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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」
Name: ここち◆92520f4f ID:bd9db688 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/29 19:42
雨が窓を叩く音で目が覚めた。
ベッドから少しだけ起き上がり、カーテンを開け放っていた窓の外を眺める。
少しだけ切り開いた森の中に立つのは、古めかしい街灯の付いた木製の電信柱。
空は、当然の如く曇天。

アーカムに向かい、本格的にニグラス亭開店の為の準備を始めたシュブさんと別れて一年。
美鳥が復旧して三ヶ月、姉さんがループにより出現して、既に一ヶ月が経った。
何億年と共に居た相手が近くに居ない事に、僅かながら違和感を覚える。
ループの中だけで言えば、この時期には大体まだ顔すら合わせてすら居ないのだが。

「ん……」

傍らから、姉さんの寝息が聞こえ、僅かに身を竦ませる。
疚しいことを考えていた訳ではない。
シュブさんとは俺は男女の関係という訳ではなく、しいて例えるならば、

(……シュブさん、かぁ)

例えるならば、何なのだろうか。
旅の連れ合いでなくなったシュブさんと俺は、ただのバイトと店主なのだろうか。
改めて考える事が出来るのは、シュブさんと離れたからか、ループの中に戻ったからか。

そんな事を思いながら、俺は布団を少し引き、肩を出して眠る姉さんにかけ直してから、姉さんの髪に指を通す。
昨夜の交合で流した汗を吸い、僅かに癖の付いた、艶やかな黒の直毛。
数度、指で梳るだけで癖が抜けて、元の絹のような美しい滑らかさを見せてくれる。
端的に言って、並び立てるものの無い美しさだ。
絹の様ななどというが、極上のシルクを持ってしてもこの美しさには敵うまい、と思う。俺の主観でしかないが。

「全然、似てないんだけどな」

当然、姉さんが断然上、という意味で。
それだけではない。そもそも、見た目からしてタイプが明らかに違う。
同じ母性を感じさせる雰囲気でも、静と動の対比とでも言うべきか。
いや、そうではなくて、なんで比較対象が姉さんなんだ?

理由は、既に察しが付いている。
俺の機能は完全に復旧した。
ナイアルラトホテップとの主導権争奪戦の内容も全て思い出している。
察せない訳がない。
しかし不可解な事に、俺はそれを認めたくないらしい。

姉さんに聞いてみればいいのだろうか。
そもそも、俺とシュブさんを強く引き合わせようとしたのは姉さんだ。
姉さんの勧めが無ければ、今ほど親しい付き合いは無く、バイトだってどこかのタイミングで辞めていた事だろう。
だが、なんと聞けばいいのか。
それすらも俺の中で定まらない。

「くー……」

俺の苦悩を知ってか知らずか、穏やかな寝顔で寝息を立てる姉さん。

「のんきな顔して……」

その頬を指で突き、ベッドから抜け出す。
身体を動かして、少し頭を整理しよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

三ヶ月前から再開した、日課の組手。
条件は変身あり魔術あり分裂無し巨大化無し、閉鎖空間での高速戦闘。
速度、時間の流れを互いに無視出来る美鳥との戦いは、最終的に通常の組手と変わらない状況になる。
高速で行われる思考、最適化された戦闘機動を併せ持つ以上、戦闘は待ち時間の長い将棋も同然。
互いに火線と刃を交わし、目まぐるしく動き回りながら、俺達はのんびりと雑談すら行える。
だからだろうか、

「あたしから言わせりゃさ、誰かに何か言われたからって、お兄さんの中の答えは変化しないんだよ」

テックランサーを横薙ぎに振るいながら、美鳥は俺の悩みを一刀の下に両断した。
ショーテル型の美鳥のランサーは、単純にランサーで受けてもこちらの肉を抉り取ることのできるいやらしさを持つ。
だが、そんな搦手の武器とは異なり、美鳥のその言葉はあまりにもストレートに俺に突き付けられる。
言葉と刃はその性質を異のものとしつつ、弾き返すこと無く受けることしか出来ない。

「知ってる。でも、俺以外のところから納得の行く答えが欲しいんだ」

近寄って刃の根本を受ければショーテルの切っ先が身体に突き刺さり、回避しようと身を離せば、魔術迷彩を施されたウイルス入り浮遊機雷に衝突して動きを制限されてしまう。
俺は美鳥の言葉に答えながら、半ば腕から剥離させたシールドでランサーの切っ先を受け止める。
受け止めたシールドはランサーから流れこむ呪詛によって腐り落ち、しかし完全に崩壊するよりも早く爆散、呪詛を薄れさせた。
爆散したシールドの破片を受けて幾つかの浮遊機雷が機能不全を起こした隙に、周囲にばら撒いておいた子機で機雷をクラッキング。

「だからぁ」

子機と機雷の潰し合い。
最終的にどちらに軍配が上がることもなく、やはり勝負は一対一の決闘方式へと流れていく。
煩わしげに、美鳥がランサーからフェルミオンを含む太刀風を起こす。
ニトクリスの鏡による幻覚作用、ド・マリニーの時計の時空操作により、知覚できる軌道と攻撃範囲、着弾タイミングと斬撃回数にはズレが生まれ、単純な飛ぶ斬撃すらも容易ならざるものへと変貌させる。

「それってさ、結局自分の意見だけだと不安だから、誰かに肯定して後押ししてもらいたいだけじゃん」

ランサーにボルテッカ発射孔を形成し、拡散ボルテッカで危険な空間とタイミングの斬撃だけを相殺。
続いて発射孔を複数形成、連続でボルテッカ相当のコスモボウガンを放ち、時計を使って着弾位置、タイミングと弾速をバラけさせる。

「おかしいか?」

「ちゃんちゃらおかしいね」

同じく相殺。
互いの手の内がまったく同じであれば、自然と千日手に陥りやすくなる。
張り巡らされたアトラック=ナチャの魔力糸越しに、発射孔の付いたランサーを突き付け合う。

「あたしの意見を言っておくよ。『お兄さんの感情は全て補正によるものでしかない』」

「そんなことは」

膠着状態で発せられた美鳥の断定に、俺は反射的に反駁してしまいそうになり、口を噤んだ。
動揺の隙を付いてか、突き付けられた穂先がぶれ、構えていたランサーが弾かれる。
懐に飛び込んでくる美鳥に向け、本体の発射孔からヤマンソの魔力弾を放つ。
触れるもの全てを文字通りの意味で喰らい尽くす魔力弾は、しかし、美鳥の肉体を喰らう事無く、その姿を掻き消す。
同時に背中から致死の呪いの込められた刃が俺の心臓を貫いた。

「あ痛っ」

ゲームセット。
貫かれ、流し込まれた呪いで溶け落ちた心臓の辺りがほんのり痛い。
ランサーが引き抜かれ、傷口から心臓だったものがどろりと零れ落ちる。
中でクトゥグアを放たれたらもう少し不味いことになっていただろう。

「あいた、じゃないよ、もう……」

軽くランサーを振り、ドロリとした心臓の残骸を払いながら溜息を付く美鳥。

「見せ技を素直に相殺、デコイに気付かず、死角への迎撃も無し。……今のお兄さん、ちょっと酷すぎ」

変身を解除した美鳥の表情は呆れ顔。
だが、そんな表情をされるのも仕方がない。

「いや、まぁ……、うん、返す言葉もない」

いくらも打てる手はあったが、そこまで思考が回らなかった。
シュブさん関連の話を振ったのは俺だが、話を振った俺自信がその話題で隙を作ってしまっているのもいただけない。
変身と魔術縛りの意味を考えれば、変身後のボディに武装を仕込んでおけば更に選択肢は広まっていた筈。
攻撃への対処も無難な相殺しか狙わず、畳み掛けられるタイミングで押し込もうとも考えられなかった。
思考が逸れ過ぎている。
俺は思考力の何割を、いや、何分何厘をこの組手に向けられていただろうか。

