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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」
Name: ここち◆92520f4f ID:bd9db688 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/29 19:51
少年は、光の射さない闇の中で、今まさに息絶えようとしていた。
古ぼけた小屋の、隠された地下室。
土砂に埋もれかけたこの闇の中に存在するのは、古びた家具、土に埋もれかけた少年と、最後の信奉者を失った古き邪神、魔の植物の骸のみ。
信奉者であり狂信者であった神父と、少年の弟の亡骸は見当たらない。
少年が最後の力を振り絞り邪神を焼き尽くしたその時に、土に飲まれて消えてしまったのか。

──弟の供養だけでもしてやりたかった。

そんな考えが一瞬だけ少年の脳裏を過り、消える。
魔の植物に魂を吸われ、少年は既に連続した思考を続ける事すら出来ない。
だが、そんな少年でも解ることがあった。
今、頭に過る全ての事は、何の意味も持たない。
これから誰にも知られずに死ぬ人間の考える事に意味などあるわけがない。

教会の地下に隠れ潜む怪植物の手から逃れ、しかし、彼の現状は決して勝者のそれではなかった。
怪植物を打倒する事が出来たのも偶然、彼の本能的な精神力操作が怪植物の生体構成に対して破壊的に作用しただけ。
結局は外に出ることも叶わず、何処かに弟と狂信者の死体が埋まっているこの穴蔵の中で息絶えるだけの哀れな被害者。
通気口も出入口も土砂で塞がれた地下室に倒れ、土砂を掘り進む体力も、立ち上がり出口を探す気力も無く、誰にも知られる事無くひっそりと、緩慢に死を迎える。

──今度こそ、死ぬ時だ。

漠然と、迫る終わりを思う。
恐怖も後悔も無い。
恐怖や後悔を抱けるほど、少年は自らの生に執着していなかった。
誰に望まれる訳でもない人生、好きなように生きて、力尽きたら倒れて死ぬ。
誰かの思惑によって、なすすべなく死ぬのは嫌だが、その思惑は潰してやった。
だから、纏わりつく死の感触に対して、少年は嫌悪を感じること無く、受け入れていた。

心残りがあるとすれば、それは幼い弟のことだけ。
弟の死の感触は、少年の手の中に、砕けた魂の傷跡に、未だ生々しく感じられる。
弟は自分とは違った。ひねたところのない、穏やかで真っ直ぐな心を持った、普通の子供だった。
この幼い時代を抜けて、何時か世間に交ざり、何処にでもあるありふれた日常を送ることが出来る真っ当な人間に育っただろう。
そう思えば、怒りが沸き起こってくる。
漠然とした、運命という形のない悪魔に対する怒りだ。
それは本人にとっても何処に向ければいいのかわからない、方向性の定まらない感情。
少年は胸に僅かな苛立ちを抱えたまま、ゆっくりと目を閉じ……

閉じる寸前、視界の隅に、何かがかさりと動くのを捉えた。

それは一匹のネズミだった
不思議な事に、闇の中でもなお黒く浮かび上がり、はっきりとその輪郭を見ることが出来た。
燃えるように輝く三つの瞳を持つ、不可思議な雰囲気のネズミ。

──幻覚か、それとも、

死神か。
そう呟こうとした瞬間、視界の端でネズミが巨大な塊に叩き潰された。
それだけではない。
巨大な塊は土砂を押しのけて現れたのか、今や倒れ伏す少年の身体には差し込む光が当てられている。
ならば、この鉄の塊は重機か。少年の窮状を察して現れた善意の第三者の救援か。

いや、違う。
少年には理解出来なかったが、土をかき分けて現れた鉄塊は明らかに重機とは一線を画す、兵器の厚みを持っている。
その正体は、邪神の庭の外に存在する宇宙において、グーン地中機動試験評価タイプと呼ばれる機動兵器の手指。
本来、怪異に対して有効な打撃を加えることは出来ないはずのそれは、いとも容易くネズミ──ナイアルラトホテップの化身を叩き潰し、少年の危機に一筋の光を当てた。
地上への出口が生まれた。後は、動くことの出来ない少年を地上に運び出し、早急に治療を施せる者が現れればいい。
そこまで都合のいい現実があるのならば、そも少年はこの様な状況に陥っては居ないのだが。

──騒がしい。

この奇天烈な状況にも、しかし少年の得た感想はこれだけだ。
脳細胞がもはや現状を認識出来ないほどに死滅してしまっているのか、いや、そうではない。
そも、彼に取っての生きる目的とも言える守るべき対象、弟は既に死んでしまっている。
少年がこの状況を理解しようとも、積極的に助けを求める事はしないだろう。

だが、そんな少年の心とは裏腹に、未だ彼に死は訪れない。
理不尽な運命に対する行き場のない怒りの感情が彼の魂を賦活し、僅かな時間の延命を可能としてしまったのだ。
故に、彼がその生命を終えるまでの時間、ほんの少しだけ、数十秒程度伸びたその生命に、手を差し伸べる者が居る。

ネズミを叩き潰した鉄塊が土砂を掻き分け、地下室を完全に露出させる。
焦点を結ばない少年の目に写るのは、三角頭に一つ目の鉄巨人。
その胸元が、炭酸の蓋を開けた様な音と共に開き、

「やあ」

中から、見るからに怪しい男が現れた。
何処にでも居るような服装の、しかし、顔に掛けた丸いサングラスに、ニヤつくように僅かに吊り上がった口の端のお陰で、何もかもを台無しにするほどに胡散臭くなっている東洋人の男。
陽の光の元、首から上の印象だけがひたすらに胡散臭いその男は、しかし、先のネズミがまだまともに見えるほどに怪しい。そう、死の間際に居る少年の本能が告げていた。
男は、そんな少年の警戒心や死にかけている状態を総て無視し、酷く、わざとらしいほどに爽やかな声で。

「きみ いいからだしてるね マスターオブネクロノミコンに なってみないか?」

どこからどこまでが幸運で、どこから何処までが不運だったのか。
行き場を無くした自分達が教会に拾われたのは幸運か。
その教会の神父が狂信者であった事は不幸か。

ただ、意識を失う直前、少年は一つの直感を働かせる。
目の前のコレは、幸運でも不運でも、間違いなく最悪な運び方をする厄ネタだろう。
少年──エドガーと呼ばれる孤児は、意識を失う直前の最後の力を振り絞って、大きく舌打ちをしてみせた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

天国にいるか、もしくはとうの昔に転生してヒメマルカツオブシムシかイシガキオニヒトデ辺りに転生しているかもしれないお父さんお母さん。
百%善意から助けた相手に命と引換えレベルの覚悟と生命力を込めた舌打ちをされたりもするけれど、貴方達の息子は今日も変わらず元気です。
……駄目だ死にたい。いや、死にたいってのは大げさだけどへこむ。
俺ってそんなに子供に嫌われるキャラだったかしら。

「そのグラサン──けないんじゃない──?」

ちょんちょん、と触手の先端でサングラスを突くシュブさん。
突かれてずり下がったサングラスを外し、つるに触手をかけてぷらぷらと弄ぶと、そのままこちらの亜空間に押しこんでしまう。

「そこまで悪いデザインじゃないと思うんですけどねぇ……」

今更、メガネ屋に行って俺の顔にマッチするグラサンを買う気にはなれないし、長年愛用した(度々かけていた訳ではないが)愛着もある。
そもそも人から貰ったプレゼントにケチを付けるのもなんだろう。
目は口程にモノを言うという言葉もあるし、こういう、魔術的な直感に優れる子供を相手にするなら、目を隠すのは必然ではないだろうか。

と、まぁ、俺の人相とグラサンの相互作用が見る者に及ぼす心理的な問題は置いておくとして。
宇宙の海は俺のものとばかりに乗り出し、行く先々の地球に来たことのない神々や種族との交流を重ね、地球に舞い戻り姉さんとの二年と少しの僅かな逢瀬を楽しみ、またループして原始地球へ。
そんなパターンを幾度と無く繰り返す事幾星霜。
ざっと十を三桁行くか行かないか程度の回数累乗した数だけループして、久しぶりに見つけた未知のルート。
セラエノ発空気も風もあって星が透明な球体に包まれた心なしかドキドキするスペース経由、確率で発生するワームホール行き、
からの、徒歩三万二千光年のディジット管理マザーボール発ドミニオ乗り換え、終点ジョーカー星団デルタ・ベルン、
乱数調整で発生する全身金ピカのプラモ作るのが糞面倒くさそうなMHとの敵対ルートからの全能攻撃回避により発生する次元跳躍、
跳躍後の着地点に存在した四次元、五次元的に折り畳まれたゴムボールサイズの地底世界、からの、現地の技術者術者洗脳ルート、転送事故で出た海と大地の狭間の世界から、物理的に土を掘り返してオーラロードを開通、こうして無事に元の時代に極めて近い時代の地球に戻ってこれた訳だが。

「中々に良いタイミングでした。まさかこの少年にまた出会うことができるとは」

「知り合──の?」

「ほら、少し前のループで拾い食いした子供ですよ」

「ああ、あの時の──半生ジャーキー──」

「そうそれ」

懐かしいものだ。
あの時は初めて見かけるタイプの規格外の魔術の才能に小躍りして、ギリギリで生きてるのに調味料も無しに踊り食いしてしまったが。
あの時のシュブさんの慌て様ったら無かったな。
慌てて作ったせいか、半分は妙に甘ったるいオーロラソースで食べることになって苦労したっけ。

そして、目の前でベッドに眠るこの少年、ファミリーネームのないエドガー君こそが、その生乾きジャーキーの生前の姿である。
魂吸われてて、そのまま回復させても抜け殻みたいな人間になるのは目に見えていたので、記憶を残して肉体ごと魂の時間を巻き戻して修復。
弟の方も精神耐性つけるために記憶残して巻き戻してやったのだが、こちらはそれほどSAN値が多くなかったのか速攻で発狂してしまったため、記憶ごと総て巻き戻しておいた。

「後はこれからの生活でも保証してやれば、いい恩返しになるでしょう」

味はともかく、能力的にはまぁまぁ美味しかったからな。
このエドガーの肉体、魂とエンネアの肉体と魂の情報を掛けあわせれば、人間としてコレ以上を望めない程の最高の魔術師の才能が完成する。
あくまでも人間の魔術師として振舞わなければならない時の基礎構造としてはこれ以上ない程の逸材だ。

「でもこの子達は孤児──い教会に預けられ──扱いなん──?」

「その教会の神父が死んでるってのが好都合なところでしてね。俺にいい考えがあります」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

『そんな訳で爺さんは、これから剣術使いの心優しい神父さんということで』

そんな自らを再生した男の言葉を思い出し、壮年の東洋人『蘊・奥』は小さく溜息を吐いた。
肉体を再生され、すでに数ヶ月の時を経た彼の視線の先、窓の外では、教会に預けられている少年少女達が元気に遊び回っている。
食事時ともなれば蘊・奥の元にやってきて食事を強請り出すだろう彼等は、彼を神父と信じて疑わない。
教会の近所に住む住人たちもそうだ。
彼等はすべからく、蘊・奥が教会の神父であると記憶を書き換えられている。
お陰で、空いた時間に祈りを捧げるでもなく剣の鍛錬を行なっていても、元からそういう人物であったと記憶している為に誰も不信には感じないらしい。
寿命という制限時間はあるものの、前に再生された時の記憶は肉体の記憶と共に引き継がれている。
剣の技術を蓄積する事において、何ら不自由はない。
子供たちの相手にしても、彼等が記憶をいじられているという負い目はあるもののそれ程苦痛というわけでもなく、無邪気で、未来に無限の可能性を持つ子供たちの姿は、見ていて心に染み入るものがある。

ここまではいい。唐突な役目も何時ものことで、ある程度思考を改変されている蘊・奥にとって、特に不満に思うところではない。
だが……、

「あらあら、あの子達ったらあんなにはしゃいで」

穏やかな女性の声が蘊・奥の耳朶を叩く。
ゆったりとした、しかし、張りがありよく通る声は、それが独り言ではなく蘊・奥に向けられた言葉であることをはっきりと示していた。
窓ガラスに写るのは、ウィンプルを省略し、過剰に装飾され、動きやすく、華美さを追加されながらも質素さを損なわない、本来の方向性に真っ向から立ち向かう様な改造修道服を身に纏った緑髪の妙齢の女性。
この蘊・奥と時を同じくして再生された、フー=ルー・ムールー。
剣術が趣味の優しい神父の『妻』として配役されている、言わば蘊・奥の共犯である。

「ああいう子供たちの元気な姿を見ていると、私達も、という気になりませんこと?」

言いながら、修道服の上に羽織ったフューリーの民族衣装の一種である厚地のカーディガンをチラリとめくり上げて見せる。
施された装飾も、ゆったりとした修道服の下に隠されたフー=ルーの肢体のラインを隠しきる事をしない。
自らの身体を魅せつける、しなやかさと艶めかしさを感じる仕草だが、蘊・奥はそのフー=ルーの仕草にげんなりとした表情を返す。

「時間を考えい。わしは、お主ほど血気盛んには出来ておらんのだ」

しっし、と、犬猫を追い払う様に手を振る蘊・奥。
もう片方の手は、カソックの腰、不可視化した特殊合金製の刀の柄に掛けられている。
それを見て、フー=ルーは蕩けるような艶然とした笑みを浮かべ、カーディガンの下に自らの身体を抱く様に両腕を回す。
フー=ルーは頬を上気させながら、カーディガンの下で自らの身体を捏ねるように弄り始める。
いや、身体そのものをまさぐっている訳ではない。
カーディガンの下に隠されたブックホルダーとショルダーホルスター、そこに吊るされた魔導書とオルゴンライフル型の魔銃を手で取ろうとしての事である。
蘊・奥はそれを嫌という程理解していた。故に刀の柄から手を放さずにいるのだ。
もしも蘊・奥の嗅覚が獣の様に優れていたのならば、フー=ルーの修道服の下、消臭剤の付いた給水ナプキンが限界を迎えそうになっている事に気が付いただろう。

「ああ、ああ、いやですわ『あなた』ったら。女にこんなに気を持たせて、少しのご褒美もくださらないだなんて……いけないひと」

「冗談でもその呼び名はやめい。怖気が走るわ」

蘊とフー=ルーを再生した者、鳴無卓也が戯れに組み込んだ『非常時を除き、両者の同意が無ければフー=ルーは魔導書にも銃にも触れられない』という行動制限があればこそ保たれる偽りの平穏。
それが無ければ、この場は日に十度は鬼械神と生身の剣術使いが殺し合う血闘場と化している事だろう。
勿論、その縛りがあっても、その危機は幾度と無く訪れている。

「ああ、もどかしくてもどかしくてもどかしくて、おなかのなかが熱くて熱くて、頭がおかしくなりそう! ……ねぇ、この熱を沈めて頂ける? あなたの、その、硬くて長い剣で……」

勿論、比喩ではなく、普通に刀の事を言っているのだが。
熱く、甘ったるい匂いすら感じられる吐息と共に紡がれる言葉に従う様に、礼拝堂の中に字祷子が吹き荒れる。
幾度と無く複製された自らの蓄積により、小達人級(アデプタス・マイナー)に匹敵する程の実力を備えているフー=ルーは、魔導書に触れずとも簡易な魔術行使を可能とする。
潤む瞳と媚びるような声色を向けられ、荒れ狂う字祷子から生じたカマイタチで額に一筋の切り傷を作った蘊は頭に鈍痛を感じ、奥歯を噛むと共に柄に掛けた手に力を入れる。
いっそ斬ってしまうか。
頭脳に刻まれた洗脳を超える程の強さでそう考えるも、周辺への被害を考え、寸でのところで思いとどまる。
魔術を向けられ、刀を抜けばそれは同意したという事になる。
そうなれば、孤児院の子供がどうという話ではなくなってしまうだろう。

魔術を使う相手に、手刀だけで応戦するのが難しい事は既にここ数カ月ですっかり理解してしまっている。
蘊がここ数カ月で理解したフー=ルーの我慢の限界を考えれば、もう一分も持たずに、簡易な魔術と騎士団仕込みの格闘術で殺し合いを始めようとしてくるだろうことは簡単に予測がついた。
一触即発。ただし、触らずとも時間経過でも即発。孤児院絶対絶命。

その時である。
突如として、礼拝堂のドアを蹴破りギラつく瞳の少年が姿を表す。
数カ月前に怪植物との精神格闘で死にかけた少年、エドガーだ。

「おい爺、飯だ飯!」

粗野な物言いながら、その視線は蘊の目にしっかりとアイコンタクトを送っている。
内容を文章化するとすれば、

《おい爺まだ無事か!》

といったところだろうか。
魔術の素養に優れ、数カ月前から魔術の理論と実践を同時に学び始めたエドガーにとって、新しく父母代わりに宛てがわれた二人が戦う事の危険を誰よりも深く理解していた。
それでも弟を連れてこの教会から逃げないのは、戦狂いである事を除けば子供たちに対してとても優しいフー=ルーと、不器用ながらも子供たち、自分達兄弟に真摯に接してくれる蘊・奥の事を慕っているからか。
魔術と銃の扱いの師でもあるフー=ルーと、剣術の師でもある蘊・奥を、庇護者としてよりも、自らに生きていく力を与えてくれる者として恩を感じているからかもしれない。

息を切らせながら礼拝堂の戸をフー=ルーの手によって貼られていた結界ごと蹴破って入ってきたエドガーに、フー=ルーは先程までの艶をほぼ感じさせない慈愛に満ちた笑みで振り返る。

