スラスターを吹かし、白い巨人が大気を震わせ飛翔する。
全長20メートルはあるだろう巨体、白のボディの随所にトリコロールカラーのペイントが施されたそれは、その偉容から可能な想像を裏切らず、兵器としての特性を持っている。
左前腕には傾斜装甲を組み合わせて作られた白のシールド、右手には青のライフル。
背部にはサーベルを複数搭載し、遠近に対応したバランスの良い機体だ。
だが今、この機体はその能力を十分に発揮出来ずにいる。
「ふっ、く……!」
コックピットの中では未熟な少年パイロットが必死に操縦桿を動かし、白い巨人を敵の攻撃から逃げ回らせている。
白の巨人を良く見れば、その全身には既にかなりのダメージが蓄積されているのが分かるだろう。
それは敵の攻撃がかすめるだけではなく、整備状況の悪さ、少年パイロットの未熟で荒っぽい回避運動による駆動系などへのダメージも含めての事だ。
機体の状態も悪ければパイロットの腕も悪い。
だが、何よりも悪いのはこの状況、相対する敵にある。
切り裂く蒼の大気に同化するような、蒼い巨人。
武装はほぼ白の巨人と変わらない。
左手に白枠に覆われた赤のシールドを構え、右手には灰色のライフル。
背部にサーベルが無く、シールドに隠されるようにして左前腕にサーベルが備え付けられている。
機体の状態が良い。動きに不自然なブレも無く、パイロットの腕も比べ物にならない程高い。
逃げる側と追う側という点を抜きにして考えても、互いに受けるプレッシャーは段違いだ。
元からあまり良くなかった白い巨人がダメージとパイロットの疲労の蓄積により更に動きを悪くする中、蒼の巨人の動きは精彩を欠く事がない。
逃げる白の巨人の背をライフルで狙い、トリガーを引く。
銃口から放たれる重金属を含んだ桜色のビームが、白の機体のバックパックにマウントされていたサーベルの半分を破壊した。
本体へのダメージは無い。
白の巨人が身を捻り、背後から迫る蒼の巨人に対してライフルの銃口を向けトリガーを二度引く。
銃口から放たれる黄色のビーム二条は、蒼い巨人は前方に構えたシールドで受ける事すらせず、左右に身を振るだけで躱してしまう。
蒼の巨人はバーニアを止め、その身を振る動きによって生じた空気抵抗を活かす形で、極自然に体勢を追う形から身体を横にしたより正確な射撃が行える姿勢へ変化させた。
流れるようにトリガーを引く。
ただ一条だけ放たれた桜色のビームは正確に白の巨人のコックピットへの直撃コースへ。
白の巨人がシールドを構える。
構えられたシールドは、既に一度装甲が剥離しているのが分かる、内部構造が剥き出しの白。
直撃コースのビームを真っ向から受け止めきる強度は残されていない。
熱された飴の様に橙色に熔解し、爆発。
「うわぁぁっ!」
少年パイロットは悲鳴を上げ、彼の操る白い巨人は空中で身を躍らせる。
コックピットの中で激しくシェイクされ、機体の体勢を立て直す事すらできない。
「…………」
蒼い巨人が、僅かに苛立ちを含んだ動きでライフルを後方に投げ捨てる。
空中で投げ出されたまま落ち続ける白い機体の肩を空いた右手で掴み、引き寄せ。
蹴り飛ばす。
火花を散らし、白い巨人の装甲が僅かに撓み、衝撃で右手からライフルを取り落とす白い巨人。
コックピットの中、衝撃で意識を切り替えたのか、ようやくまともの周囲を見る事ができるようになった少年パイロットが最初に目にしたのは、
「っひ」
全天周囲モニターの全面に大写しになる蒼い巨人の顔面。
それはつまり、敵である蒼い巨人が至近距離に迫っている事を示している。
蒼い巨人の、黄色いデュアルアイが、『獲物を見つけた』と言わんばかりに輝く。
「ぁああっ!」
反射的に、頭部ビームVアンテナと一体化した牽制用のビームバルカンのトリガーを引く。
頭部に当たれば、めくらましどころかヘッドパーツを破壊することも不可能ではないバルカンは、しかし蒼い巨人の掲げたシールドであっさりと防がれた。
反射的に引いたからだろうか、少年の指がトリガーから離れ、ビームバルカンの斉射が途切れる。
その隙を逃さず、蒼い巨人が右手を振りかぶり、白い巨人の頭部を殴りつける。
サーベルを抜かず殴りつけたのはバルカンが再び放たれるのを阻止することを優先したからか、それとも、白い巨人の性能を生かし切れないパイロットへの憤りの為か。
殴りつけた拳を戻す動作で、手刀ぎみの手の甲による平手で殴りつけ、再び殴りつける。
「始まりの機体、『beginning』……」
蒼い巨人のコックピットの中、サングラスに赤い軍服を着た金髪の男が、今度こそ憤りを隠す事も無く呟く。
白い巨人が市街地、住宅街の中の舗装された道路に着地し、膝を突く。
後から着地し、しっかりと二本の足で立つ蒼い巨人が、一挙一投足の一から見下ろす。
「少年!」
シールドを前腕に固定した蒼い巨人が、左前腕からサーベルを引き抜く。
桜色のビームの刀身が伸び、蒼い巨人のバックパック、スラスターから眩い蒼の火が吹き出し、加速。
「君は、そのガンプラを持つに、値しない男だ────!」
距離が、一瞬にして詰められた。
白い巨人がバックパックからサーベルを三本、右手で一度に引き抜く。
黄のビーム刀身が三本同時に展開。
先にサーベルを敵に突付けたのは白い巨人、後の先を取ったのだ。
だが、それは蒼い巨人のパイロットにとっては織り込み済みの展開なのだろう。
蒼い巨人はサーベルを展開しながら、シールドを前に突き出し突撃していた。
三本のビーム刀身がシールドを溶断。
しかし、ビーム耐性のあるシールドが僅かに持ちこたえ、その間に蒼の巨人はシールドをパージ。
瞬間的にスラスターとバーニアを使い、空中へ逃れ、白い巨人の左背後に回り込む。
追うように跳び、蒼い巨人と同じ軌道をたどる白い巨人。
回り込み、身を捻るようにしてサーベルを振りかぶる白と蒼の巨人。
しかし、白の巨人はシールドを切り裂いた時に加速をロスし、蒼い巨人はここまで何の妨害もなく、綺麗なフォームでサーベルを振り抜けている。
白と蒼の天地が逆転する。
シールドを破壊されながら、その爆風で受ける加速すら計算してバーニアで細やかな姿勢制御を続けていた蒼の巨人と、シールドを切り裂く時の抵抗を振り切るようにしてがむしゃらな急加速した白の巨人。
互いの違いはその間合いに現れた。
空に飛び上がった状態の白の巨人が腕を伸ばしきった大振りでサーベルを振るのに対し、道路に着地した蒼の巨人はここまでの加速を生かしたまま、しかし野球の打者の様にコンパクトにサーベルを振る。
