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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第七十一話「邪神と裏切り」
Name: ここち◆92520f4f ID:81c89851 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/23 05:36
砂と石に包まれ、金属雲立ち込めるセラエノ星系第四惑星。
緑地を失いながらも、それに適応して進化してきた生物が住まう星の有様が『螺子曲る』
高層建築物も霧も住人も図書館も、何もかもが粉々に砕け散り始めた。
いや、砕け散っている訳ではない。

『分解』されている。
建築物がパーツごとに分けられるよりも早く、そのパーツが、そのパーツを構成する物質が、その分子構造が、原子が、粒子が。
分解される。
分解されたそれらは、大小無数無量無尽の螺子/歯車/撥条/配管/鉄骨/導線へと仕分けられていく。

当然だが、ありえない。
分子も原子も粒子も、それらを構成する要素であり、分解して部品が生まれてくるようなものではない。
だが、異界と化したこの世界においては、それが当たり前のルールであり、万物は等しく微小機械の寄せ集めでしかない。
己を構成するあらゆる要素は、総て細やかな機巧のパズルでしかなく、それは、この異界に取り込まれた異物とて逃れ得るものではない。

「くっ……!」

大気や空間そのものすら分解される中、エセルドレーダは咄嗟に結界を展開する。
ほころびかけていたリベル・レギスの装甲が既のところで固定され、仮想コックピットの中に充満していたパーツが元の空間と大気に組み直された。
リベル・レギスを包む結界が異界との接触で紫電を散らし、その紫電すら次の瞬間には分解されていく。
荒れ狂う機械部品の暴風。
それは最早この第四惑星そのものを包み込み──星そのものが、機械部品の渦へと変質する。

「これは……」

結界の制御を行いながら外の様子を観測し、エセルドレーダは驚愕する。
第四惑星だけが組み替えられたのではない。
星系そのもの、いや、正確な範囲は不明だが、時の流れ、空間の成り立ち、時系列、そういった概念的な物までもが、尽く部品単位に細分化──改竄されていく。
時の流れも無く、空間の広がりもなく、ただ機械部品の渦だけが存在する。
改竄され、組み替えられ、在り方を変える世界の中心に、何者かの姿が存在した。

「さぁさぁ、御照覧あれ」

部品の渦の『目』の中で、世界を祝福するように両手を広げる『何か』
黒い女、黒人神父、物理学者、預言者、魔女を操る暗黒の王。
それを表現するのには多くの肩書きと姿が並べ立てられ、しかし、究極的にはたったの一言で顕す事ができるだろう。

混沌。
千の貌、無限の比喩に使われる数の姿を持つが故に、交じり合い、どれでも無い。
顔を持たぬが故に無数の姿を持つ、『魔王』の息子。
邪神。
這い寄る混沌。

「これこそが、君達の知る『鳴無卓也』の、真実の姿だ!」

その名を、人の言葉に当て嵌め、『ナイアルラトホテップ』
知性を持たぬ多くの邪神の意思を代行する、人の認識できる範囲では唯一旧神の封印を免れた邪神。

快哉の声を上げる混沌を中心に、嘗て星であり生物であり宇宙であった機械部品が組み上げられていく。

機械部品を組み上げられて作り上げられるのは、当然のごとく機械であった。
機械で造られた仮の代用品。
機械仕掛の空間。
絡繰細工の時の流れ。

仮定された時空を占めるのは、空間と時間そのものである一つのなにか。
地平の果てまで続き地平の果てすらもそれであり空間の広がりも回路の一つとして。
流れる時空をも材料に、夢幻のごとく沸き立つ無量の演算装置によって形作られる一つの回路。

それは混沌を中心としながらも秩序的であり、
狂気を基にしながら理性的であり、
広大でありながら酷く矮小な範囲に詰め込まれ、
遠大でありながらも狭小な結果を求める、
巨大な演算装置で求められた、矮小な演算結果。

「卓也……なのか……?」

リベル・レギスの制御すら手放し、マスターテリオンが呟く。
時空すら組み替えて造られた、無数、無限、無窮の演算装置の集合体。
それそのものが世界であるそれらは、たった一つの指向性を持って、延々と演算を繰り返し、その結果を出力していく。
それらは人の目にはでたらめな落書きのようにしか見えず──しかし、誰もが一目で理解してしまう。
これは、人間だ。

人体を模している訳でもなく、精神を模している訳でもない。
だが、彼を、鳴無卓也を知る者が見れば、誰しもが気付くだろう。
この世界そのものが、鳴無卓也そのものなのだと。
たとえ、それが何を意味しているかを理解できなくとも。

「これは……」

呆然と、世界を見回すマスターテリオン。
人の理解できる範疇にない演算機械群は、音で、映像で、臭いで、形で、モニタに、パンチカードに、演算結果を吐き出し続けている。
吐き出される結果は鳴無卓也という人間そのもの。
しかし、それらは卓也の意思も肉体も表さず、唯その辿って来た歴史をなぞり続けている。

「おお、おお、素晴らしきかな!」

世界の中心で、混沌が喝采する。
半神半人であるマスターテリオンに理解できずとも、『魔王』に程近い混沌には、それが何かをぼんやりと、しかし鮮烈に理解した。
演算装置が導き出す答えは、この世界の外の出来事。
打ち捨てられた世界ではない、字祷子の園でもない。
真の宇宙の姿。

そして、映しだされているのは、卓也の経験、記憶。
法則外の演算器ですらゆっくりとしか処理しきれぬそれらの情報は、人が死の間際に見る走馬灯に似て。

流れる情報にはマスターテリオンにも理解のできる情報が混在している。
ブラックロッジでの活動記録。
多分に主観の混じったそれは、情報というよりも、人の持つ生の記憶に近い。
体感も含まれるそれは人生そのもの、人間としての全てと言っても過言ではない。

細分化されながら流れるその記憶は、完全に処理を終えると同時に形を失い、ノイズ混じりの破損ファイルを経て、何処へともなく消え失せた。
演算を終えた演算装置の一つが、毒々しく虚ろな神気を漏らし始める。

半神としての部分が、テリオンに警鐘を鳴らす。
この演算を、完了させてはいけない。

「っ、エセルドレーダ!」

自らの魔導書に呼びかけると同時に、放棄していたリベル・レギスの制御を取り戻す。
崩れかけのままに固定されていた装甲が復元され、無限の心臓から供給される無尽蔵の魔力が、リベル・レギスの武装へと供給を開始。
最も出の早い手首の重力砲が漆黒の重力砲弾を撒き散らし、手近な演算装置を圧壊。
だが、演算は止まらない。
一部の演算装置が失われても、演算装置の集合体であるこの世界には毛筋程の遅延も齎さない。

「無駄、無駄だよ大導師殿。ふふ、はは!」

嘲笑を滲ませた混沌の呟きを肯定するように、演算装置は淡々と卓也の情報を処理し続ける。
対象の容量が膨大であるためかその処理速度こそ遅いものの、着実に進行を続けている。
テリオンは混沌の嘲りを黙殺し、魔雷を放ち、十字剣を振るい、演算装置を破壊する。
しかし、マスターテリオンは気が付かない。
確かに演算を進めさせるのは危険だと直感した。
だが何故、『混沌そのものを狙う』という思考に辿りつけないのか。

「おいおい、大導師殿、僕に二度も同じ事を言わせないでおくれよ。『一度でいいことを二度言わなけりゃいけないってのは、そいつが頭悪いってことだから』さぁ……ひひひっ!」

目もくれられない混沌は、マスターテリオンの意識の外で引きつるように嗤う。
その声にはノイズが混じり、台詞の一部は卓也の声、笑い声は美鳥の声に近い音域へと変化していた。

「『何度も言わせるって事は無駄なんだ……無駄だから嫌いなんだ……無駄無駄……』なあんてね! なあんてね!」

一心不乱に演算器の群れを破壊し続けるリベル・レギスを眼下に見下ろし、見下(みくだ)し、げたげたと腹を抱えて笑い転げる混沌。
その相貌、振る舞いは最早混沌というよりも、人のそれに近しいものだ。
喜劇の中心にいる主人公を笑う。
その性質はこの混沌も元から備える性質の一つだろう。

「ああ、あぁ……確かに、こういう場面で誰かの言葉を傚うのは愉快だ。うん、これは、こういう気分で生きていたのか、彼らは」

だが、この笑いはそれよりもさらに業が深い。
人間をおもちゃにして、意図的にその足掻くさまを楽しむ、宇宙的な、純粋な、愛にも似た悪意から来るものではない。

「でも、このままじゃあ、ちょおっとつまらないかな?」

誰しもが日常の余暇で楽しむ余興の様に、
小説を読むように、漫画を読むように、ドラマを見るように、アニメを見るように、
自分たちと並べて、同じ世界の中で位階の低いものと理解して嘲るのでなく、
男も女も、赤子も老人も、人もそれ以外も、世界そのものすらも、邪神の王ですらも、一切合切の区別なく、
所詮は替えの効く人形、道具、餌、そういったモノを見る様な。
邪神ですら、心底から行うのは難しいだろう、この世の総てを自然体で見下す視線。
本来なら混沌ですらたどり着けぬ境地に到達しようとしている。

口の端を裂けんばかりに吊り上げ、混沌が言葉を紡ぐ。

「『落ち着かれませ、大導師殿』」

紡がれた言葉。
その意味自体は大した意味を持たない。
だが、その声質、口調は、マスターテリオンの動きを止めるのに十分な理由を持っていた。
動きを止めたリベル・レギスを見下ろし、混沌は笑みを深めながら再び口を開く。

「『既に御身はかの混沌を打倒しうる手段を手に入れているではありませんか』……こんな感じかな? いやぁ、『お兄さん、この手の話をする時、変に仰々しい口調をするよね』」

その声と口調は、卓也と美鳥。
マスターテリオンにとって、最早慣れ親しんだと言っても過言ではない二人の言葉を紡ぐ混沌。
その姿は人の輪郭を持つ混沌。
だが、僅かにテリオンのよく知るシルエットへと近づき始めている様にも見えた。

その姿を打ち消さんとリベル・レギスは十字剣を綺羅びやかで禍々しい装飾の施された弓へと変化させ、もう片方の手に燃え盛る魔力の矢を作り出す。
しかし、素早く弓に矢を番え、混沌に狙いを定めた所でリベル・レギスはまるで躊躇うようにその動きを静止した。
リベル・レギスを操りながら、テリオンは逡巡する。

このままあの混沌を射抜いていいのか。
混沌に取り込まれた卓也の身はどうなる。
そもそもまだ卓也は無事なのか。
射抜いた程度でどうにかなるのか。

「ああ、ああ、大導師殿、大導師殿。僕には君の考えていることが手に取るように解るよ。だから、教えてあげよう」

混沌とした人型が、嗤う。

「『無駄』だよ、もう終わっているんだ。彼と彼女は僕のお腹の中ですら無い、これは『新連載』なのさ。旧作主人公を便利な強キャラで何時までも引っ張るなんて、読者受けも悪いだろう?」

ぱん、と両手を合わせ、そのまま両腕を広げる。

「なんとルールも改訂だ。僕が完全に主人公──卓也くんになった時点で、無限螺旋を続ける必要すら無い。彼の姉に、彼となった僕がおねだりでもすればイチコロだろうからね」

顔を持たぬが故の無貌に、在り得る筈のない晴れやかな笑みが浮かぶ。

「おめでとう、大導師殿。白の王も黒の王もこれでお役御免だよ。これからは好きに生きてくれて構わない。もはや運命すら、君を縛り付けることは出来ないからね」

嘲る色も無い、嗤いでも哂いでもない、笑顔。
それは、興味の失せた対象に向ける、ただ礼儀として送られる祝福。
自分には関わり合いのない幸福を、そうするのが自然だからと向けられる祝福。
最早悪意すら存在しない祝福を受け、マスターテリオンは放心する。

黒の王ではなくなる。
それが真実ならば、マスターテリオンにとっても確かに悪い話ではないだろう。
しかし、マスターテリオンが矢を放つ事もなく放心している原因はそれではない。
何もかもが無駄であると、混沌の言葉を信じた訳ではない。

マスターテリオンとエセルドレーダ、リベル・レギスの全性能を持ってしても、混沌の中に取り込まれた卓也の反応を感知できない。
図らずも、マスターテリオンの半神として、魔術師としての、そしてエセルドレーダの魔導書としての位階の高さが、混沌の言葉を裏付ける。
億を超える年月を共に歩んできた協力者、無限螺旋という地獄を共有する相手の消失に、マスターテリオンは戦う気力を失いかけていた。

「ま、望むなら引き継ぎ出演も可能だけどね。ほら、大導師殿ってば、結構この二人の事を気に入ってたし、悪い話じゃないだろう?」

この二人、と言いながらその身を二つに分ける混沌。
揺らめく二つの輪郭は、ぼんやりと青年と少女の姿を浮かび上がらせていた。
混沌の中に、時折ノイズの様に卓也と美鳥の姿の一部がチラつく。
取り込まれた卓也と美鳥の因子を最適化しきれていないが故の現象。
全ての演算装置がその役目を終えた時、混沌は『鳴無卓也』という自らの新たなる化身を手に入れ、外なる神の解放という悲願を果たすだろう。

「マスター……」

放心するマスターテリオンに、エセルドレーダは気遣わしげに声を掛ける。
しかし、マスターテリオンは呆然と世界の中心にいる混沌を見上げているだけで、何の反応も示さない。
エセルドレーダには一目で理解できてしまった。

マスターは、あの混沌を見ている訳ではない。
混沌を通して、あの兄妹を見つめているのだ。

この状況で、世界が真実の意味で滅ぶかもしれないこの状況でも、自分の主はあの二人のことしか見ていない。
自分の事など、自らと共にあることが当たり前な魔導書の事など気にも留めない。
仮想コックピットの中、映し出される外の光景。
演算装置の明滅する光が、虚ろな表情のマスターテリオンを照らしている。
その光景を前に、ぎり、と、エセルドレーダは歯を鳴らす。

ああ、なんてざまだ。
あっけなく取り込まれて消えたあの兄妹も、そんな間抜けにすら勝てぬ自分も。
主の想いを奪ったまま消えた二人、主に想われる事すら願えない私。
そして、何もかもを投げ出してしまいそうな、主自身も。

