<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14434] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」
Name: ここち◆92520f4f ID:e37ddb7f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/06 03:59
今から十秒後、一分後、一時間後。
十二時間後、明日、来月、一年後。
どれだけの時間が経とうとも、ガンダムマイスター874は、生まれる前から定められていた自らの存在意義を確信できるだろう。
自らに与えられた存在意義を、音声として、文章として出力せず、反芻するように心の中で呟く。

「全てはイノベイターのため……」

未熟な人類でも、不出来な模造品(イノベイド)でもない、彼らの為に、
いずれ現れる彼らの為に、世界の全ては存在し続けている。
与えられた任務も使命も、自分という存在そのものも、全ては彼らのためだけに。
それこそが自らの存在意義。
そこに疑問の余地は存在しない。
しかし、マイスター874はそこで思考を止めない。

通常、生物の思考の速さはその寿命によって変化する。
寿命の長い生物であればゆっくりと、短命の生物であればあるほど思考速度は速い。
しかし、人ではない、自然に生まれた生物でないマイスター874はその法則に従うことはない。
人間よりも遥かに長い年月を生きながら、その思考速度は人間の追随を許さないほどに速い。
その高速の思考を持って、マイスター874は考える。

「『理想』……ガンダムの、元型(アーキタイプ)」

全てのガンダムが比較される相手。
創設当時から既に存在が確認されていたという、謎の機動兵器。
その存在に関して、ヴェーダは何一つマイスター874に命令を下していない。
そもそも、マイスター874に与えられる任務の中には何一つアイディールに関する情報は組み込まれてすらいない。
一度立ち敵対すれば紛争根絶という初期の目的すら達成困難となる相手でありながら、ヴェーダはそれに対する対抗策を殆ど用意していないのだ。
現状、ソレスタルビーイングにとって、最も大きな障害となり得る存在。
だからこそ、対抗策を講じるために、常からその存在を意識して任務に臨まなければならない。
マイスター874は自らの中に存在する衝動に、そう理由付けを施していた。

その理由付けは、自らの存在意義に反しない為の苦しい言い訳じみたもの。
しかし、マイスター874がマイスター874として活動を続ける上で、その苦しい言い訳は必要不可欠なものだ。
仮に、人工知性体であるマイスター874が私欲を持ち、与えられた使命を無視して独自の行動を取ってしまえばどうなるか。
マイスター874は今与えられている権限の多くを剥奪され、サンプルとしてヴェーダの内部に電子標本として飾られるだけの存在と化してしまうだろう。

故に、マイスター874の中にある全ては、ガンダムマイスターとしての存在意義へと連結される。
全ての意思、全ての欲は淀みなく義務、使命へと擦り替えられ、滞り無くマイスター874という冷たい知性の中に収められる。
その、筈だった。

《素晴らしい……》

再生されるのは、一つの音声データ。
極々短い、会話ですら無い一方的な言葉の羅列。

《君は、上の上だ》

同時に再生される映像は、先日の緊急ミッション。
……緊急ミッションとして処理された遭遇戦での、アストレアのカメラに収められた映像。
ミッション終了後、もっと言えば、アストレアが撃墜された直後に味方機であるという事になったMSとの模擬戦闘からは、多くのデータが採取された。
アンノウンの使用していたテクノロジーこそ開示されなかったものの、ガンダム以外のそういったMSと遭遇した場合の対処法を考える上で重要なデータになるだろう。
だが、既に記録映像からは可能な限り役に立つデータが抽出されており、今更見なおした所で、何ら得られるものはない。

《素晴らしい……君は、上の上だ》

繰り返し、アンノウンとの戦闘記録が流される。
しかし、流れる記録は最後の瞬間近くでループをしている。
アストレアに乗るルイードが一か八かの賭けに出た所から、撃破されて記録が途切れる瞬間まで。

《素晴らしい》

戦闘記録を確認するマイスター874は現状、肉体を持っていない。
故に記録を確認している今は、目も口も無く、ただその映像を思考に直結させている再生している。
眼前に迫るアンノウンの姿。
アストレアのセンサーを視点として居るため、相対しているのが自分であるかの様に錯覚しかねない臨場感。
だが、

《君は、上の上だ》

マイスター874の脳裏から、アストレアの、ルイードの存在が消える事はない。
否が応にも思い起こされる。

《期待しているぞ、サンプル君》

アンノウンが視線を向けているのも、アンノウンが声をかけているのも、全てあの日あの時相対したアストレアとルイードなのだ。
決して、後から記録を確認しているだけの自分に向けられたものではない。

《素晴らしい》
《君は、上の上だ》
《期待しているぞ、サンプル君》
《素晴らしい》
《君は、上の上だ》
《期待しているぞ、サンプル君》
《素晴らしい》
《君は、上の上だ》
《期待しているぞ、サンプル君》
《素晴らしい》
《君は、上の上だ》
《期待しているぞ、サンプル君》
《素晴らしい》
《君は、上の上だ》
《期待しているぞ、サンプル君》

繰り返し繰り返し、告げられる言葉を再生する。
この時のマイスター874の思考は働いているようで働いていない。
思考能力の全てを費やし、ルイードに告げられた言葉が自分に向けられたものであるという想像だけをふくらませ続けている。

「は」

何の意味も持たない、極短い音を作り出す。
データ上でしか存在していない、生まれてからこれまで一度たりとも生身の肉体で活動したことのないマイスター874は、生身の生理的な機能を実感できない。
しかし、生み出したその短い音は、熱を帯びた吐息にも似た響きを持っていた。
それが、マイスター874の中に生まれた初めての感情なのだろうか。
既に芽生えてはいるが、それを感情であると自覚できていないのか。
少なくともマイスター874自身は、自らが行った行為の異常性を理解できていない。
思考に粘性の熱を持たせる多幸感の中、マイスター874の脳裏に、ふと影が射す。

この言葉は、全てアストレアに、ルイードに向けられたものなのだ。
それだけは、決して揺らがせることの出来ない事実。
思考の熱が冷めると共に、音声と映像の再生が止まった。
音も映像も無く、ただマイスター874の思考と仮想肉体だけが漂っている。

「私なら」

ぼそり、と、マイスター874が呟きを音声として出力する。

「私なら、もっと上手くやれた」

次いで告げられた言葉はすでに呟きと呼べるようなものではない。
はっきりと、何処かの誰かに宣言するように。
その表情はこれまでと何ら変わることはなく、何ら感情を表すことのない平静なもの。
だが、違う。

「ルイードよりも、私のほうが、より精密なMS操作が可能」

「あの時相対していたのがルイードでなく私なら、もっと素晴らしく、強く期待される戦果が出せた」

「この御方に、もっと、褒めてもらえる成果を上げられた」

「私なら、私を、人間よりも、私は、私が」

「私は、ルイードよりも、優れている」

最早思考の内にのみ留まらせる事もなく、音として宣言されるのは自らの優位性。
あのMSが自分達の前に再び現れるかどうかは分からない。
そして、今後二度と現れる事がないのであれば、その唯一の機会をルイードだけが手にしたという事になる。
例え、それが機体の持つ特性と、先に行われていたミッションを成功させるのに必要なことだったとしても。

「私は、優れている、勝っている、ルイードよりも、人間よりも」

『理想』に連なる系譜の、やもすれば本人とも知れないアンノウンへの思慕。
アンノウンと対峙し、自分には向けられるべきだった高評価を得たルイードへの嫉妬。
二つの相反するはっきりとした感情が混ざり合い、喩えようのない不快な感触の蟠りが広がっていく。
自らの存在意義を失う事無く、しかし、存在意義とは異なる『欲望』が、思考ではない『心』に満ちていく。
思考領域を侵す汚泥にも似た感触の何かは、マイスター874をゆっくりと、しかし確実に、

「他の、どのイノベイドよりも、イノベイターよりも────私は、優れた存在であってみせる」

イオリア・シュヘンベルグの想定していない存在へと変質させていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「おふ」

唐突にぶるりと背筋が震えたのは、恐らく目の前に居るイノベイドが原因だろう。
箱の中からジュテーム言われて直ぐに空間を書き換えて拘束衣を着せ、転移を使って触れる事無く椅子に縛り付けたにも関わらず、表情一つ変えることがない。
いや、変わってはいるが、その変化がおかしい。
指一本も動かせなくなる程強い締め付けの拘束衣を着せられ、内臓がシェイクされるような雑な転移を行ない、鬱血するほど強く椅子に縛り付け……
何を行なっても、喜びの感情しか得ていない。
それだけははっきりと分かる。
これでも臨獣殿の拳士をしていたのだから、負の感情が生まれたなら即座に察知できる。
だがしかし、こうして冷たい目線を向けてもモゴモゴと口枷に覆われた口元からタラタラと涎を垂らし、頬を紅潮させるのみ。
そして俺の中のオーガニック的な部分は、このイノベイドからプラスの感情を感じ取っている。

一言で感想を言えば、キモい。
俺は一見してこのイノベイドをリボンズ・アルマークであると断定してしまったが、もしかしたら何がしかのバグを起こした暴走個体である可能性すらあると踏んでいる。
イノベイドは銃弾の一発でヴェーダとのリンクが途切れてしまう場合もあるのだから、有り得ない話ではない。
なにせ、リボンズ・アルマークは機動戦士ガンダムOOのラスボスである。
確かに黄金大使にはケツを差し出していたようだが、それは必要だから行っただけで本人に特殊な性癖が有るわけではない筈だ。

そこら辺の事も踏まえて、まずはこいつの身元確認。
今の今までこうして観察に時間を費やしてしまったが、これがリボンズかどうかはヴェーダに問い合わせてみれば一発で判明してしまう。
というか、それ以外に確認方法は存在しない。
イノベイドは所詮微小機会を組み合わせて作った人間に良く似たロボットに過ぎない。
故に、頭の中を書き換えて『自分はリボンズ・アルマークである』という記憶を与えてやる事も簡単なのだ。
肉体的な特徴に関しても言わずもがな。微小機械の積み木細工であるイノベイドは人間よりも余程同一の個体を作りやすくできている。