蒼い巨人の桜色のビーム刀身が、未だスウィングの途中にある白の巨人の首筋へ、吸い込まれるように突き刺さる。
白い巨人はサーベルを取り落とし、一瞬の溜めの後、その首を、振りぬいた先の右腕毎切断された。
「少年、本物のガンプラビルダーになりたいのであれば、もっと精進することだ……」
無傷のまま立ち続ける蒼の巨人──フォーエバーガンダムのコックピットの中、サングラスの男──ボリス・シャウアーが勝利を確信し、倒れる白い巨人に向けて諭すように声を掛ける。
だが、ここでシャウアーははたと気付いた。
撃墜判定が成されなければおかしい筈のダメージを与えたにも関わらず、勝利判定の表示が出ないのだ。
ついで、眼下に見下ろす白の巨人──ビギニングガンダムの姿がノイズが走ったかのように振れ、後には白い装甲の施された丸太が現れたではないか。
「────どんな道にも始まりがある。幾多もの試練を乗り越え、千里の道を踏破し、何時か求める頂へと辿り着くもの。人それを、『求道』という……!」
スピーカーから、設定されていない筈のトランペットとギターの音色が流れ、被せるようにして女の凛とした声が流れ始める。
同時、晴天設定だったはずのステージの空に雲が掛かり、ポツポツと雨が降り始める。
「な、何者!」
暗雲に隠れようとしていた日の光によって、一瞬だけ第三のシルエットが浮かび上がる。
ガンプラ一筋であるシャウアーにも覚えがある程、業界では有名なシチュエーションと語り口調。
お決まりのセリフを僅かに期待しながらの誰何の問いに、しかし帰ってきたのは、静かな、本当に静かな、彼の知らない答え。
「この身はただ、闇より出で──闇へと消えるだけのもの……」
雨が激しさを増す。
暗雲に雷鳴鳴り響く中、一つのMSが姿を表した。
それは、シャウアーの知るかぎりでは一度も公式でキット化されたことのない筈のMS。
G-3ガンダムをベースに、原型を止めないほどの改造を施されて作り上げられた、ツヤ消しの施された藍色の装甲。
「ガンプラマイスター(笑)には名乗る名すら持たぬ、影──」
──その名も、Gの影忍。
非公式外伝作品の主人公機が、今さっき討ち果たしたばかりのビギニングガンダムを両手で抱きかかえたまま、電柱の上に静かに佇んでいる。
そのガンプラは、シャウアーから見ても素晴らしい完成度のものだった。
仮に自分が同じテーマで作ったとして、同じレベルの作品を作ることができるかどうか。
だが、解せない部分もあった。
ワン・オー・ワンの対戦だった筈が、何故、目の前に乱入者が存在しているのか。
「……横槍とは無粋な真似をするものだ」
想定していなかった事態に、上手くそれらしいセリフを吐くことも出来ない。
だが、そんなシャウアーに対して、影忍は手近な民家の屋根にビギニングを下ろしながら、器用に肩をすくめてみせる。
その動作の滑らかさから、内部にどれだけの改造を施しているのだと内心舌を巻くシャウアーに対し、女の声が皮肉げな響きを持って返答を行った。
「あら、ごめんなさい。傍から聞いていてあんまりに聞き苦しいSEKKYOU、NANNKUSEだったから、ついつい手を出しちゃったのよ……ねぇ」
問うような響きの声と共に、影忍の姿が消える。
瞬間、背筋が凍るような冷たいプレッシャーを感じ、シャウアーは反射的にサーベルを背後に構える。
ビーム刀身を半ばまで耐ビームコーティングが施された苦無が切り裂き、鍔迫合うサーベルと苦無を挟み、影忍の顔面がモニターに大写しになった。
「あなた、何様?」
真冬の湖の様に冷たい声。
バルカンを打つよりもサーベルを押し返すよりも早く、フォーエバーに衝撃が走る。
バックパックに装備していたビームキャノン型ファンネルの一基が、いつの間にか刺さっていた手裏剣によって破壊されたのだ。
「あなたのフォーエバーは確かに凄いわ。基本的なモデラーとしてのテクニックは全て抑えて、リアル志向気味のダメージ加工のお陰で本物と見紛うほどよ」
その声には、確かに心から賞賛していると分かるものだ。
だが、同時に憤りを感じている事も確かに伝わってくる。
「でもなに? パーツのはめ込みが甘い?ゲートカットも甘い? 目のシールが歪んでいる? ────素人相手にムキになって、馬っ鹿じゃないの!?」
赫怒の叫び。
呼応するように風雨が吹き荒れ、雨に紛れて影忍から吹き矢が飛んだ。
フォーエバーはスラスターに脚部の跳躍を加え、空に逃れる。
「馬鹿なものか。真のガンプラマイスターを目指すのであれば、これでもまだ足りんほど!」
空は、ファンネルを持つフォーエバーの領域。
相対する影忍のビルダーは自分に匹敵する技術力を持っていると見て間違いない。
しかし使用するガンプラは、遮蔽物を多様する忍者スタイルの影忍。
利用できる遮蔽物のない空中ならばフォーエバーに分がある。
「だから、高みの技術を身を持って教えてあげた、とでも言うの!?」
「そうとも! そして彼は自らの技術の未熟さを知り、打ち負かされた悔しさすらバネにして、駆け上るのだ。ガンプラマイスターの道を!」
レーダーを確認し、敵機の位置目掛けてファンネルを送り込む。
ファンネルの動きもまた、ガンプラとしての完成度の高さがそのまま動きの複雑さ、ビームの威力に直結する。
如何に影忍と言えども所詮はUC初期のMS、フォーエバーのファンネルの前には一溜まりもないだろう。
そんなシャウアーの想像を裏切るように、時間差無く三つの爆発音が響き、射出したファンネルの反応がロストする。
「それが、それが、昨日今日ガンプラを始めた相手にすることかあぁぁっ!」
暗雲に紛れて空から接近していた影忍が、落下による位置エネルギーを加え、忍刀一閃。
ぞん、と、フォーエバーの左腕が肩口から切り落とされる。
レーダーに映らない。
いや、フォーエバーのレーダーはいつの間にか機能不全を起こしていた。
忍者特有のジャミング。
芥子の実や鳥甲(トリカブト)などを始めとする数十種類の粉薬をミノフスキー粒子に混ぜ込み散布することで、MSのセンサー、レーダーを狂わせる、UC時代を駆け抜ける忍の間に密かに伝わる技術。
その名を、忍法ミノフスキー隠れの術という。
作中の記述に限りなく近い成分の粉薬を、ガンプラの内部に仕込んでいるという事実。
その恐るべき事実に気づくこと無く、シャウアーは翻弄され続ける。
