぉぉぉぉおおお!!!』
ゴーグルを被ったほかのアルベド族の仲間も腕を上げながら歓声を上げる。俺もそれ流れにさらりと混じって拳をあげる。
「かーかかかか!!どうでぃ小僧!!野郎ども!!こいつがアルベド族の力ってもんだぜ!!!」
『おおおおおぉぉぉぉおおお!!』
_______ワッカ_____気づいてくれよ___________!
_______________________________________________________________________
さきほど上で、ドタバタとした喧噪、そしてしばらくした後、大きな爆発音が聞こえた。
その中に彼の声が混じっているのに私は気がついた。
私は閉じ込められた船室の扉を叩く。もしかしたら、彼は、今この船に載っていて…私を、助けようとしてくれているのかもしれない。
でも、いけない。この船の人達は皆武装していて、彼一人だったら大怪我をしてしまうかもしれない。
私が鈍臭いばっかりに攫われて、それが原因で彼がまた危険な身にあっている。それは駄目。
「お願いします!ここを開けてください!」ドンッドン!
私の叔父さん…アルベド族の長にしてリュックのお父さん。あの人なら、本当に人を傷つける事をしないはずだけど、少し粗暴な所がある。
彼がもし、船内で暴れてたりしたら、きっと多少乱暴をしてでも事態を抑えようと行動するはずだ。もし彼が本当に怪我をしてしまったら、私は…。
バタンッ…!
「フウラミボ!キブアシキノ!」(うるさいぞ!しずかにしろ!)
大きな音を立てて、開かれる扉。アルベド族の衣装に身を包んだ男の人の脇から、放り投げられたのは…「ルールー!」
ドサッ…と床に崩れ落ちたのは、ルールーだった。縄にしばられて身動きの取れないようにされていたルールーの顔は、真っ青に青ざめていた。
「ルールー!起きて!おきてよぉ!」
ゆさゆさと肩を揺するが、ルールーの反応は無く、完全に気絶していた。
「ワヤニラカヅハモ!」(あまりさわぐなよ!)
バタンッ!と荒々しく扉が閉められる。取り残された私と、動けないルールー。
私はすぐにルールーの縄。それについた堅い結び目をほどきにかかった。「…っ!」
ハラリと縄がほどけ、ルールーを抱き起こしてもやっぱり応えてくれなくて、私は、生きてるのは分かっているのに、ルールーが呼吸しているか何度も確かめてしまう。
「ルールー…私…」
いつも優しいルールー。私を見てくれ、側にいてくれるルールー。
頼りにるお姉さんみたいにいつだって守ってくれる、助けてくれるルールーが今。こうして私のせいで痛めつけられて、怪我をしている。こんな顔をさせてしまっている。
嫌だ。こんなのは、嫌。
ルールーにこんな顔して欲しくない。こんな真っ青で、息をしていないんじゃないかと思うくらい冷たい顔。させたくない。見たくない。
私は、ルールーにこんなヒドい事をされていたのに、反抗する勇気を持てず、自分がそれに対して何もできないでいた事。
それがどうしても悔しくて。
迷っていた私の心を決めさせた。
「お願い…!」
私は、願った。召還士の杖が無く、上手く力を収束できないけど、私はただひたすらに祈った。
「答えて…!」
助けたい人がいます。守りたい人がいます。
今この時動かなければ私は一生後悔する。みんなが私の為に動いてくれたこと…それに今応えたい…!
だから…人に向って、あなた達の力を使う事、どうか今この時だけはお許しください…!
「ヴァルファーレ…!」
_________________キンッ!!
ドォォォオオオオオオオン!!!!
上空から、船室の壁を打ち破って私の前に現れた召還獣。ヴァルファーレ。その大きな翼を広げて、私とルールーをやさしく包み込んでくれた。
_______________________________________
「みなさん!下がってください!!」
そんな声が聞こえ、俺たちは振り返る。
ズシズシッと大きな足音。
暗い廊下から近づいてくるその存在は、これまでの道中に何度か目にした巨大な鳥の召還獣。そいつが操縦室にぬっと顔を出してきた。
「みなさん!これ以上私の仲間を傷つけたら…容赦しませんっ!」
大きく声を張り上げ、召還獣の横に立ったユウナ様。ルー姉さんも召還獣の背中に寝転んでいた。
ユウナ様はグッと睨むような目つきで周りを見回していたが、俺の目にはその足は微かに震えていたのが見えた。
「ユ、ユウナ!おめぇ!こんなところでそんな召還獣なんて出して…!」
「叔父さん…今回は、私のことを心配してくれて、こういった事をしたのは分かってるけど、でも!その手段が、みんなを傷つけるものなら…私…!」
スッと両手に持つ震えた杖の先端をシドさんに突きつけるユウナ様。それを受けてたじろぐシドさん。
銃を構えたほかのアルベド族もいったいどうしたらいいのか分からないようで、動き出す気配は無い。
それは場が膠着状態へ移行する瞬間。今が…チャンスだ!
「ナイス!ユウナ様!」
走る。
駆け寄る。
三歩使って俺は廊下側へ。
すかさずユウナ様を掴んで、召還獣の背中に押し込み俺も転がり込む。そして叫んだ。
「飛べ!!!」
<クエェエエエエオン!!>
俺の声に応え、そんな甲高い声を上げた召還獣は______キンッ!ドォオオオオオン!!
と操縦室の天井を打ち破る轟音を立てて、一気に上空に飛び出た。
コォォオォォォォオオオオオ…
昇る。90度もの角度で急上昇で飛翔する。
外に出た瞬間、既に上空となった周りから吹く強い風音が耳元を通り過ぎる。
ざわざわと騒いでいる船を、空にゆったりと浮かんだ召還獣の背中から見下ろした。「さすがに、主砲とか撃ってこねぇよなぁ…」
シド師匠ならやりかねない。俺はそんな警戒をしたが、ユウナ様を傷つける気は無いと言った手前、どうやらその気はないらしい。
コォォオォォォォオオオオオ…
「ぷはっ…!」
警戒を解き、俺は抱えているユウナ様の背中に回した手を緩めると、必死で顔を埋めていたユウナ様が顔を上げた。「び…びっくりした…」
そんな顔をして、まだ荒い心臓をぎゅっと押さえつけるように、自分の手を胸に押し付けていた。
俺はルー姉さんの方も振り落とされないようにと、よこしまな気持ちで脇に抱えていたが、さすがは召還獣。そんな必要はなかったほどに、素早いながらも安定した飛行だった。
「…ユウナ様!」
「は、はいっ!!」
呆けていたユウナ様に俺は声をかける。わたわたっとした様子でこちらに顔を向ける。
目があう。ユウナ様は何か言いたげな瞳だ。でも、言葉が出てこない。最初になんて言えばいいのか分からない。そんな顔だ。
言葉が出るように施してもよかったが、あいにく今はそんなぐずぐずとしたやり取りをやっている暇はない。
「大分沖に出ちまってる。だから、このままルカに向って飛んでくれって指示してくれる?この召還獣に」
俺は二人を軽く上から抑えこみ、中央に陣取るように体勢を入れ替える。そして再度身を屈めて、予想される衝撃に身構えた。
「え、え、あっ!はい!」
俺にのしかかられる形となったユウナ様は、先程の興奮の冷めやまぬ紅潮した顔で、返事をしてすぐに召還獣に向ってぼそぼそと話しかけた。
<クエェエエエエオン!!>
甲高い声を上げて、ユウナ様の呼びかけに応えるように翼をばさりと動かす召還獣。
間近で聞いたその声に覚醒を施されたのか「ん…うん?あれ、ここどこなの?」と、ルー姉さんはこのタイミングで目を覚ましていた。
一度、二度、焦点の定まりきらない目で周囲を見回すルー姉さん。
ルー姉さんからしたら、何故か気づいたら空を飛んでるんだ。たぶん夢の続きかとでも思ってるんだろう。
ルー姉さんのそんな様子が珍しくて、面白かったが、俺は状況の説明をする時間を取らなかった。
「おはよう、ルー姉さん。起き抜けに悪いんだけど」ガシッ!「えっ?」
<クエェエエエエオン!!>
「振り落とされないようにするっすよ!」「え?なに!?」グッ…
<クエェエエエエエエエオン!!>_______________________キンッ!
シュゴォオオオオオオオオオオオオオ!!!
「キャァァアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
__________________________________________________________
ブーーーーーーーーーー!!!!!チャージ・ド・タイムアウト!ビサイド・オーラカ!
『おーーーっと!ここでまたしても!タイムアウトだぁ!ビサイド・オーラカ!後半が始まって20秒もたってないのに、この試合で使えるタイムアウトを全て使い切ってしまったぁ!休憩を入れた所で、はたして逆転の策はあるのかぁ!?』
けたたましいブザー音が鳴り、3分間の休憩の合図を告げられる。
俺らは水中から出て、スフィアプールをぐるっと一周囲むように備え付けられた選手のドームに入る為の歩行路。そこの東側のベンチに戻ってきた。
『うぅ…』『くそっ…ゴワーズの奴ら…あんな馬鹿にした態度とりやがって…』『キーパーなんて浮かんで寝てたっすよぉ…!』『くそっ!くそぉっ!』
水中から出てきたあいつらは、そうがっくりと肩を落とした様子で、ゴワーズのベンチの方向を見ていた。
にやにやと笑いながらこちらを指差すDFのバルゲルタ。スポーツドリンクじゃなくて炭酸飲料を飲んでいるFWのビクスン。大きくあくびをするKPのラウディア。
そいつらの態度は、こちらを明らかに馬鹿にしたもので、この態度はさっきまでの試合中から続いていたものだった。
一回戦。俺たちはシード枠だから、大会的な意味では違うかもしれないが、俺たちは初戦のアルベド・サイクス。
ユウナを攫い、俺らにこの試合に負けろと脅してきた、きたねぇアルベド野郎達を、俺たちは打ち破ることに成功していた。
上空に上がった信号弾は、なんだかルーの魔法とは思えねぇほどの派手な爆発だった。
だが、合図には十分で、全員の捨て身の攻撃でパスを回し、なんとか渾身のシュートを打つ俺、揺れるゴールネット。告げられる試合終了の合図。
1−0。自分達の勝利を示すスコアボードを見て、俺たちは、当然肩を組みあい涙を流して喜んだ。
なんせ、いままで俺は公式戦で勝った事が無かったんだ。今ここで喜ばないでいつ喜ぶんだ!そう思って歓声を先程まで上げていた。
絶叫を上げながら、俺は自分の体に幸福感と高揚感が充満しているのを感じた。早々に、みんなとドリンクを片手に乾杯!なんてこともしていた。
勝った事が嬉しくて。嬉しすぎて。もう頭が真っ白になってた。そりゃぁもう最高の気分だったさ。
だけど今思うと。それも、あいつの…ティーダの言う負け犬根性って奴で、そいつがここぞとばかりに、出ちまっていたんだろう。
俺はそこで、満足しちまってた。
ドームから上がり、控え室に帰る道中。
心の中で俺は、ティーダのいない状況で真にビサイド・オーラカとして勝った!勝ってやったんだ!!
