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No.1447の一覧
[0] 中休み[夢 綴](2006/10/24 23:36)
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[1447] 中休み
Name: 夢 綴
Date: 2006/10/24 23:36
最初に一つ…。

ただの日常を描いただけで、不思議な事は全く出てこない作品です。

自分はまだ高校生なので、就職活動とか分からないのですが

これは自分の目つきのせいで就職が出来ず悩む話です。

実際の社会はきっとこんなじゃないと思うのですが………。
これを読んでくれた方の心に少しでも何かを残してくれればいいなと思います。

それでは……
=================================


      中休み

 面接に落ちた。これで五件目だ。就職活動がこれほど難しいとは思ってもみなかった。
どの会社でも、目つきが悪いから。とか、暗そうだ。とか、話すのが下手だ。とか、ズバっと切り捨てられた。
 目つきが悪いのは産まれつきだし、暗いのも、なりたくてなった訳じゃない。話下手なのも、それが起因であるところも多分にある。ただ、そう。運がなかった。そういうことだ。
 さすがにもう二十云年生きてきて、そんな風に言われるのも見られるのも慣れてはいるけど、それでもこう続けざまに言われると落ち込みだってする。誰とも話す気も起きなくなるってものだ。
 こうやってひきこもりが増えていくんだろうか。そう思うと、自分もひきこもってみようかと思った。案外、悪くないかも知れない。
 そして僕はそれを実行した。
 次の日になり、僕は大学へは行かず、家の中に篭った。この点、一人暮らしは良い。誰に何を言われることなく。自由がそこにある。
 一度決めたら、それなりに気分がすっきりして、僕はテレビをつけた。いつもなら大学に居る時間。おもしろい番組などは無かった。けれどその時間はそれなりに心地良かった。
 良い事も無いが、悪い事もそうない。とても曖昧で、落ち着く。
 テレビに飽きたら、僕はシーツに包まってみたりした。僕のひきこもりのイメージの一つで、すぐにでも出来るのが、それだった。
 ただシーツに包まり、ベッドの端でひっそりと座る。これもなんとも言えない心地良さがあった。
他人と関わらないことがこんなに楽だとは思わなかった。
誰も居ない部屋の中は静かだった。その静かな部屋の隅で小さくなっていると、自分がちっぽけに思えて、それはそれで良かった。決して否定はされていない。小さいながらも、僕はここに居るんだと、そう思えた。
 やがて時間が進み、お腹も減ってきた。
カップ麺の買い置きはこの間切らしてしまったし、シリアル系も残ってはいない。いくらお腹が減っていても、すぐに食べられるものが家にはなかった。けれど、コンビニに出かけるのはなぜか気が引けてしまった。
 本当は買い物ぐらいするのだろうが、ひきこもりは家からは出ないものだと、僕はそれを一日目から崩したくはなかったのだ。
 冷蔵庫の中には、意外と調理できそうな食材があった。
タマネギ、ニンジン、キュウリ、豚肉、etc...etc...
四日前に実家から送られてきたものだ。前回送られてきたものは、殆ど食べずに腐らしてしまったが、四日前、つまり荷物が送られてきたときに冷蔵庫の中身を整理して、それなりに衛生的にはなっていた。
 僕はタマネギを取り出し、乾燥ワカメとシーチキンの缶詰、スパゲッティの麺を取ると、約一ヶ月半ぶりの調理の為にキッチンに立った。
 料理なんてなかなかしない僕は、うろ覚えの手順でそれを何とか調理して、それなりの見た目のスパゲッティが完成した。
ちょっと多いかもしれない。
 出来たスパゲッティを皿に盛ってみると、四人分程になった。それを小分けにして冷蔵庫に仕舞い、僕はテレビを付けてそれを食べた。
「うん。なかなか…」
 一口食べたところで、僕はチーズの存在を思い出し、戸棚からまだ開けてない粉チーズを取り出した。
 食べ終えたら、僕は調理器具と皿を洗い、時計を見た。
まだ二時だった。
 夜まではまだまだ長いと思ったら、急に外に出たくなった。
どうやら僕はひきこもりには向かないようだ。
それでも僕はぐっと我慢してシーツに包まった。横になれば少しは落ち着くかもしれない。そう思ったからだ。
 テレビを消すと、部屋の中はまたシンと静かになった。時計の音が大きく聞こえる。
チッチッチッチ…と、定期的な音を奏でていた。
 そんな時計の音を聴いているうち、僕は眠くなって、知らぬ間に大きなあくびを漏らしていた。