「……さっきのは、あくまでもあたしの意見、つうか、あたしの希望な」

暫し自省する俺を眺めて、美鳥が唐突に語り出した。

「?」

「お兄さんの感情の話」

「ああ」

組手の内容とオチが酷すぎて少し忘れてた。

「あたしとしちゃ、そんなのは全て補正であればいいと思ってる。でも、これも勿論あたしの中だけの意見でしかねーのよ」

「何か問題があるのか?」

反射的に反駁してしまったが、美鳥の意見も美鳥の意見で筋が通っている。
それが美鳥のどの辺りの感情から出たものなのかは関係なく、意見として見た場合、さして悪いものではない。
だが、美鳥は首を横に振る。

「問題が無くなったのは、お兄さんがあたしの意見を曲がりなりにも受け取って、考えたから。『補正でしか無い』って意見単体じゃ何の役に立つわけでなし」

「でもなぁ、多分、俺の結論は変わらんと思うぞ?」

いや、しっかりとした形の結論があるわけでもないが、少なくとも今の美鳥の言葉で俺の中で何かが揺らいだ感じは無い。

「でも、それが欲しい意見じゃなくても、お兄さんはとりあえずは受けて、揺らぐよね? 肯定が欲しいだけってんなら無駄な事はやめようって言えたけど、それなら止める理由もないよー」

そう言いながら、美鳥は部屋の外へと続く扉へと歩き出す。

「さ、まずは朝ごはん食べて、アーカムに行く準備をしようぜ。誰かの意見を欲しがるなら、まずはこの周の知り合いを増やさないと」

―――――――――――――――――――

▽月◎日(何年ぶりかのミスカトニック)

『百年ぶりの世紀末とか比較にならないほどのミスカトニック大学だが、特に問題なくいつも通りの流れに乗ることに成功した』
『入学しようと思ったら覇道財閥から教授として推薦されていたとかあった気もするが、少し世界と関係者の記憶を書き換えたのでそんな流れは無かったと言える』

『入学し、普段通りの交友関係を作り、シュリュズベリィ先生に師事して』
『全てが順調に見えた学園生活の中、俺はある重大な問題を発見する事になった』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

昼下がり、アーカム・シティのメインストリートから一つ外れた通りに構えられた、店名すら無い小さなカフェ。
ティーカップを傾け、無難な味の紅茶で唇を湿らせる。
紅茶の水面に映るのは、笑いをこらえ切れないといった風の自分の顔。
カップから顔を上げて、対面に座る男────卓也に視線を向けると、少しだけむすりとした表情でパンケーキを突いていた。

「何も笑わなくてもいいだろう? 常識的に考えて……」

「ごめんごめん。まさか、卓也から人生相談を受ける日が来るとは思わなくてさ」

出会い頭に挨拶もそこそこに始められた卓也の話は、私にとってあまりにも意外で、聞けば聞くほどおかしいと思えてしまう内容だったのだ。
失礼だという事は承知していても、ついつい笑ってしまう。

「笑いすぎ」

目付きの悪いこの青年がいじける様を見て、可愛らしいなどと思えている自分を認識し、歳を取ったのだと改めて自覚する。
初めて出会った時は、逆の立場だったような気もするのに。

「でも、ふふっ、仕方がないじゃない? そんな事の為に私を呼び出すなんて……」

ティーカップを差し向けながら、込み上げる笑いを堪えることもなく漏らしていると、卓也は一度天を仰ぎ、目元を抑えて大仰に頭を振った。

「昔の君は、もう少し素直で思いやりもあって、可愛げがあった気がするよ」

「私も」

半ばほどまで中身の減ったティーカップをソーサーの上に置き、テーブルに肘を付いて、軽く握った両手で頬杖を付く。
こうして向い合って思い浮かぶのは、悪いけれど相談の内容ではなく、懐かしい思い出だ。
卓也にとってはなんてことのない過去の一ページなのかもしれないけれど、今の自分を形成する上で一番大きな影響を与えてくれた輝かしい人生の時間。

「私も────エンネアもね、卓也はもっとしっかりした大人なんだと思ってた」

言いながら、笑う。
主観では数十年ぶりの再開だから、少し記憶が美化されているのかもしれない。
記憶は移ろいゆくもので、都合の悪い記憶ほど綻びやすいものだ。
目を閉じ、思い出すのは雨の日の路地裏。
身体を打つ雨粒の冷たさとアスファルトの堅さ、掛けられた声の暖かさ。

「ループの話にしても、すっかり騙されちゃったしね」

あの時、ループが終わるかもしれないという希望を見せられた。
でも事実としてループは終わること無く、邪神の企みは続いている。
もっとも、その御蔭で警戒を解いて、暖かい家庭の輪に少しだけ加わる事が出来たのだけれど。

私は皮肉げに言ったつもりだったのだけど、卓也は悪びれるでもなく、両の手を広げて返答してみせる。
何ら後ろ暗いところはない、と、少なくとも本人は信じてるからこその態度。

「騙したつもりは無いよ。契約も完遂しただろう?」

契約。
そう、私と卓也は、死の間際に契約を交わした。
何てことはない、ただ人並みに、不幸も幸福もある、変えることの出来ない定めなど無い人生を送りたいという願い。

「うん、それに関しては、ありがとう。本当に叶えてもらえるとは思えなかったから」

たった一つの代償、それを支払い、エンネアはその願いを叶えてもらった。
そうして、エンネアは『人としての人生を全うした』
魔術師としての力を持ちつつ、延命をすることもなく、数十年の人生を生きて、死んだ。

最後は老衰だったと思う。私を侵せるほどの病は存在しなかったし、まず間違いない。
天寿、それも邪神に定められたものではない、本当の意味での天寿を全うして、親しい人たちに看取られながらの大往生。
誰かに遺言を残す事もしなかったけど。
あらゆるものに感謝しながら、この世を去った。

「いいよ。君には……エンネアちゃんには世話になったし、代償はしっかり払って貰うから」

破格の報酬には、当然の如く破格の代償が要求された。
平穏な、平凡な人生を得る為の代償は、エンネアは『死後のエンネアの全て』を差し出す事。
酷い詐欺だと思った。
最初、エンネアは代償の事すら知らなかった。ただ、生きていていいのだと言われたのだと思っていた。
知らされたのは、死んだ後。
宇宙の暗黒にも似た、暗い暗い無意識の中で、私はその事実を教えられたのである。
平凡に生きていくためには、死後の自由が保証されていないことを知っているのは不都合だろうという気遣いらしいけど、酷い裏切りを受けたのだと思った私は取り合わなかった。
死後の自由が無いのだとしても、藻掻いても足掻いても無理なのだとしても、精一杯抵抗しようと考えていた。

「それで、最初のお仕事がこれ?」

考えて考えて……考え飽きて、契約も代償も、何もかも忘れて、考える事すら止める程の時間が流れた。
何百、何千、何万では効かない様な長い長い年月、私は呼び出される事も使役されることもなく、ただ在り続けていた。
生きていた頃の幸せな記憶を抱えたまま、眠るように死に続けていた私の頭を過るのは、『代償というのは、願いを叶えてもらった事に引け目を感じさせない為の方便だったのではないか』という疑念、いや、希望だった。
今回、真新しい身体に乗せられて再生されたことで、その希望は潰えたのだけど。

「エンネアちゃん、いや、エンネアさんにしか頼めない大仕事だ。人としての一生を全うしたその知恵を、人生経験を貸して欲しい」

パンケーキの切れ端が突き刺さったままのフォークを指の間に挟んだまま、両手を組んで口元を隠して真剣な表情を作る。
組んだ両手で隠された口元がモグモグとパンケーキを咀嚼しているのも手伝って、私の腹筋は再び引きつるように痙攣を始めた。

「確かに大仕事だよね。お姉さん以外との恋バナなんて」

「恋バナじゃないけど、大仕事なのは間違いないよ」

即座に否定された。
表情にも態度にも表れていないけど、やっぱり焦りや動揺があるのかもしれない。
その中身と外面のアンバランスさに、私は笑いの壷を刺激されてしまう。
こういう相談事ばかりなら、死んだ後も働かされるというのも悪くない。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

