何時も人波で溢れる大通りだが今日ばかりは桁が違った。不必要と思われる程に広い、時として三十人を越える兵士達が捕り物で暴れまわっても余裕の残る其処は、人一人が満足に後ろを振り向くことさえ出来ないほどごったがえしている
人の群れは大通りの両端に分かれていた。皆揃って興奮の面持ちで大通りの中央を見つめ、其処を行くのは豪壮に飾ったユイカの軍団。行進の様相は、威風堂々と言うのが相応しい。あちらこちらで鳴る音曲もそれを助長し、これぞ如何なる敵にも負けぬ精兵と、信頼を呼び起こす様があった
人波の中ドロアは軍団の行進を見つめる。正確には軍団の最前列に一人、殊更威容の際立つ群青の鎧を纏うギルバートをだ。左右に三人ずつ歩兵が配され、中心で騎馬を気取るギルバートは、確かに見ているだけで昂揚してくる不思議な魅力がある
「む……ルルガン王殿も、よくあの青二才に軍の穂先を任せたな」
ドロアは、態々思っているのとは正反対の事を、背伸びして何とか行進を見ようとしている隣のカモールに向けて言った
ルルガン直下のギルバートが先頭に立つのは確かにそれほど可笑しい訳ではない。が、全くの違和感が無い訳でもなかった
ルルガンの軍団に居るのが、ギルバートだけと言う訳はない。ダナンを初めとし、ギルバートよりも遥かにユイカの為に尽くしてきた将達が居る。ギルバートなど新参も良い所だ
それがこの配置。ダナンのような軍師が立つ事は無いにせよ、他にも人は居た筈だが。例えばそう、……この時期に、鉄頭の騎馬を任されている者、とか
何を隠そう、ドロアも幾度と無く、穂先を任された事があった
(――この時の鉄頭の騎馬は本当の少数精鋭。確か、兵員は六百が制限だったな)
それ故に、一部隊としてルルガンの軍団に組み込まれている
背伸びしても前が見えない事実に悪態を吐き、仕方無いと諦めたカモール。ドロアは無言でその首根っこを掴むと子猫をそうするように高く持ち上げた。服の成りから首は絞まらない
「うわ……」
カモールは文句を飲み込んだ
「奴はどうだ」
「まるで…別人みたいですね。ギルじゃないみたいだ」
「どんな感じがする」
「アルバート様のような、そんな雰囲気がします」
「本人には言うなよ、歯をむき出して怒る」
カモールはクスクスと笑った
「はい」
ふと、いきなり回りの人波がザッと引き、先ほどまでとは少し違う歓声が起こる。何と思えば、ギルバートが目の前を騎馬で通り抜けながら自前の巨剣を天高く突き上げていた。その鋭い視線は、ドロアとカモールへ
左右の歩兵が遅ればせながら同様に槍を突き上げる。其処からぶち上げられた歓声は、際限なく広がって怒号を呼んだ
コイツは中々、語り草に出来そうな出征式だ
「ク、調子に乗って役者気取り、根性叩き直してやろうか」
「何だか本当に今日のギルは……違いますね。やたら機嫌が良い」
「アレだな」
ドロアが、顎で指し示すと、其処には穏やかな顔つきで行進を眺めるリロイの姿がある。カモールは得心した。あの二人、ギルとリロイ、何かあったな
「…見届けたら直ぐに戻るぞ、俺達も出発しなければ」
オリジナル逆行21
ランの懇願を退け切れ無かった理由は、幾つもあったがどれも決定的ではない。特に、医局の医師が「寧ろ積極的に行って来い」とランを後押ししたのは大きいが、それも少し違う気がした
ランまで連れ出して旅をしよう、なんて、何故自分は許容したのだろうか
兎にも角にも、気を取り直してカモールの招待を受けると決まり、カモールの実家がユイカ北東に位置する山国の名士だと知った時、ドロアは逆に納得した
ギルバートと親しかった理由だ。尋ねてみれば、一兵卒としてユイカ軍に参入した時、アルバートの方からそれとなく促されたと言う。ギルバートを頼む、なんて態の良い事を言われ、雲の上の人物と言っても良い相手からの頼みにカモールは単純に舞い上がったそうだが、実際にはギルバートとカモール両方に配慮された結果だ
ギルバートがどれ程嫌がろうと、父の名と身分はついて回る。カモールとて、その実家とやらがどれ程の物かは知らないが同様だ。名士に近しい人間は名士と言うのが、ドロア自身は気に入らないが対外的には宜しい
「まぁ、「アルバート様から貴方の事を頼まれた」なんて言ったモンだから、最初はゴミでも見る様な目で睨まれましたけどね」
「それ面白そうだ、もっと詳しく聞きたいな」
「ふはっ、…そうですね、ギルの奴、実はそんなに荒っぽいって訳じゃ無いんですが、私の顔を見ると凄く不愉快そうな顔になるんですよ。こっちも、何時だってそんな態度取られるとギルが憎らしくなって来ましてね…」
乗り合い馬車の中であれこれと話をするランとカモールを、横から見ているのはクラードだった