そんな気持ちで一杯で、次の試合に向ける集中なんて、そんなものこれっぽっちも考えてなかった。
今までの辛い練習風景が目に浮かび、ガキの頃に初めて握ったブリッツボールの感触が記憶として蘇る。
あの時の俺から成長して、試合に負けた時のくそみてぇな味も覚えて、でもいつの間にかそんな味にも慣れだしちまった馬鹿な舌に、突然与えられた極上の勝利の味。
あのアルベド野郎共を踏みつけ、蹴散らしてやったという愉悦感によって、さらに盛りつけを増したその味の余韻に、俺はただただ浸るばかるだった。
そんな浮かれ気分のまま迎えた決勝線。
優勝をかけたルカ・ゴワーズとの試合に向うために通るここ。この、円形のスフィアプールをぐるりと真横に一周する歩行路の上を歩いている瞬間。
多分そこで既に負けていたんだ。
場違いなところに出てきてしまった、って思った。誰も俺を見ないでくれとも思った。
360度の見渡すばかりの人の目、人の目、人の顔。
人気のねぇ対戦カードだったんだろう。初戦のアルベド・サイクスの戦い。それとは比べ物にならねぇほどの観衆が俺たちを見ていた。
満員の観客。運だけで勝ち上がったと叫ぶ男と、それに応えるように沸く周囲の野次。嘲笑の視線。そして…耳の割れんばかりのルカ・ゴワーズに対する応援の声。
『GO!GO!ゴワーズ!GO!GO!ゴワーズ!』
それを聞いた時、俺はびびって足が震えちまった。
「情けねぇ」
ぽつりと。思わず、そう呟いちまった。
でも、一度溢れだしたら、もう止めようが無くて
「情けねえ!情けねえ!!情けねえ!!なんだよこれ!こんなのありか!!?」
俺の突然の叫びに、あぜんとした顔で俺を見る仲間達。
すまねぇ。すまねぇ。みんな。こんな時本当だったら皆の背中叩いて、キンキンな大声だして、みんなに勇気を出させてやらなきゃならねぇってのに…!
でも____!
「せっかく!勝ったっていうのに!!死ぬような思いして決勝までこぎつけたっていうのに!ボコボコにやられて!こんなにも馬鹿にされて!大勢の前で恥かかされてよぉ!」
とまらねぇ___とまらねぇんだわ____すまねぇみんな___俺いま悔しすぎて____どうにかなっちまってるんだ_____
「ゴワーズの連中には馬鹿にされるわ!観客にはブーイングされるわで!いったいなんなんだってんだ!こんな事だったら!初戦で負けてた方がマシだったぜ!!」
_____すまねぇみんな____リーダーがこんな腰抜け野郎で________こんな嫌な思いさせて_____こんな無様な姿を人にさらせちまって_______
「あんまりじゃねぇか!!こんな!こんなことってよぉ!」
「こんな事になるって分かっていたら!こんなチーム…最初っからぁ!!」
________俺の引退試合_____ブリッツやる最後の日のはずなのによぉ_______!
____________________キンッ!!
俺が絶対言っちゃいけない言葉を吐こうとしちまった、そんな時。
上空で、そんな音が、聞こえた。
__________________________________________________
コォォオォォォォオオオオオ…
上空からブリッツドームを見下ろすのは初めてだった。
バタッ…バタバタバタッッ……!
服をバタバタと絶えずはためかす程の強風。
その遠い海から何にもぶつからないまま運ばれてきた風を、俺は両手を広げて大きく一度吸い込んでから、吐き出した。
眼下に見えるスコアボードが示す数字。
「7対0。対戦相手のルカ・ゴワーズが優勢。試合の後半から20秒。ビサイド・オーラカ側のタイムアウト中って感じっすね」
バタッ…バタバタバタッッ……!
「あ…あ、あぁ…」
召還獣の背中から顔出して、眼下に広がる凄惨な状況を確認したユウナ様はそんな声を上げる。
「間に合わなかった…私、間に合わなかった」
ユウナ様は、そう肩を震わせて呟いていた。
「私のせいだ。私が攫われたせいだ…。私のせいで、みんなが負けちゃう…負けちゃうよ!!」
「ユウナ!あんたのせいじゃないわ!ガードである私が…あんたを守れなかった!私のせいよ…」
ふらふらとよろけてへたり込み、真っ青に青ざめた顔で震えるユウナ様の肩を持つルー姉さん。
「ちがうよ!私のせいなの!ルールーのせいなんかじゃ絶対無い!私がカフェでアーロンさんを探しに一人で、ふらふら歩いちゃって…!それで!!」
「黙りなさい!そこをガードが守るのが務めなの!なにが起ころうが召還士を守る、それができなかったガードは責任を持つ!それが当たり前なの!」
二人はこの状況の責任の所在を自らのものだと主張しあっていた。頭を抱え込むユウナ様にそれを無理矢理あげようとするルー姉さん。
「ワッカさんの引退試合なのに!!私がそれを台無しにしちゃって!私、もうワッカさんの顔どうやって見れば…!」
「ワッカには私が説明する!あいつには…いくらでも気が済むまで、私が代わりに叩かれてあげるわよ!」「そんな事させる訳にはいかないよ!」
終わりのない言い合い。きっと、これは。今日の一件はもしこのままいってしまったら、これからの旅の大きな禍根になるんだろうな、と俺はなんとなくそう思った。
コォォオォォォォオオオオオ…
空を見上げる。こんなにも空に近づいたのは初めてで、雲なんてもう目の前で、手を伸ばしたら届くんじゃないかと思うくらいだった。
太陽は熱く、目のくらむような正午を指し示す高さだった。
「とにかく今は!ユウナの身が無事に済んだ!それだけでも十分なの!それ以外の事はユウナの考える所じゃない!」
「ワッカさんの試合を、それ以外の事だなんて言わないで!」
「この…バカッ!」
パシンッ!と乾いた音が鳴る。ルー姉さんが、ユウナ様の頬を張ったのだ。
「はぁ…はぁ…」
荒いルー姉さんの息づかいが広がり、すぐに「…っく…ひっく…」とユウナ様のすすり泣く声が背後から聞こえてきた。
「一人で…なんでもできる人間なんていないの…今はただ…召還士である自分の身が無事であることを…不幸中の幸いと思いなさい…」
「…っく。ひっく…そんなの…そんなの無理だよぉ…だって…だって…」
微かに聞こえる衣擦れの音。ルー姉さんがユウナ様を抱きしめたんだろう。
「…っく。ひっく…。いや…こんなの嫌だよ…」
「……。」
やがて、そんなユウナ様の独白のような泣き声だけになった。
「もう、喋っていいっすか?」
そんな時、俺は振り返って、軽い調子でそう言った。
「あんた…!ふざけてるつもりだったら…許さないわよ…!」
ルー姉さんの頬にも、一筋涙の落ちた跡があった。きっと、二人とも同じくらい悔しいんだろう。
「ふざけてなんかないっすよ。二人は何?間に合わなかったって思ってるの?」
俺にとっては。そんな見当違いの理由で泣いている二人がおかしくて、あえて小馬鹿にするような調子でそう続けた。
「はぁ!?なに?あんたは逆に間に合ったとでも言いたいの?あんた!今朝もオーラカの奴らとあんなに練習してたじゃない!それがこうやって無駄になってるの見て、あんた、まだそんな事言えるわけ!?」
おちゃらけた奴だけど、そんな最低な事を言う奴だとは思ってなかったわよ!そう言って、烈火のような怒りを浮かべた視線でルー姉さんは俺を睨んだ。
でも、俺はそんな、泣き目で下から睨むようなルー姉さんが何ともみっともなくて、まったく怖いと思えない。だって、そうだろ?
「いーや、ユウナ様は間に合ったんだ。試合はまだ、終わってない」
後半残り5分42秒。ビサイド・オーラカを舐めて、あんなにもガラ空きになったゴワーズのゴールに、ボールを8回入れるには十分な時間だった。
「あんた、なに言ってるの!もしかして…あんた今から戻ってスタジアムに戻って参戦する気?」
「そうっすよ」
「馬鹿!もうそんな時間ないわよ!見なさい!もうタイムアウトも終わり。どんなに走ってもルカの街からスタジアムを上がっても追いつけない!そもそも試合が始まってるなら、受付の段階ではじかれるわよ!」
「だったら受付を飛ばせばいいっすよ。今ここは、それをするには、おあつらえ向きの場所っすよ」
俺は二度三度足を屈伸させてから、背筋を伸ばして肺の中の空気を入れ替える。うん、大丈夫。さっきのごたごたで体はあったまってる。
「あんた、本当に何言ってるの…?」
俺のことを不思議な物でも見るような目で見上げるルー姉さん。あ、これは頭の可哀想な人を見る目だ。
「ユウナ様。こっちを見て」
俺は人を馬鹿にした目をしたルー姉さんを放って、ユウナ様に声をかける。
泣きはらしてない。まだ泣き足りない。そんな声が聞こえてくるような、打ちひしがれたような顔がルー姉さんの膝から上げられる。
「ワッカの引退試合はさ。今なんだよ。さっきの一戦で勝ったから、この決勝。今から再開するこの試合が本当の引退試合。そうでしょ?」
「…っく、ひっく…」
顔中に鼻水と涙の筋を何本も浮かべながら、話に着いてこれてない、そんなポカンとした表情をうかべたまま、コクリと頷くユウナ様。
「つまりは、この試合を勝ち試合にすればいい。そうしたらこの試合は負け試合じゃなくなって、ワッカは喜んで、胸を張ったオーラカはクリスタル・カップを島に持ち帰れる。そうなれば万事オッケーなんでしょ?」
「っく…うん……ぐすっ…でも…」
「でも、何?」
「ぐすっ…でもっ…でも今からじゃ…「勝てるっすよ」
「…っく…そんなの…信じれない…ぐすっ…」
「だったら。今から、それを見せるっす」
俺はゆっくり召還獣の背中を歩いて、ユウナ様の頭をポンと軽く手で叩いてから、尻尾の方に歩み寄った。
「本当に最後の最後。間に合ったんすよ」
ビーーーーーーーー!!!とスタジアムから休憩終了10秒前を告げる合図が鳴る。
俺は足下に広がる、スフィアプール。そこに狙いを定めた。
「だから。後は任せるっすよ。『ユウナ』」
「え…?うそ…!」
「ちょっとあんた!!?」
___________________タンッ
________________________________________ザパーーーーーーーン!!!!!!
やんでれ×ユウナっ!