「あらあら、そんなに慌てなくても昼食は逃げませんわよ」

彼女自身、可愛らしいものを好む傾向もあり、未来ある子供もそれに含まれる。
だが、フー=ルーがエドガーに向ける視線はただの子供に彼女が向けるものではない。
彼女は、既に魔術師としてはかなりの位階にある自らの貼った結界を、ほぼ素人同然のエドガーが力尽くでディスペルした事に対し、大きな興奮を覚えていた。
ここまで優れた才ある子を自らの手で鍛えあげて育てる事の出来る喜びと、それを食べ頃になると同時に自らの手で収穫できるという悦びに。

遠くない未来にある戦いの予感にオルガズムを感じ、修道服の下でナプキンを決壊させながら身を震わせるフー=ルー。
その子供たちには気付かれにくい痴態に冷めた視線を送りつつ、蘊・奥は一つ小さく咳払いをしながらエドガーを窘める。

「元気なのはいいが、まずは手を洗ってこんか。年長がそんな事でどうする」

窘めつつも、小さな魔術師見習いにアイコンタクトで礼を伝える。
粗野だが察しが良いこの少年に、蘊・奥は幾度と無く助け舟を出されているという自覚があった。
手習い程度に教える剣術だけでは、とても報いる事はできないだろう。
そう思うが故に、洗脳されている部分とは別に、彼が一人前になるまでは、この神父ごっこ、夫婦ごっこを続けていこうと決意している。

そして、何時か、彼等が一人前の大人になった後、与えられた役目を終えた後にならば、己の持つ総てを賭して、妻という役目を与えられている女の誘いに応えてみるのも悪くない。
誰に迷惑をかけるでもなく、未来ある子供たちに迷惑をかけるでもなく、神父でも親代わりでもない、ただ一人の蘊・奥としてならば。
あの様な、戦に、死狂い者の流儀に合わせてやるのも悪くない。
常識的な、枯れた思考ではない、純粋な剣術家としての蘊・奥は、誰にも悟られないようにそんな事を思うのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ある朝、美鳥との組手を終えて玄関に届いている新聞を取りに行くと、新聞とは別に一通の手紙が届いている事に気が付いた。
このアーカムの住所に届く手紙など、差出人は数えるほどしか居ないはずなのだが、今回届いた手紙に書かれた住所はあまり聞き覚えがない。
まったく無い、という訳ではないのだが、はて、どこの住所だったか……。
居間へと歩きながら封筒の封を切り、ソファに座って中身を取り出す。
ゴテゴテとした封筒とは裏腹に、中身は便箋と写真が一枚ずつ。

「ええと、何々……?」

便箋の内容に目を通し、写真に何が写っているかを確認。

「ふむふむ……」

封筒の中に便箋を戻し、写真を戻し、切った封を分子構造レベルで再結合。
テーブルの上に投げつけ、ぺしゃりと音を立ててテーブルに乗るのを音で認識しながら、台所へ移動。
流しで顔を洗い、冷蔵庫から冷たい水を取り出しコップに注ぎ込み、音を立てて飲み干す。

「ふぅ……」

ミスカトニック陰秘学科の男たるもの、些細な事で取り乱してはならない。
改めてソファに座り、机の上の封筒の封を切り、中身を改める。
俺の目に写るのは、先ほど見たものと変わらない、簡潔な報告文と一枚の賑やかな写真。

写真には、教会をバックに多くの人に囲まれて並び立つ、白いスーツと白いドレスの男女──まぁ、言ってしまえば、新郎と新婦。
双方ともに年齢的に中年にさしかかろうかという年齢ながら、幸せそうな新婚、と言うには、些か新郎の表情が煮え切らないというか。
これ以上ないほどに幸せそうな新婦(ドレスのスカートの下にガーターベルト・ホルスターが付いていても幸せそうなんだから仕方がない)とは対照的に、新郎の表情はまるで出家したての僧の様な、どこか悟りきった表情。
便箋には、とても達筆な丸文字で、こう書かれている。

『私達、結婚しました』
『フー=ルー・ムールー&蘊・奥』

ああ……。

「見りゃわかるわ。んなもん」

「何がー?」

「引き出物に、新郎新婦のツーショット写真が写った皿を配るのは嫌がらせだよな、って話だよ」

屋上を片付けて少し遅れてやってきた美鳥にそう言いながら、俺は便箋と写真を丸め、ゴミ箱へと放り込むのであった。

―――――――――――――――――――
×月∴日(フーさんはビッチじゃない。風の様に自由になってしまっただけだ)

『とりあえず、ご祝儀として新しく執筆した魔導書を送っておいた』
『通常なら一ページで発狂モノなのだが、フーさんとその家族ともなれば大丈夫だろう』

『いつもと変わらぬ終末、お決まりのように向かうのは大気圏の外、月と地球の中間地点』
『もはや習慣と化した踵落としによるスタイリッシュ地球割りを作業の様にこなして、ループするまでの時間を宇宙船で過ごす』
『元の世界の実家と、これまで暮らしたトリップ先の自室などをミックスしつつ造られた宇宙船の内装は心を落ち着ける安らぎスポットだ』

『なんだかんだ言って、この無限螺旋での繰り返しの日々にも慣れたもので』
『この段階になると、過去に戻ってどうクトゥグアを調伏するか考えるに至っている』
『最早、俺の中には一切の焦りは存在しない』
『今ならゲームは一日一時間とか、そういう難しい縛りも平気でこなせる自信がある』

『美鳥などは俺だけが太古の地球に戻るという現状を快く思っていないようだが、姉さんは何の問題も無いと言っているし、俺自身何か問題があるとは思っていない』
『姉さんが居なくて寂しい、というのはあるが、気心の知れた相手であるシュブさんが隣に居るとなれば、たかだか数十から数億年程度、屁のつっぱりと言ってもいい』

『話をクトゥグアに戻すが、ついさっき姉さんとマクロス7を見なおしている最中に、もしやフライングⅤを用いての開幕分身バンド攻撃が有効なのではないかと思いついたので試してみようと思う』
『くだらない思いつきだが、思いついたものは全て試してみるのが実は堅実な道だったりするのだと思う。何しろ、俺達には無限と言って良いほどの時間が存在するのだから』
『さぁ、まずはギザ十を作るための工場を作る作業員を作り出す母体を作らなければ』

―――――――――――――――――――

『そういえば、そろそろみたいね』

『そろそろ?』

『そろそろ』

姉さんとそんなやり取りをしたのが、つい数分前。
ミスカトニックの平均的な陰秘学科の学生ルートを選択した俺は、美鳥と共に姉さんの言葉に首を捻りながら大学への道を歩いている。
講義が入っているのは二コマ目からだから通勤通学ラッシュからは外れた時間帯だが、それでも花のアーカムシティ、車も人も決して絶えることは無い。

「この時期のそろそろ、と言えば」

「駅向かいの坂の上の雑貨屋が潰れる。で、猫男爵の人形と翡翠の原石は閉店のどさくさで盗まれる」

「孫みたいな歳のガキに貢いで経営破綻とか、あそこの爺さんも大概だよな」

タイミング的に、カラクリ仕掛けの大時計が無くなるのと同じ時期だから間違いない。
しかし、そんなことをわざわざ姉さんが口にするだろうか。
そんなことを言う一々口にしていたら、二年間のタイムスケジュールを全て口に出して確認する事になる。
美鳥も同じように考えているのか、しきりに首をかしげている。

「あとは、ミスドの新製品の時期が近いっちゃ近いけど……」

「あそこは不定期だし、新製品出さない周もあるだろ」

それに、直前の周でフレンチ系の新製品ゴリ押ししたから今周の新製品は望み薄だ。
季節物のベジタブル系ドーナツとかは出てるが、それとは少し時期がズレている。

「言いたか無いけど、まだ寝ぼけてたとか」

「一番有り得そうだから困る」

姉さんはあれで真顔のままはんぺんと間違えてテーブルの端の台拭きを口にしたりするし、あまり見たままの姿から判断出来ない。
しばしの時間、ああでもないこうでもないと美鳥と話ながら歩いていると、大学の時計塔が見えてきた。
ゆっくり歩いても十分に講義の開始時間には間に合う距離。
この時間にこの位置なら、俺達よりも早く講義室で待機している奴が半分、俺達より遅くくる連中が半分、といったところか。
目立たずにキャンパスライフを送るには丁度良いタイミングの取り方。
いつもと変わらない、何事もない通学時間。
これからいつもと変わらない講義を受けて、いつもと変わらないレポートを書き、いつもと変わらない昼食を食べ、いつもと大して変わらないメンツと談笑し、いつものように帰宅する事になるだろう。

「まぁ、帰ってから姉さんに聞けばいい。今電話して聞く程の事でもあるまい」

幸いにして今日はバイトもないから、講義の最中に気になってもそれほど待たされる事もない。

「今時間は、姉さんも洗濯済ませて二度寝してるだろうしねー」

「そうだな」

まずは学友どもといつも通りの挨拶を交わして、いつも通りの講義から消化していく事にしよう。
徐々に顔見知りの学生も増えてきた。
俺と美鳥は知り合いに軽く挨拶をしながら、ミスカトニックの正門に脚を踏み入れた。

―――――――――――――――――――

そして、二コマ目の講義が終われば昼食の時間。
今日はいつもと少し違い、弁当でも外食でも学食でもなく、とりあえずドーナツを買って済ませる。
ミスドがいつの間にか消えていたので、次点でまぁまぁ美味しいドーナツを売る屋台で購入。

チョコファッションに濃い目のミルクで昼食をキメながら、意味もなく午後の講義の内容を予習。
いや、むしろこれまでの周で幾度と無く学んでいるのだからコレは復習になるのか。
この問いも幾度繰り返したかわからない。

「そーいやさー、新原の奴、いつの間にか消えてたよなー」

「言われてみればそうだなー。途中から完全に人間だったしー」

満腹感から間延びした脳細胞相当の部分が、ゆっくりと邪神の意思の抜けた新原とてぷのこれまでの周における遍歴を思い出す。
邪神としての記憶と自覚が抜け完全な人になると共に、新原とてぷのドーナツ屋としての才能は著しく低下し、新商品の開発は振るわなくなる。
お陰で密かな人気を保つことも出来なくなり、屋台は経営難に。
ここからは確率の問題になるのだが、基本的には高確率で屋台を畳んで故郷に帰り家業を継ぐことになる筈だ。

「だがドーナツを作れぬ奴めに利用価値はない」

「お兄さん、辛辣ぅ」

だって事実だし。
コンスタントにドーナツを作れないドーナツ屋に何の価値があるというのか。
不断の前進、向上を求められる業種もあれば、常に変わらぬ製造速度と品質を保つことが重要な業種も存在する。
俺にとって、奴は変わってはいけない業種に分類されていたというだけの事。

そんな具合で、ドーナツ屋が潰れて、一人の少女の夢が絶たれても、俺達の昼休みは概ねいつも通りに過ぎ去って行った。

―――――――――――――――――――

今日取った講義を全て受け終え、講義の後片付けを手伝う。
講義で使われたのは、割と実践的な、そこらの木石を用いて使う簡易魔術を説明するための魔術具と、魔術とは関係なしに怪異に通じる、一般販売されている護身具。
どれもこれもそれなりにかさばり重さもある、片付けるのには少し手間な物ばかりだが、尊敬するシュリュズベリィ先生の手伝いともなれば、自ら率先して行うのは当然の事だ。
学ぶことを学び終えたとしても、シュリュズベリィ先生はいつも通り聡明でダンディで、それでいて裸コートだ。
その露出の多さ、俺にはとても真似できない。

「今なにか失礼な事を考えなかったかね?」

講義で使用したプリント系の資料をまとめつつ、シュリュズベリィ先生のサングラスの端がぎらりと光る。

「まさかそんな」

シュリュズベリィ先生は少し他人の内心に敏感すぎやしないだろうか。
正直今のは俺の中ではべた褒めの部類だったのだが。
上半身半裸のままで、隣にはケツ丸出しの穿いてない幼女を侍らせるなど、俺にはとてもできない。
相変わらずの、尊敬に値する魔術師ぶりだ。

「ミドリ、あれはセクハラ?」

「ノーノー、お兄さんエロいこと考えてない。失礼な事考えてるだけネ」

「だから失礼な事も考えてないっつってんだろ」

ハヅキの天然を偽装した鋭い疑問を、美鳥がはぐらかしているようではぐらかさないフォローで流す。
シュリュズベリィ先生の講義はミスカトニック生活の後半では受けることが出来なくなってしまったが、片付けの手伝いが必要な時は概ねこんな具合だ。
これまたいつも通り、最適化して短縮することもできない、変わることのない間抜けなやりとり。

と、ここでふと気がつく。
ここにもう一人ツッコミ役が入って、俺もボケに回る事が出来る時が稀にあるのだが、今回はそれがない。
まあ、それもあくまでそのツッコミ役がツッコミ役として機能するタイプの個性を持っている周に限った話だが。
この周ではそれほど関わりがない為キレの良いツッコミを期待することはできないが、この講義は取らなかったのだろうか。姿が見当たらない。
今周の奴はそれなりに鼻持ちならないエリート野郎だった気がするし、講義を受け終えたらさっさと帰ってしまったのかもしれない。

「それでは、こちらの石は砕いて再利用、木材は焼却炉でいいんでしたよね」

「無害な種類のプリントは事務室だっけ?」

「ああ、よろしく頼むよ」

「いつも手伝いありがとうね」

裏面を最良する事のできない、危険な知識の乗ったプリントを持ったシュリュズベリィ先生とハヅキに礼を言われながら、いつも通りに余った機材の処理へ向かう。
……そうだ、今日は借りた本の返却日だ。
帰りに図書館に寄って行かなければ。

―――――――――――――――――――

図書館でのいつも通りの行動と言えば、やはり一角を借りきっての魔導書一棚一気読みが挙げられるだろう。
だいぶ前の周では、無作為に複製したアンチクロスの魔導書を、少し霊威を下げて紛れ込ませるという遊びをしたものだが、あれは場合によってはミスカトニック襲撃フラグになりかねないので、ある程度武装を充実させた周でしかお勧めできない。
複製したアル・アジフの断章を紛れ込ませた場合、いつの間にか消え失せて紅い少女の目撃例が出始めたり、場合によってはウェイトリィ兄弟の襲撃フラグに変化していたりする。
やはり秘密図書館は魔窟であるため、下手なお遊びは禁物なのである。

「これ、返却で」

紛れ込ませて害がないのは、今返却したそれ単体では力を持たないタイプの書だろう。
これは全巻複製して、別人名義でさり気なく図書館に登録しておいたものだ。
今周では俺以外誰も借りていない為に何事もないが、これが上手いこと才能ある魔術師見習いの手に渡れば、ミスカトニックに忍術学科が生まれる可能性が微粒子レベルで発生する事もある。

俺がカウンターに本を置くと、その向こうでがっしりした体格の老人が嬉しそうに頷いた。
老人──アーミティッジ博士と軽く借りた本の内容などを話した後は、軽く図書館内部を散策。
稀に図書館の影に紛れて神話生物が隠れていたりするので無駄足にはならないだろうと思ったが、どうやら今回はハズレのようだ。
多少瘴気が祓いきれていないが、それも常人が把握し得る範囲で考えれば正常値を指している。
それが無ければ、あとはもう何度も読み返した魔導書の類しか無い。
一通り、侵入を許可されているエリアの魔導書の背を撫で内容を反芻。
適当に記憶を封印して何冊か読み返して見るのも悪くないが、今日は気乗りしない。
とはいえ、そんな気分になるのもいつも通りというか。
正直、ここに通っているのも惰性というか、無限螺旋の中で適度にメリハリを持って生活するためみたいなとこあるし。

「美鳥はなんかあるか?」

「ここでは何も無いねぇ」

「だろうなぁ」

美鳥だって、適度に俺のデータをフィードバックしている。
今更ミスカトニック秘密図書館で知識収集なんぞしようがない。

「帰るかぁ」

「そだねぇ」

のそのそと脚を引き摺りながら秘密図書館の出口へと向かう。
割と奥まったところまで入った筈なのだが、俺達以外に閲覧者が殆ど居ない。
二三四コマと取った後で、まだ五コマと六コマが残っているから、時間的に中途半端である事は否めないのだが、それにしても閑散としている。
いつも通りの図書館ならば、もう少し、多少なりとも閲覧者が居てもおかしくはないのだが。
ふとその事が気になり、出口の前で振り返り、カウンターの向こうに居るアーミティッジ博士に質問する。

「今日は、やけに人が少ないですが、何かあったんですか?」

アーミティッジ博士は、俺の質問に、少し難しそうな顔で唸る。

「いや、なに、先日起きた怪異の侵入事件が後を引いておってな」

「先日って……もう何ヶ月前の話ですか」

やや弱めの邪神ハーフが侵入し、魔導書を持ちだそうとした、まぁ、魔導書を保管する図書館であればどこでも起こりうるありふれた事件。
それが起きたのは、一年に届かなくともかなり前の筈。
それで、ここまで学生の脚が遠のくというのは少し考えにくい。

「何、先輩方もご同輩の連中もなんでそんなビビってんのさ」

呆れたような口調の美鳥に、少しの沈黙の後、アーミティッジ博士は沈痛な面持ちで重々しく口を開いた。
最初にその口から漏れたのは溜息。

「……仕方があるまいて。あの事件で、陰秘学科の主席が自主退学してしまったのだ。彼ほどの才を持ってしても恐怖に飲まれる相手となれば、怖気づかぬ方が」

「博士、スタップ。…………陰秘学科の主席って、誰でしたっけ」

「ん、そうだな、君等は学年も違うし、そこまでは把握していないか。聞いたことはないか? 君たちと同郷の、大十字九郎という名の男なのだが」

「そう、ですか」

大きく深呼吸をして、呼吸を整える。
隣を見れば、美鳥は皮肉を言った直後の表情でフリーズしていた。
このままでは不審に思われてしまう。いや不審に思われても多分問題ない段階に入ったのは確実なのだが万が一の事を考えれば不自然なくこの場を離れるのが一番なのだろうという思考を取り繕い無難な言葉を纏め上げる。

「…………数える程でしたが、顔を合わせた事もあります。そうですか、あの彼が」

冷却に数秒の間を置いてそう告げた俺の口の中は、唾液が一滴も存在していないかの様に、パサパサと乾燥していた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

それから直ぐに図書館を出て、何処をどう歩いたか。
意識せずとも普段通りの道を身体が覚えている為か、俺と美鳥は当然の様にミスカトニックの正門を抜け、帰宅路へとたどり着いていた。

「…………」

「…………」

互いに無言。
言葉がない、と言うよりも、言葉が、表現したいことが腹の中で渦巻いているのがわかる。
美鳥も同じなのだろう。無表情のようで居て、微かに身体全体が震えている。
ああ、駄目だ。ここは人通りも多い表通りじゃないか。
まだだ、まだ堪えるんだ。
隣を歩く美鳥の頭の中も、そんな俺の思考をまるごとトレースしたような状態だろうことは、同調するまでもなく理解できる。

無言のまま歩き続ける。
信号を待ち、青になると同時にスクランブル交差点を渡り、大きな通りを暫く歩き続けて、オフィス街を抜け、
人通りの少ない、細い裏路地に出る。
人目も耳も無いだろう。

「い」

美鳥が、俺よりも一瞬だけ早く決壊した。
次いで、俺も限界。
その場でうずくまるようにしゃがみ込み、全身のバネを引き絞る。
喉の、横隔膜の震えが、押し込めていた空気を振動と共に吐き出す。

「ぃぃいやったあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

────ガッツポーズと共に三メートル程飛び上がりながら、叫ぶ。
ああ、ああ、ああ!
やっと、ついに、とうとう来た!
自らを高めるために捕食を繰り返し、伸びしろを使い果たすまで鍛え上げ、それでも余った時間を省略する事無く使い潰し、この世のありとあらゆる可能性を喰らい尽くし、
とうとう、とうとう辿り着いたのだ!