「マスター」

エセルドレーダが主を呼ぶ。
マスターテリオンはその声に反応する事すらしない。

「マスター、あの男の言葉をお忘れですか」

演算装置の稼動音だけが響く世界の中、エセルドレーダは主に語りかけ続ける。

「『何があっても取り乱さず、速やかに目的を達成してください』と、あの男はそう言いました」

それは、卓也自身もこの状況を予測していたという事。
それがどういう事なのか、解らないエセルドレーダではない。
あの魔導書が混沌の化身の一つであった事も想像に難くない。
ならばこそ、卓也には選択肢があった筈だ。
魔導書を破棄することも、封印することも、卓也の位階ならば可能だった筈。
それを行わずに、敢えて魔導書との契約を保ったまま、魔導書に精霊化可能な程の魔力を流し、這いよる混沌の、邪神の顕現を許した。

それは何故か。
それ以外に、ナイアルラトホテップをマスターテリオンの目の前に連れてくる方法が存在しなかったからだ。
邪神を打倒する手段を持つ者の前に邪神を連れてくる為に、その身を贄として差し出した。

トリッパーなる出自を考えれば、逃げる手段は幾つもあったろう。
あの男の性格からすれば、姉さえ無事であれば何もかもを無視して自らの安全を取る。
だが、それをしなかった。
姉を至上とし、自らの安全のためならばその他の如何なる犠牲を作り出す事にも躊躇しないはずの男が、何故敢えて火中の栗を拾うか。

──あの男は、この世界に愛着を感じ始めていたのではないか?
エセルドレーダには、そう思えてならなかった。
ブラックロッジでの活動報告を見ても、ミスカトニックでの話を報告するところを見ても、あの男が姉と自分以外の総てを切り捨てられるとはとても考えられない。
あの男は、遂に自らの命すら顧みずに、世界を救う手段を与えたのだ。

他ならぬエセルドレーダの主、大導師マスターテリオンに。

「無視するのですか、マスター」

だからこそ、ここで立ち止まる訳にはいかない。
主を立ち止まらせる訳にはいかない。
あの男が現れてから、マスターの瞳には光が宿り続けていた。
目指すべき目標を持つが故の、未来を見据える魂の煌き。
同じ道程をぐるぐると歩かされる家畜の如き無限螺旋の中で、それでも未来はあるのだと教えてくれた。

エセルドレーダ自身がどう思う訳でもない。
だが、エセルドレーダの主は、大導師マスターテリオンは、確かにあの男の言葉に、存在に救われていたのだ。
態度で示す事は少なかったかもしれない。
だが、心に秘めた感謝の念は何よりも強い。
それは、常にマスターテリオンを見つめ続けていたエセルドレーダだからこそ理解できる事実。

「あの男の──卓也からの『唯一の願い』を」

返しきれない借りがあるのだと、そう思っていた筈なのに。
機会があれば褒美の一つもくれてやろうと言い続けていた筈なのに。
命を賭した願いには、応えることができないのか。

「答えなさい! 『■■■■■■■』!」

エセルドレーダが叫ぶ。
今この時だけ、主である大導師マスターテリオンにではなく。
もはやこの字祷子宇宙の何処にも存在しない名前を。

人としての運命を、黒の王という巨大な配役によって掻き消された青年に。
運命に流されるまま、運命の出会いを果たしたかつての少年に。

かつて、運命に任せ、行わなかった問いを放つ。
最強最古の魔導書、『ナコト写本』の主に足る術師であるか。
運命を食い破る意思の力を備えているか否か。

「……………………ふっ」

長い沈黙を置き、短く笑い声が響く。

「よもや、日に二度も臣下に『道』を問われるとは」

自嘲気味に笑うマスターテリオン。
その表情にはしっかりと生気が戻り、瞳には強い意志の炎が灯っている。

「だが、そうだな……。エセルドレーダ」

「はっ」

仮想コックピットの中、マスターテリオンへと傅き頭を垂れるエセルドレーダ。
エセルドレーダは確信する。
『■■■■■■■』ではない、自らの主が、ここに舞い戻ったのだと。

「先ほどの問いの返答、とても言葉にできぬ。……肉体と、魔術と、戦いと──勝利にて、返答としよう」

リベル・レギスの無限の心臓が脈動し、膨大な、しかし、制御された魔力を生み出す。
先ほどまでの破れかぶれの破壊活動を行うための出力ではない。
魔術師の、鬼械神での『闘争』を前提とした、安定した出力。
手にした黄金弓は再び引き絞られ、光で編まれた弦に番えられた矢は、真っ直ぐに混沌へと向けられた。
矢を持つ手には、弓に番えている物の他に、十数の矢が挟み込まれている。
そのどれもが必殺の威力、必滅の呪力を備える魔弾である。

「やれやれ、聞き分けのない。まぁ、そういう展開も嫌いじゃあないけど」

両手を広げ大げさに肩を竦める混沌。
限界まで引き絞られた光の弦が解き放たれ、光の矢が飛翔する。
物理法則を超越し光速を超え疾駆する光の矢は、その過程を置き去りに破壊という結果を撒き散らす。
爆裂する大気。
衝撃波が射線周辺の演算装置を砕き、砕けた演算装置は自己修復を行いながらも飛散したパーツで更に巻き添えを作り出す。

引き裂かれる異界の時空。
その痕をなぞるように追撃の矢が解き放たれ、更なる加速を持って先行する矢の矢筈を引き裂き、分つ。
貫かれ爆ぜる矢が散弾と化し、自らを貫いた矢と共に混沌に襲いかかる。
更に飛来する散弾は視界を遮り、追撃で放たれた残り十数の矢を隠す壁ともなっている。
回避不能の範囲攻撃。
星を砕くことすら無く美しい弾痕と共に貫く無数の鏃。

それらは、突如として現れた巨大な掌によって容易く、羽虫を叩き落とすような気安さで防がれる。
既に鬼械神すら分解し虚空に立つ混沌は、傷一つ負っていない。
鬼械神程もある巨大な掌の持ち主が、絵の具を滲ませるように空間から姿を顕す。
見上げるような、リベル・レギスから見ても巨大過ぎる、機械の塊、人型の機械の寄せ集め。
電脳の神威にして、あらゆる鬼械神の起源、原典。

「そうだなぁ、『これ』で相手をしてあげてもいいんだけど、大導師殿、君にとってのラストバトルになるかもしれない相手が使いまわしってのも気が引ける……だから」

機械巨神が、その身を『解く』
ゆる、と、全てのパーツの噛み合わせを外し分解寸前にまで解ける巨神。
噛み合わせを外し、全てのパーツの間に隙間が生まれた巨神が、間隙の分だけ見た目の堆積を増大させ──

《永劫(アイオーン)!》

世界が、歪む。

《時の歯車、宿命(さだめ)の刃、久遠の果てへと巡る虚無》

神言による詠唱。
電子ノイズ混じりの声に呼応するように、異界を形成する全てが砕け散る。
砕け散り飛散した欠片が飛散した先で新たな演算器を形成し演算器が組み合わさり巨大/微小な無数の機械部品を形成。

《永劫(アイオーン)!》

一つの世界が、人に至る過程で矮小化している混沌を中心に折り畳まり──切らない。
容量過多。
収束先の器は世界を収めきる規模ではなく、世界も一つの器に収まりきるほどの規模ではない。
だが、終わらない。止まらない。

《我より逃れ得るものはなく》

打ち払われたリベル・レギスの魔力矢の残滓すらも分解し飲み込み巻き込み、収まりきらなかった全ての要素が行場を探して渦を巻く。

圧縮、圧縮、圧縮。
収束、収束、収束。

世界を構成する全てが流れ、巡り、胡乱な輪郭の鬼械神を中心に無数の円環を形成する。
円環を形成するのは、極めて角度の浅い、平坦に近い螺旋。
螺旋で造られた円環それぞれが全てリンクし、絶えずその性質を流転させ、僅かな違いながらも決して同じ色艶形を取ることはない。
終わること無く続き、永劫を巡り、変貌を続ける螺旋。

《我とありしもの、死すらも死せん》

それは尽きることのない無限。
それは果てることのない螺旋。
狂うこと無く狂い続け、無限に無尽に時を刻み続ける、一基の機械。

「初お披露目……というわけでもないか。こんな状況でもなけりゃ、君達には認識する事も出来ないってだけで」

これこそが無限の螺旋である。
共にあり続ける白と黒の王から、完全なる死を奪い続ける、無慈悲な絡繰細工。
輝くトラペゾヘドロンを生み出すために創りだされた、混沌の力を孕む機械の神。
無限螺旋に包まれた鬼械神の輪郭が実像を結ぶ。

「これが、僕の『武』で、『威』の化身」

その姿は、ネクロノミコンから呼び出されるアイオーンそのもの。
だが、過去の術者達の駆る機体とはどれも意匠が異なり、これと断言できる共通点を見つけ出す事ができない。
しかしそれでいて、アル・アジフが執筆されてから招喚されてきた全てのアイオーンが瓦落多に見えるほど精緻な造り。

この世界における、無貌が故に存在する千の貌の一つ。
アブドゥル・アルハザードが時空の狭間からこぼれ落ちたアル・アジフの断片を元に執筆する新たなるアル・アジフ。
無垢な魔導書に経験を積ませるために、千の時を越えて真の主の元にたどり着かせるために、
有象無象のマスター・オブ・ネクロノミコンを燃料に、アル・アジフを白の王の元へ届ける役目を担う。
無限螺旋を構築する、永劫の螺旋を回すシステム、その一つの根幹。

その名も、アイオーン。
──機械仕掛の永劫《鬼械神クロックワーク・アイオーン》
人間の魔術師が操るためにデチューンされて記載されたネクロノミコン版ではない、邪神の力を司る真の姿。

「本来ならこんな使い方をする必要もないんだけど……大導師殿、君への手向けだ」

アイオーンが両の拳を腰だめに構え、肩部の装甲が開く。
掌の装甲が展開し、内部から虫の複眼にも似たレンズが姿を表した。
この世界では殆ど利用するものの居ないエネルギー収束する。
高次元波動──オルゴンを利用した、光速で目標を追尾するレーザー兵器。

「真の世界、その一端を身に受ける名誉を受けて、華々しく舞台から失せるといい!」

―――――――――――――――――――

アイオーンの放ったホーミングレーザー。
それは神威を帯び、この世界を構成する概念を超越するトリッパーの力を受けて、オリジナルのものとは比べ物にならない程の威力を備える。
無数に放たれたレーザーの一条でも直撃しようものならばリベル・レギスといえども甚大な被害を受けるだろう。
無論、それがリベル・レギスに直撃すれば、の話でしかないのだが。

レーザーが如何に高火力であろうとも、その速度はあくまでも光速に過ぎない。
オルゴンという性、気にも似た要素を持つ波動を光という一形態に変換して行われるこの攻撃は、威力を上げることこそあれ、速度という点では物理法則に縛られる枷にしかなり得ない。

光の早さで迫るレーザーを容易く回避し、リベル・レギスは翔ける。
追尾する光線を躱しながら、黄金の弓から魔力矢を放ち続け、牽制。
星を解体されながらも異界化から脱した元第四惑星跡の宇宙空間を、灼える魔力矢が引き裂き飛翔する。

「おおっと、危ない危ない」

物理法則を超越した魔力矢はレーザーよりも早くアイオーンの周囲に浮かぶ螺旋/円環に阻まれ砕け散り、煌めく魔力の粒子に。
光の粒子を身に帯びたまま、アイオーンは素早く──しかし邪神の操る鬼械神としては緩慢とすら言える動作で背に手を伸ばす。
アイオーンの背には真紅の翼。
何時の間にか現れていたその翼の基部を掴み、ブーメランの様に投げつけた。

リベル・レギスの魔力矢をも超える速度で迫る、ギロチンと化した翼。

「くっ……エセルドレーダ!」

「イエス、マスター」

マスターテリオンの言葉に頷き、エセルドレーダが障壁を展開する。
展開された防禦陣は、回転しながら飛来する翼を前に一瞬の抵抗を見せた後、布のように引き裂かれた。
防御陣で僅かに到達速度が遅れた翼を、リベル・レギスは未だ弓のままの十字剣で切り払う。
軌道を逸らされ、しかし翼は回転速度を落とさずアイオーンの手の中に戻り、再び背部へと装着される。
装着され、すぐさまその翼はその姿を消してしまう。

「中々やるじゃあないか、大導師殿。でもその程度の武装、僕の手の内の中では最も格下の部類。お次はこいつだ」

アイオーンの両の手に、それぞれ性質の異なる二つの力が宿る。

「右手に魔力、左手に気……」

反発し合う力を、掌を合わせて融合させるアイオーン。
融合して爆発的に総量を増した力がアイオーンの全身を包み込む。
アイオーンの現在の出力は先までの数倍、十数倍と見ても大げさではない。

出力を増大させたアイオーンの背後で、全ての螺旋/円環が一つに纏まり、太陽の如く輝き始める。
後光を背負うアイオーン。
格闘家の様に構えた腕には、ナックルガードが手の甲全体を覆うように装着されている。

そのまま演舞のように軽く構えを動かし、暗黒物質を足場にアイオーンが踏み込む。

「肘打ち、裏拳、正拳! てぇりゃああああ!」

攻撃方法を宣言しながらの連撃。
リベル・レギスは半ばから砕けかけている黄金の弓を、二本の十字短剣へと再錬成。
逆手と順手に構えた十字/逆十字の二刀を持って致命となりうる攻撃のみを捌いていく。
捌ききれなかったアイオーンの膝が、手刀が、リベル・レギスの装甲を削る。

「……ってね。さぁ大技だ!」

コックピット狙いの双掌打を十字短剣を交差させて受けきるリベル・レギスをアイオーンが直蹴りで引き剥がし、距離が開く。
アイオーンの背部に左右三基づつのバインダーが展開し、片手を掲げ、混沌が楽しげに詠唱を始める。

「僕のこの手が光って唸る!」

言葉の通りに、掲げられたアイオーンの手指にエネルギーが集い、輝きを放ち始める。
高まり続けるその一撃はやはり一撃でリベル・レギスを破壊し切るだけの威力を備え──
しかし、確実にリベル・レギスが防ぎきれるだけの速度、法則を保ったままに放たれるのだろう。

(なるほど……聞いていた通りか)