 携帯が鳴った。どうやら僕は眠っていたらしい。液晶をみると、鳴っていたのはスケジュールのアラームだった。
 よくみれば、今日はバイトの日だった。そのためにアラームを付けていたんだった。
僕は散々悩みぬいた挙句、バイト先に電話を掛けた。
数秒間の着信音。ガチャリと音がして、誰かが電話に出た。
店長だった。
「あの、立川ですけど…」
「ああ立川くん、どうかしたのかい?」
「あ、い、いえ、今日はちょっと体調がすぐれなくて、バイトに出れそうにないんです」
「えぇ?そうなのかい?困ったねえ。どうしてもっと早く連絡してくれなかったの」
「すみません」
「まぁ体調が悪いんじゃ仕方がないね。今回だけだよ?」
「はい」
「じゃあね。しっかり体休めて、栄養のあるものも取って、早く元気になりなよ」
「はい」
ガチャリと音がして、電話が切られた。僕の心臓はまだバクバクいっていた。
嘘を吐くのがこんなに緊張するとは思わなかった。それも、責任ある仕事をだ。
電話を掛けたときからずっと、動悸が治まらない。それはもう死ぬかもしれないと思うほどに激しかった。
 僕は携帯をソファーの上に投げると、改めてシーツに包まった。その肌触りが、静けさが、温かさが、何もかもが僕を満たしてくれていると思った
 トゲトゲになっていた心が、緩やかに、穏やかに、春先に溶け出す雪水のように流れ、自然と僕の顔は笑みになっていた。子供の、安心したときの心底ほっとした笑顔。そんな感じ。
 なんとなくやる気が出てきた僕は、ゆっくりと起きだし、普段は出来ない模様替えでもしようかと部屋を掃除することにした。
 掃除機も、最近は随分とご無沙汰だった。就職活動でそれどころじゃなかったから、部屋は塵だらけだった。普段は気にしないけど、一度掃除をしだしたら、いろいろなところが気になってしまい、部屋の中全部を引っ掻き回していて、気が付いたらもう夜の十時を回ってしまっていた。
 部屋の換気をしている間、僕は掃除のせいで埃まみれになった服を洗濯機に投げ込み、そのままシャワーを浴びた。いつもと違う一日を過ごした後のシャワーは、どことなく満ち足りた気持ちを与えてくれた。
 昼に作りすぎたスパゲッティを食べると、僕は部屋の模様替えは明日にして、夕方と同じようにシーツに包まり、小さく伸びをして深くベッドに沈みこんだ。

 窓から光が差し込んできた。昨夜カーテンを閉めるのを忘れていたらしい。その明るさに目が覚めた僕は、目覚まし時計を見た。時針は八時を過ぎ、分針は六を指していた。
「やっば!一限目始まっちまう!」
僕は慌ててベッドから飛び起き、急いで着替えて荷物をまとめると玄関に向かった。だが、そこでふと思い出す。
 そうだ、僕はひきこもりだったんだ。
僕は頭を掻きながら荷物を放り投げると、冷蔵庫を開け、昨日作ったスパゲッティを取り出した。
さすがに三食続けてだと飽きる。だがあと一食分あるのだ。飽きたなどと言ってられない。
 今度からもうちょっと分量をしっかりしようと心に硬く誓い、僕は粉チーズを振りかけた。
二日目になるとさすがに慣れると思っていたが、サボるのはそれなりに緊張する。
 朝食を終えたら、僕はなんとも言えない気持ち悪さを振り切るように散らかった部屋を片付け始めた。

