「お前、なんで」
「あ、その質問ちょっと待った」
ダンディスタイルが台無しになる間抜け面を晒す大十字改め覇道に再び背を向け、マナウス神像を引っ掴み、中身を覗き見る。
スキャン開始……完了。
何の変哲もない無限の心臓が入っている。
ので、掴んだ掌から内部に対し触手を侵食させ、表面の薄皮一枚下までを融合。
最適化は一瞬で終了した。
これは確かにリベル・レギスに使われている夢幻の心臓だが、結局はデモンベインの獅子の心臓と同じ。
つまりはヨグ=ソトースの落とす影のバリエーションの一つに過ぎず、無限の心臓を覆う部分に至っては大導師の邪神形態の肉体の一部。
これで改めて最適化に時間必要なんて言ったら、不便すぎて誰も融合捕食とかしないレベル。
「ほい」
取り込み消滅した内部構造物を再び作り出し、完品に戻ったマナウス神像を覇道に投げ渡す。
驚きつつも、そこは長年の経験が活きているのか、取り落とすこともお手玉することもなくしっかりキャッチ。
そんな覇道に背を向け、俺は館内を進む。
「お、おい!」
「それ、持ってっちゃっていいですよ。俺の用事は終わりましたんで」
やっぱり今日は大人しくホテルで休んでいた方が良かったかもなぁ。
展示物も、せめてシュブさんと一緒に見て回れば話が弾んで面白かったろうに。
いや、他の客が居る状態で見る博物館の展示物、という付加価値から生まれる、催し物を見に来ている感が足りなかったのか?
まぁ、どうせ明日はシュブさんも一緒に来てくれるんだ。
図書館メインになるだろうけど、一人で見る楽しみと二人で見る楽しみの違いは、明日に確かめればいいだろう。
「待て!」
銃声。
邪神と敵対関係にある者からすれば、居るはずのない未来の人間を見た場合の対応としては妥当か。
だが明日の朝食はこれからの観光の予定を話しあいながら一緒に食べると約束したので、早くホテルに帰らなければならない。
残念ながら覇道、あなたの優先順位は朝食のビーンズ乗せトーストよりも下なのだ、相手をしてやる理由がない。
背に向けて放たれた銃弾を避け、空間を捻ってショートカット。
博物館から離れた路地に出て、覇道の関係者が居ないルートを通り、俺はシュブさんの待つホテルへと帰還した。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
そして、翌朝。
「そんな感じで見学は中断というわけです」
一般の朝食時を少し回った、ゆっくりとした時間帯。
あまり美味しくないホテルの朝食は世界の何処かの飢えている人の目の前に転送し、シュブさんと自前の朝食を食べながら、昨夜の出来事を報告。
「もぐ──────もぐ──」
しかしシュブさんまるで聞いちゃいねぇ。
豆の乗ったトースト──バターたっぷりの小倉トーストにもふもふと齧り付き、展示物の内容には興味すら示していない風である。
一口だけ齧ったベイクドビーンズ乗せのトースト、パンの味すら微妙だったかならな……。
「ん、ぐ、ふぇも────、──?」
口の中の小倉トーストを一口分だけ飲み込み何かを言おうとしたシュブさんの動きが止まる。
困ったような表情でトーストを持っていない手をわきわきと蠢かせ、きょろきょろと辺りを見回す。
俺が冷えた牛乳をカップに注ぎ渡すと軽く頭を下げながら受け取り、そのままごきゅごきゅと豪快に飲み干す。
ううむ、個人的に、小倉トーストを牛乳で飲み下す時は、口の中で一定時間小倉トーストと絡み合う牛乳の味を堪能するべきだと思うのだが。
「──図書──方──期待できる──」
鼻の下に牛乳を僅かに付けたまま、少しだけ表情を改めるシュブさん。
それはどうかな、とか、そんな不敵な笑みだ。
鼻の下の牛乳のお陰でかなり台無しだが。
「そりゃまた何故に?」
「──文──ありき─り───記述がいい──高と信ず────」
ドヤァ……、みたいな顔で言い切られた。
やばい、ここに来ての持って回った言い回しがウザくて胸がドキドキする。殺人衝動とか初めてかも。
パジャマシュブさんじゃなかったらトラペゾってたところだろうこれ……。
とはいえ、
「まぁ、シュブさんが言うなら、期待してみますか」
魔術と宇宙の暗黒に潜む邪神と料理に関する話で、シュブさんがホラを吹いた事も間違いを口にしたことも無い。
そんなシュブさんが良いと言うならば、それは確かに良い物なのだろう。
「うん。──じゃ──う少し──出か──よ──」
そう言い終わると、シュブさんは新たにトーストされた食パンを手に取り、バターと餡子の器へとバターナイフを持った触手を伸ばすのであった。
―――――――――――――――――――
【それは明確な形を持ち、しかし、一定の姿を保つことは余り無い】
【不自然なまでに幾何学的な模様、模様の刻まれた機械の塊は、内部に悍ましい程機能的な肉色の触手を飼い、互い違いに騙し絵の様に接続されている】
【十マイルを超える姿で現れる事もあれば、十フィートにも満たない形でどこかにひっそりと紛れ込み】
【確かな意思を感じさせるガラス質の灼える三つの瞳は、傍らの邪神へと向けられる時を除いて、概ね二つの意思だけを覗かせる】
【顕になる意思は、犠牲者を『面白いもの』『美味しそうなもの』に区別しているのだという】
奇怪なまでに人の理性に訴え掛ける、理想的な機械としての────の姿から、宇宙的な邪悪さを感じることはとても難しい。
地球土着の神であるとも考えられているが、性格、性質としては外宇宙からの使者と同種であると考えて間違いはない。
地球上から出る事は希だが、地球上の何処にいるか、定住した事があるのか、という知識を持つ者は存在しない。
太陽系の何処かに存在すると言われている『ハクソリーナ』と呼ばれる異世界から、好奇心と空腹を満たす為にのみ姿を表しているという説も存在する。
シュブ=ニグラスと常に行動を共にし、ニャルラトホテプやヨグ=ソトースとも類似する性質を持つかのように振る舞い、これらと同種のものであると見る場合もある。
魔術の他、科学技術に優れ、信徒に対して魔術の他に、機械工学、電子工学などの知識を与えたという。
教団
現在、地球上に────の信奉者は殆ど残っていない。
人間、それ以外の種族を問わず、頼られれば加護と知識を与えるが、同時に破滅の運命をも与えると言われている。
ニャルラトホテプの信奉者やヨグ=ソトースの信奉者の所属するグループは、時としてこの神を自らの神の一側面として崇拝する場合があり、それらグループはこの神を崇める教団だとしてもいいだろう。
海底に住まう〈深き者ども〉以外の住人の中には、この奇怪な神の純粋な信奉者が生き残っているかもしれない。
招喚に際して術者の前に現れるかは完全にこの神自身の気まぐれによるものであるため、特殊な生贄を用意する必要は殆ど無い。
招喚された時点で、彼は招喚場所と術者に併せて適切な姿形を取り、未知の宇宙的金属に覆われたその姿から精神を侵される心配は極めて少ない。
特徴
これまでの記述では、まるで害はないように思えるだろうが、しかし、それは彼の分かり易い一つの側面に過ぎない。
その金属の身体に刻まれた意匠を目でなぞる度、その機械の身体が放つ駆動音を耳にする度、術者はゆっくりと正気を削られ、最後には狂気に陥ってしまうだろう。
僅かに残った人間のカルティストが────を招喚しようとする時、術者は音を掻き消す爆音と、意匠の見えなくなる強い光か真の暗闇の中でのみ行なう。
その性質から、────を深く信奉し知恵を求め続けた種族は緩やかな滅びの道を歩むが、何らかの対策を施して狂気を免れた場合、────の手によって直々に滅ぼされるという。
一部を除く邪神とは積極的な敵対関係にあり、多くの旧神と共闘している事も合わせ、広義的には旧神に含まれるという説もある。
しかし、共闘したという旧神は、尽くそれ以降の歴史で姿を見ることはできない。
また、シュブ=ニグラスと常に行動を共にしていた事もあり、その実体は旧神や邪神ではなく
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
シュブ=ニグラスと共に有り、生物の興亡に深く関わっていたその存在の正体とは即ち、
「シュブ=ニグラスの持つ謎の力が地球のバイタルネットと結合して発生する、業子変動値の高い存在に擦り寄り塗りつぶす実体を伴った自然現象か」
まさか俺とシュブさんが地球漫遊の旅を行った影響で、そんな恐ろしい存在が発生していたとは。
この魔導書に載っていたのは比較的理性的な文章だが、文明末期に書かれた記述だと更に散文的で情緒豊かにその存在の悍ましさを表現していて実に良い。
道徳の時間にでも取り上げるべき題材かもしれない。
何の代価もなく知恵や財宝を与える存在など人の心に堕落を生み出すだけで、どれだけ役に立ったとしても最終的には害悪でしか無い、とか云々。
身分の低い者から高い者に至るまで、皆利を貪り、預言者から祭司に至るまで、皆欺く。
彼らは、我らが民の破滅を手軽に治療して、平和が無いのに平和という。
多分そんな感じの。意味は知らんがニュアンスは似てるだろう。
そこに来て、昔見た連中を少し思い出してしまう。
アトランティス人とトリトン族とポセイドン族は現物支給とか他民族排除とか言い出してからは終始グダグダで、結局〈深きものども〉に押し潰された。
打って変わって派生系というか、分家筋的なアンチョビーとかは適度にオリハルコンの製法だけ学んで雲隠れして、なんだかんだで王朝滅んだのに平気で現人類に紛れてるし。
適度に身の程を知った連中の方が、生き残るには向いているのだ。
「まぁ、それにしたって悪趣味であることには変わりないわけで、どんな邪悪な面してたか、見てみたくもありますねー」
と、背中に張り付いて同じ本を読んでいたシュブさんに同意を求める。
「ん」
真顔で手鏡を向けられた。
「え、なんか顔に付いてます? もしくは俺の顔が何か突いてます?」
食事時に付いた物ならシュブさんが捕食用触手で取ってくれるのだが、そうでないなら何か不味いものが付いているのかもしれない。
あれ、そう考えると、本気で何か危険物が顔面に取り付いているのか?