つまり、目の前のイノベイドに事情聴取をしようが身体検査をしようが、それだけではイノベイドの身の証を立てる事はできない。
自分の事をリボンズ・アルマークと思い込んでいる肉体的に完全同一体など、簡単に作れてしまう。
そこで取るべき唯一の証明方法が、ヴェーダに対するイノベイドのID照合。
全てのイノベイドはヴェーダの下で製造され、人類社会に無自覚型として潜んでいる間ですら、完全にヴェーダによって監視、管理されている。
だから、それがリボンズであると思い込むように作られたイノベイドであるかそうでないか、という疑問も一発で解消できてしまうのだ。

「で、どうよ」

ヴェーダにアクセスし、目の前のイノベイドの身元を照会。
……残念な事に、このイノベイドはリボンズ・アルマークで間違いないらしい。
そして更に言えば、一つ不可思議な点がある。
ヴェーダとリボンズのリンクが途切れかかっている。
これでは人格や記憶のバックアップは取れないし、ヴェーダから必要な情報を参照することもできない。
外伝漫画に出てきたイノベイドハンターに少し似ているが、少し違う。
ヴェーダとのリンクは最低限しか存在しない。
逆に言えば、最低限のリンクは残している、とも取れる。
これが意図的に残したものか、技術的な問題により残さざるを得なかったのか、という点も謎だ。

「ふむ……」

拘束したリボンズに防音効果もある布をかけてとりあえず視界から外し、情報を纏める。
いや、纏めるまでもないか。
こうなった原因には、少しだけ心当たりがある。
メカポだ。

メカポ、などと言っているが、実は機械系だけでなく、科学寄りの存在に対してはかなり広範囲に渡って影響力が有ることは確認済みだ。
要するに、科学、疑似科学に属する存在に対する限定的な魅了の力なのだろう。
人格の有る無しに関わらず俺が能力の影響下に置こうとすればほぼ確実に言うことを聞いてくれるようになるし、部分的に生物であるサイボーグなども、少なくともメカニカルな部分は完全に制御下に置くことが可能となっている。
しいて対象から外れるものを上げるとすれば、クローン人間や遺伝子調整を行われたコーディネイターなどが適用範囲外に分類される程度か。
製造の行程で科学的な要素が加えられただけの生物は、あくまでもメカではなくただの生物として扱われるらしい。

では例えば、人間の構造を参考にして、いずれ現れるイノベイターの能力を想像、模倣して製造された『生命体』であるイノベイドにメカポが発動しないのではないか。
無論そんな事はない。イノベイドには確実にメカポが通用する。
むしろ、俺の持つ基準で考えればイノベイドは生物かどうかすら怪しい。
一見して人間と変わりないように見えるイノベイドだが、その肉体構造の成り立ちは人間とは大きく異なる。
基本的に、イノベイドの人格と肉体は別個に製造される。
まず人格は言わずもがなヴェーダの中で、ミッションを行うのに必要となる基本的な知識や情動のパターンが作られる。
そして肉体。
これは遺伝子を弄られた細胞を培養して肉体を作るのではなく、予め人工的に製造された60兆個以上の生体高分子をレゴブロックよろしく組み立てていく事で人間の形を形成しているのだ。

一定量の知識と決められた指向性を持つ情動を与えられ、誰に教えられるまでもなく生まれた瞬間から成体と遜色なく働くことの出来る人格、細胞分裂で増えた訳でもない無数の細胞を寄せ集めて作られた肉体。
これらは当然自然界には存在しない。
即座に活動開始可能な人格は野生生物の本能に通じるものがあるとも言えるかもしれないが、少なくとも人間であれば持ち得ないものだ。
肉体に関しては論外、細胞分裂を経る事無く成熟した状態で誕生する多細胞生物というのは、存在自体に無理がある。
イノベイドは誕生の過程に科学的な要素が含まれる自然生命体ではなく、科学──生体工学などを用いて製造された、人間に限りなく近い構造を持った機械──アンドロイドの一種なのだ。

リボンで包まれたリボンズ・アルマークなどという悲劇の原因はそれだ。
かつて武装神姫の世界で初回起動直後、神姫のLOVEがマックス振り切れたあの時と同じ事が起きていると考えて間違いない。
そしてあの時と違うのは、こちらに好意の感情を向けているのが可愛らしい手のひらサイズの少女型人形ではなく、ペガサス座の聖闘士声の等身大無性アンドロイドであるという点だ。
最悪、声だけでもドロッセルお嬢様だったならギリギリ打首後死体を焼却で済ませられたのだが、この悪夢から逃れるには、リボンズの性格をどうにかこうにか元に戻してやるしか無い。
無いのだが……

「はて」

どうやって元に戻せばいいのか。
これが、俺がリボンズやヴェーダに対してメカポを行った上での結果なら、何をするべきか考えるまでもないのだが。
不思議な事に、『俺はこの世界に来てから一度も意識的にメカポを発動していない』
元々暴走気味というか、ほぼ自動発動の能力だったから仕方が無いのかもしれないが、こういう場面では少し困る。
いや、そもそも、俺が何かデータを必要とした時に、何を要求するよりも早くヴェーダの方から欲しいデータを纏めてこちらに開示してくれた時点で疑問に思うべきだった。
人間、楽な状況には流されやすい、という事なのだろう。
それで危機的な状況に陥る可能性があるのならばまだしも警戒心も湧くのだろうが、この世界に存在するあらゆるものは俺を害する事ができるレベルに達していない。
いざとなれば力技で解決できてしまうとなれば、少々の不可思議には目を瞑るどころか目を向ける事すらしなくなってしまう。
俗に言う『油断? 何のことだ? これは余裕というものだ』という奴だ。
少年漫画のボスキャラでもなければ足元を掬われて死ぬレベルのフラグである。

《お兄さんさぁ》

俺の身体の表皮が震え、その振動が少女の声となって響き渡る。
次いで、スピーカー代わりに震わされた表皮から、折りたたまれた一枚メモ用紙が剥がれ落ち、開く。
四つ折りか八つ折り程度に見えたメモ用紙は際限なく開き続け、走り書きの『記述』もまた延々と拡大を続け──
何一つ派手なエフェクトを生じさせる事無く、一つの人型を形成した。

「メカポを解除する解除しない以前に、肝心なこと忘れてない?」

十代前半の少女の姿は、昔見た美鳥の姿。
幾度と無く融合捕食を繰り返す内に見なくなった未成熟体。
姉さんの施した縛りに反しない範囲で美鳥が作り出した、『情報生命体』としての美鳥の肉体。
魔導書の精霊が肉体を形成する理屈を術式的に分解し字祷子宇宙の外の法則再現したもので、魔導書の精霊程の情報密度がなくとも、人格と大雑把な外見データがあれば肉体を形成出来るという便利術式だ。
オリジナルの美鳥の肉体と比べて天元突破グレンラガンとAIBO程に力の差があるが、不意に自己主張の激しくなる美鳥が身振り手振りや小道具などを使って解説を行う分には問題なく機能する。
もっとも、それだけ機能を限定したとしても満足に肉体を形成した状態で活動できるのは週に何時間か月に何時間といったところだろうが。

「肝心なこと?」

幾つかの小道具と共に実体化を果たした美鳥は、疑問に疑問で返した俺に、パーツごとに分解されたホワイトボードを組み立てながら頷いた。

「そもそも、どういう理屈でメカポでメカを従えさせ──『ポさせてる』のかがわからないと、解除のしようもないじゃん」

「なるほど」

言われてみれば確かに。
ナノポで使用するナノマシンのシステムを改変して、好意の上がり幅を元に戻したり、逆にこちらへの悪感情を増幅させて嫌われたりするように、メカポもその理屈が分かってしまえば解除は容易な筈だ。

「でも、お兄さんには大変残念なお知らせがあります。はいこのホワイトボードに注目ー」

ものの十数秒で組み上がったホワイトボードには、
『天然物の~ポ能力には□□が□□□□□』
朝に肌が黒いおっさんがズバズバ言ってる番組や一部のワイドショーでしか見られなくなった手で捲るフリップで一部が隠されているが、隠されている部分が既に不吉である。
この世界はリアル系技術習得の為だけに来たのでは無かったのだろうか。

「今さっき、理屈がわからないと解除のしようがない、って言ったけど、実は……じゃじゃん!」

無理な実体化で背の足りない美鳥が軽くジャンプし、めくりフリップの端を掴み、剥がす。

『天然物の~ポ能力には理屈が存在しない』

「はいこれ、わかる? 理屈が存在しない、だから、明確な解除法は存在しない、ってのを最初に心に留めておいて欲しいのさ」

美鳥に言われるまでもなく、以前に少し姉さんに教わった話だから覚えている。
例えば、トリッパーの代表的な~ポ技能であるニコポと撫でポ。
実際のところ、現実に当てはめて考えて、微笑みかけたり頭を撫で付けたりするだけで恋愛感情が生まれる事は極々稀にしかありえない。
それにしたって顔の好みが一致していたとか、偶々心が弱っていているところに慰めという形でするりと心の中に入り込んだりと、一種の一目惚れに近い一時的な感情が精々だ。

だが、技能として習得されるニコポ撫でポはそうではない。
微笑みかけたり、頭を撫でたりといった些細な接触から、相手は能力者に対していわゆる『真実の愛情』を抱く事になる。
より正確に言えば『ポ技能に引っかかった』のではなく『微笑みを見たり撫でられた手の感触から相手への好意を自覚した』という形に話が収まってしまう。
これが俺のナノポの様な人造ポ技能との明確な違いだろう。
俺のナノポはあくまでも生理作用を調整することによって近い結果を導き出しているだけで、分類としてははっきりと洗脳能力に区分される。