そのX-Ⅱ
「ビサイド・オーラカ」
_______ザパーーーーン!!!!!!
手のつま先から伝わるプールの水を貫く衝撃。
そのままプールの下まで貫きそうになった体の勢いを、背を逸らすことで上昇の力へと変換する。
体をまとわりつく大量の泡が徐々に消え、視界が晴れる。
誰もいないスフィアプール。
着水に成功した事を確認した俺は、今まさにこのプールに戻ろうとしていたオーラカメンバーと目を合わせた。
「選手・交代っす!」
奥にいるワッカに目を合わせ、俺は意地悪い笑顔を作った。「なんっすかなんっすかー?その負け犬が、小便垂らしながらこっちを見てるような目はー?」
「おまえ…!ティーダ!!!おまえいったいどっから現れやがった!!??」
驚愕の表情を浮かべたワッカの質問の答えとして、俺は上空を指さすことで教えた。見上げたワッカは眩しそうに上空に目を凝らした。
遠く、真っ青な空の上空でユウナ様の召還獣、ヴァルファーレが優雅に滞空している。よく見ると、小さな顔が二つ、こちらを見ていることに気がつく。
『え、えー!いったい、何が起こったんでしょうか。突然プールに大量の泡が生まれたと思ったら、一人の金髪の少年が出てきましたねぇ。あんな選手いたでしょうか…?』
そんなおどおどろしい声を出す実況は
『あー確認できました。たしかに登録されていますね。突然プールに現れた金髪の彼は、ティーダ。ビサイド・オーラカのフォワードとして登録されています。選手の交代でしょうか』と続けた。
『ティ…ティーダァ!!?』『え、うそ!まじっすか!?一体どこから!?』『ティーダさん!!』『監督!!』
次々と入水してくるオーラカメンバー。みんなの顔にはいろいろと問いつめたい事があるように見えた。
だが、ピッ!と短く鳴る警告の笛に、その場をはばまれ、ポジションに戻ることを余儀なくされた。
ディフェンダーのボッツを控えに回して、俺は自陣のハーフコートの前に躍り出て、みんなの顔を再度見回した。
『…。』
表情は、優れない。
俺が戻ってきたのは嬉しいが、もう今更何が起こってもどうしようもない。そんな事を、考えてる顔だった。
ピッ!
『ジャンプボール!』
ブリッツでは、後半に取られたタイムアウト後には、再びジャンプボールから始まる。
コートの中央に向った俺に正対したのは昨夜の腕相撲の相手である、ビクスン。にやにやと嫌みったらしい笑い顔を浮かべながら、気怠げな足取りでのろのろと中央に出てくる。
ピーッ!
と、音が鳴り、スフィアシューターからボールが上方にはじきだされる。
それに合わせて俺も飛ぶ。が、ビクスンは飛ばない。
やはりにやにやと笑いながら、わざわざでかくあくびをするようなジェスチャーで観客にアピールをしていた。
バシッ。
ボールをはじかず、そのまま自分の手に持ち、相手チームを俺は見回す。
ビクスン。アンバス。グラーブ。ドーラム。バルゲルダ。ラウディア。どいつもこいつも、そろいも揃ってボールを持った俺に向って泳ぎもせずにプカプカと浮かんでいただけだった。
横になって寝転がり、足を組んだポーズでゴール前に浮かぶゴワーズのゴールキーパー。ラウディア。俺はそいつを見て呟いた。「起きろよ、ラウディア」
トンッ…。
ボールを離す。
手から軽く押すように放り投げる。
首を一度こきりと鳴らし、ゆらりと体を一度揺すり、上体をねじる。足を振り上げる。
視線は遠く。相手のゴール前に浮かんだ、腐った寝ぼけ顔。
そこに向って、ギリギリと捻り上げた体のバネを解放をしようと、俺はシュートモーションに入る。
__________________ゴッ!___________
________シュゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!『ふわ…っ。どーせ、後半もボールなんて来ない………ッ!!アガァっ!?????』
ビーーーーーーーー!!!
『ゴ…ゴール?ゴールッ…!ビサイド・オーラカ…ティーダ選手の放ったハーフコートラインからのシュートが、ゴワーズのゴールネットを揺らしました…が、どうしたのでしょうか。ラウディア選手、今顔に受けましたよね?』
覇気のない実況のせいで、盛り上がりに欠ける。
キーパーの顔面にわざと当てたボールだ。今ので試合続行不可能になれば、万歳三唱…なんだが…くそっ、生きてやがるか。交代すんなよ、そのままリングに残れよ。ぼこぼこにしてやるから。
『と、とにかく試合は続きます。ラウディア選手はなんとか続行のようです。油断していたのでしょうか…とにかく、初のゴールを入れられたルカ・ゴワーズからのボールでゲームは進行します』
ピッ!…タンッ!
と軽やかな音と共に、シューターから吐き出されたボールを取ったのは、バルゲルダだ。選択は…ドリブル。
俺はそれに向って、一直線に泳ぐ。
グンッグンッグンッグンッ!!!「え?」
追いついた。変な髪型した女選手の目の前に躍り出る間もなく、俺は勢いそのままにタックルを仕掛ける。「うばぁ!!」
そんな謎の奇怪な声を上げるバルゲルダ。
どうやら鳩尾の良い所に入ったみたいだ。わるいっすね、俺、顔面至上主義者なんで、一定レベル以下の容姿の女には容赦ないんすよ!
はじかれるボール。上空に舞い上がる。
「ぱぅ!」バルゲルダのはじいた体の腹を今度は足場として蹴り飛ばし、俺は、そのまま方向転換をした。
ラフプレーだが反則ではない。
空中にあるボールは最後に持っていた奴のボールと見なされる。そしてブリッツでは基本的にボールの所有権を持ってる奴は、急所突きのファウル以外の文句は言えないのだ。
バシッと勢いを殺さないまま、ボールを回収した俺はそのままドリブルを移行する。
『おいおい!バルゲルダ!なにをしているんだ!?』
叫んだのはミッドフィルダーのグラーブ。こいつだけはマトモなようだ。そんな声が聞こえたあと、ディフェンダーのドーラムが目の前に現れる。「てめぇ!」
俺の進行方向に現れて両手を広げるドーラムの選択。
それは悪手だ。
ここまでスピードが乗った選手を「手を広げて」「棒立ちで」「待ち構える」なんてのは、愚の骨頂だ。
「はぁ?っぅう!!」俺はその広げた両手の左腕に体ごとぶつかってから抜きさる。
衝撃は、質量とスピードによって計算される。
立ちふさがった腕一本の重さと、突破を狙ってスピードを載せた選手の体の重さでは、衝撃の差は当然差が出る。本当に今の俺を止めたかったら取るべき選択はタックル以外にありえない。
ディフェンスを抜き去った俺の前には、もう誰もいない。キーパーと1対1。ONEonONEの状況だ。だったら、する事は一つ。シュートだ。____ゴッ
_________シュウウウウウウウウ!!!
けたたましいスクリュー音。飛んで行った方向はゴールの右端。
キーパーのラウディアは、一歩も動けなかった。
ビーーーーー!!
『ゴ…ゴーーーールッ!ビサイド・オーラカ!2点目!再びティーダ選手の放ったシュートがゴワーズのネットを揺らしました!』
ようやく実況も調子が出てきたようだ。そうそう。ゴールしたときは、そうやってちゃんと叫んでくれなきゃこっちも張り合いが無いと言う物だ。
『どうしたのでしょうか、ルカ・ゴワーズ。突如現れた金髪の選手に、振り回されています。衝突をしたバルゲルダ選手は大丈夫でしょうか…?』
歓声もなく、かと言って野次もなく、ドーム内は奇妙にざわめいていた。俺は、自陣へと戻るために振り返り、足を動かした。
その時に見たオーラカのみんなの顔。唖然とした表情だった。まだ、今の状況に思考が追いついていない。そんな顔で、復活にはまだ時間が掛かりそうだと、俺は思った。
だから、もう一点。とりあえず、まだ誰もが油断しているこの時に点を稼いでおく。
『それでは気を取り直して…。再びゴワーズからのボールでスタートです』
ピッ!…タンッ!
撃ち上がったボールをキャッチしたのは、グラーブ。中央配置のミッドフィルダーでチームのリーダーであるグラーブ。こいつには、ちょっと注意が必要だ。
「お、おい!パスを回すぞ!何が起きてるかよく分からないが、とにかくこの点差だ!ボール持って守ってればそれでいい!」
そう言って、ボールをビクスンに戻すグラーブ。よし、あの赤髪なら、警戒はいらね。
「ふっ」
そう小さく肺の中の空気を圧縮して、駆ける。
ヒュゴォォォオオオ…!