ふと不安になり、掌で顔をなぞり、表面に付着していた雑菌やらなにやらを取り込んでいく。
……ううむ、何事もない。何処にでも存在する雑菌ばかりだ。
あと何故かシュブさんの唾液がちょっと付着している。寝ている間に舐め回されたのだろうか。
不思議に思っていると、シュブさんは真剣味の増した──聞き分けの無い子供に言って聴かせる保母さんのような表情で、鏡を向けたままゆっくりと口を開いた。
「そうじゃ──て、その記述──は────」
ふむ、ふむ、つまり……。
告げられた言葉に従い、改めて閲覧していた魔導書のページを開き、内容を再考。
一旦本を閉じ、少し間を置いて開き、立ち上がり、向かいの席に座り、シュブさんと向き合い、本を閉じ、開くために本の表紙と開くページに触手をかけ、
「何故にホワイ!?」
左右に引き裂く。
どういうことだよおい……!
「シュブさんが、シュブ=ニグラスに間違われてるだって!?」
「や、そっち──いから」
ツッコミ飽きたボケに対する反応の様に、醒めた感情を秘めた半眼で掌を左右に降るシュブさん。
そうだ、そんな事はどうだって……いや、招喚に応じてくれないケチっぽい邪神風情と、寛大さと母性を併せ持つシュブさんが混同されるなどあってはならないことだが、それはひとまず置いておくとして。
え、じゃあ、何?
この魔導書に載ってる謎の存在って、俺?
「いやいや、いやいやいやまさか有り得ないでしょう。だって俺ここまで邪悪じゃないですよ? むしろ良心的な契約内容と評判」
生き残ってる連中の間限定の評判だが、死人の意見なぞ知らんので。
確かに接触した文明の九割が滅んでるけど、七割くらいは自業自得だった。
高圧的だったり冷笑的だったりもした覚えがない。
ライフゲーム見てる感じで楽しいなーとかは思ってたけど、誰だって考える思いつきだろう。
そもそも、〈古のもの〉以外は知的生命体を常食にした覚えは殆ど無いぞ。
酷い冤罪を見た。これは何処に訴えればいいのか。
「────本っ──大げさに書きた────よ?」
「えー……? そんなもんですかぁ?」
などと不満を口にしつつ、なんか感慨深げに頷くシュブさんの発言にやたらと含蓄がある気がするので、内心では既に大分納得してしまっている。
シュブさんも何処かで本に載せられたりしたのだろうか。
何時かの周で存在した『るるぶアーカム版』のニグラス亭特集ページはよく出来ていた気がするが、あれでも本人的には大げさなのかもしれない。
「や、百歩譲って、このシュブ=ニグラスの同行者が俺だとしますよ? でも……」
言葉を中断し、破った魔導書を口の中に入れて咀嚼。
もったいないの精神だけではない。
今、俺が思いついた可能性は、せめて本一冊を食べきるまでの間は言葉を濁したくなるような内容なのだ。
「でも────?」
シュブさんが首を傾げて先を促しながらも手渡してくれたマスタードを、齧りかけの魔導書に塗りつけ、思考をからからと空転させる。
答えは既に出ている。
ここまでこの図書館で目を通した魔導書に載せられた記述を合わせると、恐ろしい事実が浮かび上がるのだ。
マスタードの酸味と粒の歯ごたえを感じながら紙束を齧るこの時間は、その恐ろしい結論を口にする覚悟を決めるための時間に過ぎない。
三分ほどを掛けて、一冊の本を食べ終える。
心の準備は万全ではないが、言うしかあるまい。
口元をナプキンで拭き、大きく一度深呼吸。
なんというか、これは在り得ざることというか、あってはならぬ事なのだが、まさか、もしかすると──
「もしかして、記述の中の俺って……アライメントDC(dark-chaos)?」
「如──も蛸にも────」
※元の世界では死語だがこの時代では最先端のジョークである。
最先端過ぎてシュブさん以外に使ってるやつを見たことはないが。
そして、このジョークには更なる意味が隠されている。
「黄色烏賊や緑蛸と同じ扱いって……」
その場でがっくりと項垂れる。
ハスターの方には会ったこと無いけど、なんだか仮面の内側にチャーハンを流し込まれるタイプのがっかり邪神臭がする気がして、酷く落ち込んだ気持ちにさせられる。
せめて、プライマスとまではいかないけど、もっとこう、あるんじゃないかな?
「────い? ──きく取り上げら──格も高い感じ──」
少し不思議そうに問うシュブさん。
そりゃあ、記述の内容を鑑みるに、一角の邪神として扱われているのはわかりますよ。
大概の、内容が更新されてた魔導書で、シュブ=ニグラスと並べて記載されてますしね。
純粋に力を認められた、とか、そこら辺を気にするなら喜ぶべき内容ばかりですとも、ええ。
でもね、問題はそこじゃあないんですよ。
なんでって……
「俺のアライメントがDCだったら────姉さんとお揃いの仲魔を揃えられないじゃないか!」
麗しき姉さんとの会話を思い出す。
『何時かメガテン世界に行ったら、お姉ちゃんの必勝パーティー作成法を伝授してあげる!』
『DCとLLの仲魔を混ぜて、光と闇が備わって最強に見えるのよ?』
『ふふー、卓也ちゃんとお揃い♪ おっそろいー♪』
うへへ。
「落ち────て」
「おっと」
閲覧机から身を乗り出して鼻に当てられたシュブさんのハンカチが真っ赤に染まる。
ピンポイントで思い出した姉さんが良し。
良し。
一頻り姉さんへの愛を鼻から迸らせてクールダウンした所で、シュブさんは真っ赤に染まって水っぽい感触になったハンカチを俺の鼻から放した。
ハンカチを外されてから、一分ほど上を向いて首の後ろを叩き、完全に止まったことを確認。
「ありがとうございます。……すみません、汚してしまって」
ハンカチを濡らし終えてもまだ滴る俺の姉さんへの想いで手を濡らすシュブさんに頭を下げる。
これまでに何度シュブさんのハンカチを駄目にしてしまったことか。
「ちゅ、ぴちゃ、ちゅ、ちゅる……んふ……──、あ、別にいいよ────」
手首まで滴る紅い姉愛を、目を細め頬を上気させながら舌で拭うシュブさんは、何てことは無いとばかりに紅く濡れていない手を振りながら謝罪を受け取ってくれた。
流石シュブさん、懐が広い。
しかも、床に染みになりやすい姉愛をこぼしたら不味いからと舌で舐めてくれるとは、淑女(レディ)とはシュブさんの様な方の事を言うのだろう。
真紅に染まったハンカチを保冷剤入りの真空パックに入れているシュブさんを見ながら、思考を前に進める。
俺の閲覧可能な自らのステータス画面は、現時点ではスパロボJ版のパイロットステータスとユニットステータスのみ。
だが、見なくてもはっきりと解ることがある。
今の俺をメガテン系のステータス画面で見た場合、間違いなく属性はDCなのだろう。
俺自身の真実の性質がどうあれ、伝承に残っている俺の情報を組み合わせた時、そこに居るのは幾つもの文明を滅ぼした邪神でしか無い。
そして属性がDCの俺では、もしも何時かメガテン世界に行った時、姉さん推奨メンバーを仲魔にすることはできないだろう。
いや、仲間にすることは可能だろうが、ルート選択で強制的にDC側に放り込まれたら、条件から外れた仲間は離脱させなければならなくなるだろう。
強制力がどれほどのものかわからない以上、アライメントは限りなくNに近づけておくことが望ましい。
今だけの話ではない。
早い段階からアライメントの調整を心がけておくことで、自然体でNのアライメントを保つことが可能になるのだ。
「…………」
思考する。
メガテン世界基準であれば、アライメントは結果ではなく、実際にどのような考えで行動したか、という点を基準としてアライメントが動くはずだ
だが、特に悪意もなく行動していた俺の記述は、明らかにDCな感じの邪神として記されてしまっている。
少なくともこの世界では、本人がどう思って何を行ったかではなく、その人物の行いが客観的にどの様に見えるか、という点を基準にして決定されるのだろう。
猫虐待コピペや、不幸な親子を騙すコピペなどがいい例だ。
本人が善行だと思って成した行いが、世間一般では悪行であったが為に、本人の意思とは関係なくDCに突き落とされる、まさに今の俺の様な被害者がこの世界には大勢いるのだろう。
この状況を改善するには、属性がLL(low-light)に傾くような、世間一般が考えうる、分かり易い善行を成さなければならない。
それも、ケチの付けようがない、圧倒的なまでの善行を。
「シュブさん、これからの予定なんですが」
「観光────少し中断──ね?」
察しが良くて助かる。
大きな荷物もない以上、直ぐにでも出発できるだろう。
「すみません、俺の我儘に付きあわせてしまって。後でこの埋め合わせはしますんで」
「────帝都──行────白玉あんみつチョコ饅頭────皿────うつ─」
食べ終え、最適化を完了した魔導書を複製し、元の棚に戻しながら謝罪。
シュブさんの返答はウインク付きでそれなりに軽い。
一旦アーカム周辺をぐるりと見て回り、ニグラス亭の土地を確保する予定だったのだが、シュブさん的にはあの立地条件には特に拘りはないのかもしれない。
しかし帝都か。
「お安い御用ですとも」
どちらにせよ、姉さんの出迎えはしなければならんわけだし、その頃に行けば丁度いいかな。
これからアライメント調整の為に色々動きまわらなければならないわけだし、帝都の独特の空気の中で食べる和スイーツは格別だろう。
そう、言うなれば、シュブさんへの謝罪も込めた、自分へのご褒美というやつである。スイーツなだけに。
「それじゃあ手始めに、手近な場所に居るDC属性の群れでも探しに行きましょうか」
「うん──」
返事とともに手を握ってくるシュブさん。
その手を握り返し、認識を阻害された人々の間をすり抜けながら、館外へ向けて歩き出すのであった。
