人革連の主力MS、MSJ-06Ⅱティエレンは、他国の主力MSとは趣が異なるコンセプトの元に設計された機体である。
軌道エレベータの素材にも使用されているEカーボンの普及により軽量、高機動化の進む他国MSに対し、時代を逆行するかの様に、しかし古き時代の陸上兵器としては正しい流れの上に存在している。
重装甲と駆動力の発展に力を注ぎ続けてきた果てに生まれたティエレンという機体。
機動力に劣るとはいえ、ティエレンは決して時代遅れの機体ではない。
バリエーション機も多く存在し、その豊富な拡張性から純粋な次世代機を開発するのではなく、現行のティエレンを更新し続けていくべきだという方針は今でも人革連の主流である。
職務と国家に忠実な軍人であるセルゲイ・スミルノフもまた、ティエレンという兵器に対して一定の信頼を置き続け、その信頼は今でも失われていない。
ティエレンは良い機体であり、優れた兵器だ。
現場で実際に使われ続けてきた実績があり、信頼性の高さでは三国の中でも一二を争う程だろう。
コックピットの構造から『動く棺桶』などという不名誉な呼ばれ方をする事もあるが、パイロットの生還率も他国のMSと比較して劣っている訳でもない。
可変MSが空を飛ぶこの時代の気風に合わないというだけで世間から偏見の目を向けられる事こそあるが、ティエレンもまた、フラッグやイナクトに並ぶ現行最新鋭軍用MSである事は疑いようのない事実だ。
その上で尚、セルゲイはガンダムの襲来に対し、先行者──シャンシンジェでの出撃を決断した。
信頼性の高いティエレンという選択肢を蹴っての、制式採用前の試作機での出撃。
その無謀とも思える決断が間違いで無かった事を、セルゲイは眼下に広がる光景を険しい目付きで睨みながら確信していた。
「これがガンダムか! それが貴様らの力か!」
三国一の重装甲を誇るティエレンが、胴体から上下に分断され炎上している。
燃料に引火し爆発していないのは、ティエレンの優れた機体構造故だろうか。
だがそんな物は何の慰めにもならない。
残骸の位置は、出撃しガンダムを取り囲んだティエレンがまともな抵抗も出来ずに破壊されたという事実をセルゲイに突きつけてくる。
化物め、と、思いこそすれ口にはしない。
嘗ての紛争を体験した者達の何割かが覚悟を固めていた、来るべき時代(とき)が来たのだ。
戦場を兵器と兵士ではない、名状しがたき何かが跳梁跋扈する時代が。
この地球で初めて戦車が戦場に導入された時、鋼鉄でその身を鎧った『怪物』は、戦場を兵士達の命ごと食い荒らした。
あのガンダムというMSこそが今現在を生きる我々にとっての『怪物』なのだ。
尋常の兵器では対抗すら出来ぬとなれば、こちらも尋常成らざる兵器で戦うのみ。
シャンシンジェはその為に、化物と戦う為に造られた。
人と人の行う尋常の戦場ではない。
戦場を駆ける鉄の兵士ではなく、怪物を屠る貴石の如き英雄を目指したのがこのシャンシンジェだ。
格納庫より射出されたシャンシンジェが、音もなくガンダムの正面に降り立つ。
全身の関節機構を駆使し、数百メートルからの落着の衝撃を全て無効化してのけたのは、何もシャンシンジェの優れた機体構造だけが原因ではない。
戦場にて回収された未確認機──MF(モビルファイター)の性能を発揮するのに最も重要なパーツは、生身での身体制御能力に優れたパイロット。
軍隊格闘術と複数の中国武術を融合させて完成させた『シャンシンジェとその派生機体を効率的に動かすことだけを考えた戦闘術』を習得したパイロットが居ればこそ。
音もなく滑走路に着地したシャンシンジェのそこからの動きは、世界で初めてガンダムが姿を現した、AEUの記念式典の焼き直しだ。
高々度からの位置エネルギーを利用した超高速のエントリー。
全身のアブソーバーが吸収した着地時のエネルギーを循環させ、次に踏み出す一歩は神速。
