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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」
Name: ここち◆92520f4f ID:81c89851 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/06 23:07
×月×日(晴れ、同時にオゾン層による減衰無しの紫外線、ところにより、後の歴史に残らなかった来訪者)

『シュブさんとの共同狩猟生活も、いよいよ持って億の年月を数えるようになった』
『幾度と無く繰り返したクトゥルフへの襲撃、建設中のルルイエへの奇襲』
『遂に地上進出を始めた、圧倒的な科学力を誇る〈古のもの〉と、その尖兵たるショゴスとの遭遇』
『億年という長い年月を持ってしても飽きることのない激動の日々』
『九割九分九厘の時間を鬼械神形態で過ごしていた気がする。それほどの激戦だった』

『そして、その長い戦の中で学んだ事は多い』
『学んだ技術、得た知識は、元の時代ではやすやすとは手に入らない貴重なものだ』
『だが、それら偉大なる知識を得るまでに俺たちがGISEIにしてきた存在を忘れてはいけない』
『〈古のもの〉は海底コロニーを破壊され、地上生活への急激な移行を余儀なくされ、従者であるショゴスは何者か解らない謎の俺にそそのかされ、体内に脳を固定化し始める個体が続出』
『クトゥルー勢力は度重なる戦により疲弊し、その直接の落とし子達は心ない俺による乱獲で数を減らした』

『地球原生の単細胞生物を置き去りに、ひたすらに大きく変動していく地球上のパワーバランス』
『荒れ狂うクトゥルフの神気に、〈古のもの〉の超兵器の影響により加速する地球環境の変化』
『更に、後の世では語られることのない〈降臨者(ウラヌス)〉達の暗躍』
『時は全休凍結の少し前、地球はまさに激動の時代を迎えようとしていた』

―――――――――――――――――――

だが、その激動の時代の中にあっても、変わらぬ生活を続ける俺達が居た。
これは、激動の時代を駆け抜けた、トリッパーと大衆食堂店主の、壮絶な戦い(フードファイト)の物語である!

「シュブ=─グラ─と」

「俺の」

《さっと一品!》

タイトルコールでシュブさんのファミリーネームが少し聞こえた気がするけど、もう名前呼びに慣れちゃったからあんまりなぁ……。
そんな事を考えている間にも料理の説明が始まる。

「基──立ち────ンプルに、『クトゥルヒのオリーブオイル煮』!」

シュブさんが笑顔で両触手を広げた先にあるのは、巨大テーブルに乗せられた野菜数種にオリーブオイル、そして、クトゥルフの落とし子という呼び名が有名なタコに似た邪神眷属。
一見してクトゥルフに良く似た、しかし小振りなその邪神眷属は、既に表面の滑りをゴッドソルトで落とされ、食べやすいサイズに切り刻まれている。
シュブさん曰く、クトゥルフとさして味は変わらないので、この程度の雑魚でも充分代用品になるのだとか。

「えー、材料は、滑りを落としたぶつ切りのクトゥルヒ、塩、胡椒、にんにく、オリーブオイル、鷹の爪、ですね」

量は目分量! と言いたいところだが、製作者と食べる人が人間大であると考えて、目安としてタコ200グラムに対してにんにくは一欠程度、オリーブオイルは鍋の底に二センチ程度と覚えておけばいい。
塩コショウは軽く下味を付ける程度、常識の範囲内で。

「芽を取り除いたにんにくと種を抜いた鷹の爪を刻んで炒めて追いオリーブオイル、タコ投入、煮込む、完成!」

我ながら一分の隙もない完璧な解説……、ほれぼれするぜ。
ハツ江おばあちゃんもびっくりして実写になる勢いだ。

「端──ぎ─だって─」

と、思っていたら、シュブさんから突っ込みが入ってしまった。
触手のスナップを効かせたキレの良い突っ込みである。
先端速度はマッハよりも光速の何%とかで計算した方が早いレベルなのだが、絶火さんの正拳に似た理論で打ち込まれている為か衝撃波は発生せず、その一撃は俺の鋼の巨体を強かに打ち据えるだけで終わった。
轟音と共にぐらりと揺らめく身体をなんとか持ち直し、再び調理台へ。

「いや、シュブさんの言いたいこともわからんではなんですけど、一番手間が掛からないのはこの手順でしょう?」

トマトを入れたりもするがそれだとまた味わいが別物になるし。
きのことかジャガイモとか入れる場合、同じオリーブオイル煮でも食べ物として別の分類になる感じがするし。
それに、もう一つ問題がある。

「そもそも、微塵切りにする野菜とかならともかく、他の大物の付け合せだとそもそもサイズが合わないじゃないですか」

この少し未成熟なクトゥルヒですらMSくらいのサイズはある為、まともな材料では付け合せにすらならない。
先の分量説明で出した割合もクトゥルヒのサイズに合わせて大量の鷹の爪とにんにくを用意、更に香りつけと味付けの為に傷を付けるという工夫を施してある。
遺伝子組み換えでちょちょいと大きくしてもいいのだが、そうなると食感が別物になってしまい、元レシピのものとは別物の食べ物になってしまう。
分子構造、いや、菌のコロニーの構造形式から組み替えなければならないから手間が酷い。

「そ──取り出──る──これ!」

ジャジャーン! という効果音と共に、シュブさんが巨大なボウルから触手で何かを取り出した。
植物だろうか、樽状の本体両端に花びらのような星型の器官が付いた球根が備わっていた。
所々にえぐり取られたような傷跡が見て取れるそれからは、僅かに思念波が放出されていた。
元は強大な思念波を放つ生き物だったのだろうが、下ごしらえの段階で精神も砕かれてしまったのだろうか、その思念からは幸せだった頃の記憶の断片ばかりが感じられる。

「……俺、ちょっと前に〈古のもの〉と技術交流で親しくなったばっかなんですが」

生態操作系技術は中々に学び甲斐がある技術だった。
流石、正史で地球の生命体を作り出しただけのことはある。
こちらも火星遺跡とかからのスピンオフ技術を講義したりで、結構友好度も上がっていた筈なのに。
何故か雇い主が料理の材料として確保していた件について。
丁寧に触手も翼も排泄器官も胞子嚢も取り除かれてるけど……あれ、拷問的な手法で取り除かれてるよね、絶対。

「直──代替わり────数だ──り柄──食べ──るの──優し──」

意訳しよう。
①直ぐに代替わりするから記憶から消えた頃に改めて仲良くなれば良し。
②数だけが取り柄だから美味しく食べてあげるのが優しさ。
③間引いて優れた個体を残してあげるのも母性。
④増えすぎて景観を損なっていたから減らしてあげるのが地球への慈しみ。
流石シュブさん、ニグラス亭営業時間外の冷酷さ、惚れ惚れするぜ……。
最近、なんか日和ってばっかりで人に冷笑的な部分が見えなかったけど、割りとこういう一面もあるんだよなー。

「────、──、──────!」

意味はわかるが手法が少し残忍過ぎて翻訳に躊躇うレベルの調理法だ……。
つまり一週間ほど糞抜きしてから少し魔術で回復させて、元気を取り戻した所で煮え滾るオリーブオイルの中に投入する、という事でいいだろう。
因みに詳しく解説すると人類の味方的スタンスを取るタイプの旧神が全力で検閲するレベルの残虐超人的調理法。アニメ版初期ラーメンマンでも可。

「所々に入る残酷物語はともかく、純粋に料理として見ればいい感じですね。タコとは明らかに食感が違うから、口にした時にメリハリがでる感じで」

ボウルの中から取り出した〈古のもの〉を顎部クラッシャーで咀嚼してみた感じ、タコにもオリーブオイルにも合う、良い感じの付け合せになりそうだ。
細胞の組成から予測するに、煮込めばかなりほっくりとした歯ごたえで温かみがある。
少し筋っぽくもあるが、きのこやジャガイモの代用品として考えれば充分に役目を果たせるだろう。

「……まぁ、ぶっちゃけて言えば、タコと通常の野菜で充分だとは思うんですけどね、現代なら」

サイズ調整すれば、タコ料理のレシピって全部クトゥルヒ料理に応用できるし。
そういえばニャル子さんでルーヒーがたこ焼き屋やってたけど、もしかしてあれ実は材料自給自足なんじゃあるまいか。
自分の身体の一部を食べ物に混入して、公園で幼気な学生たちや何の罪もない会社員たちに売りさばき、美味しい美味しいと食べる姿を見つめる……。
いや待て、確か彼奴は作中描写からショタっ気があったような。
その欲望に忠実な姿、まさに邪神眷属、ギルティー……。

「まだ蛸──祖も居な──」

シュブさんが両触手を竦めながら、諭すような口調で突っ込みを入れる。
そりゃそうだ、そもそもそんなまともに食えそうな生物が居るなら、生きのいい邪神眷属で料理をしようなんて発想は出てこない。

「そこんとこは一応理解しちゃ居るんですが、ええ、やりきれないものがあるというか」

未来世界なら、巨大化して陸生になった巨大イカとか食えたんだけど、無い物ねだりをしても意味が無い。
そんな訳で、実際に調理開始。
鍋にオリーブオイル軽くしいて、にんにくと鷹の爪だばぁ、少し炒めて、オリーブオイル。
クトゥルヒと〈古のもの〉を投入、弱火にして少し蓋して放置。
うん、やっぱり雑な料理だ。
手間暇をかける事も出来るんだろうけど、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるだろう。

「下ごしらえを終えたら煮こむだけ、ってお手軽さはいいですよね。たまにメニューにも載ってましたし」

「多め────なく作────味も変──てけど──」

まぁ、そこは量を食う客が多いニグラス亭ならば仕方がない。
むしろこの周でのニグラス亭開店までに、そこら辺に少し細工をして更に美味しく仕上げられる様にするのもいいだろう。

「後は、来賓を待つだけですねー」

「──う来た────」

鍋で火に掛けられた同胞の死臭を感じてか、食欲そそる香りに誘われてか、はたまたこの料理とは一切関係なく現れたか。

《────────────────────!!!!!!!!!!!!》

地平線の向こう、追い落とした先の海中から姿を表し絶叫するクトゥルフ。
顕す感情は眷属を殺された怒りか、はたまた獲物を見つけた歓喜からか。
……そろそろ火が通った頃合いだろう。
俺とシュブさんは鍋の中にフォークを突っ込み、形の残るクトゥルヒのオリーブオイル煮に突き刺し、もったいぶった動作で口に運ぶ。

「おー、確かにこりゃ美味いっすね。味付けはシンプルな筈なのにコクがあるというか」

にんにく、クトゥルヒ、古のもののエキスが凝縮されたオリーブオイルは、そのままパンに付けて食べても充分メインになるだろう存在感だ。
そして、やはり異様な存在感を放つのがクトゥルヒのぷりぷりとした切り身だろう。
噛み締め、食いちぎる度に悲痛な感情のオーラが弾けるこの感触、もしも俺が臨獣殿の拳士であったのならば二、三段階程強化されていても可笑しくない。
一度ルルイエに〈古のもの〉の尖兵達や降臨者の実験体などをけしかけて、最終的にクトゥルフの触腕の内数本を手に入れたのだが、これは緑色の煙になって消滅する寸前まで自我のようなものを保っていた。
これは、決まった形を持たず、基本的には不死身であるクトゥルフならではの現象だ。
何処を切り取っても、そこは触手であり胃袋であり筋肉であり内臓であり脳髄でもある事ができる。
恐らく、近しい眷属であるクトゥルヒにも、クトゥルフの異能の一部が劣化した状態で受け継がれているのだろう。

迫るクトゥルフを眺めながらクトゥルヒの煮込みに舌鼓を打っていると、シュブさんに肩を叩かれた。
うごめく触手に塗れたよく分からない塊になったシュブさんは、触手に包んだフォークに突き刺したクトゥルヒを軽くち、ち、ち、と振り、

「違う────口──れ──……」

瞼の縦になった瞳が幾つか除く触手の裂け目、たぶん口っぽいパーツに放り込み、『ぽじゅぬぽじゅぬ』と名状し難い咀嚼音を立てて噛み締め、飲み込み、

《ん────ァァ────────いア!!!》

天を仰ぎ、ビクンビクンと痙攣しながら全身で美味しさを表現。
強烈なリアクションだ……地面の層が厚くて噴火する筈の無かった丘が一瞬で噴火して火山に変わる。
強烈なテレパスも発したのだろう、ボウルの中の下拵の施された〈古のもの〉も、残らずポテトサラダ状に自ら変質してしまっている。
大地が震え、地が裂ける。
超大陸が崩壊し、新たな大陸が生まれる切っ掛けが生まれてしまった。
舞い上がる色とりどりの花びら、これがカンブリア爆発の原因の一つとでも言うのだろうか。

そして何より劇的な変化があったのは、その叫びを聞き届けたクトゥルフだろう。
先ほどまでは、『よくわからないが興奮している』程度の激しさしか感じなかったが、今では明確に怒りの感情を顕にしている。
流石シュブさん、『眷属を攫ってばらして料理して美味しく頂いている様を見せつけて冷静さを失わせる作戦』はまさに大成功と言っていいだろう。
ゲテモノ素材を使わない、一部の国ではメジャーなメニューでここまで美味しく作り、なおかつ邪神に対して精神攻撃まで通すとは。
イカモノ料理とは異なる、邪神料理の新たな可能性か。

クラッシャーの中にクトゥルヒと〈古のもの〉を幾つか投げ込み、咀嚼してカロリーに変換。
対邪神戦闘において妥協は許されない。
無限のエネルギーにプラスする形でカロリーを摂取するのは決して無駄な行為ではないのだ。
武装を展開、設置したトラップの動作を確認しつつ、シュブさんの姿を確認。

「───ndk──ndk───!?」

頭部の両脇で掌状になった触手をひらひらと動かし、見る者の精神を蝕む奇怪かつ冷笑的、嘲りを動きで表現するかのようなステップでクトゥルフを煽り続けている。
邪神の広域知覚すら逸らすシュブさんの煽り力ならば、今回の初撃は全力を叩き込めるだろう。
さぁ、準備は整った。
第137564回、クトゥルフ捕縛作戦を開始しよう!