俺の学園生活の問題点。
それは、人生相談が可能な相手が居ない、その一点に尽きる。
そもそも、この話を相談するには、少なからず俺の事情を知っている相手でなければいけない。
俺が尊敬しているだけでも駄目だし、人格的に優れているだけでは勿論意味が無い。

結局、大学に来た意味は殆ど無かったが、既にアーカム入りしてしまったものは仕方がない。
ここで一旦日本に戻って体勢を立て直す、なんてしてしまえば、現状抱える問題から逃げている事になってしまうからだ。

意を決して姉さんに相談してみてもはぐらかされてしまい、美鳥は既に自分の意見は言い終わったからとこの話題は露骨にスルーし始めてしまう。
勿論、シュブさんに相談できる筈もない。
この時点で、既に相談できる相手がいなくなってしまったのだからお笑いである。
だが、今のまま結論を出すのは中途半端でいけない。
もっと、俺に踏ん切りを付けさせてくれるような素敵な答えが必要なのだ。

そこで、白羽の矢を立てたのが、俺が取り込んでいる中でも割りと協力的な死人たち。
思い浮かぶのは三人。
『蘊・奥』『フー=ルー・ムールー』『エンネア』
ここに来て完全に能力偏重で取り込む死体を選んでいたのが仇になった。せめて飾馬を取り込んでいれば……。
爺さんは未婚臭い剣の求道者であり、こういった話を持って行くには明らかに向いていないので除外。
フーさんにも試しに相談してみたのだが……『試しに押し倒して、ハートが出たら恋人という名のペットにすればいいと思いませんこと?』と、明らかに以前美鳥が渡した少女マンガに影響されているセリフを吐き出したのでボッシュート。
エンネアに相談してみたところ、そもそもそういった経験が無いので分からないのだという。
どうにかならないものかと考えていると、エンネアがこんな事を言い出した。
『エンネアが、普通に平凡な人生を送っていれば』
俺に電流走る。
そうだ、今ここに相談出来る相手が居ないのなら、相談できる相手を別の時間、別の世界から取り寄せればいいではないか。

そこで創りだされたのが、目の前で、半笑いから少し真面目な顔になり始めている死後エンネアである。
肉体は最初に相談したエンネアの肉体を使いながら、最初に出会い、ミスカトニックに口利きをしたエンネアを根に持つ分岐世界から記憶をコピーしている。
しかも、その生涯を人間の常識の範囲内で長く息抜き、平和にその一生を終える事が出来たエンネアだ。
詳しくは見ていないが、その人生経験たるや、並のものではないだろう。
軽く会話を交わした感じでは、つじつま合わせの為に組み込んだ代償云々の内容にも強い反感は覚えていないらしい。
まぁ、反感を覚えられたら別の分岐から人生経験豊富なエンネアの記憶を上書きさせてもらうだけなのだが。
一応、複製を創りだす時に長い時間放置した感じの記憶を刻んだけど、実際、人生経験積んだ記憶付きで複製とか滅多なことじゃ造らないだろうしなぁ。
一生を生き切った後の記憶引き継がせると色々と問題が出てくるし。

脳内で何処に向けるでもなく目の前のエンネアの紹介を終える。
俺が脳内で何かの説明を行う為に使用する時間は、僅か0,005秒に過ぎない。
では、説明を注釈付きでもう一度見てみる事もなく、目の前で優雅に構えるエンネアに視線を向けてみよう。

「でもなー、卓也のそのお悩みの相手って、その、言いづらいんだけど」

口元に手を当て、視線を脇に逸らしながら、少しだけ言い淀むエンネア。
その仕草のわざとらしさからは、言うべきことを言い難いといった風ではなく、確認するべき事項はあくまでも俺に言わせようという意図が見える。
なんというアダルティなやり口、見た目はプレーンな少女形態のエンネアだというのに、中身を差し替えるだけでここまで相談し甲斐のある相手になるとは……これは期待できそうだ。

「うん、人間じゃないというか、ぶっちゃけた話、邪神だよ」

流石の俺も、ループから半ば外れ掛けた上に、運営側の邪神であるニャルを取り込んだ以上、気づかない訳がない。
しかもただの邪神ではない、大御所も良い所の大邪神だ。
デモベ本編では名前しか出ていないが、それが逆に大物感を出していていいという声もある。
ニャルは基本的にノリが良くてお約束も守っちゃうから大物感は薄いし、大導師に至ってはぶっちゃけゲームの駒とか人形劇の傀儡とかそんなレベルの存在だし。

「……まぁ、卓也自身、もう完全に人間じゃないから、身分とか種族の違いは気にしなくていいんだけど」

ついと向けられるのは、俺の奥底を覗きこみ、本質を捉えようとしている視線。
説明はしなかったのに、実力で看破したか。

「良くわかったね。そこまでわかっているなら、あれと同一視しないのかい?」

「そこまで鈍くはないよ。この身体も、その程度は知覚できるようにしてあるんでしょ?」

チラリと向けられた視線には僅かな冷たさが宿っている。
やはり、エンネアの生まれとか幼少時の体験とか知識とかからすると、邪神と化した相手には警戒心を抱くのかもしれない。
少し寂しいものがある。
まるでそう、少し懐いた犬がじゃれついてきたところで鼻の頭にキンカンを塗ったら、次の来訪時から近づいてくれなくなって遠巻きに眺められている視線だけを感じられるような。
そうか、死後エンネアにとって俺のニャル化は鼻キンカンレベルの邪悪なイベントだったのか……。

「肉体には殆ど手を入れてないから、そこはエンネアちゃんの実力だと思うけど」

「エンネアの位階はあれで頭打ちだったんだけど……話が逸れちゃったね」

ごめんね、と言いながら、エンネアは視線を戻して真剣な表情で向き直る。
その真剣な眼差しに、俺も習って背筋と表情を正す。

「まずは、そうだね。期待しているのとは違うだろうけど、まず魔術師としての意見を言わせて貰うね」

エンネアの提案に素直に頷く。
まず、と付けたからには、俺の期待するアドバイスをする上では最初に話して置かなければいけない内容なのだろう。
物事には順序がある。焦らされているようだが、大人しく耳を傾けよう。

「もう知ってると思うけど、邪神の持つ感情には、人間が持つものと似た分類の物が多く存在してるんだ。だから、卓也のその感情は決して有り得ないものじゃない」

「あくまでも俺側からの感情限定で?」

いや、俺の相談内容からすればアドバイスとしては的確なんだけども。

「話を聞く限りじゃ、相手側……シュブさん、だっけ? そっち側に関しては今更エンネアがどうこう言う段階じゃないでしょ?」

そう言いながら肩を竦めるエンネア。
クールだ……。ノーマルエンネアだったらこういったアドバイスは一切できないからな、これが老衰まで生き抜いた人間の力強さというものか。

「それで、卓也の、トリッパーとしての卓也の方の問題なんだけど」

「うん」

「絶対に、少なくない補正が入ってると思う。たぶん、それが無ければその感情が有り得ないレベルで」

断言。
俺とエンネアの間に、決して軽くはない沈黙が伸し掛る。
人払いの術を使うまでもなく人の居ない店内に響くのは、ラジオから流れる古臭いジャズ。
ぴったり三分、空気の重量にそぐわない軽い曲調に耳を傾けた所で、俺はすっかり冷めたパンケーキを切り分け、口に運ぶ。
冷めたパンケーキと固まりかけたシロップが異常に甘く感じ、お茶が欲しくなる。
億年以上生きてきて好みが無いってのもなんだけど、なんでもいいからお茶が欲しい。