耳を通り過ぎる水を切る音。体にスピードが乗り始め、口から漏れる泡を後方へと置き去りにする。「っ!?パスだ!」
そう言って、ライトフォワードのビクスンは再び真ん中のグラーブに戻す。俺はそれを再び追う。「アンバス!」
グラーブの判断は早く、俺の接近を許す前にボールをはじくようにアンバスに流す。
「なっ!?なんだよこいつ!一人で全員マークでもする気かよ!?」
そう声を上げ、今度は後方のドーラムにボールを回す。ちっ、勝負しかけに来いよ。
「なんなんだ!こいつ!はえぇ!!」
今度はバルゲルタにパスが行く。が、このパスボールは遅い。どうやら肩の悪い選手のようだった。
「ひっ」
そんな小さな悲鳴が聞こえた。バルゲルタの顔は恐怖にこわばる。多分さっきのタックルでびびらせたせいだろう。
パスボールにすでに追いつきかけていた俺は、ボールを受け取ろうとしていたバルゲルダに再び突進を仕掛けていた。「いやっ!来るなっ!」
バシッ!ボールがバルゲルダの手にはじかれ、宙にころがる。
キャッチミス。儲け物。俺はボールを拾う。
「あっ!」
再度悲鳴が聞こえる。でも、もう遅い。ボールはもう回収されている。「よう。ラウディア」
俺は声をかけた。キーパーの目の前で。「う…うそだろ…?」
「顔面いくぜ?今度は動いてみせろよ!」__________ゴッ
シュウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!カッ!
ビーーーーーーー!!
『ゴッ、ゴッ、ゴーーーーーーーーーールッ!!!!!ゴーーールッ!!!ラウディアッ、止めれない!止めれなーーーーーいっ!三点目!ビサイド・オーラカ!ここに来て三連続得点!!!』
「びびってんじゃねーよ」俺は手を自分の顔に覆っていたラウディアを見て笑った。ボールはゴールの左端。ネットに突き刺さって止まっていた。
『どうしたのかルカ・ゴワーズ!金髪のFW!ティーダに完全に振り回されています…ですが…私の、目が正しければ彼は、パスボールに追いついていたような…とにかく速い選手のようです…』
「じゃあ次行くっすよー!」
俺は、オーラカのメンバーにあえて元気よく、いつもみたいな調子で手を振り上げる。オーラカの反応は。
『は、ははっ…すげぇや…何だこれ』『おい…おいおい…なんだよこれ…俺夢でも見てんのか』『監督…!監督!』『ティーダさぁああんん!!』
顔に活気が。体に活力が戻ってきていた。
信じられないものでも見たような顔だけど、今の3点は油断しきった相手から、ただで貰ったようなものだ。
ここからは、チームプレイが無いと厳しい。
「ワッカ!!」「お…おう!」
呆けているワッカ。それを見て、俺はワッカの隣まで、自分のラインを下げて、少しの間、話す時間を作ることにする。
「ワッカ。全員に前に上がるように指示して。このまま相手にパスをぐるぐる回してやるのは良くない。時間がない。全員でプレッシャーをかけるんだ。」
「え、わ、分かったけどよ!お前!お前、こっからまさか逆転する気か!?」
「当たり前だ!寝ぼけてんっすか!?」
俺は怒声をワッカに浴びせた。ワッカの顔に一度、二度、戸惑いや困惑が数巡するような間が訪れる。そして顔が上がる。不安そうな顔。
「し…信じていいんだな?俺は、まだ勝てるって思っちまっていいんだなっ!?」
「もちろん!」
「クリスタル・カップを手にすること!!まだ夢見ていいんだな!!」
「夢じゃねぇ!!5分後の未来にはもう掴んでる!!」
「…お…お…」
「おぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ワッカの目から涙がどっと溢れた。
希望の火が灯り、隆起する体の筋肉。
全身が高揚感に身を包まれていた「ビサイド・オーラカァアアアアアアアアアア!!!!!」ワッカの天まで届くような咆哮が響く。
「あと五点!!!信じろ!俺たちはできる!!」
俺も声を上げる。叫びをあげる。拳を高く振り上げ、戦場のラッパを振り鳴らす。
「ルカ・ゴワーズをぶっ飛ばす!!!いくぞぉ!」
『『『『『おおおおおおおお!!!!』』』』』』
_________________________________________
眼下に広がる光景に、私とユウナはただただ息を飲んだ。
『『おおおおおおおお!!!!』
オーラカから上がった低い地鳴りのような歓声が、会場に大きく写った画面と共にスピーカーで拡声され、地上から大きく反響して聞こえてくる。
3対7。目まぐるしく変化するスコアボードを私はただ唖然と見つめる。
視線はドームにクギ付けのまま、乾いた口内の唾を飲んで、喉に通す。
「すごいわね…オーラカが息を吹き返している」
未だ4点差。勝つにはあと5点ものゴールが必要。それを聞いただけなら、私はオーラカの負けを確信するだろう。
だけど、今私は手品を見せられていた。ティーダの作ったマジックのタネを見抜けないまま、ただただ驚愕するばかりの観衆と化している。
私の脳内に、ふとある思い込みが生まれる。もしかしたら追いつけるかもしれない。もしこのままいったら追い越せるかもしれない。
そんな、宣伝文句のような甘い誘いにいつもの私なら乗りもしない。現実はいつだって厳しく私達の前に立ちふさがるのだ。
でも、私は今幻惑されている。金髪のマジシャンの作るショーに魅せられ、私は、もしかしてあのブリッツボールが5回、あの相手チームのネットを貫くように移動する。
そんな妄想を今、私は現実に起こるものとして錯覚しようしといていた。
私は現実に立ち返るべく、同意を求めて私は独り言を呟くようにユウナに声をかける。
「でも、今からじゃ間に合わない。あと4分を切ったわ。ゴワーズもこれからは本気よ」
瞬間、私はいったい何を言っているんだろう。と自分の発言を撤回したくなった。
この後に及んで、なんでこんな言葉しか出てこないのだろう。悪態をついて、冷静な態度ぶって、斜めな言い方をする自分が大人だと思い込みたいのだろうか。
ユウナは応えない。ただひたすらに黙っていた。ぐすっ…ぐすっ…と、まだ泣いたまま、ぐずぐずと鼻水をすすりながら、視線をドームに釘付けにして見ているだけだった。
さっきの言葉は聞こえなかったのかもしれない。私は、そんなことを思った。
「すんっ…ぐすっ…」
「ユウナ…」
ぽつりと声を出してしまった。私の声は届かない。それほどにユウナは眼下の光景に、目を奪われていた。
ピッ!
そんな音がして、試合が再開する。私は慌てて視線を会場に戻した。
『おーーーーっと!ここでオーラカ動き出します!自陣でボールを回すゴワーズに全員でプレッシャーをかけに行く!!今回初めて見せる強気なディフェンスだぁ!』
『くそっ!こいつら、今になってやる気出しやがって!』
スピーカーで拡張された、プール内の赤髪の選手の独り言がおかしくて、私は頬がにやけるのをぐっと抑えた。
試合に集中する。私も関係者だ。自分の失態を忘れて笑みをこぼすなんて礼儀がない。そんな事を思った。
『おい!あのトサカ頭を抜いちまえ!!』『分かってる!』
そう言って、アンバスと呼ばれた選手はボールを回すことを一端止めて、ディフェンスに張り付いたワッカを抜きにかかる。
二人の攻防が、会場のスクリーンにアップになって投影される。ワッカの顔は私が初めて見た表情だった。
ブリッツの最中、いつも眉をひそめているアイツではなく、なんとゆうか本当に子供のように生き生きとした表情をしていた。
さきほど私達がこちらに到着した時、ちらりと見たベンチに座っていたワッカは、打ちひしがれ、絶望し、チームのみんなに怒声を浴びせていたように見えた。
その光景はワッカにしては当然の事だった。
直情的で感情的で。思った事をそのまま口に出してしまう、そんな私とは正反対の人間性。
素直とも言える。人間的とも言える。それは自分には無いもので、少しだけ羨ましく思った事もある。
だけど、本当に追い込まれた状況では、その性格ではみんなの前で弱音を吐き出してしまう辺り子供のようだと私は今までずっと思っていた。
でも、そんなワッカは今スクリーンの中にいなかった。
『ワッカ、猛烈なディフェンス!相手のアンバスに競り勝っているぞぉお!』
『勝つ!勝つんだ!!』そう大きく声を上げて、腰を落とし、強烈なディフェンスを続けるワッカの目にはもう、ボールしか映っていない。
集中している。
ワッカの顔には、さっきまでのような諦めたような表情はなく、ただ相手を抜かせないガーディアンとしての仕事を全うしようとしている。
臆病な思考、やけっぱちになった考え。そんな余計な事を考えている様子は一切無かった。
『くそっ!こいつ!なめんな!』
でも…。いけない…!痺れを切らせたアンバスは、ワッカの脇の下に滑り込みをかけ突破する。
ワッカはタックルなんかの当たりには強いけど、こういったスピード型の選手と組み合うととことん弱い。
翻弄されて、こうやって抜かされてしまうんだ。それがいつものパターン。なのに。
『うぅおおおおおおお!』でも。『なにっ!?』
そのはずなのに、ワッカは反応をした。脇の下をすり抜けたアンバスに対して、体を180度捻るようにして後ろから飛び込むようにタックルをする。
『ぐぼぁ!』『はなさねぇ!絶対離さねぇぞ!』ワッカは相手の選手の腰にしがみついてボールに手を伸ばす。
『アンバス!こっちだ!』そんな声を会場マイクが拾った先には、グラーブという体格の良い選手が手を挙げていた。
『頼む!』そう言って、アンバスはワッカの手から逃れるように伸ばした肩から、グラーブに向って、ボールを投げ出す。「…!」その時_____
『ナイスパース!』
そう言ってボールを受け取ったのはアイツ。ティーダがボールを両手に、小気味良い笑顔を浮かべてアンバスを見ていた。『あぁ!!』
『まずい!!』そう言ってマークに着こうとティーダに向って泳ぎだすグラーブ。だけど______
『速い速い速ーーーーーーーーーーいっ!!!ティーダ選手!!高速の泳ぎでグラーブを追いつかせなーーーい!!』
ボールを脇に抱えてぐんぐんと魚のように進むティーダは、目を疑うようなスピードでスフィアプールを突き進む。
ボールを持った人間はその玉の浮力も当然受けるため、ディフェンスの走りより遅くなるものだけど。
だが、そんな事は一般論。凡人の考える事。そんな人を嘲笑うような態度で走るティーダに、私は海を泳ぐ海豚を幻視した。
ドルフィン泳法。
これは手を使わず両足を揃えて団扇をあおぐように体を波打たせる、ドルフィンキックで水中を泳ぐ泳法だ、
通常の選手がする手足を回転させるクロール。バタ足泳法に比べ、水に対する抵抗は少ないとされる。
でも、それはあくまで海を泳ぐ魚を模した動き。
魚にヒレという水をはける特別な器官があるから有効なだけで、それを持たない人間が真似をしても推進力は少なく、スピードの少ない泳法のはずなのだ。
腕に何かを持たないといけない状況だったり、抵抗が少ない分体力の消耗を抑えられるという目的で使われる泳法であり、普段ブリッツではお目にかかれない泳ぎだ。
だがアイツは『このまま行くか!?行くのか!?行ったーーーーーーーーーー!!!シューーーーート!!!』
ビーーーーーー!!!
