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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」
Name: ここち◆92520f4f ID:010f3d49 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/17 11:09
×月□日(兵器の進化は日進月歩!)

『と、そんなセリフを聞くことがある』
『確かに、日々進歩している部分もあるが、それはあくまでも実験段階のものを含めて、の話でしかない』
『その進化した兵器が実戦に配備されるまでにはそれなりに時間を必要とするし、そうなると、当然同じ兵器を使って戦い続けている時期の方が長い』
『勿論、戦場を経験した兵士の意見などもフィードバックされる以上、その日々が無意味な足踏みの日々とは言わないが……』
『言葉を飾らずに言えば、実質的には足踏みの時間という事になってしまう』

『各国のMS開発が半ば足踏み状態なら、CBのガンダム開発も似たようなものだ』
『既に第三世代ガンダムの前身とも言える第二世代ガンダムの開発が進んでいる以上、大国のMS技術発展とはそれほどリンクしていない』
『要所要所で技術を盗む事はあるだろうが、第二世代が完成してしまえば、あとはそれを素直に発展させていけばいい。大国の足踏みとは関係なくガンダムの開発は進む』
『だが逆に言えば、他所の技術を盗用して発展させるという効率的な方法が使えなくなったCBは、通常の兵器開発と同じか少し早い程度の速度でしかガンダムの開発を進められなくなったと言ってもいい』

『暇を潰すのは簡単だ。記憶の封印や一時的な消去を行うまでもなく、幾らかの本があれば十分だろう』
『当時は一人きりという訳ではなかったが、数百年単位で地面に穴を掘って同じ時間を掛けて埋めるだけの遊びを楽しんでいた時期だってある』
『仮にこれから劇場版までの時間全てを潰すと考えても、それほど難しい訳ではない』
『だが、仮にも技術を学びに来ているというのに、多くの時間を無為に過ごすのは如何なものだろうか』
『戦場で適度に生き残りを残し、無差別攻撃を繰り返す謎の高性能MSの噂をばらまくのも悪くはないのだが、もう少し、もう一味欲しいところだ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

一機のシャトルが大気圏に再突入する。
シャトルの所属はとあるベンチャー企業で、無重力下でのみ生成できる特殊な新素材の生成実験を済ませて地上に戻ってきたところだ。
もっとも、その情報は表向きの物でしか無い。
このベンチャー企業というのは、このシャトルの真の所有者が活動する上で作られたダミー会社でしかない。
その真の所有者は、ソレスタルビーイング。
シャトルに積み込まれているのは特殊素材ではなく、実戦に投入できるレベルまで開発の進んだ二機の第二世代ガンダム。
乗組員もベンチャー企業の社員ではなく、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター達。

予定の時刻とコースを守り、ユーラシア大陸の南側にあるダミー会社の敷地へと着陸するシャトルの中で、ガンダムマイスターの一人であるシャル・アクスティかは窓の外から見える殺風景な景色を見ながらポツリと呟いた。

「地上……かぁ……」

呟きには様々な意味が込められている。
懐かしさ、期待、不安、それぞれ強弱の違いはあれど、纏めてしまえば『思い悩んでいる』という表現で済んでしまうだろう。
ガラスに映る自分の顔を見る。
思い悩む年頃の少女の姿というのは絵になるらしいが、実際に自分の表情を見てしまえば、頬杖を突いてぼうっとしているようにしか見えない。
その事実に落胆するでもなく、シャルは自分たちが地上へと降りた理由を思い返していた。

ガンダムの地上での開発が地上へと移された。
ただそれだけのことなのに、シャルは始め、少なからぬショックを受けていた。
何処か、ずっと宇宙のクルンテープで開発を行なっていくものだと思い込んでいたのだ。
考えてみれば、ガンダムは全領域対応型の汎用機、実際に武力介入を行う場合も場所を選ぶ訳でもない。
宇宙での開発と実験が一通り済んでしまえば、次に地上でのテストが行われる様になるのは当たり前の事だ。

そんな当たり前の事に気が付かなかったのは、無意識の内に宇宙と地球、ソレスタルビーイングとその他で分けて考えていたからかもしれない。
シャルの頭の中では、何処か地球という場所が敵地であると定義されていた。
絶えず繰り返される紛争の舞台と、紛争を武力で持って根絶するソレスタルビーイングという対比から生まれる思い込み。
ソレスタルビーイングはガンダムマイスターだけで運営されている訳ではない。
シャルの知らないバックアップ要員も居れば、外部からソレスタルビーイングを監視する者達だって居る。
地上にもソレスタルビーイングという組織は根を張っているのだから、一概に敵地という括りに入れる事はできない。

「いいね~、地上。この重力が心地いい」

シャルの隣では、椅子に深く腰掛けたルイードが頬を緩ませながらそんな事を口にしていた。
確かに、小型のスペースコロニーであるクルンテープには、常に地上と同じように重力が掛けられている区画は殆ど存在しない。
しっかりと大地を踏みしめられる重力に感動するのも、分からなくはないのだが。

(のんきね。わたしはこんなのもやもやしているのに)

それとも、無理をしてのんきな素振りをしているのだろうか。
宇宙で初めてMS戦闘を行い、機体越しとはいえ、人を殺してしまった事にショックを覚えていたルイード。
帰還直後のぎこちない作り笑いを覚えているだけに、このあっけらかんとした態度も無理をしているのではないかと疑ってしまう。
社会に出る前にソレスタルビーイングに入ったシャルには、人の表情が偽られたものであるかどうかを見分けるだけの経験が無いから、カラ元気なのか本当に浮かれているのか、見分ける術は無いのだが。

ルイードの内心もわからないが、別段他のマイスターの内心なら分かるという訳でもない。
元重犯罪人で、自らの事をガンダムマイスターではなくガンダムの部品であると称するマレーネ・ブラディ。
クルンテープでもテストの時を除いて常に拘束されていた彼女は、この地上に降りるためのシャトルの中ですら、鉄格子の嵌められた部屋に隔離されている。
態々シャトルの中にまであんなものを用意するなんて、と腹を立てたシャルであったが、当の本人は何ら気にしている様子もなく、そんな姿を見せられたシャルもそれ以上何も言えなくなってしまった。

彼女は今、鉄格子の部屋で何を思っているのだろうか。
今回の地上でのテストに対して、マレーネに特別な感情が無いとは思えない。
彼女の専用機であるGNY-003アブルホールは飛行形態への変形機構を備えており、その機能故に地上で開発が進められていた。
彼女の詳しい経歴はマイスターの秘匿義務もあり知らされていないが、犯罪者でありながらガンダムマイスターに選ばれるという事は、それなり以上にMS操縦の腕が立つという事だろう。
少なからず、高性能なMSに乗れる事に関しては楽しさを感じる筈だ。それも自分の専用機ともなればひとしおだろう。
あの鉄格子の部屋に押し込められているのだから、お楽しみを前にして、少しでも鬱屈とした気分を紛らわせていればいいのだけど。

「あの人は、どう考えているのかしら」

シャルが思わず言葉として疑問を形にしてしまうのは、もう一人のマイスター、ガンダムマイスター874の事だ。
心配してしまう程度には想像をふくらませる余地のあるマレーネと違い、彼女に関しては本当に何一つ分からない。
クルンテープではモニター越しでの事務的な会話しか無かった彼女について、シャルが知る事は少ない。
そもそも直接顔を合わせて話をしたことも無ければ、ガンダムマイスターとしての任務に関わる事以外で話す事すら無かった。
同じシャトルでの地球への降下という事で、もしかしたら初めて直接顔を合わせることができるかとも期待していたのだが、彼女がヴェーダにシャトルの操縦任務を与えられた事でその可能性も消えてしまった。

以前にルイードの言った様に、空気感染する伝染病を患っている可能性があるから強く言えないけれど、もう少し交流を持ってもいいのではないだろうか。
愛想の欠片もない、ガンダムマイスター874という無機質な呼称は、百歩譲って良いとしよう。
自分のシャル・アクスティカという名前だって、実際はガンダムマイスターに登録された時に与えられたコードネームでしか無い。
しかし、互いに本当の名前を告げられず、守秘義務を守りながらでも、私的な会話が出来ない訳ではないだろうに。
もっとも、こんな事を思うシャル自身、実はそれほど人と積極的に接触を持とうとするタイプではないのだが……。

「シャル、どうだ、ひさびさの地球は」

ルイードが笑顔で話しかけてくる。

「わからないです」

シャルは、無邪気そうなシャルの問いに、整理しきれない複雑な感情から、ついつい冷たく返してしまう。
直後に、そんな対応をしてしまった事に自己嫌悪。
ルイードは決して無神経な発言をしたわけでもないし、複雑な自分の内心をルイードが知ることは不可能に近い。
何しろ、自分がどう感じているかすらはっきりしないのだから、自分以外の人間になんてわかる筈もないだろう。

地球は懐かしい故郷。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターになって、宇宙に上がってから、久しぶりの地球。
確かにそうだ。
未だスペースコロニーの数は少なく、宇宙に済むのは限られた職種の人間だけ。
シャルも当然の様に地上で産まれ、地上で育った。
だが、

(確かに地球は私の故郷よ。でも、地球はとっても広いってこと、忘れてない?)