リベル・レギスのコックピットの中で、マスターテリオンは少し前の周での出来事を思い浮かべる。
鳴無兄妹の不定期の活動報告で、不意に『外なる神と相対した時、どの様にして生き延びるか』などという話に発展した時の事だ。
どの様にして生き延びるかという問題には、相対する邪神の性質次第であるという結論しか出なかったのだが、鳴無兄妹は面白いことを言っていた。

『混沌相手の戦闘なら、自動で長生きできそうな気もしますけど。ノリがいいというかなんというか……、邪神の知性を司ると言われるだけあって、お話っぽい展開が好みなのですよ、あの神は。観客参加型のヒーローショーとか好きなんじゃないですかね』
『勇者シリーズとか、最低野郎とか、そういう見てて心震える戦いなら、同じ土俵に上がって、なおかつシナリオの流れにある程度は沿って動いてくれるんじゃね? 読者参加型の誌上RPGとか複数掛け持ちするタイプだよなー』
『とかく、人が生き足掻く姿とかを嘲笑うのが趣味ですから、パワーバランスの調整が上手いんですよ』
『つっても、手を抜くって訳じゃねーけどな。生かさず殺さずっつうか、とにかく戦闘になってる風に錯覚させてくると思うぜ』
『え、戦闘を長引かせたその後に、どうすれば生き残れるか、ですか……? 殺せばいいと思いますが』
『そりゃおめー、邪神を殺す攻撃とか封印する手段とかでだなぁ……方法? 細けぇこたぁいいんだよ!』

(支離滅裂、とまでは言わぬが……)

散文的、というか、結論を纏めるつもりもなさそうな内容。
懐かしいやり取りに僅かに頬をほころばせ、次いで、口の端を吊り上げる。
余裕を持った常の笑みとは違う。
牙を剥き、地に伏せ獲物を狙う、元始の獣染みた、獰猛で攻撃的な笑み。

(大事なところだけは理解できる)

それは、『目の前の敵は、決して自ら舞台を降りる事はないだろう』という事。
舞台に乗せられ、自らに役を当てはめた以上、かの混沌は演者としての役目を全うする。
それこそが、混沌で、無秩序な邪神の唯一と言っても良い習性。
普段であればあっさりと気紛れに反故にする可能性も捨て切れないだろう。
だが、今のこの場は『ここ一番の大舞台』である。

「勝負だ、大導師殿!」

破滅の閃光を宿した指を振りかぶり迫るアイオーン。
人へと至る過程であるからか、それとも役になりきっているからか、その叫びはマスターテリオンの耳には芝居がかったモノに聞こえる。
だからこそ、

「迎え撃つ……!」

即座に必滅の一撃をリベル・レギスの手刀に込める。
小技は避けさせ、戦闘に支障のない程度のダメージを与え、大技は大技で迎え撃たせる。
これも混沌の望む筋書き。王道の展開。

アイオーンから繰り出される掌打気味の一撃と、リベル・レギスの手刀が、真っ向から激突。
その威力は測ったかのように等しく、ぶつかり合う力は拮抗し、数度の揺らぎを経て炸裂。
無限熱量と絶対零度の対消滅により、時空の安定が崩れ、何処かへと流されるアイオーンとリベル・レギス。
既に幾度と無く経験した時と空間の濁流に揉まれながら、二機の鬼械神は引き剥がされ、次の舞台へと流れ着く。

全てが予定調和。
この勝負は、途中経過こそマスターテリオンに選択権があれど、最後の場面は既に混沌の手によって結末を決められている。
まやかしの勝負。まやかしの世界。
この世の全ては舞台の演目に過ぎず、過ごす人々、神々は自らも含めて、全て演者に過ぎない。
マスターテリオンは、その枠から飛び出す自らを祝福するために混沌によって選ばれた共演者。
こちらが最後には切り札を切る事までわかった上での筋書き。
マスターテリオンは、何処まで行っても討たれるための敵役にしかなれない。

(だが知るがいい混沌よ)

余は、余だけの力で此処に立つのではない。
乱入者に当てられて、筋書きすらも忘れ踊る大根役者も居るのだと。
砕け流れる世界の中、マスターテリオンのその呟きは誰に聞かれるでも無く、仮想コックピットの中に消えていく。
戦場が、移り変わる。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

再び正常な空間に辿り着きマスターテリオンが最初に目にしたのは、水晶質の金属結晶に覆われた渓谷。
黄金色の結晶が無数に突き出す渓谷にアイオーンの姿を確認することはできない。

「ここは……」

リベル・レギスが身体を大きく回し、周囲を見回す。
全身から駆動音が響き渡る。
鬼械神の内部機構はそれほど大きな音の出るものではない。
この場所に他に音を発するものが存在しない事が原因だろう。
深い渓谷である事も相まって、小さな駆動音すら大げさに響く。

「……記述には存在しない惑星のようです。マスター、ご注意を」

エセルドレーダの言葉の通り、その星、その世界は、これまでの大導師の経験してきた最終決戦では見たことのない場所であった。
いや、それよりも何よりも、不自然な点がもう一つある。
この空間には字祷子が存在しない。
あらゆる物質を構成するはずの字祷子が殆ど存在せず、無機質な何かが代替物として置き換えられているのだ。

エセルドレーダに促されるまま、警戒と迎撃の為に十字剣を鍛造し、浮遊するリベル・レギスを渓谷の外に移動させる。
渓谷を抜けて目に入る光景は、先と同じく、金属結晶で形成された樹海。
風すら吹かず、動くものの気配は一切感じられない。

《──────》

唐突に、リベル・レギスの仮想コックピットに思念波が響く。
いや、それを思念と言っていいものか。
泣き声よりも鳴き声とでも評するのが正しいだろうそれは、ただ巨大なだけの獣が放つ遠吠えか雄叫びに感じられた。
同時に、強く、硬質な生命力を感じ取る。
そして、強い光が射した。

「ほう……」

「これは……」

見上げ、同調したリベル・レギスの視界に映る光景に、マスターテリオンとエセルドレーダは目を奪われる。
それは、太陽。
だが、暗黒物質を隔てた先にある恒星としての太陽ではない。
巨大で、強大な、水晶室の金属。
荒削りで歪な正八面体に、水晶の棘が森のように生えた、眩く輝く力の塊。

なるほど、先の渓谷も森林も『太陽』の住処か、あるいは『太陽』を構成する一部なのだろうと察することができる。
ケイ素生命体とて、馴染みこそ薄いが、マスターテリオンとエセルドレーダの知識に存在していない訳ではない。
二人の驚きは何処に向けられているか。

それは、その『太陽』の在り方。
単純で、力強く、巨大で──しかし、何の意味も、意図も存在しない。
神にも等しい力の塊でありながら、目の前のそれはただ宇宙の片隅に転がる石ころの一つでしかない。
あの無限螺旋の、字祷子宇宙では有り得ない存在。
人へと、他者へと向けられる悪意の存在しない、何物でもない純粋な力の塊。

その事実が、この『太陽』が神々の作り出した箱庭の中の存在ではない事を如実に語っている。

《────────》

一際大きい、ノイズ染みた思念。
鉄鋸で大理石をゆっくりと切り削るような重低音と共に水晶の森が稼働。
『太陽』がひび割れ、力の塊が流れだす。
光か、熱か、重力か。
それはおよそ人の知りうるあらゆるエネルギーを内包しどれとも異なり、そして、どれよりも純粋な力の奔流。

「おわっ!」

突如として、虚空から混沌の悲鳴が鳴り響く。
力の奔流が通った直近の空間がひび割れ、中から重火器を構えたアイオーンが姿を表した。
その姿を視界に入れるや否や、マスターテリオンは十字剣を振るうよりも早く手首の重力砲を展開。
放たれた重力弾は一直線に、そして様々な軌道を描きながらアイオーンに迫る。

「おいおい大導師殿、そりゃ少しせっかち過ぎやしないかい?」

アイオーンは迫る重力弾を避け、或いは別の空間に転移させることで事なきを得る。

「次元連結システムのちょっとした応用が出来てなきゃ、傷の一つも付いてたところだ。全く、折角ライバルキャラとして配置しておいてあげたのに、君ときたら演出の方はちっとも上手くならなかったねぇ」

呆れの声と共に、アイオーンは抱えていた二丁の重機関砲の引き金を引く。
先の『太陽』の稼動音にも迫る耳障り極まりない重低音を響かせながら吐き出される砲弾。

「不意打ちなどという無粋な企てをされればこうもなろう」

嘲笑うように告げるマスターテリオン。
だが、その言葉だけが真実ではない。
字祷子宇宙に生まれ、無限螺旋の中で魔術師としての力を磨き智慧を蓄えてきたマスターテリオンにとって、宇宙とは即ち恐怖であり、混沌であった。
だが、今目にした『太陽』は違う。
何をするでもなく、ただそこに存在するだけの無垢な超存在。
強大な力を持ちながら、それ単体では何物にも害を成す事のない『太陽』は、マスターテリオンにとって、無限螺旋の外を象徴する可能性の一つ。
自覚する部分は少なくとも、マスターテリオンはこの邂逅を邪魔されたことに少なからぬ苛立ちを感じているのだ。

「疾く、消え失せよ」

重力砲を格納し、手にした十字剣で宙を薙ぐ。
斬撃波。ただし、時間差で三度放たれている。
一撃目は大気を切り裂き二撃目は大気の失せた空間を切り裂き、最後の一撃は『無』を切り裂きながら進み、先の二撃を食い破りながら、速度という概念を超越しアイオーンへ。
時間概念を無視した斬撃。
更に、もう片方の手をもアイオーンに向け、詠唱。

「ABRAHADABRA 死に雷の洗礼を」

逃げ場を塞ぐように放たれる魔雷。
水晶の森を砕き、地形を改造しながらのリベル・レギスの猛攻。
戦闘の展開を考えれば、アイオーンはこの攻撃を避けきらず、ある程度受けてダメージを演出するだろう。
それすらも余裕の顕れ。
その余裕にしがみついてでも、切り札の発動まで持って行かなければならない。
アイオーンが芝居がかった焦りの動作を見せながら何らかの障壁を展開しようとした、その時。

《──》

星が、揺れる。
リベル・レギスとアイオーンの攻防に反応したかのように、『太陽』が大きく反応したのだ。

『太陽』には確かに確固たる意思は存在せず、知性の欠片を望むのも酷だろう。
だが、それは『太陽』が完全なる無抵抗であることを示している訳ではない。
人には届かず、獣ほどの複雑さも抱けずとも、それは確かな本能を宿す。
砕かれる森を知覚し、『太陽』は初めて反応らしい反応を示している。
砕かれた金属水晶は『太陽』の欠片であり、寝床でもあり、食料でもあり、子であった。
『太陽』にそれらの区別を付けるだけの知恵は存在しないが、それでも、それらを砕かれて憤るだけの本能を持ち合わせている。

《── ──── ──》

それは、初めて見せる確かな感情。
意思を持つものが初めて獲得する二つの感情の内の一つ。
『不快』
口に含んだ毒を吐き出すように、食べ難い部位を避けるように、
『競争相手を排除する』為に、
『太陽』は、この場で初めて、明確にその力に指向性を与える。

《── ── ────────────!!》

対象は、『自分以外の全て』
『太陽』の一部である渓谷、森には微風一つ吹かせること無く、原始的な害意が牙を剥く。
唯一の意思を与えられ、攻撃のために特化されたエネルギーが、闖入者であるリベル・レギスとアイオーンを、その攻撃毎完全に打ち滅ぼしに掛かる。
放たれた斬撃、雷は届くこと無く消滅し、二機の鬼械神は『その存在を否定される』
存在が揺らぎ、招喚が解除され掛け、術者すらも消し去ろうとする『否定』の力。

「が──っ!」

「お、おお──っ!」

マスターテリオンと同時に、混沌が苦痛の呻き声を上げる。
二機の鬼械神が色を、形を、意味を崩され始め、その存在を薄れさせていく。
邪神すらも否定する、圧倒的な力。
だが、

「な、め、るなぁぁぁぁぁ!!」

混沌が人の感情を剥き出しに叫ぶ。
崩壊寸前のアイオーンが、自らの手で体内深くを抉り、中で『何か』を握りつぶす。

《─  ── ──!》

同期する様に『太陽』の叫びに空隙が生まれる。
純粋な力の塊であった『太陽』は、

「な──!」

マスターテリオンの目の前で、水に絵の具を落とすように字祷子に侵食され、崩壊、消滅。
連鎖するように大地を覆う水晶質の金属が、字祷子に解けて消えていく。
忽ちに、無垢な宇宙は字祷子に侵され埋められていく。
夢が覚めるように、悪夢に沈むように。
宇宙が、空間そのものが、消失する。
完全に消失する間際、混沌の声が聞こえた気がした。

「なるほど……ふふ、そういうルールか」

笑みを含んだ混沌の言葉の意味を理解するよりも早く、リベル・レギスは次の場面へと流されていった。
戦いは未だ終わらず、次なる舞台が展開される。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

次に目に写ったのは、元の時代よりもほんの少し、百年程度先の時代の光景だろうか。
古い時代の文化を残そうと、レンガの建屋が幾つも立ち並ぶ市街。
だがそこに張り巡らされる数々の科学技術は、そこが未だマスターテリオンの知り得たことのない、希望に満ちた未来の世界であることを示している。
街頭の巨大スクリーン、稼動式天井のレース場、ホイルの存在しない水素燃料バイク、人体に寄生し、宿主に異形の姿と力を与える微小機械。
マスターテリオンの頭蓋を、知りえぬはずの知識が侵食する。

「そこか!」

だが、最早マスターテリオンは怯まない。
字祷子の存在しない可能性の宇宙を見、そして今まさに邪神の企みから逃れ切った世界を見て、負けられない理由を一つ増やした。
転移の最中、時系列も空間の連続性も存在しない場所で生成した黒く有機的な矢を弓に番え、天に向けて放つ。
薄っすらと星の散り始めた空目掛けて放たれた矢は一瞬で見えなくなり、時間差でその効力を発揮する。

空から降り注ぐ光の雨が、レンガ造りのドイツ市街を蹂躙する。
住人に当てぬように、という気配りは存在しない。
光の雨の振る場所は例外無く打ち砕かれ、字祷子に還元される事もなく微粒子へと変換される。
字祷子の庭ならずとも、降り注ぐ理不尽に代わりは無い。
僅かに生き残った住民を、鋼の肌に身を包んだ異形どもが救い出す姿も見えるが……