エリート魔術師見習い、大十字九郎の、初の、真の意味での挫折!
魔導探偵大十字九郎の誕生!
無限螺旋の終焉!

「ひ、ひひ、ふへはははははっは、いひひヒィ!」

美鳥がアスファルトの地面にのたうちまわりながら狂乱している。
頭がイカれているとしか思えない奇声を発しながら。

「のほへ、ほほ、ふえけけけけけ!」

ああ、だけど俺だって人の事を言えた状態じゃない。
立っていられるのが不思議なくらいだ。
抑えても抑え切れない感情が喉から奇声として溢れ、行き場のない歓喜の感情が腕を動かし廃ビルの壁をプリンの様に柔らかくこそげ取っていく。

「おい、おい美鳥ぃ、おいィ!」

「なんだようぅ、なんだよようお兄しゃん!」

ろれつが回っていない。
だが、そんなことは知ったことではないのだ。

「お前、お前あれだぞ覚えてろよ! かっぱ寿司行って色物寿司ばっか五十皿くらい食ってやっかんな! 海老天巻きとか五皿はいけるし!」

「おにーさんちっせ! ちっせ! あたしなんか吉牛行って牛丼特盛牛玉ねぎ抜きつゆだくだく頼んで上一面紅しょうがにするし! スケールちげぇし!」

「それなら俺スパロボ新作無駄に三本くらい買って裏山の熊と犬にプレイさせるし!」

「じゃああたしモノホンのミスドで一気に千ポイント貯めて何故か全部マグカップに交換するし!」

ああ、なんて下らない。
だが、なんて最高な思いつきだろう。
これら全て、この世界では絶対にできないバカばかり。
今言った、実行したら姉さんのげんこつでは済まない様なバカ。
それが、もうすぐ、本当に実行できるのだ!

帰れる!
元の世界に帰れるんだ!

「よっしゃ! あたしケーキ買ってくる! 無駄に五ホールくらい買ってくるぜ!」

言いながら、そのまま蜘蛛のように四つん這いになって壁を走りながらで路地裏の奥に消えていく美鳥。
あのはしゃぎぶり、俺としても負けていられないだろうJK(原作『火星のプリンセス』)!

「俺もチキン買ってくるわ!」

照り焼きとフライの二種類、それこそパーティーバーレルを三つくらい買ってもいいだろう。
そうと決まれば話は早い。
俺はその場で大きく仰け反り、ブリッジの体勢のまま小ジャンプ連打しつつ近場でチキンを売っている店へと高速で走りはじめた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「シュブさんシュブさんシュブさんシュブさんヘイチキンチキンヘイヘイチキンチキン!」

準備中のニグラス亭の窓を顔面で突き破りながら侵入。
店主であるシュブさんの名を呼びながら端的に今必要なメニューを端的な言葉で注文する。

「えぇっ! ちょ、な──と!?」

窓を間違えたのか明らかにニグラス亭店内ではなくシュブさんの私室だった。
部屋着でくつろぎモードだったシュブさんは突然の俺の来訪に目を白黒させている。
ああもうもどかしい! でも注文を早く受けてもらいたいし注文を終えたらこの喜びをシュブさんにもわけてあげたい!
シュブさんを落ち着ける為にブリッジの体勢のまま触手にトランスフォーム。
高速で部屋の中を這いずり回り、時折シュブさんの脱ぎっぱなしの部屋着などをくぐり抜けながら注文を続ける。

「チキンチキンシュブさんチキンくださいよチキンチキンキッチンへチキンお持ち帰りチキンペンギン!」

そうだよチキンも良いけど祝の席ならペンギンだって欠かせないじゃないか!

「チキンが食べたいチキンが食べたいチキンが食べたいチキンが食べたいバケツでごはんバケツでごはんバケツでごはんバケツでごはん」

思わず這いずり回る途中で引っ掛けたシュブさんの脱ぎ散らかした薄布をモグモグと捕食口で咀嚼する。
布っぽいけどほのかに甘い香りがするようなしないような!
ああでも懐かしい感じがする食べたことはあんまりない気がするけどこの匂いには親しみすら覚えるというか。

「や、こら! ──ンツ食べちゃ駄目──て……──ょっと落ち着いてっ──」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

しばしはしゃぎ倒した後、意識のある部分を潰れる程強くぶっ叩かれて正気に戻ってみれば、俺はなんという狼藉を……。

「ごめんなさいシュブさん。もうしないと思うので許してくだしあ」

誠心誠意、涙こそ流さないが、可能な限りの申し訳なさを顔面でしか表現できないレベルで表しつつの謝罪。

「うん、反──てるならいいけど──、卓──少し落ち着──方が──」

「面目ない……」

のれんを下ろしたニグラス亭に場所を移し、調理場でチキンに小麦粉をまぶすシュブさんを見ながらセルフ反省会。
いくら冷静さが必要ない場面だからといってはっちゃけ過ぎたよな……。
シュブさんが居なければ、世界毎時間を巻き戻して無かったことにしなければならないところだった。

「それで、何──でたい事でもあ──の?」

「あ、わかります?」

「唐揚げじゃな──フ──ドチキンなんて注文して────?」

ローストチキンを頼んだとかならともかく、唐揚げとフライドチキンの祝福度の違いから異変に気がつくとは、流石シュブさん。
俺は反省の姿勢を即座に終了し、カウンターに身を乗り出し、少し離れた位置のシュブさんに耳打ちするように掌を立てる。
人の目も耳も無いこの場所で内緒話も何もないが、大事な話なので雰囲気だけでも。

「実はですねぇ……このループから抜けられる日が近いんですよ!」

よ! の語尾が予想よりも大きく店内に響き、反響した声が消えるまでの僅かな時間。
そこから更に沈黙の余韻。

「へーそりゃめで──ねー」

口角を僅かに上げた半笑いの表情で、油鍋を見つめたまま、気の抜ける返事を返された。

「うわ、その平坦な口調、実はまるで信じてませんね? いけませんよシュブさん、人の言うことは信じなければ」

「でも、信じる者は儲けになるん──ね?」

この冷静な返し、明らかに冗談か何かとして受け取られている。
よくよく考えてみれば、さっきシュブさんには醜態を晒したばかり。
俺の頭がとうとうイカれたのだと思われてスルーされているのだとしても不思議ではない。
だが、俺には伝家の宝刀がある。

「いいんですかーそんな事言ってー。こちとら姉さんのお墨付きですよー?」

そう告げると、シュブさんは煮え滾る油の中に、手に持っていたチキンを勢い良くたたき落とした。
たたき落としたというよりは、手を滑らせて高いところから落としてしまったという方がしっくりくる程の勢いだ。
跳ねた油が多めに指に当たったのか、目尻に涙をためたまま水道水で冷やし始める。
流石のシュブさんも、姉さんのお墨付きとあっては一概に妄想と斬って捨てる事ができないようだ。

「あつつぅ~…………え、句刻が言って──? ループが切れ──て?」

驚いた様な、呆気にとられたような表情で聞き返してきた。
俺はその問に、大きく頷きながら答える。

「ええ、具体的にそう言った訳じゃないですけど、今までにない、ループの終了に絶対必要な条件が揃っているのも確認できました。こりゃ、ホントの本気でラストループですよ」

場合によっては更にもう一周なんて事もあるのだが、その場合はその場合で意図的に大十字をロリコンカミングアウトルートに誘導できるので美味しいと言えば美味しい。
もっとも、ここから影に日向に、テレビ・ラジオ・新聞広告から街頭放送に奴の住処の構造までもを駆使、催眠術から洗脳術までを利用してアル・アジフルートに誘導するので、その可能性は限りなく低いのだが。

ああ、しかし、長かった。
コレほどまでに原作突入に時間が掛かったトリップがこれまでにあっただろうか。
できればこれっきりしにしてほしいレベルの長さだった。
魔導探偵大十字九郎の事件簿を見るのはこれが初ということになるのだが、正直もう見るきも起きない。
ぶっちゃけ大十字は男も女も十分過ぎる、いやむしろ過剰な程に見続けてきたから、誘導のためで無ければもう見たくもないレベル。
それでも一応重要な分岐になりそうな部分は見るんだけども。

「そっか、こ──最後なんだ──…」

今後の大十字ロリコン確定計画の道筋を思い描いていると、シュブさんがぽつりとそんな事を呟いた。
油鍋に視線をを落としたまま、触手も萎れて夕暮れ時の一人こぎブランコの様に力なく揺れている。
少し項垂れているせいか、垂れた髪で目元は見えないが、少しきつめに唇を噛み締めている口元が見えた。

「シュブさん?」

「あ、や、えっと、ご──ね? ちょ──考え事しちゃって」

声をかけると、顔を上げたシュブさんは少しぎこちない笑みで謝罪しながら調理を再開した。

「そう──事なら、早く家に帰って──ないと。チキン、少しサービスし──くから、句刻と美鳥──と──て食べてね」

「え、ええ、ありがとうございます」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その日の夜、鳴無家にて。

「うーん」

祝の席に相応しい、普段食べないタイプのごちそうを前に、卓也は茶碗を持ったまま首を傾げていた。
食が進まない訳ではない。
句刻や美鳥と元の世界に戻った後の事を話しつつ、その箸を止めること無く動かし続けている。
だが会話の合間、ふとした瞬間にニグラス亭でのやり取りと光景が思い浮かび、それに思考を取られてしまっている。

「どうしたの? 食べないならお姉ちゃんが貰っちゃうよ?」

「そういう意地汚い真似は駄目だよ?」

句刻の伸ばした箸から自らの皿を守りつつ、思う。
──あのぎこちない笑みは、間違いなく何かを内に秘めた、はっきりと言ってしまえば空元気を隠すためのごまかしの笑みだった。
こちとら日常生活では使わないような桁数の年月を一緒に過ごしているのだ、あの程度のお取り繕い方で誤魔化される訳がない。
シュブさんがああいう顔をする時は、決まって気持ちが落ち込んでいる時と決まっている。
では、何故落ち込んでいるのか。あの場面で落ち込むような理由があっただろうか。

答えは出ない。
例え何年一緒に居たとしても、相手の心の動きを完全に理解することは難しい。
落ち込む時は些細な事で落ち込むだろうし、元気な時は何したって元気。
結局、感情のある存在なんてものはそういうものだ。
考えるだけ無駄、と斬って捨てる事もできないではないが……。

出来ないからこそ悩むのだろうなぁ、と、卓也は肩を落としながら大皿に盛られたフライドチキンに手を伸ばす。
練りに練られた特殊配合のスパイスは、そのスパイスを製造する土地の土壌から計算され尽くしたニグラス亭独自のものだ。
油も特殊な物を使用しており、一般の家庭で再現するのは難しいだろう。
某KFCの比ではない深みのある味わいに舌鼓を打つ。
骨から肉を食いちぎる感触すらも楽しみながら、食卓の会話に耳を傾ける。

「悔しいけど、やっぱニグラス亭のスパイス配合は目を見張るものがあるよ、うん」

同じくチキンを食べ、骨まで噛み砕きながら加熱されて固形化した髄液を味わっている美鳥の言葉にしみじみと頷く句刻。

「ねー。味で負けてる、なんて言うつもりはさらさらないけど、あそこの味を完全再現出来るかっていうと、ちょっと難しいもの」

骨だけになったチキンを皿の隅に置いた句刻の言葉に、卓也もまた思い当たる内容を思い出し同意した。

「あー、わかるわかる。あと、唐揚げ定食とかもさ、結構バージョンアップしてるから正確に再現できないんだよね」

あたしもチーズケーキ無理だったー、私は野菜炒め定食が難しいと思うわー、などなど、口々に挙げられるのはニグラス亭メニューの味への賞賛。
永劫に届く程のループ、その中で幾度味を盗もうと、同じ時をかけて進化し続けるメニューのレシピを捉えきる事はできない。
それはトリッパーとして優れた能力を持っていたとしても、決して超える事のできないプロとアマの意識の差から来る絶対的な壁だ。

「でも、卓也ちゃんはそろそろ完全に再現できる頃じゃないかな」

ふと、会話の流れで句刻がそんな事を口にした。
先程までの会話の中身からは出てこないような結論に、卓也は訝しげ顔で反論。

「え? や、正直再現率に関してはどんなに頑張ってもアキレスと亀のアキレス側にしかなれないんだけど」

「一生追いつけないんですね、わかりま、あでっ」

ニヤニヤと笑いながら捕捉する美鳥の頭を小突く卓也。
そんな兄妹のコミュニケーションを見ながら、句刻はなんでもないことの様に、あっけらかんとした表情で告げた。

「そこまで近づけてるなら、元の世界に帰ってから十分に追いつけるでしょ? この世界から抜ければ、シュブちゃんの料理はコレ以上発展しないんだし」

「……………………あ」

「あ゙っ゙!」

美鳥の頭の上に握りこぶしの状態のまま置かれていた卓也の手が瞬間的に5センチ程下に押し込まれ、美鳥の顎が胴体に僅かに埋まる。
頸部を叩き潰され、ふらふらと椅子の上でよろけながら、美鳥は半ば胴体に埋め込まれた顎をカクカクと動かす。

「じゃ、ジャミ、ジャミラ……」

「二度ネタはいつもこうだ……身体を張るところだけは美しいけれど……」

やりきれない表情で美鳥の首を引き抜こうと頭部を両手のひらで挟み込む句刻。
そんな二人を視界に入れながら、しかし卓也は別の事を思い、愕然としていた。

────ループが終われば、シュブさんともお別れか。

元の世界に帰れる。その事実が卓也を浮かれさせていたのも原因の一つだろう。
記憶封印、感情、情報の最適化などを定期的に行う事で同じ行動の繰り返しによるストレスを感じることは無い。
しかし、ストレスを感じない事と、元の世界に帰れる事による喜びは別に勘定される。
本来あるべき日常と未来を取り戻せるという事実は、現在のデモンベイン世界から抜け出す事により発生するデメリットを覆い隠すには十分な喜びを与えていた。

更に言うならば、発生するデメリットの種類も悪かった。
それは、度重なるループによって付与された『主人公補正』の副次的な作用によって、土壇場の場面になるまで卓也本人には認識できないタイプのもの。
こうして本人が真っ向から直面すれば認識可能になるが……。

──まさか、ここまで進化しておいて、この程度の事に気がつけないとか……。

卓也は頭を抱えた。
如何に補正が悪い方向に働いていたとしても、既に高位の邪神と化した身でありながら、ここまで補正による思考の検閲に逆らえないとは。
しかし、理解してみればニグラス亭で見た表情にも納得がいった。
何しろ、根本にある感情に違いはあれど、ループの終了が齎すデメリットに関しては、卓也もほぼ同じ想いを抱いているからだ。

──……やっぱり、寂しいよな。これでお別れなんて。

卓也が『シュブさん』に抱く感情は、これまでのトリップで出会った人々に対するそれとは一線を画していると言っていい。
ループという概念に触れる前、最初の能動的トリップ先であるスパロボJ世界で最も親しみを感じていた相手とですら比較にならない。
最も親しみを感じていた、ある意味では弟分として見ていたとも言える『紫雲統夜』でさえ足元にも及ばない程、『シュブさん』が卓也の心の中を占める割合は大きくなっていた。