―――――――――――――――――――
×月×日(クトゥルフは死ぬと緑色の気体になり時間経過で再生する→試しに気体を吸ってみても美味しくない→個体のままなら多分美味しい→殺さずに捕獲して生きたまま調理すべし!←今ここ)

『まぁ、理論が構築された所で、それを実践できるだけの技量がなければ意味が無いのも確かだ』
『やはりというかなんというか、またもやクトゥルフ捕縛作戦は失敗に終わった』
『眷属を嬲って煽って暴走させるまでは正答だと思うのだが、如何せん、生け捕りにするには技量が全体的に足りない』
『分身で手数を増やしてもいいのだが、クトゥルフの迎撃能力は驚異的なものがあり、今の分体や美鳥や端末を作れない俺では追加の一手を作ることは難しい』
『鬼械神の多重招喚も悪手だ。クトゥルフの力は、現代で復活した時とは比べ物にならない』
『今の彼は封印されるどころか海水とは殆ど縁のない内陸部に王国を建設している。パワーダウンすること無く発揮される外宇宙の神の力は、遠隔操縦のビット鬼械神程度では抑え用もないほどだ』

『シュブさんも、単体攻撃力はレムリア・インパクトとかハイパーボリア・ゼロドライブが霞む威力なんだが、残念な事に分裂したりはできないらしい』
『まぁこのひとが分裂したら、世の女性の何割かは高確率で男を掻っ攫われてしまうだろうから仕方がないのかもしれない』
『一応、ほぼ無制限に黒い仔山羊やティンダロスの猟犬は呼び出せるらしいのだが……はっきり言ってクトゥルフ相手ではどれだけ用意しても無意味だろう』

『奴を生きたまま捕獲……最悪、調理できる形で封印する為には、強力な一手が必要になる』
『巨大化シュブさんや、最低でも現状の俺とタメを張れる程度の強力な一手が』

―――――――――――――――――――

◎月¶日(危機感が足りない?)

『ふとクトゥルフ神話世界の年表を頭に思い浮かべて心臓が止まりそうになった』
『原作年表を元にすると、クトゥグアさんは未だに地球に居残っていらっしゃるらしい』
『土属性の神気を一切廃した今の俺なら純粋に加護を受けた者として分類されるはずなのだが……』
『念のため気合を入れてダウジングしてみても引っかからなかった為シュブさんに聞いてみると、フォマルハウトの方に気配を感じるらしい』
『正史とは違う流れなのか、ただの里帰りなのか』
『無限螺旋の外に出ても、元の世界の資料が正しく機能するとは限らないらしい』
『よくよく考えれば、カンブリア紀以後にやってくる筈のクトゥルフと愉快な眷属どもが今の地球に居るのだっておかしいではないか』

『この地球に、なにかとんでもない異変が起きている……』
『そう、思い返せば目覚めから暫くの放浪の日々の中、クトゥグアさんの代わりに火属性攻撃を担う神性を選別している最中に、うっかりイォマグヌットさんを呼び出してしまったのも、何か運命的なものだったのかもしれない』
『あの時はとりあえずどれくらいの力を持っているか確かめるために、シュブさんの昔の知り合いが棲むという惑星ゾスに、制御に失敗して本気を出し始めたイォマグヌットさんをけしかけたのだったか』
『クトゥルフの住居も偶然にも惑星ゾスと同じ名前だが、これに何かしらの因果関係があるというのは些か考え過ぎかな』

『恐らく、本筋である二十世紀初頭のアーカムから大きく離れたが故に千歳さんの自重が外れ、恐ろしい多重クロス空間と化し、その影響で各勢力の動きに変化が出たのかもしれない』
『クトゥルフ神話の年表はあくまでも比較、参考用に留めておくべきだろう』

―――――――――――――――――――
※月~日(今夜もアンニュ~イ)

『アンニュ=イと表記すると途端に溢れ出す邪神臭』
『それはともかく、今日もまた強い酸性の雨が降っている』
『鬼械神ならば多重招喚できるので、要塞型の鬼械神を招喚して住居にしているから実害は無いのだが、こうも雨が続くと気が滅入ってくる』
『雲の上まで抜けて太陽の光を浴びることも出来るのだが、そうすると、足元に視えるのは果てしなく続く雲に覆われた地球』
『先日のシュブさんのリアクション芸で地球上の火山が活性化して以来、地球は急速にその環境を変化させ始めているようだ』
『雲……というより、火山の煙とガスを多分に含んだ雲は吹き飛ばしても吹き飛ばしても直ぐに地球を覆い尽くしてしまう』
『酸性雨を経由して地表の岩肌に吸い込まれていくお陰で、二酸化炭素濃度も減り始めてはいるが、これはそんな変化が些細なものに思えるほどの大きな環境変化だ』

『……この環境の変化、当然、海にも大きな影響を与えるだろう』
『クトゥルフ自身は未だ地上での活動を続けているが、奴の右腕である邪神の一柱は、唯一の海を支配していた筈』
『まず、こいつを料理(言葉通りの意味)して、それを足がかりにクトゥルフの捕獲を試みるのも悪くはない』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

白、白、白。
世界は一面白銀に覆われ、荒れ狂う風雪はその白い光景すら霞ませる。
大気温度、実にマイナス50度。
太陽の熱を吸収する二酸化炭素が全て大地に吸収された世界は、生命の活動を許さぬ死の星を生み出していた。

《────────!》

風の音だけが響く死の世界に、エーテルを震わせて絶叫が迸る。
悲しみの悲鳴か赫怒の叫びか、命の在り得ぬ世界には似つかわしくない、苛烈な感情の熱を含んだ絶叫。
雪の切れ間に、声の主の姿が在った。
蝙蝠の翼を持つ蛸にも似た巨体の、しかし、その巨体すら真の実体ではない、異星からの来訪者。
後の世にて『旧支配者』と分類されることになる神の一柱、クトゥルフだ。

《──────》

神に人と同様な感情が存在しているか定かではないが、その神の声には嘆きにも憤りにも似た響きが存在した。
その向けられる先は、地平線の果てまで続く廃墟の街。
高度な科学力と魔術、非ユークリッド幾何学に準じた、見る者の精神を狂わせるような何処かが捻れた芸術的な建造物の数々。
無残にも打ち砕かれたその廃墟こそ、彼の眷属の建造した、彼の寝所でもある大都市『ルルイエ』
常ならば凍てつく大気を物ともしない彼の強壮なる眷属たちがひしめき合い、彼の目覚めを待っていた筈の、この惑星における彼の拠点。
しかし、数千年の浅い眠りから覚めた彼を待ち受けていたのは、見る影もなく砕かれた建造物と、ぞんざいに打ち捨てられた彼の眷属の骸の山。
彼の似姿の眷属、似姿を彼として崇めていた矮小なる末端の眷属、この惑星で生まれた新たな眷属に至るまで、皆平等に、この都市に居た眷属は、完膚なきまでに殺害されていた。

極寒の大気に晒され、血臭すら無く積み上がった屍山血河。
その上に、この惨状と、荒れ狂うクトゥルフを見下ろす影があった。
いや、影というのは語弊がある。
その姿には陰りは無く、凍てつく吹雪ですらその姿を隠すことは出来ない。
輝くその姿はまさに『光の巨神』とでも形容するのがふさわしい。
それは、ベテルギウスに座するとされる神の眷属、後の世に『星の戦士』と呼ばれる、クトゥルフを始めとする邪神と対になるとされている神々の端末に良く似ていた。
異なる点を挙げるとすれば、それが左右一対の手足を持つ完全な人型であるという事だろうか。
本来の『星の戦士』が持つ旧神の武器を持たずして並の邪神を凌駕する神気もまた、この『光の巨神』がただならぬモノである事を知らせていた。

《──》

無言のままクトゥルフを見下ろす《光の巨神》
だが当然、クトゥルフとて巨神の存在に気が付かない訳がない。
『光の巨神』を眷属の仇と見たか自らの敵と見たか。
それを判断しようとする者はこの場には居ない。
確実なのは、受ければ邪神にすら破滅的な結末を齎すだろうクトゥルフの神通力が、指向性を与えられて『光の巨神』に解き放たれたという事実。
七色に輝く怪光線が『光の巨神』に迫る。
単純な、ただ相手を害するためだけの神通力は文字通り光の早さで迫り、直撃すればたちどころに肉と魂を粉砕するだろう。

《HEA !》

だが、『光の巨神』は短い叫びと共に、バク転でその光線を回避。
バク転の軌道上に存在したクトゥルフの眷属達の死体が踏み潰され、次の瞬間には『光の巨神』の放つ存在力によって光の粒子に分解されていく。
『光の巨神』に回避されたクトゥルフの神通力もまた、眷属達の骸を躊躇いなく消滅させていく。
吹雪すら吹き飛ばし、しかし熱はなく、血しぶきすら上がらない戦場は神々しさよりも薄ら寒さを感じさせる。
互いの存亡を掛けた戦いという訳でもなく、無念に報いるためでもない。
恐らくは、互いがその存在を察知した、という事が最大の理由であるこの戦いは、神性さなどというものとはかけ離れた、善も悪もない原始的で荒々しい本来の意味での闘争だ。

クトゥルフの神通力が途絶え、『光の巨神』が両腕を交差させる。

《Shu-war-ch!》

怪光線。
それ以外に形容のしようもない、理屈の存在しない破壊力の迸り。
数多の宇宙的怪異を葬り去ってきたと言われれば、誰しもが疑うこと無く納得してしまう、圧倒的な殲滅力を誇る光の柱。

だが、クトゥルフとて何の備えもなく攻撃を受ける訳ではない。
クトゥルフの肉体が歪み、怪光線の軌道上に存在した部分に巨大な穴を開ける。
確かな形を持たないクトゥルフならではの戦闘法。
喰らい、死亡すれば、再生すらままならないその攻撃から逃れる為の最適解。
だが──

《──────!!?》

突如として現れたバリアがクトゥルフを取り囲み、その肉体を締め上げる。
光の板にも似たそのバリアはクトゥルフの肉体を圧殺するほどの力は無く、『光の巨神』の怪光線を防ぐほどの強度もない。
圧搾により穴を塞がれ、ガラスのように砕けるバリア越しに怪光線の直撃を喰らい、その怪光線の熱で全身を焼け爛れさせ、神経を狂わせ、もんどりうちながらルルイエの廃墟を砕き倒れこむ。

巻き上がるルルイエの残骸の粉塵。
クトゥルフの消えたその後に、凍りついた大地を砕きながら一つの影が現れる。

黒い甲冑に身を包み、ゴマダラカミキリにも似た甲殻を背負う異形。
雄牛のような二本角を生やした頭部には目も鼻も口もない。
しかし、不気味に明滅する発光体は、その黒い異形の意思を表すように楽しげに揺らいでいる。

《phyphopopopopo──》

鳴り響く電子音。
この黒い異形は機械の類であるのか。
だが、その身に宿す神気は並々ならぬものがあった。
クトゥルフに比べれば、圧倒的なまでに不足した力。
だがだからこそ、その不気味な明滅と電子音の奥に潜む企みが牙となる事を『光の巨神』は理解していた。

《zett-on……》

エーテルと大気を明確に音の形で震わせ、発せられる黒い異形の声。
それは、『光の巨神』に共闘を申し込むもの。
『光の巨神』は知っている。
このタイプの敵こそが最も厄介な敵となりうる事を。
何故ならば、奴らは自らの企みが上手くいく場面でしか事を起こさない。

《──────》

粉塵と吹雪の向こうから響くクトゥルフの怨嗟の声。
『光の巨神』は油断なく声の方向に構え、黒い異形に一瞬だけ注意を向け、視線をクトゥルフに戻す。
背を預けるでもなく、異なる場所からクトゥルフを狙う二体の巨人。
クトゥルフを狙う布陣でありながら、常に互いを視界の端から逃さない。
それは連携の為ではない、不意打ちに備えたものか。
束の間の、仮初の共闘。
この惑星の大気のように冷えきった関係性を保ちながら、荒ぶる神の戦いが始まろうとしていた。

―――――――――――――――――――
⊿月〓日(これが、光です!)

『どうにもこうにもどうにもならないクトゥルフとの戦いを繰り広げていたある日の事』
『俺が中々生け捕りされてくれないクトゥルフへの嫌がらせにゼットンごっこをしながらルルイエの都市部を蹂躙していると、空からクトゥグアのものとは異なる性質を持つ炎の珠が降りてきた』
『それは古のものの戦闘機っぽい飛行機械に激突することなく華麗に地表に着地し、とっても円谷っぽい素敵フォルムの巨人へと変貌を遂げたではないか』

『その瞬間、ウルトラマンSTORY0の初期の話を愛読していた俺の脳裏に電流走る……!』
『彼を捕縛して洗脳、改造してしまえば、クトゥルフ捕獲の為の貴重な手駒にできるのではないだろうか』
『企みは勿論成功』
『共闘を申し込んでも気を許してもらえなかったが、あの場に居なかったシュブさんに不意打ちで半身を吹き飛ばして貰う事であっさりと端末の材料にするのに必要な部分を手に入れる事ができた』
『クトゥグアさんの分霊の機械制御を試みた時の研究成果が残っていたお陰で、炎の生命体である彼の洗脳は驚くほどスムーズに完了したし、肉体も時間凍結を解いて日光に晒しておけば勝手に再生するだろう』
『取り込んでも取り込めない、原作から大きく逸脱した不安定な存在だからこその贅沢な使い方だ』
『彼はあくまでも星の戦士っぽいM78星雲辺りからの使者に過ぎないのである』
『まぁ、今の彼は亜空間で眠る間に合わせの下僕、端末の一つに過ぎないのだが』

『……欲を言えば、この辺は素直に星の戦士を取り込ませてもらいたかったのだが、千歳さん的にはこの古代の地球も無限螺旋の一部として捉え、旧神が来れない設定を貫くつもりであるらしい』
『面倒くさい人だが、彼女の作り出した世界のお陰で俺も大分成長できている』
『帰ったらスーパーで投げ売りされていた炭酸コーヒーと売れ残ってた処分品の塩チョコでも奢ってやる事にしよう』

―――――――――――――――――――

〓月§日(さ む い)

『絶賛地球凍結中』
『古のものはコロニーに引きこもり、クトゥルフの眷属たちが凍りついた大地にへばりつき動きを鈍らせる』
『寒さは厳しくなる一方だ。誰だ全球凍結時代の気温はマイナス50度とか言い出したのは、確実に倍は寒い』

『しかもあまりの寒さにシュブさんが巨大な土鍋に潜り込んでしまった』
『コンロに乗せて火にかけても温泉に浸かった獣の様な気持ちよさそうな唸り声を上げるばかりで中々出てきてくれない』
『鍋の中でくつくつと煮える触手肉塊状態のシュブさんは、まるで海鮮つみれ煮込みうどんのようで(胃が)ムラムラして三大欲求の内の一つ(勿論食欲)が強く刺激される』
『でも箸で突付くと変に色っぽい声を出すから食べたりはできないのである、残念』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ごうごうと風が唸る外の景色を眺めながら、こたつから身を乗り出す。
通常のこたつよりも一周り大きいこたつの天板の上には、これまた巨大な、特注サイズのガスコンロ。
ガスコンロが吹き出す青い炎がじりじりと熱を与え続ける、巨大な土鍋。
鍋つかみを使って、土鍋の蓋を開く。