口と表情には出さず、心の中でだけ呆れの感情を言葉にする。
現に今、シャトルが降り立った周囲の風景は故郷の風景とは似ても似つかない。
これで懐かしいと思うのは難しいだろう。
もっとも、シャルの中の気持ちは単純にそれだけで説明がつくものではないのだが……。

「まったく、何なのよ、もう……」

思わず、口にして呟いてしまう。
BGMも無い静かなシャトルの中ではその小さなつぶやきも大きく響いたのだろう、自分に対するセリフだと思ったルイードは、申し訳なさそうにシャルに頭を下げた。

「あっ、ごめん、なんか俺やらかしちゃったかな」

「いえ、そうじゃないんです」

「ん? じゃ、なに?」

慌てて否定するものの、ルイードの問いには答えられない。
シャルは答えが得られるかも分からない形の定まらない思考の中、モヤモヤとした気分で黙りこむしか無いのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……


数日をダミー会社の敷地内で過ごした後、シャル達ガンダムマイスターは大気圏内用の大型輸送機に乗り込み、次のテストの現場へと向かった。
輸送機に載せられているのはアストレアとサダルスードのみ。
今回のテストはアストレアとサダルスードに関するものなのだろう。
自らの乗機であるプルトーネが積み込まれていない事にシャルは落胆した。
最終的には自分とプルトーネにもテストの順番が回ってくる、という事は理屈として理解できても、感情的には不満が残る。

不満というよりも、不安だろうか。
ルイード程のメカニックの知識も無ければ、マレーネの様に自由行動を許されずに拘束されている訳でもない。
仕事を与えられず手持ち無沙汰、しかも動ける他の人間はきちんと仕事をこなしているというのは、やはり居心地の良いものではない。
ワーカホリックというわけでもないが、仮にも大きな使命の下で動いているだけあって、『何もしない空いた時間』というのは、本当にこれでいいのかと不安にもなる。

それだけではない。
出発直前、モニターに映しだされたマイスター874は、
『人類革新連盟の軌道エレベーターの近くを通過し、目的地へ向かいます』
と伝えてきた。
ユニオンの出身であるシャルは、人革の軌道エレベーターの近くを通る事に僅かな恐れを感じていたのだ。
元の出身に根ざす恐れだけではなく、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとしての警戒心もある。
もしも通過する途中、何らかのトラブルで人革のMS部隊に輸送機の中身を知られたら。
当然ガンダムで対応し、目撃者を消さなければならないだろう。
ガンダムで人殺しを行う事にも当然少なからぬ抵抗があるが、どこまでガンダムで対応できるか、という不安もある。

如何に機体が優れていても、パイロットの腕が優れていても、ガンダムは壊れることもある機械で、マイスターは疲労もミスもある人間でしかない。
万が一、MSの大部隊を相手にする事になった場合、アストレアとサダルスードの二機だけで大丈夫なのか。
現状、ガンダムマイスターはフォーメーションの訓練を最低限しか積んでおらず、そのチームワークは優れていると言えるものではない。
ヴェーダのサポートがあるので、そんな事態は万が一にも有り得ない、とは思うのだが。
ガンダムも、マイスターも、ヴェーダも、完璧ではない。

(負ける事だってあるし、勝てない相手も存在しているんだもの、用心しておいて損は無いと思うのに)

思い浮かべるのは、クルンテープで見た古い映像データ。
現状のガンダムでは間違いなく歯が立たない、理想(アイディール)という存在。
あのデータを見て、シャルは一つ気が付いた事がある。
確かに、ヴェーダの中にはアイディールの機体としての性能、使用されている技術の理論などは一つ残らず記録に残されている。
再現するだけの技術力さえあれば、全く同じ物を作ることも不可能ではない程に精密なデータだ。
だが、『パイロットのデータ』や『その後にアイディールが何処へ行ったか』といった情報が、何一つ残されていない。
その事を思えばこそ、胸の内には常に蟠るように不安があり続けてしまう。

シャルが窓の外を視ると、そこには天を衝く巨大な建造物が存在していた。
人類革新連盟の軌道エレベーター、『天柱』だ。
未完成ながら外観は既に柱として体裁を整えてあり、一見して完成しているようにも見える。
海上のギガフロートから空に向けてすらりと伸びた柱は、そのまま真っすぐに天、宇宙へ向けて伸び続け、周囲の風景を左右に分断している。

「人類は、こんなものが作れるのに、なぜ争うんだろうな」

同じようにエレベーターに視線を向けるルイードの表情は、酷く寂しそうに見えた

「この軌道エレベーターだって、イオリアの提唱したものだろ? もしかしたらあの爺さん、こいつの建設で世界が纏まってくれるのを期待してたのかな? そうなればガンダムでの武力介入もほぼ不要になる」

だが、軌道エレベーターの開発に着手しても、世界は一つにならなかった。
確かに巨大建造物を造りだすために世界の再編が起こり、その結果として世界の殆どの国家はAEU、ユニオン、人類革新連盟の三つの大国に収束した。

「それでも、数百の国が三つに纏まったんです。それだけでも、纏まらないでいるよりはずっといいじゃないですか」

未だ世界各地で紛争は起こり続けているが、それでも、三国が生まれる前に比べれば格段に争いの数は減った。
軌道エレベーター建設で全ての国家が纏まれればもっと良かったのだろうけれど、その願いが高望み過ぎるというのは、優秀な学生に毛が生えた程度の知識しか無いシャルでも分かる事だ。
別段、落ち込むルイードを励まそうという意図など無い。
いや、嘘だ。
シャルの中には少なからず、悲しそうなルイードを励ましてやりたい、という気持ちが存在した。
それは以前にシャトルの中で冷たく当たってしまった事への申し訳なさからくるものでもあったし、ガンダムマイスターとしての仲間意識からくるものでもあった。
それ以外にも原因が無い、とは言い切れないが……。

「じゃあ、仮にさ。ある程度人類を纏める為の土壌として、軌道エレベーターの理論を提唱したとして……その後、どうするつもりだったんだろうな」

「どう、って」

ルイードの視線は、いつしか軌道エレベーターを辿り、宇宙を見つめていた。
浮かべる表情は固い、寂しさとは異なる感情に起因するもの。
何時になく険しい表情のルイードに息を飲むと、ルイード自身も自分の表情に気が付いたのだろう。
直ぐにいつも通りの表情を取り繕って『いや、ごめん、変な事言った。気にしないでくれ』と言い、シャルの視線から逃れる様に瞼を瞑ってしまった。
ルイードが狸寝入りを始め、自らに向く視線の亡くなった輸送機の中で、シャルは不機嫌さを隠す事もなく頬を膨らませる。

(そこまで言われたら、私だって分かるわよ!)

自分はそれほどまでに何も考えていない様に見えるのだろうか。
それとも、まだ自分が少女だから、変に気を使われているのか。
ルイードの気遣いの多さは、自分を対等な仲間として見ていない事が原因のように思えてならない。
そうして現状への不安を不満へと変化させていくシャルの頭の中からは、大きな不安の影はすっかり消え失せてしまっているのであった。

―――――――――――――――――――

輸送機が到着した場所は、戦場だった。
既に戦闘は終了していたが、大規模な戦闘だったのだろう、破壊され瓦礫と化した街の中には無数のMSの残骸が残されている。
軌道エレベータからさほど遠くないこの街には、エレベータ建設反対派テロリストの拠点が存在していたらしい。
この街にテロリストと関係のない一般市民がどれだけ居たかは不明だが、既にこの街に生存者が存在していない事だけは確実のようだ。

「ガンダムマイスターの皆さん、機内で待機していてください」

輸送機が到着して直ぐに、マイスター874の声がスピーカー越しに機内に流れた。

「私は、GNY-002サダルスードで出撃します」

「俺とアストレアはいいのか?」

ガンダムを二機持ってきておきながらの、単独出撃。
不満に思った訳ではなく、単純に疑問を覚えたルイードが疑問符を浮かべた。
問いかける相手である874がその場に居ないために、視線は宙を泳いでいる。

「ミッションプランが変更された為、アストレアでの出撃はありません」

「変更?」

オウム返しのシャルの問に、思考の一拍を置いて、874が答えを返す。

「本来、この場では人類革新連盟のモビルスーツ、MSJ-04ファントンの全機撃破を目標としていました。しかしこちらの移動中、未確認機による襲撃を受け標的は全滅。これより、サダルスードで未確認機の痕跡調査を行います」

派遣したMS部隊からの連絡が途絶えれば、そう長い時間をおかずに人革は偵察部隊を送り込んでくるだろう。
偵察部隊が到着するよりも早くこの場から立ち去らなければならない以上、時間内に痕跡を調査するには、現状で最高の技術を導入して作られたサダルスードの複合センサーを使用するのが最適だ。
平均的な性能であり、調査、偵察に特化した機能を備えている訳ではないアストレアの出番は無い。

本来ならばアストレアの地上での性能テストと同時に、ガンダムを使用した後の戦場の様子を見せ、ガンダムマイスターのメンタル面の調整をも同時に行うプランであった。
が、それは明かされること無く延期となる。
地上でのミッションはしばらく続く、ヴェーダはイレギュラーの存在によって歪んだプランを、ガンダムマイスター達に不信感を抱かせない形で柔軟に修正したのである。
こうして、マイスター874を除くガンダムマイスターは、輸送機に乗せられて、行って帰ってくるだけでその日を終える事となった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

機体にミラージュコロイドを展開したまま、俺は戦場跡からCBの輸送機が去っていくのを見送った。
技術系等の異なるCE(コズミック・イラ)のステルス技術には、流石のCBのセンサーも対応していないらしい。

「助かった」

コックピットの中でほっと胸を撫で下ろす。
CBのミッションと俺のストレス発散の場所が被るとは、想像していなかった訳でもないが、まさかこんな微妙なタイミングでニアミスするとは思わなかった。