「姉さん、あの、さ」

「うん、なぁに?」

「元の世界に戻った後に、またこの世界に来るとか、できる?」

恐る恐る顔を上げての卓也の問に、句刻は美鳥の頭を上に引き抜きながら、うぅんと小さく唸り、しかしはっきりと答えた。

「お姉ちゃんも試したことがない訳じゃないから言っちゃうけど……まず間違いなく無理」

ようやく元の位置まで首を押し上げた美鳥が、頚椎を自らの手で固定しながらうんうんと頷く。

「あたしたちが抜けたって事は、その世界がまがりなりにも完結した証しな訳だしね。入れる道理は無いっしょ」

句刻の知る限り、トリッパーを求める世界は主人公や設定に不備のある不完全な世界だ。
その不完全な世界に取り込まれ、何らかの形で不足部分を補うのがトリッパーの役目だとすれば。
その世界からトリッパーが抜け出す瞬間というのは、その世界が不足分の補填を行い、トリッパーを必要としなくなった時なのだろう。

基本的に、どれだけ力を蓄えたとして、元の世界におけるトリッパーという存在のあり方は『受け身』でしかない。
句刻の力による『BLASSREITER』『スーパーロボット大戦J』『MURAMASA』の世界への卓也のトリップは、本来のトリップの形とは大きく異なる。
本来、トリッパーは元の世界での日常生活を送りながら、不完全な世界が求めた時には拒否権すら与えられること無くトリップさせられる。
トリップの形式は様々だが、その根本の原因である不完全な世界を観測し捉える事は、ベテランの句刻ですら成功した事はない。
回数を重ねた熟練のトリッパーであっても、身近な人間に不完全な世界を造らせる事で、自分がその世界に取り込まれる可能性を高めるのが限界なのだ。
ましてや、トリッパーを取り込もうとするアクションすら起こさない、姿形、存在方法すら不明な世界をどのようにして捕捉するというのか。

「そもそも私達がトリップから抜けた後、その世界がどうなるかなんて誰も知らないもの。ここにもう一回トリップできるできない以前に、完結した後は世界そのものが消滅している、なんて可能性だってあるわ」

「そっか……」

消滅。
その言葉を聞き、静かに自らの思考に没入する卓也。
表情は暗く、あまり良くない方向に思考が向いているのだろう。
俯いて思考をから回らせる姿を見て、句刻は一つだけ、今まさに思い出したと言わんばかりに、何気なく呟いた。

「また来る算段を立てるより、必要な物はとりあえず持ち帰る、程度に考えたほうがいいんじゃない? トリップ先の生きた人間の一人二人程度なら、今の卓也ちゃんなら自力で持ち帰れると思うし」

はっ、と、卓也が何かを閃いたような表情で顔を上げる。
直ぐにまた考えこむような表情で俯いてしまったが、その表情は先程までとは違う。
難題に挑む挑戦者の様な、思考が前に向いた真剣な表情。
句刻の言葉に何かしらの希望を見出したのだろう。

「…………」

嗜好に没頭する卓也と、それを楽しげな表情で見守る句刻。
美鳥はそんな二人に感情の見えない視線を向け、しばらくして、何も言わずに黙々と食事を再開した。

―――――――――――――――――――

×月§日(元の世界に)

『生き物を連れて行くのは、実のところとても難しい事であるらしい』
『姉さんが言うには、単純に連れて行こうとした場合、元の世界に帰る途中、もしくは帰って直ぐに、よくわからない何かに変質してしまうらしい』
『例えばそれは連れて行こうとしたもののぬいぐるみだとか、形を崩したスポンジ状の何かだとか、或いは、見た目はそのままでも、『中身』が空っぽに成っているだとか』
『そしてその成れの果ての大半は、風に解けるようにして消えてしまうらしい』

『原因の一つとして、元の世界とトリップ先の世界の存在密度の差が挙げられる』
『全く同じ遺伝子構造を持っていたとして、どうしても元の世界とトリップ先の世界では絶対的な差が存在するらしい』
『だから、元の世界の大気、空間、時間に押し潰され、元の形を保てなくなるのだ』

『物体に関してどうなのか』
『これはトリッパーが持ち帰った時点で、トリッパーの能力や武装としてその性質を変化させている』
『俺が肉体に取り込んでいるのと同じような事を通常のトリッパーも無意識の内に所持品に行い、自分と同等の存在密度を持たせてしまうのだとか』
『因みに、元の世界でバリバリ活動しているフーさんなどはこれに当たる』
『あれも言ってしまえば死体という物体を持ち帰っているだけになるし、そもそも俺が複製している時点で、あれも俺の一部という事になる。密度に関しては何の問題もない』

『さて、姉さんが言った、頑張れば二三人連れていける、というのは、どういう事か』
『答えは簡単』
『連れて行きたい生き物を、トリッパーの所持品にしてしまえばいい』
『例えば、姉さんは少しお金を作りたい時などに、トリップ先の人間を物品扱いで持ち帰り、次のトリップ先で売り払っていた事もあるらしい』
『物品であるか否かは、言ってしまえば、連れて行くものをトリッパーがどう定義するかに委ねられる』

『少し簡単という言葉の意味を考えさせられる理屈だが、筋は通っている』
『つまり、事を複雑にしているのは、単純に俺の感情だ』
『元の世界に連れていきたい相手を、物扱いするのか、できるのか』
『最初から道具以上の感情を抱いていない相手ならば、そもそも死体にしてから取り込んでしまえばいい。蘇生は容易だ』
『死体にせず、生きたまま、なんら歪める事無く本人を連れて行きたい場合に限り、相手を物扱いしなければならない』

『ややこしい話で、ままならない話だ』
『例えばパンはジャムを塗った面を下にして落ちる法則性を持っていたり、こんな日もあるさと思う日が毎日の様に続いたり、世の中には確実にそういう仕組みが組み込まれているのだろう』

『姉さんが言うには、原作で言うエンディングを迎えた後、少しだけ間を置いて帰還する事になるだろうとの事だ』
『世界が再構築された後、また原始地球に行くのか、それとも、初期の頃と同じく二年半前に出るのか』
『少なくとも、後三、四年程は保証されていると考えていいらしい』
『短いようだが、どういう結論に至るにせよ、踏ん切りをつけるだけなら十分な時間だろう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「お」

ふと、目覚めと同時に、俺の肉体の内、ニャルからフィードバックした部分がごっそりと消滅している事に気がつく。
消滅というか、存在できなくなって崩れたというのが正しそうな感触。
恐らく、輝くトラペゾヘドロンの力によってこの世界そのもののあり方が組み替えられたのだろう。

視界が暗い、というか、見えない。
眼の部分もごっそり持っていかれたらしい。

「メガネ、メガネ……と」

感覚的に、それは頭に掛かったメガネに指を引っ掛けるようなものだ。
ニャルの要素が抜け落ちた肉体から、存在しない状態として存在しているニャルの要素を再生し、肉体を再構成。
確認するように、まぶたを開く。
まぶたを開く前からはっきりとわかっていた事なのだが、ここは熱くない。

視界にはマグマ・オーシャンではなく、自室に良く似たデモベ世界でのスタート地点。
ありふれた家具構成の自室のコピーの中で、ベッドから降り、カーテンを開ける。
夜明け前だからだろうか、ほんの少しだけ白み始めた藍色の空には、まだ僅かに星が煌めいている。

空に何が見える訳でも、何が見えない訳でもない。
たかだか邪神一柱の企てが無かったことになった程度では、そう多くの事は変わらない。
せいぜい、不自然だったこの惑星の一部魔術師分布が更新されている程度か。
ブラックロッジだのなんだの、今となっては一睡の夢。

ベッドに後ろ向きに倒れ込み、天井を見上げる。
見知った天井。
元の世界と殆ど変わらない、でも、絶対に異なる天井。
もう少しでお別れなのだろうと思っても、これには特に名残惜しさも感じない。

「世界、救われたなぁ」

つぶやき、手だけを伸ばして枕元のラジオを付け、早朝からやっている奇特な番組に聞き入る。
余はなべてこともなし、というか、まぁ、そんなものだ。
とりあえず、シンキングタイムはもう何年も無いらしい。
それだけは、はっきりと理解できた。

―――――――――――――――――――

○月☓日(とどのつまりは)

『重量と重要性が比例するのであれば、棚の上に置けないほど重い荷物は、棚の上に置いてはいけない程に重要な代物であるわけで』
『しかし、他に置き場がないのであれば、棚が壊れるのを覚悟で棚に上げるしかないのだ』

『無礼、失礼という意味で言えば、俺ほどそれに当て嵌まる男はそうは居ない』
『後々謝る事を前提で無礼を働きに行く事ほど無礼な事も無いだろう』
『だけどもまぁ、やらぬ後悔よりもやる後悔』
『買わぬ節約よりも買う浪費と言うではないか』

『明後日には、俺達はこの世界から元の世界に帰る事になる』
『そんな訳で、俺はシュブさんとのデートの約束を取り付けたのであった』
『たぶん、誰かを連れ出しての告白というのは初めてではないだろうか』
『柄ではないのだけど、がんばろう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

デートと言っても、俺自身にそれ程多くのデート経験があるわけでもなく。
俺とシュブさんはごく普通に、少しだけ整えた服装で、ありきたりな待ち合わせ場所で、遅すぎず早すぎずの時間に合流した。

内容に関しても、特に描写すべき点が見当たらない、ごく普通のデートスポット巡り。
シュブさんの職業に合わせて、少しだけ市場で食材を見比べてみたり、気になる店で話題のメニューを注文してみたりもしたが、だからと言ってそれほど奇抜な内容になった訳でもない。
図書館に入り、公園を歩き。

ただ、一つ言えることがあるとすれば、何処に言っても既視感があり、その既視感がどうしようもなく肌触りのいいものに感じられた。
飽きるほどに通った道、通った店。
飽き飽きしている筈のそれらを見るのが、これで最後になるからだろうか。

「ね、あそ──屋台寄ってみていい──?」

「ええ、いいですよー。ちょっとなら奢ったげますし」

「ありが──♪」

破顔して屋台に駆けていくシュブさんの後ろ姿を見ながら、そうではないのだと理解する。
これで最後と言っても、飽きたものは飽きたものなのだ。
それに名残惜しさを感じるのは、大切な記憶を連想させる場所だからこそ。

「はい。キャラメルナッツで良──よね?」

互いにあの屋台で何を注文するかは知り尽くしている。
何しろ、ここいらの屋台はシュブさんの味の研究に付き合う過程で幾度と無く通ったことがある。
だからこそ、シュブさんのチョイスは俺に確認するまでもなく的確だ。

「ええ、これには目がなくて」

差し出されたアイスを受け取り、並木通りを歩く。
常緑樹の立ち並ぶ並木道に人はまばらだ。
平日の昼間ともなればこの様なものだろう。まぁ、ここは休日もこんな具合なのだが。

「うん、香ばしい感じ」

アイスを舐め、露出したナッツを齧り頷く。

「こっちのも美味──よ?」

レモンフレーバーなシュブさんの黄色いアイス。
当然の様な流れで一口ずつ交換。
プラのスプーンで掬った黄色いアイスは、これまでの周と変わらない爽やかな味わい。
合瀬着色料を使いつつも、本物のレモン果汁を使っている証拠だ。
飽きるほど食べたが、その旨さには普遍的な物を感じる。
シンプル・イズ・ベストという事なのだろう。

アイスを食べ終え、流れ作業の様に雑貨屋へ。
見慣れた雑貨、どれも一度は手にした事があり、一度ならず自作したタイプの品も存在する。
可愛らしい小物も、小洒落た小物も、どれも見飽きている筈なのだが、不思議と退屈は感じない。

「これ、ど──なぁ……」

角に空色のに水玉模様のスクランチーを付けたシュブさんがおずおずと尋ねてきた。
シュブさんは基本的に色が薄いから、どの色のアクセサリーを合わせても違和感はない。
飲食店を経営しているだけあって、普段からアクセサリーなどを身につけたりはしないのだが。

「その柄も悪くないですけど、もう少し冒険してもいいと思いますよ? ほら、こっちのビーズ使ったやつとか」

「派手──ない?」

「ちょっと派手な位がちょうどいいんですって」

言いながら、シュブさんの角のスクランチーを付け直す。
銀色のビーズが編みこまれた、少し網目が強めに主張するデザインの鮮やかな赤。
同じく店内の手鏡で、シュブさんは何度も角度を変えて確認し、恐る恐るといった風情で意見を求めてきた。

「に、似合っ──?」

「似合ってますよマジで。大人っぽいけど、可愛らしくもあるっていうか」

「そ、そ──……」

同じような格好を幾度と無く見たことがあるし、実際に同じ品を付けている姿を見た事もある。
が、それで飽きを感じるわけでもなく、十分に楽しさを感じている。
まぁ、だからこの商品を買うかと問われれば、別にそんな事は無いのだけども。

「あ、卓也──これ見て」

並べられた品を片っ端から試用と称して遊んでいると、シュブさんがくいくいと袖を引っ張った。

「あれ、これって……」

「ね? これ見たこと無──ね?」

シュブさんが見せてきた商品は、何の変哲もない小さな砂時計。
特に変わった細工もない、しいて言うならば細工がないシンプルなラインが特徴のありふれた砂時計だ。
似たようなデザインの物も見たことがある。
が、少なくともこの店ではこの砂時計を扱ったことは無かった筈だ。

「今になって新商品とか、珍しい、というか、ううん」

「不思議な事も────ね」

言いつつ、シュブさんは物珍しげに砂時計をひっくり返したり光に透かしたりしている。

「買います?」

「プレゼントして──る?」

「そんな安物でよければ」

俺とシュブさんは店員さんに断りを入れてから店内の装飾品を散々試着したり、雑貨をいじくり回してみたりしてから、件の砂時計だけを買って店の外に出た。
店員の視線が背に突き刺さったが、別にこの店にはもう来ないからどうでもいい。

―――――――――――――――――――

少し思うところもあり、シュブさんと相談して映画館へ。
メインストリートの映画館は平日でも混んでいるので、少し外れた場所にある、寂れても居なければ流行ってもない程度の映画館をチョイス。
ラインナップもそれほど古くなく、それでいて大きな映画館では取り上げない様なB級も取り扱ってくれるので、ここはコレまでのループでもお気に入りの一つだ。
真新しくも大きくもない建物に入り、上映中の映画のポスターを確認する。

「チケット、買って──よ」

「シュブさん……その割引はいけない」

何食わぬ顔でカップル割引を使っていたのを咎めると、シュブさんは明後日の方向を見ながらヒューヒュヒュー、と掠れた口笛を吹いてごまかした。
まぁ、カップルかどうかをしっかり確認しない映画館側にも問題があるので、今回は払い戻しも無しでそのまま入場。
外に張ってあったポスターは、いつも通りのラインナップだったが……

「ああ、やっぱり。シュブさん、新作入ってますけど、これ見ます?」

「どん──ャンル?」

「どんなジャンルか、っていうと、なんでしょうねこれ……タイトルからもポスターからも内容が推測できないっていうか」

少なくとも、他作品の映画化ではないようだ。
画調からして、この時代、この世界観に沿ったまっとうな映画だと思うのだが。

「んー、ラブロマンス、じゃないな、風刺物でもないし……」

「見ればわか──て、ほら、ポップコーンも買っ──」

手を引かれ場内へ。
人がまばらなので、見やすい席の確保も簡単だ。
近過ぎない、中程の席に座り、俺とシュブさんは未知なる作品への期待に胸を膨らませた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「いやー、感動巨編でしたねー。5分で終わりましたけど」

「泣ける話──た……5分で終わったけど」

パンフレットを手に、喫茶店でシュブさんと共に感慨に耽る。
映画の内容はよくある喜劇物のショートショート。
話の内容にも映像にも特に力が入っていた訳ではないのだけど、その新鮮さは特筆するべきものがある。
何しろ、無限螺旋の中ではついぞ見たことのない映画だったのだ。
大導師の様に精神が摩耗するような事はないが、ああいう新しいもの、見たことのないものには素直に感動を覚えてしまうものだとよくわかった。

「しかし、こうして改めて見なおして見ると、結構変化があるもんですね」

席代として注文したコーヒーを半分飲み干し、同量のミルクと角砂糖三つを突っ込みながら、映画館からこの喫茶店までの道程で見つけた様々な変化を思い出す。

「ループも終──て、ニャルちゃんのちょっかいも無かったことになったし、そ──色々変わりもす──ね」

グラスの中のコーラフロートを細い銀のスプーンでつつきながらのシュブさんの言葉に頷く。
ループを抜け、通常の時間の流れに組み込まれたアーカムシティに来て早二年と少し。
ブラックロッジという大組織が無くなれば、普通の流通や経済、芸術面にまで大きな変化があって当然。
大きな所で言えば、今の日本にはクロス要素として存在した大量のミュータント──ノッカーズが存在しない。
ブラックロッジを作るため、大導師を導くためにニャルによって引き起こされた数多の大事件が無かったことに成っているだけあって、よくよく見てみれば、新しく増えた要素もあれば、消えて無くなった要素もあるというわけだ。

「でも、少し寂しい気もします。そう考えると」

「なん──? 新しいものが見れる──よ?」

「それはいいんですけど……無かったことになったものとは、ずっとお別れ、みたいな感じがするじゃないですか」

ブラックロッジに限っただけでも、アンチクロスの面々でニャルの化身では無かった連中がどうしているのか、下っ端連中は何処で何をしているのか。
ブラックロッジの事を報道していたメディアはまったく別のニュースを流しているし、下部組織であるアングラな店も別の系列になってしまっているだろう。
変わりがないのはドクターくらいしか思いつかない。