ガンダムのパイロットが捉えることが出来たのは巨大化したかのように画面に大写しになったシャンシンジェのヘッドパーツのみ。
ガンダム──エクシアのコックピットが激しく揺さぶられる。
けたたましい警告音が鳴り響き、ダメージを確認させる。
受けた被害は腕一本。
肘から先、前腕を半ばから断ち切られた。
獣染みた、獣と見紛う程の速度を伴う『人の動き』で、シャンシンジェは跳ねるようにエクシアから距離を取る。
呼吸を整えるように大きく身体を上下させエクシアへと向き直るシャンシンジェ。
次の瞬間に如何なる行動を取ったとしても初速からトップスピードで動く為、全身のアクチュエータを常に稼働させるその動きは仏教や道教における調息や導引に通じる。
その姿は人を模したものとしては随分と足りず、しかしてその立ち姿は他のどのMSよりも機動闘士(モビルファイター)の名に相応しい。
エクシアのマイスターは改めて対敵の姿を確認した。
骨格標本を無理矢理に巨大化させた様な穴だらけのボディに、一枚板におざなりにセンサーを貼り付けただけの様に見える雑な作りの頭部。
なによりも目を引いたのはその手。
いや、手と言っていいものか。
マニピュレータすら無く、適当に鋼材から削りだした金属板にしか見えないその手。
赤熱するその手こそが、エクシアの片腕を切断した凶器である事は明白であった。
これこそが、シャンシンジェに搭載されたオーバーテクノロジー応用技術『溶断破砕マニピュレータ』である。
オリジナルと異なり、素材強度の関係から複雑な構造を持つ五本指の手を維持したままこの機構を搭載する事が不可能だったからこその苦肉の策の結果とも言えるこの構造。
しかし、未だ試験段階にあるこの武装には、本来の溶断破砕マニピュレータ──シャイニングフィンガーには無い強みが有る。
単純な構造故に保証される確かな耐久性は、単純に『手首から先を叩きつける』というアクションであれば、どのような形であれその性能を存分に発揮することができるのである。
物を掴む複雑なマニピュレータという、MSにとって無くてはならないものとされる機能は排除され、単純な破壊に特化した武装へと進化を遂げた。
これぞ溶断破砕マニピュレータ改め『人革チョップ』である。
その威力は同じく人革で研究中のビームサーベルに匹敵するだろう。
シャンシンジェが調息に似た動きを維持したまま、構える。
片手を天に、片手を地に向けた構えは天と地を己が腕で天地を支えんとしているようにも、両腕で造り上げた巨大な顎で世界そのものを喰らわんとしているようにも見えた。
《ニイハオ》
人革連の前身である巨大国家の公用挨拶にも聞こえる電子音が、まるでこの状況を楽しんでいるかのように甲高く鳴り響いた。
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……………………
…………
……
モニタの向こうでは軽業師の如き身軽な動きでエクシアの追撃を躱す先行者。
エクシアの攻撃はその驚異的な回避軌道を捉えきる事無く、一撃足りとも致命打を当てるに至らない。
これは破格と言って良い戦果だ。
如何にガンダムの性能がGN粒子有りきとはいえ、OO世界最強最悪のインチキ粒子であるGN粒子の効能を最大限引き出せるガンダムという機体の性能はGN粒子非対応機とは比べ物ならない。
では、あの人革製先行者の性能はガンダムに迫る物なのか。
答えはNO、だ。
勘違いをしてはいけないが、あの先行者は人革軍の次期制式採用MSではなく、あくまでも試作機、いやさ試験機でしかない。
更に言えば、先行者という試験機を経て制作される次世代機は、先行者のコンセプトを受け継ぐ事はないだろう。
確かにあの先行者は優れた機体ではあるが、それは軍用機としての優秀さとは程遠い。
いや、あの先行者を優れた軍用機として採用する事も不可能ではないのだろうが、少なくとも人革軍のMS運用法には適合し得ないのだ。