―――――――――――――――――――
○月☓日(覇道鋼造が全世界に鉄道網を敷いたと聞いて)
『やはり総本部というか、本社というか』
『そういう場所には覇道鋼造の顔を模った巨大レリーフが存在していたりするのだろうか』
『部下であるクロフォードと比べて腕っ節が強ければそれでも問題は無いのだが』
『覇道、どこまで行っても主人公サイドから外れられないものなぁ』
『しかもオーバーデビルは能力的に大導師のものだし』
『さて、ジョークはここまでにして、俺のアライメントの話だ』
『手っ取り早くアライメントを変化させるためにも、情報はとても重要になってくる』
『今は西暦1890年代の終盤、いわゆる機神胎動の時代である』
『ついこの間確認した、いつの間にか内部の回路が複雑化しすぎて少し混沌としてきた組立中のデモンベインからして間違いない』
『やはり組立中のメカはいい。ベルゼルート・ブリガンディを思い出す』
『それはともかく、機神胎動だ。この時代は良い。元の世界に近づいていると実感できる』
『何より、分かり易い位置に邪悪な教団が存在しているというのがいい』
『俺の目から見ると、どこもここも自分達の信念で動いてるように見えるから、DC属性の教団だと原作で言われている組織の存在はとても助かる』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「年の瀬を、死体の山の中で過ごすこの感覚!」
「はい、鴨南蛮っぽい蕎麦────」
割り箸の載せられた、湯気を立てる器を受け取り、頭を下げる。
「うい」
どこのお国ともしれない、D∴D∴(ダークネス・ドーン)の連中が屯っていた地域でシュブさんと一息。
鴨南蛮っぽい蕎麦の材料は、先ほど鏖殺した獣人連中の中から鴨に近い獣人を使用している。
鴨よりも少し、とても獣臭い気もするが、そこはシュブさんの調理の妙によってうまい具合に旨みに加えられているのだ。
野外での食事の為に用意したプラスチック製の器に口をつけ、つゆを啜る。
「あ──まるね──」
「あい」
同じく、麺よりも先につゆを味わっていたシュブさんの言葉に頷く。
死体を可能な限り除け、獣人を鏖殺するのに使用した即席戦車の装甲に座布団を敷いて座りながらでも、こうして暖かい食事をとれるのであれば、そこはたちまち和らぎの場所となるのだ。
雪は振らないまでも、人間に感覚を合わせると寒く感じる気候。
即席戦車が放っていた放射熱は既に感じられない。
暖を取るために、俺とシュブさんは身を寄せあって蕎麦を食べる。
どんよりとした雲に覆われた空を見上げながら、思う。
「アライメント、どうなってるかな」
ここ半年の間で、潰したD∴D∴の群れの数は数十に登る。
彼等がdarkでない筈もなく、一見ロブディの下で統率が取れているようで、しかし欲望に忠実である様は間違いなくchaosの住人だ。
総合的に見て彼等のアライメントがDCであることは間違いない。
そして、DCを虐殺するのはLLの所業である。
光と秩序的に考えて、暗黒で混沌な連中なんて殺さない理由がない。
つまり、ここ半年で行われた大虐殺によって、俺の属性は間違いなくDCからLLへと移動し、恐らくはNに近づいている事だろう。
「LLに───Nなら───もう一押し────」
箸を持ったまま力強く拳を作るシュブさん。
「もうひと押しと言われても」
手っ取り早く属性を変動させられる様な相手は、この時代ではD∴D∴くらいしか思い浮かばない。
ブラックロッジは現時点で存在しているかどうか怪しいし、待ち伏せで見つけ出せるレベルとなるとここいらが限界になるはずだ。
正義的で、秩序的な行いを、暗黒かつ混沌な連中を虐殺する以外の方法で表現する事は意外にに難しい。
「あ、初詣とか? 年末ですし」
年末と年始より先にクリスマスが来る?
DCだってクリスマスは祝うだろう、常識的に考えて。
きっとガイア教徒だって、ヒャッハーで金や物資を奪うと同時にクリスマスケーキとかツリーの天辺の星とかも略奪するに違いない。
自分の子供にパワーレベリング用の高レベル悪魔が入ったCOMPとかクリスマスプレゼントで渡しちゃうに違いない。
エロスで言えば、ミサの会場に突入して神父とか信徒を虐殺して、そのままシスターさんでお楽しみに違いない。
ほら、やっぱりクリスマスを祝うと、ランダムでdarkやchaosに変動する可能性が高いではないか。
「いい──初詣──」
シュブさんも嬉しそうに笑っている。
何処を詣でるかはこれから考えればいい。
少し捻って、普通の神にカモフラージュして邪神を祀っている神社とかを詣でるのも悪くない。
ついでに、覇道とそのご一行も誘ってみるのも悪くないかもしれない。
シュブさんと二人で、というのも悪くないのだが、せっかく元の時代に近づいてきたのだから、少し変化を付けてみるべきだろう。
それにあいつ一応秩序寄りだから、どういう行動を取ればいいかの参考にもなるかもしれないし。
思い立ったが吉日、それ以降は凶日。携帯を生み出し、覇道の居場所を知っていそうな奴に電話をかける。
「もしもしー、ニアーラさん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど…………あれ、もしかして今仕事中で? ……あ、いいんですかそうですか。それでですねぇ、覇道先輩って今どこに居るかわかります? ……そりゃ助かります。それじゃ、そっちのスケジュールに合わせるってことで。……あはは、わかってますってそれくらいはー」
軽く談笑した後、通話を終えて携帯を取り込む。
どうやら覇道はニューヨークのレッドフックに向かうことになるらしい。
「それじゃあ、ちょっとニューヨークの方に……シュブさん、なんか怒ってます?」
「べ──にー……」
唇を尖らせ、ぷすー、と頬を膨らませているシュブさんの様子に首を傾げながら、俺は即席戦車の進路をニューヨーク方面へと向けるのだった。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
ミスカトニック秘密図書館。
ミスカトニック大学の中でも、陰秘学科にのみその存在を知られる施設は、やはりその日特性の高さから、人の姿はまばらにしか存在しない。
本当に危険な資料は別の場所に保管されているとしても、この図書館に存在する物も、全て魔導に関する物品であるため、魔術に関わるものであっても常駐するべき空間とは言えない。
「毛虫が金で……なんで毛虫が金?」
だがそれも、一部の者に取っては建前に過ぎない。
魔術に関する知識を持たない一般人が踏み入ることのないこの図書館は、大っぴらに魔術に関する話をするには最適な場所である。
故に、陰秘学科の学生の中で、特に神経の太い者達が自習室代わりにこの場所を使う事は珍しいことではない。
「毛虫(もうちゅう)だ。毛の生えた虫じゃなくて、毛皮を纏う蟲で、つまり人以外の動物を指すんだよ」
「あ、そうだったそうだった。使わないから忘れてた」
「覚えといて損は無いと思いますけどね。風水にも通じますし、陣を引くのに大切だし」
一つの閲覧机で、参考書代わりの魔導書を開き、ノートにペンを走らせながら言葉を交している三人もそうだ。
少しばかり優秀で、魔導に関わっていて、しかし、何処にでも居る普通の学生。
「そいやさ、あの教授、結婚するらしいな」
「あー、あのちょっと細いのか。恋人の方、結婚前だから未亡人にはならんのよなー」
「確か、学術調査から帰ってきたら式を挙げるとか言ってましたね。香典は用意してますよ」
「無事を祈れよ」
「アキラメロン(特価3,900円)」
「お断りします。そしてお断りします。やはりお断りします」
軽口を交わし合い、戯れ合う、何処の大学でも見ることの出来る光景。
話の内容を気にしなければ、何処にでも居る学生同士の戯言だろう。
ありふれた日常の一コマ。
互いに勉学に励み、遊び、明日の再開を約束して別れる。
怪異の脅威が、魔術の深遠からの誘いがあったとして、決して変わることのない形式。
遠い遠い未来に落とした、大十字九郎の人生。
その残影だ。
―――――――――――――――――――
「む……」
サンタフェ鉄道の車中で、覇道鋼造はひと時の微睡みから目を覚ます。
目を覚まし、数秒の間を置いてしっかりと覚醒した頭脳に浮かぶのは、微睡みの中で見た光景。
酷く、酷く懐かしい、遠い未来の夢。
どうやら、執務机で眠ってしまっていたらしい。
無理な体勢での眠りからか、身体のあちこちに違和感を覚える。
「お目覚めですか」
腕を回し、身体の違和感を取り除いていると、執事のクロフォードから声を掛けられた。
彼の手元には、湯気を立て、今まさに淹れたばかりと解るコーヒーが銀盆に乗せられていた。
「ああ……、すまないクロフォード。少し、気が緩んでいたようだ」
マナウス神像から目を逸らさせる為の、彼自身を囮とした列車での旅。
その道程は、覇道鋼造が想定していたものよりも遥かに平穏に終わりを迎えようとしていた。
ロンドンを出発してから、彼がD∴D∴に襲われた回数は片手で足りる程度でしかなく、その数もまばら。
一般人であるダーレス女史を連れてきたお陰で、それらの襲撃の際にはマスターオブネクロノミコンの姿も確認できているが、それもどこまで付いて来ているか不安になる程度の回数でしかない。
それだけでなく、襲撃に来る獣人の数も、不自然なまでに目減りしている。
クロフォードからコーヒーを受け取り、口を付ける。
口の中に広がる苦味と僅かな酸味を味わい、更にはっきりと覚醒した意識で、覇道鋼造は思う。
(お前、なのか?)