……天然のポ技能の何よりも恐ろしい所は、『正確には技能ではない』という一点に尽きる。
『笑みを向ける』と『惚れる』、『撫でる』と『惚れる』という因と果が何の脈絡もなく極自然な流れとして成立するだけで、明確な理屈、原理、メカニズムが『存在しない』のだ。
メカニズムも何もない。しかし、微笑みかける、撫でる、などの行為をトリガーとして、トリッパーを除くトリップ先の全ての存在が『対象が技能の使用者に惚れる』という結果目掛けて勝手に辻褄を合わせてしまう。
主人公属性に最も近い性質を持つこの技能、トリッパーの持ちえる技能の中でもとりわけ異質な存在だろう。

「でもな美鳥、それはあくまでも天然のポ技能の話であって、俺のメカポとは関係のない話じゃないか」

俺の持つトリッパーとしての力というのは、基本的に俺の肉体やなにやを構成するナノマシンっぽい何かの持つ力だ。
成長の過程で俺という人間に完全に同化しているとはいえ、それはあくまでも俺が自分の能力として扱えるというだけで、天然自然のトリッパーとしての能力とはまた違った扱いになる。筈だ。

「んー……『メカポ』なんて機能、実は存在すらしていない、って言ったら、どうする?」

「そりゃ『メカポ』なんて安直な名前では無いだろうとは思うが」

暫定的にそう呼んでるだけだし、そもそも名前なんて後から付いてくるものだろう。ゲームのスキルじゃあるまいし。
しかし美鳥はそうじゃないそうじゃない、と首を横に振り、人差し指を一本立てて説明を始めた。

「あたし達の中にあった機能はね、本来ならもっと単純に『機械類に対する命令権』程度のもので、『科学の力で作られた存在を惹きつけ支配する』なんていう幅の広い能力じゃないんだよ。例えそれが感情を持つ機械であっても」

「いや、それだと色々と説明が付かないぞ。メカポは使用頻度こそ少ないけど、間違いなく効果があっただろ。そりゃ、純粋化学で作られた存在相手に使ったことは殆ど無いけど」

スパロボ世界では監視カメラ欺いたりレイズナー取り込む時にAI二機を黙らせたりオモイカネに口裏合わさせたりした程度だし、その次の使用となると一気にデモベ世界のエルザまで飛んでしまう。
しかもエルザは錬金術やらなにやら、微妙に科学とは外れた部分の技術も使っている上にドクター謹製の向こう側マシン、仮に純粋に科学技術だけで作られていたとしても真っ当な反応は返さなかっただろう。
ともあれ、少なくとも従わせようとした相手は従ったし、使うつもりがなくても人格の有る機械類は勝手にこちらに好意を抱くのは確認済みなのだ。
スパロボ世界で次元連結システム相手にそれらしい兆候が無かったのは……まぁ、次元連結システムだし……。

「それこそ、メカポがあたし達──ナノマシンぽいのの機能に含まれてないのは確実なんだから、少なくとも『好意を抱かせた』部分に関してはほぼ間違いなくお兄さんの天然技能で決まりじゃん」

腕を組んで『いい加減認めろよ……』とばかりに呆れ顔の美鳥。

「俺の無意識の願望とか希望とかを勝手に汲み取って、相手の電脳とかにそれらしく振る舞うよう命令した、って可能性は?」

言っちゃなんだが、俺だって精神的な面では精神汚染などに対する強度や抵抗値の違いと姉さんが好きである事を除けば一般的な人間とほぼ変わらない。
まっとうな人格があり、会話も交流も可能な相手であれば好き好んで嫌われたいと思う事はそうそう無いし、無意識の内に好意を刷り込んでいた可能性を捨てる事は難しいだろう。

「その可能性が無い、とは言えないんだけど、もうその可能性を否定する事例も出ちゃってるんだわ。まず、これ」

これ、と言いながら美鳥は防音シートに包まれたリボンズをサッカーボールの様に蹴りつけ。
なるほど。確かに人に嫌われたくないにしても、いきなり全裸リボンで配達されてきて欲しい、なんて命令を下すなんてのは、俺が自分でも知らないうちに芸人気質に目覚めていたとかでも無ければ無意識の内でも有り得ないだろう。

「そんで、一番はっきりと違うと断言できるのがこれ」

次いでカーテンを閉めて部屋を暗くした上で、裏返したホワイトボードにある映像を写し始めた。
背景から察するに、神姫世界で使用していた拠点での、俺の寝室。
神姫世界に居た頃の俺の記憶の一部を投射しているのだろう。
割りと部屋数の多い拠点を借り、世界大会を終えて練馬大将軍の企みを打ち砕くまではしっかりとライバルとしての分別をつけようと、姉さんとも美鳥とも部屋を別にしていたのだったか。
視界の端のカレンダーを見る限りでは、とりあえずカッコイイポーズの人を打ち破り、修行から帰ってきた姉さんや美鳥と一戦交えた後辺り。
この時俺は、公式大会やヴァルハラでの違法ファイトでは久しく味わっていなかった苦い敗北を得ていた。
美鳥の駆るアイネスが生命と引き換えに放った捨て身の必殺ファンクションでカガーミンが武装毎粉砕される大敗を喫したのだ。
俺は残された残骸を材料に、カガーミンの武装を公式レギュレーションから外れない範囲で桜ちゃんが好きなんやな聖戦士型スタッグビートル風しようと、姉さんも美鳥も寝静まった深夜まで設計図を書いていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

全身に走った亀裂を補修用のナノマシン入りパテで埋めたカガーミンが眠るクレイドルを机の端に置き、完成した設計図のデータを保存し、少し冷めた玄米茶で一息。
実物を作るにはまずスタンフィール・インゴットが必要な事もあり、実際に形にするには少し手間がかかるし、材料を取りに行く前に一眠りしよう。
ベッドへ向かうために椅子から立ち上がると、ドアの下に設置された神姫用ドアから、見知った神姫がこっそり顔を覗かせている。
やや短い空色のミディアムヘアーをツーサイドアップにした、外見的なカスタマイズは施されていないストラーフMk2。

「トロンちゃん?」

内部の機巧をある程度ライドするマスターに合わせて最適化させただけの単純なカスタマイズのその神姫には見覚えがあった。
この世界に来てゲーム版の一連の事件などを消化してからはほぼ毎日見ている、姉さんの所持する神姫、悪魔型ストラーフMk2のトロンちゃん。
確か俺のカガーミンとは違い、美鳥のアルトアイネスが、
『二度とまともに戦えなくなってもいい、それで、それでマスターが、私の事を愛してくれるなら……!』
という悲壮な覚悟と共に生命と引き換えに放った必殺ファンクションを、空気読まずに憑依合体した姉さんのヤバイ級アイキ=ジツで受け流して勝利をもぎ取った、いわゆる話の流れとかイマイチ読めないタイプの娘である。

「す、すまない、もう眠るところだったか」

「んー? 確かに眠るとこだったけど、別段眠らにゃならん身体でもないし。とりあえず、中に入ったら? そんな顔だけ出してないで」

武装神姫の世界で暮らす上で大切なのは、神姫の行いに対する寛容さだ。
そこら辺を考慮して、基本的に神姫用のドアには俺と姉さんと美鳥の神姫に対して自動でロックを解除するように設定してある。
トロンもそこら辺の心構えをわかっているからこそ、ノックなりチャイムなりで確認を取らずに部屋の中を覗き見していたのだと思うのだが。

「そう、だな。うん、確かに、これじゃおかしいものな」

自分に言い聞かせるようにそう呟き、トロンはサイドテールを忙しない手付きの手櫛で何度も梳きながらドアの影から姿を表す。

「それじゃあ……お、おじゃま、します」

ドアの影から現れた入院服のような特殊繊維製の追加装甲(そのまま公式バトルにも出場できる姉さんのお手製)を着たトロン。
装甲に包まれていない部分は、応急処置が施されてはいるものの、細かな破損が幾つも存在している。
ぺこりと頭を下げてから部屋へ踏み入れる脚の動きも何処かぎこちない。
面接慣れしていない学生のような動きだが、なるほど、姉さんの持つ技術を並の素体で再現しようとした代償か。

「しかし、ボロボロだね。ウチのカガーミンも似たようなものだけど」

「ははは……。だが、その御蔭で勝てたから、悪くはない」

後頭部を掻きながら照れくさそうに笑うトロン。
無数の傷は全身に広がっており、分解や修理無しのパーツ差し替えで直せる部分は殆ど無いほどだ。
よくよく見れば顔の下の方にも僅かに傷が刻まれており、笑顔と不釣り合いで少し痛々しい。
姉さんも並以上の工学技術を持っているし、修理用のナノマシン・パテだって常備している筈なのだが、破損の多くは内部に発生している為、容易には直せないという事なのだろう。
……正直、『直せるけど分解修理面倒だから明日にしよう』みたいな姉さんの意図も透けて見えなくもないが。

「で、こんな夜中に何か用? あいにく、見ての通りカガーミンはスリープさせてるけど」

「いや、用事があるのは、その…………あなたに、なんだ」

飛行用のリアパーツを転送し、ふらふらと机の上へと飛んでくる。
数秒の時を掛け机の上に降り立ち、こちらを見上げるトロン。
口を開きかけ、閉じ、視線を僅かに逸らし、大きく息を吸い込んで(呼吸は必要ない)から、身を乗り出すようにしながら口を開く。