「否定しないんだね」

瞳の奥、こちらの内心を読み取ろうと覗きこむような視線。
視線を落とし、テーブルの上にコップと中身の入った魔法瓶を作り出し、作りおきのお茶を淹れる。

「正直、自覚はあるから」

姉さんは明らかに俺とシュブさんの接触の機会を意図的に増やしていた。
そうでなくても、邪神との勝負に勝ちを齎せるほどの力、俺の心情に影響を与える程度、訳のない話だ。

「そっか。……ふふ」

俺の返答を聞き、エンネアは半分ほど中身の入ったカップを両手で持ち、その中身を揺らしながら笑う。
嘲るようなものでも、イタズラっぽい笑みでもない、安堵するような笑み。
今の会話の何処にそんな表情をする場面があったのだろうか。
そう疑問に思いつつも尋ねるほどの事でもないかと思い冷めたパンケーキを処理していると、エンネアが口を開いた。

「……卓也がね、悪いひとじゃなくてよかった」

「んぐっ」

唐突なその言葉に、口の中のパンケーキを噴き出しかける。
咀嚼中のパンケーキの欠片が気管に入り少し苦しい。
数度咳き込み、お茶を飲んで一息つくと、エンネアがまだ笑っているのが見えた。

「言っちゃなんだけど、少なくともこの世界じゃ有数の悪い人だろ、俺」

アライメント調整で色々やらかしたし、ブラックロッジでは犯罪行為を幾度と無く繰り返した。
古い話を持ち出せば、腕試しで地球を破壊した事も恩師を殺害した事もある。
総合的に考えて、まかり間違ってもいい人とは言えない。

「きっとそうなんだろうけど、でも、うん、女の子を泣かせないように色々考えてる卓也は、外道で悪人だけど、悪い人じゃないよ。少なくとも、今悩んでる君は、ね?」

「むぅ……」

困った。
こういう理屈が通っているようで通ってない、感性重視の言葉には反論しようがない。
歳を食うとこういう言いくるめが上手くなるから困る。
本人に言うと機嫌を損ねるだろうから、間違えても口には出さないが。

「エンネアもね、覚えがあるんだ」

「?」

補正のことだろうが、残念、俺の方には覚えがない。
確か、エンネアは自力でナノポに気付いてしまいそうだったので一服盛ることができなかったのだ。
多分。
出した飯に混じっていた可能性も拭い切れない。

表情に出さず記憶を辿り首をひねる俺に、エンネアは構わず続ける。

「あの雨の日に、手を差し伸べてくれた君はね? 思い返せば思い返すほど美化されていた気がするんだ。……エンネアにとっては、新たな光だったから」

「なるほど」

俺がエンネアを打算とか諸々ありつつもタスケェ!たばかりに、エンネアの中では俺がどんどんヒロイックな感じにコラージュされてしまったのだろう。
パンケーキに突き刺したフォークを皿の上に置き、俺の異次元の棚の上のオレオを取り齧りながら、エンネアの言葉を頭の中で反芻する。
エンネアの話は至極単純。
お腹が空いてる時に食べる飯は多少不出来なカップラーメンでも美味しく感じるし、熱い日は近々に冷えたコカ・コーラが堪らないとか、そんな話である。
そこまで話を単純化してもいいのだろうか。
どちらかといえば、もう少し根の深い問題のような気がするのだが。
しかし、良いか悪いかは分からないが、確信を持って言われるとなんとなく説得力があるような気がしてくるから質が悪い。

────結局、この他にも幾つかの当り障りのないアドバイスを貰い、死後エンネアの人生や過去の地球に関する話をして、その場はお開きとなったのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「へー、じゃあ、あの周のエンネアちゃんって結婚しなかったんだ」

人気のない埠頭で釣り糸を垂れながら雑談。
話の内容は、先日の死後エンネアから聞いた彼女の人生の話だ。

「何度か付き合ったりはしたらしいよ。でも自然に疎遠になって別れたり、戦争に出て戦死したりで、結局ゴールインは出来なかったんだってさ」

戦争と言っても、第二次世界大戦などの現実に起こった戦争ではない。
南極大決戦の後、世界中に残骸が残された破壊ロボや、流出したデモンベインやデモンペインの設計データを元にして、世界では科学、魔術、錬金術などの多くの技術を駆使して、新兵器の開発が盛んに行われるようになったのだ。
エンネアが生きたのは、後の世でグレート・ウォーと呼ばれるその時代の最中であった。
比較的穏やかに生きて死んだエンネアの記憶を招喚したのに、そんな世界を生きたエンネアが呼び出されるというのは皮肉な話である。
もっとも、デモンベインが去った後に世界が再構成されるトゥルーエンドでも無ければ高確率でこの未来に行き当たるようなので、仕方がない話なのかもしれない。

「大学の元教え子とくっついて、その教え子との仲が自然消滅した後は課外授業で出会った国付きの魔術師、そいつが魔術闘争で死んで、どこぞの国が開発成功した機械巨人のテストパイロット、こいつも戦死、だったかな」

まぁ、エンネアにしても付き合った全員の話をした訳ではないだろうし、これで全員とは限らないのだが。
それにしたって随分と密度の濃い人生を送ったようで何よりである。
人生の密度の割には良いアドバイスはくれなかったが。

「でも子供は居たんでしょ? 子供とか孫に囲まれて死んだらしいし」

姉さんの釣竿の先端が揺れる。
引き上げると、虹色に変色した〈深きものども〉の死体が引き上がった。
ちぇー、と唇を尖らせながら、背後に死体を投げ捨てると、最近手慰みに召喚したショゴスがそれをキャッチし、一瞬の内に消化した。

「全員養子らしいよ。子供を作る勇気は出なかったってさ」

過去のループにおけるヨグ=ソトースの次元連結孕ませがエンネアの心に傷を残していた。
恋人との間の子供のはずが、いつの間にか腹の中でヨグ=ソトースの子どもと摩り替わっているのではないかと考えると、とてもではないが妊娠する気にはなれなかったらしい。
恋人とする時も避妊を欠かさなかったので、そこだけは恋人だった連中に申し訳なかったと言っていた。

「へぇー。まぁ、それで幸せだったならいいけどねぇ……」

姉さんが餌を付け直して針を投げるのを横目に、こちらも針を引き上げる。
ブラックロッジの下部構成員(ハーフサイズにカット済み)だったので、ショゴスに向けて後ろ手に投げつける。

「そうだねぇ……」

エンネアを取り込んだ事で、多分飛躍的に魔術師としての能力は向上していたと思うし、幸せを願う程度の事はしてもいいだろう。
もっとも、既に終わった話なので、祈った所でなんの意味も無いのだが。

「それで、そのあとはどうしたの? また上書き?」

「いや、特に害も無さそうだから、放流しといたよ。世界中を魔術闘争とは関係なく巡ってみるって」

一応、自衛用に魔銃の複製を渡しておいたけど、今の実力を見る限りでは必要なかったかもしれない。
今のエンネアならば、ブラックロッジに捕まるようなヘマはしないだろう。

「へー……でも」

「でも?」

「それって、何時の話? 何日前?」

一瞬、うみねこの鳴き声とタンカーや工場の稼動音がうるさい埠頭に、不自然なまでの沈黙が舞い降りた。
直ぐに再開したそれらの騒音をバックに、俺は遠く、沖合の方で水から飛び上がる魚を見ながら答える。

「二週間前、かな……」

「そう、二週間前なの。エンネアちゃんに相談したのは」

なんてことのない、特に何か含む所なんて存在しない姉さんの言葉に、額から冷や汗が流れる。
いや嘘だ、含む所なんてありまくるに決まっている。

「二週間、それ以前も含めたら、何ヶ月くらいかなー。ねえ、卓也ちゃん」

「う、うん」

ちらりと横目に姉さんの顔を伺う。

「別にね? お姉ちゃんが待たされてる訳じゃないからうるさく言うつもりも無いんだけど」

姉さんはこちらに視線を向けるでもなく、先程までと同じように釣り糸の垂れる水面に視線を向けたまま、ニコニコと笑顔を浮かべ続けている。
そこにマイナスの感情を見る事はできない。
それが余計に怖い。ゾクゾクして変な性癖に目覚めそうだ。