紙装甲どころかそもそも装甲自体が存在せず、Eカーボン装甲採用MSの多くが使用している燃料浸透式内燃機関すら存在していない。
主機が無く、人革領の地下に秘密裏に埋設された新型エネルギー中継器を通してエネルギーを受信する『タオ・システム』を採用している為、むしろ構造としてはAEUの新型に近く、当然ながら人革軍の戦術には合致しない。
では何故そのようなMSが、MFもどきが造られたのか。
勿論、MFの優れた機体構造を人革の次世代MSに活かすための実験機という役割もある。
だが、それが真の目的がどうか、と聞かれれば、違う。
アレは『兵士』ではなく『英雄』なのだ。
喩えるならば、竜を屠るkssm……もとい、騎士の様な。
太陽光発電紛争時、幾度と無く現れた天使とも悪魔とも取れる戦場の破壊者。
散発的で、しかし公的記録に載せられる記録の存在しない『何か』を、恐れ続けたが故に行き着いた境地。
人の足りぬ力でもって、圧倒的な竜の力を倒す為の力。
先行者の性能は決してガンダムに届くものではない。
だが、それは先行者にとっては何の問題にもならない。
先行者は届かない相手と戦う為にこそ生み出された。
『先を行く者(シャンシンジェ)』の名の通り、その力は常に敵の予想の先を行く。
「さぁ、魅せてくれ。斜め上を行く者の力を」
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人革のMS特有の、全身を直立状態で固定するコックピットではない、広い金魚鉢の様なコックピット。
モビルトレースシステムの不完全な模造品はパイロットの莫大な疲労と引き換えに、これまでのMSでは有り得ない程の即応性を実現する。
コックピット内部のセルゲイは、己が先行者と一体と化したかのような錯覚の中、捩りのある抜き手を放つ。
セルゲイの動きに追随するシャンシンジェが矢継ぎ早に繰り出す一撃は単なる突きとはならない。
高速回転を加えられた人革チョップのバリエーション、人革ドリル。
高々度からの位置エネルギーを加えた人革チョップには劣るものの、GN粒子によって強度を増したエクシアの装甲が、ドリルと化した貫手に触れる度に火花を上げて削れている。
だが、エクシアも防戦一方という訳ではない。
GN粒子の齎す恩恵は大きく、極限まで軽量化の施されたシャンシンジェの高機動戦闘に危うげ無く対応している。
エクシアの武装は大型の実体剣だけではない。
標準装備であるビームサーベルを始めとした取り回しの良い接近戦用の武装も多く装備しており、マイスターはその全てを高いレベルで使いこなしていると言って良いだろう。
エクシアとて、ソレスタルビーイングとて、伊達や酔狂で武力介入を始めたわけではない。
万全なのは機体であるガンダムだけにあらず。
操縦者であるガンダムマイスター達の練度もまた、世界を相手に戦いを挑むに足るだけのレベルに到達しているのだ。
では、何故未だシャンシンジェは撃墜されず、性能で勝るエクシアに撃墜されずに戦い続ける事ができているのか。
答えは実に単純。
エクシアが援護も無く単騎で戦っているのに対し、シャンシンジェは単騎ではない。
互いが互いに張り付くかのような超近距離での格闘戦。
ナイフファイトにも似た様相を呈した二機の内、精確にエクシアだけを狙い打つ援護射撃。
狂気じみた援護。
エクシアの、ガンダムの装甲は三大国家のMSに使用されているEカーボンと比較してより高い強度を獲得している為、多少の直撃であれば無視する事もできる。
対するシャンシンジェには装甲が『存在しない』為、一度でも誤射が、跳弾が直撃すれば、その卓越した機動性の殆どを失ってしまうだろう。
だが、シャンシンジェは止まらない。
這うように地を駆け、GNソードを受けた人革チョップを基点に宙を舞い、全身に設置された圧縮空気噴出装置でエクシアの死角から死角へ回り込み続ける。