 その作業が終わってしまうと、いよいよ僕は暇になった。ゲーム機は一人暮らしの生活費確保の為に売ってしまったし、テレビ番組も昨日と大して変わりはしない。
 本当に暇だった。なんせ一人だ。この家じゃ出来ることだって少ない。部屋の中には何度も読んだ文庫本があるぐらいで、そんなものを読もうなんて気は全然起きてこなかった。
「はぁ……」
僕はベッドに寝転がった。結局僕には眠る事しかできないのだ。最後はいつもここにたどり着いてしまう。どうしてだろうか。
 携帯のアドレス帳を見ても、平日の昼間っから暇していそうな人間なんて一人もいない。皆バイトとか仕事とか大学とかで忙しそうにしてるに違いない。
 僕は携帯を置くと本棚から適当な本を取り出し、何となく奥付を開いた。中古で買った本だったから表紙もボロボロで、紙も日焼けして茶色くなっていた。
 初めて自分で買った本が、これだった。当時九歳だった僕は、大してお小遣いを貰ってなどいなかったから、こんな中古の本しか買えなかったのだ。
 実際に本を開いて古い紙の匂いが辺りに立ち籠もりだすと、さっきまで読む気が全然なかったのに、読んでみてもいいかも知れないと思った。
 勝手なものだと自分でも思う。だけど実際そんなものなのだろう。
などと自分を納得させ、ペラペラとページを弄びながら、自らのプライドと退屈を天秤に掛けた。
 当然、退屈には堪えられそうになかった。
僕は一度ぴしゃりと本を閉じると、一ページ目をそっと開いた。
 久しぶりに読む本は、どこか新鮮だった。

 そんな生活が一週間続いた。
その間かかってくる電話をことごとく無視して、僕は過去に買った本を読み漁った。そんなに量はない。たった十三冊だ。一週間もあれば大抵読めてしまう。
 腹が減ったら適当なものを作って食べたし、疲れたらそのまま寝た。気持ち悪くなれば風呂にも入ったし、日が沈めば外を散歩したりもした。
 バイトもサボった。結構長く続けていて、店長の信頼もあったと思う。それを無断で休み続けた。もうしばらく続けばクビにもなるだろう。だけどそれでも僕はバイトに行く気力が沸かなかった。
 人気の無い夜道は、自分しか居ない家は、古びた本の中は、紛れも無く自由だと。そう思えた。
 僕が夜の散歩から帰ってくると、家の前に人が居た。真っ暗で顔は確認できないか、中年の男性に見えた。
「あの、僕の家に何か…?」
そう声を掛けたとき、相手の顔がぼんやりと、けれどはっきりと見えた。
「立川君…」
「店長…」
 家の前に居たのは僕が今、会いたくない人の中の一人だった。