見えぬ敵、影忍のパイロットである女は、見えぬ位置、影から影へ跳び移り、フォーエバーの機能を一つ一つ暴力的にそぎ落としながら、叫び続ける。
「誰だって最初は未熟なの! 出来上がるのは、技術も無くて、合わせ目も消さず、みっともない出来でしょうよ!でもねぇ! ニッパーが無くて、ハサミでランナーからパーツを切り離しても! シール貼る位置を考えてるうちに、手垢で粘着力が弱くなっちゃっても!」
振り向く間も与えない怒涛の連撃。
シャウアーは驚愕していた。
これほど回転率の高い連撃を行う機体にするには、どれほど可動部に手を入れればいいのか、想像すらできない。
腕が脚が、腰部にマウントしていたハンマーが、余りにも尖すぎる忍刀によって刻まれ、嬲り殺しにでもされているかの様に、抵抗すら許されずに破壊されていく。
「……それでも! 完成した時、そのみっともないガンプラを見て、『嬉しい!』『かっこいい!』って」
だが、切り刻まれながら、シャウアーには筐体越しに感じられる思いがあった。
いやむしろ、その思いこそが最もシャウアーを驚かせていたのかもしれない。
この、影忍を作った女性もまた、ガンプラを愛しているのだ。
……考えてみれば、それも当然の話か。
あの影忍は、ただ精巧なだけではない。
そのボディのモールド一つ一つに至るまで、ただ高いだけの技術では感じることの出来ない、作り手の深い拘りと作品への愛が感じられる。
あのガンプラを作ったビルダーが、ガンプラを愛していない訳がない。
「そう心から思えることが、本当のガンプラってもんでしょうが!」
一際大きな衝撃。
手足の殆どを切り落とされ、しかし、頭部バルカンとサーベル一本が無事であるため撃墜判定にならず、そのまま地面に墜落したのだ。
辛うじて生き残っていたフォーエバーのメインカメラが、影忍の姿を捉えた。
連撃によって生まれた気流の乱れの為に雲が割れ、暗雲の隙間から太陽の光が差し込んでいる。
「……ガンプラを本当に好きになれば、技術なんて、自分で勝手に身に着けていくもの。あなたがしているのは、ただの初心者狩りよ」
エンジェル・ラダー(天使のはしご)の影に立ち、忍刀を突き付ける影忍。
デュアルアイを伝う雨粒に光が掛かり、それがシャウアーには、影忍が涙を流している様に見えた。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
ある休日の昼少し前の事。
行きつけの玩具屋に、三人で作ったプラモを持ち寄り、展示してもらえる出来かどうかを店長に見てもらいに行く事になった。
姉さんはともかく、俺も美鳥もプラモの作成改造に関してはそれほど造詣が深いわけではないので、プロフェッショナルである店長にドバイスを貰いに行こうという話になったのだ。
HJのオラザクを見て三人揃って影響されたというだけの話なのだが、始めたからには全員本気。
しかし、持てる技術の粋を集めたプラモを持って電車に乗り、駅からてくてくと歩いていつもの玩具屋に向かった俺達を待ち受けていたのは、妙に近未来的なプラモシミュレーターが設置された、現実では見たことのない玩具屋。
入ってみればガンプラマイスターなるプロモデラーが、つい先日プラモに興味を持って始めたばかりの少年相手にTUEEEした挙句に唐突に指導を行なっていた。
あれだ、いわゆる『見所のある未熟者に先達として指導してやっているのだ』という上から目線。
まぁ、満場一致で巨大なお世話だろあいつ……という結論に至ったので、余っている筐体をちょちょいといじって、タイマン勝負に姉さんが代表で乱入する事に。
結果?
リアルUCを生で切り抜けて、数々の異名を付けられたらしい姉さんが負けるとでも?
「あー、すっきりしたぁ」
トリップを終えて、無事数時間で元の世界に戻ってきた姉さんは、そう言うと大きくそのばで背筋を伸ばした。
「やっぱ偶にはおもいっきりSEKKYOUかまさないと……って、どうしたの? 卓也ちゃんも美鳥ちゃんも。豆が鳩鉄砲喰らったみたいな顔して」
「なにその場面ちょっと見てみたい。……いや、初めて姉さんのSEKKYOUシーン見たなぁ、って思って、ちょっと感動してた」
「うん、なんてーか、すっげー堂に入ったSEKKYOUだったよね」
遠隔地だから遠見の術で見るしかできなかったけど、シャウアーの表情、あれは間違いなく論破ポされていた顔だった(ので、頭皮がアスラン・ザラになる呪いと股間がエレクパイル・デュカキスになる呪いを掛けておいた)と見て間違いないだろう。
俺もなんだかんだでメカポとか標準装備だけど、姉さんの様に叩きのめしながらの論破ぁでポする程の有無を言わさぬ説得力は持ち合わせていない。
いや、確かにシャウアーに対する姉さんの言葉は、あのアニメ見たまともな視聴者なら誰しもが思うだろう事だったし、
シャウアーを倒して、ボコられていた少年にガンプラ作成の入門書を与えたところでトリップ終わったから、間違いなくあの世界はシャウアーの小姑リンチを妨害する為の世界だったんだろうけど。
「姉さん、いつものトリップとキャラが違ってた。でも、うん、いいよね、熱血」
「まさかシャウアーも、自分が初心者に小姑する事はあっても、いきなりあそこまで温度高い横槍入れられるとは思うまいよ」
「そこはそれ、ホビーバトル系の作品はノリが良い方が勝つって法則があるから」
なるほど確かに。
イメージ力が重要になるカードゲームとかで現実のように静かにバトルを進行するキャラが出てきたとして、それが強キャラだとあまり話が盛り上がらなそうだ。
強い奴はまず『THE☆』を付けるし、ライドの時には専用のセリフをカード毎に用意しているし、謎トイズを発現するし、販促アニメでも平気でオリカを使い始めそうになる(未発売なだけの場合もある)し、おまけに目つきも悪役だ。
姉さんのあの熱血説教もそれと同じ類のものなのだろう。
俺も神姫にライドする時は、何か専用のセリフを、パクリでもいいから考えておくべきかもしれない。
「ところで、卓也ちゃんと美鳥ちゃんはどうだったの?」
どう、というのは、プラモシミュレーターの事だろう。
現実問題、リアルMSに乗ったことがあろうとも、『自作したプラモをデータ化して、パイロットとして操って戦う』なんていう、小学生の頃に月刊マンガの分厚くて小さくてマイナーな方で連載していたネタの現代版があれば、やってみたくなるのが人情というもので。