クラードはどぉ、と疲れを滲ませた顔色で溜息を吐く。予想以上に流され易い己を恥じていた
クラードは今、傭兵としてドロア一行の護衛を引き受けている。ランに押し切られ、ドロアもさして反対しなかったのが理由だった
――
一方ドロアは、立派に舗装された道を行く数台の馬車の最後尾を歩いていた。馬車の護衛が、ドイツもコイツも頼りになりそうにない者達だったからである
どちらにせよ馬車に揺られてジッとしているよりかは、退屈しないで済む。カモールの故郷とやらまで道程は二十日を数える。良い気晴らしにはなるだろう
護衛に就いても金子が出る訳ではないが、雇われている訳ではないので文句は言えなかった
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出発してから三日後、馬車の群れが小休止の為に寄った湖に頭を突っ込んで、それからクラードは馬鹿野郎と叫んだ
「っぶぁ…! へ、…今まで、手前独りだけで好き勝手やって来たンだがなァ…」
湖は舗装こそされていないが、街道沿いにある。こういった水源は特に貴重で、どんな小さな物でも湖と名のつくものは細かく地図に記されている。この湖は街道沿いだが、同時に森に囲まれてもいた
そこかしこからする鳥獣の気配に、ドロアはピクリと耳を動かした
「傭兵が傭兵の護衛なんぞをやってたら、徒党組んだと思われちまうかねぇ…」
「俺としてはそんな心算は無かったが。お前も意外に溜め込む男だな、三日間それで苦い顔をしていたのか」
傭兵傭兵と言えど、たった一人を傭兵と言う事は少ない。傭兵なんて仰々しく言うよりも、何でも屋と言った方が正しいからだ。ユイカに限りとは言え、名の売れすぎているドロアの方が可笑しい
悩む奴、とドロアはクラードの尻を蹴り飛ばして湖に落とした。今此処にこうして居る事を、誰が咎める。組んで暴れるのでも、組んで働くのでもなし、勘違いのされようなど無い筈だった
それをまぁ一々と
「……おい、これは何か違うだろ…! これはどっちかって言ったら、あのギルバートって野郎の役回りじゃねぇのかい?!」
「よく聞けよクラード、お前は俺が何故こう思うのか解らんだろうが」
「はぁッ?!」
ドロアの唐突な切り出しに、クラードは面食らう
「俺はお前となら、別に組んで戦るのも面白いかと思っている」
そして、訳が解らなくて間の抜けた面になったのだった
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実の所、出征式に参加したのは軍団の極々一部の者達のみであった
他の部隊は万事を整えてカートルにて待機しており、輸送路の確保等に奔走していた部隊を取り込んで本格的に動き出したユイカ軍は、二週間程でアイリエン主城に辿り着いた
「同盟国殿から使者が来ております。是非是非、我々を歓待させてくれと申しておりますが…」
「断れ断れ、腹の底では、どうせユイカ軍など「先の戦」のように役に立たんと決め付けているだろうよ。どんな厚顔無恥な奴でも受けられんわ」
敷設された簡易の陣の中、報告に現れた兵士を前にルルガンは頬杖をつく。地面に直に腰を下ろしたルルガンは、疎らに訪れる報告を聞きながら、ダナンを相手に石中てをやっていた
手持ちの石を投げて相手の石を塩の円から叩き出すだけだが、中々どうして。このジジイ手強い
ルルガンの言葉にダナンが眼も細く言う
「ルルガン殿は、それが出来るお方だと思っておりましたが」
「……どうせ言うなら率直に厚顔無恥と言え」
「ルルガン殿は、厚顔無恥なお方だと思っておりましたが」
ルルガンが頭を左右に振った。ダナンはそ知らぬ顔で己の石を投げる。的中、塩の一部を四散させながら弾き出されるルルガンの石
ユイカの王はユイカの王らしく、堂々と笑った。猪口才な
「挑発しているな? そんな手に乗るものか」
「…して、如何いたしましょうか。本当に断っても宜しいので?」
「構わん。それと、全軍に進軍再開の時刻を早めると伝えろ。夜が開けるよりも少し早く出るぞ」
明朗と聞きやすい声で返答し、一礼してから男は場を辞した。そして今度は、それと入れ替わりにギルバートが現れる
ギルバートは、己の主とその軍師が相も揃って白熱した勝負を展開しているのに眉を顰めた。自分が簡単な諸事のみで暇を持て余していると思えば、こちらもか
背筋を必要以上に伸ばして、角ばった挨拶をする
「失礼します」
「お前か、どうした」
「は、アイリエンから、歓待の申し出が来ていると聞き及びました」
ルルガンとダナンが、同時にギルバートに視線を遣った。こういう事に率先して参加しようと言う洒落た男ではない。だと言うのに耳ざとく聞きつけてきて、二人ともそれが意外だったのだ