「上がってください」
僕は店長を部屋に上げると、台所からコップと麦茶を取ってきて部屋のテーブルに置き、店長に座布団を勧めた。
「いやぁ、すまないね。ちょっとここいらに用事があったんでついでにと思っただけなんだけど……」
「そうですか」
店長はそう言ったが、この近辺には店長の用事になりそうな場所はない。おしゃべり好きの店長なのに、僕の家の近くに何かあるような素振りは一度も見せた事など無かった。
 きっと僕の様子を見にきたのだろう。そうに違いない。
「あの……すみません。ここのところ無断でバイトを休んでしまって……」
僕は居心地が悪く、フローリングの床に直接正座して縮こまっていた。
「ああ、いや、まあ大変だったけどね。榊君からも大学に来ていないと聞いていたし、何かあったんだろう?話してくれるか?」
「…榊…」
確かにあいつなら店長に大学での事を聞かれたら答えるだろう。あいつからも何度か電話がかかってきていたようだったし、バイトにも顔を出さないんだ。当然だろう。
「何があったんだい?」
「…いえ、別に何も…」
「無ければでっちあげでもいい。私に何か理由を話してくれ。じゃないと理由なしでバイトをサボっていましたなんてオーナーに報告をしなければいけなくなる。そうすれば君はクビだ。どうにかそれだけは避けたいんだよ」
………。
僕は何も言えなかった。ただ、一週間ぶりの他人との会話は、温かく感じた。
多分一、二分ぐらい、僕は俯いたまま黙っていた。その間店長もただ黙って僕を見ていた。これは推測だけど、そんな視線を僕は感じていた。
そして僕はぽつりと一言口にした。
「面接で、落とされました……」
「面接?就職活動かい?」
「はい」
「そうか…それは、災難だったね」
「…はい」
僕は少しだけむっとした。僕にとっては災難で済ませられるものじゃない。これで五件目なんだ。簡単に済む問題じゃない。
「それで立川君。君はそれからどうしてたんだい?」
「…ずっと、家に籠もっていました」
「そうか…。家で、何をしていた?」
「本を読んだり、模様替えをしたり、料理したり…」
「それはいいね」
「はい?」
てっきり否定されると思っていた僕は耳を疑った。見ると店長は穏やかに笑っていた。
「そこで何もせずだらだらとしていたなら私は怒っていただろうけど、そうじゃないんだろう?部屋だって随分と片付いているし、本もそこに丁寧においてある。ああ、これは懐かしい。私も呼んだ事あるよ、この本は」
店長は言って僕の横をすり抜け、ベッドの脇に置いてある本の一冊を手に取った。
「いい本だっただろう?私も何度も読み返したものだ」
「はい…。それ、僕が初めて自分の財布から出して買った本なんです」
「それじゃあ思い出の品だ。おっと、私のようなおじさんが触ったら悪かったかな?」
「いや、そういう訳じゃ…。それに、中古でしたし」
「ははははっ、冗談だ。そう焦らなくてもいいよ」
「は、はぁ…」
なんとも乗りにくい店長の冗談に、僕は愛想笑いで応じ、頭を掻いた。
「ん、んん。話がだいぶ逸れてしまったね。そうだ、一つ訊いていいかな?」
「え、ええ。はい」
「立川君、君はどうして、引きこもろうと思ったんだい?それに、引きこもって何をしたかったんだい?」
「店長、二つ訊いてますって」
「おっと、そうだそうだ。まあいいじゃないか。で、聞かせてくれるかい?」
朗らかに笑った後、店長は椅子に深く腰掛け、じっくりと僕の答えを待っていた。
 僕は懺悔するかのように頭を垂れて、質問の答えを必死に探した。
どうして?
―人と関わりたくなかったから
何をしたかった?
―…自由に、なりたかった?
 どちらも微妙だったけど、今の心境に一番近いのは多分この二つだろう。実際のところ、自分でもよく分かってないのだ。兎に角答えるしかない。
「多分、人と関わるのが嫌になってたんです。どこの会社でも渋い顔をされて…それで、嫌になってたんだと、そう思います」
「そうか…それで、何をしたかったんだい?」
僕はなんとなく気まずい気持ちで数秒間俯いて、ぽつりと言った。
「自由に、…自由になりたかったんだと、思います」
「自由、か……」
ふむ…と店長は唸り、腕を組んで深く吐息した。
「じゃあ、立川君の考える自由って、どんなのものだい?」
「えっ…と……」
自分にとってどんなときが自由に感じるか。一般的に言うならばやりたい事をしているときだろうけど、こと自分だけに絞って考えたとき、“自分のやりたい事”では答えにはなっていないだろう。それは多数の人間がいてこそ使える曖昧な答えだからだ。じゃあ自分のしたいことってなんだろう?
 考えてみてもなかなか出るものじゃなかった。そして同時に、この一週間本当にやりたいことをやっていたという自信もなかった。
「案外難しいものだろう」
店長は苦笑じみた顔で言った。
「だけどな、私はそれでいいと思う。曖昧なものだろう?自由って言葉は」
「…はい。なかなかあるものじゃないと思いますが…」
「そうだな。なかなかあるものではないな。でも、ありふれているものでもある」
「は?」
「ほら、精神活動の自由、だったかな。私は勉強嫌いだったからね。ほとんど忘れてしまってるが…」
はははっ、と店長は笑って言った。
はははっ、と僕は愛想笑いをした。
「当然の事だな。この精神活動の自由ってのは。だけど、実際これだけで社会が回っているとも言える。だってそうだろう?考えることに自由がなければ、こうもいろいろなものがこの場に存在しなくなるんじゃないか?」
「それは…そうかもしれませんけど…、それってへ理屈のようにも聞こえます」
「はははは、確かにそうだ。へ理屈かもしれないな。だけど、へ理屈だと言って切り捨てていったら面白みもないだろう?窮屈でしかたがない。違うかい?」
「………………」
「おっと、長居してしまったな。そろそろ帰らないといかん。それじゃあまた。明後日顔を出してくれると信じているよ」
店長は愉快そうな顔で帰っていった。なんとなく、「悩めよ青年」と言っているように見えた。