「あは、甘い甘い」

光学迷彩を解除し、アイオーンが無数の防禦壁を展開。
電磁力による、タキオンによる、空間歪曲による、次元連結システムによる防禦はそれぞれ全てに神気を纏わされ、魔術に対する体勢を獲得している。
そして、防禦壁に巻き込まれた市街地の建築物や住民、異形が歪み千切れ消滅。

降り止まぬ光の雨を重ねた防禦壁で凌ぎながら、アイオーンが無手のまま弓を引くような構えを取る。
かちん、という無機質な音と共に、リベル・レギスのコックピット付近の装甲が内部から爆発を起こす。
リベル・レギスも常に一定の防禦結界を張り巡らせているが、それに引っかかった気配は一切無い。

「くっ……!」

マスターテリオンは、アイオーンの攻撃方法を瞬時に見抜く。
リベル・レギスの装甲を破壊した攻撃自体は何の変哲もない、範囲を限定したエネルギー衝撃波。
ただし、衝撃波の発生起点を直接リベル・レギスの装甲に設定してのもの。
壁を張るタイプの防禦結界は、この種の攻撃に対し一切の意味を持たない。
衝撃に呻きながらスラスターを吹かし、リベル・レギスを逃がす。
足止めを受けないよう散弾気味に矢をばら撒き、常にアイオーンのセンサーと混沌の直観に対してジャミングをかけ続ける。

対策を施されても、アイオーンの追撃は止まらない。
構えをゆるく解き、左右に重機関砲を装着。
実弾、エネルギー弾、神獣弾、呪力弾を織り交ぜた弾幕を張りリベル・レギスを追い詰める。

だが、それは演出どうこうを考えないとしても、些か的を外した攻撃ばかりの様に感じられた。
まるでリベル・レギスではなく、街そのものを破壊、蹂躙することこそが目的あるかのような。
逃げの一手を打ちながらのマスターテリオンの思考は、キリの良い所でアイオーンの攻撃によって断絶させられる。

かちん、かちん、かち、かち、かちかちかちかち。
連続して、いや、ほぼ同時に異なる座標に対して放たれるゼロ距離衝撃波。
避けきれず、リベル・レギスの半身が食い破られていく。

「お、」

だが、マスターテリオンは怯まない。
痩せても枯れても、悪の魔術結社ブラックロッジの首魁。
最後の見せ場まで、決してこちらを殺しに来ない『見せ』の殺意に怯むほどの幼さを持ち合わせていない。
何もかもが与えられたものであったとしても、そこで培った経験は確かにマスターテリオンだけが手に入れた真実だ。

「おお……!」

黄金の弓がマスターテリオンの気勢を受けて変質する。
顕れるのは人の世を滅ぼす黒き邪龍。
放たれる矢は太陽すらも霞む熱。
文明、歴史を焼き滅ぼす天の炎に他ならない。

対するアイオーンは邪龍を前に仁王立ち。
胸の前で拳を付き合わせ、腕部と胸部には球状のエネルギーアンプが増設されている。
死を予感させるその姿は冥府の王にも似て。

炎の矢が鳴らす伽藍に響く鈴の音が、冥府の王の宣誓と喰らい合い──

「──あと、少し」

──白く焼ける世界が、字祷子の庭に飲み込まれる。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

気がつけば、リベル・レギスは宇宙空間を彷徨っていた。
目に映るのは幾万幾億の星の光。
一際大きい輝きを放つ恒星には見覚えがあった。
太陽。
飛ばされた先は太陽系の範囲内。
地球の姿こそ確認できないが、目の前に浮かぶ惑星が、ここが太陽系であることを予想させる。
紅い砂の星、火星。
マスターテリオンも幾度か訪れる事のあった惑星である。

「……被害状況を確認、修復を開始します……」

エセルドレーダの報告に耳を傾けながら、マスターテリオンも独自にリベル・レギスの機体状況をチェック。
リベル・レギスの半身は溶け落ち、即時の戦闘機動は不可能。
しかし、図ったかのように無限の心臓と仮想コックピットは無傷。

(いや)

確実に図られているのだが。
その気になれば呆気無くこちらを消滅させられるだろう力を持ちながら、さも互角であるかのように演出を行なっているのだ。
無限螺旋も直に意味を無くす今、マスターテリオンの寿命は、かの混沌がこのお遊びに飽きるまでの時間しか無い。
恐らくは、マスターテリオンがこうやって意地で戦いを続けることも考慮した上で、クライマックスシーンまで持っていく流れも決めているのだろう。
質が悪い、趣味も悪い、底意地も悪い。

「今はそれにしがみ付くより無し、か」

改めて状況を確認する。
機体状況は最悪の一歩手前だが、アイオーンは確実にこちらがギリギリで戦える程度まで修復するのを待つので問題ない。
次に打つ手を思考。
弓は溶け落ちたが再構築が容易、しかし決め手に欠ける。
相手の掌の上といえど、勝ちを狙わずに戦う道理は存在しない。
餓鬼結界は、機体の一部に世界を内包するアイオーンに対しどれほどの意味があるか。
重力砲は速度に劣り、剣は技術においても劣る。

視線を火星に向ける。
そこに存在する火星は知識にある通りの火星であり──当然、マスターテリオンの知る火星ではない。
全く同じ特徴を備えながら、『字祷子で構成されているか否か』という決定的な違いがやはり存在していた。
火星に嘗て巻いた眷属も存在しない。
他者による自己再招喚でのブーストは期待できない。

「修復完了。……マスター、如何なさいますか」

思考を重ねる内に、リベル・レギスの修復は完了した。
アイオーンが姿を顕す予兆は無い。

「ふむ……」

弓を再構築し、リベル・レギスの動作を一通り確認したマスターテリオンは、リベル・レギスのセンサーと霊的に連結した状態で周囲を探知する。
相変わらず、間隔の届く範囲には字祷子を感じられない。
目の前の火星は何らかの魔術で二重構造になっており、人間とそれに似た種族が存在しているようだが、そのどれもが字祷子を含まない未知の存在形式。
この場で字祷子を内包するのは、自らの身体と魔導書、そしてリベル・レギスのみ。
それはこの場所が、無限螺旋だけでなく、白痴の神からも逃れた宇宙であるという事なのだが……。

違和感があった。
一度目の転移先である水晶に覆われた惑星、近未来の地球に似た世界、そして、目の前に火星を臨むこの宙域。
字祷子宇宙の外であるように見える。

「だが、違うな。エセルドレーダ」

「イエス、マスター。これまでに通過した世界は全て『根源の異なる世界』であるかと」

そうだ。
仮に字祷子宇宙から逃れたのだとして、何故異なる世界を幾つも渡る事になる。
字祷子宇宙の外、夢から覚めた場所には、無数に異なる宇宙が隣接しているとでも言うのか。
判断材料はまるで存在しない。
だが、マスターテリオンの直感が警鐘を鳴らしている。

抗わないという選択肢は存在しない。
だが、仮に。
混沌の側にも、マスターテリオンを戦わせる、余興以外の理由が存在するのだとしたら?
それは何だ?
どういう意図がある?
これまでの戦闘で、アイオーンへとの戦闘以外で行った事と言えば──

「む」

思考を遮るように、目の前の惑星が、ゆっくりと変化を始める。
大量の土砂を巻き上げながら、プレートをめくり上げていく火星。
その被害は、魔術によって創りだされたもう一つの火星にも及んでいる。

アイオーンの攻撃だ。
リベル・レギスのセンサー、エセルドレーダの探知魔術に反応しない、極短時間の現出の間に火星に対惑星級の攻撃を放ったのだろう。
同時に、遠方で更にもう一つの惑星が砕かれる気配。
この時、初めてアイオーンが姿を表し、センサーに字祷子が反応する。
そして、アイオーンはリベル・レギスを無視するように、再びこの宇宙から姿を消した。

「……まさか」

マスターテリオンの頭に、一つの仮説が生まれる。
同時に、その仮説を証明するかのように、宇宙に変化が生まれた。
表皮を捲り上げられた火星、微塵に砕かれた地球。
この二つを基点に、世界が侵食されていく。
無垢の宇宙が字祷子の夢に侵されていく。

「この世界は──!」

塗りつぶされ、宇宙が消滅する。
字祷子の存在しない宇宙。
そのような物はまやかしであると、存在するわけがないと。
否定され、異界の理が書き換えられ、従属し、暗転。

―――――――――――――――――――

字祷子宇宙とは、この場において、無限螺旋を内包するアイオーンに他ならない。
そして、アイオーン──混沌の手による真のアイオーンとは即ち、混沌の一側面。
混沌そのもの。
宇宙が混沌に侵食され、飲み込まれていく。

では、飲み込まれた宇宙とは何か。
宇宙を夢の一欠けに内包する字祷子。
それよりも矮小な器しか持たぬ混沌が飲み込める宇宙とは。

……場面はまたしても移り変わる。
背に地球を負い、月を臨む。

目に映るのは月を目指し進む雲霞の如き大艦隊。
星の海を翔ける戦艦は、一隻一隻が破壊ロボを遥かに凌ぐ巨体を持ち、その火砲は下位の邪神程度であれば容易く退ける。
艦隊を護衛するように飛ぶのは、鬼械神にも似た機械人形の群れ。
邪神無き世界で人が築き上げた、人の英知の結晶。
とりわけ闘争に特化したそれらは、皆一様に月を目指す。

彼らの姿は僅かに透けて見えた。
視線の主であるマスターテリオンが、まだこの宇宙に現出しきっていないからだろう。
それは、仮説を裏付けない為の抵抗。

「でも、それは無駄だ。何度も言う様にね」

艦隊の目の前の空間が揺らぐ。
異なる宇宙、異なる法則の持ち主であるアイオーンの現出。
だが、この世界では空間転移がありふれているのだろうか、艦隊と随伴機に慌てる様子はない。
冷静に、アイオーンに向けられる火線。
的確に、冷徹なまでの戦意で持って、純粋科学の力が機械邪神を襲う。

「おお、怖い怖い! でも──」

全ての火線がアイオーンに直撃。
だが、アイオーンの装甲に傷一つ付けること無く消えていく。

「所詮、夢は夢」

アイオーンの纏う『無限螺旋』が捩れ、絡み合い、長大な杖へと変わる。
無限に連なる宇宙を用いた呪文螺旋。
艦隊へ向けられた呪文螺旋は、術者の詠唱すら無く、術式すら流さず、単純に力を解放した。

「目覚めと共に、『現実』に押し潰されるのがお似合いだ」

閃光が走る。
解き放たれた力は、しかし破壊力すら持たない無垢のエネルギー。
無垢な──智慧無き──白痴の神が見る夢の欠片。
もはや破壊するまでもなく、宇宙が侵食されていく。
艦隊が、機兵が、その向こうにある母なる星すらも飲み込まれ、字祷子宇宙の法則へと併呑される。

「やはり……!」

その様を見て、マスターテリオンは確信する。
解き放たれた字祷子が艦隊と地球を飲み込み、次いでアイオーンの存在感が『重く』『厚く』変化を始めたのだ。
人智を超えた神の力ではない。
人知に収まるが故の、覆し様のない絶対の力。

「未だ、卓也を喰らい続けるか! 混沌!」

そう、この世界は鳴無卓也の見る夢。
解体され、暴かれ、飲み込まれ、しかし無限螺旋の内に収まりきらなかった力の断片。
字祷子宇宙という小さな器に収まりきらず溢れた、鳴無卓也というトリッパーに内在する記憶、体験、力、──世界。
宇宙すべてを変換して作り上げた演算装置群ですら処理しきれぬ、越えられない壁の向こうの存在。

「ええ、ええ、お怒り御尤も。……ですが、それももう終わりになりましょう」

零れ落ちた世界を渡り歩き、自らの世界観を持って破壊、侵食するこれまでの戦闘行為。
それは一度は飲み込んだそれを吐き出し、改めて咀嚼(破壊)し直す事で、自らの内に取り込む儀式に他ならない。

既にこの世界すら半ば噛み砕かれ、混沌に飲み込まれている。
伝わる声は最早、マスターテリオンの耳を持ってしても、卓也の声と聞き分けることは不可能だろう。
あと一押し。
もう一歩で、混沌は律され一つの個に、夢は現実に生まれ変わる。

そして、マスターテリオンにそれを阻止する力はない。
マスターテリオンもエセルドレーダも、リベル・レギスですら、混沌と同じく字祷子宇宙の存在であるが故に。
彼らの行動一つ一つが、邪神の侵略と同じく世界を食い荒らす。

「僕はこれで、夢でも幻でもない、確かな何かになる! 舞台で演じる役者ではない、一つの確かな『現実』に!」

混沌の哄笑が、字祷子で満たされつつある宇宙に響く。
背後に背負う月が形を変え、歪な人型になりつつあることも、最早気に留めることすらしない。
衛星一つが変じた巨神が、その圧倒的な質量と害意と憎悪と慕情を拳に乗せアイオーンに叩きつける。
しかし、アイオーンもまた混沌と同じく字祷子を基点とした存在である以上、接触は悪手であると言えた。
触れた先から字祷子宇宙の法則に塗りつぶされていく。

「あぁ、あaAぁあAあぁAaぁぁぁあaぁぁぁああ──────!!」

混沌の叫喚。
これ迄のような、字祷子宇宙への変換による宇宙の消失ではない。
這いよる混沌、邪神ナイアルラトホテップの中へ。
巨神を基点に、暗黒物質が、周囲の惑星が、空間が、時間が、
洩れ出た内在宇宙が飲み込まれ────

―――――――――――――――――――

──再び、字祷子宇宙、無限螺旋の中へ。
宝石を散りばめたような煌めく星の海。
遍く揺蕩う暗黒物質。
彗星飛び交い、エーテルの風が吹く暗黒宙域。
惑星上ですら無い、何時の何処とも知れない宇宙空間。

リベル・レギスの目の前に、一つの人影がある。

「は」

人並みの身長、良くも悪くもない顔。
肉体労働者の証か、僅かながらがっしりとした体格。
温和そうな顔つきに、顔つきの調和を乱す鋭い目付き。
特徴を挙げるとしたらそれだけで済んでしまうような、ありふれた東洋人の青年。

「こうしてみると、何てことは無いな」

名を、鳴無卓也。
マスターテリオンも良く知る、異界からの訪問者。
トリッパーという特殊な人間──だったもの。

「まぁ、これが『俺にとっての普通』だから当然か」

動作を確認するように軽く手を握りながら呟く。
姿形も、声も、口調も、全てがマスターテリオンの知る卓也のそれだ。
卓也の知人に出会ったとして、それを卓也以外の何かと見間違えることはないだろう。