「女の子を待たせすぎるのは、良くないんじゃないかなぁ、って、思うんだぁ」

釣り上げたドクターウエストをショゴスに放り投げる姉さんのその言葉に、俺は釣り上げた金髪の女性新聞記者を海にリリースしながら、ただ無言で頷きを返すことしかできないのであった。

―――――――――――――――――――

そんな訳で、姉さんにそれとなぁくケツを蹴られて、とうとう俺はシュブさんの元へと向かう事に。
でも忙しい時間帯に出向くのも悪い、会いに行くのは閉店後、もしくは明日以降にしよう。
と思ったのだが、家で留守番していた美鳥から『また延期すかお兄ヘタレさんwww』とメールが来たので、夕食を抜きにして即座に出発。
気が滅入る、というのも少し違う微妙な気分は、俺の脚をすこぶる重くしてくれる。

いつもどおり、通い慣れた、しかしン億年ぶりの通勤路。
表通りから少し離れた、大手企業ではなく、昔ながらの自営業の店が転々と立ち並ぶ細い路地。
その中でも更に奥まった路地に、地元民の中でも労働階級や貧乏学生に特に親しまれるその店は存在する。
大衆食堂ニグラス亭。
特に人語で書かれた看板を出している訳でもなく、店主とはっきりとした言語で喋れた者もほとんど存在しないにも関わらず誰もがそう呼ぶその店は、今日も今日とて夕飯時を前にして賑わい始めていた。

「ううむ」

店の前で立ち止まり、唸る。
腰が引けるが、ここまできて立ち止まるのもどうか。
丁度小腹も空いているし、単純に飯を食いに行く感覚でさっと入ってしまおう。
丁度店を出る所だったらしい東洋人の少年と邪神の化身らしき銀髪赤髪金髪の三人組と入れ違いに入店。

「いらっしゃ──せー!」

店内では、三角巾とエプロンを装備した店主スタイルのシュブさんが両手に料理の乗った盆を乗せて、触手までもを総動員して忙しなく配膳を行なっている。
店内は常人から人型を外れた明らかに人間ではない客までもが混在し、相変わらずのカオス状態。
しかしながら、今日は妙に客が多い気がする。
よく見てみれば、食事にうんちくを垂れる新聞記者っぽい男にひたすら飯をかっこむ探偵風の男、更には何時ぞやのパーティーで見かけた愛穂さん含むシュブさんのプライベートな知り合いまでもが居るではないか。

「すみ──ん! 空いてる席──自由に座──、って、卓──!」

「あ、はい、お久しぶ」

名を呼ばれ、返事と共に挨拶を返すよりも先に、触手を増やして調理と配膳と帰った客の食器を下げる作業を並行して行なっていたシュブさんが、こちらに向かって何かを投げつけてきた。
受け取った時の感触で解る。これは、俺がバイトの時に装備しているエプロンと三角巾。

「ごめ──手伝っ──!」

不等号を二つ組み合わせた様な、絵に描いたような焦り顔で助けを求めるシュブさん。
なるほど、店内に残っているメンツには、胃の中にブラックホールを内蔵していそうな連中がちらほらと見える。
某現時点でドリフに一番近い立ち位置の人気アイドルグループの全裸に良く似たフードファイターに加え、多分死んでるだろうフリルの付いた青い服を着たピンク髪の女性、仮面とマントを付けた群青色の球体に連れられたピンクの球体が、配膳された料理を次々と空き皿へと変換し続けているではないか。
これではさしものシュブさんも一人では捌き切れなかろう。
既に後ろ半分は触手の塊と化すほどにバラけて調理に手を回しているものの、明らかに製造速度が追いついていない。

溜息。
まったく、これじゃあ、ここに来るのにすら変に気負っていたのが馬鹿みたいじゃないか。

「シュブさんは調理に専念してください! 終わったら賄い作ってくださいね!」

俺の言葉を聞き、嬉しそうに親指を上げながら厨房へと戻っていくシュブさんの姿。
シュブさんが調理に専念し始め、カウンターには瞬く間に追加注文が並べられていく。
茶碗を箸でチンチンと叩きながらおかわりを待つ行儀の悪い客に注意を飛ばしながら、俺は分身とクロックアップを併用し、店内の客を捌き始めるのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

日が沈み、とっぷりと夜が更けた頃、客も材料もはけたので、閉店。
店の材料が無くなってしまっていたので賄いは出なかったが、シュブさん自身の夕食のご相伴に預かり、無事夕食を口にすることに成功した。

「お疲──まー、ごめ──手伝わせち──て」

「いやいや、俺こそ賄いどころか夕食まで貰っちゃって。それにしても、今日は妙に客が多かったですね」

なんとなく、客の多さには心当たりがある。
店内を配膳で駆け回っている時に群青ボールさんにそれとなく耳打ちされたのだが、あれはシュブさんが最近元気がないのを心配して訪れた客が半分ほど(ピンク玉と探偵はもう半分に含まれる)を占めていたらしい。
なんでも、悩んだり落ち込んだりする隙がない程働けば、落ち込んでいる事を自覚して更に落ち込むことは無いだろうという、微妙に遠回りな手助けなのだとか。

「明日か──シフト入──る──?」

「だいじょぶですよー。……俺以外にバイト居ないのでシフトも何も無いですけど」

だから、明日からはいつもどおりの込み具合なので、二人の邪魔にはならないだろう、との事だ。
随分と紳士的なボールも居たものである。
仮面越しにウインクされたが、あの仮面は表情をつける機能でも搭載しているのだろうか。

シュブさんの自宅兼ニグラス亭の屋上で、風にあたりながら、気遣いの紳士の事を思う。
見上げる夜空には、手足を引っ込めて『ボクボール』とボールの真似をする仮面とマント付き群青ボールの姿。
性格イケメンの癖して無茶しやがって……。

そのまま、しばし夜風を浴び続ける。
飯を食べた直後の少し火照った身体に夜風の冷たさが気持ちいい。
風に乗り届いた鼻腔を擽る匂いは、シュブさん髪の香りだ。
つい一時間少し前までは調理場で大量の料理を作っていた筈なのに、食べ物の匂いはあまり染み付いていない。
独特な、嗅ぎ慣れた匂い。
横目にシュブさんの様子を見ると、完全な人型に戻り、疲れを取るためか大きく伸びをしていた。
風に靡く、白に近いクリーム色の髪。
顔に掛かっていた少し癖のあるそれを、俺は手を伸ばし掻き上げ、捩れた角に引っ掛けて止める。

「んー……──」

角に指が触れると、少しだけ擽ったそうに笑う。
釣られて、口元に笑みが浮かんでいるのがわかる。
シュブさんは角を触られるのが好きだ。
俺も、シュブさんの角のゴツゴツしているのにサラサラしている感触は嫌いじゃない。
たぶん、そういう事なのかもしれない。
難しい理屈とか、言い方は要らなくて、これはもう、そういうものだと考えたほうがしっくりくる。

「もう、どうし──」

笑みを少しだけ困ったような形に変えたシュブさんが、角にかかった俺の手に手を添える。
手を払うでもなく、ただ乗せて温度と感触を確かめるだけの接触。
どうやら無意識の内に、シュブさんの角を撫で摩っていたらしい。

「ああ、っと、すみません。ちょっと考え事で」

「悩み事──あ──?」

少し心配そうにこちらの顔を覗き込む瞳。
不思議な色をしている。きっと、これがシュブさんの宇宙の色なんだろう。

「まぁ、そんな感じです。……シュブさん」

「?」

曖昧に頷き、名で呼びかけ、首を傾げるシュブさんを見て、何故シュブさんの名を呼んだのか、その理由が頭の中から綺麗に抜け落ちている事に気がつく。
きっと、今さっき抜け落ちた言葉こそが、俺がシュブさんに伝えたい言葉なのだろう。
理由は無いが、そう思った。