あまりにも都合がいい展開に、ロンドンで出会った男の姿を思い出す。
鳴無卓也。
陰秘学科に所属する、彼の一年下の後輩。
多方面の魔導に精通した期待の新入生。
『ハンティングホラー』
『フラグバスター』
『モーガンブレイカー』
『時計塔クラッシャー』
『シュリュズベリィフェチ』
『Mrドーナッツ』
『シス(コン)の暗黒卿』
数多の異名を影で囁かれていた、かつての時代、覇道鋼造が大十字九郎だった頃、私生活を含めて深い親交のあった学友の一人だ。
あの時代でも、都合が良すぎる展開があった場合、ほぼ確実に鳴無兄妹が関わっていると言われていた。
あいつが、この時代で見たあいつが、もしも本人なのだとしたら……。
そこまで考えて、覇道鋼造は首を振る。
それこそ、甘すぎる考えだ。
自分は確かに、最終決戦の後にアーカムへと飛び去るあいつのアイオーンを見たではないか。
この時代に居る理由がない。
学外で、それも観光地に居るのに、あれが姉と一緒に居ないというのも不自然に過ぎる。
こんな自問自答を繰り返すのは何度目だろうか。覇道鋼造は自嘲する。
有り得ないと分かっている。この時代に、元の時代の人間が居るはずがないと。
だが、自らの存在が、その可能性を完全に否定させてくれない。
もしかしたら、何かの拍子で時を遡ることがあるかもしれない。
それこそ、あの無限に連なる時間と次元を越えてこの世界に戻ってきた事に比べれば、決して有り得ない話では無くなってしまう。
だからこそ、夢見てしまう。
何もかもを打ち明けて、力を貸してくれる、そんな仲間を。
俺は覇道鋼造ではないのだと、悲劇も嘆きも知りながら、利用しているのだと。
声を大にして叫び、それを受け止めてくれる仲間が。
「ふ……」
自嘲するような笑みが、覇道鋼造の口元に浮かんだ。
ロンドンで見たアレは、幻だったのだろうか。
それとも、ナイアルラトホテップの仕掛けてきた罠か。
理由も原理もわからない。
だが、一つ言えることがある。
(私は、弱い)
決して口には出せない、覇道鋼造ではない、大十字九郎の弱音。
愛しき人でなくても、誰かに自分を知っていて貰いたい。
そんな当たり前の、しかし、邪神を相手にするには致命的な弱さは、この時代に降りてから何年経っても消えそうにない。
人として戦うなら、消してはならない弱さだ。
だからこそ、その弱さを抱えたまま、心を鋼の如く鍛え抜いた信念で鎧う。
この世を邪神の好きにはさせないという執念を胸に抱き、鋼の巨人、覇道鋼造という偶像を纏い、敗北者たる大十字九郎は戦い続ける。
「さてクロフォード、今の内に決済の書類を────」
弱気を振り払い、今の内に片付けるべき仕事を始めようとした、その瞬間。
列車の走行音を打ち消し、轟音が鳴り響く。
揺らぐ車体。
D∴D∴の襲撃だ。
衝撃の規模からして、大型の恐竜でもけしかけてきたか。
「やれやれ……」
タイミングが悪く、どうにも決まらない。
ロンドンで懐かしい幻を見てから、ずっとこうな気がする。
ゲストであるお嬢さんの前では完璧に振舞えているが、なんという無様だろうか。
専用の客室に備えられた棚の中から、魔導書と幾つかの重火器を取り出す。
自分もこの列車も囮だが、しかし今運んでいる積荷も決して奪われていいものではない。
「クロフォード、君は車内に侵入してきた連中と、お嬢さん方のエスコートを頼む」
「かしこまりました。そちらもお気をつけて」
自らの従者の力強い返答に頼もしさを覚えながら、覇道鋼造は車外に続く窓を開け放った。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
即席戦車とは!
適度なサイズに纏めて、戦車っぽい形にした相転移炉式戦艦である!
主砲は機体前部に搭載された相転移炉によって発射される相転移砲、自動生成される小型の虫型無人兵器とひき逃げアタックが脇をカバー。
これぞ愛と平和(Power&Justice)という言葉を体現するような完全な武装だ。
更に車体を管制するAIとしてオモイカネコピーを搭載しているので実は操縦する必要すらない。
当然空も飛べる。無限軌道は武器だ。
構想一分、制作二分の大作である。
モデルはメルカバ。
何故このモデルかと問われれば答えに少し困るが、妥当な答えとして相転移砲の為、一般向けの答えとしてわりと内部スペースが広い為。
そして真の理由に、『チャリで来た』というセリフを自然と発することが出来るという点がある。
「そんな訳で、目的地に辿り着きました。チャリで」
途中、ニューヨークの街で寄り道をしておやつのロブスターロールを買ったりもしたが、カーナビで見た現在地とこのチャリの速度を合わせて考えるに、目的地には時間前に到着できるだろう。
「チャリは──でもチャリオット────」
旬を外したロブスターロールをがぶがぶとかじりながらの、シュブさんのやる気無さ気なツッコミ。
振袖や和服ではなくパーカーにジーンズの、ある意味最も俺の中のシュブさんのイメージに合う姿だが、初詣までは数日あるので別に構わないか。
「ありがとうシュブさん。その言葉が聞きたかった」
そして、これでこのチャリもお役御免。初詣が終わったら廃品回収に出しておこう。
ありがとう、俺のチャリ……。数日の付き合いも無かったけど、お前のことは忘れるまで忘れないよ……。
「しかし、なんですね。ニューヨークとかあんま来たこと無いんですけど、この時代だと道路の上の丸い電光掲示板みたいのは無いんですね」
ロブスターロールを購入する時にちょろっと車外を確認したが、この時代にしては栄えているものの、映画などで見慣れた例のアレはひとつ足りとも見当たらない。
「時代────新し──過ぎ────」
「そりゃそうなんですが、俺、あれが無いと今一ニューヨークって感じがしなくて」
この世界観だと、どうしたって劣化アーカムみたいになっちゃうし。
というか、デモベ世界のアーカムがニューヨークをモデルにしてるのか?
人種の坩堝で、栄えていて、物騒で、犯罪も当然横行してて。
ああでも、魔術要素──錬金術に関わる技術が一切使われてないか。
「でも実際どうです? ニューヨークに店を構えるとしたら」
俺の問いかけに、シュブさんは首を振る。
「──アーカムじゃ──駄目────よ」
アーカムでなければ店を出せない。
俺はそのシュブさんの言葉に少し心当たりがあった。
これまでの歴史の中で、時折一緒に屋台を開く事もあったが、本格的に店を開くことはついぞ無かった。
シュブさんには、どうやらあのアーカムシティで店を開くことに並々ならぬ拘りがあるようだ。
……まぁ、そうでなくても、これから発展していくアーカムシティの規模を考えれば、わざわざニューヨークに店を構え直す必要は感じられないだろう。
それほどまでに、この世界のニューヨークは不遇な都市だ。
決して、アーカムの影響で経済的に逼迫しているとかそういうわけではないのだが。
「まぁ、ここで見れるものって、大概アーカムでも見れちゃうし、見劣りもしますか」
アーカムシティを知らなければニューヨークでも構わないのだろうが。
もしくは、破壊ロボの活動に悩まされたくない、という場合にもお勧めできるかもしれない。
どちらも俺とシュブさんには関わりのない条件なのだが。
「そ──う訳じ──くて……、鈍────……」
まかり間違っても敏感だとは言えないが、今の問答の中で鈍感扱いされるような部分はあっただろうか。
やはりシュブさんは不思議なひとだ。こんな風に時たま突飛な事を言い出して、それでいて智慧に富んでいて、会話していて飽きが来ない。
美鳥のデータが破損してしまったのは痛かったが、シュブさんが旅の道連れとして傍に居てくれて良かったと何度思ったことか。
《目的地に到着》
《障害物確認》
《脅威レベル:低》
《てーへんだーてーへんだー》
《ハイジョ、ハイジョ》
《ただではすまぬ》
《デデデストローイナナナインボー》
《ドン・ジェノサーイ》
《障害鎮圧完了》
《どうぶつさんいなくなたです》
《目標捕捉》
《ターゲットインサイト》
チャリの中に無数に映し出される無数の空中投影ディスプレイによる現状報告。
しかし、何をやっているかは今一わからない。
インスピレーションで組み込んだ追加パッチは、オモイカネコピーの思考プログラムを大分ファジーにしてしまったらしい。
表示される言葉には、所々報告かどうかすら怪しい内容が含まれている。
「いや、インサイトせんでよろしい」
空中に投影されたディスプレイを平手の甲で払い除け、ハッチから顔を出して外を確認する。
港町の潮風に混じり、血液の生臭い金属臭と臓物から漂う糞の臭いが鼻を突く。
セメント打ちっぱなしの港には、虫型無人兵器に食い殺された獣人の肉片。
お飾り同然の砲塔の先には桟橋があり、その桟橋は今まさに部分招喚されたアイオーンの拳によって粉砕されている。
空には魔術による攻撃で虫型無人兵器を叩き落とそうとする紅い女と、憎悪の表情でそれを見つめる、呼び出されたアイオーンの腕を制御するマギウス・スタイルの魔術師。
砕けた桟橋の向こうには潜水艦の頭が見えて、そこに、大学生くらいの金髪の女性にプリンセスホールドをかけるナイスミドルの姿が。
「おーい! せんぱーい!」
向こうの手元には通信機器の類は存在していないので、大きな声で呼びかけて手を振って存在をアピール。
が、覇道は一瞬驚愕の表情浮かべただけで返事をする余裕は無いようで。
空ではなにやら攻防を繰り広げていた二人の内、紅い女の方がそれを隙と見たか、少し熱そうな魔術弾を覇道に向けて放った。
すかさず虫でインターセプト。
数匹が内部の炉を焼ききる勢いで形成した障壁は、魔術弾を容易に弾き飛ばす。
歯噛みをする紅いの。
そんな隙を、今度はマギウス・スタイルの男が的確に捕捉する。
桟橋の破片を巻き上げながら振り上げられるアイオーンの拳。
魔術以前に、単純に巨大な質量を持って紅いのの肉と骨と障壁を砕かんと鋼の拳が迫る。
しかし、その拳が紅いのに届かんとした、その瞬間。