「───cuqurrrr……」

吹き出す湯気の向こうに見えるのは、触手綿肉団子状態のシュブさん。
くつくつと煮立ったまま、しかしその熱を物ともせずに気持ちよさそうに眠っている。
感覚的には、自動で水温を調整する風呂の中でうたた寝する感じに近いのだろうか。
シュブさんの身体に当たらないようにお玉を入れ、スープを掬い、味を見る。
……うん、シュブさんの身体のサイズに合わせた土鍋を用意するという口実で仕込んでおいた出汁パック、シュブさんから抽出される出汁と相まって、中々に味わい深い。
お玉でスープを茶碗に一杯分だけ移し、土鍋の横に積んであったシャンタクの卵を手に取り、鍋の縁で割れ目を入れ、土鍋の中、シュブさんの上に卵を落とす。

「────きゅっ──」

シュブさんが落とされた卵の感触にむずがり、触手をくねらせる。
卵は冷たくないように、なおかつ鍋の温度を下げないように事前にコタツの上で暖めていたのだが、鍋の中の温度に慣れたシュブさんにはそれでも少し冷たいらしい。
暫しの間、鍋の中でしゅるしゅると触手を蠢かせていたシュブさんだったが、卵の白身が熱を通されて白濁を始めると、寝苦しそうに喘ぎながら触手を蠢かせるのをやめ、再び寝息を立て始める。

危ないところだった。
これで飾り切りした人参とか、白菜とか入れてたら確実に起こしてたな。
まぁ、慌てる必要はない。
俺はスープの中で半熟になった卵を食べたいだけなんだ。
それに尊敬する恩人で出汁を取ったスープとか、爪の垢を煎じて飲むとかそういう方向性で、如何にもご利益がありそうじゃないか。
問題があるとすれば、恩人を自分の成長の為の出汁にしているみたいで罪悪感がある。という点か。

「…………ふぅ」

虚しい。
ここで姉さんが、もしくは美鳥が居れば、口にしてもいない俺の内心に突っ込みをいれてくれたろうに。
これも、姉さんの想定していた試練なのだろうが、まったく、実にピンポイントで俺のウィークポイントを突いてくれる。

湯気を立てるスープを小さく一口だけ口に含み、窓の外を眺める。
ここ数千年、まったく代わり映えしない、分厚い透過ガラスの向こうの景色。
全球凍結は、まだまだ終わりそうもない。

―――――――――――――――――――

∂月Å日()

『記憶の中の姉さんとの会話ログを脳内再生していたら何千年か経過していたらしい』
『一頻り再生し終えて一息吐いたら、シュブさんに超近距離でじっと見つめられていてびっくりした』
『流石に、シュブさんを放置しすぎたかもしれない』
『だが、鬼械神内部の居住スペース(レジャーホテル程度のサイズ。遊興施設付き)では、俺のように思い出を反芻するのでも無ければ時間を潰すのは限界がある』
『……少し、試しに地球の外に出てみようか』

同日追記
『地球脱出の為に大気圏突破しようと思ったらクトゥルフに撃墜された』
『機体内部に安置していた製作中の10/1マジカル姉さん神像がぶっ倒れてしまった』
『時間の流れが存在しない物質であるため、破損はしないが、しないが』
『なるほど、よし、わかった。俺とあのクトゥルフの間には前世からの因縁的な宿敵の縁があるのだろう』
『殺す』

―――――――――――――――――――

〆月∥日(必殺の一人レムリア・インパクト零零零式で)

『クトゥルフを粉微塵にしようと思ったが、残念、MPと分体が足りない』
『もう少しDG細胞による自己進化が進めばニャルパワーが無くてもニャル形態と同じことができそうなのだが』
『とりあえず素レムリアってみたが、全盛期のクトゥルフは堪える様子もない』
『何言ってるかわからん雄叫びも、心なしか俺を煽っているような気がする』

『離脱して、マジカル姉さん神像の仕上げを行う』
『完成した。我ながら見事な出来だ』
『だが、前回のクトゥルフの迎撃がなければ、もっと心穏やかに完成式を向かえられたものを』
『……姉さんなら、あの程度の不意打ち、対処するまでもなくカウンターで殲滅できただろう』
『美鳥であれば、ああいう時に周囲に最大限の警戒を行った上で、更に何か無いか調べ続ける程度の事はした筈だ』
『何度もトリップを繰り返したのに、俺は一人では邪神一つ満足に倒せない』
『悔しくて涙が出た』

『とりあえず、クトゥルフへのリベンジが達成できるまで、地球からの脱出は無しだ』
『シュブさん用に、PSPのパタポンを改造してバリエーションを増やしておく』
『申し訳ないけど、暫くは魔改造ゲームで時間を潰して貰う事になるだろう』
『弁解せずに頭を下げてそう言ったら、頭をなでられた』
『シュブさんは目下の者に甘いところがあると思う。嫌いではないが、それでシュブさんを利用しようと思うものも出てくるのではないだろうか』
『何時か、とりあえず現代に戻った後にでも、この恩は返そう』

―――――――――――――――――――

そして、地球全土が凍りついてから、数千万年の時が流れ……。

「俺達は……」

全身の力を凝縮するように、かがむ。
否、文字通り、俺の中に今現在存在するエネルギーを、破壊力に変換せずに、只々圧縮し、凝縮する。
体内に、かつて見た原始地球のマグマ・オーシャンを幻視する程に、練り上げる。

「今──ら……」

隣のシュブさんも俺と同じ構え。
触手の塊のようで居て、しかし、その居住まいには何処かホッとする強大な包容力が感じられる。
体内にはいつもの様に、自然体のままで、命の星を生み出せるほどのエネルギーを凝縮している事だろう。

屈んで、屈んで、身体を丸めるようにしてエネルギーを凝縮していく。
母の胎内で眠る胎児の様に丸められた身体には、星を壊すよりも過剰なまでの力が練り上げられる。
そうだ、星を壊すのなんて簡単で仕方がない。
これが、これこそが、新生の瞬間。

《富士山だっっ!!!》

飛び上がり、力を解き放つ。
『地球さん地球さん、もうちょい暖かくなってもいいのよ?』
そんな、コタツと土鍋暮らしに飽きた俺達の祈りを込めて。
俺とシュブさんの声は真言となり、世界に響き渡る。

冬眠にも飽きた俺とシュブさんの身を焦がすほどの情熱的な祈りを受け、全世界の休眠中の火山が一斉に活性化。
シュブさんと俺の居たところを中心に大陸はマグマの海と化し、分厚く氷を張っていた海は一瞬にして煮え滾る熱湯に。
遠く、未だ地上にあるルルイエで、俺とシュブさんの祈りを聞いてしまったクトゥルフが、眠っている最中にコケる夢を見て身体をビクッとさせながら起きる様な感じでうたた寝から目覚めた瞬間の驚きのテレパシーを感知。

海の底では、地球産〈深きものども〉のベースになるだろう海底人類ノンマルトが、今の俺達の祈りの影響で強力なテレパシー受信能力に目覚めた気配を感じる。
送信機能のないテレパシー受信機能は害にしかならないだろう。
強力なテレパス達のイメージを増幅させて受け取るとなれば、それは脳内の思考、本能の書換を行われるのと同じ事だ。
超能力を持つ生物は原始的であるとも言われている。これからは知性も退化していくのかもしれない。
まぁ所詮、いつの間に現れたかもわからん、しかも後の地球人に支配権を奪われるような弱小種族。
クトゥルフ捕獲の際には邪魔にもならないような連中だし、気にする必要もない。

解き放たれた俺とシュブさんのエネルギーは巨大な渦を作り、地球を覆い尽くしていた雲の一部を弾き飛ばす。
外宇宙にすら届くこのエネルギーは、暫くの間、この場所を中心とした広い地域に日輪の輝きを齎すだろう。
そう、

「これでひなたぼっこができますね!」

降り注ぐ宇宙線の元で、レジャーシートを地面に敷いて、ビーチパラソルで少しだけ影を作って寝転がる。
地球が完全に凍結している状態ではできない贅沢。
やばい、身体が震えてきやがった。
これは、クトゥルフの眷属や〈古のもの〉、全球凍結中に地球に来訪した飛行するポリプの天日干しという新たなジャンルが生まれる予兆なのか。
やれやれ、凍結が解けた途端に嵐が巻き起こるとは、地球はやっぱり俺を飽きさせる事がない。

「洗濯────お布団───お外──干──!」

シュブさんが雲状になったボディに、嬉しそうに歪んだ縦に裂けた口に、満面の笑みを浮かべて洗濯物を抱えている。
それはありがたい。如何に鬼械神の中を広く作ったとしても、そこら辺の適当なスペースで部屋干しされているシュブさんの下着?(シュブさんの奔放な肉体形状に合わせてデザインが変わるため、稀に下着なのか魔術礼装なのか大漁旗なのかよく分からない繊維質の塊なのかわからなくなる)が干されている状況というのは精神的に来る物がある。
こう、寝起きに洗った顔を拭こうと思ったら、タオルを干してあった場所にパンツが干してあるとかザラだったし。

「あ、見てくださいシュブさん! なんか干物っぽいの落ちてますよ干物!」

さっきの瞬間地球温暖化の余波を浴びて、全身から生体エナジーを奪われたっぽい生き物の残骸があちこちに落ちているではないか。
すげー、なんか魚とエビと蝉と牙虫の間の子みたい。キモいわこれマジで満開キモい。
そういえば、この辺りって〈降臨者〉の実験が行われてたんだっけ。
あの遺跡──連中の宇宙船も、少し酸味の強い柘榴みたいで美味しかったなぁ……。
強殖装甲ユニットは取り込んでも消えるスカだったけど、構成員の宇宙人たちは色々居て見て面白く食べて面白くで、中々に愉快な連中だった。

「……なん──近食べ──っかり────?」

洗濯籠を傍らの物干し台の下に置きながら苦笑するシュブさん。
カロリーコントロールが必要なのかどうなのかわからないが、シュブさんは形状が変化することはあっても食べ過ぎで太ったことはないっぽい。
この苦笑は、単に俺達の最近の行動原理に関して思うところがあるのだろう。
特に最近は、アレ食べたいから捕獲しようぜ! 捕獲するために試しに討伐しようぜ! みたいな流ればっかりだし。

「でも他の文明的な行為なんて、一万年もあれば完成できちゃいますし、時間つぶしには丁度いいじゃないですか」

いやホント、複製無しで一からロボットとかシミュレーターとか作ろうってのもやったといえばやったんだ。
地面掘って鉱石掘り出して土で竈作って製鉄とかの技術確立して微生物の死骸の時間弄って石油とかも作ってそこから基盤作ってチップ作って……。
そりゃ、事前に作り方知ってて、その上で人類史よりも長い時間があるんだから作れないほうがおかしい。
結局、シミュレーターとか惑星一個分のエミュレーターとか作ったけど、無限螺旋後の世界とか少し予測してみた所でやることなくなって異次元倉庫にぶん投げた。
そりゃ、コンピュータ様が支配する世界とか安定する訳無いわ。
チクタクマンが出なくてもスカイネットもHALも出てくるし、九割方途中で人類滅ぶし。

そこを行くと、料理はマジで奥が深い。
何万年、何億年と繰り返しても完全な物を作ることは出来ないし、〈降臨者〉と〈古のもの〉の生体実験のお陰で限定食材も僅かながら手に入るようになった。
日課の修行とかを抜きにした後の残り時間は、大概家事かシュブさんとのレクリエーションか惰眠か料理に費やされているのは、果ての見えないその道を歩くのがとてもやりがいがあるからに他ならない。

「それにほら、せっかくいい天気にしたんですから、晴れてる内に晴れてるなりの事をしましょう。洗濯物も手伝いますから」

力技で無理やり地球を暖めたが、地球自体に秘められた力も割りと強固であるという事を忘れてはならない。
そう遠くない未来に再び地球は凍結し、完全なる復活にはさらなる時間を要するだろう。

洗濯が終わったら、七輪出してさっきのキモいのを焼いてみよう。
味付けは、こんがり焼けた所でシンプルに醤油を垂らすだけ。
キモい生き物は食べてみると意外と美味しいの法則からすれば、これも今しか食べれない貴重な美食となるかもしれない。
なんか明らかに自然界で自生出来なさそうな無駄構造ばっかだったし、後の世で美味しく進化した子孫に出会うことは在り得ないだろう。

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~月゜日(あの時食べたゲテモノ生物の味を例える言葉を僕たちはまだ知らない)

『妥協に妥協を重ねて言うとウニと鶏もも肉の中間』
『それはともかく、人工的な温暖期を終え、再び氷河期に突入』
『一区切りという事で日記を読み返してみたら、ここ数百万年、殆ど食い物のことしか書いてなかった。それ以前はパタポンの事ばかり』
『でも俺は悪くない。地球外に出ようとするとクトゥルフに足引されるし、文化交流できるような連中とは殆ど可能な限りの交流を終えてしまっている。仕方がないではないか』
『でも、料理ばっかってのもなぁ』
『解決策を考えておこうと思う』

―――――――――――――――――――

♭月∃日(なんだかんだ言って)

『シュブさんをスケッチしたり、写真に取ったり、それなりに文化的な生活は送っている』
『記憶を定期的に封印したり、部分的に初期化すれば飽きることもない』
『ただ、その中心に来るのが料理とか食い倒れになるだけなのだ』
『ここ最近のヒットは古代生物料理から少し離れ、コーンフレーク』

『この全球凍結が解けた後に訪れるのは、みんな大好きカンブリア大爆発』
『元の世界の歴史上でも恐ろしくカオスだったろうこの時代、デモベ二次創作であるこの世界でも、まともな時代である筈もなく』
『何がやってくるかわからない以上、パワーアップは急務と言える』
『そこで登場するのがコーンフレークだ』
『毎朝山盛り二杯のコーンフレークを食べることで、人は鬱フラグを『だがもうなくなった!』する事ができるのである』
『その効果は絶大で、神(さくしゃ)の鬱展開をてんこ盛りにしてやろうという思惑を『どうだ、あてがはずれてがっかりしたか』とせせら笑うことすら可能だという』

『しかもこのコーンフレーク、出来合いの牛乳ではなく、早朝に絞ったらしい山羊ミルクを使用しているため、力がみなぎるだけでなく、すこぶる美味しい』
『何が凄いって、美味しすぎて普通に幻覚が視えてくるレベルで美味しい』
『俺も以前に取り込ませて貰ったので複製を作れるのだが、何故かこの搾りたての味には敵わない』

