「つまり、金をやるから山賊を偽ってユイカを荒らせ。そう言われたんだな?」
兵を下がらせたまま、倒れ伏した賊首領の背を踏みつけ、巨剣を突きつけながらギルバートは問うた
「そ、そうだ! 頼む、助けてくれ! 国元のアイリエンに、六人子供が居るんだ! こ、こんな事でもしなきゃ、養っていけなかったんだよぉッッ!!」
涙ながらに首領は叫んだ。哀れさすら感じるその様を見て、ギルバートは不愉快そうに眉を顰めた
隣国アイリエンは戦によって治安が乱れ、民は貧困に喘いでいる
この男の叫びは、この男だけの物ではない。戦火に苦しむ無辜の民全ての物。ギルバートとて、その程度の事承知している
「手前に子が居るから、殺らなかったのか?」
ギルバートは、男を筆頭にした山賊に襲われた村を思い出す。散々なまでに荒らされ、焼かれていたが、何故か幼い子供の生き残りは多かった
だが、それが何になる
生き残った子等は、これから先の生を、一人きりで歩みださねばならない。彼等の現実には、圧倒的な理不尽によって奪われた世界の残骸しか無いのだ
幼き命の記憶に刻まれた親兄弟、友の死に様は、この平和なユイカで絶対に起きてはいけない悲しみの筈だった
「…そ、そうだ…!」
「そうかよ」
ギルバートはそれ以上を聞かなかった。男を思いきり蹴りつけると、無様に転がるその眼前に巨剣を突き立てる
「手前で脳天をぶち割れ。見届けてやるぜ」
無道の行いをし、民の財貨を奪い、人を殺すのが賊。そして賊は、どこまで行き果てようが賊だ
その罪を償え。ギルバートの目は、伝説に残る氷の巨人の息吹よりも冷たかった
……………………………………………………
相変わらず激務を消化しながら、ダナンはギルバートの報告を聞いた
ギルバートはあるがまま全てを、少々どもりながら答える。どもる程気を張っているのは、ダナンの近くにアルバートが居るからだ。この男、実の父に対して此処暫く素直になれないでいる
気を張るのはまぁ当然だった
「…つまりがそう言う事だ、アルバート殿。今のギルバートの報告が裏付けになる。アルバート殿は、先の件を知っているな? レゾン大使の」
「公然の秘密になっている。…成る程、海洋諸国連合、焦っているな」
「ユイカ・レゾン離間の計は先日破られた故な。嫌がらせ程度とは言え、力も入ろうと言う物」
ダナンの言葉を聞いて、アルバートの目が厳しくなる。今の口ぶりは、まるで
「首謀者が何か吐いたか。流石はダナン殿、仕事が速い」
「襲撃を成功させた暁には、海洋諸国連合に上位士政務官として厚遇して貰える筈だったらしいな。…所詮、平和に緩んだ売国奴。部下も二流なら、自身も二流よ。吐かせるなど容易き事」
確保した先日の襲撃事件の首謀者である文官は、既に誅殺してある。ルルガン王が直々に命じた
ダナンがあらいざらいを吐かせた後だ。その後ダナンはユイカの国中に手を伸ばし、目を光らせ、根本的な解決を図っていた
アルバートがこれ以上は行かぬと言う程皺を刻んだ眉間を揉み解す。まざまざとユイカの内患を見せられては、頭痛もしようと言う物
アルバートはダナンに問うた
「して、ルルガン王が私にこれを伝えるよう言った訳は? 私の所に回る仕事が急に減ってな。其処まで手回しされているのだ、何も無いと言う事はあるまい」
ダナンが羊皮紙の一角を掻き分け、顔を覗かせる。今日初めてダナンはアルバートとギルバートに顔を晒した。そこには頬に一本線傷の入った禿頭が、確かに居た
ダナンはアルバートを見上げる。するとアルバートには、何時も平坦で表情が変わるのは軍略の話をする時のみだと思っていたこの軍師の顔が、少しだけ微笑んでいるように見えた
「ルルガン王は、アルバート殿に屯所の兵権を貸与なされるそうだ。これ以上の事が起きたら速攻消せ。…アルバート殿はユイカの重臣。それが先の件に何の働きも示さなかった。ルルガン王は、貴殿にどうしても功を上げさせたいのだろう」
「………………………」
アルバートは目を閉じた
「それと、一時的だがギルバートをアルバート殿の指揮下で使って貰いたい。息子の成長をその目で確かめるのも、悪くは無かろう」
「うげッ!!!」
ギルバートが仰け反った
オリジナル逆行12
王都ラグランより西に馬で二日の距離。そこに仮設された馬民族との会談用の陣中で、スコットは不意に呼び止められた
「僅かぶりだな、スコット殿。二週間と言った所か」
「おぉ、これはリーヴァ殿。先程の会見ではどうも助かりましたぞ」
スコットが振り返った先に居たのは、軽装鎧を着込んだリーヴァだった。左肩から先をはだけさせ、腕の先まで彫られた鷹の目に良く似た紋章を晒している