大組織がなくなり、大事件が起こらなかったという事は、物流や人の流れにも変化があるという事だ。
アーカムに来る縁がなくなり、別の場所で生活している人も店もあるならば、当然、もう会えない人だって沢山出てくる。
そもそも会わなかった事になるのだと考えれば寂しさもひとしおだ。

「あ、そっか、そう──。そうい──とは、お別れ、な──……」

言いながら、シュブさんのスプーンが止まった。
シュブさんが何を考えているか、今の俺には良くわかる。
無限螺旋から抜けて、世界は絶えず変化をし続けている。
これ以降はもはや誰も知らない領域に進んでいくのだろう。

そしてそれは、元の世界に帰る俺と、この世界の住人であるシュブさんの関係性にも言える事だ。
何も、明るい未来だけが見える訳ではない。
今、俯いて、コーラとアイスを混ぜ混ぜしているシュブさんが考えているのは、きっとそんな所だろう。

流石の俺にもそれくらいは理解できる。
鈍感ラノベ主人公属性は、ニャルと融合した時点で捨て去った。
そうとなれば、ここからは『ラブコメ主人公代理』の鳴無卓也ではない、『トリッパー』としての、あるがままの鳴無卓也として対応しよう。
例え、今の俺の思考に補正が掛かっていたとしても、自分の立ち位置とやり口を自覚した上で。

パンフレットを亜空間に放り込み、コーヒーを飲み干し、伝票を持って立ち上がる。

「ちょっと、風に当たっていきませんか。いい場所を知ってるんです」

立ち上がり、座ったままのシュブさんを真っ直ぐに見据える。
視線が絡み合う。表情には何を考えているか出していない筈だが、シュブさんは俺が真剣な話をしようとしているのを察してくれたらしい。
今日の俺は、何の意味もなくシュブさんをデートに誘った訳ではない。
それは誘いを受けたシュブさんも同じ事で、多分俺と同じく、話を切り出すタイミングを見計らっていたのだろう。
シュブさんは少しの間を置いて、こくりと頷いた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

アーカムシティで一番見晴らしがいい場所が何処かと聞かれれば、俺は一も二も無くミスカトニック大学の時計塔を挙げる様にしている。
他に高層建築物はいくつもあるが、アーカムと言えば、ミスカトニックと言えばやはりここなのだ。
風が気持ちいのもここだろう。高層建築物が立ち並ぶアーカムシティにおいて、この時計塔の屋上は奇跡的なまでに風が綺麗に吹き抜けていく。

思い出も沢山詰まっている。
機神招喚の研究に行き詰まった時の事、魔導バイクをぶつけた事、機械巨神で叩き潰した時の事、陰秘学科の学生を壁のシミにした時の事、飛行機をぶつけた時の事、根本から折って鈍器にした時の事。
どれも懐かしい、思い出深い記憶だ。

そして、それを抜きにしても、ここはいい場所だと思う。
ここからは、アーカムシティを一望できる。
初めて来た時とあまり変わらず、しかし、少しずつ変わり始めた、シュブさんと出会ったこの街を。

「シュブさん。俺、シュブさんに言いたい事があるんです」

夕日に横顔を照らされたシュブさんと向かい合い、瞳を真っ直ぐに見つめる。
視線が絡み合うのは、相手もこちらを真っ直ぐに見つめ返しているから。
お前が長く深淵を覗くなら、深淵もまたお前を等しく覗いている。
見つめ合うという事はそういう事だ。

「私も、ずっ──ずっと卓也に言いたか──事があるの」

ならば、シュブさんのこの答えも当然のもの。
俺がシュブさんに伝えたいことがあるのと同じように、シュブさんも俺に伝えたい意思がある。
自覚のあるなしはともかく、ずっと前から胸に秘めていた、というのも同じなのかもしれない。

「じゃあ、レディ・ファーストで」

「うん──」

シュブさんが、静かに目を閉じ、両手を広げる。
視界は闇に閉ざされているのだろう。
そのシュブさんの視界に合わせるように浮かぶ色が、シュブさんの人型のシルエットを塗りつぶすように広がった。

黒。
否、それは混沌だ。
狂気じみた宇宙の暗黒、それに、無慈悲な自然の冷たい力強さと、全てを包み込む包容力をまぜこぜにしたような色彩のそれは、俺に確かな親しみを感じさせる。
次いで顕れるのは、自然界には、少なくとも、人間の理解できる範疇の自然界には有り得ない、継ぎ接ぎの、出鱈目なシルエット。
巨大な、街の一ブロックを丸ごと包み込めるほどの巨大な雲状の肉体。それが時折所々より合わさり、点滅するように様々なパーツを形成している。
手もある、蹄のある足も、腕も爪も、胴も顔も、角も口も、背も触手も、子宮も翼もある。
口や触手から汚泥の様な汚らわしい、豊か過ぎる生命力に満ちた体液を滴らせたそれがなんであるか、俺にはとうとうはっきりと理解できる。

「イア、シュブ=ニグラス……」

ああ、そうとも。
俺の魔術は、あの当時でも完璧だった。
偉大なる神は、愛すべき隣人として、俺の呼び声に欠かすこと無く答えてくれていたのではないか。
つまるところ、これは俺が大馬鹿者だったというだけの話なのだ。

「シュブさん、って、呼んで──た方が嬉し──」

巨大な、街の一区画を余裕で踏み潰す程のシュブさんが、地の底に流れる気脈の流れの様な、轟々と響く怪音で持ってそんな事を言う。
あまりにも、あまりにも恐れ多い言葉だ。
徒人の身で受けるにはあまりにも過分な言葉に、俺は、過分にならないだけの身に変じて応じる事にした。

身体のあり方を、細胞単位ではなく、存在単位で組み替える。
イメージを固めるまでもない、俺の中にごく自然に存在する、力そのものの発露。
人の形に拘らない、邪神としてのあり方をあるがままに表現できる、巨人の身体。
機械巨神よりもいくらも小さい、絡繰仕掛けの邪神としての俺。

時計塔を挟んで、シュブさんとは反対側の街を踏み潰し、対峙する。
お互いに生まれたままの姿で、何を隠すこともない。
シュブさんは、ゆっくりと周囲の大気を体内にかき集め、深呼吸の様に、強すぎる生命力に汚染された息を吐き出す。
鉄筋に、コンクリートに、ガラスに、本来芽生える筈のない生命が宿り、限界を迎えて枯れていく。
彼等が短い一生を終える程の時間、外界の阿鼻叫喚が遠くに聞こえるだけの沈黙が流れる。

深呼吸の間、僅かに逸らされていた眼球を介さない視線が、真っ直ぐに俺を射抜く。

「私、シュブ=ニグラスは、『シュブさん』は…………あなたの事が、好きです」

ああ、そうだ。
聞き逃す事なんて有り得ない。ノイズなんて混ざりようも無い。
これは、言い逃れができるようなものではない。
後ろを振り向いて、誰に言ったの、なんて聞いていいものでは断じて無い。
これが、好意を伝えるということ。
恐ろしい行為だ。
思わず自分の人生を、自分のあり方を見直したくなる。
本当に、何かの力が働いたにせよ、自分に向けられていい想いなのか。
そんな事を考えてしまう程の、鮮烈な感情の発露。

「子供もいっぱい産んで、夫も妻も何柱も居たことがあって、でも、『私』が恋をしたのは、たぶん、これが初めて」

シュブさんのぞろぞろと無秩序に伸びる触手が、腕が、脚が、俺の手を取る。
金属質の掌は、導かれるようにシュブさんの中心部に宛てがわれる。
生命工学に当てはめられないシュブさんの、シュブ=ニグラスの中からは、不思議と人間の心臓に良く似た鼓動が感じられた。

「……おかしいかな、貞操とか、倫理も無い子持ちの邪神が、こんな、普通の女の子みたいに緊張してるなんて」

その言葉を否定すればいいのか、フォローすればいいのか、俺が考えている内にもシュブさんは告白を続ける。

「でも! ……でも、今、言わないと、きっと後悔するから、何度でも言うね。私は、店主とか、邪神とか、そういうの全部抜きにして、『女の私』として、『男のあなた』が、欲しい」

尻すぼみになることもなく、はっきりと告げられる言葉は、意味を履き違える事など出来ないほどにシュブさんの意思を表した。
一世一代の告白、というやつだろう。
鋼の掌から伝わる鼓動は、フルートと共に宇宙の中心に響く冒涜的なメロディにも似た激しさに変わりつつあった。
ゾロゾロとこちらの腕を掴んでいた無数の触腕は、掴んでいるパーツを握りつぶさんばかりにきつく握りしめられている。
黒き豊穣の女神、万物の母とも呼ばれるシュブ=ニグラスが、いや、あの気丈なシュブさんが、ただの怯える少女の様になるほど、勇気を振り絞らなければならなかったのだ。
そんなシュブさんの想いに、俺は────

「いつか話しましたっけ。ガキんちょの頃、ちょっとした事で姉さんと喧嘩した事があるんです。初めての授業参観に姉さんが来てくれないとか、そんなちょっとした理由で」

シュブさんの、雲状の肉体に生えた潤む瞳を見つめながら、語る。

「今にして思えば、我ながら馬鹿でしたね。普通に親が来ない奴らとかも居たし、姉さんにも学校があるわけで。でも、結局その事で根に持って、後で仲直りは出来たけど、何日も冷戦状態になっちゃって」

握られた方とは反対の手で、俺の手を握っていたシュブさんの触腕の束を握る。

「それでまぁ、仲直りした時に、授業参観とか、そういう行事は我慢するって決めたんですけど。……次の参観日の途中にね、姉さんがこっそりやってきてくれたんですよ」

なんでも、千歳さんと駐在さんに代返を頼もうとして断られ、更にその二人から説得された教師の温情で、出席としてカウントされる特別早退届なるものを出してもらったらしい。
肉体的には完全に別物になって、別世界に来て、数えきれない程の時を経て、しかし、今でもはっきりと思い出せる。
少しサイズの合わない、母さんの形見の女性用スーツを着て、息を切らせながら教室の後ろからこっそり入ってきた姉さんの姿。

「…………」

シュブさんは、黙って俺の思い出話に耳を傾けている。
その気遣いをありがたく思いながらも、俺の脳裏には数々の思い出が浮かび上がる。

「そういうの、挙げたらキリがないんです。その次の、初めての運動会の時、二人じゃ食べきれないくらい弁当作ってきたり、傘を忘れた時に迎えに来てくれたり」

受験の時に、夜遅くまで勉強を教えてもらったり、夜食を作ってくれたりもしたっけ。
夜更かしとか全然得意じゃないのに、それでも翌朝はちゃんと起きて見送ってくれて。

「で、俺も、姉さんがうっかりした時、ちょっとずつでもいいからフォローしようって、料理覚えたり、家事とかも習って、学校の勉強も頑張ったし、卒業後の為に金勘定も親戚から習ったりして」

親戚の人とか、近所の人たちに手伝って貰ったりもしたけれど、俺と姉さんは基本的に二人三脚で頑張ってきた。
それは、俺がトリッパーになって、美鳥がちゃっかり居座り始めても、大きくは変わらない。
姉さんは、俺の姉さんで、親代わりで、家族で、恩人で、でも少し抜けてて、ほっとけない──

「……大切な人は、姉さんなんです。他の誰が代わることも出来ない、何にも代えられない、俺にとっての一番で、憧れで、愛するひと。だから、シュブさんの期待には、応えられない」

断言し、はっきりと、シュブさんの願いをこれ以上ない程に拒絶する。
握った触腕を手元に引き、シュブさんの本体に当てられていた掌を離す。
シュブさんはそれに抵抗するでもなく、触腕はするりと俺の腕を放した。

「……うん、ありがとう。……ごめん、なんとなく、あなたの気持ちはわかってたんだ。でも、それでも、言っておきたかった。はっきりさせておきたかったんだ。私が、あなたの事が好きだってこと」

シュブさんのもこもことした雲状の肉体は、少し残念そうな、しかし、どこか晴れ晴れとした形に変化していた。
本当に、ただ気持ちの整理をつける為だけだったのかもしれないし、ただ強がっているだけなのかもしれない。
いくら俺が鈍感系主人公属性から解き放たれたからといって、流石にそこまで細かな機微を読み取ることはできない。

それでも、今から俺がすることが、人として最悪な部類の行為だっていうことくらいは、理解できる。

「じゃあ、今度は俺の番です」

俺の腕を放したシュブさんの触腕の束は、未だ俺の手の中にある。
それを強く、握り潰さない程度に、しかし、逃げられないようにしっかりと掴み直す。
言うべきことが一瞬だけ喉で引っかかり、それを勢いに任せるように口に出した。

「俺の、俺達の故郷に、一緒に来てくれませんか」

「え────?」

シュブさんの雲状の肉体が、驚きを表す色に変化した。
もしかしたら、『何を言ってるんだこいつ、今私の事を振っておいて』とか、ドン引きしているのかもしれない。
なんと言えばいいのか、俺も口にしてからテンパっているのか、シュブさんの色彩と形状から正確な感情を推し量ることができない。
ただ、シュブさんが意表を突かれているのだけは分かる。

「シュブさんも知っていると思いますが、俺はもう数日もしない内に実家のある世界に帰らなければなりません。そうすると、この世界にはもう来られないんです」

正直言って口の中は唾液も出ずにカラカラになっているのだが、言語に関わるパーツにだけ念入りにオイルを塗りたくったかのように、見事に言うべきことをペラペラと吐き出してくれる。
昨日の夜までになんと言って誘うか考え、何パターンかノートに下書きして、消音した状態で音読して練習した甲斐があった。
ただでさえ無礼な事を言っているのだから、言葉に詰まるなんて更なる無礼を重ねるわけにはいかない。

「…………」

シュブさんは、雲状の肉体の奥に形成した無数の瞳で、一旦言葉を区切った俺をじぃっと見つめている。
真っ直ぐな視線に少しだけ怯みそうになるが、ぐっと堪える。
先のシュブさんではないが、ここで言えなければ絶対に後悔することになる。

「……シュブさん、俺は、貴女を恋愛対象として見ることはできません。それはこれから先も変わらないと思います。でも、貴女と会えなくなるのも、嫌だ。だから」

大きく息を吸い、吐き出す。

「これからもずっと、隣に居てくれませんか。店主とバイトとか、恋人とかでもなくて、互いに認め合う、良き隣人として」

噛み締めるように、言葉を一言一言区切りながら、言い切る。
言いたいことは、全て言ってしまった。
こうなれば、もう相手の反応を待つしか無い。

「……」

痛い沈黙が流れ、ゆっくりと、シュブさんが口を開いた。

「……君は、やっぱり酷い男だ」

「すみません、こういう性分なもので」

「あんな、手酷く袖にしておいて」

「他の言葉も浮かばなかったから」

「ずっと、一緒に居ろ、とか」

「自分の欲には嘘が付けないんです」

シュブさんはそれきり黙りこんでしまう。
足元では逃げ遅れ、SANチェックに失敗した人々が右往左往し、武装警官隊がミサイルを放っている。
時計塔の、我関せずといった風情の時報の鐘が鳴った。
夕日が俺達を照らしている。
オレンジよりも朱に近い夕日に照らされたシュブさんは、まるで血霞のよう。
霞の奥、無数の瞳は閉じられ、しかし、透明な雫が霧に溶けていくのが見えた。

「君は」

シュブさんが、きつく結ばれた口とは別の口を作り、ポツリと呟く。

「ずるい」

握っていた触腕に、ゆるく握り返された。

「卑劣漢だと、割と評判です」

「うん、知ってる。一生懸命で、邪悪で、誠実で、卑怯で……私は、そんな君に、厄介な男に、惹かれたんだ。……せめて、隣に、なんて、考えちゃうくらいには」

言葉と共にこちらの手を握り返していた触腕から力が抜け、釣られて手を放してしまう。
シュブさんは足元の講堂を踏み潰しながら、一歩後ろに引く。
霞が結ばれ、一対の瞳が生まれた。
それは涙に潤むこともなく微笑の形に歪んでいる。

「いいよ。私は、あなたについていく。だから、いまここではっきりさせよう。私と、あなたの関係を。私にとってのあなたが、あなたにとっての私が、いったい何なのか」

生まれた距離は、二歩程だろうか。
口付けには遠く、息も掛からず、抱きしめることは叶わない。
しかし、顔を見合わせ、互いの声はよく聞こえ、手を伸ばせば届き、互いに歩み寄れば肩も組めるかもしれない。
これが今の、これからの、俺とシュブさんの適切な距離。

こんな距離感の相手をなんと言うか、この距離に居る相手は、自分にとって何なのか。
俺は、よく知っている。
元の世界にならいくらか居て、多分、トリップ先では、このひとが初めての相手になる。

「告白とか、引越しとか、色々挟んじゃいますけど」

馴れ合い、礼を弁えても遠慮はせず、しかし、改めて確認するには気恥ずかしい、そんな関係。

「俺達、」

「私達、」

──これからも、いいお友達でいましょう。
異口同音に言葉を揃え、互いの関係性を確定する。

馬鹿馬鹿しいやり取り。
こんな宣言をしなくて良かったのではないかとすら思える。
でもきっと、色々な踏ん切りをつけるには、これが一番なのだろう。

苦笑をシュブさんに向ける。
シュブさんも、少し照れたような苦笑いを浮かべ────






────シュブさんの肉体が、中心からごっそりと焼滅した。






「な……!」

「……え?」

雲状の、しかし並の邪神では本体が出てきても貫くことも消し去る事も難しいシュブさんの肉体。
それが今、縮むのでも、何らかの器官を結ぶのでもなく、完全に、あっさりとその質量を激減させている。
微笑みを湛えた瞳も、互いに握っていた触腕も消え失せ、もはや巨大な雲状の肉体ではなく、内側を綺麗に刳り貫かれて輪のようになってしまっている。
空いた大穴から見えるのは燃えるような紅に染まったアーカムの街並み。