そして、遠巻きにエクシアとシャンシンジェを取り囲む数機のティエレンもまた止まらない。
備え付けの25口径滑空砲から、狂った速度で盲撃ちの様に砲弾を吐き出し続けている。
異常としか言いようのない連携。
既にティエレンの放った砲弾は、幾度と無くシャンシンジェへの直撃コースを通過している。
通常のMSであれば物理的に避けきることの出来ない誤射。
だがシャンシンジェは、セルゲイは、エクシアへの攻撃の手を休めること無く、目を向けることすらせずに『剥き出しの胴体フレームの隙間を通して』砲弾を回避していた。
繰り返すが、シャンシンジェ単体の性能は決してガンダムに追いすがれる様なものではない。
この戦闘を拮抗させているのは、偏にガンダムを相手にすることを予め想定していたかのような連携と機動力だけに突出させたシャンシンジェというMSの存在にある。
ここに存在するのがティエレンだけであれば、あるいは、単純にMFの技術を流用して強化された人革らしいMSであれば、ここまでの拮抗はありえなかっただろう。
この拮抗は、決して長く維持できるものではない。
オリジナルのモビルトレースシステムですら、ガンダムファイターではない操縦者の肉体に多大な負荷を掛ける。
ましてやデッドコピーである人革製モビルトレースシステムは刻一刻と操縦者であるセルゲイの体力を奪い続け、肉体に負荷を与え続けているのだ。
長くて十分。
見るものが見れば決死とも取れる危険な連携を行いながら、得られるのはたったそれだけの短い拮抗。
GN粒子を利用しない機体でガンダムに対抗するというのは、それほどまでに難しい。
……だが、そんな現状は、ソレスタルビーイングにとって、ガンダムマイスターにとっては悪夢そのものだろう。
熟練のエースパイロットが、外部には完全に秘匿していた試作機を用い、一歩間違えば死ぬような連携を行い、時間を稼ぐ事しかできない。
しかし逆を言えば、新鋭機を含むとはいえ『たった数機のMSが命がけで戦う』だけで、ガンダムの侵攻を食い止める事が可能なのだ。
勿論それがガンダムを評価する上での全ての材料という訳では無い。
事実、ここに至るまでにAEUの秘匿していた軌道エレベータ駐留MS部隊を圧倒し、幾つもの軍事施設や戦場を制圧、蹂躙してきている。
このシャンシンジェとティエレン達の連携は例外中の例外と考えてしかるべきだろう。
だが、ソレスタルビーイングの目的を考えれば、それはあってはならない例外なのだ。
圧倒的な武を持って、戦争の抑止力となるには、その例外はあまりにも大きな穴となる。
拮抗はいずれ崩れる。
シャンシンジェのパイロットであるセルゲイが力尽きるか、人革側の増援が到着するか。
この拮抗を保ち続ける事をエクシアのマイスターが選び続ける限り、行き着く先はそのどちらかでしかない。
エクシアのマイスターは、決して愚鈍でも意固地でもない。
そんな彼が、賢明な決断を下すまでに時間を必要としたのは仕方がないと言えるだろう。
GNドライブを失うわけにはいかないとはいえ、全世界を相手に喧嘩を売ったガンダムが、たかが数機のMSを相手に敗走しなければならないのだ。
ソレスタルビーイングの、ガンダムの圧倒的な性能を見せつけ、彼我の戦力差を知らしめる事すら計画の一部である以上、敗走など本来ならばあってはならない。
この一戦が、この敗走が計画の致命的な綻びとなる可能性すらある。
だが、いや、だからこそ。
エクシアはシャンシンジェから距離を取った。
ティエレンからの援護射撃を避けもせず、直撃を喰らう度によろけながら、しかし恐ろしい加速で力任せにシャンシンジェへと深く切り込む。
質量を増したエクシアとGNソードに押し負け、木の葉のように宙を舞い衝撃を殺すシャンシンジェ。
連携が一瞬、瞬きに匹敵する時間だけ崩れ、エクシアがシャンシンジェから距離を開けるように跳ね、そのまま空へと離脱する。
空へと逃げたエクシアに、ティエレンの砲撃も対空機銃も当たらない。