「ええと……、そろそろ帰りますね。遅くなっちゃうといけないので」

角から手を離し、取り繕うようにそんな事を口にする。
名残惜しそうな顔で角から離れるこちらの手から手を放すシュブさんは、直ぐに表情を改めた。

「うん、それじ──、また明日。おやすみ──い」

「ええ、また明日、バイトの時間に。……おやすみなさい」

柔らかな、穏やかな表情。
明日の再会を信じて笑い、軽く手を振る仕草からは、ほんの少しの寂しさ滲んでいるように見える。
一歩踏み出し、屋上から向かいのビルの屋上へと飛び移る前に、立ち止まり振り向く。
振り向いたのが不思議だったのか、きょとんとした顔のまま手を振るシュブさん。
本当に伝えるべきことはまだ言葉にできそうにない。
だから、とりあえずは、今伝えておきたいことを言っておこう。

「明日、昼の一コマ目で終わりなんで、早めに来て仕込みから手伝わせて貰いますね」

顔を出すのが遅れたわびも兼ねているのだから、それくらいしてもバチは当たらないだろう。
花開くように顔を綻ばせるシュブさんを見て、俺はそんな風に考えるのであった。

―――――――――――――――――――

×月■日(二年となれば)

『とても長い年月である』
『三分の二age(アージュ)と言えばわかるかもしれないが、この長さは如何に億の月日の流れを体験しようとも短く感じることはない』
『何しろ二年だ。二年もあれば、一日一話でも平成ライダーをwまで視聴し終える事が可能になる』

『クウガを見れば、その後に録画してあるおジャ魔女どれみをすら観ることができるだろう』
『おジャ魔女どれみは名作だ。なにげに条件がシビアだったりするところも良い』
『大事なものであればあるほど、魔法の源である魔法玉に高効率で変換できるというのも厨二心を擽る設定ではないか』
『そしてなにより、小学生なのに魔女なのだ』
『魔に触れた時点で、少女は女へと変容する。そういう意図が含まれているのだとすれば、これはとても深いテーマを秘めていると言ってもいい』
『OVAは衝撃の嵐だった。親の離婚、不治の病、そんな魔法少女ものならば何となく都合よく解決する話に、実に妥当な、しかし心に染み入るオチを付けてくれる』
『魔法とは魔の法であり、幻想とはいい意味でも悪い意味でも一線を画す』
『二十寸前でも往生際悪く魔法少女などと自称する可哀想な魔王などとは潔さが違』

―――――――――――――――――――

「あ」

しまった、おジャ魔女どれみをみんなで鑑賞していたら、いつの間にかアーカム・シティが滅んでいる!
書きかけの日記の日付で気付かなかったら、おジャ魔女どれみを見ながらループするところだった……。

「どうしたのお兄さん、次のトリップはOVA版で不治の病の少女を治療したりするの?」

パティシエ衣装のまま添加物をたっぷり入れたショッキングピンクのスポンジケーキを切り分けていた美鳥がこちらを見ながらそんな事を言う。

「だめよ美鳥ちゃん、あれはあのオチだから話が綺麗に纏まったんだから」

いつの間にか見習い魔女服に近いデザインの、久しぶりに見るトリップ装束を着て正座でOVA版二周目に突入していた姉さんがたしなめる。

「姉さんの言う通りだ。あそこで最後のおジャ魔女が誕生しても、視聴者はきっとリアクションに困ってしま……って」

仮に素直に受け入れられたとして、この作品はOVA、日曜朝に素直な心で視聴していた子供向け、という名目でグッズを展開する訳にもいかないだろう。
それこそデネブみたいに、一人だけ関連グッズがでなくて大きなお友達涙目なんてことになりかねない。
せっかくTV版ではやれないハードな展開なのだから、救済するなんてのはもってのほかである。
プリキュアで普通に人間形態がある敵幹部を消滅させたりもしているが、基本的に建前上、名目上は人死とか救いのないバッドエンドはご法度なのだ。
いや、そこではなくて。

「そうじゃなくて、ニグラス亭の機材を運び出す手伝いするって約束、忘れてた……!」

「あーらら」

「もう、女の子との約束をすっぽかしちゃ駄目じゃない」

誂うような美鳥と呆れるような姉さんの言葉に急ぎ携帯を取り出し、シュブさんに繋ぐ。
二度、三度と呼出音が流れ、

「出ない……」

一分を過ぎても、シュブさんは電話を取ってくれない。
アーカムが壊滅して結構立つから、炊き出しの手伝いでもしているのだろうか。
それとも、怒らせてしまったか。
顔面から血の気が引く。
よくよく考えてみれば、最後にバイトに行ったのは何時だったか。
最近は少し吹っ切れて(結論の先延ばしとも言う)きて、バイトの時以外も普通に接することが出来るようになったのに、これではまた疎遠になってしまう。

「ちょっと謝ってくる!」

家の外との位相を合わせて、窓から飛び降りる。
着地と同時にシュブさんの気配を探っていると、上から声が掛けられた。

「そろそろループだから、急いだ方がいいわよー」

見上げれば、ニヤケた姉さんが両手をメガホンの形にしてそんな事を叫んでいる。
叫んでいるのに感嘆符が付いている気がしないのんびりとした声、だが、その内容はあまりにもあまりな内容だ。
ループの時間は多少前後するとはいえ、ほぼ変わりない。
言われて初めて日付ではなく時間を確認する。マズイ、あと一分無い。
このままでは、俺は約束をすっぽかした上に謝罪までも次のループに先延ばしにする無責任野郎になってしまう。
虐殺はいい、搾取も略奪もいい、裏切りだってどんと来い。
だが無責任は頂けない。俺はランダムワープは好きじゃないのだ。
それに無責任トリッパーとか書いたらギャラクシートリッパーと無責任艦長のクロスと思われてしまうではないか。

「クロックアップ」

瞬時に早い時間の流れに乗り、加速。
街中に散らしておいた端末の知覚と同期……居ない。
いや、シュブさんが本気になれば、俺の端末の目をくぐり抜けながら普通に活動する程度は訳ない。
これは本格的に怒ってるのか?

時空のゆらぎを感じる。
そろそろ過去と未来が連結されて、理由もなく二年と少し前へと舞い戻ってしまうのだろう。
予想よりも恐ろしく早い。
一分無いとは思っていたが、ここまで短いとクロックアップしたままでも間に合わないかもしれない。

ああ、謝りたい、遺憾の意を示したい。
端末を分裂させ、邪神としての知覚を励起させる。
これなら、見つけられ、いや、見つけた。
炊き出しを手伝っているあの後ろ姿、間違いない。

炊き出しの行われている広場、シュブさんの目の前へと空間を連結。
人目も気にせずに唐突に広場の只中に飛び込む。
シュブさんは一瞬こちらの事を見て驚いた様な顔をしたが、直ぐにぷいっとそっぽを向いてしまった。
約束をすっぽかしたのだから、この態度は仕方がない。言い訳をすることも出来ないし、しない。
でも、だからこそ言わなければならないのだ。

「シュブさん! あの、この間の────」

ざぁ、と、ノイズが混じり、言葉の先が途切れた。

―――――――――――――――――――

ここがループの終端、無限螺旋が続行する以上、俺はこの先の時間に存在しない。
今の世界との関連性が断絶され、同時に無限螺旋という閉じた世界との強い結びつきを、字祷子宇宙との、この産まれ損ないの世界そのものとの、絶対的な関係性だけが強調される。

────連続性を持つ時空間に忠実な五感六感七感全てが閉じ、一種の『  』へと到達。
暗転、再びのスポットライトと共に、俺は舞台の上。
観客席には誰もいない。あいも変わらぬNO BODYの千客万来。
舞台袖には、出番を終えた役者の姿。
美鳥は不機嫌そうに、姉さんは嬉しそうに、期待を込めた眼差しを俺と、もう一人の役者へと。