俺と美鳥も、姉さんがあっちのタイマンに乱入する傍ら、余っている筐体と店長に見てもらう予定だった改造ガンプラを使い、一対一のタイマンを行なっていたのだ。
行なっていた、のだが……。
「うー、ん……なんか、ね」
美鳥が歯切れ悪そうに俺に同意を求め、俺はそれに頷く。
「……恥ずかしながら……搭載してある幾つかの武装が、認識されなかった」
いや、確かに武装の殆どは既存のガンプラの改造品ですらない、フルスクラッチの武装ばっかりだから、仕方が無いと言えば仕方が無いのだけど。
なんか、拍子抜けというか。
友人のお父さんの時計を使ったビームキャノンが認識されるタイプのものではないにしても、もう少し融通を利かせて欲しいというか。
「? お姉ちゃん、リアルミノフスキー粒子とか芥子の実とか入れて、認識したけど」
不思議そうに首を傾げる姉さん。
「だよねぇ……なんでだろ」
釣られて俺も首を傾げる。
確かに、リアルグレード的に内部構造を凝ってみたものの、素材に関してはそれほど突拍子もない物を使ったわけではない。筈だ。
それだけに、姉さんの謎の拘りが入った素材からして違うミノフスキー隠れの術が起動したのが納得いかない。
「まずそこら辺、どこまでがありで何処までが無しかわからない、ってのが頂けないよね」
美鳥もそんな感じらしく、少し落胆気味だ。
少しだけ期待していたシミュレーターが、あんな微妙な出来だった事が、ではない。
実際プレイしてみれば、武装が限定され、想定よりも動きが鈍かったとしても、楽しいものは楽しかった。
純粋に兵器を作って戦う時とはまた違った喜びがあるものだし、自らの模型技術が未熟である事を差し引いても楽しむことはできた。
俺と美鳥が落胆している理由、それは、
「フィクションのプラモシミュレーターですらああいう辛口評価するんだから、店長に見せても、良い評価が得られる訳がないよなぁ」
これに尽きる。
姉さんはいいだろう。
シミュレーターは、姉さんの作り上げた影忍の機能を余すところ無く再現し、高い評価を示していた。
だが、俺と美鳥のガンプラに対する評価は、実に微妙なもの。
100点満点中、65点といった具合だろうか。
ガンプラの評価を示すステータスはお店に頼んでプリントアウトすることもできたのだが、思わず断ってしまう程に低い評価だった。
そんな無様な出来のガンプラを、他ならぬ模型のプロフェッショナルに見せて、評価を仰ぐことなどできるだろうか。
「ガンプラの入門書とか、技術講座の載ってるHJとか電ホビとかも掘り出して勉強したのに、このザマとか……」
「ああ、ノリノリでプラ板を加工して局面装甲を作っていた自分が恥ずかしい……!」
その場で美鳥と共に地面に膝を付く。
平日昼間なだけあって周囲に人通りは少ないが、少し離れた場所で子供が指差しているのが見えた。
やめろ、やめてくれ。
今の俺は子供に指差されて笑われるだけの価値もない男だ。
二十半ばになって、ろくにガンプラ一つ作れない男なのだ……!
「ああっ、こら! 二人共こんな路上で茂らないの! とりあえず立って、精神的に立ち直るのは後で良いから物理的に!」
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
場所を寂れた喫茶店に移し、俺達三人はようやくゆっくりと落ち着くことができるようになった。
店内に流れるのは流行のJポップ。
店の内装に合わせて選曲をしているわけでもない、契約している有線を垂れ流しにしているやる気のないBGM。
しかしそのやる気のないBGMは、やる気のない、個性も特徴も出すつもりが無さ過ぎる店内の内装に絶妙にマッチしている気がする。
「落ち着いた?」
「すごく落ち着いた」
分かり易い笑顔を見せる美鳥。
どうやらここに移動するまでに感情の最適化が行われたらしく、先程までの落ち込みようが嘘のようである。
かく言う俺も、移動中は『やめてくれ姉さん、俺は、俺はチーズ蒸しパンになるんだ……』などと嘯いていたような気がするが、今ではすっかり落ち着いている。
人は前に進むことのできる生き物なのだ!
「ごめん姉さん。さっきはなんていうか、一作目EDで修行の旅に出たのに、続編で再登場したら特技も全部忘れて初期ステータスに戻ってた、みたいな気分でさ」
何故だろうか、昔、コロニーで土いじって姉さんフィギュアとか作ってた頃は、もう少しまともな物を作れていた気がするのだが。
いつの間にか続編になって、その辺の経験値が全て没収されていたりしたのだろうか。
「うん、過ぎたことでくよくよしても仕方ないものね。──それじゃ二人共、作ってきたガンプラ出してみて。お姉ちゃん、これでもガンプラは昔とった杵柄ってやつだから、アドバイスしてあげる」
「よ、よし、やってやろうじゃん」
「俺は、正直気乗りしないけどなぁ……」
一瞬どもりながら、それでもガンプラを取り出す美鳥に続き、俺もガンプラを取り出す。
正確な判定を行う機械にはっきりと『びみょう』と採点されてしまった造形物を、『たいへんよくできました』を貰った姉さんに見せるのは少し気が引けるのだが、成長のためならば仕方が無い。
少なくとも、それ程親しいわけでもない店長に直接不出来なガンプラを見せるよりは恥ずかしくないし。
俺と美鳥は、ラジコンの部品などを入れる少し大きめの箱から、MGサイズのガンプラを取り出し、姉さんに手渡した。
「あら、素敵なガンバ……ザクと、イデオ……ジムじゃない」
一瞬ガンダム系列以外の名前が出た? 知らんなぁ。
さて、姉さんの手に渡された俺と美鳥の改造ガンプラは、姉さんも行った通り、何の変哲もないザクとジム。
ただ、俺の黒くて200メートルくらいありそうな印象のザクは少しばかり戦闘機二機に、美鳥の赤くて100メートルくらいありそうな印象のジムが少しばかり三機の戦闘機とか車両っぽいメカに分離する程度だ。
設定的に俺のザクが縮退炉のツインドライブだったり、美鳥のジムが無限力と泣き叫ぶ赤ん坊を搭載していたりするが、その程度の設定はどこのタッツンだってやってることじゃないか。
「うーん、これくらい出来てたら、武装だってちゃんと読み込んでよさそうなものだけど……」
「一応、分かり易い武装は機能したんだよ。トマホークとかミサイルとかキックとかホームランとかは動いたし」
「あたしだって、ミサイルと格闘は動いたよ? グレンキャノンもだ!」
手裏剣も付けるぜ!