シャンシンジェとの連携無くして、たった数機のティエレンの攻撃でエクシアを捉えることはできないのだ。
「なんてこった」
地上での苦戦から一転、軽やかに対空砲火を躱してみせるエクシアのコックピットの中、ガンダムエクシアのマイスターである『ラッセ・アイオン』は冷や汗を流す。
ヘルメットの中、顔を伝う汗は先の戦闘での疲労から来るものだけではない。
違い過ぎる。
何もかもが違い過ぎる。
戦術予報士の予報がどう、という問題ではなく。
三大国家の軍事力が、ソレスタルビーイングが想定していたそれと違い過ぎた。
ヴェーダの情報網は完璧ではない。
完璧ではないが、少なくとも、このタイミングで計画を実行しても問題がない、と判断できる程度には情報を収集できていた筈だ。
だが現実はどうだ。
ラッセはこれまでのミッションを振り返る。
初陣ではAEUのパイロットがガンダムの動きを予測し、性能で劣るMSで抵抗してみせた。
次いで、移動中に奇襲を仕掛けてきたユニオンのフラッグは明らかに公開されているスペックを上回る性能を見せ、パイロットの腕もまたエース級。
更には今の人革の冗談のようなシルエットのアンノウン。
「何が起きていやがる」
世界を見通すヴェーダの情報網。
その間隙を縫い、ソレスタルビーイングの目的を阻む何かが蠢いている。
世界の在り方を動かしかねない何かが。
―――――――――――――――――――
◇月¬日(鋼のボディ、その奥に)
『ここまで熱い血を滾らせなくても良かったのに、と、そう思わずには居られない』
『確かに人革の領地にもMFの残骸が行き渡るように仕向けはしたし、それによってGNドライブに頼り切りにならなくても良いような進化を望みもした』
『だが何故、彼等はよりにもよってあの形を選択してしまったのか』
『まるでアマゾン奥地で謎の未確認生物を確認してしまったかの如き、既定路線とでも言うべき世界の強制力だとでも言うのか』
『まぁ、見た目の問題は恐らく試作機から制式採用型の量産機になった時にでも全て解決するだろう』
『純粋な兵器として見たら少し偏りすぎているきらいがあるが、あれはあれでMSの尖鋭化した先の形態として見れば十分に資料価値がある』
『限定された条件下とはいえ、数機の連携でガンダムを封殺できていたというのも喜ばしい』
『現時点で、少なくともユニオンと人革の技術がガンダムを追い詰め得る可能性があるとうのも理想的だ』
『AEUは、もう趣味に走りすぎて技術資料的価値が無に等しくなり始めているし』
『……ああいや、そういえばゲテ思想に染まり切って、一周回って純粋な独自技術によるビーム兵器の研究も始まっていたか』
『6徹開けの休日でリフレッシュした一部技術者達が、自分達の作り上げた兵器群を改めて見た時の表情は中々に見ものだった』
『まるでガンダムファイトによる地球荒廃に気付いたマスターアジアの如き悔恨、兵器の発展にはまるで関係なかったが、ああいう正気の取り戻し方もあるのだなと、これはこれで勉強になる』
『傍から眺めて勉強させてもらっているだけの俺が言うのも何だが、やはり兵器開発は血を吐きながら続ける悲しいマラソンでなくてはならない』
『苦しみの分だけ、吐き出した血の分だけ、脚を壊しながら走り抜けた分だけ、技術は発展していくものなのだから』
―――――――――――――――――――
更なる発展への期待で日記を締め括り、ペンを置き椅子に深く身体を預けると、キィ、と安物の執務椅子が小さく音を立てる。
座ったまま地面を軽く蹴り、くるくると回りながら思う。
AEUは俺が手詰めから手を入れているから除外するにしても、やはり謎が残る。
ユニオンの方向性は変わっていない。
飛行能力を備えた高機動MSによる広範囲への柔軟な対応を目指すとなれば、やはりあの形に収まるのが自然だ。
SPTから完全に技術を引き出せた訳でもないという辺りがまた美味しい。