それはリーヴァが西方馬民族の中の一氏族の長であり、またその氏族一の弓取りである事を示す。前氏族長である実父の強弓を取り戻し、その誇りを護ったリーヴァは、名実ともにその後継者の座に就いていた
「非戦派連中を黙らせた事か? それならば気にするな」
馬民族は正真正銘の実力主義だ。如何に前氏族長の娘とは言え、能力と人望の二つが無ければリーヴァの長就任は無かった。スコットは、その事を良く知っている
僅か十六歳。成人に至らぬ身でそれを成し遂げた事に、スコットは感嘆した
「元々参戦の方向に機運は流れていたのだ。私がしゃしゃり出ずとも、来年には軍盟は成っただろうさ」
「まぁ、何はともあれ、これで激務からも暫し解放されますわい。延期させられたり、前倒しさせられたり、その合間にレゾン大使の接待までやらされたり。正直、肩の荷が降りた心地です」
リーヴァはご苦労な事だとだけ言うと、部下に馬を引かせ、それに跨る
元々リーヴァにスコットを長く引き止める心算は無い。見知った顔に挨拶もせぬのは無礼と、そう思ったからだった
だが、聞きついでだ。リーヴァは跨った馬の上から聞いてみた
「良いのか、私にそんな愚痴を零して」
「何を。リーヴァ殿だからこそ、私も気を抜けると言う物」
「ふん、そんな事を言って私を引き込もうとする。スコット殿は全く、私好みの御し難い智士だな」
スコットは内心肩を竦めた。やはり、少々気を抜いた素振りを見せただけでは看破されるのみか
だが友好的な事に変わりは無い。有望株と知己になれたことは幸運であったとスコットは思う
この繋がりは大切にせねばならんなと考えながら、スコットはこれから帰還するリーヴァに最後の世間話の心算で言った
「御し難いと言えばリーヴァ殿、こちらに出立してくる前に、我が君が“あの”ドロアを見知られたようでしてな」
リーヴァが返そうとしていた馬首を止める
「…ルルガン殿がドロアを? ……それでどうした。登用でもしたのか」
目が細くなった。声も些か低い。スコットはいきなり変わったリーヴァの様子に思わず身を引く
しまった、何故かは知らぬがこの話題、失敗であったか?
今のリーヴァからは嫌な予感しかしない。西方馬民族との会談を成功させ、軍盟をも結んだと言うのに、最後の最後で誤るとはこのスコット、不覚であった。しかし、今更話を打ち切る訳にも行かない
「いえ、それが一蹴されたようでして。小さいとは言っても裕福な我等がユイカ国の、それも王直々の誘いを断るとは、あの男こそ御し難いと思ったのですよ」
「…く、はは、そうか、蹴ったか。まぁ当然だな」
笑いながら思わせぶりに言うリーヴァに、スコットは訝しげな顔をした
「…? はぁ…。しかし、諦めてはおられぬようですが。先日抜擢した将に「口説き落として来い」とまで命ぜられた程ですからな」
「「口説き落とす」とは……。その将とは女か」
「えぇ、まぁ」
「色仕掛けか?」
「まさか、そんな物でなびく器ではありますまい」
「私もそう思う」
リーヴァは急に視線を外すと、そっぽ向くように馬を歩かせ始める
しかし、帰還するにしては方向が違った。リーヴァが行く方は、どちらかと言えば馬民族の地ではなく、ユイカ王都よりの方向
スコットの嫌な予感はここにきて明確な形になった。いや、それは勘弁してくれまいか。自分は将や軍師のような、例え目の前に化け物が躍り出てきたとしても、身じろぎ一つしないような心臓は持ち合わせていないのだ。これ以上の心労は命に係る。ただでさえ此処最近問題続きなのだから
「り、リーヴァ殿、どちらへ行かれるので?」
しかしリーヴァは、スコットの縋るような思いを、一刀両断にした
「騎馬軍団に先んじて単身ラグランに向かう。兵の移動は他の者に任せるさ」
スコットはその瞬間、胃の中から何かが競りあがってくるのを感じた。とりあえずハッキリとしたのは、今のリーヴァの一言でスコットが各所に提出せねばならない一束二キログラムの羊皮紙が、七束は増えたと言う事だけである
苦り顔を堪えきれぬスコットに、リーヴァは更に言う
「そうだな、取り成しはスコット殿に頼みたい。流石にいきなりは拙かろう」
七束ではない。十束であった
「何の目的で行かれるのです」
「私には兵は居ても腹心が居らなんだ。そして私の最初の臣下は、あの男と決めている。つまり、そう言う事だ」
歴戦の外交官も形無しである。さめざめと泣くスコットは、外との交わり極むる舌戦の場でなければ、とても人情味のある男なのだ
……………………………………………………
「空気が温い」
娼館の二階の一室にて、ドロアは息を吐いた
仄暗い部屋でぼんやりとするのは好きではない。ドロアの基本は動き続ける事にあるからだ。突撃力のある騎馬なんて物を率いていると、自然、そんな風になってしまう