そんな事を考えている間に、ガンプラを検分していた姉さんの表情が変わり始めた。
装甲を外し、内部機構に差し掛かったところからだ。
何かに気が付いた様な表情から、訝しげな表情に変わり、眉の間に縦皺を作った渋い表情へ。
「二人……、いや、卓也ちゃん。この内部機構のデザインって、もしかして、技術面から考察して作ったりしてる?」
「? うん、一応、素材とかを変えて、実物大で作れば動くように設計図引いて、そこから少し簡略化してプラモに落としこんであるけど」
残念ながら縮退炉に関しては独学だが、動かない、という事は無い筈だ。
何しろ気の遠くなるような年月かけて培った技術がある。そこら辺に抜かりはない。
何故そんな当たり前の事を聞くのだろうと不思議に思うが、姉さんの何時に無く深刻そうな表情を見て、問いただす気が失せてしまう。
どうやら姉さんは、俺と美鳥の作った改造ガンプラから、何か、重大な何かを発見してしまったようだ。
「……お会計済ませて、まずはおうちに帰ろっか。ちょっと、次のトリップ先決めないといけなくなっちゃったし」
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
鳴無家、地下秘密格納庫。
普段は姉さんが作った漬物などを置いてある氷室の脇に、持ち運び式の亜空間を設置することで生まれる、主に俺のお遊びとか研究のスペース。
東京ドーム換算ですら少しわかりにくくなるレベルの広大な空間には、得も言われぬ魔改造が施された巨大ロボやパワードスーツ、改造人間の標本などが並べられている。
更にはバージョン毎に並べられ、特徴や欠点、次回バージョンアップに改善するべき部分などが記されたメモ付きの生体ポッド。中身は当然大量のフーさんだ。
改造済みの機械以外にも、魔術の研究資料やレポートが収められた棚、手術台などが雑然と配置され、俺がトリップ先でしているような研究は大体ここで再開することが可能になっている。
そんな俺の自室とは少し趣きを異にするプライベート空間は、今、姉さんの激しい侵攻を受けているのであった……!
「これは……ダメ、これもバツ、これは論外、ああ、もうっ! 嫌な予感はしてたけど、ちょっとこれは酷すぎるよ!」
「客観的に見て姉さんの所業も大概酷いよ!?」
姉さんが手にしているのは、巨大な赤ペン。
何の変哲もない、魔ペン『ダイナシ』の親戚の、添削用の魔赤ペンであるらしい。
その赤ペンを容赦なく振り下ろす度に、俺のコレクションである魔改造機動兵器がバラバラに分解、封印されていく。
いや、厳密に言えば封印ではない。
姉さん視点で減点対象となる部分を、装甲を外して分かりやすくした上で、改善点、問題点を箇条書きした修正案が添付しているのだ。
ただ、疑問が残る。
あれらの機動兵器群は、確かに俺の持つ科学技術の粋を集めて作り上げたものであり、封印と見紛うほどの修正案が貼られるようなものではない筈なのだ。
「ぜんぜん酷くない、むしろ卓也ちゃんの技術力の方が酷い!」
ビシィ、と、ほぼ完全解体寸前まで追い込まれた俺の旧メカゴジラ再現版の上から赤ペンを突き付ける姉さん。
「さては俺が今でも密かにボスボロット式スパロボ制作術や木原マサキ式機動兵器構造学、更にはドクターウエスト直伝超逸般科学を磨き続けているのを知らないね? あれら優れた技術と発想を取り入れた俺の科学力に不備は無し!」
「言ってて気付こうよ! ────真っ当な科学技術、一つも学んでないじゃない!」
……。
…………。
……………………。
「はっ!」
いかん、思わず場面転換が可能な程の長時間、思考を停止させてしまった。
俺は再現旧ゴジの上で見えそで見えない地味下着をチラつかせながら仁王立ちしている姉さんから少し視線を逸らし、記憶を手繰り寄せる。
「いや、待ってくれ姉さん、俺にだってほら、まともな師匠の元で科学技術を学んだことくらい……」
だって、魔術ならシュリュズベリィ先生っていうすっげぇ偉大な先生が居るわけだし。
ちょっと前のデモベ世界へのトリップだって、機神招喚を覚えるまではほぼ科学技術頼りで戦ってたし。
スパロボ世界だと、主人公チームを実質的に壊滅にまで追い込んだのは、当時の俺の科学技術の粋を集めて作った機体だった。
だから、ほら、覚えてないわけないんだって、なぁ!?
『ここまで科学技術は盗んだりコピーしたりほぼ独学』だなんて、ありえるわけが、あり、える、わけが……。
「あー、言われてみりゃお兄さんのメカ知識って、良く言えばスーパー系だよね。しかもダイナミック気味の。工学知識ってよりスーパーロボット知識っていうか、大味っていうか」
美鳥の言葉がホロボルトプレッシャーとなって胸に突き刺さる。
その場で、俺の膝は俺の意思を無視し、力を失い崩折れた。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
後に行われた筆記試験の結果。
機動兵器に対してリアル系のアプローチを行える俺の知識は、スパロボ世界で手に入れたSEED系MS、MF、ASと、申し訳程度のSPT技術のみ、という事が判明した。
これらの技術に関しても、本来ならばデモベ世界での長年の技術研究で更にバージョンアップされていてもおかしくはないのだが……。
「これは、酷い」
木製の机の上で、姉さんの添削を経て真っ赤になった答案を読み返す。
こうして冷静になって見返してみると、とても常人の発想で作られるまともな技術ではなくなってしまっている。
良く言えば設定甘めのスーパー系技術、少し悪っぽく言えばマッドサイエンティストぽい。
「うはは、なにこれひでぇ。お兄さん、これちょっとドクターの影響受けすぎじゃね? 本気で悪く言えばマジキチ」
後ろから覗きこむ美鳥が俺の答案用紙を見ながらゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
これが文字上の言葉であれば、間違いなくカギ括弧の中の語尾にはwの文字が大量に並べられているだろう。
否定したい、むしろゲラゲラ笑う美鳥を殴りつけて蹴り倒した後に痛みを強要する系の性的虐待をして無理矢理に黙らせてしまいたい。
「え、マジで!?」
「心を読むな。そして目を輝かせるな」
実行したら黙るどころかこちらを更に煽って言外に更に過激な続きを要求し始めるので実際には行わない。放置が一番。
それに、否定も口封じもまるで意味が無い。
何しろ、美鳥に今言われた事は十割事実。
俺は科学技術という一面において、あの○○○○を割と信奉している。
だからこそ、ドクターの元で助手などを何度か勤めた後に、俺の持つ科学知識とドクターの元で手に入れた知識を融合させた。
そして、それはそれ以降、ループ開始地点が原始地球になった後の研究にもフィードバックされている。
リアル系技術にまで、ドクターのマジキチ知識を食い込ませてしまっているのだ。