だが、本当に人革はどうしてしまったのだろうか。
MFの技術をどれほど引き出せたかは、あの先行者を見れば良く分かる。
ティエレンは非常に拡張性が高く、およそ想定しうるあらゆる機能拡張をスムーズに行うことが出来る良機体だ。
それこそ、今回提供した技術の中で最も相性が良いMF系技術ならば、引き出せた技術を幾つか搭載するだけでも革新的な進歩を遂げることになるだろう。
軍用機としての寿命が軽く五年は延びるだろう事は疑いようもない。
だが実際に出てきたのは、これまで蓄積してきた技術を全く別ベクトルに応用して制作された色物だ。
横から余計な技術を割りこませたが、あくまでも常識的なラインを越えない程度に絞ったつもりだった。
だが、人革のMSの系統樹は大きく歪んでしまったと言って良い。
これでは常人の発想からなる技術の進歩を学ぶ、という目的に差し障りが出てしまう。
かと言って、潰して消しても修正が効く訳でもない。
そもそも、これが常人の発想から逸脱しているかどうかすら、こちらで正確に判断できている保証がないのだから、現時点であれやこれやと手を打つのは悪手だろう。
ポジティブに考えれば、これもある意味で常人の正常な技術を学ぶ上で必要な行程だとすることもできないではない。
常識的な技術研究を行ってきた連中に劇物とも言えるような異なる文明の技術を与えた場合、どの様な歪みを見せるかどうか。
正常から逸れてしまった場合のサンプルだと考えれば、これはこれでありだ。
「ふむ」
改めて、人革が作り出した先行者の図面とスペック表に目を通す。
やはり、何度見ても先行者だ。
だがしかし、戦闘中の動き、内部構造などに、何処か見覚えがあるような気がしないでもない。
「あ」
思い出した。
暇つぶしと技術検証の為に作って乗り回した『あれ』に、基礎の基礎の部分が結構似ている。
先行者独特の雑な見た目からなかなか気付けなかったが、確かにこれならMF技術から派生させられるし、この形式を突き詰めていけばガンダムの相手にも過不足ない。
……いや、でも、ううん。
確かに人革領で使ったし、目撃者もいつも通り意図的に残しはしたけど。
それでもMF技術を順当にティエレンに組み込んだほうが効率いいだろうに。
こういう方向に行く理由がイマイチわからん。
「時に理屈に合わない不合理に走るのも人間か。美点でも悪癖でもあるが」
そう考えるのが一番健康にいい。
何しろ、俺が学ぶべきデータを生み出している連中が選んだ道なのだ。
下手に突っ込んで歪めるのも筋が違うし、正確なデータ取りに支障をきたしてしまう。
何はともあれ、帰るまでの間はひたすらデータ集めだ。
非合理も不可解も知識の内。
こういう意味不明なノイズも進化の歴史の一部と割り切ってしまう事にしよう。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
そして、時は流れ。
時は西暦2364年。
世界は核の炎に包まれる訳でもなく、かといって全ての人が分かり合えるような世界になった訳でもなく。
相も変わらぬ、戦乱と革新、一時的な平和の入り交じる混沌の最中にあった。
部屋の中、ソファに座り瞼を閉じ、もう一つの視点に意識を移す。
眼下に広がる景色に、一つ頷く。
「ふむ」
それは戦場だった。
MFの流れを組み、しかし何処からか混じった思想により、まるで西洋の騎士の様な姿を取った、銀河美少年もどきの群れ。
SPTとMSの正当な子孫とも言える、VFのガウォーク形態にも似た形態を取る半戦闘機型の機動兵器の群れ。
最早人型を完全に捨て切った、MAとも機械獣ともつかない異形の機動兵器の群れ。
脳量子波により互いに互いを分かりきった者同士が、どうしようもない、理解しても避けられない理由により行う、出来レースの様な戦いだ。
いや、出来レースの様な戦いだった、と言うべきか。