「わた、私を! メンテナンス、して、くれないか……?」

勢い良く言い切ろうとして、メンテと口にした所で顔を真赤にして顔をうつむかせ、声は尻すぼみに。
唐突な申し出だ。
高度なAIの搭載された神姫の感情の働きは、人間のそれと比較して多少デフォルメされてこそいるものの、人間の感情と比べてもと遜色ないと言っていい。
当然、自らの無防備な姿、それも、普段表に見せることのない内部機巧まで晒すことになるメンテナンスには相応の恥じらいを感じる筈。
それこそ、好意に最上級の補正が掛けられる正式登録されたマスター相手でなければ、ネジ穴やコネクタ類を許すことはまず有り得ない。
現実の機械仕掛けではない可動フィギュアとしての武装神姫とは異なり、そういった金属質な内部パーツは極力隠されているだけになおさらだ。
だが現実として、目の前に居る姉さんの神姫──トロンは、俺の返事を待つこと無く入院服に似た装甲に手をかけている。

「恥知らずな願いだというのは、わかっているんだ。本当なら、マスターに頼むのが筋だと」

しゅる、と、ともすれば風の音にかき消されてしまう程に小さな衣擦れの音を立てて、トロンは装甲を足元に脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿を晒す。
傷だけでなく彼方此方の塗装が剥げた、損傷の激しい身体を自らの両手で抱きしめるトロン。
片方の手はもう片方の二の腕を掴み、掴まれた腕は上手く上がらないのか、塗装の削れた股関節部分を庇うように太ももに挟み込み、上目遣いに見上げてくる。

「でも……駄目だ。貴方を、マスターの弟である貴方を初めて見た時から……」

僅かなモーター音と共にトロンの身体の彼方此方がスライドした。
稼動時の柔らかな感触を半ば失い、普段は決して人に晒すことのないネジ穴やコネクタ類を露出させている。

「……ずっと、こうしたかったんだ。全てを見て、触れて……滅茶苦茶に、してくれ……」

―――――――――――――――――――

と、映像はここで途切れている。
美鳥が説明に使いたい部分は終わったという事なのだろう。
だがなるほど、懐かしい光景だ。
いや、間にほとんど実のあるトリップが無かったからそれほど前という訳でもないのだが。

「この時はあえて何も言わずに隅々まで整備したけど、整備頼むのに『滅茶苦茶にしてくれ』はムジュンしてるよな」

夜中に部屋を尋ねてマスターでもない相手に整備を強請るという、どう考えても不躾な真似をしているのに、何故か一人で良い空気作って浸っていたから、突っ込むに突っ込めなかったが。
それでも文句ひとつ言わずに全身隈無く修理して、挙句の果てに電脳の最適化までしてやった辺り、俺の神姫という存在に対する心の寛容さは並大抵のものではないと自画自賛してしまうレベルだ。
とはいえ、その後にメカポの浸透具合がバッチリ強化されて、撫でポニコポを上書きして姉さんから神姫を寝とるという前代未聞の快挙を成し遂げる事ができたから、あながち無益な行為では無かったが。

「そういう余計な一言をとりあえず事が収まるまでは心の内に秘めておく辺り、お兄さんも人が悪いというか、イイ性格してるというかって感じだけど、ま、そりゃひとまず置いといて」

そう、話は逸れたが、先の記録映像はメカポが俺が元から保有しているという美鳥の主張を裏付ける為のもの。
先の映像にしても、俺が無意識の内に姉さんの手持ち神姫からも好かれたい、という願望を抱いた結果だと考えれば不自然な所は無い筈だが……。

「基本的に、あの世界の神姫は防犯の為のプロテクトが多くてね。元からあるメカポで同じ状況を作る場合『マスター登録の書き換え』をしないと神姫側からメンテナンスの要請はできないのさ」

「しかし、俺にメカポされたトロンのマスターは、姉さんのままだった?」

「然り然り。んで、あたしのメカポはあくまでも命令を下したり支配したりで、仕様の外にある行動をさせる事はできない」

つまり、『姉さんをマスターとしたまま、誰の命令もなく自主的にメンテナンスモードに入り、マスターでない俺に身を委ねる』という行為は行えない、という訳だ。
勿論抜け道もある。
破損が酷く、即時の修理が必要で、メンテナンスを行う権限を持つ者が近くに居ない場合ならば、神姫は自らの機能を保持するための緊急避難として、権限のない者に対してメンテナンスを要請することも、可能な限りの自己修復を行う事も出来る。
が、当時トロンが負っていた傷は全身に渡って広がっては居たものの、即座に修理が必要というものでも無かった。
仮に修理が必要だったとして、近場に居る本来のマスターである姉さんは眠っているだけなのだから起こして修理を頼むことも可能。
そんな状況では緊急避難として俺に修理を依頼する、という方法を取ることもできない。

要するに、この状況を作り出す事ができるには『何らかのきっかけで神姫が機械としての人工的な感情ではない真の愛に目覚めた』という風に事実を捻じ曲げなければならないという事で。
それはとりもなおさず『あの時に発生したのは天然のポ技能である』という事実に他ならない、という訳だ。
少し無理のある結論の様にも思えるが、可能性を否定しきれる程無理があるという訳でもない。
最悪を想定するのであれば……、あれ?

「俺のメカポが天然由来の能力だとして、それの何処に問題があるんだ?」

極端な話、勝手にポされてこちらにしつこく纏わりついてきて、仮に洗脳能力の応用で記憶を消したり嫌われたりする事が不可能だとしても、その感情を持つ機械類そのものを排除することは難しくない。
今足元で蠢いているリボンズにしてもそうだ。
原因がわかった以上、これからメカポに引っかかってこちらに接触してくる連中も、次から次へと処分してしまえば、嫌悪感以外の問題は全て解決するだろう。

「問題あるよ。ポされた本人が『真の愛に目覚めたのです!』みたいな状況になっても、周囲の話の流れがそれを肯定しても、寝取られた奴は恨みを向けてくる可能性が高い」

「なるほど」

ポ技能無しの恋愛劇であっても、恋人や好きな人を寝盗られた側が嫉妬を向ける事は多々ある。
幼馴染としての立場や入院中に足繁く見舞いに通っていたというアドバンテージに胡座をかき、告白すらできずに友人の一人に好きな人を寝取られたとしても、嫉妬心や後悔の念を抱いてしまうのが人間というものだ。
例え天然のポ技能で世界全体がそういう流れになったとして、納得出来ずに寝盗った相手に憎しみを向ける者が出てくるのは極自然な事だろう。

そうなると、メカポの適用範囲にクローン人間が含まれていなかったのは幸いだ。
仮にクローン人間やそれに類する存在が含まれるなら、ファティマの類は全自動で寝盗ってしまう事になる。
その時、FSS世界(太ももスリスリしたい世界ではない)の主人公的な存在はかなりの高確率で敵に回る筈だ。
その場合はポしたファティマを盾にして逃げるが、危険度が高いのは間違いないだろう。
少なくとも、立ちふさがった相手を確実に排除できる訳ではない以上、解決とは言いがたい。
それでなくても、生きている限り創作物の種類は増えていく。
ヒロインが純粋なメカで主人公が全能の神すら害せる存在なんて話が、これから出てこないとも限らないし。

「まぁ無差別寝盗りも危険だけど、それより何より、制御の難しさは大きな問題だよ。撫でるとか、微笑みを向けるとか、そういうはっきりとした発動の為のトリガーがあればまだ小手先の技で何とかなっただろうにね」

「メカ──ええと、機械・科学的な存在をポする能力、か。確かに、明確なトリガーが無いよなぁ」

撫でポならば撫でなければ良いだろう。
ニコポならば笑わなければ良いだろう。
少なくとも姉さんは無数の能力の内の幾つかをそういった手段で封じている筈だ。
だがメカポは?

「少なくとも、俺からイノベイドに何か働きかけた事は無い……でも」

~ポ系の能力にそういった使用者の自覚がある事自体が少ないのだから当てになる訳がない。
話の流れで頭を撫でたら発動し、ちょっと気分が良い時に笑みを浮かべたらそれを偶然目撃されて発動。
~ポ系の能力とは大体そんな感じのものであるらしい。
頭を撫でて惚れさせたのではなく『撫でられた相手が惚れる』し、微笑みを向けて惚れさせるのではなく『微笑みを目撃した相手が惚れる』のである。
こちらから何かアクションを起こしたかどうかではなく、相手側の認識にこそ依存する。

「少なくとも、お兄さんを認識した瞬間にアウト、って訳じゃないと思うよ。それなら人間社会に潜伏中の無自覚型イノベイドが引っかかってるだろうし」

「だな。これまで何度か街ですれ違う程度の事はしてるから、それは除外してもいいだろ」

この世界に来てから、イオリンとその親友以外とは深い関わりを持っていないのが功を奏している。
接触する時間が長ければ長いほど、メカポの発動条件に引っかかる可能性が高くなるのだか、ら……?
そこまで考えて、思い出す。

ある。
そこいらの無自覚型イノベイドでは見れなくて、ヴェーダやリボンズ・アルマークならば見ることが出来る、いや、『認識せずには居られない』俺の姿。
ヴェーダの中に残され、ソレスタルビーイングならばほぼ全員閲覧可能な、俺のデータ。
思わず掌を口元に叩きつけ、口元を隠すように押し当てる。

「いおりんに教材代わりに見せた、あの姿……!」

魔術やスーパー系技術を完全に廃した、それでいて、この世界の技術ではギリギリ追いつけるか分からないという絶妙な性能のサンプル。
あのデータは、確か全てのガンダムの資料に性能比較用でリンクが貼られている。
閲覧の為に必要なアクセス権も最低限のものでいい。
自覚の有るイノベイドであれば、ガンダムの開発に関わるイノベイドであれば、見ていない方がおかしい。