「へ理屈だって切り捨てていったらつまらない、か」
真っ暗な部屋で、僕はベッドに横になってぽつりと呟いた。
今までの僕の考え方は“納得できなければ信じない”って感じだった気がする。
いくら事実であっても納得できる理由がなければ僕は信じないだろう。逆に、納得できれば嘘でも信じるのだ。
 善と悪、裏と表、プラスとマイナス。
あまりに両極端で自分でも嫌気がさしてくる。
くだらない。馬鹿じゃないか?
そんな風に思っていた考え方が今、とても素晴らしいものに思える。
 いや駄目だ。こんな風に考えるのも理屈でまとめようとしている。長年染み付いたこの思考回路はそう簡単に黙ってくれそうもなかった。
「寝よう」
僕はシーツを引き寄せると、まだ何か考えたりなさそうな脳みそを黙らせるために眠りについた。

 小さな男の子が小銭入れを握り締めて道を駆けていた。目指す先は分かっている。本屋だ。
その子の父親は近くのスーパーの駐車場に車を止めると、ゆっくりとした足取りで本屋に向かう我が子の後を追う。
「ねぇ早く~」
一人で店に入るのが怖いのだろうか、男の子は自動ドアの反応しないぎりぎりの位置に立ち、父親に向かって大きく手を振って催促した。
「ねぇ、この本!この本買っていい?」
店内を駆け回っていた男の子が、ちょっと厚めの本を持って父親を呼んだ。やれやれ、そんな声が聞こえてきそうな父親の微笑んだ顔。
「この本か?お前にはまだ早いんじゃないか?難しい字ばかり載ってるぞ?」
「ちゃんと読めるよ!貸して!」
父親から本を受け取ると、男の子は一生懸命に文字を追った。けれど、やはり見ているだけで意味はちっとも分からなかった。
「ほら見ろ」
「読めてるもん!」
男の子は不機嫌に顔を膨れさせた。
父親は楽しそうに笑っていた。
「よぉし分かった。そんなに言うなら買ってやろう。だけど、読んだら父さんにも貸してくれな?」
「うん分かった」
男の子はうれしそうに笑った。初めて、自分だけの本が手に入った。

 また男の子は駆けていた。今度は違う本屋だ。手に持った財布は年相応の青っぽく分厚いもので、それが男の子のものだということは明らかだった。
 欲しい本があった。
 でもそれを買ってもらうのは嫌だった。
 どうしても読みたい本は自分で買いたかった。
何度も本屋に足を運んでいる上に目つきが悪いから盗みを働くんじゃないかと店員に目を付けられた。
 ちょっと怖かったし、つらかった。
それでも男の子は何度も何度も本屋に行った。財布の中身はちょっとずつ増えていたけど、それでもまだまだ足りなかった。
三ヵ月経って、財布の中は小銭でいっぱいになっていた。ほぼ毎日行っていた本屋に来るのは今日が最後かもしれない。
男の子は本を手に取って、値段と小銭を確認した。
「うん、足りてる」
男の子はそれをレジに持っていくと、財布をひっくり返して会計をした。
最後のその時まで、店員の人は僕を胡散臭そうに見ていたような気がした。
 やっと買えた。っていう実感があった。
 ずっと見ていた本が今自分の手の中に納まっていて、家の前にいる。
父さんは驚くかな?
 ちょっと自慢げにこの本を見せる。その瞬間を思うとワクワクして止まらなかった。
男の子は急ぎ足で家の中に入った。