それこそが、俺と、基本的には俺と同じだけの技術を持つ美鳥のガンプラがシミュレーターに正確に反映されなかった理由。
俺と美鳥のガンプラに施された内部ディティールは、リアル指向のシミュレーターにとっては荒唐無稽過ぎて、正確に動作する機構としては受け入れられなかったのである。
「これはね、後々の話になるだろうけど、わりと致命的な問題だとお姉ちゃん思うの。卓也ちゃんもそう思うでしょ?」
「ん。今の所は問題ないけど、も少し先の事を考えるとね……」
メカ、ロボ系アニメや漫画、小説などが少なめになっている昨今でも、やはりリアル系、スーパー系の強さ、技術力に関する関係は絶えず推移を続けている。
昔からあったスーパー系ロボットの場合は派手さが増したり規模が大きく、具体的な数値が出せるようになったりなどがあるが、リアル系は少し話が違う。
一昔前ならリアル系と呼ばれていた系列のメカは、昨今の視聴者、読者などの細かい突っ込み耐えられる様に設定が細かになされ、その過程で物語を広げるために十四歳大喜び要素──厨二設定を盛り込む事が多くなり始めている。
言わばOSR値の違いを、厨二型リアル系は戦闘に持ち込んでしまえると言ってもいい。
そのため、ある一定のレベルを超えると、リアル系とスーパー系の力関係がOSR値の強弱によって逆転し、リアル系が圧倒的な優位に立ってしまうのだ。
もちろん、これはある意味では偏見なのだが、そういった偏見がトリッパーにとってはとても厄介なものになる。
例えば、ネギまの魔法使いたちの思想を、二次創作などから得た偏った知識により『立派な魔法使い』ではなく『正義の魔法使い』と間違えて記憶するとしよう。
あるいは、リリカルでマジカルな世界において、『クロノは仕事に真面目で正義感あふれる公僕。なのはとフェイトの戦いで次元震が引き起こされる可能性を危惧して危険を顧みずに飛び込んだ』ではなく、『クロノはレズ作品で空気読まずにカップルの馴れ初めシーンに割り込むKY』と記憶したりするとしよう。
この偏見、かなりの割合でアンチ系二次創作に用いられる。
すると自然、『正義の魔法使いが溢れる魔法使いに支配された学園都市』というアンチしやすい世界も存在してしまうし、『クロノが全体的にKYで、クロノ及び管理局を貶める為の不自然な無能化』が肯定された世界も存在できてしまう。
そして、俺達が行かなければならない世界というのは基本的に『何処かの誰かが頭に思い浮かべた二次創作世界の出来損ない』である。
故に、トリッパーである俺達は『リアル系は厨二力によってスーパー系より つ よ い(偏見)』という法則の存在する世界に行かなければならない可能性が極めて高い。
そういった世界で、リアル系の技術大系を無視してスーパー系技術でマシンを組むのは非常に危険だ。OSR値が下がってドクターのように噛ませになってしまう可能性がある。
俺の場合は魔術で厨二要素を補填する事もできるが、何らかの設定により魔術的な要素が一切使えない世界だってありうる。
「そこで! お姉ちゃん考えました!」
バンッ! と姉さんが手をホワイトボードに叩きつけると、『ひっ』という声と共にホワイトボードの隅に小さく書かれた白髮小豆ジャージのマスコットキャラが身を竦め、今回のお題がホワイトボードに浮かび上がる。
因みにあのマスコットキャラに意味は無い。しいて言うならホワイトボードを叩きやすくする効能があるらしい。
テストが始まる前に俺も美鳥も叩かせてもらったのだが、確かにあの怯え顔のお陰で心地よく平手を叩きつけることができた気がする。
そして、涙目になったマスコットとはまったく関係なく姉さんの魔法によって浮かび上がった文字、それは。
「『卓也ちゃんの哀れな科学技術矯正計画』?」
「そう! ダイナミック系列のギャグ技術と主人公がラスボスという一種のギャグ技術、そして神の思惑をも越えちゃう恥ずかしいキチ技術によって正道から外れちゃった哀れっぽい卓也ちゃんの科学技術を、無理なくまともな科学技術に矯正するの!」
ああ、哀れなのは確定なんだ……。
「実際問題ね、卓也ちゃんの一番の得意属性だし、あんまり歪んだ形で放置するのもダメだと思うの。キチガイ地味た科学技術が全部ダメ、って訳じゃないんだけど、正道を知らずに頭おかしくなるより、正道を知っていながら気が狂ってる方が有利だし」
「確かに、最初からキチガイで通してるキャラより、途中からキチガイになるキャラの方が強かったりするような」
そうでなくても、まともな知識を得た上で突飛な発想を持った方が有利といえば有利だろう。
応用問題は解けるけど、初歩の問題を解けないなんてのは論外だ。
知識は重さのない最大の財産で武器で防具。正道と邪道を併せ持っていた方が良いに決まっている。
「そんで、今回のトリップは結局どこにすんの?」
「出来れば、最終的には純粋科学で惑星よりおっきいロボとか作っちゃう世界の技術に適応して欲しいんだけど、最初は軽めのジャブとして……これ!」
美鳥の問いに姉さんが差し出したのは、十数枚のDVDと数冊のビジュアルブックと設定資料集。
なんというか、言葉を濁さず言うならば。
「ガンダムか……そうか、言われてみれば、俺はガンダムだった」
その気になればこの場でガンダムになれないでは無い的な意味で。
「そういやあたしもガンダムだった。ガチで」
思い出したように言う美鳥は悪魔的なガンダム経験者だった覚えがある。
「流石卓也ちゃんと美鳥ちゃんね。まあ、当然お姉ちゃんもガンダムにしてガンダム・ザ・ガンダムなんだけど、ここらへんは基本よね。あの山だって見ようによってはガンダムだし、あの山を流れる小川のせせらぎだってガンダムみたいなものよ」
更に続く姉さんの説明によればトリッパーは大概ガンダムだし、広義の意味で言えば人類はガンダムと言っても過言ではないらしい。
まぁ、これらは少し言い過ぎにしても、大体このガンダムはそんな雰囲気のガンダムと言っていいだろう。
一見して特別な立ち位置に居るガンダムだが、時が過ぎて時代が流れれば一般的なものに変わっていき、特別性を失う。
不理解から理解へと繋がる分かり合えた系ガンダムと言ってもいいのだが、如何せん劇場版後にやっぱりわかりあえて無い系の勢力が残っていたりするのが玉に瑕か。
「別に最新のガンダムがダメって訳じゃないんだけど、あっちはちょっと設定ふわってしてるし、こっちならめんどくさい細かな設定もあるし、まっとうな科学技術を学ぶにはもってこいなんじゃないかなって」
「そうだね、別に最新のガンダムが悪いわけじゃないけど、どっちの科学技術を学びたいかって言われればこっちになるかな」
デザインとかも加味して考えれば間違い無くこっちに軍配が上がる。
別に最新のTVガンダムをディスってるわけではないけど、どっちかって言えばこっちの方がまだ抵抗なく謙虚な姿勢で学べるだろう。
OSR値も、腐女子の方々や俺含む十四歳の頃の素直な気持ちを忘れない連中からの評価から高いものと思われる。
というか、最新のガンダム、見てないし……。