美鳥が数秒天井を見上げ、頷く。
俺の言葉が事実であるかどうかを吟味したのだろう。

「可能性は高い、っつうか、それ以外にゃ在り得ないか。だとするとトリガーは『一定時間対象がお兄さんを認識し続ける』か、『深く記憶に刻まれる』ってとこかな?」

「最悪なのは、ソレスタルビーイングのイノベイドなら、間違いなくどっちも満たしてるだろうってとこか……」

当然だろう。何しろ印象に残るように派手な性能にし、性能を見せつける様に記録を残している。
これに追い付かなければ来るべき対話もクソもない、言葉を交わすことすら許されずに踏み潰され食い散らかされる。
そう思わせ、ソレスタルビーイングのガンダムの性能を無理やり底上げさせるための一手だったのだから。
ガンダムを開発するのなら、幾度と無く比較し、届かぬ性能から嫉妬や悔しさと共に何度でも思い出すだろう。
単騎で地球を制圧できる性能は、畏怖などの感情と共に深く記憶に爪痕を残す筈だ。

「現時点でソレスタルビーイングで活動してるイノベイドは陥落済みだろね。やったねお兄さん!イノベイドハーレムができるよ! ────女型とか皆無だけどね!」

「それで喜べるほど特殊な性癖は持ってねぇよ!」

まぁ、ここから被害を減らす事は難しくはない。
基本的に息抜きに戦場に出る以外は外に出ない人と接触しないで手近なところの対処は済むし、ヴェーダの方にもイノベイド限定で閲覧権限を剥奪してしまえばいい。
正直な話、イノベイドは地球外文明の超科学力とかを想定させて焦らせたりしても、MSの性能を底上げするほど独創性を持っている訳ではない。
性能の伸び率で言えば、物語の補正込みでも間違いなく人間の作ったMSの方が伸び代が出てくる。

「問題は、もう引っかかってる連中か。個人的には、もうさっさと消し去ってしまいたいが」

その場合、二期の敵がなぁ。
ダブルオー含む諸々の技術一切が生まれる事無く消えてしまう可能性を考慮すると、悪の親玉枠であるこいつはとりあえず生かしておきたい。
最低でも俺に関する記憶は綺麗サッパリ消しておきたい。

「殺すのは駄目だよ。勿論、脳味噌じゃぶじゃぶも駄目」

「あ?」

「よく考えてもみてよ。この世界には簡単にメカポにひっかかる連中が大量に居て、それでいてお兄さんを害する事ができる物は一つとして存在していない。メカポの制御……とまではいかないまでも、方向性の変更、手綱の取り方を学ぶには最適だと思わない?」

なるほど、確かにそういう考え方もできるだろう。

「だがな美鳥、素直な心で言うが、俺だって男と女のどちらで試すのか、と聞かれたら女で試したい、と思う程度の性差別感情はある」

女の匂いと男の匂い、女の感触と男の感触を等価に扱うほど狂った感性を持ったつもりはない。
まぁ、姉さんのそれと比べれば男も女も全てあぶらとり紙に付着した油脂の様なものだが。

因みに、制御ではなく一段階難易度が低目な方向性の変更を目標に据えた事に関しては一切の異論がない。
何しろポ能力の制御はあの姉さんでさえ苦戦するのだ。
撫でポやニコポよりも広範囲で制御の効きそうにないメカポを扱う以上、段階を踏んで進めて行くのは正しい判断だと言えるだろう。
だからこそ、可能な限りモチベーションを一定以上に保てる状況で訓練したくもある。
やる気のあるなしで結果にも大きく影響するだろうし、それになにより──

「男を口説いて誘導するとか……それ無限螺旋でクソほどやったろ。正直、次に回せるなら次に回したい」

正直思い出したくもないというかなんというか。
俺も大十字もTSしていないにも関わらず、何故かあの周はやたらホモホモしい関係になってしまったんだよな……。
直前の周が所謂『お、お前、女だったのかー!?』的な展開で、例によって例のごとく大十字が苦しんで苦しんで辱められて無残に死んだから、多少は優しくしてみようと思ったのが運の尽き。
それこそ他に誘導する手段は幾らも在ったはずなのに何故かあんな卑猥な流れに。
エンネアを殺してしまって失意のドン底、雨に打たれながら街を歩く大十字にタオルケットを貸してやったりなんだり。
全体的に顔が近かったり、やたら頭身が高かったり、顎がナイフの代わりになりそうなほどとんがってたり、ウィンフィールドさんが何故か裸だったり何時もより鬼畜なメガネだったり。
まぁ、そうでもしなければ誘導できなかったのだから仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、それは必要にかられてのことだ。
別の選択肢がある状況で態々ホモホモしい行動を取りたいとは間違っても思わない。

「ってもさ、次のトリップ先をあたし達が確実に決められるとも限らん訳よ。ほら、この世界が終わった直後に、メインヒロイン純粋メカ、主人公がヒロイン大好きで嫉妬深くて全能の神とか余裕で殺せる武力持ち、なんて世界に飛ばされる可能性も有るわけじゃん?」

正直ニッチ過ぎる。検索かけても一発で条件にヒットする作品を思い浮かべる事はできない。
が、確かに美鳥の言うとおりでもある。
トリップ中であればトリップは発生しない。
つまり、メカポが暴走気味な状態になっている今、この世界に居る間に制御……は高望みにしても、どうにかして方向性を変更する訓練を行わなければ成らない。

「実際さ、お姉さんからもこっそり注意しとけ、って言われてたんだよね。お兄さんも邪神を取り込んだりなんだりで、総合力上がってるじゃん? だから、こう」

「メカポの範囲と威力も上がってる、ってか?」

確かに、最初期の頃と比べれば明らかにメカポの威力は上がっていると見て良い。
ブラスレ世界ではエレアさんとも割りと普通に接する事ができたし、オモイカネもレイズナーのAI二基もM9やアーバレストのAIも俺の言う事に従う程度だった。
同じく初期から使える能力で、最近あまり使ってないプラズマ発生装置とかも地味に強化されてるし、もう確認する意味があるかどうかわからない再生能力も誤差程度に上がっている。
合間合間でメカポの対象になるような存在が居れば正確なデータを取ることもできたのだろうが、少なくとも初めの頃に比べて性能が過剰になっているのは明らかだろう。

「うん。幸い、今回は技術の矯正と習熟が目的だから能力の大幅な上昇も無いから、悪化する前に多少手綱の握り方を覚えられる……と、思う」

「曖昧だな」

「たぶんお姉さんがここに居ても断言はしてなかったと思うよ」

つまりそれは、この力を使いこなすのがそれだけ難しいということだ。
ふと冷静になると、何が悲しくて展開巻き巻きハーレム構築主人公とか激安特価なラブコメとかの主人公が非表示能力として持っている様な能力にここまで悩まされなければならんのか疑問にも思うのだが。
実際、肉体構造から形成される情緒の基礎が人間に極めて近しいイノベイドを相手にナノポ制御の修行を行う、というのは理に適っている。
嫌悪感についても、何処かで妥協するか、脳内でフィルタをかけて音声を変更してしまえば多少なりとも改善されるだろう。

「仕方ねえ、うん、なんか、ほんとに仕方ねえけど、やるかぁ……どうすりゃいいか、いまいち思いつかんが」

脳くちゅ不可での相手の思考誘導というのは、トリッパーの持つ特殊能力でない、現実の詐欺師や宗教家が使う類の洗脳の一種だ。
友情に近い好意を恋愛感情に、恋愛感情を信頼に、信頼を信仰にすり替えていく。
この場合、まずはこちらに対して如何なる傾向の感情を向けているかを把握し、思考形態を読み取り、こちらの対応を考えなければならない。
しかし、既にこちらは、入っていた箱を開けて閉めて開け、拘束具を着せて口枷を噛ませ、防音布を被せて放置してしまっている。
相手の向ける感情や思考形態に合わせたこちらの対応には、相手から見た俺の印象が大きく関わってくるので、対応方法は当然限られてしまう。
今更取り繕うのも難しいから、防音布は被せたままに思考。

「だったらお兄さん、こんなんはどうかな」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

リボンズ・アルマークは、生まれ落ちたその瞬間から、自らの存在意義を理解していた。
それは何もリボンズだけが特別だった訳ではない。
自覚の有る無しに関わらず、イノベイドは生まれた──製造された時点で自らの役割を果たす為に必要な機能を全て持たされている。
それは体力や知力、知識だけではなく、思考や感情、人格まで含めての話だ。
人の中に紛れ、様々な情報を集めるのであれば、イノベイドではなく、自らが人間であるという偽の記憶を持たされる。
自らの全てがヴェーダの為、ソレスタルビーイングの為、イオリア・シュヘンベルグの掲げた理想の為に存在している事を否が応にも自覚させるシステムだ。

反感を覚えるものは、ほとんど居ない。
何故なら、イノベイドはそうであるように作られているから。
仮に反感を覚える事ができるとしたら、その反感すら計画遂行に必要なファクターである場合か、イノベイド側の予期せぬ機能障害によるものでしかない。

リボンズ・アルマークはヴェーダに対する高位のアクセス権を所持する特別な個体ではあったものの、イノベイドの規格から外れる程の個性は持ち合わせていない。
計画を遂行し、旧い人類を導き、革新を迎えた新たな人類──イノベイターを迎えるための崇高な使命を与えられた存在である。
当たり前に優れた存在として生まれ、劣った旧い人類を新たなステージへと導く。
イノベイドのガンダムマイスター候補として活動する中で様々な人間と接触し、その愚かさを肌で感じ辟易することがあったとしても、それが揺らぐ事は決して無い。

リボンズには指標があった。
製造され、知識を刷り込まれる段階から知り得ていた、人類が望みうる最高の到達点とも言える存在を知っていたのだ。
『理想(アイディール)』
計画最初期の段階から提示されていた、目指さなければならない人類の目標。
最良、最善の可能性を繋ぎ続ける事で、何時か対等な対話を行えるようになる超存在。
自分達の力添えで、愚かな人類を何時かそこまで引き上げる事ができる。
限り有る短い命の人間では、目的を達するまでに死んでしまう。
人間よりも遥かに長く生きることができるイノベイド、自分達にしかできない。
それは、製造段階で刷り込まれたかどうかという違いはあれど、イオリアの計画、中でも、ガンダムの開発に関わるイノベイドであれば誰しもが抱いている誇り。