 目がさめた。携帯の時計を見ると、まだ四時を回ったばかりだった。
今見た夢を、まだ鮮明に思い出せる。
「なんだ。目つきが悪くてつらかったのは今だけじゃないじゃないか」
昔の事を思い出し、僕は何となく笑ってしまった。
「就職活動でどうこうって、今更だよな、ホント」
あの時買った本を手に取ってみると、暖かな幸せに満たされた気分になった。
 あの時、父さんは思ったとおりびっくりしていた。僕も、すごくすごく自慢げに話した。
ずっとお金を貯めてがんばったんだと、本を抱えて言った。僕も父さんも笑った。
 夢で見た景色なんかより、鮮明に、古い思い出が蘇ってくる。
まだまだがんばれる気がした。
僕は明かりを点けると、もう数え切れないほど読み返した本の一ページ目を、そっと開いた。

「立川君、来てくれたんだね」
「ご迷惑をお掛けしました」
丸一日ゆっくりと本を読んだあと、僕はバイト先に顔を出した。店長に明日ちゃんと来ると約束したかったのもある。だけど、それよりも先にもうずいぶんと来てなかった気がして不安だったからというのが理由だった。
「昨日は本当にありがとうございました。もう大丈夫です。明日もしっかり働きますよ」
「うん、お願いするよ。それに明日のペアは…誰だったかなぁ…確認しておいてね」
「はい」
「…うん。いい顔だ」
「あ、はい」
何となく嬉しくて、僕は素直に笑った。店長もいい笑顔だった。
「それじゃ、奥行っておきます」
「うん、じゃあまた後でね。帰りも声を掛けてくれ」
「はい」
僕が奥の扉を開けたとき、店長はもう忙しそうに動き始めていた。

「明日のペアは~っと…」
「僕だよ」
振り返ると榊がいた。
「全く、今まで何してたんだ?それにこれだけサボっておいて何が“明日のペアは~っと”だ」
「あはは、ワリィ」
「あんまり思ってないだろ?」
「そんなことはない。そういうお前こそ、あんまり怒ってないだろう?」
「当然。結構心配してたんだぞ?五件目だから」
「最初っから分かってたみたいだな」
「何年付き合ってるんだよ」
「中学の時からか?」
「そう。腐れ縁だろ」
「そうだな」
「明日、遅れんなよ?」
「当然。遅れるわけないだろ?何年付き合ってるんだよ」
「中学の時から、だな」
二人して笑った。こんな風にふざけるのも久しぶりだ。
「それじゃあ僕は帰るよ」
榊はそれだけ言うと、先に出て行った。帰る方向も反対方向だし、だらだらと話していたら遅くなるのも分かっているからのさよならだ。
「じゃ、僕も帰るとしますか」
店の中で忙しそうにしている店長に一声掛けて、僕は家に帰った。

バイト先には遅れることなく着いた。榊ももうすぐ来るだろうと思う。
開始の時刻まで三十分の余裕がある。先に入っててもいいのだろうが、久しぶりだと早く入るのはちょっとばかり気が引ける。いや、腰が引ける。
「おっす立川」
「おお、遅いぞ榊」
「まだ三十分あるだろ」
「僕のが早かった」
「そうかい」
やや呆れたような榊は、鞄の中から幾枚かの紙を取り出した。
「ここの本屋さ、正社員募集とかやってるんだけど受けてみたりしない?」
「おい、これ、どうしたんだよ」
「お前がぼんやりしてたときに見つけたんだ。どうだ?一緒に受けてみないか?」
「いいな。これ」
「だろ?やってみようよ」
「そうだな、受けてみる」
「二人して成り上がって店長とか、オーナーとか。いいかもな」
「僕のが先だけどな」
「面接で落とされるかもよ?」
「バカ!言うなっての」
 榊の持ってきた紙に視線を落としつつ、僕は、一人じゃない暖かさを感じていた。

-了-
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はい。以上です。

中途半端でしょうかね?

ですが、これが今の自分に描ける精一杯だと思います。

一文だけでも感想をいただけると嬉しいです。


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