嗅ぎ慣れた、安らぐ異臭を漂わせる触手と不均一な生体の塊。
非人間的なフォルムは、その姿を保ちながらも、母性的な人間に近い女性の姿でもある。
与えられた役はなんだろう。
代役ばかりだったこの舞台で、彼女だけに許された真に迫った立ち回り。
まるで、そうあるべくして産まれたかのような、それ以外にできないとでも言うような。
肩まで掛かるくすんだクリーム色の癖毛を揺らし、彼女は悲痛な表情で。
身を裂かんばかりの愛を叫ぶ。届かない手を伸ばし続ける。
彼女にはそれしかない。
絶対に結ばない想いだけが彼女を形作る。
空回る回し車。

確かなのは奪われた元の役目だけ。
没になった歯抜けの台本だけを押し付けられ、それでも演目を終えるために。
この舞台は決して彼女を離さない。
役を演じきるその時まで。

正気の俺がふと思う。
カーテンコールのその後に、彼女に何が残るのだろう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

終わった後、となれば。

「イベントが終わったなら、打ち上げ、かな? 忍家とか村さ来とか」

ぽつりと呟き、呟いた理由が脳内から霧散した。
この程度で俺の記憶を消せるとでも思うんだろうか。
まぁ、消えるんだけども。

溜息と共に閉じていた感覚機能を再起動。
起きたなら直ぐにでもシュブさんに謝りに行かなければならないだろう、そう思いながら、まぶたを開く。
目に写った光景と肌に感じた熱は、予想外の、いや、正直に言おう。

「実はちょっと予想してた」

視界を覆う、何処までも立ち込める濃厚な霧。
大地の代わりに広がる灼熱のマグマ・オーシャン。
何時か見た原始惑星、まだ冷えきっていない地球。
視認できる範囲には何も居ないが、探るまでもない、一度感じたら忘れることなどできないだろう強烈な思念とエネルギーの反応。
いかん、燃焼オチ担当が出待ちしてる。
補足される前に早く安全圏に避難せねば。
が、当然の如くヨグの力が破損している。
ボソンジャンプやは間違いなく知覚される。最悪の場合、ジャンプアウト後の時間と座標を抑えられて焼かれるかもしれない。
転移の類も同上だ。ループの記憶をあれも持ち越している可能性を考えれば、見つかった瞬間にアウトの筈。
ここまで全てシナリオ通り、という事なのだろう。

ステルスのまま惑星外に離脱するか?
いや、重力圏外こそが相手のホームグラウンドかもしれない。
擬態もバレる心配がある以上、火の精に化けてやり過ごすのも難しい。
となれば、静かにやり過ごすしかないか。

浮遊していた肉体をゆっくりと下ろし、マグマの海に接触。
同時に、靴の先を焼きながらつま先に触れるマグマにゆっくりと同化していく。
身体をバラバラに、可能な限り痕跡を残さないよう、俺の原型を残さずにマグマの流れに任せて散らしていく。
思念波を読み取られて察知される可能性も考慮して、散って行った小さな俺は簡単な運命操作を自らに施してから思考を凍結させ、完全にマグマの一部に擬態。

ほとぼりが冷めるのは、このマグマが冷え固まったころだろうか。
あの邪神が、爆発燃焼オチの仕掛け神が従者とともにこの星からうせる頃に、またあつまればいい。

どこに集まろうか、どんなかたちで結合しようか。
考えたそばから、し考が霧さんしていく。

まぁ、なるようになるか。
どうせ、どれだけちっても、きっと────

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

【規定機数の結合を確認】
【基礎肉体の仮形成を確認】
【擬似神経系の接続確認】
【最終確認……、……、……、敵性反応無し】
【全人格の復元を開始します】
【復元を完了しました】

────目覚めと共に感じたのは、顔に触れる少し冷たい掌の感触だった。
次に感じるのは、お腹の上に跨る誰かの重みと体温。
目に映ったのは、鈍色の空を背景に頬を綻ばせる見知った女性の顔。
形の良い唇が開かれ、一瞬だけ安堵の溜息が漏れ掛け、言葉が紡がれる。

「──はよう」

あいも変わらず、少しだけ聞き取りにくい、しかし耳に優しい音色。シュブさんの声。
前のループで幾度と無く交わした目覚めの挨拶に、前のループと同じように挨拶を返そうとして、声が出ない事に気がつく。
この肉体に備わる発声器官は人間のそれとは規格が異なるらしい。
状況から察するに、シュブさんが冷え固まったマグマが風化して出来た土や砂、泥を集めて俺の肉体を作ってくれたようなのだが。
手を掲げてみる。
一見して人型でありながら、致命的なレベルで人間から逸脱した内部構造。
全身をサーチ……外見上の特徴は完全に再現しているが、頭の天辺からつま先まで内部はこの系統の構造で造られている。
自己修復が働かないのは、この構造が今の俺にとってとても馴染みやすいものだからなのかもしれない。
動かし方を把握し、内部構造のバックアップを取り、肉体を元の形に組み直す。

「ぁ、あ。よし。お早う御座います。助けておいてもらってなんですが、起き上がっていいですか?」

顔に当てられた手を掴みながら、声が正常に出ているのを確認し、シュブさんにどいてもらうように促す。
流石に、エロイことや取っ組み合っての殴り合いをしている訳でもないのに上に伸し掛かられるのは少し遠慮したい。
それに、男の上に馬乗りになるというのは、女性としての慎みを問われてしまうだろう。
シュブさんもそれに気がついたのか、転がるように慌ただしく上から降りていく。

シュブさんが身体の上から退いたのを確認し、身を起こして立ち上がる。
軽く計測したところ、前の周で発掘された時と大体同じ時期のようだ。
地球そのものに溶けて混ざることで、どうやらクトゥグアの目を逃れることには成功したらしい。
発掘されるまでに掛かった時間と、シュブさんが俺を集めて捏ねて再生してくれるまでにかかった時間が同じ程度なのも、いわゆるこの世界の大きな流れの一つなのだろう。

地べたにぺたんと女の子座りで座る前の周と同じ探検服のシュブさんに手を差し出す。
手を掴み立ち上がり、ズボンに付いた土を手でぱしぱしと叩いて払うシュブさんに、腰を90度に折って頭を下げる。

「すみません、シュブさん。約束をすっぽかしてしまって」

俺の言葉に、シュブさんは不思議そうな表情で首を傾げ、数十秒ほど頭の上に疑問符を浮かべたままうんうん唸った後、ぱっと閃いた顔で握った右手で左掌を叩いた。
ひらひらと顔の前で手を振って苦笑するシュブさん。

「いい────うそれく──そ──前の話引っぱり出さなくて──」

俺の体感では数分前なのだが、シュブさん視点だとかなりの時間が経過しているらしい。
あのマグマ・オーシャンにシュブさんの気配は感じなかったが、シュブさんもこの時間に到達するまでにそれなりの時間を必要としているのかもしれない。
だが、シュブさんの方でもうどうでも良くなったとしても、こちらとしてはそうはいかない。

「いえ、この埋め合わせはいつか必ず」

結局、前の周の内に謝ることも出来なかったが、次の周になったからと言って謝らなくてもいいという訳ではない。
シュブさんは、他の連中とは違う。
ループしたからといって、関係性がリセットされる訳ではない。
何周も付き合いを続けているし、これからも■■付き合いを続ける以上────

「あ」


自分の内心の言葉が、すとん、と、胸に綺麗に収まった。

「?」

シュブさんは不思議そうな表情でこちらを見つめている。
無理もない。今の俺が少し、いや、かなり酷い間抜け面をさらしているのは、鏡を見なくたって理解できる。
だが、そうだ、そうなのだ。
一度、完全に言語化してしまえば、こんなにも簡単な事だったんじゃないか。
なんだなんだ、こんな簡単な事で結論を出せるなら、人に相談なんかせず、適当にそれっぽい中学生の課題図書でも読んでおけば良かった。
これがひと目のない場所だったなら、唇を少しだけ突き出して『こんとんじょのいこ』と篭った声でつぶやいていたところだ。