「どうです、大導師殿」

振り返り、リベル・レギスを見上げる『卓也』の姿。
その身から溢れる違和感を感じ取る異能が無いのであれば、見間違えるところだ。
這い寄る混沌、邪神ナイアルラトホテップは遂に、トリッパーである鳴無卓也に成り代わった。
姿形を真似たのでもなく、精神を乗取ったのでもない。
文字通りの意味で『鳴無卓也』そのものになったのだ。

「……マスター」

エセルドレーダの声に、マスターテリオンが頷く。

「分かっている」

覚悟はしていた。
そも最初に混沌に取り込まれた時点で、マスターテリオンに卓也を救う手は存在しない。
──この場で、確実に仕留める。
その身を賭して、マスターテリオンにチャンスを与えた、その覚悟に報いる為に。

今こそ解き放つ。
混沌の存在すら否定し尽くす、窮極の最終必滅兵器。

────輝くトラペゾヘドロン────

戦場が、最終血戦場と化す。

闇が集う。
闇が集う。
闇が集う。
歪んだ、狂った、悶える、異形の闇が集う。

光が集う。
光が集う。
光が集う。
荒ぶる、吼える、嘲笑う、異形の光が集う。

闇の極限に位置する
光の極限に位置する
此処は異界、有り得ては為らぬ世界、矛盾の巣窟
宇宙の綻び
神々の禁忌

リベル・レギスの胸部装甲が展開し、機関部である夢幻の心臓が露出する。
制御から解き放たれた夢幻の心臓から現出する闇の塊──ブラックホール。
ブラックホールが生み出す空間の歪みに耐え切れず、次元が引き裂かれた。

シャイニング・トラペゾヘドロンの制御は邪神と人類最強の魔術師の子であるマスターテリオンであっても容易なものではない。
魔導書『ナコト写本』の精霊であるエセルドレーダによる術式制御の補助に加え、自らの化身でもあるリベル・レギスに備えられた全ての機能を十全に発揮し、初めて完全な制御が可能になる。
だが、だからこそ、発動すれば逃れ得るモノは存在しない。
邪神の最高峰、『魔王』すらも封印した、捻れた神樹、狂った神剣。
この世の何者も逆らうことの出来ない絶対権威を持ち、世界すら改変し、魔を断罪する。

何者も逆らうことは出来ない。
『発動しさえすれば』

「なっ」

次元の裂け目に手を伸ばしたリベル・レギスが、マスターテリオンの制御下を離れる。
化身としてのリベル・レギスも、機神としてのリベル・レギスも、諸共に制御を『奪われ』た。
次元の裂け目を前にしたまま硬直するリベル・レギスを見上げながら、卓也/混沌が嗤う。

「や、別に最後くらいサービスしてあげてもいいんですがね? ほら、出来るとなればやりたくなるのが『人情』ってヤツらしくて」

卓也/混沌が片手で糸を引くような動作をすると、それに連動してリベル・レギスが踊りだす。
卓也は混沌に飲まれるより以前に、鬼械神の原典を制御下に置き、なおかつ半神であるマスターテリオンの肉体すらも取り込んでいる。
故に、既にリベル・レギスは卓也の意のままに操られてしまう。
それはマスターテリオンもエセルドレーダも、知る由もない事なのだが。

「ここまで、ここまで来て……!」

制御を失ったリベル・レギスの仮想コックピットの中、マスターテリオンは悲嘆に暮れる。
切り札を切るための手を抑えられた今、マスターテリオンには混沌に対して対抗手段が存在しない。

「何も出来ないのか? ここまで来たというのに、卓也を、美鳥を、見殺しにしてまで」

──友を見殺しにしてまで掴んだチャンスを。
託された願いを叶えることすら出来ずに──!

「この世に、神は無いのか──!?」

人を弄ぶ邪神ではない。
人を救う神は、正義は!

「とんでもない。きっと神は存在するよ。……何処かの何時かにね」

マスターテリオンの言葉に嘲笑を浮かべる。
神を打倒しようとしていたというのに、
無数の正義を踏みにじってきたというのに、
いざとなればそんなものにすら縋ろうとする。

その滑稽さが愛おしくて堪らないとでも言うように。
嘲笑は慈愛に満ちた微笑に変わる。

「何なら僕がなってさし上げてもいい。……我らが真の宇宙を開放した後にでもね」

卓也/混沌は胸に手を当て、芝居がかった仕草で提案する。
だが、既に宇宙の開放すらも混沌にとっては些細な事柄に過ぎない。
偽りの無限ではない、真実の世界が待っているのだ。
余興として、使い古した玩具で遊ぶのも悪くないだろう。

「ああでも、せっかく『俺』になったんだから、そっちも楽しまなきゃ」

何か楽しいイタズラでも思いついたかの様な表情。
奪いとった人生であるのなら、好きに使うのが正道だろう。
邪神ならではの邪な好奇心。

「姉さんとのらぶらぶセックスもマンネリだから、そこらの浮浪者でも集め、て……?」

取り込まれる前の卓也であれば決して思いつきもしないその提案を拒むように、遮るように。
その表情が、『卓也』の姿が、歪み──

「ぎっ゛」

破裂した。
卓也の顔面が一瞬の内に倍近くに膨れ上がり、爆炎を噴き上げながら崩壊。
焼却されていく。

「Gyyyeaiaayyyyyyyyyyyyyyyyy!!!!」

燃え盛る炎は明確な敵意と『神気』を持って、混沌を焼き払う。
それは、混沌が明確に天敵として恐れる唯一と言っていい邪神、例外的な力を有する旧支配者の一柱の放つそれと同一。
如何なる術、法を用いたか、それは『混沌の一部が変質して』発生している。
宿主であり、本体である『混沌』に対し、明確な敵対行動を行う『生ける炎』

「こ、これは……?」

声も出せずに困惑するマスターテリオンの代わりに、エセルドレーダが疑問符を浮かべる。
鬼械神の制御を取り戻すことも忘れて呆ける一人と一冊の前で、卓也の姿が焼きつくされ混沌とした本性が曝け出されていく。
取り込み、己が物とした姿を焼き尽くされると同時、混沌の意識は暗転。
深い深い、無意識の海へと落ちていった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ご助力感謝いたします」

俺は力を貸してくれた神に届かぬ礼を述べ、やっとの事でこの場に『落ちてきた』クソッタレの腹に蹴りを入れる。

「ぎやっ」

蹴ったのが本当に腹であるかどうかは関係ない。
むしろ頭も蹴っておく。
蹴る前にこれは言っておかなければなるまい。礼儀として。

「ニャルさん、サッカーしようぜ! もちろんお前がボールな!」

言いながら頭部と思われる箇所をおもむろにスタンピング。
この場において人体構造や攻撃部位の指定は意味を持たないが、心意気の問題である。
俺は並列的に脚部を存在させ、頭部を踏みつけながら顔面と後頭部と腹部と背中に思う様蹴りを入れる。

「あと、やり投げもやろうぜ! お前地面な!」

手の中には当然槍が存在する。
そして決して投げない。
掴んだまま、混沌をメッタ刺し。
特に言う事はない。
宣言を済ませたなら後は実行し続けるのみだ。
これはボール、これはボール、これは地面、これは地面。

「ドリブルドリブルドリブルドリブルドリブルドリブルドリブル…………」

ぐったりと倒れたまま動かないボールを相手にドリブルの練習をひたむきな姿勢で行いながら、槍投げのルールを思い出そうとして、途中でやめる。
既存のルールに縛られてなんとする。
真・槍投げのルールを制定。
『可能な限り地面に痛みを強要する』
これだ。まさに芸術。
俺の意思に応えるように、槍の穂先が惨たらしい突起を形成。
突き刺した瞬間に肉は千切れ飛び骨は粉微塵に砕け散るだろう。
想像するだに楽しげじゃないか。
躊躇なく混沌に突き刺そうと振り上げると、いつの間にか足元から混沌が消え失せている事に気がついた。

これも仕方があるまい。
この場で現実と同じ因果法則を求めるのは無意味だ。

「な、なん」

貴重な這い寄る混沌の台詞噛みである。
噛んだ直後の舌を切除してサンプルとして取っておきたい気分だ。
舌があるかは知らないが。

「聞きたいですか? そうですね……まず、ここが噂の『オサレ時空』です」

俺と目の前の『ぬぺぇ』っとした邪神に親切にもこの空間の種を明かしてやることにした。
遠近法を無視した狂った構図の廃墟が立ち並び、廃墟を除けば空も雲もなく空白だけで構成されている。
描きやすそうな世界だ。
話を引き延ばそうと思ったら、暫くこの空間主人公を閉じ込めておけば作業量は随分と少なく出来るだろう。
もちろんルールも単純に出来ている。
ぶちのめして心を折った方の勝ち。

「君は、確かに僕に食べられた筈じゃないか!?」

「バカですか、あなた。いや、あなたは馬鹿ですね、わかります。ばーかばーか」

目の前のこれは、確かに間違いなく俺を取り込んだ。
微に入り細に入り俺を構成する要素を分解し解体し粉砕し、混沌を構成する一部にしただろう。
お陰で頭悪そうなうろたえ方をしていても、『オサレ時空』というこの世界には存在しない単語にも疑問を持っていない。
この混沌の記憶と知識の中には、俺の記憶と知識が分解されて取り込まれているのだ。
俺の記憶と知識──そう、『俺の一部』を取り込んでいる。

「噛み砕かれて、すり潰された『鳴無卓也』のデータが、あなたの中で元のサイズまで復元されたに決まっているでしょう」

「な────! ありえない! 君に擬態しているナノマシンも、一つ残らず砕けた筈だ!」

「『ぽいもの』」

足りない部分を補ってやることにする。
俺は有利な立場になれば心が寛容になるのだ。

「は?」

「ナノマシン『ぽいもの』ですよ。俺を構成してるモノは。……まぁ、面倒なので略す事も多いですがね」

俺は、俺を構成するナノマシンっぽいものが一つでも生き残っていれば、即時完全復活が可能である。
では、『ナノマシンっぽいもの』の最小単位は『生き残っていると判断される基準』とは、どの程度のラインを指すのか。

「『ナノマシンっぽいもの』は、最小単位から俺を完全に復活させることが出来る。『ナノマシンっぽいもの』に登録された俺が取り込んだ能力は、どの様なサイズでも使用可能である」

使用可能である、という事は、取り込んだそれそのものでもある、という事。
『ナノマシンっぽいもの』はそれ単体で次元連結システムでありながら、火星極冠遺跡でもあり、戦狂いの女騎士であり、老剣士であり、金属生命体であり、人類最強の魔術師である。
そして、『ナノマシンっぽいもの』が最初に取り込み、データを更新し続けている『鳴無卓也』は『ナノマシンっぽいもの』の集合体だ。
『ナノマシンっぽいもの』は、『ナノマシンっぽいものの集合体である鳴無卓也』を、最小単位の段階で再現可能。

『ナノマシンっぽいもの』は最小単位で『ナノマシンっぽいもの』の集合体である。
当然、集合体を分解すれば、その最小単位もまた『ナノマシンっぽいもの』の集合体である。
それを分解すれば、やはり最小単位は『ナノマシンっぽいもの』の集合体だ。
つまり──

「最小単位は……存在しない?」

「大正解! 花まるの代わりに、花まる幼稚園の山本先生でも肉便器に改造して進呈したいところですね!」

アニメも漫画も視たこと無いけど。
え、エロ同人ならしってる!
地元の交番に置いてあるし、駐在さんの私物で。

「あ、え、否、有り得ない! 僕が取り込んだ時点で、そんな機能は存在してなかったじゃないか!」

唾を飛ばす勢いで(唾が出せるかは知らない)捲し立てる邪神。
うむ、わざとらしいけど、この展開には相応しいリアクションだ。
腐って腐ってどうしようもない塵屑に成り果ててもその役者根性だけは買ってもいい。

「そりゃそうだ。あんたに取り込まれた時点での『ナノマシンっぽいもの』にそこまでの機能は存在しない。精々、最小単位が破損してもデータをロストしないってのが精々だった」

「じゃあ、なんで!?」

「あんたに取り込まれたからだよ」

ひゅ、と、息を飲む音が聞こえた気がした。
そう、最小単位を集合体にするためには『ナノマシンっぽいものの集合体である鳴無卓也』を取り込む必要性が出てくる。

しかし、残念な事にそれは俺一人では不可能だ。
そもそもそんな真似が出来るのであれば、取り込んだ能力を強化した状態で所持した俺を、俺自らが取り込む事で能力を無限に強化できてしまう。
そこで目の前の顔の無い間抜け面の出番だ。
無貌の神が俺を取り込み、更に俺自身になることで『集合体である鳴無卓也を取り込んだナノマシンっぽいもの』が初めて存在出来るようになる。

その上、俺を取り込んだこいつが時間、空間の外にある超・超時空以上に存在する時空超越者であるというのも最小単位を無くす一助に成っている。
サイズが反転し虚数になったとして──つまり、完全消滅したところで、必ず一つ以上の『ナノマシンっぽいもの』を残すことが可能になった。
これは時間の軛から逃れた程度の俺では再現しようがない。
空間の法則すら超越した存在であるこいつの一部になったからこそ可能になったと言える。

「まぁ、それを除いたって理由なんて幾らでもあるよ。ネクロノミコン文庫版に擬態したあんたを取り込む前に、姉さんに対策を耳打ちされた記憶を持った俺が『耳打ちされていない俺の記憶』に擬態した上で俺の頭の中に入り込んだり」

取り込むのではなく、『記憶に擬態した俺』が『肉体と精神の俺』と結合した状態であるため、これは先の条件には当て嵌まらない。
今回の復活は先の最小単位からの復活の他に、この邪神が俺に成り代わり、取り込んだ『耳打ちされていない俺の記憶』を再生して自己を確認する段階で再結合、再起動したというのもある。
『耳打ちされていない記憶』を再生、起動した時点で、それに擬態している俺も同時に起動する。
そして、ボディが通常では有り得ない、『鳴無卓也の思考パターンではありえない言動』を取ることで初めて擬態を解除し、擬態中に採取したデータから最良の一手──クトゥグアの招喚を行った。