『一体、何が味の違いに繋がるのだろうか』
『コーンフレーク健康法を始めた頃から、シュブさんが夜中に姿を晦ますところまでは掴んでいる』
『そろそろ解き明かさなければならないのかもしれない』
『あの山羊ミルク(仮)の、美味しさの秘密を』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ベージュのシャツを肌蹴て顕になる、新雪の様に白い、それでいて精気に満ちた瑞々しい肌。
ゆっくりと焦らすように、背中から二本の触手を滑らせる。
しっとりと汗ばんだ触手に吸い付くような肌は、真っ赤に充血した触手を求めているかのよう。

「──んっ……────」

鼻にかかるような、シュブさんの吐息。
背後から覆いかぶさる俺に、その表情は見えない。
ただ、熱を持った肌は、俺の嗅覚にシュブさんの髪の毛と肌の匂いを強く伝えてくる。
首筋に顔を埋めて、匂いを嗅ぐ。
少し癖の強いショートカットのシュブさんの髪は、上等な生地のようで触り心地もいい。
息を吸うのに合わせて、シュブさんの背中が少し強張るのを感じた。

「すいません、少し、乱暴でしたか?」

シュブさんに言われた通りの手順、それ即ち、シュブさんが一人でしている、慣れた手順ということ。
何処かでシュブさんをびっくりさせるような間違いをしてしまったか。

「ん──、思──手馴────」

肩越しに向けられるシュブさんの艶やかな微笑。
汗で頬に張り付いた一筋の髪の毛を、指で直す。
くすぐったそうに笑うシュブさん。

「俺も、そんなに数をこなしたわけじゃ無いんですがね」

それこそ、本業に比べれば熟練度は桁外れに低い。
こういう事は、仕事から離れた私的な時間、誰かの手伝いで行なっているばかりで、専業で行なっていた事は無いからだ。
シュブさんの満足いくようなテクニックがあるかは、少しばかり怪しい。

触手を増やし、するするとシュブさんの身体に這わせ、巻き付く。
レギンスに包まれた腰から尻に、腿を辿り、両足の間を抜けて足先までに絡みつかせる。
脇の下から入れた触手で手首を縛り上げ、そのまま天井に触手の先端を貼り付ける。
豊かな二つの膨らみを大気に晒し、牧場の家畜の様に繋がれたシュブさんの姿は、傍目に酷く扇情的に映るだろう。男──俺に背後から伸し掛かられているのだから、余計に。
だが、今のこの場にそんな事を気にする人は居ない。
ここに居るのは、俺とシュブさんだけ。

足に絡みつく触手の先端から新たに細い触手を生やし足先、指の間へと伸ばす。
足の指の間を、舌の様に滑る触手が丹念に舐っていく。
顔を寄せて舌で舐めるように、じっくり、丁寧に。

「……っ、──ぁっ」

足先から得られる快楽は、どうしても強いものにはならない。
しかし、くすぐったさと混ざり合った感覚からか、シュブさんは短く声を漏らす。
血行を促進する効果のある粘液は、足先から伝わる感覚をゆっくりと意識させるだろう。

同時に、分岐した細い触手を数本、レギンスの裾から侵入させる。
遅すぎず早すぎず、脚線をなぞるように登っていく触手。
レギンス越しに見える這い登る触手に向けられたシュブさんの瞳には、僅かな恐れと強い期待の熱が込められていた。
シュブさんの、声に成らない吐息が耳朶を打つ。

「シュブさん、これ、好きですよね?」

耳元に口を寄せ、囁く。
シュブさんは一瞬だけぎくりと身体を震わせ、俯き、観念したかのようにきつく結んでいた口を開く。

「ぅ……ん、────き」

形の良い、濡れているように艶やかな唇から声が漏れる。
蚊の鳴くような小さな声。
聞こえなかった訳ではないが……、脚を舐らせていた触手の動きを止める。
触手の触れていない部分を無くすように、ゆっくりと肌の上を這いながら脚を登っていた触手は、丁度シュブさんの膝の裏に到達する寸前でピタリと停止。

「な──、────?」

責めの触手が止まった事に不満の声を上げるシュブさん。
黙殺し、触手でやわやわと脹脛に粘液を刷り込み続ける。
敏感な箇所に近く、しかし感覚的には程遠い場所だ。
粘液を刷り込み続けている内に、シュブさんがもじもじと太腿を擦り合わせ始める。
顔を上げ振り返り、肩越しにこちらを見つめる表情は、羞恥により紅潮しているのが見て取れた。

「──れ、好き、好きな────や──ちゃ、やだぁ……!」

今度こそ、ハッキリと自らの嗜好を口にした。
恋人でもない男にあられもない姿を晒し、奉仕を要求する。
その事に羞恥心が振り切ったのか、後半は涙を浮かべての懇願だ。

「そんなに、して欲しいんですか? こんな風に?」

脹脛で止まっていた触手を、存在を誇示するようにゆっくりと、肌に押し付けるようにして登らせていく。
膝、膝の裏を経由し、太腿へ。
肌の下に太い血管の存在を感じる、女性らしい僅かな脂肪に覆われた、立ち仕事をしている人特有の筋肉質な脚。
レギンスの下、太腿に巻き付いた細い触手の先端が、内腿で音を立ててのたうつ。
ぺちゃぺちゃと、水気の多い舌で舐め回すような音が響く。

「ぁ────、ぁっ──」

シュブさんは喉を張り出し、半開きの口から嗚咽のような嬌声を上げる。
蕩けた表情、嫌がる素振り一つ見せず、与えられる感覚に酔いしれているその姿からは、普段の大衆食堂の店主としての毅然とした態度を想像することは難しいだろう。
粘液でぐしょぐしょに濡れていたレギンスは、未だ触手も粘液も届いていない筈の箇所までも湿り気を帯び始め、今にも水滴が滴り落ちそうな程。
臀部の谷間にあてがわれた触手が、ひくひくと開閉する窄まりにかすめる度、俺の粘液でない何かが、シュブさんからこんこんと湧きだしてレギンスを濡らす。

「──っちも、────っちも強──めて──」

痙攣を繰り返し、今にも膝から崩れ落ちそうになりながら上半身を仰け反らせ、曝け出されていた豊かな双丘を揺らす。
脚を舐める前までは、僅かな身じろぎでたゆんと形を変えていたそれは、今ではどこか、水を大量に詰めた風船の様に張り詰めていた。
シュブさんが身体を動かす毎に少しずつずり落ちてきたシャツが、胸の先端を隠している。
固く勃起したその先端の膨らみが触れた箇所は、僅かに濡れていた。

「こんなにパンパンにして……いやらしい」

触手でシャツをめくり上げ、両の手と触手を張り詰めた乳房に添える。
指を押し込むまでもなく、触れた瞬間に、先端から白、いや、クリーム色の液体が『ぴゅ』と飛び出した。
びくっ、と身体を強く震わせるシュブさん。

「──ん、す──少し出し──けなのに──」

瞼が閉じかけた瞳は、溢れる涙もそのままに目尻を下げ、半開きのまま唇の端から涎を垂らし、だらしなく脱力した舌を僅かに覗かせている。
最早隠すつもりの欠片もない、快楽に蕩けた雌の顔。

「もっ──絞っ────みるく、びゅぅって、──せて……ん、ひ──ぁぁっ!」

言われた通り、ミルクの詰まった乳房を、付け根から押し出すように絞る。
力任せで、されたら絶対に痛いと解る絞り方。
シュブさんの悲鳴のように激しく嬌声。
びゅ、びゅる、びゅるるるっ、と、そんな音を出しながら、とろみすらある濃いミルクが先端から噴出し、牛乳缶に僅かに溜まる。

「あ、あぁ、はぁ……は──」

男の射精にも似た噴乳に、シュブさんは強い快楽と虚脱感を同時に味わっているらしく、蕩けた顔のまま、ぐったりと触手に身を任せている。
牛乳缶の中を覗き見る。朝食で使う分には足りそうにない。
乳房は張り詰めたままで、未だに大量のミルクが詰まっている事を感触で教えてくれる。
脱力したままのシュブさんの乳房に、再び手と触手を添える。

「────! や、──休ませ──!」

困惑と焦り、僅かな情欲の滲む顔のシュブさん。
俺はそれに言葉ではなく、容赦なく乳房を握り潰すように絞る事で返答とした。

「──! ────!!」

絶叫。
ぷし、と、先端を細めたホースから水を出すような音と共に、シュブさんの太腿を伝い、足元に匂いのない透明な液体が水たまりを作った。
そして、先程のそれと劣らない勢いで牛乳缶の中に吹き出すミルク。
この勢いなら後二度程絞れば朝食分は用意出来るはずだ。

「シュブさん。(念のため)後六回ほど、お願いしますね?」

「────う、ん、わか──ぁ……」

シュブさんは紅潮した頬を涙で頬を濡らし、何かを吹っ切った様な笑顔で、嬉しそうに頷いた。

―――――――――――――――――――

∠月∪日(驚愕の新事実!)

『あの山羊ミルクは、なんとシュブさんのぼにうであったらしい』
『念のため、断りを入れてから直飲みさせて貰ったが、本当にあのミルクはシュブさんの身体から生成されるものであった』
『朝食の為にミルクを絞りに行くシュブさんを尾行して、牛乳缶に向けて自らの乳を絞る姿を目撃した時はどんな特殊プレイだとドン引きしたものだが、まさか本当にそんな理由だったとは』

『その事実が発覚した後、自分以外の協力者の手を借りれば更に効率的に、より栄養価の高い美味しいミルクが出せるということで俺も手伝う事になったのだが』
『……あの搾乳方法はどうにかならないだろうか。あれでは、こう、なんというか』
『俺が無礼にもシュブさんに向かって性的な行為をしているようではないか』
『シュブさんの地元に伝わる伝統的搾乳方法で、しかも、魔術的に優れた搾乳方法でありながら同時に科学的にも正しい搾乳方法と言われてしまえば、こちらはツッコミのしようもない』

『搾乳中はあんなに無防備になるというのに、抵抗する素振りすら見せずに身体を預けるとは、シュブさんは少し警戒心が足りないのではないか』
『シュブさんを慕う人は、アーカムどころか、地球上至る所に、それどころか、星の海の向こうにも数多く存在する』
『少なくとも、注意してくれる連中がそれなりの数集まる元の時代に戻るまで、俺がシュブさんの事を守っていくとしよう』
『あの時代で、再びニグラス亭の唐揚げ定食を食べるために……!』

―――――――――――――――――――

‥月‡日(全球凍結明け)

『現代の研究では、全球凍結が明けた直後から、それ以前では見られないような形状の生物が多く見られるようになったという』
『全球凍結明けからカンブリア紀が始まるまでの数千万年程の時間、地球を席巻していたと思われているエディアカラ生物群だが、その扱いは、大概何処に言っても粗雑なものだ』
『実際に学会などでどのように取り扱われているかを調べたことはないが、直後にカンブリアン・エクスプロージョン(必殺技ではないが、必殺技の名前にしてもいい格好良さだと思う)という大事件が起こるため、どうにも派手さに欠ける』
『大芸人の前座の新人的というか、場を温めることだけが目的というか』
『さらに言うと美味しくもない。ごま油とオイスターソースと味覇を一緒に使うと中華っぽくなる不思議料理でも誤魔化せないほど美味しくない』
『不味いとかじゃなく、美味しくない。リアクションも取れない微妙料理とか大概にして欲しい』
『シュブさんも黙って首を横に振るレベル。処置なしだ』

『……だから、久々のクトゥルフとの戯れで放ったスーパー江ノ島キックで大移動を果たしたロディニア大陸に巻き込まれて大部分が死滅してしまっても』
『僕は悪くない』

―――――――――――――――――――

¶月¶日(舞え、『踊る蝶々』!)

『などと始解っぽい宣言をしつつシュブさんとあやとりをしていたら、案の定エディアカラ生物群の霊圧が消えた』
『これだから完全地球原産の生物は根性がないとか言われるんだ。俺に』
『まぁ、だからといって他の〈古のもの〉だの飛行ポリプ──〈盲目のもの〉だのに気合が入っている訳ではないのだが』

『さて、連中が絶滅したからには原因が存在する』
『俺をぬか喜びさせるためにクトゥルフと愉快な下僕どもがやらかしたという可能性もあるが、その可能性は低いだろう』
『例えば〈古のもの〉や〈降臨者〉の作り上げた実験動物たちが一斉に逃げ出し、それらの餌になって消えてしまう可能性の方が余程高い』
『いや、世界の成り立ちから考えれば、カンブリアンモンスターは異星人達の手による生体実験の果てに生まれたのだと考えても何もおかしなところはない』
『太古の地球、そこ浮かぶ生物の残影は、宇宙の闇に潜むコズミックホラーに通じる珍奇なデザインラインを彷彿とさせる』
『実際問題、事前知識無しでカンブリアンモンスターの中に〈古のもの〉を混ぜたら違和感は全くない』

『つまり何が言いたいかって言うと、カンブリアンモンスターってクールなデザインだよねって話なわけ』
『この日記を書き終えたら、シュブさんを連れて海に行こう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

カンブリア紀に突入した俺の一日は、目覚めと共に、身体によじ登ってきた無数のマルレラを触手で優しく地面に下ろすところから始まる。
地面に下ろされた無数のマルレラたちに、食べやすいサイズに合成した餌を撒き、観察する。
頭部に存在する巨大な構造色の棘を揺らし、体節から生えた細長い脚で餌をかき集める様は中々に愛嬌があってよろしい。

餌をばら撒いてしばらくすると、背の棘を逆立てた顔のない細長い身体をのっそりと動かしながら、ハルキゲニアがやってきた。
彼等の分の餌は、実はマルレラの物とは別枠で少し腐らせた餌を用意してあるのだが、割りとお構いなしに近場の餌へと首っぽい部分を伸ばしている。

良く知られたカンブリアンモンスターだけではない。
元の世界の図鑑では見たことも聞いたこともない珍奇な見た目の生物が、思い思いに集まり、うろつき、撒かれた餌に貪り付き、餌を貪る動物に更に喰らいつく連中も居る。
彼等に共通して言えることは、現代の人類の生活圏では中々お目にかかれない奇妙奇天烈奇々怪々なその姿と生態、そして、意外と単純な構造。
芸術的ですらあるといえる。前衛芸術の類であることは言うまでもないが。

勿論、この時代の生物は陸上生活に適応していない、俺が寝床を水中に移しているのだ。
カンブリアン・モンスターが住まうのは基本的に浅瀬の海であるため、水中独特の薄暗さはあまり無く、朝の訪れを陽の光で感じることは難しくない。
地上にも、〈古のもの〉などが逃がしてしまった生物や〈降臨者〉が育成中の生物兵器が存在するが、それらは今は考えなくていい。
地球の楽園は、間違いなくここにあるのだから。