「おう、確かに来たが、断りを入れた。もしやと思うがお前、行きたかったのか?」
「……はい、アイリエンの兵士は強いと聞いております。直に見る機会があるかと思いまして」
気恥ずかしそうにギルバートは仰け反った
ルルガンとダナンは、今度は二人して顔を見合わせる。確かに洒落た男ではなかったが、こういう事を考える男だったか
しかしルルガンは、こういった変わった感のある男が好きだった。面白い遊びや実益のある物、そして一風変わった物が好きだった
全部ひっくるめた、“面白くて実益があり、一風変わった物”であるならば、言う事が無い。ギルバートにちょくちょくそんな空気を感じさせられて、ルルガンは実はギルバートの事が大のお気に入りになっていた
「ははっは、なら気にするな。あそこの兵士を見たところで何も益は無い。アイリエンと言う国で本当に強い兵士とは、今も前線に侍って過酷の二文字を戦い抜いている男たちの事だ。首都には伝統と自尊心ばかりが肥大した、貴族出の軟弱者かその子飼いしか居らん」
「は、はぁ…。左様に御座りますか」
ギルバートが生返事を返したところに、また来客が現れる
「失礼致す。…………少し警戒が足りないのでは? 普通、入れと言われるまで外で待たせる物だと思うが…」
リーヴァだった。少々怪訝な物が混ざった顔色でリーヴァは言い、ルルガンは石を投げつつよく来たと言った
「あン? 手前は…」
「ギルバート殿か。酒は呑んでないだろうな? 弱い者が呑むと始末が悪い」
「そ、早々簡単に酒に呑まれる訳ねぇだろうが! お前が可笑しいんだお前がッ」
頬を染めて語気を強めた。ギルバートは思わず飛び退く。いいようにからかってくれて、何て嫌な奴なんだろう
大体、お前に“殿”なんて付けられると凄く違和感がある。ギルバートはそう言って自分の腕をさすった。少々寒い感覚があった、風は、全くそんな風では無いのに
今度はダナンが口を挟んだ
「どうでも良いがリーヴァ、用件は何なのだ」
「アイリエンから歓待の申し出が来ていると聞いた。盟国の盟国とくれば浅い関係ではない、一つ兵を検分でもしてやろうかと思ってな、叔父貴殿」
またもや、顔を見合わせるルルガンとダナン
ルルガンは大笑いした
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一方何事も無く馬車の旅を続け、残す道程も後僅かとなったドロア達
既に関所も国境も抜け、カモールの祖国に入っている。ドロア達は異国に入って初めての大きな都市まで辿り着き、カモールを覗いた誰もがへぇ、と声を漏らした
「…隣国だけあって、街の感覚はユイカとかなり似ているな。雰囲気はかなり違うが」
「都市ユーリカです。ここから首都までは、類敏に休憩所や寄せ市なんかが設置されてますから、ぐっと楽になりますよ。……んーん、やっぱり、暫く離れてたから懐かしい感じがします。里帰りってのも良いもんですね」
カモールの説明を他所にずんずんと歩いていくのはクラードとランだ。ランはユイカに良く似た町並みに親近感を覚えたのか、しきりに辺りを見回しては頷いている
クラードに至っては旅には慣れているから、今更町並みが見知った物であろうとそうでなかろうと大して関係
無い。まるで初めて来た街を歩いているとは思えない足取りのクラードに、ドロアは呼び掛けた
「何処に行く気だ」
「俺より強い奴に会いに行く」
阿呆かお前は
「ランさん、薬を…っ」
「ドロアが持っててくれっ、私が持ってるよりもずっと安心だ!」
――
そこから先は、本当にカモールの言った通りだった
少し行けば宿、少し行けば寄せ市、少し行けば…と言った具合に、旅をすると言うよりも、ずっと続いている街を歩いているような感覚に近い。
珍しい物にも事欠かなかった
寄せ市の酒場で、竜も卒倒すると言う火吹き酒に止せば良いのにクラードとランが手を出し、のた打ち回ったり
湿度を快適に保つための窓板をドロアがそれと知らず圧し折ってしまい、平謝りする破目になったりもした
何だかんだ言って良い旅だった。全て纏めて、およそ十七日の道程。それを全て踏破したドロア達は、今、カモールの故郷に立っていた
カモールの祖国。名をライオヘイツン。アマゾネスの武名誉れ高い、山の国だった
――ランク「血風ドロア」→「旅人ドロア」
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苦悩する主人公担当ギルバート萌え
……え? いや、アルバートは今グッと堪えて力を溜める時なんだろうと自分に言い聞かせてみるテスト