サダルスードでMSの残骸を調査していたようだが、あれで何かを発見できる訳は無いだろう。
今回のダガーのストライカーパックはCEのMS技術をメインに、ビーム排除の実弾主義で組んである。
この世界で出回っていない技術、ミラージュコロイドも仕様してはいるが、周囲に飛び散るような不完全なコロイド制御技術は使っていない。
ブレードは単純な電動鋸タイプのものだし、ライフルに至っては初歩的な中型電磁投射砲でしかない。
戦闘機動中にミラコロを展開しっぱなしにしていればまた話は別だが……それは少しつまらない。

「流石に、こんな装備で相手をするわけにもいかないしな」

勝てないから、ではない。
確かにガンダムの装甲はGN粒子制御技術なども合わせ、極めて高い強度を誇っている。
質量軽減効果や慣性制御技術などを利用している為に機動性も段違いに高いだろう。
圧縮粒子を利用したビーム兵器、その火力の高さはこの時代では類を見ないもの。
だが、単純にそれだけだ。

装甲は後のカスタムフラッグのレールガンでも破壊可能な程だし、ティエレンであればその馬力だけで無理矢理に装甲を破壊することも難しくはない。
機動性に至ってはお察しの通り、ヴェーダの補助付きとはいえ、動かしているのは才能がそれなりにある程度の人間。
せいぜいが慣性を無視した動きが出来る程度で、それほど常識はずれな動きができるわけでもなく、軍のトップエースならば普通に捕捉できてしまうだろう。

CBのガンダムが面白いのは、偏にGNドライブ関連技術に寄るものだ。
未だ各国が電磁投射砲の研究開発を行なっている様な段階であるにも関わらずビーム兵器を搭載している点。
各国が航空力学とのすり合わせを行いながら、どうにかこうにか戦闘機形態で空戦のできるMSの開発に成功した一方、空力を無視し人型のままで飛行能力を持つ点。
それだけではない、装甲重量などに気を使わなければならない各国のMSを尻目に、質量軽減作用を用いて気軽に重量の微調整すら行えてしまう点。

何もかも、全て、GNドライブ、いやさGN粒子の恩恵あればこそ。
しかし、これらの技術は尽く、各国の最先端技術をパクって混ぜてアレンジしたものの上に成り立っている。
GN粒子を利用するための構造こそ独自の研究に寄るものだが、やはり基礎的な部分は他所の組織、軍隊からデータを盗用している。
この所業……端的に言って、『親近感』を覚えてしまう。

実のところ、俺はCBと接触を行った事は一度足りとも無い。
最初にいおりんと接触を図りデータを取らせた時はまだCBは存在していなかった。
彼らの開発データを息抜きに覗いてみたりもするのだが、それは全てヴェーダが自発的に行なってくれている。俺はハッキングを行う必要すら無い。
当然、意味もなく内部のマイスター達に接触する必要はないし、CBの運営に関わる何がしかに関わる事すら無い。

だからこそ、彼らとの初めての接触には気を使いたい。
会話は……不要だろうから、口調に気を付ける必要はない。
何か伝えるにしても、手短に一言二言、口調もクソも無い様な短文にした方がいい。
どういう形での接触になるか、これはもう、次の彼らの出撃スケジュールと周囲の軍の動向を見て、戦場での遭遇戦に決まりだ。
彼らは破壊されたMSから、俺の機体のデータを多少なりとも手に入れた。
俺の武装は三国のどれにも当てはまらないものだから、何処かの実験兵器か謎の第三勢力かで頭を巡らせている筈だ。
そして、手に入れたデータは活用させてやりたくもある。

そうなると、やはり武装だ。
ダガー本体にも多少なりとも手を加えたほうが良いとして、武装、ストライカーパックをどうするか。
リアル嗜好で、各国で実験が順調に進んでいる電磁投射砲にプラズマブレード、というのも悪くない。
自分たちに追いつく程でなくとも、ガンダムにまともにダメージを与えられる技術を目の当たりにして、追い立てられる焦りを得た彼らのリアクションも気になるところだ。
だが、これを第一候補に上げるのは少々もったいない。
焦れる様子を見るのもいいが、どうせならインパクトは強い方がいい。
ゆっくりと追い立てられる感じではなく、彼らの度肝を一発で抜けるような……。

「どうしようかなぁ、悩むなぁ」

思春期の少年少女の初デート前夜というのはこんな感じの気分になるのだろうか。
そんな事を考えながら、次の遭遇に向けて新しい装備の候補をいくつか頭に思い浮かべるのであった。

―――――――――――――――――――

「AEU軌道エレベーターのデータを収集します」

マイスター874がそう宣言した時、他のマイスター達は誰ひとり反論しなかった。
紛争根絶を目的として活動するソレスタルビーイングのガンダムマイスター達は、当然、紛争に関わる世界情勢にも精通している。
彼らの持つ知識からすれば、AEUの軌道エレベータの完成は重要な意味を持つ。

AEU──新ヨーロッパ共同体 (Advanced European Union)
軌道エレベータ建設に伴い、旧EU(欧州連合)を母体に発展した、三大国家の一つ。
元が複数国の集合体であったために大まかな形が出来上がるのは早かったが、この国は大きな問題を抱えていた。
ロシアから独立したモスクワや旧ソ連所属国の加入を巡る、人類革新連盟との水面下での闘争。
協議制という各国を等しい立場に置く体制からくる強力なリーダーシップの持ち主の不在。
更に、自国で建造する軌道エレベータがアフリカ大陸にあり、自国領地内に存在しないという、軌道エレベータの構造上改善不可能な立地。
これらの問題は軌道エレベーター建設プロジェクトの大きな遅延という結果を招いていた。

中でも協議制という体制が大きな問題となっていると言っていい。
あくまでも複数国が寄り集まった国家群であるAEUは、全体の利益よりも個々の国々での利益を優先しがちである。
各国が何よりも先に自国の利益を優先して考えるために、AEUという大きな共同体に利益を齎すための合理的な手段を取り難いのだ。

軌道エレベータの建造が遅れ、それにより他国との格差が生まれつつある現在、この状況が長引けば結束したAEUが再び分裂の危機に見舞われる可能性が高い。
紛争根絶を目的とするソレスタルビーイングとしては、AEUは是が否にでも軌道エレベータの建造を早期に完了して安定して欲しい地域なのであった。

もっとも、反対意見が在ったとしても、ガンダムマイスター達の意見だけでミッションプランの見直しや中止が行われる確立は極めて低いのだが。

「これまでの宇宙からの監視では確認が難しかった、海中の送電ケーブルについてデータを収集します。私がGNY-002サダルスードを使い収集作業にあたります。ルイード、GNY-001アストレアでのサポートをお願いします」

―――――――――――――――――――

AEUの軌道エレベータはアフリカ大陸に建っている。
その為、陸地だけでなく海中にまでケーブルを伸ばし、遠く離れたヨーロッパまで送電するという形式を取っている。
間接的支配地域であるアフリカ大陸に通された送電ケーブルだけならまだしも、海中に敷いたケーブルにまで完全な防衛網を作るのは難しい。
また、戦車や戦闘機といった兵器と取って代わったMSも海中戦に特化した機体は少なく、軌道エレベータ建設反対派にとって海中を通る送電ケーブルはテロの格好の標的となってしまうのである。
故に、海中に有る送電ケーブルの完成度だけではなく、どれだけの警備網が敷かれているか、という点に関しても調査の対象になっているのだ。

だが、調査と言ってもそれはあくまでもソレスタルビーイングの都合、秘密組織であるが故に、当然事前に許可を取っている訳もない。
監視の目の少ない海中を行くサダルスードはヴェーダの支援を受け、最適な位置から調査を進める事で発見されなかったが、海上、空中で護衛を行なっていたアストレアはそうはいかなかった。

「くそ、結局こうなるのかよ!」

海中ケーブルの防衛用に配備されていたのは、AEUの新型MS、AEU-05ヘリオンだった。
同国のAEU-04と同じく空戦対応の機体であるが、04と比べて非常に完成度の高い機体となっており、その機動性は最新鋭の戦闘機に匹敵した。
空中での変形は不可能であり、飛行中は戦闘機に近い形態を取る為に武装こそ制限されるが、戦車を凌ぐ装甲を備えた戦闘機とも言える空戦MSの戦力は脅威と言えるだろう。

対し、そのヘリオン一個小隊と相対するルイードのGNY-001アストレアは、GN粒子の能力により空中に『立つ』事こそ出来たが、その機動性は決して高いものではない。
機動力に劣る状態での格闘戦は悪手だし、当然、ヘリオン部隊も空中に立つ様な奇妙なMS相手に迂闊に接近するような間抜けではない。
空を高速で飛行するヘリオン部隊に対し、アストレアはビームライフルを使っての射撃戦で挑む。

「当たれ!」

ヘリオンの機動力が戦闘機に匹敵すると言っても、ビームよりも早い訳ではない。
だがそのビームを発射するライフルを持つアストレアは、人間であるルイードが操作しなければならない。
ヴェーダによる操縦の補助があっても、そう容易く当てられるものではない。
放たれた幾条かのビームは虚しく青空へと吸い込まれて消えた。

「まだまだ!」

しかし、繰り返し発射されるビームは次第に命中精度を上げ、一機、また一機と撃ち落としていく。
数分の時間が経過し、残り一機となったヘリオンがアストレアに背を向け離脱を試みる。
外部への通信が通じない事がアンノウンであるアストレアの仕業である事に気が付いたのだろう。
どうにかしてジャミングの範囲外へと離脱して応援を呼ぼうと考えたのだ。

「逃がすか!」

アストレアのライフルを向ける。
応援を呼ばれるのも、ガンダムの情報を外に漏らされるのもマズイ。
殺人への禁忌や嫌悪感を、ガンダムマイスターとしての使命感が上回る。
実力の全てを出し切る精密な操作、これまでにない速度での最適な照準。
トリガーに掛かった指先にほんの僅かな力を込め、