「────ぉ……」

「あ、お早う御座います」

上半身だけを起こしマルレラの構造色の角を観察し続けていると、唇を少し尖らせたシュブさんから朝の挨拶を貰った。
警戒の為に寝床を同じくするという策は今も続けている。
俺の趣味の為にシュブさんに迷惑をかける訳にもいかないのでこれを機会に寝床を別にしようとも提案したのだが、シュブさんは頑として寝床を分けるのを反対した。
その警戒心を何故異性に対して働かせることができないのか、甚だ疑問である。
が、それを差し置いても、シュブさんが水中生活に妥協してくれたのは素直に嬉しい

「いやぁ、今日も良いカンブリア紀ですね。ほらシュブさん、この間拾ったオパビニアがこんなに大きく」

少し離れた場所で掃除機の様な捕食手を持つエビっぽい生物を触手を伸ばして捕まえ近くに引き寄せ、その目の前に特製の栄養剤を置く。
上方向に広い視野を持つオパビニアだが、その視力は決して優れている訳ではない。
暫しの間見当違いな方向にうろちょろした挙句、やっとの思いで栄養剤に触腕を伸ばし、触腕の付け根の口元に運んでいく。
可愛いなぁ……。

「──には、可愛────ってくれない──」

ぷー、と頬を膨らませるシュブさん。
俺は周囲一帯の生物たちに餌を撒きながら、シュブさんを宥める。

「そりゃ、怪生物の小動物的な可愛さと、シュブさんの女性的な可愛らしさは違いますからね」

そもそも、そういう事を軽々しく女性に向けるのは、少し不誠実に感じる。
逆に、素直に褒めないのも不誠実にあたるのだろうが、そこは文化の違いと諦めて欲しい。

「そ、──? 可愛──かな……?」

もじもじと触手の先端を合わせて身をくねらせるシュブさん。
水中用の、水流に合わせてひらひらと揺れる裾が広いパジャマも相まって、その姿は実にあざと可愛い。
そういうリアクションされるから、褒めにくいってのもあるのだが。

カタカタカタ、カタカタカタ、と、鳴子を鳴らすような音と共に、水面から刺す光が遮られた。
見上げれば、そこには全長二メートルに迫ろうかという巨大なエビ……ではなく、アノマロカリス。
身体の両端に存在する硬質の鰭を波打たせ悠々と太古の海を泳ぐ姿は、この時代の生態ピラミッドの頂点に立つにふさわしい風格を感じさせる。

この個体の愛称はマロ。
生まれたばかりで餌も自力で取れず、他の生物に捕食されそうになっていたところを捕獲し、俺が特製の栄養剤を使用してここまで育て上げた自慢の一匹。
初代ポケモンで言えば最初に捕まえたポッポやコラッタ、初代デジモンで言えば無難に育てていれば進化するアグモン、武装神姫で言えば最初に貰えるやんばると同じ立ち位置に居るのがこいつだ。
餌も厳選に厳選を重ねて素材から選んだ特別製を使用しているだけあって、他の野良アノマロカリスと比べて非常に機敏で強靭である。

「どうしたマロ、そんなに慌てて」

アノマロカリスは非常に原始的な構造の生物であり、慌てる、という感情を持つ筈もない。
だが、外宇宙からの来訪者達を除いた生態系の頂点に立つ生物としては有り得ないほど、マロは何かを警戒しているように見える。
体内の魔力溜りが原因だろうか、一見して害は無いようだが……。
見れば、特別な餌を与えて飼育している連中は、マロに呼応するように慌ただしく右往左往し始めているではないか。

「卓──ん」

シュブさんに促され、バイタルネットに知覚を同調させる。
バイタルネットを通して知覚したのは、遠く大陸の内陸部からこちらを捕捉し、攻撃的な力を練り上げているクトゥルフの姿。
ふん、前に足元の大陸を吹き飛ばして海に叩き落してやってから大人しくしていたから、てっきり戦意を喪失したものとばかり思っていたが、中々にしぶとい。
向けられる力の規模、サイトロンによる未来予測を組み合わせた結果、この周辺諸共に吹き飛ばそうとしているようだ。
……まったく、この海中の楽園を吹き飛ばそうとは、見下げ果てたスッタコだ。
このパラダイスでシュブさんとヴァカンスをしている間くらいは襲撃しないでおいてやろうと思ったが、どうにもそういう訳にはいかないらしい。

立ち上がり、慌ただしく漂っていたマロに触手を伸ばす。
掴んで引き寄せるまでもなく、マロは身体に触れた触手を辿ってこちらに身を寄せてきた。
まともに思考する頭脳すら無い生物が、これほどまでに俺に懐いてくれている。
例えそれが餌目当てであったとしても、自らに擦り寄る動物を無碍にはできない。

マロの中の魔力溜りに干渉、気持ち程度の生体強化と、行動の指定を行う。
感染魔術の応用で、周囲一帯の、俺が餌付けしていた名無しの個体達にも同じ効果と命令を。
『この場を離れ、より沖の海底を住処とせよ』
これが、俺が与えるこいつらへの最後の命令。
クトゥルフに再び捕捉された以上、もう俺の周囲はまともな生物にとって安全な場所とは言い難くなる。
指定した座標は、過去の幾つかの俺災害で〈古のもの〉達は忌避して近づくことも出来ない場所になっている。
こいつらの安全を思えば、ここで別れるのが最良なのだ。

「達者で暮らせよ」

触手でマロの口元を撫でる。
応じるように、マロは円環状に並んだ歯で触手を噛んできた。
三葉虫も噛み砕けないような、軽い甘咬み。
それが名残を惜しむ仕草に思えたのは、俺の感傷だろうか。
感情を感じさせない艶のない黒い眼が、何かを訴えかけているようにすら見える。
触手を噛む感触は、親の袖を引く子の手か。
マロがしっかりと噛んで放さない触手を根本から切り離す。

「行きましょう、シュブさん」

切り離された触手を放さず、しかし、向け続けられる視線を振り切るように、シュブさんを促して浮上を開始する。

「────と一緒──逃──いい──よ?」

「言わないで下さいな。……これでいい、これでいいんですよ、きっと」

心配げに撤退を提案するシュブさんに首を横に振って応える。
これからも、クトゥルフとの戦いは続く。
戦いで巻き込まれるのがコズミックホラーな連中や、さして関わりのない野良なら、何も問題はない。
でも、彼奴等を巻き込みたくはない。
理屈ではなく、俺の心がそう感じている。

ロマン溢れるカンブリアン・モンスター達との日々が脳裏に過る。
その中でも、餌付けを成功させてくれた、あの幼きアノマロカリス。
あんなに小さかったマロが、今では同類の中でも並ぶものの居ないほどの立派な肉体を手に入れて。
あいつなら、何処に行っても、餌を取れないなんて事はないだろう。
きっともう、俺の助けが無くてもやっていける。

だから、俺は俺の日課を再開しよう。

「行きましょう、シュブさん。今日こそクトゥルフを宇宙塩で味噌鰤に仕立て上げるのです!」

「──鰤──ゃない────」

「知ってます!」

冷静にツッコミを入れるシュブさん。
こちらの強がりを受け入れて合わせてくれる懐の深さに感謝しつつ、変身。
陸に上がると同時に、人の姿を捨て去り、鬼械神形態へと移行。
シュブさんは変身したと知覚できない程のなめらかな形態移行で触手雲形態へ。

バイタルネットにダミーを流し、クトゥルフの集中を一瞬だけ霧散させ、各地から大量にかき集めた海水と共に、クトゥルフの上空に転移。
数万年のブランクを経て、俺とシュブさんはクトゥルフ狩りを再開した。

―――――――――――――――――――

∫月∴日(信じて送り出したペットのアノマロカリスが、光届かぬ海底でカンブリア帝国を建国するなんて……)

『俺とシュブさんがまた10万世紀程クトゥルフと小競り合いを繰り返している間に、奇妙奇天烈なステキシルエットの彼らは、尽く擬人化を完了させてしまっていた』
『しかも、その尽くが美少女か男の娘という徹底ぶり』
『この悪夢のような帝国を支配する人型どもは正当な進化ではなく、俺の与えた餌や、俺やシュブさんが常時洩らしていた不思議エナジーの影響を受けて突然変異的に発生したものらしい』

『この恐るべき事実を知ったのは、遡ること数日前』
『クトゥルフとの戦いを一時的に中断し、可能な限りのステルス状態で向かったカンブリアンモンスター達のコロニーへ出向いた俺たちを出迎えたのは、綺麗なお姉さん系の姿形を獲得したマルレラ達』
『カンブリアンモンスターたちの楽園になっていると思われたその区画に立ち並ぶのは、〈古のもの〉と〈盲目のもの〉、そして未来の人類、それら三種の種族のセンスをミックスしたような、奇妙でありながら高度な科学力をもって作り上げられたと思しき建築物の数々』
『そこからは、もう、竜宮城に訪れた浦島太郎を饗すが如く』
『鯛や鮃が舞い踊る代わりに見事なダンスを披露するのは、これまた華美な衣装を来た美少女系の姿を獲得したウィワクシアとオドントグリフス』
『酌をするのは眼鏡メイド姿のオパビニア。かつての面影は、取ってつけたように首の後ろから生えた触手のみ』
『しかも取り外しが可能である。生物としてそれはダメだろう……』

『ここまでなら、ここまでなら俺も我慢できた』
『元を正せば、俺が彼らに不用意にこの時代に存在しない餌を与えたり、生体部分に影響を及ぼすエネルギーを洩らしていたのにも問題がある』
『だから、彼ら──彼女らか。彼女らが、ああいう不当な進化をして、それをそれなり以上に楽しんでいる、というのは、受け入れるつもりだった』

『だが、駄目』
『他の個体と同じように人型に進化したオレノイデスの活け造りをつつき、死んだ魚の目をしながら宴を流していたら、奥の間からやけに身体のシルエットを強調するピンクのドレスに身を包んだ少女が現れ、俺の手を取り、その場で跪いて涙を流し初めてしまったではないか』
『……とても、俺の宇宙の深遠すら許容できる程に大容量な筈の心は、その事実を受け入れるのに、初めて男のちんこを突っ込まれるメスガキの様に、長大な心の準備時間を必要とした』
『俺は、理解してしまったのだ』
『目の前の少女は、あの日別れたマロそのひとであると』

『少し話を聞くと、俺がマロに与えた餌の事や、成長したマロの背に乗って海の中を遊泳したこと、マロの外骨格に施した物理的に正しい補強の内容を、全て覚えているらしい』
『シュブさんすら知らない様な、マロのボディを海水の玉で包んで空の散歩をやってみせたことすら覚えていた』
『これは、俺の妄想が生み出した産物でなければ、間違いなくマロそのものなのだろう』

『他の連中が代替わりをしているのに何故生きたまま一世代で進化したかを問いただしてみたところ、あの日、別れ際に残していった触手を食べた事が原因らしい』
『触手を体内で分解、吸収する毎に、神の如き力と、この時代では有り得ない程に高度な知性を手に入れてきた』
『そうして得た力と知識を用いて、彼らは同胞を増やしながら、一千万年続く栄光のカンブリア帝国を築き上げたのだという』
『全ては、何時か帰還するであろう、力と智慧を与えた、真の主を迎え入れる為に』

『酷い悪夢だ』
『カンブリアンモンスターに、複雑な思考、感情、文明、技術、人の姿、そんなものは必要ない』
『奇妙奇天烈な、しかし、原始的で素朴さすら感じられる彼らの在り方こそ、俺の求めてやまないカンブリアンモンスターの姿だった』
『だというのに、彼らはそれらを手に入れてしまった』
『今では彼らは、何処にでも存在する萌え要素の集合体に過ぎない』
『彼らはそれらの要素を手に入れる過程で、カンブリアンモンスターにとって不要なものの寄せ集めと化してしまった』

『死にかけていた事も、助けられていた事も理解できていなかったマロ』
『背に乗られても、振り落とすことすら考えられなかったマロ』
『与えられた餌に、何の疑問もなく頭を突っ込み貪るマロ』
『感情も思考もなく、ただ外部からの刺激で動いていたマロ』
『別れ際、与えられた指令を消化しきれず、ただ茫洋と俺の後ろ姿を眺めていたマロ』
『可愛くて格好いい、大きな身体のマロ』
『そんなマロは、もう何処にも居ない』

『俺が別れを惜しみ、力を与えて逃したカンブリアンモンスター達は、もう、存在しないのだ』

『これを悪夢と言わずになんと言えばいい』
『いや、俺の触手が原因なのだとすれば、これは俺の罪か』
『俺の手で始末を付けるのが筋だろう』

『歓迎ムードで浸っているマロだったものの手をはらい退け、小型の端末をばらまく』
『何時かの周で取り込んでいたカンディルをベースにしたブラスレイター』
『指令は本能優先。こいつらは、俺とシュブさん以外の手近に存在する可食性の生物に向けて殺到し、周囲を食い終えた所で自動消滅する』

『甲殻に包まれ、構造もシンプルな元のアノマロカリス形態であれば、容易くカンディルにやられる事は無い』
『だが、なまじ人に似た形態を得たマロは、マロの臣民である元カンブリアンモンスター達は、無数のカンディルが体内に侵入しようとするのを防ぐことはできない』
『その柔らかい肉をついばまれ、耳の穴から、口から、鼻の穴から、目から臍から、尿道から、膣から、肛門から、カンディル・ブラスレイターに食い破られていく』
『マロ、かつてアノマロカリスだった少女は、泣き喚き、何故と問いながら体内を食い荒らされて死んだ』
『悲痛な叫び声だったとは思うが、同時に、ここまで心に響かない命乞いも聞いたことがない』
『絞め殺される寸前の鶏が相手でも、俺の心をもっと強く動かしただろう』

『食い散らかされ、後に残されるのは、人に似た骨格に、かつての彼らの姿の名残を残す僅かな外骨格』
『数が合わない。幾つかの個体は本能で危機を察知してこの場から逃げ去ったか』
『だが、それももうどうでもいい』
『これからの地球は、与えられた智慧と力程度で生きていける世界ではないのだから』

『帰り道は、シュブさんに手を引かれて地上に戻っていた』
『こう書くと地上に戻った事を理解していたように読めるだろうが、俺が正気を取り戻したのは、つい数時間前』
『布団の中でシュブさんに頭を抱きかかえられて眠っていたところからして、ほぼ完全に放心していたのだろう』
『心配をかけてしまったかもしれない』

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∵月≡日(深きものどもが)