「あたしも、某H監督はでしゃばり過ぎなきゃ天才って思うけど、最新ガンダム世界行くくらいならあたしのミリオンアイネスでLBXと戦う方が実りがあると思うなー」
神姫と変わらないサイズでリニアモーターカーを押し止めたりできるしなぁ……。
神姫も神姫で個人暗殺用の爆弾にされたりでエグい使われ方してるけど、あっちより危険性はダンチで低いし。
「あ、そうだ。今回は純粋に科学技術だけ学んでくればいいのかな?」
ふと疑問に思い聞いてみる。
これまでは何だかんだで救済を学ぶだのなんだのと別の目的があった気がする。
俺自身テストの結果から危機感を得ているので、可能であればそこら辺の小目的も含めて計画を練っておきたいのだ。
「急務は科学技術の矯正だから、今回はそれだけでいいよ。あ、でも単独行動の訓練とかも含めて、美鳥ちゃんの行動は少し制限入れておくね?」
言いながら、机の前に歩み寄り、腰を曲げて顔を近づける姉さん。
そのまま、流れるように自然な動作でこちらの顎を指で上げ、口吻。
唇を通じて、姉さんが俺の構造体に干渉、サポートAIである美鳥の体外活動と思考に幾らかの制限を掛けていく。
背後で美鳥の肉体が消滅した。本体である俺の内部へと戻されたのだろう。
少しばかり不便になるかもしれないが、これが本来の形なのだし、いざという時の為に慣れておくのも必要かもしれない。
必要な処置が全て終わると、姉さんがゆっくりと唇を放した。
舌を深く絡ませる事もなく、舌先が触れ合う程度の口吻は、互いの味よりも体温を強く感じる気がする。
姉さんは唇を離すとしばらく両手で口元を抑えて、
「今、思ったんだけど、机越しだと女教師と生徒みたいで、ちょっとえっちいよね……」
尻すぼみに呟く。
そういうプレイを最初から意識しておこなっていたわけではないからか、ほんのり恥じらいから頬を染めている。
「姉さん、解説用にタイトスカートのスーツとメガネつけといて、それは今更過ぎるよ……」
姉さんの珍しい微妙な恥じらい姿を記憶の中にしっかりと記録しながら、俺はトリップに必要な荷物のリストを思い浮かべるのであった。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
西暦2091年。
とある孤島にある屋敷の中で、二人の男が語り合っていた。
いや、語り合っていると言っていいものか、椅子に座り紅茶を手にした片一方の男が、無数のモニタが備え付けられた机に向かったままの男に、一方的に語りかけている。
備え付けられたモニタに映されるのは、どれも現在の人類の科学力では考えられない新理論の数々。
だが、机に向かう男の手は動いていなかった。
理論は完成し、あとは細かな部分を詰めていくだけという段階にあり、作業を続行しない理由は無い。
それは偏に、机に向かう男が椅子に座り語りかけてくる男の話にしっかりと耳を傾けているからに他ならない。
「意識を伝達する新たな原初粒子の発見、その粒子を製造する半永久機関の基礎理論の構築、量子型演算処理システムの発明、軌道エレベーター建造に伴う太陽光発電システムの提唱……どれも我々人類を豊かにする大変な技術だ」
椅子に座る男もまた、その言葉を冷やかしの為に投げかけているわけではない。
その証拠は、机に向かう男の作り出した技術を褒め称える彼の手に握られたカップ。
その中の紅茶は既に冷め切ってしまっている。
机の男の持つ技術について語るのに熱中するあまり、淹れた紅茶を飲む事すら忘れてしまっているのだ。
冷めたカップを手にしたまま数々の新技術を語る、椅子に座る濃緑の髪の優男。
彼もまた科学者であり、机に座る、筋張った険しい顔の男とは対等な友人であった。
「でも君は人間嫌いで、こんな孤島に一人で過ごしている」
表情を変えない、僅かな笑みを浮かべた表情のままで、皮肉の様な言葉を投げつける。
しかし、その言葉の内容からは皮肉というよりも、憤りや不満が感じられるだろう。
科学者としてだけではなく、机の男の趣味であるチェスにも付き合う程に親しい友人である椅子の男は、机の男の現状に僅かながら憤りを感じているのかもしれない。
それは人間嫌いであるという机の男の嗜好に対してではなく、大げさな言い方をすれば、彼を人間嫌いにしてしまう、大きな括りでの人類に対する憤りか。
「……私が嫌悪しているのは、知性を間違って使い、思い込みや先入観に囚われ、真実を見失うもの達だ」
ここで、初めて机の男が言葉を返した。
筋張った、同年代である椅子の男よりも老けて見えるその顔に浮かぶのは、その言葉とは裏腹に嫌悪とは異なる色を含んでいる。
「それらが誤解を呼び、不和を呼び、争いを産む」
丸眼鏡の奥に見える目は、ここではない何処かの何かに向け睨みつけるように細められ、しかし、その睨みつけるものに哀れみ、悲しみの感情を向けているように見える。
「解り合わせたいのだよ、私は」
その悲しみと哀れみは、彼が嫌悪していると言ったものだけに向けられたものではない。
解り合わせたいという願いを持ちながら、直ぐ様に解決策を作り出すことの出来ない自らの力の足りなさに対する不甲斐なさ。
モニタの光に照らされる男の表情は、『自分を含む』嫌悪するべき人種への思いに、僅かに下向きに歪む。
「それが君の求める世界か」
机の男の短くも本音の乗った返答に僅かながらの満足感を得て、ようやく冷めた紅茶で喉を潤していた椅子の男が嬉しそうに呟いた。
単純な人間嫌いではないと思っていた友人が、彼の想像よりも素晴らしい未来を見据えていた事に対する、一種の誇らしさの様なものを感じたのだ。
「人類は知性を正しく用い、進化しなければならない」
机の男が僅かに椅子を引き、振り返る。
椅子の男に向けた顔は、強い決意に満ちていた。
「そうしなければ、宇宙へ、大いなる世界へ旅立っても、新たな火種を産む事になる……それは、悲しい事だ」
人類の新たな世界への旅立ち、そのための進化。
一人の人間が考えを巡らせるにはあまりにも大きすぎる問題だ。
しかし、机の男の頭の中には、それを成すための壮大なプロジェクトの大筋が既に完成しつつあった。
意識を伝達する原初粒子、その粒子を製造する半永久機関、電子世界を密かに支配できる程の量子型演算処理システム、軌道エレベーターと太陽光発電システム。
今研究している様々な技術は、ほぼ全てがそのプロジェクトの為に生み出されたと言っても過言ではない。
誤解なく、分かり合える様に、人類全てが一歩先へ進むための計画。
そんなものを考えるのが如何に傲慢な事であるかは、誰よりもその計画を練り続けている男自身が一番良く理解していた。
だからこその決意。
傲慢と罵られようと、狂人と恐れられようと。
この計画で、何時の日か必ず人類はそこに辿り着かせる。
例え、それが人々に痛みを強要する事になったとしても。
そして椅子に座る男は、そんな机の男の内心こそ解らずとも、男の溢れる才気を持ってしても抱えきれない程の重荷を抱えている事を、長年の付き合いから察することができた。