マギウス・スタイルの男の身体がぐらつき、アイオーンの拳が停止する。
マギウス・スタイルの翼が解けて魔導書のページに戻り、アイオーンの拳はデータに還元されて現実での質量を失い始めた。
魂が擦り切れて、魔術制御が追いつかなくなったのだろう。
意識を保っているのか保っていないのか、消え失せる寸前のアイオーンの手と男の手は、虫に追われながら空の果てに逃げていく紅いのに向けられていた。
オモイカネの華麗なドライビングテクニックによって落下地点に回りこみ、翼を形成できなくなったマギウス・スタイルの男をマジックハンドでキャッチ。
潜水艦の窓から除く小銃は全てコチラを向いている。
覇道も、金髪を背後に庇ったまま、警戒心剥き出し。
慌てるんじゃあない、俺は初詣に追加メンバーが欲しいだけなんだ。
そのことを、この状況からどう説明したものか。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
一夜明け、アーカムシティ。
覇道邸の執務室にて、俺は客として扱われてこそいないが、敵として警戒される訳でもなく迎えられていた。
「拘束とかしないんですね」
「意味が無いだろう? 君が本物であれ、偽物であれ」
溜息を吐く覇道。
「先輩が賢い人で助かりました」
ある程度の位階に達した魔術師は意識を保っている間は不死に近いというのが、一般的な魔術関係者の見解である。
その不死性は回転する独楽が並行を保つように不安定なものだが、それもあくまでも人の範疇に収まる肉体のまま魔術師をやっている人間だけの話。
肉体改造、精神改造に手を出した魔術師ともなればそれらの不安定さは消え、殺害のための隙は少なくなる。
……その割にロブディ氏は妙に物理に弱かった気もするが、比較対象がアンチクロスやダル族の女王であるために弱く見えるだけであり、実際に魔術関連技術を使えない人間が対峙した場合、かなり絶望的な相手になる筈だ。多分。
例えばの話ではあるが、ここに居るのが俺ではなくアンチクロスの中で最も格下の人でも、今現在の覇道邸は完全に制圧できてしまう。
全盛期の覇道鋼造が率いる覇道財閥の戦闘部隊ならば……と思うかもしれないが、残念な事に、この時点での覇道財閥が使用する武装は、魔術付与に関しては未完成な部分が多い。
しかも、その完成形が元の世界で使われていた代物なのだ。
そこを考えれば、この覇道の肝の据わり具合は素晴らしい。
「そういえば、魔導書、別のにしたんですね」
執務机の上、何時でも手に取れる位置に置かれたパンチカードの束、機械語写本に目を向ける。
機械語写本の精霊は、現時点では存在していない。
もしも彼女がアナブラほどに有名になっていたのであれば、きっと角が邪魔でキスが出来ない系の萌えキャラとして大型AAストーリー系スレで多様されていた事だろう。
まぁ、出番が少ないので高望みといえば高望みなのだが。
「ああ……、前のは、無くしてしまってね」
少し、ほんの少しだけ、懐かしさと後悔を滲ませた表情で応える覇道。
この覇道は、覇道になる前の大十字としての最終決戦で、次元の狭間にアル・アジフを取り落としてしまっている。
しかも、その最終決戦というのが、少し剣で打ち合って、セラエノ大図書館に転移したら、敵を発見するよりも早く撃ちぬかれて終了という情けないものなのだから、ああいう顔になるのも仕方がないのだろう。
無論ここで『先輩撃ち落としたの俺なんスよwww』とか口にするわけにはいかない。
口にするわけには、口にするわけには、くそう、誘惑が酷い。
大宇宙の意思が、俺に地雷を踏めと囁いている。
俺はただ真っ当にDCを虐殺してNになりたいだけなのに、なんて時代だ……。
「それで、何故お前がここに、いや、『この時代に』居る?」
この時代、の部分は間違いなく二重鉤括弧で括られていると解るこの拘りよう。
実はクトゥルフ神話的に考えれば時間遡行自体は珍しい技術でも何でもないのだが、完全にデモベ世界準拠な魔術師である覇道的には、そこら辺が気になって仕方がないのだろう。
さもありなん。
「少し専門的な話になりますが、パルスのファルシのルシがパージでコクーンした、というのが一番近い表現でしょうか」
つまり、俺は言葉を濁して解説を避けたい。
嘘は言いたくないし、かと言ってホントの事をストレートに言ってもdarkとかchaosに傾いてしまうし……。
「すまないが、もう少し解りやすく頼む」
「そうですね……、これは先輩が門を抜けた後のお話なのですが……」
以下、解説。
先輩が門の向こうに消えた後、確かに扉は消えた。
だが、その後に俺はヨグ=ソトースと人間のハーフに出くわし、次元の狭間にてその怪物と戦うことになってしまった。
邪神の力は恐ろしく、幾つもの時空を越えて俺とそのハーフは自己の存在すら賭けた戦いを繰り広げたが、ついには邪神の調伏に成功する。
しかし勝敗が決した後、唐突にハーフは捨て身の一撃を放つ。
決死の一撃にはハーフのヨグ=ソトースの子としての力が増幅された状態で乗ってしまい、俺は過去の地球へと放逐されてしまったのだった。
「そうか、私が消えた後に、そんな事が……」
俺の掻い摘んだ説明に、覇道は重々しく唸る。
あの世界では有り得ない話ではない為に、覇道は覇道なりに真剣にその可能性を考慮しているのだ。
「まぁ、あの世界が完全に平和になるわけもなし、それこそヨグ=ソトースの子供なんて、探せば結構な割合で見つかります。これに関しては仕方がありません」
ぶっちゃけ1980年台辺りからは、毎年のように世界征服とか地球破壊を企む謎の結社が生まれては、数が奇数であることが多い戦隊英雄達によって駆逐されるという泥沼の戦いが繰り広げられる事が確定しているのだ。
ヨグ=ソトースなんかは、時間と空間の連続性を完全に無視して行われる超時空レイプによって子供とか作り放題だし、実際にヨグ=ソトースの子供は目撃例が多数存在する。
何時ぞや時空を越えて接触することになったアーミティッジ博士の子孫もそんな出自だったし。
……あの時は、ヨグと人間のハーフってことより、アーミティッジ博士に子孫が居ることに驚いたけども。
あれか、若かりし頃の過ちとか、別れた妻が引き取ったとかそんなか。
しかしまぁ当然、先の説明の邪神=ニャルで、ハーフ=大導師な訳だが。
門を潜った後ってのも嘘は言っていないし。
あくまで、一連の戦闘が門の中で行われているってだけで、一切の嘘はない。
「後は俺が本人である証拠を見せれば納得なんでしょうけど……」
「無意味だな。『奴』がその気になれば、証拠程度ならいくらでも」
「たかだか邪神ごときに、俺が姉さんの弟である証明を偽造出来る訳がありません。侮らないで下さい。それは流石に不快です」
ぴしゃりと大十字の言葉を切り捨てる。
「俺が誰よりも姉さんを見ている証、四分の一姉さんフィギュア(総オリハルコン造り)は、世界で俺にしか作ることまかりなりません」
あれこそ、一つの文化の窮極と言っても過言ではない見事な造形。
全能の神風情が何億束になった所で作り出せようはずもなく。
「成る程、ならばそれを見れば、一発で」
「この傑作をなんで俺が姉さんや美鳥以外に見せにゃならんのですか。視姦なんてしたらアーカム整地してジャガイモ畑にしますよ?」
額に汗を浮かべた覇道の提案をもいちど切り捨て。
悪いな覇道、このフィギュア、三人用なんだ。
本人が好きで姿を晒す外出とかならともかく、こんな完璧な造形美のフィギュアを見せたら、その場で覇道がソロプレイを始めなかねない。
そんな真似をしたらその瞬間まるごとパイプカットさ。
切れ味の悪いニッパーで少しづつ切れ目を入れて、最終的にクズ肉になったそれを口に突っ込んで飲み込ませてからハドソン川に沈めてやるさ。
「なるほど、これは確かに本人だ……」
「?」
何やら姉さん談義を始めようと思ったら、いつの間にか覇道の中で俺は本物であると認められてしまったらしい。
俺は会話の中で、よくよく考えるとこいつに見せられる証拠は殆ど存在しないという事に気がついてどうしようかと悩もうとしていたのだが。
これが、元主人公の持つ第六感というやつか、便利で羨ましいような、変な思考の飛び方がしそうだからあやかりたくないというか。
「あ、因みに言い忘れてましたが、俺が先輩を見分けられたのは単純に塩基配列が一致してたのと、先輩のオーガニックエナジーから判別しました」
こう見えて利き大十字と利きティベリウスには少しばかり自信がある。
俺の視力が相手の皮膚の細胞から塩基配列を読み取れるレベルだってのは学生時代に説明しているし、俺が本人だと確信しているのなら、ココら辺の細かい説明はカット。
もっとも、この見分け方だと、外法気味な魔術で肉体や魂を改造したりすると少し見分けにくくなってしまうのだが、大十字九郎であればそんな心配は要らないだろう。
「あれは冗談ではなかったか……。いや、それよりも」
「ええ、D∴D∴ですね。最近妙にあちこちではしゃいでいましたが」
あの港町の状況で思い出したけど、一応知らないって事にしておかないと角が立つので、礼儀として尋ねてみる。
すると、覇道は一瞬だけ何かを考えこむような顔をしたかと思うと、こんな事を切り出してきた。
「ああ、これから彼等のパーティーに行こうと思うのだが……君も、どうかね?」
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
まいったわー、いきなりパーティーとか言われても、正装とかテッククリスタルとかグレゼオか鬼械神しか持ってないわー。
そんな訳で、D∴D∴のアジトへの突入に誘われてしまった。
少し邪神では無いと思われる金神パワーとかで思考を覗き見てみたが、どうやら、こういう荒事に誘えば武装付きでホイホイ付いてくるトリガーハッピーだと思われているらしい。
超心外である。
確かに、銃器は魔銃の他に重機関銃なども好んで使うが、どっちかって言えばチェーンソーとか、触手の応用で鞭とかの方が好きなのだ。ブレイクワンとか使えます。