『帝国から逃げ出したカンブリアンモンスターの成れの果て数十匹を捕獲し、子供の苗床としていた』
『人間だけでなくイルカとも交尾して子供を作れるとは聞いていたが、あのよく分からない生物とも子を成す事ができるとは恐れ入る』
『ああいった廃品を有効活用するMOTTAINAIの心がけが、これから数億年の彼らの繁栄の基礎に繋がるのだろう』

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〒月々日(わさわさ)

『ウミサソリさんの節足アクションに見蕩れる』
『創作意欲的なものを刺激され、デススティンガー的なビックリドッキリメカを作ってあそんだ』
『用途は主に、巨大化したシュブさんへの触手ツボマッサージだ』
『何を隠そう、俺は鍼灸師の資格をそのうち取得してみたい』

『で、作ったデススティンガーっぽいので遊んでいたら、地上にちょっぴり植物が生えているのが確認できた』
『〈古のもの〉やその他地球外生命体のオーガニックエナジーを利用して張り巡らせたバイタルネットは、生物の進化や分布、生育にも影響を与えるらしい』

『あと、シュブさんが魚っぽいのを見つけてきた』
『身は水っぽく、いまいち美味しくなかったので、ド・マリニーの時計で蘇らせて放流しておく』
『夕ごはんには、シュブさん特製黒っぽい山羊風生物の香草焼きを作ってくれるらしい』

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?月?日(絶え間ない永遠を時計が刻むらしい)

『どれだけの瞬間を数えるよりも先に、イスの偉大なる種族に自らの罪を数えさせた』
『精神交換によって俺ブレインパーツの意識がイス人の肉体に飛んでいってしまった』
『ブレインパーツに入り込んだイス人の意識は、精神をバラバラに蹂躙して取り込んでおいた』
『おのれイス人め……』
『ブレインパーツ俺だけを未来に連れて行くとか不公平だとは思わないのか』
『俺だって未来の世界で全身タイツを着込んでポワワ銃を乱射したいのに』
『取り込んだイス人の精神は知識も微妙だし、何時か報復リアインパクトでムニムニしてやる』

『イス人を取り込む瞬間少し呆けていたらしく、シュブさんに心配された』
『一瞬だけ白目をむいたとんでもないアヘ顔になっていたらしい』
『これは間違いなく罪を数えさせた後で地獄の苦しみを味あわせてからゆっくりとコロコロコース』
『これは早期にトラウマシャドーとか完成させなければ』

追記
『未来俺が帰ってきた』
『なんか、歴史の修正力的なパワーで高位次元の機械巨神の所を経由して戻ってきてしまったのだとか』
『融合して記憶を統合する』
『未来にはポワワ銃も全身タイツも無かった』
『取り込んだイス人の科学力もまあまあ良い感じ』
『情報媒体を全て巻物にするほどの巻物好きというのは文献だけの嘘ではなく、マジものの巻物狂いだ』
『ベルムス巻きに関する技術は、かの偉大なる種族に大いに喜ばれたものである』

『まあ、俺とシュブさんは具沢山の恵方巻きを食うんだけどな!』

―――――――――――――――――――

≡月※日(ゴッドモザイク)

『その活躍の場がようやく訪れた』
『鼻の先が卑猥な円盤状になった象顔の男が現れたのだ』
『シュブさんの知り合いらしく、名をチャウチャウさん(仮名)というらしい』
『首を刈り取られ、代わりに象の頭を乗せられたインド神話の神が居た気がするが、ご親戚の方だろうか、間違いなく神様の類だが』

『自分で動くのが面倒くさいので、小間使い的なものを作りたいのだという』
『卑猥な鼻の形からしてロリコンだと俺の本能が察知したので、褐色ロリ種族的なものを両生類の遺伝子から作ればいいんじゃないかな、と、シュブさんに代わりに言ってもらった』
『知り合いを便りに来た知り合いの知り合いとか、直接話すのはためらわれるし。仕方がない処置だったと思う』

『チャウチャウさんがぱぱっと作り上げたのは、褐色というよりも黒い肌の、ロリというよりはゴブリといった感じの矮小な人型だった』
『本人は満足らしいが、あのデザインセンスはどうにかならないのだろうか』
『だが、喋れない代わりに身振り手振りで意思疎通を行うというのは少しかわいいかもしれない』
『なんとなく、伝承に存在したミリ・ニグリに似ている気がするが、俺としてはゴブリンっぽいように思える』
『満足の行く小間使いが完成したチャウさんは、シュブさんと俺に礼を言い、モザイクの掛けられた先っぽがすっごいカリ高になった鼻を揺らしながら帰っていった』

『後で聞いた話なのだが、彼は大分前に地球に降り立っていたらしい』
『本来居るはずの強くて格好いいチャウグナル・ファウグンさんが見当たらないのに、あんな気さくな方がいらしていたとは』
『俺の探査能力もなかなかあてにならない』

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重甲月蟲野郎日(がんじがらめの罠を仕掛け)

『破滅を企んでいるのは誰かって?』
『……誠に遺憾な事に、昆虫族を名乗る知性体連中の中では、俺、というのが通説であるらしい』
『巨大ゴキブリとか巨大トンボの創作料理の為に乱獲していたのが原因かもしれない』
『長老っぽい、グルを名乗る生意気にもひげをふさふさ生やしたカブトムシ野郎がそんな事を言っていた気がする』
『俺は虫捕り網を使って割りと真っ向勝負で捕獲しているのだが、何を不満に思ってそんな陰口を叩いているのか』

『しかたがないので、巨大シダ植物で缶詰を作る事に』
『付録は巨大昆虫の剥製フィギュア』
『シークレットレアはひげの生えたカブトムシだ』
『シュブさんはこういう小物を集める趣味があったと思うのだが、蟲そのままというのはデザイン的に好みではないらしく、あえなく俺の荷物入れ異空間に放り込む事に』
『中身はペースト状にして保存してある。次にペットを飼う時にでも餌として使おう』

―――――――――――――――――――

※月×日(ど饅頭大喜びの)

『オオトカゲを拾った』
『地球の生物もここまで来たか、と思わせる良い肉質だ』
『イスの連中が入り込んだ円盤生物とか、〈降臨者〉の作り出した謎生物、〈古のもの〉にも劣らない、しっかりと身と旨みの詰まった感じ』
『ロマン料理の一つである丸焼きを行なっても、塩コショウで充分に美味しく頂ける良好な肉質』
『もう無闇に外宇宙からの使者を食べる必要は無くなるかもしれない』

『俺とシュブさんで合わせてかなりの数を捕まえる事が出来たので、一匹はペットとして育成することに』
『帝王の如く勇ましく育って欲しいという願いを込めて、ゴールくんと名付ける事に』
『グルの肉を一生懸命ハグハグと食べる姿は可愛らしい』
『試しに与えた燻製にした仲間の死肉も平気で食べる辺り、大物になる素質があるか、ただの馬鹿なのかもしれない』

追記
『最近気づいたのだが、ペットを飼うとシュブさんが少しむくれる』
『傍から見てて可愛らしいとは思うのだが、怒っている原因が解らないので、少し不安になる』
『いつの間にか胸元の開いたパジャマでベッドに潜り込んでいるとか、そういうイタズラで報復されたりもする』
『どう対処すべきかは今後の課題かもしれない』

―――――――――――――――――――
ゞ月♭日(ねんがんの)

『クトゥルフのたこ焼きを手に入れたぞ!』

『明確な敵意を持った攻撃だからこそ察知されてしまった訳で、完全に偶発的な地殻変動に、クトゥルフは対処できないらしい』
『大規模な地殻変動で、陸地の幾つかが海の底や地底へと消えていき、クトゥルフも巻き添えをくらった』
『そして俺とシュブさんは、丁度その時にクトゥルフが逗留していたルルイエ毎海底深くに沈んだところを海底まで追撃』
『改造した光の巨神を捨て駒にし、偶然宇宙から現れた大獣神を名乗る巨大ロボットの協力を得て、ようやくクトゥルフを先っちょだけ出したまま封印することに成功したのだ』

『感無量、というやつだろうか』
『正直、ここまで生物に多様性が出てくるとクトゥルフを食べる必要は全くと言って良いほど無いのだが、マジカル姉さん神像の恨みを考えれば当然の報いである』
『暫く触手の先だけ封印から出しっぱなしにして、継続的に実況付きで料理してやる事に』
『封印越しに聞こえる怨嗟の声が耳に気持ちいい』

『焼きあがったクトゥルフのたこ焼き風は、シュブさんの監修もあって満足の行く出来になった』
『まだまだ店に出せるレベルではないが、素材の特性を生かした素朴な味は、安っぽいなりに温かみを感じられると思う』
『クトゥルフ封印の時に散った光の巨神の墓(食べ終わった鯖缶に土を詰めて木の棒を刺して作った)に備え、宇宙から来訪した直後に手を貸してくれた大獣神さんにもお礼として御裾分け』

『食った瞬間、大獣神さんは火花をスパークさせながら苦しみ始め、俺がお冷を渡すよりも先に大爆発。七つの恐竜型ロボに分裂してしまった』
『焼きたてほかほかを渡したのがいけなかったか』
『いや、口の中を火傷したのではなく、小麦粉アレルギーだったのかもしれない』
『ひとに食べ物を勧める時は、アレルギーの有無を最初に聞いておこうという教訓と共に、俺とクトゥルフの戦いは幕を下ろした』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

地球で最強の、もしくは最高の爬虫類といえば、人は一体何を思い浮かべるだろう。
現代において人類にとって脅威となりうる爬虫類といえば、毒を持った種類を除けば、一部大型の蛇に、鰐などが挙げられるか。
現実世界に限らなければ、ドラゴンを爬虫類の一種と言い張る者も居るだろう。
クトゥルフ世界で言えば、爬虫類全ての創造に関わったイグこそ至高の爬虫類とするのが自然な流れである。
厳密に言えばイグだって爬虫類程度の存在と一緒にしてはいけないのだが、少なくとも、クトゥルフ神話ですっごい爬虫類と言えば、このグレート・オールド・ワンの一柱であるイグを挙げるのが普通だ。

そう考えると、ヘビ人間達はどのような立場になるのか。
彼らにとって、少し厳しい意見になるが、彼らは文字通り、消え失せた過去の文明の一つ、としか言い様がない。
優れた魔術と錬金術の業を操り、わりと高度な文明を築き上げていたものの、彼らの知性体としての格はこれまで地球に現れた〈古のもの〉や〈盲目のもの〉、下手をすれば初期の〈深きものども〉にすら劣っていた。
シュブさんを一目見たその瞬間からいきなりシュブさんに跪き、アイドル(偶像)として大いに盛り立て(崇拝)していたところから見ても、彼らが非常に俗っぽい存在であることが理解してもらえるだろう。
その上、メンタルも頑強とは言い難く、少し進化した恐竜を見て腰を抜かし、
『絶対あっちの方が爬虫類として優れてるじゃないですかー! あーん、淘汰されちゃうよー!』
などと抜かし始める始末。

ゴールくんの遠い子孫が立ち上げた恐竜種から進化した人類、恐竜帝国の爬虫人類達と、大獣神の分体である恐竜型ロボが守護する、現代の哺乳類起源の人類に極めて近い生態の恐竜人類。
この時代における二大勢力の戦いに、どっちつかずの蝙蝠としてすら見られなかった辺りからして、存在感からして薄かったのかもしれない。

だが、だからこそ彼等は細々としてだが生き延びることが出来たのかもしれない。
かつての海中無酸素事変が齎した被害は水中だけに留まらず、地上の生物の大半を絶滅させた。
六十万年続く断続的な火山噴火、大気中に充満する高濃度の二酸化炭素、火山灰は太陽の光を遮り光合成を阻害し、まともな生物はその大半が窒息で苦しみながら死んだ。
これは確か〈降臨者〉の連中も関与していたのだったか。
彼等が生体兵器を作る上で大量に生み出してしまった失敗作を一括で整理するための地脈兵器使用が、この無酸素状態の原因の一つ。

それがいけなかった。
確かに、外来の独立種族や邪神連中を抜かした生物は、九割六分滅亡した。
だがそれは逆説的に、何の知識も無い状態で無酸素の世界を生き抜くだけの強靭さを持つ生物だけが残された、という意味でもある。
最早、この異変を乗り越えた生物たちは、創造主達の掌の上で踊るだけの存在ではない。
純粋な生物としての強さ、いわゆる命の力は、そのまま邪神や怪異の強さに通じる強さになり得る。

一歩間違えれば、邪神の同類にすら届きかねない原始生物の群れ。
例えばそれは大きさと力の強さとして、巨大な体躯を持つ恐竜となり。
或いは黄金率を体現したバランスの良い強さとして、恐竜から派生した恐竜人類は恐竜帝国の爬虫人類に。

哺乳類も油断できない。
俺が確認しただけでも、プテラノドン、トリケラトプス、ティラノサウルスを単独で撃破するプトティラ真拳使いの原始人類が群れも作らずに悠々と生き延びている
生き汚い種は〈深きものども〉に擬態した海底人類と化し、クトゥルフやその眷属の活動圏内から外れた海底に文化圏を作り出し、最近ではアンチョビー王国などと名乗り始めても居る。

そんな異常な存在たちの中に、強力な魔術と錬金術だけを武器にするヘビ人間が、どれだけ繁栄できるだろうか。
力で負け、学習速度で負け、伸びしろで負け……。
そりゃ、地底に潜ってさつまいも風植物のしっぽだけ食って生きて行かなければならなくもなるほど零落もするだろう。

……だが、それは別に、彼等ヘビ人間が特別劣った存在だった、という訳ではない。
力で恐竜に届かなくとも、学習速度で新しい種族に劣っても、技術で〈古のもの〉に敵わなくとも、彼等には確かに、数千万年の時を栄えるだけの総合力が存在したのだ。
だが、彼等は衰退した。
栄華を極めるだけ極めて、いつしか、高みを目指す向上心を失ってしまったが故に。


ヘビ人間は、爬虫類という括りの中で見た時、語るに語れない微妙な位置に存在する。
爬虫類という括りの中で優れた文明を持ち栄えたのは何か、と問われれば、守護獣に守られた恐竜人類か、爬虫人類の恐竜帝国と答えなければならないだろう。
今も栄え続けている文明は、今も進化を続ける種族は、と言われれば、この間の大十字と大導師が起こした大破壊の際に発生した平行世界の地球『ダイノアース』に移住した恐竜たちと一部爬虫人類連中を押さざるを得ない。

栄華を極め、一時期は地球の支配種族にもなりかねない勢いで発展してきたヘビ人間たち。
そんな彼等とて、前に進むことを忘れたその時から、坂道を転げ落ちるようにして退廃の一途を辿り、地球の隅で息を潜めて生き長らえるだけの絶滅危惧種になってしまった。