「なっ」

引き金を引くよりも早く、爆炎が上がった。
空から降ってきた『く』の字型の何かに両断され、パイロットが脱出する間もなく爆散したのだ。
しかし、ルイードの驚愕は目の前の敵を謎の闖入者に倒された事でもなければ、新たなガンダムの目撃者の出現に対してでもない。
コックピットの中、ヘルメットの下でルイードは目を見開き叫ぶ。

「ビーム兵器だって!?」

空から降り、ヘリオンを切り裂いた『く』の字型の武器。
その半分が、『桜色の光』で形成されていた。
プラズマブレードのそれとも違う、紛うことなきビーム兵器の輝き。
ソレスタルビーイング以外では未だ実用化にも実験にも成功していない超兵器。

ヘリオンを貫いた『く』の字──ビームブーメランが、ゆるやかな弧を描いて再び空に舞い上がる。
その軌道を追うアストレアのセンサーは、上空に一つの熱源を感知した。
その熱源は人型で、有り体に言えばMSだった。
そのMSは自らの元に戻ってきたブーメランを掴みとり、ビームの刀身を収めバックパックへと接続した。
何の変哲もない動作。
それを行うのは、艶の無い白に近い灰色を基調とした素っ気ない配色のMSだ。

「……空を、飛んでる」

ヘリオンも飛んでいた。
空戦対応のMSはそもそも珍しくもない。
だが、その熱源──MSは、そのどれとも違った。
在り得てはいけない、『ソレスタルビーイング以外には』在り得ていけない、空力も重力も無視した飛行。

『アストレアと同じく空中に立つ様に浮かぶMS』

それが、今、アストレアの、ルイードの目の前に存在していた。
ガンダム……ではない。
ガンダムの基本構造は既に確立している。
GN粒子関連技術を最も効率よく使用し、センサーを配置した場合、そのヘッドパーツは常にツインアイとアンテナ、他いくつかのパーツを決まった位置に配置しなければならない。

ガンダムに似て、しかしより人間に近いボディーライン。
人に近い形に似つかわしくない、無数のブーメランが接続され背びれと尻尾の様になった縦長のバックパック。
頭部はガンダムタイプではない。ツインアイではない、額にもう一つセンサーを持つトリプルアイ方式。
ガンダムのヘッドパーツは、GN粒子の応用技術により最適化した場合、どうしても同じような顔になる。
センサーの精度を最大限向上させる為の配置にすると、自然とガンダム特有のパーツ配置が生まれるのだ。
GN粒子関連技術を用いておきながらガンダム顔でないとすれば、それは未だ最適なパーツ配置に到達していない未発達な技術で作られた場合だろう。
が、あれは洗練されていないのではなく、また別の方向性の技術によるものだと見て分かる。

「マイスター874、あれは……味方か?」

海中から既にこちらの状況を把握しているだろうサダルスードの中の874に尋ねる。
こういった情報は874が一番詳しく、的確かつ迅速に回答を返してくれるからだ。

「あ、れは」

通信にノイズが入る。
いや、874側のマイクの調子がおかしくなっているのか、それとも言い淀んでいるのか。
ざりざりと数世紀前のラジオの様な砂嵐の音の混じった声で、874は噛み締めるように結論を伝えた。

「データ該当、無し。……排除、開始、してください」

「やっぱ、そうなるか」

苦虫を噛み潰したような表情で呻く。
あれが三国の内、何処の軍に所属しているものか、それとも自分たちのソレスタルビーイングとは別の組織に所属しているのか、それは今現在の情報では何一つ推測する事ができない。
少なくともルイードの知識の中にはあれに類似するMSは存在しないし、デザインラインも明らかに既存のMSから逸脱している。
だから、もしかしたら、自分たちとは別に行動しているソレスタルビーイングのメンバーである可能性もあるかと僅かに期待したのだが、それは脆くも崩されてしまった。

ルイードは重装甲の未知のMS──アンノウンを見ながら、ゴクリと喉を鳴らす。
人を殺すことへの嫌悪ではない。
いや、殺せるかどうかも分からないのだ。
何しろ相手はガンダムと同じくビーム兵器を用い、重力を無視して空を飛んで見せている。
恐らくは対等な性能を持つであろう、自分たちのガンダムでは戦う予定すら無かった完全なイレギュラー。
これから始まる、一方的な殺人ではない、自分と相手に平等に死の可能性が与えられた『殺し合い』に対する緊張がルイードの身を強張らせた。

空中に立ち、睨み合う二機のMS。
空中に静止するという、この時代のMS戦では考えられない異常な状態だが、やっていることは単純な睨み合い。
アストレアは手の中のライフルを構え、上空に立つアンノウンへと粒子ビームを放つ。
滑るように身を翻しビームを回避するアンノウン。

「そりゃ、避けるよな」

回避運動の際の速度はヘリオンに劣るだろう。
機動性に関してはこちらと同じ程度しかないのかもしれない。
だが、相手がガンダムと同じように動けるというのが問題になる。

ガンダムのビームライフルが戦闘機に匹敵する速度のヘリオンに当てられた原因は、偏に通常のMSの飛び方にあった。
航空力学を守って飛ぶMSは、基本的には慣性の法則を守って飛行する。
曲芸的な飛行も可能といえば可能だが、空中で急停止したり直角に動いたり、といった回避運動は取り難い。
対してそんなヘリオンを狙うアストレアのパイロットは純粋な人間であるルイードだが、当然、その操縦にはガンダムに搭載されたコンピューターやヴェーダからの補助が入っている。
奇抜な軌道では飛ばない通常のMSならば、着弾地点と敵の未来位置を一致させるのはそう難しい事ではない。

しかし、相手がガンダムと同じように、重力も慣性も無視して空中で動くことができるのであれば話は変わってくる。
ビームライフルは発射の直前に極僅かながら溜めが存在するし、発射の直前には銃口から光が漏れ出してしまう。
そして相対する敵がガンダムの方を向いているのであれば、当然その発射の兆候を見ることが可能になるだろう。
銃口の向きからは射線を、銃口の輝きからはタイミングを読み、それに合わせて少し機体を動かせば回避は容易になる。
圧縮粒子を利用したビームライフル特有の弱点とも言えるものだ。
勿論、通常の反応速度では有り得ない回避速度だが、それもある程度機体側で補正を効かせる事は可能。
現在の一般的なMSに搭載されている演算処理装置でも、対ビームライフル用にプログラムを組んでやれば十分に利用できるだろう。
ガンダムと同じレベルの性能を持つアンノウンならば、対ビームライフル用の回避プログラムを組んでいてもおかしくはない。

空を滑るように動き回りながらアンノウンへ向けてビームライフルを連射するアストレア。
アストレアよりも僅かに上空に立っていたアンノウンも、アストレアに合わせるように回避以外の動きを見せ始めた。
僅かに高度を下げ、しかし距離を詰めず離さずのポジショニング。
滑るような、ガンダムのそれと同じ動き。
ルイードは改めてセンサーを確認するも、やはりGN粒子は感知できない。
GN粒子の恩恵を受けずにガンダムと同程度の機動をしてみせるアンノウンに内心で舌を巻く。

ライフルの冷却の為の僅かな隙を見逃さず、アンノウンが動く。
後ろ手にバックパックに手を伸ばし、刀身の無い柄の様な物を取り出す。
次いで柄から吹き出す荒いビームの刀身。
一見して収束仕切っていない不出来なビームサーベルにも見えるそれは、先ほどヘリオンを撃墜したビームブーメラン。

ルイードも一度見ただけではあるが、その武器の特性を何となく理解していた。
如何なる理術を用いてのものか、あのビームブーメランは普通のブーメランの様に持ち主であるアンノウンの手元へと戻っていくのだろう。
通常のブーメランであれば獲物に当たった時点でその場に落ち、持ち主の元に戻ることはない。
だがあのブーメランはビームの刀身により敵を容易く切り裂き、減速する事無く持ち主の元へと帰っていく。

アンノウンが手にしたビームブーメランをアストレア目掛けて投擲。
推進剤も無しに下手な戦闘機を上回る速度。
しかし、投擲される瞬間を目にしていたルイードはそれを容易く回避した。

「ここで落とせりゃ良かったんだけどな」

真正面から投げられれば回避は難しくないが、ビームライフルやビームサーベルで撃ち落とせる様な速度ではない。
僅かな冷却時間を終え、再びアストレアのライフルの引き金を引く。
ビームライフルはこれまでのテストで散々使ってきたので誤作動を起こす心配は少ない。
戻りのブーメランに気をつけながらでも射撃を続けられる。

あの局面で投擲武器を使用したということは、アンノウンはライフルやそれに準ずる銃器の類を持ち合わせていないのだろう。
アンノウンはブーメランが戻るのを待たず、再び別のブーメランを構えている。
投げて戻ってくるという二段構えのブーメランは脅威と言えば脅威だが、ビームライフルには時間辺りの攻撃密度で劣る。
MSそのものの性能がどうかはともかく、武装の面ではアストレアの優位は崩れていない。

しかし、あまり時間を掛ければ、先ほど撃墜したヘリオン部隊からの連絡が途切れた事を不審に思い調査がやって来る筈だ。
戦闘を長引かせる訳にもいかない。
再び投げつけられたビームブーメランを回避しつつ、ルイードはサダルスードへと援護要請を行おうとし、