「大体、不自然にも程があるでしょうが。あの文庫本を渡される前に『ネクロノミコン完全版』『ソロモンの大いなる鍵』『ソロモンの小鍵』は危険だから取り込むなって注意されてるのに、本当に何の準備もせずに、直後に渡された文庫本を無警戒で取り込むとか」

「あ……」

もっとも、これを不自然に思えなかったのは仕方がないといえば仕方がないだろう。
あの時点でこれは次元を股にかける外なる神ではなく、トリッパーを異世界へ誘ううっかり土下座系神様だったのだ。
トリップ先の存在は、俺達の元の世界ではその能力を著しく制限される。
しかも、唯でさえこの世界は完結どころか連載の目処も立たずに廃棄された世界。
話の構成は甘く、ご都合主義の能力強化が存在し、挙句の果てに原作キャラは人格を能力を劣化させられていると見ていい。
しかも、タイミング的には土下座直後にオリ主にボコボコにされた直後の出来事なのだ。
企みが甘く見通しが甘いのは当然、いや、必然と言えるだろう。

「つっても、最初から勝ちの見えてた勝負って訳でもないんですよ。そもそもの問題として、あんたの目的は真の宇宙の開放。それだけなら俺を取り込む必要すら無かった」

単純に俺の思考を、さっさと無限螺旋抜けたいし、適当なところまで自己強化したら姉さんに頼んでループ抜けさせて帰還しよう、という方向に誘導すればよかったのだ。
『耳打ちされていない記憶』への擬態は完璧であるが故に、思考誘導、記憶封印、認識改竄には一切の抵抗をしないようになっている。
俺を取り込んだのは、欲か、好奇心か、遊び心か。
最初に無警戒で文庫を取り込んだのも効いていたのかもしれないし、話の流れに乗ってくれたとも考えられる。

「……なるほどね、しかも、まだ僕の負けが決まった訳でもない、と」

長々とした解説で落ち着きを取り戻したのか、邪神は自らの存在を持ち直した。
はっきりと実像を描かない混沌としたその外見は、何処かこちらを攻撃、認識を侵略しようという傾向が見られる。
燃える三眼だけが揺らめく無貌が、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべた。

「ここがオサレ時空だっていうなら、まだ、僕にも目があるだろう?」

「それは勿論」

俺と目の前の邪神。
どちらが噛ませ臭いホワイトベリーで、どちらが褐色ババア喋りお姉さん(黒猫)と混浴出来る権利を持つ選ばれし者か。
それを決めるのは、このオサレ空間での戦闘結果に他ならない。
そして、例えこの空間が精神的な部分に重きを置いた世界であったとしても、やはり本格的な外なる神である這い寄る混沌と、二次創作的外なる神である機械巨神程度しかクトゥルフ神話由来の邪神の力を持たない俺とでは地力が大きく違う。

瞬間、目の前に壁。
迫るそれが肥大化した混沌の拳か瓦礫の投擲か分析するより早く俺の身体と精神に衝撃が走る。
あるかないかも表現されない地面と並行に吹き飛び、減速、足場となっていた瓦礫に幾度と無く引っかかり、ボールのようにバウンド。
酷い攻撃もあったものである。
見えない攻撃とか、それが速度であれトリックであれ、消える→命中寸前で射程内に現れるだけなんて、明らかに描写の節約ではないか。

「あはははは! まぁまぁね、色々と意表は突かれたけど、実力勝負ならこんなもんだよ」

体勢を立て直すよりも早く細かな飛礫による衝撃。
銃火器の類だろうか、強化された視覚でも捉え切れない以上、明らかにゴッドパワーで何らかの強化が施されているに違いない。
元ビルの瓦礫に背中から叩きこまれ、自己修復も封じられる。
ゆっくりと、余裕ぶった足取りで迫る混沌。

「ふふふ、これで君を倒して、次周には直ぐにでも君の姉さんにおねだりを──」

薄ら笑いを浮かべながら何事か呟いていた混沌が、横っ飛びに吹き飛ばされる。
混沌を吹き飛ばしたのは、なんてことのないただの金属の塊。
それが字祷子由来のモノではない、スーパーロボットの装甲を混ぜ合わせた特殊合金であること、精神コマンドの『愛』と『直撃』が掛けられていた事を除けば。
字祷子宇宙の法則を使用していない為に光速にすら至っていない一撃だが、精神コマンドの力は絶大だ。
崩れかけたビルを幾つも貫通しながら混沌が地平線近くまで飛んでいく。

そして、砲弾のやってきた方角、いつの間にか現れた崖の上に立つ、一つの人影。
光源もないのに太陽を背にした様に逆行で顔が見えないその口元がニヒルに笑う。

「どうした、本当の地獄はこんなもんじゃ無かったぜ」

現れたのは、俺。
それも、ただの俺ではない。

「お前は……5周くらい前に、大十字の目の前でクトゥルーに戦闘機で特攻を仕掛けてフェードアウトした俺……! 生きていたのか!」

「ふ、桃髪ツインテの三途の川の橋渡しに『クトゥルフ世界経由してから来られると蹂躙にしかならんから連れていけんね』とサボタージュされてな」

それはサボりの言い訳に使われただけではなかろうか。
しかしなんと心強い俺……。
最近はほぼ自己強化できていなかったので、これで単純に二倍の戦力である。
合体すれば五倍のエネルギーゲインも期待できそうな気もする。たぶん気のせいだが。

ここからの巻き返しに胸を膨らませていると、耳障りな瓦礫の粉砕音が世界に響き始める。
音の発生源は、先程混沌が吹き飛ばされた先。
見れば、巨大化してアイオーンと化した混沌が、もはや空も飛ばずにこちらに走り寄ってきているではないか。

「人間風情が、一人増えたところで何になる!」

手には禍々しい魔力を纏う神剣。
巨大化した後は巨体を生かした近接物理。
流石腐ってもトリックスター、お約束を分かっている。
しかも、親切な事に自分でフラグを立ててくれるとは。

「お前の勝手なイメージを押し付けるな!」

「そう、一人だけじゃないぜ!」

空の彼方から、アイオーンと俺×2の間に降り立つ鋼の巨神。
白く、突起の多いデザインの鬼械神に、黒く、城塞の様に堅牢な造りの鬼械神
双方共にモデルとなる神を持たない代わりに、チートの定番であるゼオライマーと、スーパーロボットの看板であるマジンガーの特性を組み込まれた鬼械神だ。
それを操るのは勿論────

「大学入学前に拉致されてアンチクロスに精神改造を施されていたという設定を持ち、土壇場で大十字を裏切ってそのまま逆襲されてフェードアウトした849032周目の俺に、個人所有の研究所で鬼械神の特殊招喚を実現するために日夜研究を重ねていたという設定を活かし切れずに不完全燃焼のまま終わった93872311周目の俺!」

孤高っぽいオーラを放ちながら背中で返事をするゼオライマー型と、満足気にサムズアップするソース顔なパイロットが入ってそうな雰囲気のマジンガー型。
どちらの態度も、当時のロールプレイを思い出させる懐かしいものだ。

「ええい、次から次へと……! だが、たかだが二機の──」

「俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ!」

苛立たしげに二機を破壊しようとする混沌のセリフを遮り、更に声が掛かる。
それも一人分ではない。
間違いなく、数十、数百、数千、数万数億を越えて重なりあう声。
やはり、出待ちをしていたとしか思えない絶好の決めポジションで現れる。
採石場を、崖を、荒野を、宇宙を、海を自前で用意して現れるのは──

「俺、それに俺に、俺、しかも、俺!」

それは、俺だ。
別段、無限/無量/無窮の彼方から来たわけでもない。
だが、無限/無量/無窮の俺だ。

オサレ空間の総てを埋め尽くす、『俺の大軍勢』だ。

傷一つ無い(実家でリリアン編んでる内にループした)アイオーンに乗った俺が居た。
激戦の数々(西博士の代行でのデモンベインとの戦闘)を潜り抜けた、古強者の破壊ロボに乗る俺が居た。
骨格剥き出しのメカは美しいと主張し続けた周の俺が乗る、あえて未完成のまま出撃したニセデモンベインが在った。
(修行の時、姉さんに力加減を間違えられて)破壊され、最後の魔力を振り絞ってもやはり動けない機械巨神に乗る俺が居た。

別の世界の俺とかは存在しない。
別の時間軸の俺とかも存在しない。
別の誰かが乗っているとかも無い。
この周に至るまでに経過した俺だけがそこに居た。

鬼械神にすら乗らない鬼械神そのものである俺が居た。
人間以外の存在になって姉さんと異種姦を思う様楽しんだ俺が居た。
少しゲシュタルト崩壊を起こして自分探しを始めた俺が居た。
最初から全身サイボーグ設定全開で始めてループまで突き通した俺が居た。

巨大な俺が居た。
小型の俺が居た。
ケダモノと化した俺が居た。
思い切って形を捨てた俺が居た。

後は、うん、まぁ、多分色々居る。
正直総てを語る意味は無いだろうし、結論だけ言おう。

ありとあらゆる俺が、その種類に無限を無限回だけ乗算した数だけ存在する。
輝くトラペゾヘドロンを使う必要もない。
俺という閉じた世界の中に文字通り無限の数存在する俺。

「流石に自分の名前であーとれーたあえてるぬむとか、口にするの恥ずかしいから、降伏してもいいですよ? きっと思いつく限り痛くするし、降伏した事を無限時間掛けて後悔するような目に合わせるから」

割りと本気だし、余裕で可能である。
此処が俺の中のオサレ時空である以上、ナノマシンっぽいものから俺は無限に再生できるし、当然無限数存在できる。
世界そのものが俺だから、実の所肉体の支配権とは別に俺に一方的に有利な条件を追加することも可能。
対して、俺を取り込み特別な存在になった影響で、目の前の邪神はスタンドアローンな状態にあり、援軍を要請することもできない。

「い、いや、まだまだ。幾ら無限に存在できるからといって、それが僕と同等という訳では」

「そりゃそうだ。うん、実に真っ当な意見だと思うよ。でも──」

ここで一先ずこのオサレ時空での出来事を置いておいて。

「外の世界、どんな状態だったかな?」

そう、邪神がオサレ時空に落とされる直前の状態だ。
此処に落ちてきたという事は当然、現実の方では何らかの理由で意識を失ったということ。
しかも、俺が祈りを捧げて力を借りた神の事を思えば、見せかけのダメージではない、割りと致命的な損傷を受けているのではないだろうか。
それこそ、『決め技を打ち込むのに最適』な状態だとして、

「その致命的な隙を、大導師殿が見逃すとでも?」

―――――――――――――――――――

再びマスターテリオンの制御下に戻ったリベル・レギスが、今度こそ、次元の裂け目をこじ開け、それを招喚する。
捻じ曲がった神柱。
狂った神樹。
刃の無い神剣──

在り得ざる物質、神々の禁忌。
輝くトラペゾヘドロン。

トラペゾヘドロンを、未だ動き出す気配の無い混沌に向け、魔法円を虚空に描く。
嘗て発動した時の様な、不完全な封印ではない。
マスターテリオンは識っている。
識らされていた訳でもないのに、当たり前の様にそれを識っている。
『これ』こそが、この神剣の本来の扱い方なのだ。

宙に光の痕を刻み込み、刻まれた魔法円が灼熱を宿し燃焼する。

「征くぞ、エセルドレーダ。ここで、これで、確実に終えよう。終わりにしよう……!」

無限の絶望、無限の恐怖を振り払い、刃のない刃が世界に新たな法を刻み付ける。

「荒ぶる螺旋に刻まれた神々の原罪の果ての地で、血塗れて、磨り減り、朽ち果てた、聖者の路の果ての地で、我等は今、聖約を果たす」

怨念も憎悪も絶望も渇望も羨望も、総てを忘れ、全てを込めて。
唄い上げる。
詩に合わせ、トラペゾヘドロンを手に、リベル・レギスが舞う。

「其れはまるで御伽噺の様に
眠りをゆるりと蝕む淡き夢
夜明けと共に消ゆる儚き夢
されどその玩具の様な宝の輝きを我等は信仰し聖約を護る」

詩は術式、舞は陣。
唄が紡がれるごとに、舞が刻まれるごとに、世界法則が組み替えられ、新たな世界秩序が誕生する。
込められる祈りに応えるように、世界が生まれ変わる。

無限螺旋。
神々の宇宙を解き放つための箱庭が、圧倒的な存在力によって歪んでいく。
マスターテリオンもエセルドレーダも、その力に身を預けた。
静かに、熱く、魂を精錬する。

「我は闇、重き枷となりて路を奪う、死の漆黒」

「我は光、瞼を灼く己を灼く世界を灼く熾烈と憎悪」

その在り方に疑問を持つ事はない。
かくあれかしと願われて生まれた。
そうあれかしと思い生きてきた。

「憎しみは甘く、重く、我を蝕む」

だが、

「其れは悪 其れは享受」

そうだ。
悪であると自覚して生きたとしても、
自分達に悪を願わなかった者も、確かに居た。

例え誰かに願われたのだとしても。
例え自らが望んだとしても。

「其れは 純潔な/醜悪な 交配の儀式
結ばれるまま/融け合うままに堕胎される
その深き昏き怨讐を胸に その切なる叫びを胸に」

続くことが出来る限り。
何度でも死に絶え、何度でも産まれ落ち。
想いも、願いも。
世界ですらも────

「埋葬の華に誓って 我は世界を紡ぐ者なり」

変えられる。
変わる。作り変えられる。
世界が、閉じた宇宙が、混沌を詰めた箱庭が。
花開くように、開放されていく。

悪しき者が存在しない訳ではなく、
宇宙に悪心、悪神、邪心、邪神は在り続け、
しかし、全ての出来事を有りの儘に受け入れる世界。
円環に囚われず、何時か死すらも死に絶えるその時まで、不断の前進を行い続ける宇宙。
しかし一つ、唯一、完全にこの世界に存在を許されないものが在った。

這いよる混沌。
千の無貌。
ナイアルラトホテップは、この世界に存在できない。
それこそが、新たに加えられたルール。

この日、邪神ナイアルラトホテップは、輝くトラペゾヘドロンの中に完全に放逐された。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

戦闘を中断し、オサレ時空から外の様子を伺っていた俺達と邪神は、その結末を見届けていた。
そして、俺の胸に去来する思いが一つ。
世界改変能力を基点にした全能の力を手に入れた者は、この心得を守るべきだろう。
それは──