そして、何故、今このタイミングで自らの理想を語るのか。
遠まわしに手伝いを頼んでいるわけではない。
助力を乞うのであれば、もっとストレートに物を言うのがこの偏屈な友人の性格だ。
きっと、この友人は誰かに知って欲しかったのだ。
後に、事を進める段になれば誰かに話す事もあるだろう。
だがそれ以前の段階として、その壮大な未来図を、他の誰かと共有したがっている。
椅子に座る男は、その友人の偏屈な態度からは想像も付かないだろう僅かな子供っぽさに苦笑しながら、
「イオリア……」
名を呼んだ。
彼の語る未来の続きを促す為に、エターナル・アラン・レイの友である、イオリア・シュヘンベルグの名を呼び────
《たかだか個人が、人類全てを新たなステップに進めようとは……》
意思が、二人の脳内に響いた。
脳髄に染みこむような、
《────その欲望素晴らしいっっっっ!!!》
頭蓋を貫くような打撃力のある意思。
耳を塞ぐことも敵わない、拒絶すら許さない、ただ発せられるままにぶつけられる感情の発露。
イオリアとレイは脳を引き裂かんばかりの感情の伝播に導かれるように、窓の外を見上げた。
青く晴れ渡っていた筈の空は、いつの間にか、鋼の色に染め上げられていた。
窓の外に見えるのは、巨大な金属の塊だ。
極最近開発され始めたMS(モビルスーツ)のようでいて、まったく違う理論で形作られたヒトガタ。
その人型は余りにも異質だった。
頭があり、首があり、胴があり、腰があり、足がある。
一見して人間とそう変わらないシルエットであるにも関わらず、見た瞬間、誰もが理解できてしまう。
人類の発想からはかけ離れ過ぎた異形の機械。
人類には到達不可能なのではないか、そう思わされてしまう程に『行き過ぎた』超常の存在。
しかし、ある一つの意味では『理想』とすら言えるだろう。
手を伸ばし近づく事はできても、決して届く事のない、隔絶された存在としての『理想形』
それを見た瞬間、イオリアの脳に電流が走った。
──これだ……!
脳に生まれた新たな刺激に従うままに、イオリアの口舌が、一つの言葉を創りだす。
この世界で、初めて音として表された、未だ存在し得ない、理想の未来へと近づく為のシステム。
「ガンダム……」
本来ならば、他の形で生まれる筈だったその名前は、在り得ざる存在に向け、初めて向けられる事となる。
だが、イオリアの描く未来は変わらない。
目指す為の形が、今まさに、確かな形で定まった、ただそれだけの話。
《そう、ガンダムだ! 強欲なる者よ!》
確信となった。
人は、変わらなければならない。
『対話』の為に、革新を迎えなければならない。
《ガンダムについて、MSについて、この星の技術について、それらすべてによって辿り着く先、君達の欲望について!》
誤解無く、わかったつもりになるのではなく。
すれ違う事無く、互いの願いを、思いを、正当な形で噛み合わせる為に。
不理解を理解し、未知を踏み越え、辿り着かなければならない。
《語り合い、曝け出し────存分に、理解し合おうじゃあないか!》
解り合わなければならない。解り合える存在にならなければ。
そうでなければ、人類に、未来はないのだから。
続く
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いや、流石のこのSSでもガンプラビルダーズにトリップはしませんよ……。という、第五部プロローグな第七十八話をお届けしました。
いや、何がダメって、作者である自分がガンプラの改造にそれほど詳しくないってのが原因なんで、行こうと思えば今回みたいに幾らでも理由づけできちゃうんですが。
部屋の体積的にも、SS書く為に新たにガンプラの技術を磨き始めるのもなんかなぁ、と。
でも二誌同時連載してたビルダーズはどっちも面白かった記憶が。
次のTVアニメ化は思い切ってビルダーズの新しいシリーズで4クールとかやらないかなぁ。無理かなぁ。
そんな訳で、ええ、プロローグ入ったからには宣言しますよ。
機動戦士ガンダムOO編、始まります。
そう、始まってしまいますよ、禁断のトリップが……!
一応、話の流れで嘘になるかもしれませんが、一応、宣言しておきます。
・──性別は変わらない。
なので、せっちゃんTSして少年兵時代に公衆トイレで彼女口しか使えないわよネタとか、ティエリアTSで捕虜になってTINコッドには勝てなかったよ……ネタとか、無いです。
TSしないです。TSしないです。大事なことなので二度連続で繰り返しましたので良く覚えといてくださいね。
あと、公式で恋愛関係のカップルからの寝取りも無いです。ええ、きっと主人公が心に目覚めたとか、そんな理由で。嘘ですけども。
ナノポとか多分途中で面白い使い方思いつかない限り使う予定すらありません。まさに健全。
そんな訳で、花もなにもあったもんじゃない、極めて地味なお話になるかと思われます。
なんかいきなり全ての元凶の元にド派手に登場してますが、次回から超地味に進みます。
なにせ今回の主な目的がリアル系の真っ当な技術を集めてOSR値保持に役立て、最終的にはステキなガンプラを作ることなので。
大幅なパワーアップは無いです。主人公が名を変えながら少し時間を掛けてMSの技術について学んでいき、そのストレス解消に学んだ技術を可能な限り生かしたMSで唐突に暴れたりするだけの話になるので。
大筋も基本的に原作に沿う形になりますし。ちなみにあそこまで派手な導入で原作沿いになる理由とかは次回説明ありますので。
話的には次からちゃんと外伝の辺りまで時間跳びますしね。
長さ的には伸びてもスパロボ編と同じくらい、しかし投稿間隔が長くなってるので長丁場になる地味章ですが、よろしければ今回もお付き合い頂ければ幸いです。
さて、それでは今回はここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、文章の改善案、矛盾した設定への突っ込み、話や文章を作る上でのアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、脳量子波ではない文字媒体での感想、心からお待ちしております。
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出てこない可能性のあるセリフをさも使うのが確定しているかのように出す、
次回予告。
「ようこそ、ソレスタルビーイングへ」
「GNドライブは、ソレスタルビーイングにはまだ五つしかないんだ」
「手は手で無ければ洗えない。得ようと思ったらまず与えよ、ってな。ってことは、どういう事だ?」
「人革か、ユニオン。どちらにしようかな、かみさまの……あ、俺か」
「あの、このデータが……ガンダム、ですか?」
「なんて言うか、定義が難しいんだ。しいて言うなら──」
機動戦士ガンダムOO・P編第一話
『プレパラートの上の理想形』