「くっ!?」

衝撃。
コックピットが激しく揺れる。
これまでのテストでは受けたことのない機体への深刻なダメージ、コックピット内部にアラートが鳴り響く。
見ればライフルを持っていない方の腕、肩部が大きく削られている。
思考の外からの一撃。
伏兵の存在を一瞬だけ疑い──気付く、『ブーメランが戻っていない』事に。
レーダーには、アストレアの背後に回ったままのブーメランの反応。
そう、一向に戻る気配が無い。

「まさか……!」

レーダーだけではなく、背部のサブカメラで未だ滞空を続けるブーメランを捉える。
そこに写っていたのは、ビーム刀身を失ったビームブーメラン。
しかし、ビーム発信装置には僅かに光が灯っている。
その光が膨らみ、解放された。

「ビット兵器!?」

ビット兵器────脳量子波や量子通信を用いて操る遠隔操作兵器。
未だソレスタルビーイングでも実用化には至っていない兵器の一つだ。
将来的に開発されるガンダムに搭載される予定であるというデータは存在したが、現状では研究段階の筈。

回避行動を取りながらも驚愕するルイードに構わず、アンノウンは更に両手にブーメランを構えた。
そして、その背後から飛び出し、ビームの刀身を発生させながら回転を始める無数のビームブーメラン。
アストレアの背後、上空に回ったブーメランと合わせて、計12基のビームブーメラン・ビット。

それぞれが独自の意思を持つかのように様々な軌道を描きながら、アストレアの周囲を飛び交い始めるブーメラン。
一つ一つが戦闘機にも勝る速度で、しかも、慣性の法則を完全に無視した軌道で動きまわる。
ブーメランが飛び交い、空に逃げ場のない闘技場を形作っている。
ビームブーメランをサーベルの様に手にしたアンノウンが、爆発的な加速でアストレアに迫る。
咄嗟にライフルを投げ捨てビームサーベルを抜刀、すれ違いざまに切りつけてきた二刀を切り払う。
刹那の接触、すかさずアンノウンへと反撃を試みるも、僅かな間を置いて上空から降ってきたビームブーメランに阻まれる。

「く……」

ルイードは恐らく、この世界で初めてビット兵器の恐ろしさを肌で感じたMSパイロットとなるのだろう。
一対一の様に見えて、実質的には十三対一という恐ろしい戦力差になっている。
数だけではない。ビットを操っているアンノウンの思考によって完璧に統率され、乱れのない連携を取ってくる。
対するルイードのアストレアは既に片腕を失い、ライフルを放棄し、武装はビームサーベルのみ。
サダルスードを応援に呼びたいところだが、機密保持の観点から考えれば、むしろ呼ばない方がいいのかもしれないとすら思える。
計画に遅れこそ出るが、ここでサダルスードまで晒すくらいなら、アストレアで限界まで戦って、破壊される前に機密保持の為に自爆、サダルスードに海中に落ちた太陽炉の回収を任せたほうが……。

そう、自分が死ぬ可能性すら考慮し始めたルイードは、距離を置いたアンノウンが発光信号を送っている事に気が付いた。
何らかのメッセージではない、数字の羅列。
伝えられた数字の内容を理解したルイードの背筋が泡立つ。
その数字は、ガンダムとルイード達を乗せてここまでやってきた輸送機が隠れている座標。
アンノウンはビームブーメラン・ビットをこれ見よがしに操ってみせた。
放たれたビームブーメランは幾度と無くアストレアのレーダーの範囲外へと出てみせてもいる。
遠く水平線の向こうまで飛んでいき、戻ってくるビームブーメラン。
やもすれば輸送機の潜む座標にすら届くだろう。
つまり、アストレアの足止めは無意味だと、アンノウンはそう言いたいのだ。

「サダルスード、援護を頼む! それと輸送機に退避指示を!」

調査中であろう874に救援を求めながら、ルイードはこの戦いが決死のものに成るだろうことを、半ば確信していた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

アストレアからの救援要請を受けたサダルスードは序盤、海中からアンノウンへの狙撃を行った。
基本的にビーム兵器は海中では威力を減衰させる。海中に潜んだままでの狙撃に援護の方法を絞ったマイスター874の判断は間違ってはいない。
しかし、アンノウンはビットにアストレアの相手を任せ、自らが海中へと向かい、サダルスードを海の外へと引き上げた。
水中での武装を持たないにも関わらず、純粋な機体の膂力のみを用いて、文字通りの意味でサダルスードを海上へと引き摺り出したのだ。

海中から引き上げられたサダルスードを、アンノウンへと斬りかかる事で救出しながら、アストレアのコックピット内でルイードは舌を巻いた。
始めにアンノウンが空を飛んでいた時、そしてビーム兵器を用いた時に『ガンダムと同等の性能があるかもしれない』と予測した。
だが、決して同等などではない。
アブルホール以外のガンダムではできない空中での高速戦闘、海中のサダルスードを即座に発見する探知能力、無理矢理に引き摺り出すそのパワー。
太陽炉を搭載していないにも関わらず、アンノウンは全ての面でガンダムの能力を上回っている。

『だからこそ』ルイードは即座に戦い方を変えてみせる。
これまでアンノウンに対しては、シミュレーションで幾度か行った対ガンダム用の戦法を用いていた。
ガンダムを破壊するための効率的なガンダムの運用法。
それは同等の相手に対しては十二分に威力を発揮するが、ガンダムを上回る性能を持つMSを相手に通用するものではない。
ルイードが用いるのは『アイディールが敵対した場合を想定した』シミュレーションで学んだ戦法。
弱者である自分たちが、圧倒的強者を相手に一矢報いる為の、勝ちを見込めるかすら怪しい後ろ向きの戦い。

機密保持の優先度を最大限下げ、破損し脱落したパーツの位置を記録し回収する手間を惜しんでの防戦。
攻撃の要は、サダルスードの持つリボルバー・バズーカ。
本来ならば真っ向からの戦闘で使えるような装備ではないが、取り回しも良く最大火力だったアストレアのビームライフルは海の底。
マーカーがある為に回収は可能と言えば可能だが、十を越えるブーメラン・ビットを掻い潜り回収しにいけるものでもない。

時に射撃で、時に接近しての斬撃でこちらに食らいつくブーメラン・ビット。
それらを最低限の、時に幾つかの機能を欠損させかねない一撃を食らいながらルイードは機会を伺う。
アンノウンは最初の突撃以降、殆ど斬り掛かってこない。

──ルイードは、アンノウンがサダルスードを海中から引きずり上げた時にも違和感を得ていた。
こちらが切りかかった時に、アンノウンはあまりにもあっさりとサダルスードを手放した。
あの時点でサダルスードを持ち上げるアンノウンは片手が開いており、いつでも背中に接続したビームブーメランを展開し止めを刺す事が出来た筈だ。
ルイードは不意を突いたつもりだったが、無数のビットを使いこなすMSのセンサーが接近するアストレアを察知できない筈がない。
ビットを直接飛ばして攻撃することも、手で抜いて切り払う事も出来た筈だ。

バズーカを撃ち尽くしたサダルスード、マイスター874は既に海中へと再び潜行していた。
海中であればビームは減衰し、恐らくはビットの攻撃を無効化できる。
情報収集能力特化型のサダルスードは、火力も防御力も高くない。サーベルこそ残っているが、進んで接近戦をしていい機体ではない。
一撃でもビームブーメランの直撃を食らえば危険だし、庇いながらでは動きに制限が付く。
サダルスードにできるのはビームブーメランを無効化できる海中で息を潜めて待つ事のみ。

既に四肢の半分を失い満身創痍のアストレアは、最後の力を振り絞るかのようにビームブーメラン・ビットが輸送機に向かわない様に足止めする。
時にすれ違うビームブーメランをサーベルで切り裂き、サーベルの届かない位置を飛ぶブーメランには刀身を展開したままのサーベルを投げつけた。

「来い……来い……」

ブーメランの標的を自分に絞らせるための奮闘。
一種のトランス状態になったルイードは驚異的な集中力でもって、とうとうビームブーメランの半数を破壊して見せた。
だが、ルイードの真の狙いは別にある。
先に感じた違和感と、この無数のブーメランからたどり着いた、アンノウンの弱点と思しき部分。
それを突くために、アンノウンがアストレアに接近したくなるような状況を作っているのだ。

「来いよ! 銃なんか捨てて掛かって来い!」

叫びに呼応するように、アンノウンが両手に構えていた二丁のブーメランを一つ手放し、両手にビームサーベルと化したブーメランを構えて突っ込んでくる。
何も、本当に叫びに呼応した訳ではないだろう。
ルイードはこの短時間でアンノウンのパイロットの性格を読んでみせたのだ。

ここまででも幾度と無くアストレアを破壊できる場面はあった。
そもそもアストレアを破壊するだけなら、ブーメランで囲いを作るまでもない。
全て通常のビットと同じように運用すれば十分にアストレアの回避性能を上回る弾幕を貼ることができる。
だが、あえてそれをせずに、アストレアが──ルイードがどうにか戦えるラインで戦力を抑えている。
こちらの力を見るためか、それともそういう状況を好んでいるのか、それは分からない。
だが、どちらにせよ、あのアンノウンの中身は、『サーベル同士で決着を付けるのに相応しい状況』を用意すれば、それが罠であると知ってもなお突っ込んでくるだろうことは見当がついた。

(ふざけるなよ……こんな、人殺しの道具で、遊びのつもりか)

構わない、遊びのつもりなら、それに合わせてやるだけだ。
アストレアが、両手で腰溜めに両手でビームサーベルを構え、輝く粒子をまき散らしながらアンノウンへ向け加速する。

──一般人としての身分を捨てて、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターになったその瞬間から芽生え始めた思いがあった。
ガンダムマイスター、ルイード・レゾナンスには叶えたい夢がある。
この星から紛争を無くす、不理解からくる無益な争いを無くす。
始めこそガンダムという未知のMSに釣られての事だった。
だが、今のルイードには、確かな目的として紛争根絶を掲げるだけの『覚悟』がある。