争わない程には譲り合えない、地球という星に残された資源を巡る、土地を巡る、さもなければそれ以外の何かを巡る、殺さない程度の示し合わされた戦争。
高度に発達した、それこそ、流出したツインドライブの量子化技術すら併用して動作する完全で幸福な脱出装置によって無血が約束された闘争。
ある種ガンダムファイトの様にスポーツ染みた様相を呈しているのが、この時代の地球における戦争の有様だった。
だった。
そう、この場では、今のこの視点がある戦場においてのみ、それは覆されている。
ジャックした視界の中で、視界の持ち主の腕が広げられる。
機械の腕。
元は追加装甲を着こむ形をしていたのだろうと推測できる、分厚く太く、しかし、幾重にも複雑な機構が寄り合わされた腕。
機構と機構の隙間にあるスリットに光のラインが走り、視界全体が青白い光のヴェールに覆われた。
これで何度目になるのだろうか。
解体されたソレスタルビーイングが所有していた純粋なGNドライブ関連技術は全て各国に行き渡り、それでも争いを止められない連中は未だ未知を求め続けている。
未知、即ち、此方が実験的に作り上げたGNドライブ発展型を搭載した幾つかの機体だ。
戦場を、無人の空を行くこれらの機体が発見された時、争い合っていた各国の兵士達は示し合わせたように標的を切り替えてくる。
不毛な戦いだ。
機体が腕を振るう。
合わせるように周囲に漂うGN粒子が収束し、光の雨の如き熱戦の雨を降らせ、幾つかの機体を破壊する。
そう、幾つかの機体しか破壊できない。
かつては圧倒的な性能を誇っていたこの機体も、この時代においては手が届かないほどの超越者としては振る舞えないのだ。
技術の頭打ち……というか、最適化か。
後は似たようなデザインで装甲、火力、機動力を互いに上げていくだけのイタチごっこが続くだけで、大きなブレイクスルーは望めないだろう。
これまで学んできた技術の発展法則に従えば、ここからはさして見るまでもない地味な技術発展が長く続く筈だ。
「惰性で戦争をする時代かぁ」
視界を切り替え、人工衛星の目を盗む。
高精度カメラに映るのは、宇宙に咲く花。
原作の劇場版にもあった巨大ELSの成れの果て……ではない。
「花の上での戦争なんて、メルヘンな世界になったもんだ」
高精度カメラを搭載した軍事用人工衛星が見詰めるのは地球だ。
ELSと完全な融合を果たし、しかし全生命が溶けきる前に対話が成功した結果生まれた、星を元に作られた花。
これが、地球の今の姿だ。
住まう生命もまたこれまでの地球とは異なる。
その多くがELSとの共生関係にある半金属生命体と化した地球の生命群。
そこには当然、元地球人類、イノベイターの姿もあった。
そして、人間の姿はない。
意図的なGN粒子散布により加速度的に促進した人類の革新は、皮肉にもELSによって真の完成を迎えるに至った。
これも一種の自然淘汰という形になるか。
重力場のあり方すら変わった現在の地球において生き延びる事ができるのは、あらゆる面で人間よりも強固に生まれてくるイノベイターであり、ELSとの融合に耐えうるのもまた多くの場合イノベイターに限られた。
今現在も生き延びている人間となると、余程のイレギュラーに限られるだろう。
そしてそのイレギュラーは生命力と生存力に長けた戦士に多く見られ、研究職の中にはほぼ存在しない。
ハッキリと確認できる人間となれば、イノベイターの庇護下にある極少数に限られる。
人類は衰退しました。
……つまり、この世界、この惑星の現人類は完全にイノベイターに移行してしまったのである。
多くの犠牲はあったが、これはこれで現地に住む現地球人にとって悪い話ではない。
イノベイターは脳量子波による種族規模のネットワークにより意識、思考の一部を共有化しており、諍いも少ない。
限られた生存域の奪い合いなども有るにはあるが、それも地球にのみ視線を向けた場合の話である。
復旧したオービタルリングに、開発の進んだ月や火星までもを含めれば土地は余ってすらいる。