『ゴォォォオオオオオオオル!!!ティーダ選手止まらない!止められなぁあああい!!!私実況を初めて15年となりますがあんな速度で泳ぐ選手を見た事がありません!!!いったいあのスピードはどういう事なのかぁああああ!!!??』
その泳ぎを持って、完全にゴワーズの連中を後塵に化すかのような速度で泳いでいる。
これは、いったいどういう事なのか、私にはその理屈は分からなかった。
『試合は続きます!7対4!オーラカの怒濤の追い上げ!いったい誰がこの展開を予想できたでしょう!?恥ずかしながら私は、この展開をただ見守ることしかできません!!ゴワーズのボールから再びゲームはスタートです!!』
でも、今はそんな事はどうでもいい。そう思うほど今の試合展開は一瞬たりとも目が離せないものになっている。
私も、ただ一人のブリッツファンとして試合を見る事しかできなかった。
『うそだろ…!なぁ。あいつどうなってやがる!?本当にオーラカのメンバーなんかよ!?』
そんなもはや喚き声にも聞こえるような悲鳴を、ドーラムが上げる。
無理もない。
私はそう思った。これではまるで子供と大人の勝負。魚と速度で対決した人間くらいの差がある。
こと、スピード勝負ではティーダに立ち向かえる人間は、ゴワーズどころか大陸中探してもいないだろう。
つまりティーダに対しては専用の対策を練る必要性がある。
だが今からそんな事を言っても、もう遅いのだ。よって、今よりゴワーズの勝負はいかにティーダにボールを回させないかの勝負になってくる。
『バルゲルダ!ドーラム!向こうの攻撃時、あの金髪を二人でマンマークしろ!!あいつにボールを渡すな!』
そら来た。この展開に当然なるだろうと、私は自分の予想通りの進行をするプールを見つめた。
だけど、こうも思った。「でも、たった二人で足りるのかしら?」
____タンッ!
打ち出されたボール。ボールを取ったのはやはりグラーブ。
「ワッカ!ダット!今朝のあれだ!」
「う、うっす!」
「おう!」
ティーダとワッカ。それにダット。三人の間でなにやら合図が交わされる。その意図はすぐに分かった。
『ダブルチーム!!ティーダ選手、ワッカ選手、オーラカの2トップが二人がかりでグラーブに襲いかかるううううう!!!』
『くっ!この!』
まるで今グラーブに言った戦術をやられる前にやり返すかのようだった。
ボールを受け取ったばかりで、まだ泳ぐ体勢に入ってないグラーブを二人がかりで、左右から手を広げて押しつぶすように重圧をかける二人。
残り時間は3分を切った。速攻で勝負を仕掛けているようだ。
「へいへいへーい!抜くっすか!?無理っすよ!?抜かせても追いつくっすよ!?」
「おらっぁ!さっさとボール渡しやがれ!!時間がねぇんだ、よっ!!」
二人して囲んで言葉攻めって…あいつら手段とか選ぶ気まったく無いのね…。
私は会場、ひいてはスピラ中にTVを通して拡声されるその声を身内の恥として、いたたまれない気持ちになった。
『こんぉの!!くそ野郎共がぁ!!』
今まで比較的冷静だったグラーブも、これには頭に血が昇ったようだった。『グラーブ!こっち!ボールを一端下げなさい!!』
そこで相手の仲間がヘルプに入る。手を挙げた選手はバルゲルダという女性選手。左右を埋められ残りの空いたルートである後方に、グラーブはボールを投げた『ちくしょお!!』
だけど、その時「「ダット!!」」グラーブのパスの方向。ティーダとワッカが叫んだその視線の先には「ダット…!」私はプールを走るそのいがぐり頭を発見した。
「う、うっす!」パシッ!
『カットーーーーー!!今まで良い所無しのさえないアイツ!ダット選手がグラーブのボールをインターーーーセプトーーー!!』
実況の癖になかなかひどい事言うが、あの引っ込み思案のダットが、相手チームの深くに切り込んでボールをカットしている。
私はそれに驚きを感じた。
ダットはオーラカ一の才能を持ったエースだったが、その気弱な性格が災いしてなかなか自分から相手に攻め込まないでパスを待つ癖があった。
今までのオーラカをさんざん見てきた私にも、その光景は珍しく映った。
『くっ!させないわよ!』でも、そこでダットに立ちふさがるバルゲルダ。自分に向けられたボールをカットされた失態を取り戻す気か、ボールを持ったダットに素早く詰め寄る。
「くっ、わっ、ティ、ティーダさん!」
そんなダットの助けを呼ぶ声が響く。だけど、ティーダはまだ動きの初動を掴まれたグラーブのマークを振り切れてない。
「攻めろ!!抜け!!」
そんな声がティーダから発せられた。ダットの怯えの表情が、バルゲルダに向けられる。走るワッカもまだ前線には追いつけない。
「抜くんだ!ダット!」今度はワッカ。
再度叱咤されたダットの表情が引き締まる。覚悟が決まったのか。ダットは精一杯顔を強張らせて「い、いくっす!!」と応え、バルゲルダに突っ込む_____抜いた!!
「「シュートォ!!」」二人の声が重なる。
それに背中を押されるように、ダットはシュートを打った___でも!
『なめんなぁっ!!』
そう叫んだキーパーのラウディア。
パンチングで弾いたボールが宙に。右に大きくはじかれてコートのラインを割_____「うおおおおおお!!」___ジャシュ!?
右翼から猛烈なダッシュで突っ込んでくる人影。金髪の青年。
ライトディフェンスのジャッシュ。走り込んできた勢いそのまま、コートのライン上に飛び込みそのまま___蹴った!
だが体勢を崩しながら焦って蹴ったそのボールはゴールに向わなかった。外した事を確信して、相手チームの緊張が緩んだその瞬間。
「監督ぅううう!!」
__________________ゴッ!
シュウウウウウウウウウウウ!!!「うそだろぉ!!?」___カッ!
ビーーーーー!!!
『ゴォオオオオオオオオオオオオル!!!!』
ウワアアアアアアアアアア!!!!
上がる観客の絶叫。魅せられたスーパープレイに「やったわ!」思わず私もつい歓声をあげてしまう。
ゴールとは見当違いの方向に打たれたシュート。ジャッシュは素晴らしいリバウンドを魅せたけど、角度的にもゴールを狙うのが難しかったのだろう。
体勢を崩したまま打たれたボール、上方に打ち出され、この軌道はコート外に飛び出てしまう物だろう、みんなが思ったその時。
グンッグンッグンッグンッ!!!