率いる。そう言えば、ここ最近は自分自身の手で兵を動かすような事が無かったな。当然ではある。今のドロアは、そのような立場に居ない
ベッドの乱れた絹布の上で、ドロアはフン、と鼻を鳴らした
(軍、か。……此度の遠征、どうなる物やら)
“以前”の“この時”、自分はどんな風だったろう。ふと、そう思う
遠征に出る前に、既にドロアは部隊長になっていた。前線で身体を張る部隊長等に、高度な指揮の術は必要ない。只管強く、堂々としており、味方を鼓舞出来れば良いのだ
戦術を駆使する動きは全てその軍を率いる将から出る。ドロアの仕事は、それを忠実に守り身体を張る事。その智と弁で世を渡る軍師とは違うドロアは、まず其処から成り上がった
(……そうだな、俺はこの時、まだまだ若かった。名のある将の首級でも上げまくって、戦場でドロアの名を聞けば、恐怖の余り敵が自害して果てるような、そんな戦果を望んでいた)
思い出そうと思えば、昔の自分の事は簡単に思い出せた
それは今もこのドロアが、歴戦を重ねた勇将でありつつも、戦に臨んだ始めての力を失っていないと言う事だ
思い至れば勇将ドロアは、未だ将で無き部隊長ドロア。正に貪欲に敵を求める戦人の心地だった
「ふん、どいつもこいつも、どうしてくれよう」
数多の敵兵の顔が浮かび、敵将の顔が浮かび、敵軍、敵陣の様が浮かぶ
その次は味方だ。戦友達の顔が浮かび、忠実な部下の顔が浮かび、君主の顔が浮かぶ
そう、浮かぶ。ルルガン王の面影
(いっその事、今からでもユイカ軍の兵卒に志願してやろうか)
もう一度一番下から始めるのも良い。今からでも遅くは無い筈だ。数多の戦功、幾多の武功を上げまくって、本当にドロアの名だけで敵が自害しだすような将になってやろうか
ユイカは守るべき祖国。そのユイカ随一、いや、大陸に鳴り響く勇名の将として、祖国の守り手となる。夢想してみれば何とも誇らしいでは無いか
常人が考えれば夢の中の戯言でも、ドロアが思えば一味も二味も違う。その身体に熱が流れ始めた
そこに、ふとランの顔が浮かぶ
ランさんはどうしようか。ドロアはベッドから立ち上がりかけ、座り直す
一度孝行させてくれと頼み込んでおきながら、途中で投げ出しては余りにも情けない
そう考えると、急に熱は引き始めた。人と言うのは身勝手な生き物だ。こんな大事な事でも、慣れてしまえば平然とそれを忘れてしまう
しかし、これ以上ランさんに何をしてやれば良いのだろうとドロアは悩む。この男は武勇でのみ生きてきた。ランさんの為に金を稼ぎ、病の治療の手筈を整え、居を構え、この上は何をすれば良いのか。それが解らない
そして、解らないままであるならば戦へ、戦場へ行けとそう思う
矢張り其処しかなかった。ドロアは、ユイカの将であった
(済まんな、ランさん)
ドロアの腹が決まった。すると、最後の最後とばかりに浮かぶ物がある
カモールの顔だった。手助けをしてくれと頭を下げる、新参の将の顔だった
ドロアは目の前の空中に浮かんだそれを、ぺしゃりと掴み潰す。平然としていて、全く躊躇が無い
ドロアは簡単に頭を下げる将器には仕えない。仕えないし、使えない。ドロアは自分に向かって平然と頭を下げるカモールを思い出すと、とても使われてやる気にはなれなかった
礼を払うのと卑屈になるのは全く違う
やはり、器量が足りていないのだと思った
其処まで考えてドロアは立ち上がり、部屋を出た。いい加減長く家に帰っていない。ランさんが大分心配しているだろう
事実、ランは今もリロイの酒場で大泣きしているのだが
階段を目指し、其処を降りようとすると、下から猛然と一人の娼婦が駆け上がってくるのが見える
ドロアは立ち止まった。階段を下りた先にある一階に剣呑な空気が満ち満ちており、激しく争う音が聞こえる。剣戟の物もある
「何があった」
ドロアは娼婦に問いかけた。昨晩、ドロアの相手をしてくれた女性である。ドロアの事を慮ってか、伝えに来てくれたらしい
「それが訳解らないのよ。何だか決闘だか、仇討ちだか、そんな騒ぎになってて傭兵達が大暴れ。店が滅茶苦茶だわ」
娼婦はそう言いつつ、乱れた髪を掻きあげる
ドロアは気にする事なく階段を降り始める。それを見た娼婦が些か慌てたように制止の声をかけるが、ドロアは聞かなかった
「ちょっと、危ないわよ!」
「それは、俺が死んだ時に言ってくれ」
――ランク「非行青年」→「引く手あまた」
…………………
ハーレムを目指しているのに中々女性キャラが出てこない罠
というか、アルバートとギルバートを時々間違えそうになr(ry
まぁ、また来週にでも会いましょう