他の個体と変わりなく創りだされ、誰しもが持つ理想を掲げ、皆と同じ誇りを抱く。
リボンズ・アルマークという個体は、極めて健やかに人類の特徴を学習し、計画に従事していた。
生み出され、数年、数十年と変わることの無い、メトロノームの様に規則的で機械的な生を過ごす。
『理想』への憧れ、崇拝、執着はあったものの、それはイノベイドの平均を出るものでもない。

そう、何一つイノベイドの規格から外れる所はない。
自尊心の高さも、人間と比較される場面が多いガンダムマイスター候補のイノベイドにはまま見られる傾向であり、競争心を促す意味では必要不可欠な面でもあった。

故に、リボンズが最初に『理想』の痕跡を発見するのは幾つかの偶然が重なった結果だったと言えるだろう。
ガンダムの優位性を脅かす、戦場に現れては消えるアンノウンの噂を耳にした事。
あえて隠蔽されずに残されていたアンノウンの情報に、偶々、他のイノベイドが閲覧するよりも早く目を通した事。
敵対するためではなく、軍を圧倒する機体の技術力に対して、敵意や害意ではなく、純粋に興味を持って、ともすればソレスタルビーイングにスカウトせんと考えていた事。

──そして、実際の映像を見た瞬間、リボンズは自らの持ちうる権限全てを使い、遭遇戦の情報閲覧に必要なレベルを引き上げた。
偶然にも破壊されずに残っていた、MSのセンサーに捉えられたアンノウンの姿を目にした瞬間に確信を得る。

「見つけた……!」

ソレスタルビーイングのメンバーであれば誰しもが閲覧できる『理想』の性能情報ではない。
秘中の秘とされ、最高位のアクセス権を持つ者でなければ知ることのできないある一つの事実。
ソレスタルビーイング創設以前に『理想』を提示し、指標の一つを与えたとされる高次元からの旅行者の存在。
人伝の情報ではない、実際の姿を見ることで確信を得た。
あれこそが、自分の焦がれた存在なのだ、と。

そこからは、何もかもがリボンズにとって都合よく働いたと言っていいだろう。
人間側のマイスターが交戦した後、ソレスタルビーイング側から敵対行動を取れないように、権限の全てを用いて例外的に監視者として登録した。
通常ならば、幾つかの審査を通さなければならないこの申請は、まるでヴェーダが全てを承知しているかのようにあっさりと受け入れられる事となる。

リボンズである必要性のある事象は一つとして存在していない。
最初にアンノウンの正体に気付いたのが他のイノベイドだったとしても、全く同じ行動を取り、何事も無くヴェーダへの申請も通っただろう。
それはリボンズ自身も重々承知していた。
だからこそ、リボンズの思い──想いは爆発した。

仮に、ここまでの何処かでリボンズにしかできない何かが必要だとしたら、そこに何かしらの意図を、作為を感じただろう。
しかし、アンノウンの正体に気付く原因は誰しもが閲覧可能なデータであり、アンノウンを庇う為の行動はヴェーダの後押しにより誰がやっても変わらない結果が生まれた事は容易に想像できる。
誰でも良かった、しかし、実際にそれを行ったのは自分だった。
そして、レベル7のアクセス権を持つリボンズだからこそ、誰もが得られる情報を規制し、独占する事ができた。

運命。
そう、この状況は、まさに運命の導き。
何者でもない、世界の大きな流れとでも言うべき物が、リボンズ・アルマークをアンノウンの元へ──『理想』の元へと導いている!

……真っ当に考えれば穴だらけの理屈、いや、理屈にもなっていない妄想とも言える結論は、リボンズにとっては正に天啓に思えた。
人は自らが信じたいものだけを信じる。
自らの欲望を肯定するその妄想を振り切るだけの理性は、アンノウンの正体に気がついた時点で消え失せてしまっていたのである。

そこからのリボンズの行動は迅速だった。
アストレアとの戦闘記録から得られたアンノウンの肉声と、ヴェーダが収集する世界中の音声記録を片端から照合していく。
声という振動に含まれる情報量は、通常想像しうるそれよりも密度が高い。
精密な調査を行えば、その声の持ち主の体格や全身の骨格までもを推測できてしまう。

捜索は、リボンズの予想に反して数時間で完了した。
実のところを言えば、ヴェーダはアンノウン──『理想』の情報に対して、規制らしい規制をしていない。
『理想』の存在を認知した者は、十中八九その次元が異なるスペックデータに圧倒されてしまい、パイロットやそれに類する『理想』を操る存在に気を向ける事ができない。
余りにもかけ離れ過ぎているが故に、想像力の一部を麻痺させてしまうのだ。
仮にそこに目を付ける事ができたとしても、異質過ぎる科学力に、パイロットなどという物が存在すると考える事ができない。
ましてや、そんな超存在が、イオリアとの接触から百年以上経った今も尚、地球で人間に紛れて暮らしているなどと、誰が想像できるだろうか。

だからこそ、ヴェーダに施された情報規制は最低限のものでしかない。
その最低限の規制も、脳量子波や検索内容、検索者の数カ月分の行動履歴から『理想』への害意を持っているかどうかを判断する程度で、比較的あっさりと通過できてしまう。
規制を抜けてしまえば、目標の居場所を知ることは容易かった。

『理想』の主、高次元からの旅行者──鳴無卓也は、何処にでも居る普通の人間にしか見えなかった。
現時点で『理想』がどうなっているかは分からないにしても、彼自身は他にも未知のテクノロジーを搭載したMSを密かに所持し、紛争地帯で無軌道に暴威を振り撒き続けている。
何か行動を起こすとしたら、今すぐにでも何かを成せるだけの力はある。
ソレスタルビーイングの思想からは遠く、イオリアの計画成就の助けになるとも思えない危険人物。
だが、戦闘中以外の彼の振る舞いは、とてもそんな危険思想を持っているとは思えない、極々ありふれた一般人のそれでしかない。
危うい。
彼は計画を妨げる存在かもしれないが、それ以上にイオリアの計画初期から関わっている重要な存在でもある。
そんな重要人物が、生身の時は無防備でいるなどと、そんな状況を許してはいけない。
ここは、最もイノベイターに近いイノベイドである自分が、彼の近くでその身を守らなければ!

……鳴無卓也の元に行き共に居るために、あらゆる屁理屈を駆使して自己弁護を済ませたリボンズ。
彼は鳴無卓也の所在を割り出すと、脳量子波によるヴェーダとのリンクを阻害する特殊な施術を自らの肉体に施す。
アンノウンの情報は規制しているが、万が一にも他のイノベイドに鳴無卓也の所在を突き止められてはいけない。
他のイノベイドが必ずしも鳴無卓也の存在や行動に肯定的であるとは限らない。
いや、むしろ計画の事を優先すれば、排除にかかる可能性は非常に高い。
少なくとも、無意識の内に他のイノベイドから鳴無卓也を独占したいと考えたリボンズはそう思い込んでいる。
最低限、自力で復旧しようと思えば復旧できる程度の繋がりだけを残し、ヴェーダとの繋がりは限りなく薄く細いものとなった。

脳量子波に関連する機能こそ低下したものの、現状でも人間一人を守る程度の事はできる。
全ての前準備を終えたリボンズは、最速で鳴無卓也の元へと向かう為、あえて自らを荷物として郵送させる事に。
脆弱な人の身である鳴無卓也を守る、天からのギフト。
そんな自分を演出するために、分かりやすく体全体にリボンを巻く。
自らがギフト(贈り物)である事を知らない鳴無卓也を警戒させない為、非武装であることを全身でアピールスルため、リボンの下は当然全裸。
非の打ち所のない見事な──気が違ってしまったリボンズにとっての、完璧な正装。
途中に挟まれる荷物内部の検査も、予めヴェーダに手回ししておいたお陰で容易く通過。

数十時間の時をかけて、ついにリボンズは鳴無卓也の元に届けられる。
リボンズにとって、届けられた後に拘束される事すら想定内の出来事に過ぎない。
荷物として人間の姿をした物が届けられれば、それは当然警戒するだろう。
だが、相手は優れた科学力を、知性を兼ね備えた高位存在。
言葉を重ねればきっと分かり合える。
だからこそ、拘束される時はあえて抵抗しないように心を決めていた。
だが────現実は、リボンズの想像を容易く上回る。

抵抗するしない以前に、どうやって拘束されたかを知覚できなかった。
訝しげな表情で観察される。それも予想していたが、被せられると同時に、視覚と聴覚を完全に『無』の状態にする不思議な布。
超科学の産物だろうか。
何故、アンノウンや『理想』の持ち主である鳴無卓也が普段から非武装であると思い込んだのか。
そんな物を所持しているとすれば、果たして、自分がここに来た意味とはなんだったのか。

「悪いな。どうにも君が、前衛的というか、なんというか……そう、不審だったから、つい拘束してしまった」

拘束を解かれながら、リボンズは早くも後悔の念に駆られていた。
イノベイドは、人間社会の中でも高い地位を持つ物を監視者や協力者として取り込む為、もしくは繋ぎ止める為に、自らの身体を鬻ぐ時がある。
勿論、行為の最中に感覚を遮断する事も可能ではあるが、与えられる感覚を受け入れようと思えば、人間と同じように快感や不快感を得る事ができる。
包み隠さず、恥を偲んで言えば、期待していた。
MSで戦場に出るところから、外部との接触が少ない生活に欲求不満だったのだろうという予想から、自らがギフトであるという言い訳まで使い、誘惑するような姿で対面までした。
鳴無卓也がゲイやバイである可能性まで考慮して、どのような場合でもそれなりに対応できるよう、肉体は無性のままという徹底ぶり。
仮にそういった方面に興味がなかったとしても、イノベイドの膂力で押し倒し、『このように、襲い掛かられる危険性があると思わないかい?』と、護衛の必要性を提示しつつ、肉体的接触を図るプランもあった。
しかしその期待は、再び光と音を取り戻すと同時に、欠片も残さず吹き飛ばされた。