と、浮力を利用して加速、まるで滝登りの竜のように昇ったティーダがボールに追いつくと、オーバーヘッドのシュートを決めた。
『アリウープ…!?そんなのありかよ!』
がんっ!とゴールポストを叩く相手キーパーの気持ちも当然だ。
あんなのは予想できないし、する必要もない。あんなシュートボールをパスとして受け取ろうとするティーダの存在さえなければ。
『おい!ドーラム!バルゲルダ!お前らなに金髪のマーク外してやがる!』
怒声を上げるグラーブ。謝るバルゲルダとドーラムの言い訳は聞かなくても分かる。
『でも、だって、ありゃあ!完全にコート外に出る球で!』『言い訳してんじゃねぇよ!』
グラーブにはもう一切余裕が無く、大人げなく二人を責めていた。
だが、私はむしろ、ティーダのマークを任された二人に同情を寄せてしまう。
ようやくオーラカの攻撃の手を止めた。ようやくあの怒濤の攻めが終わり、休めると思った瞬間だっただろう。無理もない。
『5対7!残り2点差まで詰まってきました!どうでしょう!何がおこってるのか!?そんな会場の声が聞こえてきそうです!私も同じです!会場は奇妙にざわめいた熱気に包まれております!さぁ再開!再びゴワーズが取った!』
パシッとボールを取ったグラーブ。
ワッカとティーダのダブルチームを警戒して、自陣の大分後ろの方で受け取ったボールを、自らドリブルで運びだす。『攻めるぞ!あの金髪以外は雑魚だ!こっちが点を取るんだ!』
『『おう!』』
と呼応するように叫んだルカ・ゴワーズにはもう一切の余裕も無く、額に汗をにじませて必死にオーラカの陣地へと切り込んで行く。
「へいっ!」
『クソッ!アンバス!』
「へいへいっ!」
『っ!ドーラム!』
しかし、攻めれない。もう、ゴワーズは完全に恐慌状態に陥っていた。
ティーダの速度が掴めない上に、何やってくるかもう分からない奇怪な者として見てるようで、少しでもティーダがこちらに来ようとする挙動を見せると、すぐにボールを後ろに戻してしまうのだ。
そうして行くごとにゴワーズの上げたはずの戦線のラインは下がっていき、またすぐに自陣へと押し込まれてしまっていた。
「逃げんなよ…おい」
プールのマイクが拾った音声の中には、相手を挑発するティーダや相手チームの悲鳴のような声だけじゃなかった。その声の発生源は、ワッカだった。
「前半まで、あんなに余裕ぶっこいてたじゃねぇか…攻めてこいよ…!」
ワッカの声が次第に大きくなっていく。はっきりと聞き取れるような声に。「なぁ…!王者がそんなんでいいのかよ…!?」
そんなワッカの腹の底から絞り出しているかのような低い声が会場に広がっていく。
私は胸の中でそれに同調した。こんな無様な姿を晒しているのがスピラを代表するチームであっていいはずがない。私の心に浮かんできたそれは、もはや怒りにも似た感情だった。
時間が刻々と流れ、1分と30秒を切る。
会場は、自陣の奥深くに引きこもり、パスをただただ回しているだけのルカ・ゴワーズを不気味なほどに静まりながら、見つめていた。
そんな寒々しい光景のまま残り1分を回る。ティーダもあれだけ執拗にパスを回されては手がだせないようだった。さっきから動き回ってパスを追っているが、あと一歩の所で追いつけない。
まずい…もう時間がない。このまま膠着状態で終わってしまう。逃げ回るだけの相手にかみつく牙が、武器が、もうオーラカには残されていない。
そんな時だった。
「ゴワーズ!!ずっるいぞー!!勝負しろぉー!!」
そんな耳慣れた、あの元気な金髪の女の子の声が、会場のどこかから聞こえてきた。
『そうだそうだ!!』『おい!俺もうファンやめるからな!!』『情けねぇ姿見せてんじゃねぇぞ!!』『そうだ!勝負しろぉお!!』
床を踏みならし、大声で野次を上げるサポーター達が徐々に立ち上がる。握りつぶした手を振り挙げて叫ぶ観衆。一際大きく漏れてくるのは、
「オーラカ!ガンバレえええええッ!!!」やはりリュックの、声援だった。
やがてその輪は広がって『オーラカ!オーラカ!!オーラカ!!』と、規則的なリズムを持ったそれへと変わっていく。
私はその大きな。次第に広がって行く大声援を聞いて、胸がぐっと熱くなるのを感じた。「チャップ…見てる…?」
「今、あのビサイド・オーラカが、こんなにも応援されてる…」
いつだって負けて負けて、そのまた次も負けて…結局一度も勝てなかった。あんたの心残りは、私との結婚と、ブリッツの大会で優勝する事だったもんね。
「あんたの未練、もしかしたら今日、晴れるかもしれないよ…」
それは、私自身にも向けた言葉だったかもしれない。
『あーーーーーーーーーっと!!!』
けたたましい実況の声。ハッと一瞬の感傷から帰ってきた時、ボールは誰の手とも言えず、宙に浮いていた。
「レッティ!!」
相手のパスを弾いたのはレッティ。会場中からチームに送られる野次に気を取られ、雑になった相手のパスの軌道を飛び出してカットしたのだ。
「ジャッシュ!!拾うんだ!!」
前線に走るティーダの声にも、もういつもの余裕気な色は乗っていなかった。このチャンスを逃したら、もう逆転の目が無い事を感じ取っていたんだろう。
「させるかよ!」「らぁああ!」
飛び出してきたアンバスと、ジャッシュの体がボールの軌道で交差する。だけど___「はぁあああ!!」
バンッと音を立てて、ボールを拾ったのはジャッシュ。ジャッシュは自らの体格の良さを生かして、ボールを追う前に相手を吹き飛ばすことを選択していた。ファインプレイかつ、英断だった。
「マークだ!」慌ててジャッシュの前に出てくるドーラムとバルゲルタ。前線に走ったティーダへのパスコースを塞ぎにかかった。
それを見たジャッシュは自らがパスをする選択を即座に除外し、レッティに回すが、その時既にティーダははるか遠く。彼はパスの名手だかそれでも届くかどうか__
「ティーダァアア!!約束だったな!!おまえには俺の!!」え?なに?ボールを離して足元に_______「ノーーコンシュートをくれてやるってなぁああああ!!!」
ドッ____!という音と共に放たれたシュート___何をやってるの!?こんな遠くからシュートして!?
焦ってすかさず飛び出てくる相手キーパーのラウディア。だけど、ボールはゴールから遠く既に見当違いの方向へ____!?
グンッグンッグンッグンッ!!!バシッ!
「取った!?」思わず声をあげた。だってそうでしょ!あいつ、さっきのジャッシュの球と同じようにまた____!「いくっすよぉ!!」
そんないつものあいつの観声が聞こえた時「うぉおおおおおお!!」そんな絶叫と共にティーダにぶつかりに行く人影…グラーブ!頭に足が______危ないっ!!!
________ゴッ!
シュウウウウウウウウウウウウウウ!!!カッ!
ビーーーーーーー!!!
『入ったぁああああああ!!!ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!!』
ウワアアアアアアアアアアア!!!!
「は、入ったのね…」そう呟いて、へたり込みそうになった私は、ハッと気づくようにちらりと時計を見た。
先程のゴワーズのパス回しにはかなり時間を取られていたはず。そう思ったのだ。
時計。示されていた数字。_________________00、04____
残り時間、4秒。
そんな、残酷な数字を指し示していた。
それを見た時、私の中でなにかがプツリと切れる音がした。
「ここまで来て…!」
バンっと思わず自分の膝を私は叩いてしまった。
あとたった3分。いや1分でも良い。もう少しはやく、あいつをここに送り届ける事はできなかったんだろうか。
スタジアムに送り届け、この試合を最初からあいつに出させてやることがどうしてできなかったのか。
私があの時、情けなくも気を失った時、何が起きたかは分からない。だけど、私がそもそもあの時、背後から襲ってきたアルベド族を撃退することができたならこんな事にはならなかった。
掴みかけた希望、それが目の前で失ったことで私の心には再び自責の念が浮上してきた。
自分の膝を思い切り握りこむことで、私はなんとかむせび泣きそうになる自分の衝動を押さえこむ。
「最低ね…最低ね…私」
なんにも悪くないはずのユウナの頬を感情のままに叩いて、不幸中の幸いだった、だなんて、大人ぶった言葉を浴びせて…私は本当に何様のつもりだろう。
自分が汚くてとんでもなく低俗な人間に思えてくる。私に本当にユウナの姉として振る舞う資格があるの、ガードとしてやっていく資格はあるの。
そんな事を考えてた時。
ふと、観衆の声が聞こえていないことに気がついた。
「なんなの、もう」私はいつの間にか流れ落ちていた、涙を拭いながら再び会場に視線を戻した。
『……!』『……!』なにやら二人の審判が集まって言い争いをしていることに気づいた。ティーダの額にはいつの間にか、包帯も巻かれている。
そうか。あの時、さっきのシュートの時に、やはりグラーブの足はティーダの頭に衝突をしていた…。だから怪我を…。
私は自分を責める材料にあいつの怪我も加えなければならない、と思った。
あんな無茶をさせてしまったのも、ユウナを、ワッカを傷つけてしまったのも、私がガードとしての役目を果たせなかった。だからで___ん?
審判の言い争いのようなものが終わり、一人の審判が右手を左手の肘を掴むような形で上げて、何かを示すポーズを取っていた。
ざわめきだす観衆。胸の中に広がるなにか奇妙な期待感。そうだ。昔一度読んだことのあるルールブック。あれに出てきた審判のコール___!!
『イ、イ、イ、インテンション!!!インテンショナルファゥルだぁああああ!!ビサイド・オーラカっ!!ここでっ!P・Kーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!!
「P・K!?うそ!!あの実況、今、P・Kって言ったわよね!?そうよね!?」
私は地上の状況を、グズグズと泣きながらも、今まで一言を喋らずに見守っていたユウナの肩を思わず揺すっていた。自分の耳をどうしても信じられなかったのだ。
P・Kということは、つまり、時計はこのまま静止状態で、相手のゴールキーパーと1対1。ゴールの目の前でシュートをする権利を貰えるということだ。
これで、もし入ったら、同点。残り4秒だからそのままサドンデス。先に1点を入れた方の勝者となる。「すごい!すごいわよ!ユウナ!ほらっ相手がコートから出て行く!本当にP・Kよ!?」
私は年甲斐も無く興奮してしまって、そんな子供みたいな言い方でユウナの肩を何度も揺すってしまった。
でも。だって、仕方ないでしょ!?この土壇場でまさかこんな…こんな事が起きるとは思ってなかったわよ!
もしかしてティーダあいつ、これを狙ってわざと頭に蹴りを受けたっていうの!?なんて奴!?
「ユウナってば!もう!」
私はまるで子供の時に戻ったみたいに、ユウナにせっついてしまった。
なにも私も昔から完璧にお姉さん役をやっていた訳じゃない。たまにだけど、こんなはしゃいでしまう時があったのだ。
それなのに、ユウナは石みたいに、頭だけ空にだして下の様子でじっと見つめている。もう何もこんな時まで「ぐすっ…すんっ…よぉ…」
ユウナの目は本当に釘を打ったように、固定されていた。
地上のスフィアプール。いや、プールの中のある金色の一点に向って、ユウナの目線は釘付けにされていた。「ぐすっ…よぉ……」
ユウナは私の声自体はどうやら聞こえていたようで、何か独り言を言っていたようだった。「はっ…すんっ…ぐすっ…よぉ…どうしよぉ…」
「ユウナ、どうしたの?」
私はそう聞いた。なんだか、妙な気配というか、変な予感がしたのだ。
『さぁアドレスに入ったティーダ選手!!打つか!?打つか!?強烈ーーーーー!!!!ゴォオオオオオオオオオオオオル!!!!!同点!同点ーーーーーー!!7対7!サドンデス決定ーーーー!!!!!』
そうこうしている内にシュートは打たれたらしい。しまった。見逃した。
まぁ…けど、あいつが打ったならそりゃあまぁ入るでしょうね。
私はそんな呆れたような、安心したような、そんなほっとした溜め息を吐いて、もう一度ユウナを見た。
「ほら、ユウナ。あいつまたゴール入れたよ。凄いわね」
自分でも今優しい顔をしてるのが分かる。
子供みたいに試合に齧りつくユウナの後ろ姿がおかしくて、私はふふっと笑ってから、昔みたいにユウナの体勢に合わせて、肩を並べて一緒に観戦をする事にした。
でも。
その行動は間違い、やってしまってはならない事だとすぐに分かった。
隣から聞こえるユウナの声。私の耳の聞こえたその言葉は、なにやら呪文のように呟かれていた言葉のようで。
「っ…ティ…だ…すんっ…ぐすっ…うぃいよぉ…どう…よぉ…私、な…か変だよぉ…」
「え?」
「…すんっ…ぐすっ…」
「ユウナ?」
私は微かに聞こえたユウナの独白。そのあまりの場違い感に自分の耳を疑って、そんなことを聞いてしまった。
「すんっ…ぐすっ…カッコいいよぉ…ティーダ君……どぅしたんだろ……なんか…わたし…なんか…変になってるよぉ……」
「ユ、ゆうなー…?」
まじ…?