布とかあれば鬼械神、ネームレス・ワンくらいまではプッピガンできるし。
覇道に内心で少し物騒な奴と思われていたという事実から得た悔しさをバネに更なる精進をしようと心に誓いつつ、覇道邸の中を歩く。
周囲に監視の目がない事を確認すると、強力な認識阻害が掛かったカバンを開き、中に声をかける。
「ちょっと長引きそうです。何か必要なものは?」
「んー──安心──て──よ」
カバンの中、ハンカチの下に隠れていた三頭身のシュブさんがひょこっと顔を出して応えた。
これまでの俺の経験上、シュブさんは他人から少しだけ誤解されやすい。
神様に間違われて祀られたり、邪神の一柱と間違われて襲われたりと、その誤解の例は枚挙に暇が無い。
今回は、邪神全般を目の敵にしている覇道とか、お前本編でもそれくらいまともに振舞えよと言いたくなるようなシリアスぶりを発揮しているアル・アジフが居るため、話を円滑に進めるために少しばかり隠れて貰っているのだ。
「すみません、シュブさん。俺が、もう少し人を言いくるめるのに慣れていれば……」
シュブさんも、こんな三頭身のディフォルメ形態に変身せずに済んだろうに。
誰から報酬を貰うでもなく俺の旅路に付き合ってくれているのに、そのシュブさんにこうして不自由をしいてしまうのは、俺の不徳の致すところだ。
「いや、──君──う少し言いくるめ──下手で良いく────思う」
シュブさんは真顔で、やや短くディティールの省略されたぷにぷにした手を否定の形で振る。
「そんな馬鹿な」
これ以上言いくるめが下手になってしまったら、いざという時に困るではないか。
……困るかな。
どうせ今回みたいな古代への時間移動なんてそうそう起きないだろうし、現代の二年と少しの時間をループする程度なら、本当に言いくるめとかしなくていいのかも。
「それはともかく、もう暫くそこで待っててください。中のお菓子は食べちゃっていいので」
「うん────張ってね──」
シュブさんの声援を受け、カバンの口を閉じる。
さて、後はD∴D∴のアジトに突っ込んでドン・ジェノサイするだけでいいのだが、それでは少し味気ない。
せっかくD∴D∴の殲滅でアライメントを動かせるのだから、更にもう一押し、
半死人で、正義の魔術師候補の治療なら、充分LL方向に動かすことが出来るだろう。
身元も確かだしね。
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……………………
…………
……
そうして、数日の時が経過した。
突如として現れた、覇道鋼造の知人と見られる人物の助力もあってか、事は全て恙無く解決したと言ってもいい。
基礎設計、オーガスタ・エイダ・ダーレスの電動服の複製品に、高火力の重火器を持たせた降下部隊。
供与された数体の魔導合金製破壊ロボと、二人の万全な魔術師による鬼械神二機。
神を呼び出す為の神殿周辺の構造物は尽く破壊され、何故か壊滅寸前だった獣人達も容赦なく駆逐され、邪悪な魔術師にして邪神の司祭であるラアル・ロブディもまた、復讐者アズラッドの手によって討ち取られた。
邪神の目覚め、咆哮によって出た犠牲者こそ救うことは出来なかったものの、世界の破滅の危機は、アーカムシティの一角を死の土地とするのと引換に、無事に回避することができた。
生き残った魔術師アズラッドは、彼の魔導書アル・アジフと共に、その後の人生を覇道の掲げる夢を実現するために費やすこととなるだろう。
それが仮初の、一時のものであるとしても、人類は勝利を掴み取ったのだ。
そうして、世間ではオルタレイションバーストなどとも呼ばれる怪異から、二年の時が流れた──
「みなさーん! アイスクリームはいかがー!?」
エイダが拡声器で呼びかけるのは、工場内でデモンベインの整備を行なっていた、電動服を纏った重作業員達。
待ちかねたとばかりにそれぞれの持場を離れて、皆先々にエイダから容器とスプーンを受け取り、クロフォードの運んできた保冷ワゴンへと群がり始める。
熱の篭る電動服での作業は、彼等に強くアイスクリームを求めさせ、瞬く間にアイスクリームの入った保冷ワゴンはその底を見せ始める。
「一つ貰おうか」
そう言って手を伸ばしてきた男に容器とスプーンを渡しながら、エイダはペコリと頭を下げた。
「ミスター覇道、長らくお世話になりました!」
この二年間、アーカム・シティに留まり、デモンベインの解析機関や電動服の改良、全自動整備機械の開発などに協力してきたエイダだったが、デモンベインが完全に修復された事を機会に、ロンドンへと帰ることにしたのだ。
「君も去ってしまうか。出来ればずっとここを手伝って欲しいのだが」
エイダと並んでアイスクリームを食べる覇道の言葉に嘘はない。
エイダは、科学技術に関する天才的なセンスを持っているのだ。
源氏あのデモンベインには、エイダの考案になる新技術も随所に組み込まれていた。
彼女と、既に去った覇道の後輩が居なければ、プロヴィデンスでの血戦でほぼ完全に解体したデモンベインの再構成は不可能だったろう。
「光栄です、ミスター。でも、私の本職はジャーナリストですから」
胸を張るエイダは、鼻息を荒げスプーンを振り立てる。
「これからは、この二年と半年の得難い経験を糧として、ロンドンから世界中を啓蒙していきますわ! ──あ、もちろん、私は守秘義務を遵守いたしますので、ご心配なく」
『私は』
その言葉に、覇道はアイスを急いで掻き込んだ訳でもないのに、頭に鈍い痛みを覚えた。
そう、オーガスタ・エイダ・ダーレスは確かに秘密を守るだろう。今回の事で、彼女もその重大さを身にしみて理解している。
「……私としては、あまり世間をかき回して欲しくないんだがね。……せめて、君だけでも」
覇道鋼造の──かつての大十字九郎の後輩、鳴無卓也は、あの事件から数ヶ月もしない内に姿を晦ました。
その行方を追う事はしていない。……する必要もない程に、鳴無の活動と思われる事件の話は三流ゴシップ誌を賑わせ続けている。
起きる事件、解決方法の全てが、魔導に関わる知識をギリギリまで想起させる様な危険なものばかりであり、覇道の頭痛の種でもあった。
しかし、それを覇道財閥の手を煩わせる事無く解決に導いているが為に、強行的な手段に出る訳にもいかない。
覇道財閥で唯一止められるかもしれないアズラッドは、彼に命を救ってもらったという大きな借りがあり、余程の事がなければ動いてくれそうにもない。
「確かに、彼は少しやり過ぎな部分もありますけれど……そのご意見には同意しかねます、ミスター覇道。あなたは何でも自分おひとりでなさろうとしますもの。少しくらい、強引に手を貸す人が必要になりますわ」
デモンベインの修復に関する助言、パンチカードに変わる新たな記録媒体の提示、デモンベインを補助ずるための、アーカムに張り巡らせる魔導科学による電子・霊子的ネットワークの基礎理論の提唱。
これらの技術は全て、鳴無とエイダの手によって齎されたものだ。
それらは何時か、覇道鋼造も思いついたかもしれない。
だがそれは何時かの話であり、こうして誰かの手や知恵を借りてしまえば、いとも容易く手に入るものに過ぎないのだ。
エイダはそう頭の中で思いながら、真顔を覇道に向ける。
「何時か来る戦いで、人類は、世界は一丸となって対処しなければなりません。だから、彼が彼の道を行ったように、私は私なりのやり方で協力させていただきますわ」
「君が決めたことなら止めはしないが……」
覇道は肩を竦めた。この二年半の時間で、この娘が一度言い出したなら効かない事はよく理解していた。
「ところで、汽車の時間は大丈夫かね?」
「ええ、この通り、ちゃんとベルをセットしておりますもの」
笑顔で、改良されたベル付きの時計を見せるエイダ。
その場でもう一度頭を下げ、振り返って工場内へ声をかける。
「──それでは、ごきげんよう。ミスター覇道! ごきげんよう、クロフォードさん! ごきげんよう、みなさん!」
胸を張り、ぐっと視線を上げ、そびえる巨体に視線を合わせる。
「ごきげんよう、デモンベイン!!」
鋼の装甲に身を包んだ、もはや骸とは呼べそうにない、人類の守護者に手を振り、工場内から走り去るエイダ。
これから、魔術の研鑽中のアズラッドとアル・アジフへと挨拶を済ませ、今度こそ彼女はアーカムから去るのだろう。
その背を見つめながら、覇道は思う。
(全世界が、一丸となって、か)
超絶的な力を持つ邪神ですらも、人の力で退けられる。
今回のズアウィアの件は、彼女にそういった楽観的な印象を齎してしまった。
だが、そうではない。
この世界には、何億、何十億の人の力を束ねても抗う事の出来ない、次元の違うモノが確かに存在している。
それに──
『俺が知る限り、機神招喚が可能な人類側の魔術師で、南極決戦時に集まれた魔術師は、あの時点で27人は居ました』
後輩の、何の気なしに口にしたであろう言葉が脳裏を過る。
『どうせ皆さん、知ってて無視したクチでしょうね。俺だってほら、あの時に戦えるだけの力はあったけど、別の用事を優先させたわけですし』
世界が一丸になって立ち向かう時。
それは確かに何時か訪れる事態だろう。その時に、自分がまだ生きているかはともかくとして。
だが、その事態に対して、人類全てが一丸になれる確率は非常に低い。
それは何故か。
いや、何故と問うのも烏滸がましい、当たり前の答えがあるだけだ。
『みんなで一丸になって邪神を倒しましょう、なんて、誰が頼んだんです? 全人類に頭下げて頼んだとして、個人主義の局地みたいな達人級(アデプトクラス)以上の魔術師を集められると?』
それは、何も魔術師に限った話ではない。
世界中がブラックロッジの開いた戦火に焼かれても、その中で助け合うでも無く、これ幸いと奪い合い殺しあう者達はアーカムにすら多く居た。
人、一人ひとりに個性や個人意志がある限り、邪神に抗うことの出来ない徒人ですら一丸になることはできないのだ。
そして──
『貴方が、運命に打ち勝つことが出来るか。そんなのは、結果が出るまでわかりません』