いや、違う。
存在が希薄で、いや、そのあまりの『異質さ』に、認識することができなかった。
刳り貫かれた空洞の中心に浮かぶ『機械の掌』の存在を。
無限螺旋を回していた、『この宇宙』におけるニャルラトホテプでもある、今の俺には判る。
あれは、『この宇宙』のものではない。

「シュブさん、こちらです!」

じりじりと断面を焦がし続けているシュブさんを、体内に展開している亜空間へと連れ込む。
輝くトラペゾヘドロンの封印を参考に構成した、フラクタル構造の内部に展開された一種の異世界、別の宇宙とでもいうべき場所なら、少なくともこの宇宙よりは余程安全な筈だ。
思考を切り取り、内部に格納したシュブさんの治療に宛てさせる。
シュブさんの邪神としてのスペックはかなりのものだから、心配は無いと思うが、念のため。
姉さんは……多分、美鳥と一緒に余裕で安全圏だろう。

「…………」

周囲を気にする必要が無くなったからか、もしくは治療用に一部切り離したからか、

《────》

思考から熱が抜けていく。
単純に格とサイズのみをシュブさんに合わせていた肉体を、戦闘用のパターンに組み替える。
肉体に合わせ一部機能が簡略化された思考が最適解を弾き出す。
シュブ=ニグラスを一撃で半ば以上消滅させる程の攻撃力を備える相手への対処法=開幕意味消滅、もしくは追放攻撃。
直ぐ様、虚空から突き出る機械の掌──鬼械神の一部に干渉。
ブロックされた。全能による干渉だったのだが。
単純な鬼械神でも、鬼械神に近い機械でも無い。
しいて言うならば、邪神か旧神に近い。

干渉していた全能が一部欠損。
明確な形を持たない能力が一時的にとはいえ破壊された。
全能、もしくは全能殺し相当の力を持つ可能性=シュブ=ニグラスのダメージは単純な呪力による破壊兵器に起因する事から全能を視野に入れつつ暫定的に全能殺しとする。
対神、対邪神属性の可能性は低い。
単純火力による能力そのものへの干渉か。
対処法を検索、ヒット一件『輝くトラペゾヘドロン』が該当。
簡易封印は破られる可能性高。
詠唱の時間は……、どうやら、無いらしい。

木が軋むような、ガラスの割れるような、大量の水をぶちまけたような、文字や言葉にして表すことの難しい破砕音と共に、掌を中心とした空間が割れる。
いや、割れたのはこの宇宙そのものだ。
隣合う宇宙を隔てる壁を、世界の法則を破壊し、その向こうに見えるのは虚ろなシルエット。
逆光や闇により見えないのではない。
奴の居る宇宙そのものが、光や闇、空間といった様々な概念を欠いているのだろう。
シルエットが背負う宇宙には、星も、星の海を満たすエーテルやダークマターも、空間も、時間すらも存在しない。
あるのはただ、かつては何かがあったのだろうという、『何もない』の焼け跡のみ。
勿体ぶることすらせず、シルエットはこちらの宇宙へと身を乗り出す。
見覚えのある、しかし、確実に何かが『違ってしまっている』形は────

《デモンベインタイプか》

『それ』は、確かにデモンベインであった。
複雑化しながらも根底の理論は変わらないだろう、脚部大型シールド。
大型の肩部、掌にはレムリア・インパクトの発動機。

だが、その姿に魔を断つ剣や、無垢なる翼を重ねることは出来ない。
ビームの鬣はざんばらに乱れ、各部の意匠は解読不能なまでに摩耗している。
搭乗しているのは間違いなく大十字九郎とアル・アジフ以外の何者か、もしくは『何か』だろう。
姿の見えない術者の、どこか終盤の大導師のそれにも似た亀裂の笑みが見えるようだ。
術者は発狂しているか、正気でありながら発狂しているも同然の思考形態を獲得しているのだろう。
銀鍵守護神機関は搭載しているが、内部に存在するのは本当に獅子の心臓だろうか。
発する力の質は荒々しく、例えるならば、そう──

《破壊神》

定義を更新。
対象を以後『破壊神デモンベイン』と認定。
破壊神デモンベインは、他世界間移動を成し遂げたことに何の感慨を抱いた風もなく、挨拶でもするような自然な動作で、無差別広範囲の攻性魔術を解き放った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

時は少し遡る。

大十字九郎は、誰一人として正気を保った者の居ない人ごみの中を必死の形相で駆けていた。
街は発狂した市民の手によって破壊と混乱の渦に飲み込まれている。
無理もない、と、九郎は二丁の魔銃を握りしめながら思う。
あのレベルの強大な邪神が、街のど真ん中に唐突に、何の魔術的なフィルターも無しに顕現したのだ。
不思議と魔術汚染こそされていないが、魔術に触れたことのない人間に耐えられる筈もない。
いや、魔術に関わりのある者ですら抵抗するのは難しいだろう。

自宅からここまでの道程で、九郎は一人として正気の人間を見つける事が出来なかった。
あの邪神の姿を見ていないだろう室内に居る人間ですら気が触れてしまっている。
この街で無事なのは位階の高い、それこそ今は無きアンチクロス級の魔術師か、堅牢な魔術防壁の貼られた要塞の中に居る者達のみ。
自分ですら、あの無限螺旋での記憶が無ければ危うかった。

ミスカトニック大学に突如として現れた、クトゥルーに匹敵、いや、それを遥かに凌駕する強大で醜悪な邪神二柱。
片や鬼械神に似た、しかしあまりにも格が違いすぎる機械の巨神。
片やヨグ=ソトースにも比肩する程の存在感を放つ、悍ましい霧と肉塊の邪神。
それらは今、互いに腕と触手を絡ませ、この世の物とは思えない、魂を穢し削り取る様な破滅的な音域で、互い違いに何かを口にしている。
あのレベルの邪神が、力任せに暴れるでもなく、協力し、ただ詠唱に集中しなければならない程の大魔術。
完成すれば恐らく、無限螺旋の中ですら味わったことのない絶望的な状況が訪れる。

「なんとかして止めねぇと……!」

止めるための手段は、九郎の手の中の魔銃二丁のみ。
それで太刀打ち出来る存在なのかと聞かれれば、さしもの九郎も首がねじ切れんばかりに首を横に振っただろう。
たかだか二丁の魔銃では、できても破壊ロボを行動不能にする程度。
参考書代わりの魔導書など戦力にカウントすることすらできない。
やれる、やれないではない。
やるしかない。
今、この状況をどうにか出来るのは、この街に自分しか居ないのだから。
あいつの残してくれた、この街の平和を取り戻せるのは。

「ああ、でも」

ふと、弱気な心が首を擡げる。
こんな時に、あいつが居れば。
アル・アジフが、あいつと二人ならば、どんな敵でも、恐れる事なんて無いだろうに。

そんな事を考えながら走る九郎、その背に向けてクラクションが鳴らされた。
短く二回、三回と区切られた、理性的なリズムの警告音。
発狂した市民の操る暴走車ではない。
それに気が付き、九郎は脚を止めずに音の方へと振り向いた。
発狂した市民を踏み潰し、跳ね飛ばしながら走る一台の乗用車。
走る九郎に速度を合わせ、隣に並ぶと窓を明け、運転手が声を掛けてくる。
装甲板が取り付けられている訳でもないのに傷ひとつ無いそのクルマの運転席に見えるのは、九郎の良く知る少女だった。

「よう大十字、お急ぎかよ?」

皮肉げに口元を歪めた、黒髪の東洋人。
かつて、無限螺旋の中で幾度と無く立ち位置を変えてミスカトニック大学に在籍していた、謎の魔術師見習い。

「おま、美鳥!」

言いたいことはいくらもあった。
しかし、人を轢き殺すなという注意も、お前ら兄妹は何者だという疑問も、美鳥の次の言葉で遮られる。

「乗りな。お前の鬼械神と魔導書のとこに連れてってやる」

その言葉に、無限螺旋の中で少女の兄、鳴無卓也に導かれた時の記憶がフラッシュバック。
幾度と無くデモンベインと引きあわせ、時に共闘した兄妹の姿を思い浮かべ、何も言わずに走る乗用車のドアを開け放ち中に飛び込み、

無限螺旋を終わらせた英雄は、あっけなくその人生に幕を下ろした。

―――――――――――――――――――

「はい、ごちそうさん」

あたしの擬態した車、あたしの擬態した車の中の大気と空間に飛び込んだ大十字を食い殺し、あたしは即座にその場から転移した。
アーカムシティを一望できる時計塔、それを挟んで対峙するお兄さんとシュブ=ニグラス。
そんな光景を余すところ無く一望できる、上空ではない、お姉さんによって創りだされた完全に隔離された安全な観客席。

「あら、早かったのねぇ。ちゃんと食べてきた?」

宙に浮かぶクッションに座り、眼下の光景を楽しそうに見つめていたお姉さんが、振り返りもせずに声を掛けてきた。

「うん、最適化も……今終わった。これで、もうこの世界で取り込めるものは取り込み終えたよ。今度こそ完璧にね」

「そうね。うん、えらいえらい」

おざなりに送られる賞賛の言葉。
相変わらずその視線は、シュブ=ニグラスとお兄さんのやり取りに向けられている。
その視線には、嫉妬が僅かに、しかし、それ以上に多大な期待が込められている様に見えた。

お姉さんは、この後に何が起こるかを、多分完全に見越した上で、お兄さんを送り出したのだろう。
あたしは、お兄さんをサポートするために存在している。
だから、お兄さんの上位に存在するお姉さんの行動方針にケチを付けたくはない。
だけど……

「お姉さん、これ、本当に意味があるの?」

今、お兄さんはシュブ=ニグラスの化身であるシュブさんと、自分の関係性に明確な定義付けを行おうとしている。
それは、お兄さんに掛かった主人公補正による精神面での補正を多分に含みつつ、間違いなくお兄さんの本当の気持ちから生まれたものだ。
どんな相手でも、長く共にあれば情が湧く。
それは自然な事で、例え感情に補正が掛かっていたとしても大きく変わることはないだろう。
『だからこそ』あたしは、お兄さんに揺らいだままで居て欲しかった。
揺らいだまま、自分の中の感情に決着を付けないままに元の世界に帰ってお別れしてしまえば、そのまま結論をあやふやにできる。
時が経てば記憶が薄れることは無くとも、思い出す回数は減り重要性は下がり、あの感情は全て補正から生まれたまやかしだったんだと結論付ける事ができた筈だ。

お兄さんは多分、抱いている感情を友情という形で結実させようとしているのだろう。
創作物の世界の住人相手に、友情。
そんな感情を抱く必要は欠片も存在しない。
トリップが終われば。それで途切れる絆で、また似たような関係を結ぶことも難しくはない。
トリッパーにとって、トリップ先の何もかもは『そうあるべき』だ。
読み終わった本に少し引き摺られるのもいいだろう。
でも、本の中の登場人物に生の感情を乗せて、現実世界に重く後を引くようではいけない。
目覚めと共に悪い夢も楽しい夢も朝の日差しに溶かし、今日何をするかとか、そんな当たり前の思考で塗りつぶしてしまうように。
ただ心の、欲望のあるがままに、楽しく遊ぶように、軽やかに健やかに、血も涙も怒りも何もかも踏み躙り、踏破していけばいい。
それが、現実を生きる人間のあるべき姿。
お兄さんもお姉さんも、トリッパーである以上、なによりも現実の人間として生きなければならないのだから。

「でもねぇ、お姉ちゃん的には、これが一番重要な場面なの」

シュブさんが八割方蒸発する光景を見ながら告げるお姉さんの表情は、笑顔。
気持ち程度に釣り上げられた口角、僅かに白い歯を覗かせ、猫の様に目を細めている。
なんてことのない、微笑みですら無い、薄ら笑い。
笑顔は本来~という一連の説を思い出すまでもなく、その笑みを向けられると、反発していたあたしの心はあっさりと折り砕かれてしまった。

「さようでございますかー。ま、あたしはどっちでもいいんだけど」

精一杯の虚勢を張りつつ、全面降伏の意を伝えて引き下がる。
実際問題、あたしが今どうこう言ったところで何かが変わる訳でもない。
眼下の光景に視線を移す。
お兄さんが邪神とラブコメごっこしてる姿なんぞ見たくもないのだが、見ていない所で何もかもが進行するのも気に食わない。
幸い、シュブさんがお兄さんの内部宇宙に取り込まれたお陰で、ラブコメ的な画では無くなっているけど……。

「うわぁ……」

お兄さんはアイオーンに近い、武装の殆どを因果逆転式発現型に組み替えたシンプルながらもソリッドなデザインの戦闘形態。
全能以上の力を持つもの同士が行う、小学生のバリア合戦じみたちゃぶ台ひっくり返し選手権を除けば、最も効率の良いアセンブルだ。
適度な大きさで小回りが利き、大きさが勝負を分ける時にもその適度なサイズから伸縮自在であるために遅れを取ることもない。
攻性術式、結界、武装など必要なものをその都度交換する必要もない。
その都度必要な機能が、発動状態で『用意されていた事になる』という優れものだ。
演算による未来予測、サイトロンの未来視、アカレコからの未来予知などを組み合わせる事により終始優位のまま戦闘を終える事ができる。
……筈のそれは、別の宇宙から現れたデモンベインによって封殺されていた。

元素消滅、邪神の分霊を招喚しての魔術攻撃、手足、触手による遠近格闘、分身と時系列組み換えによる時間差攻撃、邪神降霊による神威顕現。
一撃一撃が必滅の筈の攻撃は、その尽くが『破壊されて』デモンベインに有効打を与えることが出来ずにいた。
防御の方も残らず打ち砕かれているけど、これはダメージを食らいながらも即座に完全な状態の自分に存在を入れ替え、砕かれた自分も即座に修復している。
でも、確実に相手の攻撃は通っているし、どちらが押しているかと言われれば、間違いなくデモンベインが押しているだろう。
お兄さんが負けていない、死んでいないのは、ひとえにその偏執的なまでの生存性の高さだけに起因している。
でも、虚数状態ですら生存状態と定義したとして、その理屈そのものが破壊される可能性を否定しきれるものじゃない。
更に、あれがトラペゾヘドロンやそれに匹敵する切り札を持っていないとも限らない。
執拗にお兄さんに攻撃を繰り返すことから、その場を離脱することも難しい。

弁護するが、お兄さんは決して弱い訳ではない。
気や魔力を操る人外、人間を超人に変えるナノマシン、超科学によって生み出された数々の機動兵器、封印されし鬼神、地の底に眠る鍛冶神を取り込み、
更にこの世界で魔術を学び、優れた魔術師、あらゆる鬼械神の原型(アーキタイプ)に、ほぼ全能とも言える混沌すらも自らの一部とした。
そして、これら全てを統合する微小機械群。
トリッパー特有の『トリップする度に目覚める新たな超パワー』などが発現しないにも関わらず、十に届かないトリップ回数でこの強さは破格と言ってもいい。
と、お姉さんから引き継がれた記憶の一部と照らしあわせても評価できる。

が、それらは全て、真っ当な理屈で戦える場合にのみ有効なものだ。
今回は相手が悪い。
あの状態のお兄さんがチートでステマックス、攻撃透過などを行なっているのだとすれば、あのデモンベインはハードの隙間に執拗に水滴を垂らしているようなもの。
お兄さんもニャルの力でちゃぶ台返しができる筈なのだが、如何せん、あのデモンベインは対邪神に特化しているようで、初手であっさりとブロックされてしまっている。
とてもじゃないけど勝てるようには思えないし、撃退すら難しいんじゃなかろうか。

「あれ、大丈夫なん?」

「今の卓也ちゃんじゃ無理ね」

あっさりとした回答。
予測通りとはいえ、これは酷い。

「『アレ』はラスボスですらない、言わば『リセットボタン』みたいなものね。倒されることを想定していないから、普通の手口じゃ対抗だって難しい。だから、もう一押しが必要なのよ。卓也ちゃんの背だけを押す、物語の力が」

そう答えるお姉さんの瞳にもはや妬みの感情は欠片も無く、ただ爛々と期待に輝いている。
悲劇は感情移入せず、第三者視点から見れば喜劇と言うけど……、
そう考えれば、少し妬ましく憎らしいあの邪神が哀れに思え、あたしは派手なだけで削り合いにすら見えない持久戦を繰り返すお兄さんを見下ろし、その内部で行われているだろうやり取りを思い、深く溜息を吐いた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

視点は卓也の内部宇宙に移る。
そこは使われる予定も無かったのか、単純に空間と時間、色彩だけが存在する赤く煌めく世界だった。
その中心には、この小さな宇宙の主である鳴無卓也と、焼け残った肉体を纏められたシュブ=ニグラス。

「シュブさん、しっかりしてください! 今、今すぐに治しますから!」

意識を失わせない為の気付けを兼ねているのか、それとも無意識の内に諦めそうになる自分を叱咤しているのか、卓也の声は荒い。
卓也の手が焼け焦げたシュブの肉体に宛てられ、科学錬金術魔術呪術、考えうるあらゆるパターンの治療術、再生術を施す。
同時に展開された時の流れを操作する結界は、死の寸前にあるシュブの生を引き伸ばすためのものだ。
ほぼ完全に停止状態にまで時間を引き伸ばされ、理論上はゆっくりと治療に取り掛かる事が出来る筈だった。