ガンダムのパーツとして生かされていると言い切る同僚が居た。
そいつは世界を斜に構えて見ている皮肉屋で、でも、世界に対して絶望しきることも出来ず、嫌味とからかいに混ぜて人を心配する優しさを持っていた。
世界がどうなっているか、どう流れているかを実感したことも無いような幼い同僚が居た。
その子は激変する環境に戸惑いながら、それでも自分にできる精一杯をやり切ろうとする、直向きさを持っていた。
出自も経歴も知らない彼女たちとは、衝突する機会も多かったように思う。
でも、一緒にソレスタルビーイングでガンダム開発を続けていく内に、良いと思える面も沢山見つける事が出来た。

そして、わかったことが有る。
ソレスタルビーイングの目的は、こういうものを、もっと広い範囲で行える様にすることだということ。
分かり合えたところで受け入れられないところもあるだろう。
だけど、受け入れるにしても、拒絶するにしても、まずはお互いの事を理解してからで無ければならない。
誤解なく互いを理解し、その上で相手に対する振る舞いを決める。
難しい事だ。理解する前の段階で拒絶したくなることもある。人間はそういうものだ。
だからこそ、ガンダムによる紛争根絶、武力介入が必要になる。
人の話を聞かない、そのくせ、自分の主張は暴力で押さえつけて言って聴かせる。
そんな醜さを、はっきりと見せてやらなければならない。
分かり合えた人類に淘汰されるような、古臭い、カビの生えた汚れ役が必要になる。

マレーネは最初からガンダムに生命を預けていた。
シャルは怯えながらも逃げずに生命を賭けようとしている。
ルイードは──そんな彼女たちを見て、本当に生命を賭けるに値する使命なのだと確信した。
それを、何を目的にしているかも分からないような、わけの分からない相手に絶やされるわけにはいかない。

実際に武力介入をするのは自分たちではない。
だが、自分たちがガンダム開発のためのミッションを完遂しなければ、武力介入という段階に持って行く事すらできない。

(だから、この瞬間に、全てを賭ける!)

アストレアが突っ込んだのは無数のビームが飛び交う死地。
当たればGN粒子で強化した装甲すら容易く熔解させる熱線の雨の中、ただ一本のサーベルだけを頼りに、愚直に突き進む。
死線の先にあるのは、同じくビームサーベルを一刀に持ち替えたアンノウン。

(行ける、そうさ、来させるために誘ったんだろ? なら、お望み通りだ!)

この瞬間、ルイードは自らの読みが的中したのだと確信した。
サダルスードの助力を得て半数に減らしたとはいえビットは未だ六基存在し、その総合的な火力はビームライフルにも劣らない。
そんなものが一つの意思に統率され、正面から突っ込んでくるだけの敵を落とす事もできない訳がない。
やはりアンノウンは、こちらの僅かな回避運動でギリギリ致命傷を避けきれる位置にのみビームを打ち込んできているのだ。

―――――――――――――――――――

「こいつ……見えているのか」

アンノウンのパイロットがコックピットの中で静かに感嘆の声を上げた。
ここで一つの補足を行おう。
ルイードの読みは、半ば以上外れている。
アンノウンのパイロットは確かに演出好きな部分もあるが、無理に相手に花をもたせるような事はしない。
ルイードを殺すつもりも無かったが、あくまでもアストレアを戦闘不能な状態にまで破壊し、止めを刺さずに打ち捨てる程度。
ビットの操作に関しても、完全なリンクを結ばずにあえてラグが生じる様な造りにしてあるものの、全て純粋にアストレアを破壊せんと狙いを定めて攻撃させている。

アストレアがアンノウンに肉薄するこの現実は、アンノウンの手心による作為的なものではない。
それは紛れもなく、アストレア──ルイード自身の手によって掴み取られた結果なのだ。

「だが何故、何故だ? 人間の神経で反応しきれるものじゃあないだろう」

アンノウンのコックピット、全天モニターの全面に、ズームされたアストレアの姿が映る。
無傷ではない、一度止まればまともに動けなくなりかねない程のダメージもある。
パーツの欠損により機体の重量バランスは崩れ、機動力も大幅に低下している筈だ。
だが、アストレアは一撃足りとも致命打を受けること無く、減速すらせずに進撃する。

「あれだけのチョン避け、グレイズを初見で、反射だけで? いや──」

答えを導き出し、アンノウンのパイロットの口の端がひび割れるように釣り上がる。
人間の神経と運動性能で反応しきれないのであれば、あのパイロットは──

―――――――――――――――――――

アストレアのコックピットの中、ルイードが忙しなく操縦桿を動かす。
通常の戦闘機動では必要のない、ありえないほどに細かな、繊細な操作の連続。
一見してレバーを無茶苦茶に動かしているようにしか見えないにも関わらず、その実一つとして無駄な操作が存在しない超人染みた精密操作。

飛来するビームブーメラン。
直撃コースのそれを更に加速する事で脚部を切断するだけの損傷に抑え、

「届け」

不意打ち気味に打ち込まれた背後からのビーム。
センサーすら捉えていないその一撃を『警告音が鳴るよりも早く』身を捻り躱し、

「届け……」

回避した先、下方から打ち込まれたビームを、肩を撃たれて上がらない腕で受け、腕部の爆発すら加えて加速。
片手で構えたビームサーベルの切っ先を、アンノウンに向けて突き出す。

そのサーベルすら、回転しながら飛来したビームブーメランに根本から切断され────
────高速で回転しながら離脱しようとするビームブーメランを、掴み取る。

手は既に空いていた。
切断されるよりも早く、切っ先をアンノウンに殺意と共に向けたその瞬間に、既に手からサーベルは離れていたのだ。
サーベルに込める必殺の意思すらも囮に、

「と、ど、けぇぇぇぇっ!」

目前へと迫ったアンノウンに、ルイードは『瞳孔を金色に輝かせながら』奪取したビームブーメランを振り下ろした────。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

《素晴らしい》

その声が何処から聞こえてくるのか、始め、ルイードには理解出来なかった。
頭蓋を割り砕くような激しい頭痛と、気を抜けば直ぐにもブラックアウトしそうな肉体的な疲労の中、ルイードはゆっくりと、その声が『接触回線で伝えられた』アンノウンのパイロットの声である事に気が付いた。
接触回線────そう、アストレアとアンノウンは確かに触れ合っている。

《君は、上の上だ》

振り下ろされたビームブーメランの刃を『掌で直に受け止めながら』、アンノウンはアストレアのマニピュレーターを握りこんでいる。
普通なら、ビームを受けたアンノウンのマニピュレーターは熔ける筈だ。
それがガンダム以上の装甲強度を持っていたとしても、少なからずダメージはあってしかるべきだろう。
複雑な機巧を備えている人型の五指を持つ以上、高熱のビームに耐え切る程の強度は持てる筈がない。
しかし、ルイードの霞む視界は、確かにその光景を映している。
ガンダムの装甲を容易く切り裂くビーム刃が、掌で砕けて飛沫のように弾かれ続ける光景を。

ゆっくりと、恋人がそうするように深く、マニピュレーターの指を絡めていくアンノウン。
その指は自らの武装を砕きながら、酷く緩慢にアストレアのマニピュレーターを破砕していく。
静かにアンノウンがアストレアから身を離す。
ルイードは既にアストレアを動かせる状態になく、操縦者の居ないアストレアは掴まれた手という支えを失い、重力に逆らわず、海面へと吸い込まれるように落ちていく。
薄れ行く意識の中でルイードが最後に見たのは、ビームブーメランを全てバックパックに収め、空気に溶けるように霞んで消えていくアンノウンの姿。

《期待しているぞ、サンプル君》

水面に衝突した衝撃で意識を失う瞬間、ルイードはそんな声を聞いた気がした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結果から言えば、アストレアは大破寸前まで追い込まれたものの、サダルスードの行なっていたミッションは完遂された。
アストレアが接敵したAEUのMS部隊のタイミングが良かったとも、乱入してきたアンノウンのタイミングが良かったとも言える。
いや、少なくとも、アンノウンの方はタイミングを考えていたのだろう。

「テスト、ですか?」

シャルの怪訝そうな問いに、モニタに写ったマイスター874はコクリと頷く。

「はい。今回の戦闘は、サダルスードに与えられたミッションとは別に、『味方機を護衛しながら何処まで戦う事ができるのか』という、アストレアに与えられた性能確認の為のテストです」

「でも、そんな話、出撃前には……!」

シャルが声を荒げる。
マイスター874はこんな状況で嘘を吐くような人間ではない事は、付き合いの浅いシャルも良く理解していた。
彼女がミッションだと言うのであれば、あのアストレアの戦いは確かに必要なミッションだったのだろう。
だが、些か度が過ぎる、と、シャルは考えていた。

このテストで、アストレアは大破寸前まで破壊されてしまった。
各関節部が恐ろしく摩耗している事から、これまでのテストやミッションでは行ったことのない程の無茶な機動を強いられたのだろう。
勿論、破損は関節部だけではない。
激しいアンノウンの攻撃により、無事なパーツを探すのが難しいほどだ。
更に、ダメージを受けたという事は、機密の塊であるガンダムのパーツを海に撒いてしまったという事になる。
海中へ没したアストレアの大きなジャンクや投げ捨てられたビームライフルにビームサーベルはサダルスードが回収しているものの、それでも細かな断片を回収できたとは断言できない。
異常に分子スピンが整ったEカーボンの断片の一つくらいは発見されてしまうかもしれない。
そこからガンダムの、ひいてはソレスタルビーイングの影を掴まれる可能性を誰が否定できるだろう。