「見つかってしまったからこの拠点は引き払うけど、せっかくそっちからやってきてくれたんだ。少し、話でもしようか」

拘束を解き、リボンズに背を向け椅子に戻る鳴無卓也。
一見して隙だらけ、警戒心の欠片も感じられない動き。
襲い掛かれば一瞬で組み伏せられそうな背中。
何の脅威も感じられない、何の自衛の手段も持たない一般人そのもの。
肉食獣の前に転がる血も滴る肉塊の様に、無防備で魅力的な獲物。
だが、リボンズは身動ぎ一つ取ることができない。

(今動けば──僕は、殺される)

殺意が有るわけではない。
害意すら無く、奇怪な接触であったにも関わらず、鳴無卓也の態度は紳士的ですらある。
ただ、余りにも、違い過ぎた。
圧倒的な、余りにも圧倒的な、見た目からは想像もできない、直接対峙している今だからこそ理解できる、過剰なまでの存在感。
ただの人間にしか見えない鳴無卓也の肉体が、まるで巨大な活火山の様に、発射寸前の圧縮粒子ビームの様に、鳴動する大地の様に感じられる。
最も近いものを挙げるならば────宇宙の深淵。
そんなものの前に、何の守りも無く置かれた自身への不安。
脳量子波を封じられ、通信機能のない宇宙服だけで、命綱無しで宇宙空間に放置されているかのような心細さ。
余りにも巨大過ぎる存在感に、押し潰されるような圧力すら感じている。

殺意の有無は関係ない。
この存在は、人間と比較して、イノベイドと比較して、余りにも巨大過ぎる。
道を歩いて知らず知らずの内に虫を踏み潰すように、『ついうっかり』こちらを滅ぼしかねない。
其処に存在するだけで脅威であり、抵抗は意味を成さない。
抗うことのできない災厄に遭遇した時、人は怒りも嘆きも抱くことはない。
ただ、身を震わせて恐れる事しかできないのだ。

「ああでも、ずっと縛られっぱなしで疲れたろう。もっと楽な姿勢で、跪いて頭を垂れても構わないよ?」

椅子に腰掛けた鳴無卓也に言われるがまま、膝を折り頭を下げる。
恐らく数秒も後になれば、言われるまでもなく、ただそこに居るだけの鳴無卓也の圧力に膝を屈し、下を向いていただろう。
今この瞬間、リボンズの身体を支配するのはイノベイドの持つ人工的な知性ではない。
生物が持つ、もっと根本的な、生存本能。
死の恐怖。巨大にして強壮なる存在への畏怖。
小賢しい理性や欲望など意味を成さない。
自らを死から遠ざけるための本能が、生き残るために持てる全ての想像力を働かせる。

「色々と話すべきことはあるんだろうけど……一応、確認させて貰おうか」

「なに……を、かな?」

気力を振り絞り途切れ途切れに返事をするリボンズに対し、鳴無卓也は芝居がかった口調で語りかける。
表情には微かな笑み。

「リボンズ・アルマーク、イノベイターの模造品、生き物もどきの自動人形。造られる前から役目を持ち、結末まで定められた生を与えられ、最初から全てが完結している君に問おう。──君は、俺にとっての、何だ?」

何に成りたい、ではない。
既に内にあるべき答えを問われている。
はじめからそこにあり、終わるまで変わることのない絶対の答えを求められている。
嘘のない、曲がることのないあり方を。

「僕は」

──跪いた状態で、更に腰を折る。
手指の先を地面に置き、その間に頭を落とし、額を押し付け、首を差し出す。
生殺与奪の権利までも明け渡しているという意思表示。

「貴方様の、下僕にございます」

人類を新たなステージへ導く者としての優越感。
人を超えた存在である自らへのプライド。
そんな自らを超えた超越存在への好意。
それら全てをかなぐり捨てての、服従。

はっきりと宣言し、そして、自らの言葉に『本当に』嘘がない事を自覚した。
自分は、ヴェーダの、イオリアの計画すら投げ打ち、媚びへつらい、命乞いをしている。
好奇からこの場に訪れ、ついにイノベイドとしての使命すら失ってしまった。
それは、リボンズ・アルマークが生まれてから今日までで初めて経験する挫折。

──これで、元の僕には戻れない。

イノベイドとしての機能もほぼ失い、ここに来た目的も潰え、生まれながらの使命すら投げ打ち、しかしリボンズは何処か、不可思議な満足感を得ていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

(なんかこいつ、信用できる味方獣神将犠牲にしてギガンティックから逃げた先で他の獣神将に殺される人みたい……)

見事なドゲザーっぷりではあるが、生憎と状況が好転する類の土下座には見えない。
シャーマン土下座とか極東商人土下座ではなく福本土下座というか、焼かれる運命にありそうだ。

とはいえ、最初の実験は成功だ。
最初、明らかにこちらに劣情を向けていたリボンズから、もはやこちらへの服従心しか感じることができない。
美鳥の言う通り、恋慕から服従、盲従への変換はこちらの性質を少し変えてやるだけで容易く成功すると見ていいだろう。
身体の中身を少し邪神や鬼械神に近づけるだけでこの効果なのだから、信頼性は折り紙つきだ。
ただ──

《見た感じ、あんまり汎用性は無いねー。元の性格がどうであれ、崇拝方向に傾けた時点で個性が薄まる感じっつうか》

(下僕というか、道具扱いを望んでいるんだろう。自由意志も捨ててこちらに判断を委ねることで、被支配願望を満たす感じか)

恋慕と信仰は紙一重だ。
好意に答えたくて相手の言いなりになってしまう事と、信仰の為にそれ以外の全てを擲ってしまうのは良く似ている。
違う点が有るとすれば、それは好意を向けた先からの直接的な見返りを求めるかどうか、と言ったところだろう。
恋愛感情の延長として盲従する者はあまりにも見返りが無ければ自分から取り立てに行くか、見返りを諦めるか、好意を向ける相手を見限ってしまう場合が多い。

しかし、信仰心はそうではない。
信じるものは救われる。これは言い換えれば疑うものは救われない、という事でもある。
では宗教における『救い』は何処で与えられるのか。
大概の宗教においてその救いは、人生を全うし終えた後に与えられると言われている。
死ぬ最後の瞬間まで信じ続け、疑わなければ、死後に救いを与えられる。
現世での利益、生きている間の見返りを求めないのが信仰という訳だ。これほど都合のいい状態もない。
そこまで極まった宗教家はそうそう居ない、というのが一般的な意見かもしれないが、むしろ逆だ。
信じるものは~という文言が教典に含まれる宗教は、大概の場合において『主の言葉を疑ってはならない』といった内容がセットで組み込まれている。
極まっていない連中は、正しい意味での宗教家としてはカウントできない。

恋は盲目なんて言葉があるが、信仰心こそが余程盲目だろう。
しいて例えるなら、目を瞑るのが恋、目を潰すのが信仰とでも例えれば感覚的には近いだろうか。

今回リボンズが得た信仰心は、ここ最近人類の間で主流になっているものとは少し違う。
もっと原始的な、自然現象を神の怒りと捉えた古代人の創りだした荒神信仰に近い。
信じるものは云々、疑ってはならない云々という文言どころか、はっきりとした教典すら存在しない。
自らの力が及ばない相手に対するご機嫌取り、命乞いを発展させたようなもので、内容は九割九分九厘リボンズの思い込みから来るものだろう。
自らに贄を捧げる忠実な下僕ならば無碍には扱わないだろう、という、恐怖からの従属。
そこに元からリボンズの中にあった好意が組み合わさり、頭を垂れて服従する理由をポジティブなものにしている。
好意からの恋愛感情と畏怖からの信仰心という、似て非なる本来両立し得ない精神性を一本化し、マイルドな形に仕上げることに成功しているのである。

《口調とか、元の思考傾向とかは、こいつの中で方向性の変わった好意が落ち着いたら、元に戻るんじゃないかなー。逆を言えば、落ち着くまでに他の誰かと接触したら異変を察知される訳で》

(危機回避手段としてはイマイチか)

寝取られ系エロの起承転結の転パート序盤でありがちな『最近彼女の様子がおかしい』という状態がモロに表に出てしまっているのだ、これでは、単純なポ状態と危険度は変わらない。

《まー、ほら、原作に出てくるイノベは作り出される可能性が高い訳だしさ、時間賭けて方向性修正しても嫌悪感沸かないタイプで色々試して見ればいいじゃん》

(だな。女性形とまでは言わないが、せめて女声を希望する方向で)

あくまでも天に願うのみで、ヴェーダに命じたりはしない。
というかそういう命令をした時点で情報収集型以外のフリーなイノベイドが全員女性型に作り変えられる危険性があるし。
……実際、原作に出てくるイノベイドが全員女性形になっても、一切物語の筋は変わらないんだけど。
でも、こう、『男性型イノベイドで実験するのホモホモしくてやだから全員TSな!』とかやるのは、人間的に負けな気がする。
嫌悪感とか、そこら辺の感情を一切抜きにすれば、男だろうが女だろうが無性だろうが両性だろうが構わない訳だし。

(つうか正直な話をすれば、こんなしょうもない事にリソースを割きたくない。俺はMS含むリアル系──疑似科学系の知識を習得に来たのであって、性別無制限フラグ完全管理型ラブコメをしに来たわけじゃないんだよ)