『結果が出てもわからないかもしれません。結果こそが運命になるのかもしれません』
『だからね、先輩。気楽にやっていけばいいじゃないですか』
『なあに、人類が滅んだって、明日も世界は回りますって。俺が保証しますよ』
耳の奥に残る、冗談めいた台詞回し。
ケタケタ ケタケタ
神経に滑りこむような笑い声は幻聴か残響か。
解ることは、ただ二つ。
鳴無卓也は、全人類一丸の内には決して含まれない人種であるということ。
世界の行末も、人類の趨勢も、何もかも。
あれの興味には含まれない。
遠く離れた過去ですら、ただ一人の為だけに、ただ一人の姉の元へ、たどり着くことだけを考え続けている。
時を越え、人を捨てても。
今も昔も──未来ですらも変わることはないのだ。
―――――――――――――――――――
○月●日(おっとどっこい大正桜ジュブナイルを推理トリガー(物理)に委ねる)
『事件は世界中で起きており、DCな連中も腐るほど居るのだろうが、正直俺には今一見分けがつかない』
『そこで、事ある毎に顔に『私悪人です』と書いて有りそうな如何にもな悪の組織による怪事件が頻発するエドロポリス改め帝都に拠点を置くことにした』
『悪党が起こす事件を発見できて、シュブさんご推薦の和スイーツも食べられ、姉さんが出現する俺の故郷へも徒歩数秒の位置となれば、ここに拠点を置かない理由にならない』
『さてそんな訳で、この帝都に来て数十年の時が流れた』
『ループの開始地点までは十数年ほどあるが、もうこの帝都から出る気は起きない』
『何しろ、この街は黙っていても事件が起きて、悪党が現れる』
『しかも無限螺旋の本筋とは一切関係ないので、出てきた悪党は殺し放題だ』
『自分でこんな事を書くのは自慢だが、ここ数十年の俺の活動は恐ろしいまでに法と秩序に優しい』
『それはもう、並み居る悪党をねじ切っては投げ、死体をこね回して人間性を足蹴にし、脳を開いては洗脳し仲間同士で同士討ちさせ、女とあれば力を奪って飢えた淫獣どもの中に放り込み、男とあれば力を奪い飢えたいい男の群れの中に放り込んだ』
『カラクリ盗賊団なんかは実に良い感じの潰れ方をしてくれたし、黒之巣会なんかも人数が居て嬉しかった』
『帝都の治安は守らないけど悪党は駆逐する尻尾(しょくしゅ)の生えたメタル忍者スレイヤーは、今日も元気に悪党と類縁の者を一族郎党鏖にするのである』
『そんな訳で、悪党ははびこらないが何時殺されるともわからない恐怖に怯え、帝都は以前に比べて活気も少なくなり、人々は見えない何かに対する怯えを隠すように明るく振る舞っている』
『あとは人々から空元気が失せ、完全に笑顔が消えた辺りで、心の支えになるような新興宗教でもでっち上げて、人々がそれに縋るように思考を誘導すれば……』
『これぞ、メガテン世界観伝統と信頼の救世主殺法である』
『悪党を抹殺したりする際には、きちんと葎の仮面コレクションなどを使って正体を隠し、普段は私立探偵として密やかに街の事件を解決している』
『顧客からも満足の声が多く届き、個人的に慕ってくれる人も多くなってきた』
『あとは頃合いを見計らって、メシア殺法を発動すれ』
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……………………
…………
……
ふと、日記に走らせていたペンを止め、日記の内容とこれまでの活動内容を確認し、俺は手からペンを取り落としてしまった。
なんという事だ。
恐ろしい事に気がついてしまった。
あまりの驚きに、俺は口元を両手で覆って目を見開く。
「やだ、俺のアライメント、LL過ぎ……!?」
適度に、『あれ、これLLじゃなくて善人プレイじゃね?』みたいな行動を繰り返す予定が、メガテン的に見たLLそのものになり始めているではないか。
これではNを通り越して、LLの方にアライメントが傾きかねない。
いや、多分もう、少し傾き始めている。
顧客の一部に、会話の端々に微妙に暗示を込めたトークで、救世主的なものがこの世には必要なんじゃね? みたいな思想を摺りこんでしまっているのだ。
いかん、遺憾、じゃない、いや、意味的には合ってる。
まことに遺憾である。
俺が到達するべきは究極のNであり、LLなどというわけのわからん四文字にひれ伏して尻を出す位置ではないのだ。
下手に、悪党の虐殺以外に手を出したのが失敗だったか……。
こういう時、メガテン的なステも確認できる姉さんに相談できれば最高なのだが、今は姉さんの居ないループ外。
姉さんが出現したら即効で会いに行くのは当然として、それまでに多少なりともアライメントを調整し、その上で姉さんにしっかりとアドバイスを貰わなければ。
そうと決まれば、こうしては居られない。
日記を閉じ、僅かにサイトロンに働きかける。
俺に、今の俺に必要な未来を見せろ!
「むっ」
脳裏に浮かび上がる、俺に必要な未来の光景。
それは、とある事業の式典、ティベリウス率いるブラックロッジの信徒たちに襲撃されるオーガスタ・エイダ・ダーレスと覇道……、ええと、か、か、そう、兼定。
見れば、ダーレス氏はアイアンモンガーにも似た新式の電動服を着て、兼定を守りながら下級の信徒達を相手に大立ち回りをしている。
そして、ティベリウスと矛を交える、マギウススタイルのアズラッド。
「こ、これだ!」
トチること無く、DCに傾きすぎる事無く、俺をNへ誘う道!
LL、しかも、メガテン的な意味でない、適度な位置のLL!
椅子を倒しながら勢い良く立ち上がり、俺は外出する旨を伝えるために、シュブさんの部屋へと走る。
「シュブさん! ちょっと出かけて来ますから、三時のおやつは先に────シュブさん?」
天啓を得て、気が逸っていたのだろう。
俺は一緒に暮らしていく上で取り決めていた、『ノックをして、返事を待ってからドアを開ける』という取り決めを破り、ドアを開けてしまった。
ドアを開け、最初に感じたのは異臭。
しいて言うならば栗の花の、というか、ありていに言って精液の臭いだ。
それだけならば特におかしな事はない。
シュブさんは、時に男性のシンボルを完全な状態で保有した姿になることもある。
何億年前だかは忘れたが、シュブさん自身が召喚魔術によってマイノーグラを呼び出し、何千年にも渡って延々オナホールとして扱っていた時期もあった。
シュブさんはその嫋やかな雰囲気からは想像できる通り、生物として極めて得意なレベルで強靭な生命力を持っている。
そのため繁殖に対してそれほど強い執着を持つことは無いが、時たまムラっと来た時は、それはもう大変な事になってしまうらしい。
尻から入れられたシュブさんの下半身ミルクを口から吐き出すマイノーグラの姿は、その凄まじさを解りやすく思い知らせてくれた。
まぁ、あまりの性欲の強さに少し呆れてしまいもしたのだが……。
だが、以前の時とは明らかに様子が違う。
全身から汗を噴き出し、真っ赤になった目からは滂沱の涙を流しながら、枕を噛んで必死に嗚咽を堪えようとしていた。
点滅するように人型と肉塊の姿を入れ替えながら、露出した雄型の触手を必死で掴んで抑えている。
見ているこっちが痛くなりそうな、掴んでいる触手が変色する程の力強さ。
だが、苦しそうに身を悶えさせる度にそれが刺激となり、満タンのペットボトルの蓋を開け、逆さにして強く押し出した時に匹敵する勢いで、青臭い先走りを漏らしてしまっているのだ。
シュブさんのベッドは、既に先走りを吸ってたぷたぷだ。
「あ、あ……たく────、みて、みて」
口から枕を放し、名を呼びながら、触手を見せつける。
いや、見せつけているのは触手ではない。それを抑える手だ。
もはや人の形から逸脱し始めている手でもって、改めて握り潰さんばかりに押さえつけられる触手。
「えっち、──くなっても、がま──、がまん──るから──────」
その言葉に、愕然とした。
シュブさんは、以前にエロくなった時、俺に少し呆れられていたのを気にしていたのだ。
「ごめ──、これ、も、すぐ──付けるから────」
シュブさんは、ずるずると身体を引き摺り、棚の上のタオルに触手を伸ばす。
タオル程度でどうにかなる量ではない筈だが、シュブさんは零れた汁を雑に拭きとっていく。
雑、いや、慌てているという表現が正しいのだろう。
何故、一緒に暮らしていて気が付かなかったのか。
シュブさんはオナ禁を、身を削るようなオナ禁をし続けていたのだ。
たかだか一従業員に過ぎない俺からの心象を鑑みて。
その期間がどれ程の長さであったか、俺にはわからない。
ましてや、それがどれ程の辛さであったかなど、想像することすら失礼に値するだろう。
脂汗とも冷や汗ともわからない汗で濡れた衣服。
握りつぶされて鬱血する触手。
身を守るように、覚える子供の様に丸められた背。
少しでも視界から逃れようと、さり気なくシーツへと伸ばされる震える触手。
朗らかさの裏に、取り繕うような感情の見える、焦りの笑顔。
「シュブさん!」
俺はたまらず部屋に飛び込み、ベッドの上に横たわるシュブさんを抱きかかえる。
その刺激でまたも先走りが漏れ、服に掛かる。
それに慌てるのはシュブさんだ。
「や……! 駄──よ、汚────」
身を捩り、腕と触手の拘束から逃れようとするシュブさんの抵抗のなんと強いことか。
でも、絶対に離さない。
掛けられるくらいなんだというのだ。
これまでのシュブさんの苦しみに比べれば……!
思い浮かべるのは、先にサイトロンから得た未来のビジョン。
俺の肉体は、無限に連なる演算装置。
その力を全て用いて、今までしたこともない高度な演算を行う。
時空を司る邪神の力が修復中な今、俺に許された唯一の時を超える業、ボソンジャンプ。
ナイアルラトホテップの力を連ねても難しい、邪神達の王、字祷子の夢そのものであるこの宇宙の理を解き明かす。
人としての姿を排除し、演算に最適な小型鬼械神としての形態を取り、演算は加速する。
今までの俺でも、邪神としての力を復旧した後の俺でも難しい。
だが、今は、今だけは、
飛べ、飛べ、
飛べ────────!