そして、何よりもシャルが憤りを感じているのが、ルイードの状態だ。
先のアンノウンとの戦闘から、既に丸一日が経過しているにも関わらず、ルイードは昏々と眠り続けている。
外傷こそ一つとして無いらしいが、前身の筋肉が異常に疲労し断裂寸前、脳の一部は炎症を起こすような有様。
現在は治療ポッドの中でゆっくりと治療を進めている状態だが、その負傷は決して軽いものではない。
せめてアストレアでテストを行うルイードにだけでもこれがテストだと予め知らされていたのならば、ここまでの負傷はしなかった筈だ。

「実戦に限りなく近い状況でのテストを行う為、パイロットの精神状態もそれに合わせる必要がありました」

「それは! そうかも、しれないけど……」

言われてしまえば納得するしか無い、当然の理屈。
これもガンダムマイスターとしての果たすべき使命の一つだとすれば、生命の危険が伴うのは当然なのだ。
武力介入を行う第三世代ガンダムのマイスターと違い、ガンダム開発のために集められたマイスターではあるが、それは生命を賭ける場面が異なるというだけで、安全という訳ではない。
新型武装のテストなどでは暴発の危険は勿論存在するし、そこで生命を落とす可能性が無いとは言い切れない。
自分の憤りは、全てガンダムマイスターとしてではなく、シャル・アクスティカという少女としての憤りでしかないのだ。

そう自覚すると、シャルは身を縮め、矛先の定まらない憤りを自己への嫌悪へと変えてしまう。
マレーネは、手錠を掛けられながらも、治療ポッドの中で眠るルイードを見守り続けている。
ルイードの身を案じてこそいるものの、与えられた突発ミッションに関しては不満の一つも持っておらず、当たり前のように受け入れているのが傍目にもわかった。
結局、やはりマイスターの中で自覚が一番足りないのは自分なのだと思い知らされるようで、シャルの心は先程までとは別の原因で深く落ち込んでいく。

「つい先日、ソレスタルビーイングに新しく迎えられたイアン技師とモノレ医師は優秀です。アストレアもルイードも、早期に復帰可能です」

シャルを慰めるようなマイスター874の言葉。
マイスター874の珍しい心遣いに、シャルは幾度かの深呼吸を経て表情を改めた。
直ぐ、というのがどれくらいの時間かは判らないが、四人のガンダムマイスターの中で、今一番肉体的に余裕があるのは自分なのだ。
その自分が、何時までもくよくよと落ち込んでいては任務に支障を来す。

そう、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとしてのシャル・アクスティカとしてこの場に居るのなら、まず問わなければならないのはこんな事ではない。
任務の正当性を考える権利も持ちあわせてはいるが、そこには既に納得を得ている。
今、問わなければならないのは。

「結局、あのMSは何なの?」

この一点に尽きる。
ソレスタルビーイングは現段階でこそガンダム開発と世界情勢の把握に力を入れているものの、その最終的な目的として『武力に寄る紛争根絶』を掲げている。
そして、その目的を叶えるために必要なのが、現行MSを遥かに凌駕する性能を持つガンダムというMS。
世界中の軍隊を敵に回しても戦い切ることができる性能を持ち合わせているからこそ、武力に寄る紛争根絶などという理想を掲げる事ができる。

「あれは……味方? 私たちが知らされていない、別に開発されていたガンダム?」

そうだとすれば、自分たちの開発しているガンダムは、コンペティションに負けてお払い箱、という事になるのだろうか。
それは、まだいい。より優れた性能を持つMS──ガンダムこそが武力介入に用いられるべきだと、感情を抜きにして考えれば納得できる。
だが仮に、ソレスタルビーイング以外の組織にガンダムを凌駕する性能のMSが存在するとしたら、紛争根絶の為の武力介入など成功する訳がない。
問うシャルの声は僅かに震えを帯びていた。
そうであれば、そうあって欲しいという願いを込めながら、何処かでそれは違うと感じているが故の不安。

「味方と厳密に定義できる物ではありません。あのMSは、監視者として登録されたある御方の所有物に当たります」

監視者──文字通りソレスタルビーイングの活動を、あらゆる観点から正常に活動できているか監視する者達の事を指す。
完全な機械任せにするのではなく、その時代時代に生きる人間の意見を取り入れるというイオリア・シュヘンベルグの意向を元にソレスタルビーイング設立当初から存在している。
彼らはヴェーダの立案するミッションや方針が間違っていると判断した場合、それが監視者の総意であれば、ヴェーダの立てた計画を中断、変更する事が可能になる。
なるほど、と、シャル僅かにうつむきながら頷いた。
ヴェーダの立てる計画に対して限定的ながらも決定権を持つのであれば、いざという時の為にガンダムへのカウンターを持っていたとしてもおかしくはない。
いや、逆にガンダムを完成させる為のテストに協力し、些か過激ではあったにせよ、しっかりとその役目を果たしたところから見れば、協力的な立場にあるのかもしれない。
最も、それでガンダムと仲間であるルイードをあそこまで傷めつけた事に関して、憤りを拭い切ることが出来る訳では無いのだが。

……仮に、シャルがこの時にもう少しだけ冷静であることが出来たなら、違和感に気が付くことが出来ただろう。
マイスター874が、襲撃してきたMSの所有者に対して抱く感情を、言葉の端から僅かにでも、モニタに映るその顔に、僅かに浮かんだ恍惚の表情からでも。
彼女は気付くことが出来ない。
変わりつつ有る世界の中、シャル・アクスティカという少女は、よくも悪くも、その立ち位置が変わることは決して無いのだ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

さてさて、第二世代ガンダム相手にTUEEEEしてから数日が経過し、場所は拠点である極々一般的なアパートメントに移る。
今の気分を一言で表せば、上々であるという他無い。
それは何も自作したMSで太陽炉搭載型のガンダムを圧倒できたからではない、そんなのは出来て当たり前だ。
最後の嬉しい誤算で突破されてしまいはしたが、あのブーメランシルエットは第二世代相手ではヤバイ級の装備として扱っても良い程の性能。
最終的な到達点はこの世界の技術の方が勝るだろうが、コレまでに俺が収集した技術は既に極限まで煮詰められている。
技術の完成度が根本的に異なるのだから、それをふんだんに盛り込んだMSがガンダムを圧倒するのは当然の結果でしかなく、特に感慨が湧く訳でもない。

「ふふん」

手元には携帯端末、映し出されるのはヴェーダに提供させたとあるデータ。
一つは、ここ数年分のガンダムマイスター達の詳細な身体データ。
二つに、CBの活動拠点の中で人が活動できる生活スペースの建築設計図。
三つに、マイスター達に提供されている食事の内容と生産地。
最後に、現在CBで使われている太陽炉の詳細な設計図と実物の稼働データ。

「中々味な真似をするじゃないか」

マイスター達にこの診断結果がまともな形で届けられているのだとしたら、第二世代マイスター達は随分と図太い神経をしているのだろう。
そう思う程度には、CBに入る前と後での結果が大きく異なる。
宇宙での長期生活による変化とでも言い訳しているのだろうか。
確かに、人と人の距離が関係して生まれる新しい能力なども存在しない訳ではないだろうが、そうではない。
他の三つのデータが俺の予測を確信に変えた。

CB──ソレスタルビーイングのガンダムマイスター達は、意図的にイノベイターへの覚醒を促されている。

勿論、確実な方法ではない。
例えばイノベイドというイノベイターの下位互換な連中が居るが、あれはイノベイターの能力を見越して『たぶん、こんな感じじゃね?』という類推から能力を定められている。
そもそもの完成形を誰も目にしたことがないのだから、それを目指して人体をいじるのは難しい。
どちらかと言えばイノベイドどもがルイス・ハレヴィに施した処置に近い。
あちらに比べればもう少し迂遠で大人しく、効果の程も少なめになるが……第二世代に施された処置は一味違う。

通常、太陽炉は建造して起動してから壊れるまで、常に停止すること無く動き続けている。
戦艦や拠点などで待機している最中はその稼働率を極限まで下げているわけだが、

「直ちに人体に影響はない、ってか?」

極限まで下げる、という程に、待機中の太陽炉の稼働率が下げられていない。
第二世代ガンダムのマイスター達は、常に微量とは言えない量のGN粒子にさらされているらしい。
その量たるや、本編の第三世代ガンダムのマイスター達が活動中に浴びた量を遥かに上回る。
直ちに影響が出なくとも、遠からぬ未来で、決して避けられない変化を齎すだろう。
そして、それは必ずしもプラスに傾く変化、変革ではない。
手探りである以上、細胞の異常変異で寿命が極端に縮む、程度の事は十分にありえる。

だが、コレに対してヴェーダは何も対策をおこなっていない。
なぜなら、少なくとも現在のCBの中では、このGN粒子発生量は人体に影響がない程度のものとして認識され、ヴェーダもその通りだと判断しているのだ。

食事に混入された諸々の成分で、そして開発を行うコロニーの居住区の内部構造を心理学的見地から調整し脳量子波の強化を行おうという計画は、恐らくはイノベイドの誰かが立てた計画。
そして、太陽炉の稼働率と放出されるGN粒子量の人体許容量に関する数値を改竄したのは、また別の人間だろう。
決してCBに所属する者達に違和感を与えること無く、ヴェーダが建造される前から改竄されたデータを入力する事を決めていた。
恐らくは、後代の人間やイノベイドが、自発的に人間のマイスターを改造しようと手を加える事を見越した上で。