私は自分の口から漏れ出たとは思えない、そんな間抜けな声を、思わず上げてしまった。
__________________________________________________________________
『『『『ティ…ティーダ(監督)さぁあああああああああんっ!!!!!!!!!』』』』』
ワっと声を揃えて飛びかかってきた、汗臭い野郎共に走り迫られてぎょっと驚き俺は避けようとしたが
『ティ…ティーダあああああああああっ!!!!!!!!!』
駄目だった。背後から迫って来たワッカに掴まれたのを皮切りに、もうみんなにモミクチャにされる。次々と俺の体にのしかかるマッチョ達の体に潰されて、倒れ込む。
『『『『ティ…ティーダ(監督)さぁあああああああああんっ!!!!!!!!!』』』』』
「だぁーーーっ!もう!暑苦しいっつーのっ!!」
俺はそんな事を必死に野郎共の隙間から叫んだが、もうそんな静止の言葉は意味がなかった。だから俺は実力行使。みんなに向って蹴りを放ちながら叫んだ。
「まだ試合終わってないんっすよ!!泣いてるんじゃねぇ!!」
『だって…だって…こんなのもう…信じられないっすよ!』『あぁああ!もうなんか俺やべぇ!もうなんかやべぇ!』『すいません!でもなんかもう止まらなくて!』『ティィィィダさぁあああああん!』
あかん。駄目だこいつら。俺は、最後の頼みのつなとしてワッカに視線を送る。
「ティーダ…俺…俺…お前に出会えて…本当に…良かった……」
もっとだめだった。もうなんかワッカの胸の内では、きっと思い出とか色々な汗臭い思いがバーストしている状態のようだった。
「だぁあああああ!!!もう!!!お前らとにかくポジション戻れ!!涙で…ボールが見えねぇよ…!とかいう漫画みたいな理由でパスミスしたらマジではったおすぞ、おまえら!!」
俺は全員の尻を蹴飛ばして、最後の喝を入れたところで、ようやくあいつらはポジションへと戻っていった。
最後の5秒以内に同点で試合が止った時。ブリッツではその最後の秒数までは計算しない。時計の針が全て零に戻ったことを確認して、俺はコートの中央に泳いで行く。
ピッ!
と高く鳴る審判の笛の音。
それに応じてコートの中央にでてきたのはグラーブ。ルカ・ゴワーズのミッドフィルダーにしてチームのリーダー。俺が最も警戒していた奴だった。
『ジャンプボール!』
審判の声が上がり、上昇の構えを二人同時にとった。グラーブは俺をじっと見つめていた。「なぁ、お前。ティーダっていう名前で良かったか?」
そんな、会話を仕掛けてきた。無視しようかとも思ったけど、そいつの目があまりに真剣だったから、つい会話に乗ってしまう。「そうっすよ」
「俺はグラーブ。ブリッツ歴は18年。年は25だ」
グラーブ突然そんな場違いな自己紹介を始めた。俺にはその意図が分からなくて「それが…なんなんっすか?」と聞いた。
「別に。ただ、覚えてほしかっただけだ。俺の名前を」
知ってるっつーの。とは声には出さなかった。俺はなんとなくだが、こいつの言ってる意味が分かったからだ。
そうだな。グラーブ。これから先もお前とはどっかで、対戦するだろうしな。長い付き合いになるんだったら、覚えておいてもお互い損は無いだろう。
「勝負だ、ティーダ。お互い小細工は無しだ」
「あぁ。ところであんた。俺がさっきわざとぶつけにいった俺の頭、あんた蹴る瞬間、最後手加減しただろ?」
「あぁ?」
「それだけ」
「あぁ。それだけか。別に、ただお前の頭を馬鹿にしちまうのは勿体ねぇと思っただけだよ」
「そっか」
「あぁ、俺もそれだけだ」
その後の、言葉は無かった。いりもしなかった。
俺たちの準備ができたことを確認した審判は無言でボールを、スフィアシューターにセットして____打ち上げた_____!
「ふっ!」
「んっ!」
一斉に垂直に飛ぶ俺たち。_____バシッ!
ボールを弾いたのは俺。後ろのレッティに向って、ボールを打ち流す。「よし、きたぁ!」と上がるレッティの声。
「全員!あがれえええ!!」と叫ぶワッカの声。俺もそれに応えて前線に上がる。
「ダット!」
レッティがパスを回したのは、オーラカの若きエース。ダット。
今回は俺に役を奪われたが、最後に頼りになるのはやはり、あの気弱ないがぐり坊主だった。
「う、うっす!」
ダットが前でボールを受け持つと、その前にビクスンとアンバスが立ちふさがる。
だが相手の二人の顔はもう完全に焦燥しきった顔で、有り体に言って恐怖が滲んでいた。
相手チームで平静を保ってるのはさっきのあいつ。グラーブしかいない。と思った俺は
「パスを回すな。抜いちまえ!」と声を張った。
弾かれたように動き出すダットの顔にはいつもの恐がりな顔ではなかった。
ダットは二人のがらあきの隙間を見つけると、泳ぎの勢いそのままにぶち抜いていく______!「ばっかやろ!」
そう声を上げて次に動いたのはグラーブ。
あいつはやばい。
俺はそれを見て「パスだ!逆サイド!」とダットに指示を飛ばす。「っ!」
ダットの判断は素早く、ボールはロングパス。反対側のジャッシュの手に受け取られる。____バシッ!
ジャッシュの泳ぎは遅い。
だけど、体は当たりに強く「このぉ!!」とタックルを仕掛けてくる女選手バルゲルタくらいの体重なら___「ふっ!」
と、難なく吹き飛ばせる。ディフェンスであるバルゲルタを抜かしたジャッシュ。前にはもう誰にもいないまま、コートの右のライン際でドリブルを慣行する。
「ワッカ!」俺は叫んだ。ワッカは俺の瞳を見て、俺はワッカの瞳を見た。一瞬。それで十分だった。
俺はそのまま俺のマークに着いたグラーブを引き連れ、ドーラムの方向へとあえて進む。グングンッと、急にスピードを上げ大きく派手な動きでアピールをする俺。こちらに注意を引かせた。
「ティーダ!良いんだな…っ!」
そんな言葉を最後にワッカは言って走った。こっちを振り返ることは無い。全力でワッカは駆け出していた。
アイ・コンタクト。俺の意思は正しくワッカに伝わっていた。
「パスだ!!」俺の言葉を聞いたジャッシュ。俺の方向を見るジャッシュに俺は黙って視線で応える。
ワッカは既にゴールの目の前へと駆けている。考えうる最高のポジション取り_____
それを受けて「くっ!」俺のマークから外れようとする、グラーブ。やっぱりこいつだけは冷静か___だがな!
ガシッ!!
俺は逃さない。逃がす訳ないだろ____!!
「ごふっ!」タックルを仕掛け、グラーブをとにかくワッカから引き離す。
グラーブも俺がこのタイミングでタックルを仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。横っ腹にうまく体がねじ込まれて体格差はあれど、身動きは取れない。
「お前っ!離せっ!!」
「もう遅せぇよ、グラーブ」
「何だと!?」そう叫ぶ、グラーブに俺は応えない。なぜならもう。この勝負の決着は着いているんだ。「よくもっ!」「お前だけは行かせねぇ!」
そう口々に言って、ワッカの隣を抜けていく俺に、さらに飛びかかるドーラムとアンバス。引きつれたグラーブを含めると、三人がかりで、俺を囲んでいた。
「あんたは、オーラカを舐めすぎたんだ」
そう、あの時、あんたは仲間に俺以外は雑魚だ、と言っちまった。それが、間違いなんだ。
俺は突っ込んできた二人からのタックルをあえて、受け止める。そして、そのまま掴まれたままにしていた。「ここまでされたらお前も動けねぇだろ!」「離さねぇぞこのクソ餓鬼!!」