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…………
……
そして────目の前に、かつて命を救った魔術師の背を捉える。
道化の衣装を身に纏う不死の魔術師と相対するマスターオブネクロノミコン。
その背に、無造作に拳を放つ。
「────」
悲鳴や疑問の声を発する間もなく始めるマスターオブネクロノミコン。
意識するまでもなく第三宇宙速度の数十倍に比する速度に到達した拳は、しかし絶妙な拳の捻りにより、衝撃波すら産まずにマスターオブネクロノミコンの肉体を粉砕した。
ネクロノミコンは後で巻き戻す。
周囲を確認。
どこぞの事業の式典。
如何にも高級そうな衣服と装飾に身を包んだ人々が列席しているのが見える。
それ以外には、ブラックロッジの下級信徒と、それをなぎ払うアイアンモンガー。
「な、何よあん」
殴る手間も惜しい。
下っ端を触手で絞殺し引き千切り、アカレコに手を加えてティベリウスに意味消滅。
邪魔者を消したので、結界を展開。
時間の流れを外と切り離し、外の数時間を中の数千年に。
列席者の体格、見た目、霊格、オーラの色を確認。
絞り込み検索を掛け、不適合者の首を念動で叩き落す。
生き残りの魂と肉体にアクセス、使用に耐えられるレベルにまで強化。
自害をしないように脳味噌も改造。
抱えていたシュブさんをその場に下ろす。
地べたに座り込んだシュブさんは、俺の意図を察しかねてか、射精をこらえたままの姿勢で俺を見上げている。
「なに────の?」
声が震えている。
突如として誰の視線も無い閉鎖空間から外に出されたのだから当然だろう。
しかも、周りには大量の雌────それも、シュブさんにとって『具合が良い』肉壷が並べられている。
シュブさんの手の中で、シュブさんの雄型触手は手の拘束を物ともせずに固く張り詰め始めた。
「シュブさん」
そんなシュブさんに膝を突いて視線を合わせ、俺に出せる最大限穏やかな口調で告げる。
「我慢しなくてもいいんです」
ビク、と、身を震わせるシュブさん。
先程までの状況をごまかせるとも、言い訳が出来るとも思っていなかったとはいえ、実際に面と向かって指摘されては、動揺を隠すことも出来ないのだろう。
だから、そんなシュブさんの恐れを、優しく解き解すように、諭す。
「誰だって、エロイことはしたくなるものです。俺だって、ムラムラしたら自慰くらいします」
シュブさんは、首を力なく振る。
「自慰じゃ──適当──手を使────散して────?」
「いいじゃないですか。そんな理屈、使い始めたのはここ数千年程度ですよ?」
背後から拳を振るってきたアイアンモンガーもどきの電動服を触手で打ち据え、中身を崩さないように電動服の機巧だけを破壊する。
丁度良い、一つ目の穴はこれでいいだろう。
覇道瑠璃を産む程の母体なのだし、少なからず他の個体より頑丈な筈だ。
「俺は、シュブさんにそんな辛そうな顔をして欲しくはないんです。楽しい時は笑顔で、気持ちいい時は、思う存分アヘ顔で。……無理をせず、自然で居て欲しいんです」
シュブさんの、触手を抑える手に手を添えて、装甲のひしゃげた電動服へと手を導く。
戦闘機動の繰り返しにより熱を持った装甲板。
そこらの戦車では太刀打ち出来ない程に頑強な日緋色金の装甲板は、シュブさんの手によってゆっくりと剥かれていく。
中から現れたのは、激しい戦闘で肌を上気させた、ドレスに身を包んだ金髪の白人女性。
オーガスタ・エイダ・ダーレス。
電動服に乗り込むのに邪魔だったのか、スカートは中途半端な位置で千切られている。
「……っ!」
目にしたシュブさんの姿から、そして鼻に感じた臭いから、これから何が行われるのかを感じたのだろう。
舌を噛み切ろうと、勢い良く口を閉じようとして、そのまま口を固定してしまう。
自害は禁止だ。少なくとも、壊れるか、シュブさんが満足するまでは。
「さぁ、シュブさん、何処がいいですか?」
シュブさんの先走りがこぷこぷと溢れる触手を手に取り、ダーレス氏の口元に近づける。
恐怖と混乱の入り混じった荒い息が触手に掛かり、びゆっ、と、粘液ですらない塊が触手から飛び出す。
べちゃりと、半固形の塊がダーレス氏の顔を叩くのを合図として、シュブさんの身体のシルエットが一気に崩壊する。
顕れるのは、人間性を全て捨て去った獣性の塊とも言える熱り立つ肉、肉、肉。
肉塊というよりも触手塊と表現するのがふさわしい姿になったシュブさんは、声を発する力も惜しいとばかりにダーレス氏に覆いかぶさる。
何処がいい、とは、我ながら間抜けな質問だった。
既に、触手の入りそうな穴には、全てシュブさんの触手が突き刺さっている。
挿入と同時に、ごぶんごぶんとダーレス氏の身体から異音が響き、その腹部が大きく膨らんでいく。
そうとも、束縛から開放されたシュブさんが、穴一つで満足する筈がない。
「あ、おほぉ────気持ち良────いっぱい出────止ま────ぉ──!」
白痴にでもなったかのような品のない嬌声。
悩みからも苦しみからも解き放たれたシュブさんのそれに、もはや陰りはない。
振り返り、シュブさんの伸ばした触手に全身を貫かれて絶叫する会場内の無数の肉壷を眺める。
アライメント調整に成功し、そして更にシュブさんを苦しみから開放した俺の心は、あの青空の様に、何処までも、何処までも晴れ渡っていた……。
続く
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原作に再突入と言いつつ、その実シュブさんとの親睦回だった七十四話をお届けしました。
前回の次回予告で鬱フラグを打ち砕くと言ったな。
あれは嘘だ。
主人公的に、この時点で機神胎動にまともに介入する理由が無いから、仕方がないですよね。
今回のアライメントの話も、どちらかといえば、絡めるのが難しくてトリップ先に選べないだろうなーって事でネタだけ消化しただけの、デモベとは殆ど関係ない話ですし。
ぶっちゃけ、過去編過去編言っても、外伝小説で話を作りようがないというか。
あと書いてて思ったけど、こういう形式で行くと、キンクリを駆使する事になるからどうしてもぶつ切りの場面場面を無理やり接続してる感が出てしまうというか、そんな問題が浮き彫りに。
今までの話は違ったのかって? いえ、違いませんが。
自問自答のコーナー。
Q,小倉トースト?
A,愛知県は名古屋市のソウルフード。名古屋市民は毎朝必ずこれを食べてから一日を始める(偏見)
こんがり焼いたトーストにたっぷりバターと小倉餡を乗せて完成。
効能:甘くて美味い。
副作用:太る。尿が甘くなる。そして太る。
Q,主人公の記述とか……主人公推し過ぎじゃね?
A,正直、過去編であそこまでやったら魔導書に載らないほうが不自然なんですよね……。
一連のキンクリされた救済と凄惨な事件の数々の発端とも言える。
でも元を正せばやっぱり過去の地球で好き勝手やった主人公のせい。
因みに、本編での記述の通りナイアルラトホテップやヨグ=ソトースの化身として扱われる事が多く、有名所の魔導書には余り記述が存在しないトカ。
Q,前々から思ってたけど、搾乳してると知った上で飲み続けたり、血液飲んだりは異常行動じゃね?
A,主人公も自分の身体から複製した食材とか普通に人に振る舞いますし。
偶にそれを忘れて内心でディスったりもしますが、主人公の心のなかの棚の数はセラエノ大図書館に匹敵しますので。
Q,アライメント? N?
A,いわゆる属性。最近の有名ドコロだとFateの秩序・善とか混沌・悪とかそれと似たもの、というか、ぶっちゃけそのまんまでは? 初出は当然メガテン側ですが。
Nが『姉さん大好き愛してるprpr』の略であることは言うまでもない。嘘だけど嘘じゃない。
Q,機神胎動を飛ばすとか……。
A,飛ばさなかった場合、余程酷い描写になるというか。
ぶっちゃけ現在デモンベイン編最終話に向けての話なんで、シュブさん以外を推し出した話をするとまた横道に逸れるというか。
Q,主人公からシュブさんへの好感度高くね?
A,そりゃ、姉が居ない状態でまともに共通の話題で対等に喋れる相手が一人しか居なければ好感度は嫌でも上がると思われます。
そうでなくても、ここまでの話でそれなりに友好的に、原作キャラ相手程打算も無く付き合ってたわけで。
ついでに七十一話で出た主人公補正も関係するとかしないトカ。
Q,そういえばコスモボウガンは……。
A,スパロボ編と村正編で割りと活躍していたのを思い出したのでカット。
ダガーさんは正統進化でテッカマンホモ、もといデッドになる可能性が微レ存……?
Q,例によって例のごとく原作キャラの扱いが酷い。なんでや、詠さんなんでや?
A,このSSには思いやりっちゅうもんが無いからなぁ。
Q,二週間とか言ってなかった?
A,失礼、週末になったら急におっぱいが飛び出してきたもので、対処に時間を取られています。言われてみればいい匂いがするような……幻術か。胸元の黒子もまた幻術なのでしょうか。私、気になります!
そんな訳で、あと二、三話くらいで長々続けたデモベ編も最終回。
まさしく竜頭蛇尾といった具合で、最終回に向けて話の規模はどんどん小さく地味になります。
一応、最後はデモベ編、無限螺旋編にした意味とかも持たせられるような〆にするつもりですが、シュブさん関連の描写が……。
これ、シュブさんって多少なりヒロインっぽく見えます?
特に意味のある問いではないのですが、シュブさんがヒロインという訳でもないのですが、できればお答え頂ければ幸いです。お答え頂ければ幸いです。
いや、見えても見えなくても今更オチを変えるとか、そんな器用な真似はできないんですが、心象的には知っておきたいなぁ、と。
あ、オチに原作キャラじゃなくてオリキャラ使うのかよ、みたいなツッコミとは別でお願いします。
それでは、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、文章の改善法、設定の矛盾へのツッコミ、諸々のアドバイス、あなたの好きな蛇女の忍と魅力的だと思う部分、
そしてなにより、このSSを読んでみての感想を、短いものから長いものまで、心よりお待ちしております。
当然嘘になる可能性もある次回予告
無事に無限螺旋の範囲内に到達し、取り込んだ全ての能力を回復させた主人公。
宿った主人公補正とその意味を思い出し、それが自らに宿った意味を理解し、苦悩する。
何も言い出せぬままに過ぎ去る時間。
そして、新たなループの終焉に差し掛かった時、主人公の身に異変が起こる。
次回、無限螺旋旅情編
『あいまいな』
もちろん、あいなまではない。
お楽しみに。