頭を垂れるリボンズに冷めた視線を向けながら思う。
もしもリボンズがこの場に現れなければ、俺は今頃気分よくMS関係の技術書を読み直して堅実な技術にほんわかしたりできたのだ。
そして少し前の第二世代マイスターとの遭遇戦を反芻し、次はどんなMSで弄んでみようかと軽く図面を引いたりしていただろう。
現在進行形でGN粒子に曝されているマイスターの肉体や細胞の変異具合からあと何年で人の形を外れるかとか、脳内でシミュレートして楽しんだりできたのは間違いない。

《そりゃ仕方ないない。だって、制御できればリアル系技術よりもよっぽど強い武器になり得るし、制御できなきゃ、今のお兄さんも殺しかねない危険な力だ、放置はできんでしょ。ま、最初の目的を疎かにしていい訳でもないんだけどね》

それも当然の話だろう。
メカポに関する話も事前に姉さんは美鳥に言い含めておいたようだが、この世界にきた理由はメカポとは異なる部分の欠点を埋めるため。
仮にここでメカポ制御にかまけてリアル系技術の習得を怠れば、次にトリップした先でリアル系の皮をかぶった厨設定満載ロボに蹂躙されてしまう。
より具体的にかつふわっとした説明をするならば、再生能力とか諸々の生き残るための能力を、やたらポエミィで長々しい解説や恐ろしく持って回った言い回しの状況描写が付随する不思議POWERで無視されてネギトロめいた死体を晒すハメになりかねないのだ。コワイ!
それでいて、リアル系技術習得にばかり力を入れていては、全自動でメカ系科学系のヒロインを寝盗ってしまい、そのヒロインを慕っていた主人公とかライバルとか裏ボスとかに惨殺されてしまう。

(『リアル系技術は習得する』『メカポの制御もどうにかする』両方やらなくっちゃいけないのが、トリッパーの辛いところだな……)

いや、この二つの欠点を同時に解決しないといけないなんて状況はトリッパーでもそうそう無いだろうが。

《辛かろうが難しかろうがこなさないと未来は無いからねー。覚悟はいいか? あたしはできてる。……なんて、今回まともに手を貸せないあたしが言って良いセリフじゃないだろうけど》

魔導書としての姿すら保てなくなりやむなく俺の内に戻った美鳥が、申し訳無さそうな思念を送ってくる。
メカポに関する相談をしただけにも関わらず、美鳥は姉さんの施した封印に引っかかり俺の肉体外での活動を中断させられてしまった。
今俺と会話をしているこの美鳥の思考も、あと数時間しない内に薄れて消えて、復活にはかなりの時間が必要になる。
そうそう俺だけでは対処できないイレギュラーも起きないとは思うが、少し不安だ。

《でも、これもお姉さんが直々に出した課題、宿題の一つ。だから、頑張って…………あと掘ったり掘られたりはしないでね》

(流石にそこまで事態が悪化したらTSさせるから安心しろ)

最後に最低な言葉を言い残して意識すら失った美鳥にそう心の中で返し、思考を切り替える。
メカポ制御にしてもリアル系技術習得にしても、こんな状況ではまともに進展させることは難しい。
まずは目の前に無言で平伏すリボンズ。
こいつにはヴェーダとのリンクを繋ぎ直させて、元の立ち位置に戻ってもらう事にしよう。
で、黄金大使と接触させて股開かせて、技術も適度に流出させておく。
擬似GNドライブもこの世界特有の技術には違いないし、むしろガンダム系よりもスペオペ系SF系に片足突っ込んだ純正GNドライブよりもリアル系技術としては好ましいし、研究させて作らせるに越したことはない。
好意を信仰心にすり替えたとはいえ、まだこの場……俺の傍から離れる事を拒むかもしれないが、その時は俺の目的も一部話してしまえばいい。
俺の目的達成の為に必要となれば、狂信者と化したこいつはどんな命令でも実行できる筈だ。

それが終わったら、本格的に居場所を突き止められない、突き止められてもそうそう近づけない拠点造り。
安心して活動できる拠点を作った後も、ますます発展していくMS技術の学習に、CBで密かに行われているイノベイター化の促進実験の観察。
……ああ、そういえば、劣化イノベ亜種に成りかけている第二世代マイスター同士で結婚するんだったか。
あのカップルは殆ど性格の相性と閉鎖された環境で同じ時間を過ごしたのが原因だから、この世界でも問題なくくっつくだろう。
そしてその子供は外伝ではなく本編のメインキャラ、染色体が変異しすぎて生まれないとか、奇形として生まれるとかもなく、ヒロインもこなせる程度には真っ当な人間の姿で生まれてくる筈。
根っこの違う異種族でなく、人類の正当な進化系。
出来損ないのなりそこないとはいえ、実に興味深い。
CB内で育てられるから、成長過程はしっかりとチェックしなければ。

やることは少なくないが多くもない。
そして、時間には限りがあるが、寄り道ができない程に切羽詰まっている訳でもない。
まずは腰を据えられる拠点を造り、ゆっくりと世界の流れを見ていく事にしよう。






続く
―――――――――――――――――――

THE説明回、そして登場した原作キャラが主人公の能力で尽くキャラ崩壊していく第八十一話をお届けしました。

軽く三ヶ月近く間を開けた上に殆ど話が進んでいませんね。
しかも話をややこしくする新たな目的とかを明かし、リボンズを下僕認定するだけの話という体たらく。
一応次回は原作キャラサイドの話で、しかもOOP編の前半戦を終わらせる予定ですけど、それも本編キャラじゃなくて外伝キャラ。
これ、OO編という表記に釣られて読んでいる人は怒っても良いんじゃないですかね。怒らないで欲しいですけど。


これまた数カ月ぶりの自問自答コーナーを長めに。

Q,トロンっていうと、ボーン一家の長女?
A,DPS-D付録の限定コブンがこれまた金掛かっただけはある性能でしたねぇ……。
しかし名前の由来は大天使メタトロンから。
『悪魔だけど大天使級にかわいいよ!』とは姉の言葉だとか。
Q,入院服のような装甲って? 装甲より布面積大きい騎士専用防具みたいな?
A,頭部のナンバープレートかっこいいですよね。逆に武者装備は棘々を盛りすぎてちょっと落ち着いてしまいます。
しかしこの装甲、見た目はまるきり入院服。
武装神姫には通常のメカメカしい防具の他に普通の服っぽい防具も存在するのです。DLCでウェディングドレスとかも手に入ります。
アニメ版だとほとんど通常装備しか着てなかったけど、そこは恐らく作画の手間の問題じゃないんですかね。
原型だけは公開されてる新しい神姫も発売が待ち遠しいなぁ(白目)
因みに神姫のメンテナンスとか云々の設定は捏造です。元々公式が意図的にふわっとさせてるとこもあるので。
A,メカポで魂生まれたりなんだりの物語補正入る筈なのにリボンズと874で覚醒方向違うけど?
Q,個体差という名のその血の運命(さだめ)かと。
あと生身のある無しで使命への縛られ率がだいぶ変わってきます。
肉体なしの純データ状態だとマイスターとしての機能を果たすという形でしか好意を表現できない(自己の保存とか安全確保的な面も含め)とかどうとか。
肉体があるとアレコレ使って好意を表現できるという利点があります。
書いてて思ったんですけど、これ887とかまかり間違っても生まれませんよね……。
あと、リボンズはラスボス補正、874には外伝のヒロイン兼相棒補正があるので他の全てのイノベイドに比べて割りと行動に無理が効くかも。
Q,なんでメカポを強化した? ハーレムしたくなった?
A,元を正せば『適度にスムーズに話を進めるため、あとは後々発作的にハーレムしたくなった時の為に条件とか効力はふわっとさせておこう』って感じで付けてた能力なんで……。
あとそろそろ能力暴走ネタも書きたいと思ったので。
Q,じゃあリアル系技術収集からハーレム物に路線変更?
A,手探り中です。基本方針はリアル系技術をゆっくり学ばせつつ、倒せそうで倒せないインチキ臭いMS作ってOO世界のパイロットとか軍をからかう方向で。
一応、メカポ効いてるイノベイドの発作的な行動で色々イベントを起こしたり、主人公がメカポ制御できないせいで消えそうなイベントを補填したりします。
予定は未定ですが、たぶん愛故に巻き添えで第二世代マイスターとかちょっと死にます。愛無くても死にますが。
あと主人公に矛先を向けず、ひたすら周りだけに被害を齎す純正統派ヤンデレキャラを描写したいような。
Q,それにしても話の展開がやたら遅い。
A,念のため、OO本編に比べた時のOOPの認知度とかを考慮してゆっくりそれなりに描写しています。
外伝じゃない本編に入ったらそれなりの速度で話が進むかと。次回でOOPの前半戦は決着ですし、後半は殆ど書くとこ無いんで。
ていうかOOP後半戦は男性メインキャラ両方イノベイドなんで、かなりホモホモしくなりかねないのでさらっと流していく予定。


こんな感じですかね。
因みに次回は原作キャラ視点メインで少し展開変わったOOP前半戦終了までをコンパクトにやるだけなので、5月中には投稿できると思います。
今書いた直後に気付いたんですけど、数カ月ぶりに投稿→次は早めに投稿できる筈です、って、こういう場所のSSだとよくある失踪フラグですよね……。
なので目標を低く、梅雨が開ける前に投稿したいなぁ、くらいに下げておきます。
最低限エタらせたりはしないつもりなので気長にお待ち頂ければ。

そんな訳で、今回はここまで。
誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想、心よりお待ちしております。

―――――――――――――――――――
もういっそ外れてもいい次回予告。

計画の為に存在する。
計画の為に尽くす。
捧げ、尽くすために、私は存在する。
私は、計画の為に、捧げ尽くす。
誰よりも、何よりも。
彼よりも、彼女よりも。
計画にとって、重要な存在として。
故に、私より重要な存在は────

次回、機動戦士ガンダムOO・P編第四話
『偏執病の為のパラドクス』


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.049529075622559