ボールを持っていない俺に馬鹿みたいにしがみつく二人の目は完全に濁っていた。俺を警戒しすぎて、周りが何も見えていない。
「そら、ワッカ。」
_________道があいたぜ________
『ゴーーール前に躍り出たワッカ!!ジャッシュからのパスは!パスはーーーーー通ったーーーー!!!ゴール前!無人の荒野をワッカが駆けるーーー!!!』
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
『シュート!』『ワッカさん!』『ワッカさん!いってくれええええ!!!』『ワッカさああああん!!!シュートおおお!!』
「行けよワッカ」
_______________最後の華はお前が持ってけよ_______________
『ゴール前!!無人!!!ノーマークウウウウウウウ!!!!ビサイド・オーラカ!!リーダーのワッカ選手!!振りかぶってシュウウウウウウウウウウウウウトっ!!!!!』
____________________カッ!!
ビッ!ビッ!ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
『ゴール!ゴール!ゴォオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!!ビサイド・オーラカ!!遂にっ!遂に遂にやったああああ!!!!!試合終了おおおおおお!!!!!!!!!!今、この時、伝説!爆・誕ーーーー!!!!』
ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
___________________________________________________________________________
まるで、地鳴りのような歓声。
私の耳元を反響する、その大きな大きな歓声は全て。ビサイド・オーラカの勝利を讃えるものだった。
______『すげえええ!!俺!今日、伝説見ちまったよ!!』______『俺、この試合一生忘れねぇ!』__________
____________『金髪のあいつ!おいあいつ!どこの国のやつだ!データは!?経歴は!?』____________
______『あぁああああ!!!ゴワーズ負けちまったぁあああ!!俺何万ギルも賭けてたのにいいい』_____『おまっ!最後オーラカ応援してたじゃねぇか!!』_______
そんな。みんなの声が熱狂の渦の中に混じって、消えて、また新しく生まれていく。
私はその余韻の冷めやまない、半ば熱くなった一番前の応援席に備え付けられた金属棒に寄りかかった。
「ほんっとに…勝っちゃうんだもんなぁ…」
ふぅ、と、なんだか私は、呆れてしまうような面持ちでプールの中をちらりと見る。
『おおおおおっと!今回の立役者ティーダ選手は未だもみくちゃにされてる!男臭い空気に女性客は大興奮だぁ!私も大興奮だぁ!!こんな試合はもう二度とお目にかかれないかもしれない!そんな想いが胸に広がります!!』
「あいつらー…まーだやってるよぉ…」
そんな、言葉を吐いた私だったけど、まぁそれもしょうがないか。と、ぼーっと見つめる事にした。
「だって、頑張ったもんね…」
…にひっ。と何故か一人で笑ってしまう。なんだろこの気持ち…なんだかオカしいっ。
アルベド・サイクスが負けちゃって残念だなーともちょっとだけ思ってたのに、私の心はどうやらもう、ビサイド・オーラカに鞍替えしてしまったようだっ。
『さっきから私の後ろの放送室の扉が叩かれています!あの金髪の選手はなんだ!知ってる事全部吐け!と言った罵声は大会関係者!何故かただの実況である私の方に押し掛けてきています!』
『それもそのはず!彗星のごとく突如現れた金髪の彼!黄金のドルフィン!ティーダ選手に対しての情報がまったく!どこを探しても出てこないからだぁあああ!!!マスコミ!数多のスカウト達の戦いは試合の終わったこれより始まりそうだぁああ!!』
『キャーッ!ティーダくーーん!!』
と言った女性客の声援が上がる。むっ。
『キャーーーー!!!!いやーーーーー!!!手振ってくれたーーー!!!』
と更に叫ぶ女性客の一団。え、増えたっ!?むむむっー!!
「もー!!なんだよー!あいつー!!デレデレしちゃってー!!」
プールの方から手を振ってる金髪のあいつ。ティーダは、オーラカの皆に頭をワシワシされたり、足下ですすり泣かれてたりしながらも、ブンブンッとこっちに向って手を振っていた。…って、あれ?こっちに向って?
「リューックーーー!!勝ったぞーー!!」
ふぇ?え?えぇぇぇぇえええ!?あいつまさかこっちに気づいてる!?同姓同名の人違いとか…じゃないよね?
キャーーーー!!!!もっと手振ってーーー!!
そんな事を言ってる女性の一団…もうなにかの大きな組織みたいになっているその女性一向は遥か彼方。あいつが手を振ってる方向とは、まったく違う方向にいた。
「リュック!リューック!ってば!あれ?もしかして聞こえてないっすかーー!?おーーい!!!」
目を必死に背け続ける私。空を仰ぎ見て、まったく気づかないような風を貫く。
______他人のフリ…他人のフリ…!こんな注目集まってる所で、あいつの関係者だとバレたら、私まで!絶対!また振り回されちゃうよ!_____
「リューック!あれ?聞こえてない?マイク使おうかな?あ、いいっすか?」
そんな事を考えて、この無視を継続して決め込もうとした。『あー!あー!よし!これで聞こえるだろ!』
でも、そんな理屈であいつを諦めさせることなんで、絶対できないって私はすぐに悟った。
マイクで機械的に拡張された、あいつの声。
勝利者インタビューに向けられたリポーターのマイクを奪い取るとあいつは、こんなほんっとのほんっとにバカな言葉を言い放った。
『リューック!リューックてば!聞こえてるんだろーー!?お前の為に勝ったんだぜーー!!こっち向けよーー!!』
「き、聞こえてるっちゅーのっ!もー!そんなおっきな声で人の名前呼ばないでよー!バカー!」
そんな。大声で。
気づいた時には私も、負けじとあいつに返事をしてしまっていた。
「って、あ…」
私が我に帰った時には、もう遅かった。
会場中のカメラが、顔面に一気に血が上って気づいた時には思わず声を出してしまった、私に向ってズームアップしてくるのが、頭上のスクリーンから見えてしまう。
『おおおおおおおおおおおっと!!!なんと!なんとぉおおお!ティーダ選手の声を掛けていた相手は女性だぁあああ!!同じく金髪の美少女!リュックと呼ばれた女の子はスクリーンに映ってるこの子だぁあああ!!女性ファンの悲鳴が聞こえるぅうう!!』
『キャアアアアアアアアアアア!!いやぁああああああああ!!』
____だって!しょうがないじゃん!だって今っあいつっ!私の為にーっ!とかっ!バカなこと言って!それでっ!それでっ!____
『だって聞こえてないって思ったからさー!仕方ないっすよ!とにかくこの勝利はリュック!お前のおかげっす!!あとで、ちゃんとお礼言わせてなー!!』
____いやぁあああああああ!だれかマイク切ってっ!誰かあいつのマイクを切ってぇえええええ!!_____
『ティーダ選手ぅぅううう!!攻める!立て続けに甘い言葉で攻めるぅううう!!私が女なら濡れているぞぉおお!!ティーダ選手は女性関係でもスピードキング!夜のドルフィンなのかぁあああ!!??』
_____あの実況も誰か口ふさいでぇええええ!!!_____ドォオオオオオオオン!!!!___ふぇ?
突然だった。何かの爆発音。
<キエエエエエエエシャア!!>
そしてこんな。この、みんなが笑って過ごせるはずの、ブリッツボールの会場に場違いな、魔物の声が、聞こえた。
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「くそっいきなり何だってんだ!!」
襲ってくる魚の怪物をワッカは試合のボールを拾い上げると、すぐに応戦していた。
俺も剣は持っていなかったので、同じく落ちていたボールを拾い上げると、すぐにワッカの加勢に向った。
オーラカ。そして、ゴワーズの連中は先に逃がした。あいつらはブリッツ選手であって、魔物とバトルをする人間じゃない。
厳密に言ったら、俺もだけど、今はそんな事言っていられないほど状況は切羽詰まってた。
<キエエエエエエエシャア!!>
そんな甲高い奇声を上げて突っ込んでくる魚の化け物を蹴り返し、更にボールで追撃することで息の根を止めた。なんだ、俺やっぱりバトルもやるじゃないっすか。
ちらりと、覗き見た会場。応援席のアルプススタンド。そこには、避難する皆を指示しているリュックが取り残されている。あいつバカ!なにやってんだ!
<キエエエエエエエシャア!!>
気をそらせた俺に飛びかかる魚。それを「おらぁ!」とした掛け声と共にボールを投げて撃ち落とすワッカ。あっぶねー。
「油断すんなぁ!ティーダ!」
ワッカはそうは言うが_______ズンッ!ズンッ!_____糞が!やっぱり応援席にも魔物がうじゃうじゃいやがる___!!
「リュック!」
声をかける。こっちに来いと叫ぶ。が、聞こえていない。周りの悲鳴に声がかき消される。
______ズンッ!ズンッ!_____
リュックの背後に近寄っていく魔物。やばい。リュック気づいてない。
______ズンッ!ズンッ!_____
もう猶予はなかった。俺は一度コートの端に掛け戻り、そしてUターンでそのままリュックの方に向って泳ぐ____「ティーダ!!?」
「リュック!」バシャンッ!
俺は叫びながら、スフィアプールから飛び出して、リュックのいるスタンドに突き刺さるように着地した。ギ…ギリギリ届いたぁ…!
水が髪からダバダバと滴り落ちて、俺を見上げるリュックの額に水がこぼれる。
______ズンッ!ズンッ!_____
俺は振り返る。魔物の距離はまだ数メートルある。「リュック!何かないの!?前みたいに手榴弾とか!?」
「えっ!あっ!うんっ!今出す!」「はやくっ!急いで!Harry!」「うるさいってば!今出すよぉ!…あった!」
「オッケー!」俺はそう言って、リュックから受け取った手榴弾を受け取り、振りかぶる。「ビッチャー!第一投…」
ビュンッ!「投げましたぁ!!」
_____________________チッ_____
ドオオオオオオオン!!!
という爆発音と共に上がる魔物の悲鳴。でも…!<グゥオオオオオオオオン!!>
______ズンッ!ズンッ!_____
舞い上がる砂塵。周りを包む火薬の匂い。
もくもくと体から上がる煙の奥の魔物の瞳_____肉を削り取ったが、魔物はまだ生きているっ____!
手負いの獣。そんな言葉が頭に浮かぶほどの猛スピードで、こっちに向って走ってきた___!「走れっ!リュック!」「うそーーー!!?」
______ズンッ!ズンッ!_____
ダダダッダダ!
走る。
リュックと一緒にアルプススタンドの観客のベンチという山脈を駆け上る。
後ろの魔物とは大分距離を離した俺たち_____けど!
<キエエエエエエエシャア!!><グォオオオオオオン!!>
「こんなに多かったら、関係ねぇよ!」
くそっ!と声を上げながら、俺らは通用口の扉へと走る。その曲がり角、そこから。
いやに、見覚えのある赤い外套が出てきた。
キィィィィィンッ…
と静かに、床を鳴らす大剣。
「ふっ…」
と鼻の奥で鳴らすような、年甲斐も無くカッコウつけた笑い声。
「やはり、ここか」
ゆったりと曲がり角から飛び出てくるセンスの悪い編み上げブーツ。
ジョン・レノ意識でかけだしたイタイ、丸い形のサングラス。
腰に着けた謎ファッションのとっくりが、コロンと、小さく音を鳴らす。
「さがってろ」
そう言って、剣を構える時だけ、無駄に綺麗に剃られた脇毛を見せびらかすそのオッサン______!
「アーロン!!」
俺達はようやく再開を果たした_________
あとがき
長かったです…!大変だった!
アーロンも出せたし、ブリッツやれたし、ユウナもリュックも書けました!
じょじょに話数を増すごとに、伸びていく文章量に一抹の不安を覚えますが、とりあえずは良し!
感想で、アルベド族の言葉の再現の要望がありましたので、応えてみました!便利な翻訳サイトがありますもんですね。
さぁ!とゆう事で、物語のプロローグ的な部分は終わり、徐々にみんなの感情に変化の兆しが見えだしました!タイトル詐欺と思われた方!もうしばらくです!今回でレベル1に上がりました!
とにかく、感想、ご意見本当にありがとうございます!これがあるから頑張れます!
リュック派、ユウナ派、ルールー派と、派閥があります。みなさんの期待に応えれるよう精一杯魅力的に書けたらな、と思います。
それではまた次回!