「ごきげん──?」

「ええ、最高にすっきりした気分ですよ。強いて言うならそう、元旦の朝に新品のパンツに履き替えたような、三週間ものの便秘が開通したような、そんな気分です」

嬉しさと開放感から思わずシュブさんの手を両手で握りしめてブンブンと上下に振ってしまう。
体ごと腕を振られてあわわと慌てるシュブさんの姿にすら笑いがこみ上げてくる。
そのまま両手を下ろした状態で止め、シュブさんと鼻の先が触れ合う様な距離で視線を合わせる。

「シュブさん。お祝いに、ちょっと旅行に付き合ってくれませんか? 埋め合わせの意味も込めて、脚はこっちで用意しますよ?」

「え?」

「そうだ、今回は宇宙にも出てみましょう。せっかく十億年近く時間があるんですから」

星々を巡るのであれば、十億年弱では足りないかもしれない。
地球上だけでもあれだけ騒がしかったこの世界、宇宙にはどれだけの広がりがあるのか。
考えるだけもドキドキスペース。

「え? え? 元の時代に帰ら──の?」

状況について行けないのか、シュブさんは目をぐるぐる回しながら混乱気味にそう言った。
確かに、以前のクトゥグアに焼かれた時と違い、機能の欠損は殆ど無い。
クトゥグアの気配が太陽系内に存在しない以上、ボソンジャンプの出現地点を抑えられて積む心配もない。
それに、シュブさんが捏ねて作ってくれたあの不思議構造の肉体なら、現状の不完全な上に破損したヨグの力でも十分に時を渡ることが出来る。
が、

「そんなもん帰りたくなったら帰ればいいんですよ」

放っておいても十億年もしないうちに元の時代には戻れる。帰るタイミングも任意で決められる。
姉さんと会話したくなったら、今回は破損してない携帯電話に少し気合を入れて改造すれば通話くらいはできるようになるだろう。
なんなら美鳥を作って擬似アネルギーを補給してもいい。

「それに、今の俺は、シュブさんと一緒に居たいんです」

これだ。
この結論こそが、たったひとつのシンプルな答え。
世界の補正で心が歪められているとしても、そんな事は些細な事じゃないか。
姉さん以外のひとを好きになるわけではない。
シュブさんはあくまでも、一緒に居て楽しい相手。
一緒にいて楽しい相手と、冒険したり馬鹿やったり、そういう事に時間を費やす事の何がいけないのか。

それが姉さんを悲しませるのであれば一も二も無く切り捨てる。
が、どうせここで急いで帰っても時間いっぱい遊んで帰っても、姉さんを待たせる事はない。
それならせいぜい、姉さんが聞いて思いっきり笑えるような旅の話をお土産に、目一杯シュブさんとの珍道中を楽しんでしまえばいい。

「行きましょう、シュブさん」

片手を離し、空を指差しながらもう一度誘う。
握ったままのもう片方の手が、ここで初めて握り返される。

「う──うん!」

感極まったような表情のシュブさんの返事に合わせて、足元の大地に融合していた俺の破片が、周囲の土を複製で増やしながら隆起し、巨大な宇宙戦艦を形成。
無駄に帆船型の宇宙船の上、シュブさんが俺の手を握り返しながら見上げてくる。

「まずは何──行く──?」

ぐんぐん離れていく地球を振り返りもせず、宇宙の果てを目指す。

「そうですねぇ……久しぶりにシュブさんの演奏が聞きたいので、まずはフルートを盗りに行きましょうか!」

目指すは宇宙の中心から少し外れた、シュブさんの父親の従者さんの居場所。
シュブパパが眠っている場所は本来なら絶対に到達できないが、設定が曖昧になるほど遠く、宇宙の中心近くともなれば、演奏を休憩している個体の一柱や二柱居ても可笑しくはない。
そんなはぐれ邪神を見つけたら、シュブさんと一緒にコンビネーションで奇襲を掛けて、隙を突いてフルートをいただく。
無理だったら即効で離脱して、市販のフルートを複製しよう。
俺も、シュブさんにフルートの演奏法でも習ってみるのも悪くないかもしれない。
いつまでもテルミンとリコーダーと鍵盤ハーモニカと直結シンセだけじゃ、シュブさんとセッションもできないからな。

まぁ、何にをするにしても、何処に行くとしても、焦る必要はない。
時間は無限ではなくても、飽きるほどには有り余っているのだから。





続く
―――――――――――――――――――

主人公がひたすらぐだぐだして狭い人間関係の中で相談したり愚痴ったりして、最終的に自己完結する第七十五話をお届けしました。

色々言いたいことはあるけど、まずは順当に自問自答コーナー。
Q,組手? 仮にも邪神パワー手に入ったのに?
A,魔法不可な世界とか物理法則が超頑張ってる世界とかあるので、縛りプレイを想定しての訓練を入れたりします。
ぶっちゃけ、デモベ編が終わってからは何だかんだで全能とかには制限付けますし。
Q,エンネア! エンネア!
A,もうちょい頑張れば人妻とか未亡人エンネアとかになれたんですが、にんっしんっとかさせられないまでもブラックロッジで色々あったと思うので、真っ当な男性と付き合っても後ろめたさが先に浮かんだりするそうです。
外見、というか肉体は最初に複製したエンネアの肉体をまるまる再利用しているため変わらないが、仕草から溢れ出すアダルティさによって見間違えることはないと思われる。
相談後は放流。南極決戦では謎の覆面魔術師として活躍したとかしないとか。
Q,おジャ魔女?
A,VHSで録画してたクウガの後に何話か入っていてなぁ……。
知ってる人は知っている、ハートキャッチとかキャシャーンのリメイクとかΩとかと同じキャラデザなのです。
基本的に、こういう魔法の制約って男向け魔法少女ものよりも普通の女の子向け魔法少女の方がきつかったりしますよね。道徳云々が入ってるせいなんでしょうが。
Q,なんでまた過去の地球に? また尺稼ぐの?
A,本編で説明する機会がもう存在しないのでぶっちゃけてしまうが、世界の矯正力とかそんなものが主人公代理と脱落ヒロインをくっつけようとしているとかそんな感じの話。
本来ならここまでの力は無いけど、邪神を打ち倒せるほどの主人公補正を発揮してしまったが為にこんな感じの弊害が出てしまったとかなんとか。
正直な話、主人公のシュブさんへの気持ちも結構な割合でこの補正が働いている。
因みに過去地球編とか過去宇宙編とかはほぼやらない。次回はアーカムメインで。
Q,■■?
A,次回参照。
Q,時間が飽きるほど有り余っている……フラグ?
A,そう、いつの間にか時は流れ……というフラグ。あんなーにいーしょだあたのにー♪
Q,デモベ編長くね?
A,実は次回デモベ編最終回。

しかし、最終回直前にこのグダグダっていう。
オリキャラメインの最終回とかシリアスとか誰も望んでないとか言われても中々反論はし難いです。感想も書きにくいだろうし。
でもココらへんの話ちゃんとしとかないと、姉がシュブさんを主人公に近づけた理由とかその辺の伏線が回収できないので。
原作キャラでない、原作キャラが居るのにわざわざオリキャラである、というのにも割と大きな理由があります。
一応、ラスボスはデモベ関連作品から出席になるんで勘弁を。
そんで何が怖いかって言うと、ここまでの情報で、察しのいい人は姉の目論見とか次回の展開とか最終回のオチとか読める可能性が高いって事ですね。

次回第七十六話、つまりデモベ編最終回は少し詰め込む予定なので遅れるかもしれませんが、遅くとも十月中には投稿できると思います。
オーバーワールドをプレイしながらなので確約はできませんが。

そんな訳で、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、文章の改善法、設定の矛盾へのツッコミ、諸々のアドバイス、好きな神姫のメーカー、
そしてなにより、このSSを読んでみての感想を、短いものから長いものまで、心よりお待ちしております。


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