「世界ですらも────変えられる」

──モノローグを読み取らない優しさを大切にするべし。
俺の軍勢が変じた機械巨神軍団が小人に見えるサイズにまで巨大化した混沌が、『キリッ』とか付きそうな無貌を取る。
次いで、掌を下に向け、

「だってさwwwwwwwww」

テーブルを何度も叩くように、爆笑しながら俺の軍勢を叩き潰していく。
砕け散った側から俺が補充されていくが、今は戦闘どころの話ではない。
そりゃあ、混沌の口から草も生えようというものだ。全能ならではの特殊な言語表現。素人では真似できない。
くそう……大導師め、普通にモノローグとか無しできっちり詠唱だけ済ませればいいものを。

「シリアスな空気が台無しじゃないか」

あんな、あんなポエミィな事を考えながら放たれる窮極の最終必滅兵器さんの心境を考えようとは思わないのだろうか。
一部俺の軍勢が『シリ……アス?』とか『姉さんの尻♂assなら……』とか『何もおかしなところはないな』とか言っているが、それは些細な問題だろう。

「さて」

ひとしきり笑い終えた混沌は俺の群れを叩き潰すのを止め、両手を広げてお手上げのポーズを取った。
少なくとも、先ほどまでの様に話の流れで戦闘を行うつもりも無いようだ。

「僕はトラペゾヘドロンに囚われてお役御免。これで無限螺旋は解け、世界は開放された訳だけど」

言葉の内容は明らかにこいつの計画が頓挫した事を意味していてが、口調に陰りはない。
そもそも、必ずしもこの無限螺旋に存在するこいつが計画を成功させる必要はないし、原作的に見ても、このリアクションに不自然な点は無い。
だが、違う。

「何が言いたい」

「んー……、実は君さ。解って言ってるよね、それ」

「そりゃ、勿論」

肉体の感覚とリンク。
マスターテリオンのモノローグの通り、混沌と融合した俺の肉体は神々の庭に飛ばされてしまっているようだ。
このクッソ汚い邪神さんは彼ら、彼女らにとって『大して珍しくもない』のか、知性のないケダモノ同然の神々はあまり反応を示さない。
いや、俺という不純物を核にしているのは珍しいらしく、幾つかの名も知れぬ神が、俺の知りうるものとはかけ離れたコミュニケーション方法で持って接触を行おうとしている。
が、この混沌が知性を司っているというだけあって余り深く物事を考えている訳でも無いらしい。
少なくとも邪神世界基準では害を加えるつもりはないようだ。
リンクを切断し、再び混沌に意識を向ける。

「そっちこそ、抵抗しないのか?」

抵抗、一方的に殲滅されている俺が言うのはおかしいだろうか。
俺もある意味では抵抗していると言えるのだが、あちらが俺の肉体を奪還されないように抵抗しているのも確かだ。
あちらもあちらで全能存在、しかも、俺には決め手がないので、俺が有利という訳では決して無いのだが。

「してもいいんだけどねー。……多分、意味はないんだろう?」

砕けた口調で応じる混沌。
その言葉の通り、戦意は欠片も感じられない。

「そうか? そっちは仮にも2次多元+5α偏在存在で、しかも任意全能に時間無視まであるし、やり続けてればその内勝てるだろ」

少なくとも、俺ならそうする。
今この場で見える材料から判断すれば、どちらが勝負を制するかは未知数だ。
混沌の全能を行使できないとはいえ、このオサレ時空において俺は思考や存在の書き換えを食らう事はない。
かといって、混沌にした所で、俺の持つ力だけで妥当出来るような存在でもない。

見上げる先で、混沌が星ほどもある身体を揺すり、肩を竦めた。

「悪いけど、『何時唐突に未知の力を発現させたり』『誰かの応援が聞こえて起死回生の一撃を放ったり』しそうな相手とは戦いたくないのさ」

なるほど。
こういう、半ば以上メタ時空に足を突っ込んでいる存在からすると、

―――――――――――――――――――

「ああ……視えているのか、ナイアルラトホテップ」

巨神の容をした混沌が、卓也の群れを見下ろす。
炎える三つの瞳は、

「お前の眼にも……この『主人公補正』が視えるか」

全ての卓也に重なるように存在する、自分と同質の気配を捉えていた。
圧倒的な密度の業子(カルマトロン)の渦。
運命を容易く捻じ曲げるだけの力。
神そのものが味方している方が、まだ戦う気になれるだろう、絶望的なまでの運命力。

「世界を弄ぶ、神(創作者)の意思。この世を結末へ誘う筈だった力。 ……そんな力、いつの間に手に入れていたんだい?」

少なくとも、この内面世界に来るまで、そういったものとは無縁だった。
トリッパーである三人はあくまでも代演であり、有り得ることの出来なかった、この世界の本来の主人公の所有するそれを所持する権利は持ちあわせて居ない。

「こつこつこつこつ、毎周毎周こまめに会いに行って、地味に距離は縮まってるんだ。そういうものが重なる事も有り得るのさ」

姉さんの受け売りだけど、と続ける卓也。
内心でなるほど、と頷く。
代演であれ、本来そこに居るはずだった主役と同じ動きをすれば、周りもそれに合わせ始める事もあるだろう。
しかも、無限螺旋という世界は同じ時間の繰り返しだ。
例え、どれほど代演と元主役の正確や行動形式が違ったとしても、重なる部分は自然と生まれてくる。
それでいて、これの姉は本人に知らせる事もなく露骨に誘導していた。

「でも、ようやく自覚したんだねぇ……」

しみじみと感慨に耽る。
魔導書として取り込まれ内部から見ていても、卓也の気づかなさにはやきもきされていたのだ。
たとえそれが、主人公補正を上回る程の世界の修正力が起因であったとしても。

「さてね。精神が主体で、なおかつ外の世界からほぼ完全に隔離されたこの世界だから自覚できてるけど、復帰したら、主人公補正とあの人の正体は確実に認識不可に戻るんじゃないかな」

そっけなく返す卓也。
どうやら、主人公補正にも、それを与えた元ヒロインにも余り関心はない様だ。
だが、それはいけない。
恩を恩で返せなんて言うつもりは無いが、それでは余りにもドラマとして盛り上がりに欠ける。
少なくとも、感謝の心を感じる程度には留めておきたいところだ。
取り込まれ、この青年の一部に還元されたとしても。

「じゃあ、そろそろいいか? 戻るなら戻るで早くネタバラシしてあげないと、話がややこしくなりそうだし」

いつの間にか巨神の姿の混沌は、その首から下までを無限に増殖し続ける卓也の機械巨神によって完全にホールドされていた。
代表して意思を言葉にしている卓也からは、この場に落ちてきた時の様な狂気じみた敵意も感じられない。
このまま大人しくしていれば、特に何事も無く完全に取り込まれるだろう。
全能の力を用いて抵抗しようとも思えないし、思ったとしても出来ない。
既に卓也を乗っ取っていた存在の八割方が、卓也の逆侵攻を受けて取り込まれてしまっている。

「ああ、構わないよ。どうせ、約束は果たしてくれるんだろう?」

補正の力か、それとも卓也の言うとおり、取り込み損ねた時点で取り込まれかけていたのか。
それは最早確かめる事もできないのだが。

「姉さんに聞いてくれ、と言いたいけど、姉さんは約束を無碍にするような人じゃないよ」

──ああ、それならいいや。
──消えて無くなるわけでなし。
──稀の結末、人間ごときの一部というのも、乙なものさ──

意思を出力する権利すら剥奪され、混沌が薄れていく。
消えゆく意識の中、混沌の眼が確かに捉える。

それは、立ち去る卓也の背に寄り添うようにして浮かぶ、万物の母の姿。

慈愛すら満ちた微笑みを向けられ、今度こそ本当に、ナイアルラトホテップの意思は消滅した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

深遠。
深淵。
果てない、限りない星々の海。
静かに瞬く天の川を、マスターテリオンは何時までも見つめていた。
この宇宙(ソラ)は、この宇宙の裏側に潜む怪異は、永劫に渡って、マスターテリオンを怯えさせてきた。

だがその恐怖も、今はもう無い。

「余は……」

生き残った。
邪神を打ち倒すことで、自らを捉え続けていた恐怖を振り払い。
自由を得たのだ。
終わることすらなく、変わることすら出来ない繰り返しから抜けだした。

「卓也……」

その事実だけを総てにすることは、マスターテリオンには出来なかった。
失ったそれは、きっと、これからの時間でも得難い、大切な、必要になる何かだった。
黙り、しかし口を閉じることもなく、星々に見蕩れる。
意味のない行動。
地球に戻るのでもなく、どこかに向かうのでもない。

だが、この時間はとても尊いものなのだと理解できた。
それはジョークの様に、意味が無いのが上等なのだ、と。
意味なんてなくても、この光景には確かな価値がある。

「……っ」

喉から出掛かった言葉が詰まる。
目の前の安らぎすら感じる光景に、唯々見蕩れながら。
マスターテリオンは、素直にその感情を認めることが出来なかった。
それを得る権利を手にしても、使う気が起きない。
それは、苦楽を共にした兄妹と、分かち合いたかったものだから。

茫洋と広がる星の海を眺め……ふと思う。
これから、どうするべきなのだろうか。
リベル・レギスは動く。エセルドレーダも健在だ。
昔は、解き放たれたらやりたいことがあった気もする。
だが、今は、何をする気も起きない。
いっそこのまま、この場所で何時までも星を眺めていようか。
次の永遠が始まっても、次の次の永遠が始まっても、何をするでもなく、星を見続けていようか。

それも悪くないと、思った。
最早、彼を脅かすものは何もない。
時か世界か、この身と魂のいずれかが朽ちるまで、この平穏は続くのだから。

そうして、何時までも何時までも宇宙を彷徨い、果てなき旅の果てに……何時か、地を照らす星になろう。
未だ見知らぬ星の天に輝き、希望や、夢想や、創造を齎せたのなら──

《まぁ、宇宙の魅力と比べられると大っぴらに主張できませんが……地球も悪い場所じゃありませんよ、大導師殿》

──不意に、声が響く。
リベル・レギスを介した、鬼械神同士の通信。
聞き慣れた男の声だ。

「っ」

生きていたのか、そう問うよりも早く気付く。
彼は邪神に取り込まれて、邪神と諸共に輝くトラペゾヘドロンの中に封印された筈だ。
そして、トラペゾヘドロンに封印されたが最後、高位の邪神といえども脱出は不可能。
この声の主は何者か。
大導師と、黙してサブシートに控えていたエセルドレーダに緊張が走り、

《何しろ、地球には姉さんが待っていますからね。それだけでアトリーム含む有象無象の有人惑星など塵芥も同然ではありませんか。いえ、むしろ塵芥確定です。ふむなるほどそうですか大導師殿も賛同して頂けるとは流石いい歳こいて悪の組織の大首領なんてやっているだけあって話が解る。褒美としてPCをVistaに変えてから動かなくなったソフトを何本かお譲りしましょう、姉系以外で》

脱力する。
これは間違いなく卓也だ。
単純に言葉の内容だけではない。
端々から漏れ出る姉が好き過ぎるこの雰囲気、邪神ですら擬態できないだろうと確信できる。

《正直に言えば姉さん除くあの地球の殆どが塵芥か兎の糞みたいなものなんですが……》

一息の間を入れて紡がれた言葉に合わせるように、マスターテリオンは宇宙の中に一つの気配を見つけた。
漆黒の鬼械神──少しだけ形の変わった、卓也のアイオーンだ。
シャンタクを羽撃かせ、エーテルの輝きを背にしたアイオーンが、誘うようにリベル・レギスに手を伸ばす。

《悪くない星だと思いませんか。帰りたいと思う程度には》

「あぁ……そうか、そうだな」

きっと、そうなのだろう。
マスターテリオンは自覚する。
自分は追い立てられる余り、見て来なかった物が沢山あるのだろう。
だからこそ、戻ろうとも思えなかった。
なら、あの星に戻るのも悪くないかもしれない。

星になるのと同じように、ゆっくりと、焦ることなく、世界を見て回ろう。
何時か、この生まれ持った性質が、暗闇の路へ引き戻そうとも。
それまでに、見つけられるかもしれない。
帰るべきだと思える場所を。

「帰ろう……家へ……」

嘗て在り、もう在りはしない筈の、我が家へ。
マスターテリオンではない、余の、僕の、生きていた場所へ。
どれだけの時を経たとしても、例え辿りつけず、旅路に力尽きたとしても。
帰ろう。

《ええ、帰りましょう、大導師殿。地球へ、そして──》

伸ばされたリベル・レギスの手を掴みながら、卓也のアイオーンは頷き、

《──無限に続く螺旋を、再び回し始めましょう》

三眼に、炎える様な輝きを走らせた。

―――――――――――――――――――

やー、良かった良かった。
やたら黄昏てる雰囲気だったからやんわりと帰還を促したけど、どうやら上手いこと話が進んでくれたらしい。
これで大導師がエセルドレーダと抱き合ってしっとりラブい感じになってたりしたら『さっさと戻ってループ回そうぜ!』なんて言えないもんな。

地球まではかなり距離があるけど、まだ決闘用の流れからは抜けてないし、適当に彷徨いてればアリゾナに飛ばされてくれるだろう。
あー、でも、この場合俺はどのタイミングに落ちるんだろうか。
仮にもこの流れに巻き込まれてる訳だし、まさか同じ時代に落ちるはめになるのか?

《何を……言っているのだ? 貴公は》

適当な時空の歪みまで見送ったら離脱しようかと考えていると、通信越しに大導師の震える声が聞こえてきた。

「はい?」

リベル・レギスを先導するために掴んでいたアイオーンの手が振り払われる。
何かこれまでの流れで、説明しなければならない部分はあっただろうか。

《這いよる混沌は封印され、この宇宙は改変されてクラインの壺ではなくなった。……無限螺旋など、もはや何処にも存在しない。そうだろう?》

…………。
むむむ。

「ええと、ですね、大導師殿」

これはしまった。
なんというか、まさか、大導師殿がそこまで楽観的だとは。
俺が与えた情報を悲観的に分析すれば、この流れはしっかりと理解できる筈なのに。
こんなに俺と大導師の間で意識の差があるとは思わなかった……!