「は、は、は……けふっ」

焼け焦げ、もはや雲状の肉体すら上手く維持出来ないシュブが苦しげに息を吐く。
時間遅延の術式が稼働していない。
いや違う。確かに術式は発動している。
だが発動した側から、シュブの肉体、焼け跡を起点にして、油を染み込ませた薄紙に火をつけるように消滅しているのだ。

シュブの肉体を燃やしたデモンベインの一撃。
それは、かのデモンベインが生まれた宇宙を一撃の元に焼滅させた極大呪法の残滓。
宇宙全ての邪神と、邪神の住まう宇宙全てを、星々やそこに住まう人々諸共に焼き尽くした狂気の魔術。
破壊神に相応しい、しかし、『魔を断つ剣』としてのあり方を極限まで研ぎ澄ました一つの局地とも言える呪法は、一度食らいついたが最後、治癒も延命も許す事はない。
焼け跡に施された治癒や再生は、その効果を発揮することも出来ずに焼かれて消えてしまう。

じりじりと、腐れた生き物を焦がす嫌な匂いを嗅覚に感じながら、卓也はそれでも必死で治療を続行する。
傷口に触れた手指が焼け焦げれば即座にその指を切り離し新しい指を再生し、開発力すら総動員し新たな再生術の理論を構築。
対昇華呪法の防御式を組み込んだ術式が、一瞬の遅延も無く灰すら残さず焼滅する様を見て、絶望の表情を浮かべかけては、その表情を力づくで修正し、新たな術式を構築する。
そんな卓也の手を、作りの大雑把な触手が、弱々しい力で押さえつけた。
触手の主はシュブ。
未だ昇華呪法に侵されて居ない無事な肉体をより合わせて、触手と口を辛うじて構築している。

「私、ね。生まれた時から、何かが欠けていたような気がするの。あるべきものが無くて、ただなんとなく生きて」

紡がれる声は弱々しく、うわ言のようでもある。

「無理に喋らないで!」

怒鳴りつけるような卓也の声も耳に届いているのかどうなのか、シュブは途切れ途切れに言葉を続けた。
独白か遺言か。遅かれ早かれ、後者になる可能性はとても高い。

「言葉も、意思も無かった。そんなものがなくても、まわりに合わせてニュアンスだけを飛ばしていれば、一日が終わって、終わりに近づいているとか、そんな事も考えなかった」

しゅる、と、衣擦れの様な微かな音と共に小さな瞳が一対形成され、肉の雲は濁りを増した。
欠けた瞳が卓也に向けられた。

「あの日、あなたに会って、気まぐれで始めた食堂に、初めてあなたが来て、何もかもが変わって、私の中に、生まれて初めて、色と意味が注がれた気がしたの」

焼け跡はゆっくりと広がり、シュブの体積を容赦なく減らしていく。
卓也の手に絡みつく触手が、乾いた石膏が剥がれるように、ぼろぼろと崩れ始めた。

「駄目です……喋ったら、駄目だって、言ってるじゃないですかっ! しん、死んで、死んじゃう、って、言ってるのに!」

半ば溶けている様に強く潤んだ瞳には、涙も無く泣いている様な必死の形相で治療を続行しようとする卓也の姿。

「そう、だね。うん、死ぬのは、嫌だけど、もう、死んだって、いいかな」

ひゅ、と、息を飲んだ卓也の喉で音が鳴る。

「なんで、そんな事……!」

「だって、あなたが、私に意味をくれたから。あなたの『恋人』にはなれなかったけど、『友達』に、なれたから────ねぇ、見て」

質量が減る毎に、見た目上の焼滅速度は加速していく。
もう、シュブの肉体は神の威容を保てるほどの質量を有さない。
とうとう軽自動車程度のサイズにまで小さくなったシュブに合わせ、卓也もまた人間サイズになり、両手と触手を総動員して消滅を遅らせようと片端から術式を当てていく。
しかし、そんな卓也の手の中で、雲状の肉体が、無慈悲に砕けた。

「ひ──」

悲鳴を上げかけ、すんでの所で飲み込み、卓也は目を見開いた。

……中から現れたのは、酷い火傷を負い、尚も燃やされ続ける『人型の』シュブの姿。
奇跡的に火の着いていない、肩にかかる程度の長さの、ウェーブ掛かった薄いクリーム色の髪。
片方が半ばから折れた、両側頭から生える曲がった角。
血が滲んだ、透けるような白い肌。
身を焼く熱で乾いた、少し厚みのある唇。
焼け焦げ、しかし、いつもと変わらない、ジーンズにサマーセーター。
裾から生え、気持ち程度にカールした、炭化して残り数本の触手
涙を溜めた大きめの瞳。
初めて入ったニグラス亭で、卓也が最初に目撃した時と、焼かれ続けていることを除けば何一つ変わらない姿。

一つ違いを挙げるとすれば、その姿にはあやふやさが無い。
どんな姿を取っていてもシュブと認識できていた頃とは違い、見る者にその姿こそがシュブの真の姿なのだと確信させる確かな存在感。

ほんの僅かに焼滅する速度が落ちた。
しかしそれは確かな実在性を持ったものを焼く為に僅かに時間が掛かっているだけで、進行が止まる兆しではない。

「これが、神でも、運命でもなくて、あなたが……卓也が、『友達』だって、決めてくれた、『卓也の友達』の私。あなたがくれた私の在り方」

卓也の手の中で崩れていた触手から、細い、しかし、水仕事で硬くなった手指が現れ、指を絡ませるようにして繋ぎ直す。

「……ね、卓也。きっと友達って、今日みたいに、一緒に遊んだりするんだよね。……あなたの故郷だと、どういう風に遊べるのかな」

口を開くと傷に障る、と言いかけ、この焼滅は口を開く開かないで速度が変わる様なものではないと思い直し、口を噤む。
一瞬黙りこんでから、卓也は治療の手を止めず、少しつかえながらも努めて明るい声色で語り出した。

「結構な田舎だから、野山を駆け巡る、みたいな感じですかね。ああ、でも隣町とかなら多少は遊び場もありますよ。本屋とかゲーセンとか映画館とかもありますし、変わったところだとペットショップとか冷やかしたり」

早口に捲し立てる卓也を見ながら、シュブは喉から掠れるような息を零し、笑った。

「やっぱり、楽しそう……。ねぇ、連れて行って、くれるんだよね」

「絶対、連れていきます。だから」

放たれる筈の言葉の続きを、口元に触手を当てられて遮られた。
厚みのある唇に似た柔らかさが、軽く、しかし、しっかりと感触が記憶されるように押し付けられる。

「私ね、最初に、卓也の部屋が見たい。そしたら家の中を見渡して、近くの窓から外の景色を見たら、空は雲ひとつ無くて、そのまま、卓也の好きな、お気に入りの場所に行きたい。そこで、卓也と同じものを食べて、同じ風景を見るの。卓也と、同じ場所で」

「っ、それ、は……」

何かに気づいたかの様に僅かに仰け反り、触手から唇を離す。
そのまま口を僅かに開き、わなわなと震え始める卓也。

「ね……」

唇から離れた触手は、まるで命を使い切ったかの様に、ぼそ、と、その場で灰になった。
シュブは、握っていない方の手を、卓也の口元に伸ばす。
震える指先が、卓也の唇に、前歯に、

「あなたの中に、連れて行って。……私を、あなたのものにして」

舌に触れる。
本能を刺激する感触だ。
生まれる欲は、かつて無い程の、征服欲に似た食欲。
それらを振り払い、触れる手を掴み、卓也は激しく頭を振りながら叫ぶ。

「……出来ない、そんなの、できっこない! それじゃ、結局シュブさんは消えて、いなくなって」

「違うよ、だって、きっと、卓也は泣いてくれる。顔も、名前も忘れて、不定形の、名状しがたい思い出になっても、あなたの中に出来た隙間として、私は生き続けられる」

ばち、と、炭が弾けるような音と共に、シュブの角が割れた。
中は黒く炭化し、深紅の火の粉が舞う。
ゆっくりと、しかし確実に、無限の熱量がシュブの肉体を蝕んでいる。

「私、あなたに何も残さずに、消えたくない。だから、連れて行って……」

「……っ、っ~……!」

言葉も、声も出ない。
拒絶の言葉は、頭の隅で静かに息を潜めていた冷静な部分によって押さえつけられる。
治療の手は無い。
そして骨も灰も何一つ残さず焼滅する。
このまま、何もしないのであれば。

「────、────」

喉か腹が内部から焼滅し始めているのか、シュブの声が途絶えた。
ただ、視線は真っ直ぐに卓也の瞳を居抜き、唇はうわ言のように、先と同じ言葉の形を繰り返している。

シュブの人の姿をした肉体から、徐々にパーツが焼け落ちていく。
唇の動きが、鈍る。
その程度の動きすらできないほどに、内部も焼かれ始めているのか。

「……、────」

ゆっくりと、卓也の顔から表情が抜け落ちていく。
そのまま、何の感情も見出だせない温度のない顔で、シュブの身体を掻き抱き──その肩口に、歯を突き立てた。

「────」

びくりと、シュブは身を強張らせた。
頬は上気し、細められた目からは一筋の涙が溢れる。
緊張は直ぐに解け、顔の筋肉が緩む。
卓也の歯が皮膚を裂き、肉を千切り、骨を噛み砕くのを感じ、シュブの喉からは鉄をも蒸発させる、熱く、甘い吐息が溢れる。

抱き寄せる手が背中よりの脇腹に爪を突き立て、臓腑を守る肋骨を指で挟み込む。
ぞろぞろと這う触手が、臀部と肛門を噛み裂き、直腸を、恥骨結合を引き千切り、仙骨を割り砕きながら侵入し、子宮を荒々しく食い散らかしていく。
堪らず目を瞑りながら、焼け爛れ、一部骨の露出した脚で、卓也の身体を拘束。

「──っ、──っ、は────あぁ……!」

音として結ばれない嬌声を噛み殺そうとするも、身体を貫く触手に咀嚼されるリズムに合わせて、僅かに焼け残った呼吸器が呼気だけで浅ましく強請るような喘ぎ声を作り出した。
強く、離れないように抱きしめ返した腕すら、背中の表面にめり込むようにして、ばりばり、ぎち、めき、と、生々しい音を立て、食いつぶされていく。
求められ、蹂躙され、大事にしてきた何もかもが奪われる喜びに、内容物が食い荒らされた腰を、強請るように卓也の腰に押し付ける。

「あぁ……美味い、美味過ぎます……」

熱に浮かされた様な卓也の声と共に、絡めていた脚が完全に取り込まれて、感覚が消失した。
両手と両足を失い、胴体すら小さくなり始めたシュブを抱え込みながら、卓也は顔を上げること無く、身を焦がす呪法諸共に捕食を続ける。
手に入れた完全な形を失い、気遣うことすらなく、初めて女を抱いた少年の如く、夢中になってその肉体を文字通りの意味で貪り、魂を噛み砕き、腹の中へ。
自らの構成要素の中へと取り込んでいく。

その肉体も魂も、これまで取り込んできた何もかもが味気ないものに思える程の極上の美味。
これ以上に美味しいものを食べたことは無いのではないか。
食べても食べても、食べても食べても止まらない。

「凄い、凄いんです、シュブさんの身体、シュブさんの魂……もっと、もっとずっと食べていたい……!」

その言葉が、どのような表情で告げられているのか。
鼻から上と、触手と脊椎を残すだけのシュブにしか、その表情を窺い知ることは出来ない。

(卓也も、凄い、ケダモノみたい……。そんなに、美味しい?)

声を出す為の器官を取り込まれ、触手を振動させて音を出す力すら奪われ、ただ虚空に向けて放たれるシュブの、蟲惑的な感情の込められた意思。
それに、卓也は口と手と触手を止め、シュブの頭部を大事そうに胸に抱きしめながら、鼻にかかったような、濡れ震える声で応えた。

「ええ、本当に、美味しい……。……こんなに、こんなに美味しいんだったら、出会って直ぐに、食べてしまえばよかった……。お話とか、する間も無く、食べてしまえば……」

ぎぱ、と、卓也の口が一際大きく開かれる。
腹の中に収められた無限熱量の残滓が、腹の中を焼くことが出来ず、口から煙と化して漏れ出す。
鋭い歯が、シルクのような髪の毛を巻き込みながら、白い肌に食い込んでいく。
焼き菓子を噛む様に、あっさりと頭蓋が噛み砕かれ、視神経を千切りながら眼球が、脳膜を破りながら前頭葉が削り取られ、口の中に転がり込む。
舌の味蕾から、口腔内の粘膜から伝わる、一つの世界を丸ごと凝縮したような濃厚な味わいに、じっくりと咀嚼し、食感の違う脊椎を挟みながら、もう一口、また一口と食べ進めていく。

「──」

息を漏らすような微かな笑い声。
自分のものではないそれに、卓也は手の中に残った、僅かな脳細胞が乗った頭蓋骨の残骸と、一本だけ残った、指ほどの太さの触手を見直し、
口の中に、頭蓋骨の方から収めた。
ゆっくりと、一口一口を、噛み締めると、揺れる乾いた触手が卓也の頬に触れて、ほんの少しだけ、湿り気を取り戻した。
出処の分からない水分を吸ったその触手を、途中でちぎること無く口の中で咀嚼。

「──────」

卓也の耳に、完全に取り込まれて消えたシュブの声が届いた。
二度と聞こえる筈のない声は幻聴か。
ただ、卓也はその言葉に小さく一度だけ頷いて、内面宇宙から姿を消した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

かつて、白と黒の王を産み落とした宇宙、その成れの果て、荒廃しきった宇宙の残骸。
地球という惑星は微塵に砕かれ、惑星は残らず圧縮され超質量の弾丸として消費し尽され、幾多の恒星が寿命よりも早くそのエネルギーを吹き消された死の宇宙。

《────────》

装甲表面でエーテルを輝かせ、悠々とデモンベインが見下ろすのは、再生すら許されずに討ち滅ぼされた自らの無数の分体の骸に埋もれる、アイオーンにも似た機械巨神。
冷たさすら無い平坦な輝きのレンズはヒビ割れ、装甲は砕け、内部フレームは剥き出し。
再生能力も、完全な状態の自分への入れ替えも、そのルールそのものを破壊され、機能不全に陥っている。
フレーム剥き出しの右腕が肘関節から脱落した。
断面は赤く赤熱し、赤く熔けた金属が血のように滴り落ちる。
再生も交換も依然として機能しない。

それは、極小規模にまで範囲を絞られたレムリア・インパクトによるダメージ。
それも、ただのレムリア・インパクトではない。
一度、こことは異なる宇宙を丸ごと焼滅させた、その残滓のみで高位の邪神に緩慢な死、焼滅の運命を押し付ける禁断にして窮極、全天昇華呪法ビッグバン・インパクト。
天地開闢を上回るエネルギーを全て破壊に注ぎ込む、守るべき者達すら容赦なく焼き滅ぼすその呪法を扱い、なおも無傷で別の宇宙に渡るデモンベインが放つレムリア・インパクト。
宇宙の理すら焼き尽くす火力は、そのまま機械巨神の持つ幾つかの概念をも破壊していた。

そんな機械巨神に追い打ちを掛けるかの如く、デモンベインの掌に筆舌しがたい密度の魔力が収束する。
機能不全が修正されるよりも早く、宇宙諸共焼き尽くす全天昇華呪法を放ち、戦いを終わらせようとしている。
最早攻撃を防ぐことは難しく、逃げることもままならない。
デモンベインはただ全天昇華呪法を解き放つだけでいい。
たったそれだけの事で、この無駄にしつこく食い下がり生き延びた『ナイアルラトホテップに似た気配の邪神』を打ち滅ぼす事ができる。
コックピットの中で術者が何を思考しているかはともかく、デモンベインそのものの方針としては間違いがない。

機械巨神の冷徹な思考回路は、修復不能になったかつての自分の骸達を楯にし、その場を動かない。
突撃し、発動を妨害する、という選択を行うには、今の機械巨神の肉体は余りにも不足が多すぎた。
故に、消極的ではあるが、最も生存の確率が高まる、『待ち』の戦法を選択する。
無限に連なる内燃機関からありったけの魔力を汲み取り、防御術式を構築。
その筈だった。

《────ぉ》

声が、響く。
無感情、無感動に効率的に動いていた機械巨神が、邪神ですら燃やし尽くすほどに熱されたエーテルを震わせ、何ら呪術的な意味を持たない『音』を発した。
割れかけたカメラアイのレンズが燃え上がり、焼け跡に三つの激情に灼える瞳を形作る。
機械巨神の中で分かたれていた機構が統合され、戦闘において不要とされた部分が再起動したのだ。

《ぉ、ぁ────!》

それはまるで、安らかな胎盤からこの世に産み堕された赤子の絶叫。
燃え盛る感情の熱に突き動かされるように、機械巨神が自らの骸を蹴りつけ、デモンベイン目掛けて加速。
金属を食い破る音と共に焼け落ちた腕が再生する。
再生した腕の先は抜き手。荒々しい鋭さを持つその手には既に発動寸前の呪法が装填されていた。

直撃すればデモンベインすらただでは済まない。
だが機械巨神の手が届くよりも早く、デモンベインの呪法が解き放たれた。
掌の先を端として、無限に広がる宇宙を一瞬で焼き尽くす無限熱量と無限重力の結界、昇華呪法が展開する。

機械巨神の渾身の一手はデモンベインに届かず、しかし、昇華呪法と全く同時に、向かい合うようにして解き放たれた。
それは、宇宙を包みこまんとした昇華呪法と絡み合い────拮抗する。