命を掛けた生存競争にまで発展する程の閉塞感は、既に地球には無い。
つまり、兵器を研究できるような状況にある、そして必要な知識や技術を持つ常人は既にこの世界に無く、その技術発展が必要とされる場面も無い。
この世界の常人に寄る兵器開発の歴史は、完全に途絶えたのだ。
「……ソランくんの活躍でも見るかぁ」
視界を元に戻し、テレビを付ける。
録画されたオリジナル銀河美少年による当時の三大国家を相手にした大立ち回りを、頬杖を付きながら眺める。
現在でも元気に放浪の銀河美少年をやっている筈だが、既にその動向を追う理由も無い。
「あとは帰って、この技術を応用して、悲願を達成するだけだな」
手元には、実に百年を超える兵器開発の歴史資料。
マッドに鍛えられた工学技術は完膚なきまでに修正され、俺の中では完全にリアルロボット風の内部構造のシミュレーターが稼働していると言っても良い。
ああ、実に楽しみだ。
姉さんに赤ペン修正された機体は全て作り直すの確定にしても、今の俺なら確実、と思える新機体も思いついている。
とりあえず、迎えが来るまで、ガリアンでもフルスクラッチして気長に待つとしよう。
エピローグに続く
―――――――――――――――――――
祝! OO編打ち切り!
エタらせない為にあえて命脈を断ち切る度胸も必要になるって寝不足の幻覚の中で誰かが言っていた八十五話をお届けしました。
因みに先行者の戦闘とその考察までがだいぶ前に書いて放置してあった分。
その後にセルゲイさんと母親死ななかったから大学に進学して親子仲もそれほど悪くない小熊との会話が少しあったんですが、話をぶっちぎる過程で消去しました。
打ち切り、完膚なきまでの打ち切りです。
一年以上おまたせした挙句に打ち切りですが、ええ、仕方がない事なのです。
これを書いていた当時と比べて自由になる時間もネタを拾ってくる時間も無いし、一話毎に二万字を余裕で超えるレベルで書く程の時間も無いのです。
朝七時半に家を出て戻ってくるのが夜九時で肉体労働で家事全部自分でやるとなるとね、うん。
あ、でもSS書く余裕が無かったとかそういうのではないです。
他所で別名義でループ物書こうとして三話でエタらせたりもしました。
やっぱりざっくりプロットで九割九分オリシナリオとか書こうとしちゃだめですね。
私また一つ学習しました。
そして初心に帰ってむりくり原作沿いにし続けるHSDDのオリ主SSを一話平均7000文字くらいで軽めに連載中です。
今作ほどネタまみれでないというか、割と作風も主人公のキャラも方向性が違う気持ち真っ当な感じの真面目ーなSSですが、興味が有りましたら探してみて下さい。
因みに近親ヒロインではないです。
ただしメインヒロインを他作品から持ってきているというかぶっちゃけ閃乱カグラキャラの一人がメインヒロインです。
メインに据えた理由は好きなキャラだから。欲望むき出し。
で、ついでにお知らせですが、このSS、次回に元の世界に戻ってからのエピローグを書いてOO編を打ち切り完結させたら正式に連載凍結という形になります。
いや、ほんとにいまさらだとは思うんですけどね……。
新章に関しては、せめて村正編位にはっきりとした筋道とかやりたいネタとかが出来た頃に書こうと思います。
つまり今のところ予定は無しという事ですね。
長らくおまたせした皆様(もうどれくらい居るかはわかりませんが)には申し訳ありませんでした。
でもほら、一応短い章毎に完結という形にすればエタった事にはならないだろうというコスいやり口なのは一話目の後書きで書いてますし……。
そんな訳で、とりあえず次はエピローグの方を少しの間だけお待ち下さい。
流石に今回ほど時間はかからないと思いますので。
そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想、心よりお待ちしております。