「それ、なかったコトになりましたんで。この宇宙、無限螺旋続行、邪神生存ルートです」

アイオーンには動きをトレースさせず、額に手を当てながら告げる。
これは厳然とした事実なのだが、間違いなく大導師は納得しないだろう。
大導師が俺たちの話しを楽観的に聞いていたのだとしたら、今回の結末を予想する事は出来ない筈だ。

《待て、確かに余はこの手で宇宙を作り替えて、邪神を放逐した。……輝くトラペゾヘドロンには、その力が存在したし、そうなったではないか》

何か、鬱屈としたものを堪えている人間独特の、底に何かをため込んでいる最中の様な情感を感じさせる大導師の声。
リベル・レギスも大導師の意思に合わせ動くことで、身振りを交えた熱弁に成っている。

「ええ、世界改変能力は確かに行使されましたし、宇宙も生まれ変わりました。邪神も封印されました。……でもですね、大導師殿」

なるほど、確かに、思い返せば俺も説明不足な部分があったかもしれない。
初期段階、大導師に対抗できなかった頃は情報を制限して少しでも自分を有利に、とか思って情報を渡していた気もするし。
何より、原作をプレイしていれば思い当たる輝くトラペゾヘドロンとナイアルラトホテップの相性なんて、途中から徹底的にナイアルラトホテップに避けられていた大導師では思いつきもしないか。

「混沌は『輝くトラペゾヘドロンを上回る権限で宇宙を作り替え』られますし、『封印されても、わりと簡単に抜け出せてしまう』んですよ」

思い出して欲しい。
デモンベインの原作では、自在に輝くトラペゾヘドロンを操っていた大導師の元に、ナイアルラトホテップは気軽に足を運んでいた筈だ。
そして、デモンベイン世界では世界唯一みたいな扱いだったが、元をたどって純正クトゥルフ神話世界においては世界にそれなりの数存在するアーティファクトに過ぎない。
いや、それ自体は問題ないのだが、その効果に問題がある。
この輝くトラペゾヘドロン、『ナイアルラトホテップを召喚するための』アーティファクトなのだ。
だが、何故かこの世界では無数の宇宙の屍を積み上げて生贄に捧げ続けて邪神の住まう真の宇宙を封印する~などという大層な物体になってしまっている。

これらを踏まえた上で、ナイアルラトホテップ自身の能力、経歴を少し挙げてみよう。
代表的な能力として、世界改変能力を持つ。
そして、あらゆる邪神の中で、唯一旧神による封印を免れた邪神である。

世界を作り替えられても上書きして作りなおすことができるし、封印されたとしても、ナイアルラトホテップだけは素通りで封印から逃れる事ができる。
……つまり、だ。
ただの、融合する前の単独招喚の輝くトラペゾヘドロンによる敵対行動は、ナイアルラトホテップにとって、総て痛くも痒くもないのではないだろうか。
いや、あえて言おう。

「というか、取り込んだ邪神の力で世界は再び螺旋状に作り変えましたし、封印も簡単に抜けさせてもらいました」

実証できてしまったのだから仕方がない。
結論として、輝くトラペゾヘドロンも、未完成状態ならナイアルラトホテップ程度の力で対処が可能。
目的は本人の語る通り、内部に封じ込められた宇宙と邪神の開放だけなんだろう。

《やはり、貴様は……!》

当然の様にフルオートで激昂するエセルドレーダ。
もう完全に敵対ルートに入ってしまっているが、何か致命的な勘違いをされている気がする。
あんな姉愛すら理解できないような出来損ないの神と一緒にされても困るのだけど。
後腐れもないし、説明は適当でいいだろう。

「俺は俺で、あの混沌とは別枠なんですが……まぁ、それでも構いませんよ」

こうなった以上、もはや大導師殿に利用価値は無くなった。
西博士との親交が作れなくなるのは痛い気もするが、これ以上あそこで学んでも頭打ちだろうし。

《……騙していたのか》

地の底から響くような、僅かに揺れる大導師の問い。

「人聞きが悪い。輝くトラペゾヘドロン……ああ、大導師殿単独で召喚する不完全版でない方ですが、それが邪神に対抗する唯一の鍵だってのは嘘ではありませんよ」

宣言通り、内部から援護して混沌を相手に『輝くトラペゾヘドロンを使わせて』やれたし。
無限螺旋を抜けるために必要な条件も示したし、大十字を鍛えるための方法にしても嘘は一つも付いていない。

「初期に交わした契約は、総て履行しました。……こう言ってはなんですが、契約の内容に深く追求をしなかったそちらの手落ちかと」

せめて、大導師が『余だけでかの邪神を征し得るのか』とか聞いてくれれば話は変わっていた。
そう聞かれれば、俺だってやんわりと『身の程を弁えろ』と忠告して詳しい説明ができたのに。
これだから、詳しい内容よりも交わす言葉の雰囲気を重視する輩はいけないのだ。
プロスペクターさんを見習って欲しい。
彼なら詳しい契約内容を文章に纏めるように言うだろう。
まぁ、幾ら元エリート大学生とはいえ、中退して秘密結社とか作っちゃう人だからなぁ……。

《裏切ったのか……?》

リベル・レギスから、はっきりとこちらに向けられる攻撃的な魔力。
いや、向けられているというか、漏れだしているというか。
感情を制御しきれていない弊害か、無限の心臓からただ無尽蔵の魔力が溢れだし、大導師の意思の力で変質させられている。

「裏切っちゃいないんですけどね……最初から、味方になった覚えもありませんし。ほら、持ちつ持たれつ、みたいな感じの契約だったじゃないですか」

しかも、俺の方が得る利益は総て自助努力によって発生したもの。
裏切り者呼ばわりされるのが不本意だとは言わないが、裏切る裏切らないという話に発展するほど、親しくしていた訳でもなし……。
これなら度々ベイブレードで対決する場面のあったクラウディウスにでも言われる方がまだ納得できる。
例えばそう、『お前、爆丸派かよ!』とか。
クラッシュギア派に決まってるだろこの馬鹿! と返してやるつもりだが。

《五月蝿い! 裏切ったな! 余の気持ちを裏切ったな!》

精神的に酷くナイーブな少年の如き、悲鳴にも似た絶叫を上げながら、リベル・レギスが出鱈目に魔術の構成を編み上げる。
それは攻撃的な意思を込められながら、あやふやで不確定で、定まらない思考のままに組み上げられていく。
避けるのも大人気ない気がするが……避けるべきなんだろうか。
害は有りそうな無さそうな、半端な感じだ。
複雑に絡み合った術式。
それを手に握りしめ、リベル・レギスが突撃してくる。
避けられない速度ではないし、せっかくだから避けておこうとも思うのだが……

(避けられない? いや、命中する時間と空間がここに割り振られたのか)

何の偶然だろう。
大導師殿はここに到り、とうとう父親から受け継いだ力を発現させたのだ。
時空連続体の外に存在し、あらゆる時間あらゆる空間に同時に存在し干渉可能である、邪神『ヨグ=ソトース』の力。
これ以降に再現が可能かすら怪しい、原初の邪神の力を色濃く残した魔術。
しかし、それだけに何が起こるか知れたものではない。
時間か空間、もしくはそれに付随する運命にまで干渉するかもしれないというのは解るんだが。
いや、そこまで範囲が広いと、とてもじゃないが解るなんて言えたものではないだろう。

《貴公はここから、ここから!》

振りかぶられた術式を見つめながら、俺は思った。
何処かの時代に飛ぶなら、せめて今まで視たこともない様な光景を見てたいものだ。
例えば、そう頭の中に見てみたい時代の候補を思い浮かべた所で、俺に『術式が命中した未来』が押し付けられ──

《ここから、居なくなれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!》

キャラ崩壊を起こした大導師の叫びを聞きながら、俺はこの時代から追放された。








続く
―――――――――――――――――――

主人公「(`・ω・´)ジャシーン!」

以上、一行で解る第七十一話でした。
非常にわかり易かったですね。

自問自答コーナーにすら出来ない注釈が長いんで、あとがきは巻いていきますよー。


本編で説明しきれなかった設定の注釈コナンズヒント。
・クロックワーク・アイオーン
アイオーン特徴『黒い(全ての色が混ざり合った混沌)』『他の鬼械神に比べて術者を殺しやすい(アル・アジフを精神的に追い詰め成長させる)』『目が紅い(灼眼)』『さいきょー(デバッグ用最強データ)』
アイオーンとはつまり、ナイアルラトホテップのデータを元に召喚され、なおかつ密かにナイアルラトホテップの意図を組んで稼働する特別な鬼械神。
アルとか九郎とかそれ以前のマスターが不甲斐なかったりすると、オートでさり気なく補助してくれる良妻賢母系鬼械神。
しかしお駄賃として使用者の命をギリギリまで要求して最後には破産させる。
異存気味な割に切り替えの異様に速いメンヘラ的な性格。嘘。
ロボットだからマシンだから、そんな意図は一切ない。総て邪神の仕業。
とっても優秀な鬼械神ですよ!
ぶっちゃけた話、ぽっと出のクロックワーク・ファントムよりも余程チクタクマン要素が大きいと思ったのは自分だけでは無い筈。

・洩れ出た異世界
主人公が魔法の存在しない世界でネギま!魔法を使おうとすると精霊が一時的に発生するという現象の正体。
トリップした先で何らかの技術を習得した場合、トリッパーはトリップ先の世界、及び世界法則の一部をその身に取り込んで行くことになる。
一部というのが曲者で、これによってデメリットが消えたり、原作とは異なる仕様になる危険性が存在したりもするらしい。
対して主人公は基本的にトリップ先で技術を習得すると同時に、その世界を構成するパーツを直で取り込んでいく為、設定の齟齬を少なく、より多くの要素を取り込む事ができる。
金神の記憶らしき物があるのもその御蔭。
なお、金神の故郷の話は原作で一切触れられていないが、そこはそれ、この作品が二次創作である事を忘れてはならない。
きっとこの世界ではニトロ内部の隠し設定とかでそんな世界が存在したのだろうと思われる。

・最小単位が存在しない
フラクタルでwiki見れば幸せになれる。
時間、空間的に超越存在であるナイアルラトホテップの一部になることで、最小単位に虚数も含まれる様になった。
ぶっちゃけ、存在していない=虚数として存在している、という屁理屈による消滅攻撃耐性。
取り込まれた時点で一度完全消滅しているとも取れるが、主人公的に細胞云々連続性云々よりも『完全状態の鳴無卓也(自分)のデータ』が存在し復元可能な状態が=生存という感覚なので、データが復元されるのであれば短時間の消滅は許容範囲内。
むしろ最小単位云々に『記憶に擬態した主人公』を組み合わせる事で『彼は皆の心の中に生きてるんだよ……』された瞬間に他人の記憶に刻まれた主人公の断片データから自己再生可能であるかもしれない事の方が重大。
軍神強襲の火星人侵略作戦と組み合わせる(相手の脳内にラジオなどを媒介に音声データとして主人公のデータを一部送り込み、そこから自己修復させて無限増殖&頭脳侵攻)と極悪、とても主人公が取っていい戦法ではない。
でも今後の展開でそこまで主人公がダメを受ける事もないと思う。

・クトゥグアの招喚
火の加護とかお告げとか言ってチャーハン作ってた辺がさり気なく伏線アピールだった。
あとセラエノ大図書館でさりげにニャルさんに検閲されてないクトゥグア(真)のデータを獲得済み。
ニャルさんは記憶に検閲を入れていたが、あくまでも削除ではなく思い出せない、認識できないという方向性のものである(原作でもトラペゾ発射直前にアルアジフが検閲から逃れている)為、封印、誘導されていた『記憶そのものである鳴無卓也』の中には生データで残っていたって話。
威力増しましというか、ニャルさんにガチでダメージを与えられる。
が、主人公がナイアルラトホテップとしての権能を使用している最中に招喚したら間違いなく自爆する。

・主人公補正
今回の邪神を取り込んだりなんだりの展開は総てこれで説明がつく。
トリッパーが本来持ち得ない、持ち主を取り込んでも手に入らないタイプの特殊能力。
強弱も方向性も様々だが、古今東西ありとあらゆる主人公が持っている。
生まれなかったオリ主が物語中で取るはずだった行動をトレースする度に、徐々にトリッパーに付与されていく。
通常の二次創作世界で取得するのは難しいが、同じ場面を何度も繰り返すループ作品の二次創作であれば、最終的にはほぼ確実に取得することになる。
が、ここの主人公はシスコン過ぎて元主人公の行動をトレースしない可能性が在ったため、安全性を高める理由もあり、主人公は姉によって行動を誘導されていた。

正確には『絶対に勝つ為の力』ではなく、『絶対に物語を進める力』に分類される。
実の所、元執筆者である千歳はバトルではなく他の分野をストーリーのメインに据えようとしていた為、これを受けている限り戦闘で主人公が消滅させられる事もない。
なお、ラスボス補正とのかみ合わせは抜群であり、相手が強力であればある程主人公補正による勝利確率は上がっていく。
ニャルさんが割りとあっさり引いたのは、半メタ視点を持つが故に『どう足掻いても負け、ストーリーを進められる』と本能的に理解してしまっているから。
因みに、その世界(物語)の主人公に与えられるモノであるため、元の世界に帰還すると同時に付与された主人公補正は消滅する。
ぶっちゃけこの作品のタイトルを見れば解ると思うが、付与されるまでもなく、元から過剰なまでに添付されていると見ていい。

・背に寄り添うようにして浮かぶ、万物の母
次回から暫く連続で出張る。
クライマックスフェイスでスポットが当たるのはこの人。
前述の主人公補正は大概この人周りから手に入れている。
万物の母、いったい何ラス亭の美人店主なんだ……。

・裏切った、裏切ってない
力を貸すという契約はしているが、仲間になるとも友になるとも明言した事はない。
認識の違いというか、主人公に対してそういう感情を抱かせたければ『姉、サポAIと長期にわたって完全に引き離し精神的に弱らせる』『ある程度好感度を地道に上げた上で、すかさず弱ったところを慰める』という面倒な条件をクリアしなければならない。


次回は、次回こそはまともな早さであげられると思います。多分三週間くらいで。
大丈夫大丈夫、まだエタらない……。

そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス。
そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心よりお待ちしております。






邪神の力に目覚めた大導師の術式により飛ばされた時代、卓也はそこで思わぬ存在、思わぬ人物に再会する。
次回、原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを、第七十二話。
『シュブえもん卓太のカンブリアンQTS~古の偉大なるポリプの謎~』
化石になっても──あなたを放さない。

お楽しみに。


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