「だから、彼等の事を教訓に、常に初心を忘れずに生き続けるべきだ。……そう、ここでも言ったんだけどなぁ……」

死体が積み重なる廃墟の中、瓦礫の中から見つけ出した座りやすそうな残骸に腰を下ろし、肩を落として溜息を吐く。
これで、都合何度目の文明崩壊だろうか。
ロマール人もヴーアミ族もゾブナ人も、みんなみんな滅んでしまった。
俺達が争いごとに手を貸すまでもなく、邪神に手を加えられるまでもなく、みんな自分から戦いに向かい、死んでいってしまう。
超古代縄文人も未来に希望を託した後は文明レベルで老いて滅び、残っているのは短期間で創世王の代替わりを繰り返して組織の若返りを繰り返すゴルゴムだけ。

「仕──いこ────殺し──され────いられな──の」

背後から、シュブさんに触手で抱きしめられる。
もわもわとした霧状の感触と、やわらかな肉の感触が混在するシュブさんの身体。
耳元で囁かれる言葉に暗さはない。
俺の雇い主になるこのひとは、冷笑的な邪神の如き精神と共に、地母神の如き慈愛の精神を合わせ持つ。
生まれたからには、生き物は殺し合わずにはいられない。
だから、殺しあうのも死ぬのも、死んだ分を産んで増やすのも、生き物として当たり前で、命にとって祝福すべき出来事なのだと。
シュブさんは言う。

「予定調────、呪──生き──祝──死──の」

シュブさんらしい、超然として、でも、愛のある死生観だ。
死も生も、シュブさんに取っては愛すべき子供たちの物語の一部に過ぎない。
母は強しというか。

「その考え方は嫌いじゃないけど……、死ぬなら、もっと呆気無く死ねばいいのに」

巻きつけられたシュブさんの触手に触手を絡めながら、手の中の巻物──初期版のナコト写本に視線を落とす。
こちらの力を得るために生贄まで捧げて、崇め、奉ったと思ったら、最後の最後で、自分達の全ての成果を託したりとか、そういうのは止めて欲しい。
そういうのは交流中に生贄や送り出した端末越しに学べるし、なんなら滅んだ後の墓場泥棒でも充分に手に入る。
情感たっぷりに、最後の最後で感謝の言葉を残したりとか、そういう、あからさまにこっちを感動させようとしているような演出をナチュラルにやられたら、俺はどうリアクションを取ればいいのか。

「──今──感傷的──」

くすくす、と、シュブさんが笑う。
まぁ、確かにらしくないとは思うけど。

「それは、少しくらいは、ね」

幾度と無く繰り返してきた、二度と無いだろう出会いと別れ。
無限螺旋の中での替えの効くものではない、本当の一期一会というものだったのだ。
繰り返し接触する内に、俺達を邪神の一種として記録することにした〈古のもの〉は、何処ぞの山の中に引きこもってしまった。
〈盲目のもの〉は、〈イスの偉大なる種族〉への復讐を果たした後、俺達にも報復を行おうとして返り討ちに会い、洞窟の奥へと姿を消した。
封印されたクトゥルフはどうだろうか、次にループしたら、この世界線での激戦の記憶は消えてしまっているかもしれない。
アンチョビー王国も、恐竜帝国も、邪魔大王国もレジェンドルガも、超古代縄文人だって、二度と初対面をやり直す事はできない。

恐らく、一度きりの別れまでの、一度きりの交流。
俺は、彼等と満足に交わる事ができただろうか。

「────、さ」

しゅる、と、控えめに、さり気なく、シュブさんが触手を俺の手指に、触手に絡ませてくる。
シュブさんの顔が近い。
縦の亀裂の様に入った瞳孔が、きゅう、と猫の様に細く絞られるのが見えた。

「──が、温めて、慰め──」

言葉と共に、熱く、甘い香りの呼気が顔に当たる。
まるで娼婦のように、シュブさんがゆっくりと俺の身体にのしかかり────

《チーン♪》

【最適化が完了しました】
【高機能ダウナーモードを終了、当機はこれより通常モードへ移行します】
【再起動します……再起動完了】
【引き続き、幸福なシスコンライフをお楽しみください】

────おれは しょうきに もどった!

のしかかるシュブさんの身体をやんわりと押しとどめ、立ち上がり、シュブさんを廃墟の瓦礫の上に座らせる。
シュブさんの肌蹴た衣服を時間無視の触手で瞬時に整え、唖然とするシュブさんに声をかける。

「いけませんよ、シュブさん。みだりに異性と肌を重ねては。貴女のように魅力的な女性は特に、自分を大切にしなければなりません」

「あれ────、──えぇ?」

押し止められ、何が起きたのか理解できていないシュブさんは、されるがままに座り込み、頭に無数の疑問符を生やしている。
ふふ、シュブさんも困った人だ。
だが、デフラグ直後の俺は言わば大賢者状態。
知り合いが店のバイトである俺くらいしか居ない状態で寂しかったのだろうが、そんな店主を諌める程度のことは造作も無い。

「──メランコリ────? ───慰──?」

成る程、俺が落ち込んでいると見て、慰めるためにそういう事をしようとしたか。
確かに、ぼにうを絞ったりは定期的にしているのだから、多少はそういう、肌を重ねることに関しても抵抗が少なくなっているのかもしれない。
だが、シュブさんは自分が如何に魅力的であるか(勿論、うちの姉さんに比べれば月とスッポン、本気のベジットあるいはジャネンパと弟子入り前の初期クリリンの戦力比程度に開きがある魅力だが)を理解すべきだろう。
慰めるために肌を重ねて、それで最後までさせてもらえるのだと勘違いしてシュブさんを無理やり手篭めにしようとする不埒な輩が居ないとは限らないのだ。

「無用です。何故ならば」

懐から、ビシリと音を立てて取り出すは姉さんのプロマイド。
料理中の姿を記録しようとしたら、ラフな私服にエプロン姿の姉さんがそれを恥ずかしがって『もー、こんなとこ、撮らないでってばー』と、少し眉根を寄せた拗ねた表情で振り返っている瞬間を画像化したものだ。

振り向きざまの拗ねた、それでいて少し慌てた表情、
振り返る時の慣性で揺れる腰まで届くポニーテイル、
身を捻ったことで見える、エプロンと薄手のセーターを押し上げる豊かな乳房、
すっと伸びた背筋に、ゆるい服の上から僅かに伺えるきゅっとしたくびれ、
ジーンズに包まれたまろかなる曲線を描く臀部、
そこから伸びるしなやかさよりも女性的なふくよかさを強調する腿、
ズボンの丈が短く、僅かに除く足首、

そして、写真からも伝わってくる姉さんの可愛らしい心根。
撮らないでと言いつつ、本格的に妨害するわけでもなく撮影を続けさせてくれる甘さ、
そしてその後は、写真になんて撮らなくても覚えておけるようにと台所で……、
ああ、鼻孔に鮮明に蘇る姉さんの甘い汗の香り!
声を出さないように必死で口元を引き締めても洩れ出てくる脳髄を痺れさせる喉を鳴らすような嬌声!
終わった後にちょっとおねだりをしそうになって慌てて訂正する時の紅玉の様に真っ赤な頬!
指摘するとポカポカと普段の強さを感じさせない弱さで叩いてくる子供っぽさ!
エロスにばかり走りすぎて割りと本気で落ち込む時のしょぼんとした落ち込み顔!
ああ、ああ!

「俺の心には、決して消えることのない、姉さんへの愛の炎が灯っているのですからっ!」

確かに、幾つもの文明が滅びただろう。
確かに、あの出会いと別れは替えの効かないものだろう。
確かに、彼等との交流で、やりきれなかった部分も悔いが残る場面もあったろう。

で?
だから何?
それ美味しいの?
どんだけ価値のある記憶と情報?
例えば延期前提のエロゲ発売日初出情報とどっちが上?
スパロボ買うと要らないけどついてくる要らない初回特典DVDの中身と比べてどうよ?

それって、姉さんに会える日が近づく以上に、価値のある情報?

「そして姉さんと比べるまでもなく、このナコト写本を手に入れた時点で連中の役目も終わっているのですから、悲しむ必要は毛頭ありません」

原本は執筆中の段階で目を通してもいるのだが、やはり追記などを含めた完全な記述を手に入れるのであれば、写本として訳された状態のこれを手に入れるのが最善だった。
本来ならば完成した時点で連中から掠め取る手筈だったのが、連中の方から複数刷った内の一本を譲ってくれたのだ。
これの何処に悲しむべき部分があるだろうか。
彼等の中の知識人は全て取り込んである。
取り漏らしの知識に関しても、殆ど存在していないと言っていい。
ここでうだうだと足踏みする意義が欠片も見当たらないではないか。

「──ぁー……」

呆気にとられた様な表情で混乱していたシュブさんが、何かを思い出し納得したような、そして少し呆れている様な表情で頬を触手で掻く。

「そう────んな性格────当は」

溜息。
仕方がないと呆れるよな、安堵の感情も含まれた複雑な溜息だ。
シュブさんに辛気臭い雰囲気は似合わないと思うので、更にテンションを上げていく。

「そう! これこそが、折れず曲がらず歪まない、真実の俺の姿!」

今はちょっと二億年ぶりくらいの最適化完了でテンションおかしくなってるけどな。
躁鬱というか、賢者と遊び人とヤク中の間をグルグルと回っている感じ。
なるほど、やりたいこととやるべきことが一致する時、世界の声が聞こえるというのはこのことか。

見よ! この溢れ出すオーガニックエナジー!
身体に満ちたオルゴンエナジーと化学反応を起こし、周囲の字祷子の法則が乱れる。
周囲の瓦礫と死体の山に、俺が身体を動かし声を発する度に華が咲き誇る。
見渡す限りの花畑。
足元の、季節感を無視して咲き誇る多種多様な花に養分を吸い取られたこの文明の主だった生物の死体を踏みにじり、シュブさんの触手を掴み、力いっぱい引き寄せる。

「きゃ──!?」

引き寄せたところを抱き止めると、シュブさんは女の子の様に悲鳴を上げた。
抱き寄せるのは妙齢の女性に対して失礼かもしれないので、そのまま触手を駆使して背中に背負う。
背負い終えたのなら変形だ。
座りやすい広い背に、空力を上手く活かせる強い筋力と広い面積を有する翼。

「さぁ、上げて行きますよ!」

飛翔。
シュブさんに風がかからにように風除けの呪いを張り、大気を切り裂き、空へ舞い上がる。
おお、寒い寒い。
寒冷化が進んできているな。

「ど──行く──?!」

風除け越しにかかる温度と風量を調節した雰囲気作りの風でたなびく髪を手で抑えながら、シュブさんが叫ぶ。
風で声が遮られる空の上では大きな声で。
これはテレパシーを使えるとしても、様式美として通用するので覚えておかなければならない古代マナーの一つだ。

「イタクァとアフーム=ザーが鬱陶しいので叩きのめしましょう!」

といっても、独力で倒す訳ではない。
まともな端末のデータが復旧できたとは言え、数を出しても対抗できるかは微妙に不安が残る。
俺の記憶が正しければ、六千万年程前に来訪した機械化帝国と合流したマシン帝国の長が、寒冷化に関して色々と愚痴を洩らしていた筈。
バッカスとヒスは割りと俺に好意的だし、少し焚き付けてやれば総戦力で突っ込んでくれるだろう。
無理ならメカポ洗脳すればよし!

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±月±日(久しぶりに)

『人間らしい人間を見た』
『マンモス捕獲作戦の途中に割り込んできたので一匹アブダクションしてみたのだが、どうやら元の時代で一番多く繁殖することになる人類の先祖らしい』
『塩漬けになったプトティラ真拳の使い手や破棄された生体兵器の素体、恐竜や爬虫類ベースの連中とも異なる、まともな部類の人類』
『改めて見てみると、成る程、特徴がないのが特徴というか』
『他の人類が混じっている連中が如何にも浮いている感じだ』

『ハイパーボリアで見たエルフっぽい連中とかと比べてもまだ平凡で、如何にもニャルが好きそうなステータス』
『こう、さんざ生き足掻いても、願いには届かず、それでも諦めきれずに禁忌に手を出してしまいそうな』
『だからこそ、この人類が栄えた時代を無限螺旋の舞台に選んだのだろう』

『彼等の仲間は、ロイガーなる精神生命体によって奴隷として扱われているらしい』
『マンモス狩りの時に見せたパワーのせいで助力を乞われた。というか、崇められた』
『悪い気はしないので、旧神の魔術と称してニャルの力を借りる術式を全員に仕込んでやる事に』

『施術中、俺とは別個体のニャルとの通信が繋がる』
『さりげなくニャルとしての活動を促された気がする』
『ニャルラトホテプとしての活動って、何をすればいいんだろう』
『真っ当な人間の感性を持つ俺には到底理解できない』

追記
『アフーム=ザーとイタクァを〆終えた』
『地球全土が凍り付くことは暫く無いと思う』

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インディー月ロックフォード日(インド魔力)

『インドには不思議な魔力がある』
『和訳されていないクトゥルフTRPGのサプリには、一般宗教の神が旧神として登録されているが、このルールを追加した場合、間違いなくインドはインド系の神族によって厳重に守られることだろう』
『そして同じように、不思議文明であるエジプトにも不思議な魔力が存在する』
『こう、未知の科学文明とかがさり気なく混じっててもバレなさそうな部分とか如何にもエジプト的というか』

『そんな訳で、俺の知りうる限りの遺伝子操作技術を伝授してやることに』
『ニャルあたりの妨害が入るかとも思ったが、何事も無く伝授完了』
『ピラミッドパワーで日本とも限定的にリンクした遺跡とか作れるかも』

『そういえば、ネフレン=カは、何故かニャルの加護を得ることができなかった』
『二次創作であるために色々と不具合が出ているのかもしれない』
『サボリ気味のニャルさんに代わり、彼が存命中の間は、信仰と魔術儀式で力を得ている様に、影に日向にサポートしてやる事に』
『我ながらいい仕事だ。俺がサポートしている間の彼は、まるでものすごく身近からニャルの加護を得ているようにしか見えないだろう』

『あと、シュブさんはこの時代の衣装を大層気に入ったようで、時折衣装を見せびらかしてきた』
『この時代のシュブさんはTPOに合わせて褐色の肌であるため、ああいうエキゾチックな衣装も似合う』
『姉さんにも似合うかと思い、ネフくんに頼んでそれっぽい衣装を集めて貰った』

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丸月■日(サムラーイサムラーイブシドーウ)