《────!?》

初めて、デモンベインが戸惑いという形で感情を見せた。
あらゆる邪神を、抵抗すら許さずに消滅させた呪法が封殺された事に混乱している。

機械巨神の放った呪法。
それは、ビッグバン・インパクトと相反するベクトルの昇華呪法。
全天昇華(帰塵)呪法ビッグ・クランチ・ゼロドライブ。
ビッグバンによって発生、拡大した宇宙を再び元の停滞した『点』に戻す、事象の否定、やり直しを体現する窮極呪法だ。

宇宙を開く(啓く)力と、宇宙を閉じる力。
拮抗する2つの力はやがて単純明快な力と変わる。
その変化の衝撃の余波で、惑星や恒星を潰されながらも無事に稼働していた宇宙は、呆気無く破裂し、消滅した。

―――――――――――――――――――

隣合う無数の宇宙すら纏めて押しつぶし、しかし、二機の戦いは終わらない。

破壊された宇宙を乗り越え、物理法則から時間や空間の在り方が異なる別宇宙に場所を移しながら、延々と戦い続けた。
時間という概念が無い。空間という概念が無い。そもそも一定した因果性すら存在しない。
戦いが成立しないどころか、まともに存在し続ける事が難しい。そんな宇宙であったとしても、この二機にとっては何一つ問題にならない。

機械巨神はデモンベインに通じこそしないものの、全能に近い力を持ち、超空間、超時間的な存在であるナイアルラトホテップそのものであり、その一欠の内に無数に存在させている。
細胞の一つ、それどころか、彼の名前を知る者が存在すれば、その情報を自らの一部としてその身全てを復元する機械巨神は、言わば超存在にとっての世界そのものと言ってもいい。
またデモンベインは、自らの存在した宇宙を破壊したという前歴がその存在そのものに変化を齎していた。
『彼』は生まれの宇宙を破壊することで宇宙そのものよりも上に位置する何かへと変貌し、ある意味で言えば、彼の大敵であるナイアルラトホテップを越え、相対する機械巨神と同じ域に到達している。

二機は共に、無数に存在する宇宙すらも内包する、個体として独立した一つの『世界』なのだ。
少なくとも、互いの攻撃の余波で破壊される程度の宇宙の法則は彼等を縛ることができない。
時間も空間も存在しない『無』の只中にあってなお、二機は何事も無く互いを破壊するためにその暴威を遺憾なく発揮した。

遅い宇宙、巨大な宇宙、熱量的な死を迎えた宇宙、絶えず死と再生を繰り返す宇宙、原因が結果に決定される宇宙、完成し何一つ変化を起こさない宇宙……。
全ての世界において、二機は極めて原始的な戦いを繰り広げた。
全能の力を持つ者と全能を無効化できる者が戦う場合において、最後の決着は単純に相手を破壊する事により付けられる。

破壊に特化したデモンベインの力は機械巨神の攻撃を破壊し、結果として一切の攻撃を通さない。
だが、今度はデモンベインの攻撃で機械巨神が破壊されることも無くなった。
いや、破壊されたとして即座に再生している。
再生するための概念、術式、技術が破壊されたとして、それら全てが即座に再生されているのだ。

互いに相手を滅ぼす為に繰り出す攻撃が無意味であると知りながら、無意味であるという事実を踏み越えて相手を否定するために戦い続ける。
剣戟で、銃弾と砲撃で、腕と脚で、術で、ただひたすらに、宇宙という宇宙を飛び越え────

────そして、何もかもが満たされた宇宙へと降り立った。
そこには正常な連続性を保つ空間があり、一定方向に流れ続ける規則的な時間の流れがあった。
どこか地球に似た命あふれる緑の星。空には一つきりの大きな恒星。
地には四足の獣が這いまわり草木を食み、空には鳥が翼を広げ風の流れに乗って滑るように飛ぶ。
羽の生えた虫が花から蜜を吸い、草木は土から清らかな水を吸い瑞々しく生い茂る。
エーテルに満ち、字祷子に満ち、生命に満ち、希望と秩序に満ち、絶望と混沌に満ちた世界。
はちきれんばかりのエネルギーと存在感に溢れた宇宙。

そして、『満ちていない宇宙』の存在であるデモンベインはその世界圧の差に全身を軋ませる。
空間そのものが持つ密度の高さがデモンベイン内部の空間の密度を大きく上回りその圧力差が内部器官を歪ませ、規則的に流れる時間はこれま時間の流れを歪ませて修復したダメージを復元する。
降り注ぐ太陽光が装甲を熔解させんばかりに熱を与え、そよぐ風が台風の様に激しく巨体を翻弄し、踏み潰せないほどしなやかな草木が脚を取り、この惑星における1Gの重力が地面に貼り付けにする。
倒れ伏した地面は固く、めり込む事すら出来ずに全身のフレームが悲鳴を上げる。

存在する何もかもが過剰なまでに満たされている故に、満ちていない物は存在すら許されないというのがこの宇宙の理。
ここに来て初めて、デモンベインの装甲が深海に沈められた人形の様に歪み、縮み始める。
しかし、次の瞬間には周囲の満ちた空間を破壊し体勢を立て直した。
溜めもなく、躊躇なく、その両手が掲げられ全天昇華呪法を連続して解き放つ。

宇宙を焼き尽くす呪法は圧の差で範囲を狭められながら、着実に罪もないこの宇宙の生命を焼き滅ぼす。
声ある獣は悲鳴を上げ、草木はその水気が弾ける音で、デモンベインを糾弾する。
だが、魔を断つ剣は一切の躊躇を持たない。
通常宇宙の法則を無視できるデモンベインに損害を与えることができる宇宙。
それ即ち、同じ位階に存在する機械巨神に関わりある宇宙でしか有り得ない。
デモンベインは降り立ち圧殺されかけたその瞬間に、この宇宙が機械巨神そのものを材料に構築された新たな宇宙である事を看破してのけた。
別の宇宙に渡る刹那の瞬間に新たな宇宙と化した機械巨神がデモンベインを自らの中へと取り込み、自らの定めた法則性に従わせ、破壊せんとしているのだと。

そして、デモンベインが怯まないのを確認するや否や、宇宙の全てがデモンベインを排除せんと本性を表し、牙を剥き出しに襲いかかる。
獣、草木、鳥、虫は勿論、空が、大地が、大気が、空間そのものが、時間の流れすら、ただデモンベインを破壊するためだけに生み出された。
その根底に込められた感情は、怒り、嘆き。
正当性すら必要としない独善的な感情を根に持つこの宇宙は、言わば一個人、一柱の神の自我と手足。

本来ならばデモンベインに届かない筈の攻撃は、宇宙1つ分の波状攻撃により徐々にデモンベインにダメージを蓄積する。
宇宙そのものに物語の補正が掛かっているかのように、ご都合主義的にデモンベインを追い詰めていく。
機械巨神の頭脳である卓也に乗り移る、この世界最後の主人公補正。

そんな機械巨神に与えられた『仇を討つ』という最強最後の補正を、デモンベインは真っ向から受け止める。
討たれるべきはお前なのだと、殴りつけ、耳元で怒鳴りつけるように、補正が篭った宇宙全てを近づいてきた順に破壊していく。
正しい、正しくないではなく、邪神を討つ。
それこそがデモンベイン、それこそが魔を断つ剣。
憎悪の空を砕き、正しき怒りを忘れ、血に塗れ、無垢の刃では無くなったデモンベインに残された、最後の行動原理。
それは、決してこのデモンベインを倒れさせることのない不滅の補正『次回作重要存在補正』と組み合わさり────

―――――――――――――――――――

「絶対に勝つ補正と、絶対に負けない補正が組み合えばどうなるか。……子供の喧嘩みたいなものよね、矛盾ですら無い」

デモンベインと機械巨神──卓也の戦いを、どこかから見下ろしている存在があった。
それは、神でも、超存在でも、世界でもない、何処にでも居る普通の人間。

「どれだけパワーがインフレしても、何かの拍子にデフレしても、互いが相反する『絶対』を持っている以上、決着なんて付きっこ無いわよね」

美鳥は戦いが拮抗し始めた時点で本体である卓也の元に招喚されて融合させられてしまっている。
この場所には『ただの人間』である鳴無句刻しか居ない。
聞く者の居ない、勝負が拮抗する真の理由を訥々と語りながら、句刻は懐から一本の棒切れを取り出した。

「卓也ちゃんもしっかりと『学んで』くれたみたいだし、うん、ここまでにしとこうかな」

棒きれは、菜箸だった。
どこのスーパーでも二束三文で買うことのできるごく普通の菜箸。
一つ違う点を挙げるならば、句刻が手に持った瞬間から簡単な魔法の杖としての機能を有する事になった、という点のみ。
そしてそれは、魔法の杖としての機能を今まさに発揮しようとしている。
句刻が唱えようとしているのは、長い呪文すら必要としない、とある世界では簡単に覚えられる少し便利なだけの魔法。
句刻は元の世界に持ち帰る荷物が入った鞄を膝の上に抱えたまま、欠片も気負うこと無く、その呪文を発動した。







「ザメハ」







―――――――――――――――――――
エピローグへ続く
―――――――――――――――――――

やあ、ようこそ七十六話あとがきへ。
この懐かしのモヤッとボールはAmazonで取り扱っているから、まずは手の中の投擲用の尖った石や腐った生卵からこれに持ち替えて、それから少し落ち着いて欲しい。
うん、あとがきから読む人も居ないと思うし、あとがきから読んだとしても少し上にスクロールすれば見えてしまうだろうけど、やっぱりこのオチなんだ。

……そんな訳で、分割してもいいけどそれだと前回のあとがきが嘘になるのであえて切り取らずにそのまま投稿した七十六話をお届けしました。
因みに、謝って許して貰おうとは思っていないというより、はっきりと謝るつもりがありません。
デモベ編始める前から『何が起きてもこのオチにしよう』と決めていましたし、ぶっちゃけこのオチを予測していた読者さん方が七割以上を占めるでしょうし。
だって、ほら、デモベ世界というか、クトゥルフ世界観を使う以上、やらないといけないネタじゃないですか……。

そして今回の章における最大の伏線は……『付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」』内、鳴無句刻の項目より、以下の部分。

>弟と妹っぽいのが戻ってくるまでの暇つぶしに、いくつかの異なる世界(ラブクラフト二次創作的な意味で)のアザトースに遠隔ザメハ連打かまして叩き起こして遊んでいたが、数時間で飽きた。

この部分を持ちだして最終回予想をしなかったこの作品の読者層はマジで良識人揃いですね!
ええ、二年以上前に投稿された設定集の中に伏線仕込むな、とか、むしろ絶対その伏線後からこじつけたろとか、そういうクレームが来たという報告はもちろん確認できていません。


それでは以下、自問自答コーナー。

Q,なんで今さらエドガーとか出したわけ?人気取りなん?
A,デモベ世界編終わりだし、勧誘ネタもやりたかったし、もうこれ幸いとやっちゃいました。
一応、使えそうな物は拾っておく主人公ですし。後々出る可能性は極小。皇国の守護者の続巻が出る可能性と同じくらいには有り得ないでもないかもしれません。
ていうか流石にこれで『わーいエドガー救われたよーやったー!』とか言う人は居ないでしょう常識的に考えて……。
Q,なぜ結婚させたし。
A,バトルマニアネタ持ちと剣の求道者ネタ持ちなのに掛けあわせた事があんまりなかったなかと思ったので。
で、こういう場面で主人公に押し付けられれば嫌でも絡むし、子は鎹的な乗りでくっつけとこう、と。デモベ編も終わりですし。
Q,なんで最終回なのに、オリキャラに力入れてるの? やっぱり馬鹿なの?
A,正常ならこういったSSを書く訳が……というのは置いておいて。
この世界がソフト用意してのトリップじゃない理由も含めて今回のメインテーマに関わる部分なので、次回七十七話で姉が存分にサポAIに語ってくれます。
一応、無意味にメインに持ってきた訳ではないんですよ……?
Q,このSSってシリアスする意味あんの? 需要あると思ってんの?
A,ネタだけ書いてると息切れする……というか、割とシリアスする時はシリアスしてたじゃないですかー。
これまでメインでシリアスしてたのは主にトリップ先の連中ばっかなんですけども、偶には逆転ありという事で。
スパロボ編とは逆に、主人公の脳味噌が補正でホジホジされてる辺で対比とかしてみたかったのです。
Q,ていうか、殺してから取り込めば蘇生できたのでは?
A,生きていたからこそ無限熱量の侵食に抵抗できたとも言えるので、殺した瞬間に焼滅してしまいます。
生きたまま取り込むしか無かった訳ですね。むしゃむしゃ食べたのは感傷。
Q,おい、おいオチ、オチおい……。
A,もうちょいねっちり戦闘を長く書いてからの方がいいとも思ったんですが、まぁ、尺的にはこの程度でいいかな、と。
ほら、前々から積み木の塔とかミルフィーユとかで話に対する嗜好は知れてると思いますし。


そしてオリキャラ紹介。

【シュブさん(シュブ=ニグラス人間態)】
見えないところで多重クロス気味なデモベ二次創作世界における、本来ならヒロインになっていた可能性があるキャラクター。
三十六話ではナイアさんにボイコット扱いされていたりする。
作者である千歳・アルベルトの金が掛かった徹夜でグズグズになった思考の中では、無限螺旋を生きていく内に邪神になった主人公を傍らで支える献身的なヒロイン、人類側で戦う魔術師ルートを通る主人公のライバルにして、敵対する者同士のラブロマンスができるヒロインなど、様々な立場が用意されていた。
……が、結局作者である千歳の納得行く主人公が産まれず、巻き込まれるようにしてヒロインの座から転落。それらの設定を全て剥奪されて、端役の定食屋店主という役どころに押し込まれた。
千歳自身が、シュブ=ニグラスが人間に擬態してハスターと恋をしたという小説を読んだことが無い為、この時点では『定食屋の気のいい美人店主』という設定を除けば『シュブ=ニグラスが擬態した姿である』という設定しか持たない。
その為、口調も性格も何もない。会話も性格も全て周囲の流れに合わせて適当に形成されていた。
ストーリー初期の「────」というセリフは『口調が存在しない為に、会話のニュアンスだけを発信している』という描写である。
後に、「────、──」や「──、──、────」などを経てセリフが露出し始めたのは主人公の解読技術が進歩したのではなく、産まれなかったこの世界の主人公、の代役であるこのSSの主人公と接する内に口調や性格などの個性を取得していった為。
元ヒロインである為、代役である主人公にとって接しやすい口調と親しみやすい性格になっており、後半から思考を誘導していた主人公補正を抜きにしても主人公側の好感度が上がりやすい。
最終的な一人称が『私』になっていたのは、主人公にとって最も親しい人物の主人公以外に対するそれを個性として取得したため。
完全にヒロインとして成長しようとした場合劣化版姉になる運命だったが、初期から主人公が露骨に姉好き、肉体関係ありありのシスコンである事を全面に押し出して行った為、あくまでも姉の要素も含んだ、主人公にとって相性の良い人格になった。
途中で微妙に伏字なしで喋ったのは、主人公に助言をする謎の戦士兼ヒロインの要素があの場面に合致し、そのキャラになった場合の口調が限定的に適用されたため。
端役の立場からヒロインに近い立場に上り詰める事が出来たのは八割方主人公の姉の仕込み(バイトのきっかけの畑での熱唱を目撃されたところなど)によるもの。
その死に様も含めて、何もかも姉の思惑に翻弄されたと言っても過言ではない。
彼女が何故ヒロインとしての力を取戻させられる事になったかは、七十七話で姉が語ってくれるだろう。

【破壊神デモンベイン】
半オリキャラ。出典はNitroplusコンプリート『企画書・プロジェクトD-2』より。
『ロスト・ワールド』で自らと宇宙すら巻き込んで全ての邪神を一撃で焼滅させたデモンベインと、『ワールド・オブ・ダークネス』で謎の大魔術師が異形の精霊を宿したアルアジフを用いて起動するデモンベインがごっちゃになっている。
共に邪神を殲滅する事にのみ重きを置いたデモンベインであるため、千歳が『究極の邪神と化した主人公を、最後に異世界から現れたデモンベインがやっつけるとか……、ああくそ、そんな無茶な! クローズドサークルで外部犯を出すようなもんやんか!』という葛藤の果てに、とりあえず保留、という形で設定だけ残した。
登場条件は、機神飛翔ルートを通らずにナイアが排除された宇宙にナイアルラトホテップが出現すること。邪神の匂いを嗅ぎつけて現れたりするかも。
Nitroplus一流のジョークだが『次回作の企画書』という形を取った小ネタを出典にして、なおかつ大トリを飾るキャラクターであるため『次回作でその役目を終えるまで決して消滅しない』という期間限定の不滅補正を持っている。
攻撃力は、最大であらゆる邪神を問答無用で焼滅させる程度の必滅奥義程度。
詳しい設定が無い為、基本的に相対する邪神に合わせて有利な設定や能力がもりもり生えてくる。
現状の主人公では補正無しには戦えない。
が、基本的に余程工夫しない限り補正無しで補正有りのキャラに勝つのは難しいので特に問題はない。全ては話の流れと都合で決まるのだ。


そんな訳で、次回エピローグで完全にデモンベイン編終了です。
長めに書いた章なんで慣例に則って、しっとりサラサラな手触りを目指しつつ、静かに綺麗に終わらせようと思いますー。

そんなわけで、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、文章構造の改善案、矛盾している設定へのツッコミ、技術的アドバイス全般、そしてなにより、一音節でも長文でも散文でも詩でも怪文書でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。

次回、デモンベインシリーズ二次創作編エピローグ。
「夢の中のあなたの夢」
胡蝶の夢と言えるほど、不確かじゃない。


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