そんな事ができる人間を、そんな真似をしたがる人間を、俺は一人しか知らない。
『ヴェーダ内部の情報がCB以外のとある第三者に筒抜けである事を想定して』、完成品と実験結果だけを盗み見ただけでは分からないようにしたがる奴など、一人しか居ないじゃあないか。

口元がニヤけるのが分かる。
なるほど、これはいい手段だ。
開発メインの第二世代マイスターも、希望すればそのまま武力介入を行う第三世代マイスターに移行できるらしいが、それはあくまでも建前。
バイトの『正社員登用制度あり』の様なものだ。
嘘は言っていないのだから、何一つ問題はない。運と実力が備わっていれば有り得ない話でもない。
しかし実際は、第三世代ガンダムのマイスターは別に選ぶことになるだろう。
このまま変異を続けたマイスター達の肉体が、真っ当な変革を遂げられる可能性は極めて低い。
武力介入を行い時期には、既にパイロットとして動けるかどうかすら怪しいだろう。
だが、その引き換えに第三世代ガンダムが稼働する頃には太陽炉の稼働率の問題が発見され、GN粒子を浴び続けた人間の肉体と精神がどのようなものになるか、という、貴重なデータも手に入る。
元から武力介入前に『脱落』する事がある程度決まっている連中であれば、多少無茶な改造を行なっても計画に支障はない。
もともと、第三世代ガンダムとそのマイスター達が、一致団結した人類に妥当されるところまで見越して計画を立てるような奴だったが、どうやらこの世界では更に大幅に吹っ切れているらしい。

「中々にいじましい手で来るじゃないか」

用心深いというか、警戒心ばかり強いというか。
変に過剰なちょっかいをかけるつもりはないというのに。
出会い頭で対話による相互理解を求め、更に手の内も真っ当な科学関係はほぼ晒したというのに、なぜそこまで警戒しているのか。
彼が起きたら、そこら辺の事を尋ねてみるのもいいかもしれない。
時の止まった強化ガラス製冷凍睡眠装置なら、大使の拳銃弾くらいは余裕で弾く筈だし。

「と」

呼び鈴の音が響き、携帯端末の電源を落とす。
恐らくは、前に注文していた荷物のどれかが届いたのだろう。
リアル系技術への思索、研究も大事だが、それだけに終始すると心が病んでしまう。
通販でプラモや名産品を頼んで楽しむ余裕は必要なのだ。

「はいはーい! 今出ますから少し待ってて下さーい!」

インターホンを使うのもまだるっこしく、玄関へ小走りで向かいながら、俺は宅配便の人を呼び止めるのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんな訳で、この時代でも元気かつ雑に荷物を配送してくれた青と白のシマシマ宅配服にお礼を告げ、荷物を受け取った。
その荷物を、研究に使うのとは別に用意した居間に運び込んだ訳だが。

「ふむ」

でかい。
なんていうか、実際でかい。
どれくらいでかいかと言われると困るのだが、一人暮らし用の冷蔵庫の小さいやつ位なら余裕で入りそうな程でかい。
しかも中々に重量があるらしく、宅配便の人も台車を使ってここまで運び込んできた程だ。
持ってみると実際重く、50kg程度はある。

「少し頼みすぎたかな……」

つぶやいてもこの現実は変わらない。
クール便だから、多分大量注文した各種チョコレートか、肉か。
全国のご当地グルメ詰め合わせである可能性も高い。

駄目だな……やっぱりトリップ先だと、買い物の時の思考が雑になる。
値段を見ようとは思わないが、せめて置き場所とか運ぶ人の迷惑とかは考えて注文するべきだったかもしれない。
食い切るのも簡単なら置き場も亜空間とかで困ることはないにせよ、食べてる間に飽きる可能性も無いではない。

「まぁ、アレだったら美鳥とか出して一緒に食えば良い訳だし」

あとは、最近はフーさんの扱いも雑だったし、ねぎらいの意味も込めて彼女をひり出して振る舞うのも悪くないかもしれない。
蘊・奥の爺さんであれば、和食系のお取り寄せグルメだったら喜ぶだろう。
エンネアなら、なんだろう。無限螺旋に無かった未来食物とかに興味を持つだろうか。
これでも足りなければニャルとしての化身を幾つか呼び出して分配してもいい。

まぁ、姉さんの封印がある状態でこれだけの人数を出すのは難しいだろうから、数は絞らなければならんだろうけど。
カズを絞らなければ、っていうと薄い本ぽくてありかもしれない。
何だかんだで陵辱モノが多いけど、キャラ的に自然に逆レ展開に持っていけるキャラは多い筈だ。
これだけやっても全然カズが減らない! みたいな感じで逆レからの逆転もありか。
ムキムキマッチョが美少女に逆レされるMシチュからの、逆転で組み伏せられる強気少女というプレーンな組み合わせ。
いいね、陵辱でもラブラブでも映える展開だろう。
カズにまともなカップリングが存在しないのが難点だが。

「って、違う違う」

逸れた思考を軌道修正。
今はカズの話でも人数の話でもなく荷物の話だ。
保冷剤も入れられているだろうが、それでも早く冷蔵庫の中に移し替えるなり亜空間に放り込むなりしなければ。
あまり時間を置いて変な匂いになるのも悪いし、中身がなんであれそれに相応しい保存方法に切り替えたほうがいいだろう。
そう思いながら梱包を指で切り裂きながら開け、一回り小さくなった箱が顔を出す。

僅かに背筋に走る寒気。
恐ろしい、エコが騒がれる時代に何たる過剰包装だ。
箱そのものにも何故か高級感が溢れており、素材も明らかにダンボールではない。
これは、中々の高級品が届いたのかもしれない。
値段を思い出し、もしもコレが元の世界での買い物だったらと思うとゾッとして、ふと思い直す。
もしかしたら、空いた時間で大量に応募した懸賞の中の一つかもしれない。
それならこの過剰包装も頷けるし。
まさか当たるとは思っていなかったが、最近は日頃の行いも良いし、有り得ない話じゃないだろう。

「では、ご開帳ー」

ワクワクしながら、観音開きの蓋を開け──

「────────────」

そのまま、蓋を閉めた。
目元をほぐし、疲労による幻覚か単純な見間違いかと思考し、その可能性を一瞬で切り捨てる。
残念な事に、本当に残念な事に、俺は基本的に疲れないし、見間違いもしない。
幻覚なんてもっての外で、更に言えば、数秒間だけ見てしまった箱の中身をしっかりと記憶してしまっている。
だが、しかし。
なんで?
とにかく、理由が分からない。
そして、それは恐らくヴェーダに問い合わせた所で分かるような問題でもないのだろう。
この蓋をもう一度、開けて、中身を、中身『に』確認してみなければ。
見た目はアレだが、これはあくまでも詰めた者の趣味である可能性も高い。
対話だ、とにかく対話を仕掛けるんだ。
この世界のメインテーマなんだから、少なからず効果が有る、筈だ。

「──」

息を大きく吸って、吐いて。
意を決して、再び、箱の蓋を持ち上げ、開く。
僅かに、白い煙が沸き立った。
保冷剤として入れられていたドライアイスから出ているのだろう。
一瞬だけ視界を遮った煙が張れ、大気に晒される箱の中身。
結論から、言おう。

────匣のなかには、みつしりと、全裸にリボンでラッピングされ、ひんやりと青ざめたリボンズ・アルマークが詰まっていた。

匣のリボンズは、にっこりと笑って、

「ジュ・テーム」

と、言った。
ああ、生きている。
なんだか酷く腹立たしく、久方ぶりに感じる生理的嫌悪感に身を任せて、口から言葉を漏らす。

「ガッデム」

俺は多分、初めてポ系列能力の本当の恐ろしさを実感する事になるのだろうなと、朧気な予感を得るのであった。





続く
―――――――――――――――――――

主人公の視点が殆ど無いお陰で恐ろしく真っ当なシリアス回な第八十話をお届けしました。

というか、ええ、本当にシリアスなお話になってしまいましたね。
時間かかった割に話も進んでませんし。ほぼ戦闘だけではないでしょうか。
原作の描写とか考慮して、それでいて変化があった部分も変化が無かった部分も変えていかなきゃいかんので、原作片手に書いてたのが原因って気もします。
原作とは関係ない部分を書いても筆は遅いんですけど。

自問自答は、今回はお休み。
シリアス回でやっても硬い話にしかなりませんので。
機体解説しようにも、説明するところが無い見たままのビームブーメラン機ですし。
いいですよねビームブーメラン。
作画枚数減らせるから数多くの機体に装備されていたらしいですけど、それを抜きにしても万能武装です。
ビームサーベルが勝ってるのはコストだけだと確信しています。
詳しい設定は知りませんが。

マイスター874の不審な挙動とか不審な言動とか不審なボンズリとか出て来ましたが、そこら辺はまとめて次回で説明されます。
今回原作キャラメインで話進みましたが、次回はほぼ主人公視点の話で原作のシーンとか殆ど出せないかも。

そんな訳で、今回はここまで。
誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想、心よりお待ちしております。

―――――――――――――――――――
もう多少外れても問題ない気がする次回予告

どこからか送りつけられた箱詰めのリボンズ・アルマーク。
何をどうやっても上がり続ける好感度。
好意は必ずしも受け入れられるものではなく、好意を向ける側も相手の気持ちを考えるとは限らない。
復元された美鳥の口から告げられる、ポ系能力の持つ恐るべき弊害とは。
「他のどの能力よりもお兄さんの力になるかもしれないし、逆にお兄さんを殺してしまうかもしれない」
「これはお姉さんからの、もう一つの宿題だ」

機動戦士ガンダムOO・P編第三話
『パンデモニウムの略奪者』


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