『過去に遡り現代に至るまでの過程で、俺は様々な事を学んだ』
『正義のサムラーイが居ると同時に、悪のサムラーイも存在するのだ』

『まさか、あの織田信長がギルデンの手で蘇り、外道衆と結託して天下布武を目論むとは……』
『だが、当然の如く、それを阻止せんと動く正義のサムラーイも存在する』
『志葉家を筆頭として、新技術の塊であるモヂカラを利用して戦う五人組と、かの明智光秀の甥である左馬介である』
『サムラーイが妖怪と手を組んだかと思えば、サムラーイに力を与える鬼も存在する』
『この世は不思議でいっぱいだ』
『自由と平和を求める存在は、かごの中の鳥みたいに生きてくつもりにはなれないのだろう』

『信長側の黒幕のフォーティンはニャルの化身の一つだったので、部下であるギルデンを〆ておいた』
『せっかく人が授けてやった科学技術とネクロマンシー技術で、あんな微妙な作を作るとか、恩知らずもほどほどにして欲しい』

『シュブさんは和装はお気に召さなかったらしく、ここでは普通に触手雲として活動していた』
『元の時代に戻ったら、馬車道の制服をお勧めしてみよう』
『日本の命運とかを賭けた血戦を見届けた後は、姉さんへのお土産に和服とかんざしを幾つか見繕っておいた』
『自作でもいいのだが、やはり当時の職人独特の感性で造られた品も悪くはない』
『材料も購入し、後に俺の作品と並べて姉さんにどちらがいいか聞いてみよう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そんな訳で。
時は十九世紀終盤、世紀末を目前に控えた人類の文化圏へと訪れたのであった。

「アーカムシティまで、あともう少しですよ!」

「──うだー────……」

現生人類が誇る文化の都、イギリスは霧の街ロンドン。
その一角に聳え立つシティホテルの一室で、シュブさんは目を『><』こんな具合にしながらベッドに突っ伏してしまった。
ツインの部屋を取ったから別段俺は困らないのだが。

「シュブさん、せめてシャワー浴びてからの方がいいんじゃないですか?」

身体を綺麗にした後の方がゆっくりと安眠出来るはずだし、朝起きた時も気分が良い筈だ。
だが、シュブさんは俺の言葉にも身体を起こさず、ベッドに突っ伏したまま掌をひらひらと振って、ごろりと身体全体をベッドの上に転がしてしまう。
文明圏で眠るのが久しぶり、という訳でもないのだが、シュブさんのこの疲労には原因がある。
折しもサムラーイどもの血戦を見届けた後に今度は仏僧どもによる九頭龍との大規模戦闘に巻き込まれ、俺もシュブさんも、封印からはみ出したクトゥルフに一方的に因縁をつけられてしまったのだ。
触手形態で戦ったシュブさんは、何故かクトゥルフの触手によっていやらしく絡まれて、それを払いのけ続ける内に、精神的に疲れてしまっているのだ。
はみ出していた触手を封印の中に身体半分押し込んで戻し、封印から身体を抜いたらこの時代。
西暦が始まってから大まかに立てていたスケジュールに大幅な狂いが生じていた為に旅路を急いで、ようやく辿り着いたのがこのロンドンのホテル、というわけである。

だが、ここまで疲れているとは思わなかった。
シャワーを浴びて美味しい夕食を食べれば元気になるかと思ったのだが、セクハラによって女性が受けるストレスというのは侮れないものであるらしい。
これは、一晩眠って
……飯食ったら、大英博物館でも見に行こうと思ったんだけどなぁ……。

「──は少し眠────先に見──いい──」

俺が少し残念に思っていると、ベッドの上でゴロンと仰向けになったシュブさんがそんな事を言い出した。
因みにここまでのシュブさんのアクションは、旅行用の頑丈なコートを着込んだまま行われている。
流石に見逃せないのもあり、シュブさんのコートに手を掛けながら、先の言葉の意味を確認する。

「いいんですか? 一緒に見に行く約束だった思うんですけど」

ぷちぷちとボタンを外し、袖を抜く段階になって、シュブさんは何を言われるまでもなくバンザイの姿勢で脱がせて貰うのを待ちながら、僅かに肩を竦める。

「────全──所で視たことある────っかり──」

「まぁ盗品ばっかですしね」

実際、博物館よりも図書館の方こそがメインみたいに話していた覚えがある。
筆者と知り合いだったりした幾つかの魔導書が収められている筈なので、それが現代でどのように扱われているか確認して話の種にしよう、とか。
だから、シュブさん的には博物館にはあまり魅力を感じないらしい。
今現在ではまだ図書館との分別はされていない筈だが、それでも無理をしてまで博物館の展示を見ようという気にはならないのだろう。

「でも、卓──行きた────?」

寝転がったままコートを剥かれつつ、シュブさんは誂うように笑う。

「ええ、まぁ」

俺は、ズボンからはみ出したシュブさんのシャツの裾を直して上げながら、渋々と頷いた。

平凡かつ一般的な日本人である俺にとって、大英博物館というのは憧れの観光地の一つでもあるのだ。
以前に出会ったイギリスのエージェント『ザ・ペーパー』が、図書館と同じくらい楽しそうに博物館の事を絶賛していたというのも原因の一つだろう。
ビブリオマニアである奴が図書館と並べて絶賛する博物館だ。面白くない訳がない。
もしかしたら、展示の方法にも色々と気を使っているのかもしれないと考えると、観光客的気質がムラムラと湧き勃って来るではないか。

「────、──今度───れば───から、ね?」

だらしない姿を晒しながらも、こちらに約束を破らせないさりげない気遣いを忘れないシュブさん。
何もかもをお見通し、といった雰囲気は、少し姉さんに似てきている様な気もする。
単純に、俺を上手く扱う上での基本的なスキルなのかもしれないが。

「うぅ、む、じゃあ、お言葉に甘える、という事で。行ってきます」

「遅──らない────ねー──」

寝転がったまま見送りの言葉を送るシュブさんに背を向け、ベランダから、大英博物館との間にあるビルの一つへと飛び移った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

時刻は夕刻を過ぎ、夜。
日が沈んだロンドンの霧は濃く、外の見晴らしはよろしくないだろう。
洗濯物を外に干す者は殆どおらず、後の世では一家に一台、洗濯機とセットで乾燥機が常備されていると言われるロンドンだが、当然、大英博物館の中は快適そのものだ。
建物の構造からして、展示物の劣化を防ぐために湿気を下げて、展示物にやさしい適度な湿度と温度を保つ工夫が施されている。

お陰で、閉館後の館内であっても快適に展示物を見学することができる。
なにせ、ここの空調は観光客ではなく展示物に対するモノであるため、閉館後は停止する、などという事は有り得ないからだ。
警備員もこれまでの様々な古代文明では考えられない程に薄く脆い警備網しか敷いておらず、多少の認識阻害と光学迷彩で充分に誤魔化せてしまえるレベル。

実に快適だ。
まるで平日の昼間に、、隣町の山奥にある寂れた美術館を見学しているような気分になる。
展示物も決して価値がない訳ではないのだが、どれもこれも視たこと聞いたこと触ったこと齧ったことのあるような品ばかりで、真新しさよりも懐かしさばかり感じてしまう。
正直な話をすれば、少し拍子抜けだ。
まぁ、如何にザ・ペーパーが変態であったとしても、その見聞の広さは一般人よりはまし程度のものだった、という事だろう。
これなら、シュブさんと談笑しながら図書館で読書を楽しんだ方が良かったかもしれない。
なんだか悔しいし、姉さんへの土産に、何か楽しげな展示物でもあれば持って行ってしまおうか。

「あ、この個人浴槽と柱、ルシウスの作じゃん」

うわぁ懐かしいなぁ。
確かこれ、シュブさんが入ってから子沢山の効能が出始めた曰くつきの一品じゃなかったっけ?
シュブさんと一緒に、背中合わせでこの浴槽で湯に浸かった事もあったっけ。
タイムトラベラーってだけじゃ片付けられない、ルシウスの勤勉さが出た堅実な作りが中々……。

「むむ」

びびっと来た。
なんか、俺の中の邪神のどれかが共鳴している。
さては姉さんへのお土産フラグだな?

展示物の間を歩きながら、一直線に共鳴反応の原因へと近づく。
原因に近づけば近づくほどに強くなる共鳴。
いいね、これはお宝の匂いがするかもしれない可能性を否定しきれない様な雰囲気が僅かに漂っているような気分にさせられる。
……まぁ、こういうのって、実物を目にする直前までのワクワクが最大の楽しみなんだろうけど、期待するだけならタダだし。


そうして、俺は展示場の片隅、レリーフや石柱の狭間にさり気なく展示されている『それ』の前に立った。
人間の腿程のサイズの、小さな石像。
翼を畳み直立する蝙蝠にも似た形で、玄武岩風の材質の本体に、今さっき血をぶちまけたかのような、べっとりとへばりつく紅い塗料。

「なんだ、マナウス神像じゃん」

ある意味予想通りの物品が出てきて肩を落とす。
がっくりきた。
いや、取り込むに越したこた無いんだけどね?
ぶっちゃけ、獅子の心臓で代用できるというか……、姉さんへのお土産として見た場合デザインが微妙というか。
製造段階で関わって、デザインをどうにかするべきだったかもしれない。
何処で何時造られたかは知らんが。

「んー、ま、一応貰っとこう」

他にもお土産は沢山あるし、一つくらいはこういう微妙なハズレを持っていくのもご愛嬌。
そう考え、手を伸ばし────
背後から飛んできた偃月刀を掴みとる。

「悪いが、そこまでにして貰おうか。それは素人が手を出していい品では無いのでね」

渋みのある、良く通る声。
ここが夜中の閉館中の博物館である事を気にしなければ、良い声だと評価できたかもしれない。
夜中は、近隣住民の事も考えて、ボリュームを落として話すべきだろうに。
相変わらずの格好つけたがりめ。

「はぁ、人をいきなり素人扱いですか」

「違うのかね? なまじ、半端に知識を持つが故に、そんなモノに手を出そうとする」

「そういう事はですね……」

振り返ると、そこには一人の奇妙な男が居た。
ラフなシャツに革の帽子を被った、日に焼けた逞しい壮年の男。
歳は四十を過ぎた頃か、しかし、その不敵なニヤケ顔のお陰で十歳は若く見える。
いや、若く見えた、と言うべきか。

「レポートのミスを『後輩』に指摘されるような人が言っていいセリフじゃあ無いと思いませんか?」

不敵で、何者にも屈さないと言わんばかりの強かな笑みは、振り返った俺の顔を目にした瞬間から、ゆっくりと崩れ始めていた。

「君、いや、お前は……!」

笑みを崩し驚愕に歪んだ顔そのは、やはり経た年月を確かに老化として刻んだ、歳相応の顔。
懐かしい、しかし、あれからとても長い時間見ていなかったのだと実感させられる、良い老化具合。

「ね、大十字先輩?」

億年ぶりに顔を合わせ見違えるほどに渋みを増した大学の先輩に、俺は手の中の偃月刀を砕きながら、とびきりの愛想笑いを向けるのであった。






続く
―――――――――――――――――――

多分、この話の中で幾体ものキングクリムゾンが過労死しているであろう、地球誕生から十九世紀終盤までの第七十三話をお届けしました。

いやー、えー、ひと月超えちゃいましたね。
忙しかったのかと効かれると、デジモンプレイしたり、ビール祭りやったり、夏祭り行ったり、花火大会見たりしてました。
ええ、暇でした。たぶん。仕事もそれほどきつくない感じでしたし。
とはいえ、色々言い訳したい部分もありますが、それは後回しで。

基本に立ち返って、帰ってきたQ&Aになってるか微妙な自問自答コーナー。

Q,時代考証、当時の自然科学が云々!
A,外宇宙よりの来訪者が割りと頻繁に来る地球でそんな事を言われてもー! むりくり辻褄を合わせてはあるつもりですが、改良案などあれば参考にさせて頂きます。
Q,なぜ完全に食料を自給しない。
A,基本、作中で主人公がモノローグしてる通りの理由ですが、ほら、グロい見た目の生き物って、美味しい場合が多いと思いませんか?
Q,日記部分多くね? 方針変えたの?
A,日記無くすと、今年中デモベ編終了が今世紀中デモベ編終了に予定変更になりますがー。
Q,暑さ寒さとか、主人公とシュブさんに関係あるの?
A,シュブさんは季節感を大事にするため夏はクーラー付けない派です。つまり、汗で透ける薄手のシャツ……!
主人公は知らんです。嘘、自然派かつ、人間の感覚を忘れない為に必要なのです。
Q,搾乳合体とか姉が居るのに許されざるよ。
A,孔子曰く『搾乳は全年齢対象、少年誌でもやれる』つまり超セーフ。
一見してエロスな行為に見えるのは、空があんなに青いせいだとおもいます。
ちんことかはつかってないのでせーふせーふ。
あくまでも搾乳だけなのでー。
Q,QTSに恨みでもあんの?
A,育成パートで可愛いのは認めるんですけど、ゲーム全体を見るとだるだるですよね。
もっとバッサリ、QTSを可愛がるだけのゲームにしてよかったんじゃないでしょうか。
餌とかおやつとか、主人公をバイトさせて自由に買わせられれば楽しさも増したと思うのですが。
あ、あれと同じような育成システムで、境ホラの育成ゲーム的なモノ作れませんかね?
むりならOSAKAの格ゲーをそろそ
Q,次は外伝話?
A,たぶん。コーンフレークの成果が出ると思われます。恋人もう死んでるけどな!

で、言い訳するとですね、前回のあとがきで『次の話のラストらへんで原作に戻る』みたいな話をしたのが原因かと。
言い出したのは自分なんで明らかに自業自得な上に、出したとしても原作に本気でかすりもしない古代地球編を延々やって終わりという微妙な話になってたんで、結果的にはこれで良かったんだと思いますが。


次回は完全に原作ありなので、ここ最近からは考えられない程早く、多分二週間程度で上がるとおもいます。
ええ、勿論、デモンベイン編だって、今年度中には終わらせますよ。


そんな訳で、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、意外と名曲だったイワークさんのキャラソンへの直感的な感想、
そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、短いものから長いものまで、心よりお待ちしております。



次回予告
古代地球での行いの数々が、ついに主人公に牙を剥く。
属性が極DCへと傾いてしまった主人公は、制限時間内に極Nへと属性を戻す事ができるのか。
鳴無家、極N姉弟妹の誓いを守る為、主人公はLL寄りな活動を開始する!

第七十四話、無限螺旋はぐれ旅。
『打ち砕け鬱フラグ! 怒りのコスモボウガン乱れ打ち』
ダガーさん、仮面の下の涙を拭え。


※なお、この内容は予告なく変更される可能性があります。ご了承下さい。


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