「やったぞ九郎! あのアンチクロスの鬼械神を二機同時に!」
「でも、俺達だけの力じゃない、あいつらが居なかったら……」
突如として市街地で暴れ始めたアンチクロス。
その鬼械神を迎撃するために出撃したのは、何も九郎のデモンベインだけではない。
九郎には、大学から付けられたコーチ兼サポーターが二人も付いている。
「うむ、そうだな。……軟弱な奴だと思っていたが、中々に骨のある魔術師ではないか」
デモンベインのモニタに映るのは、左右でそれぞれ形の違う鬼械神。
瑛蘭兄妹が召喚する二機の鬼械神が合体したその鬼械神に近づき、九郎のデモンベインはその背中を叩く。
「聞いたか衆礼道、今のアルのツンデ……衆礼道?」
だが、アイオーンからの返事はない。
叩かれた拍子に合体が解除され、半身を形成していた一機の鬼械神が、崩れ落ちるもう一機を抱きかかえる。
《おにーさん、おにーさん、しっかりして、おにーさん!》
通信機から聞こえる彼の妹の涙混じりの悲痛な叫びにも応えない。
いや、それどころか、抱きかかえられる一機の鬼械神は徐々にその鋼の身体を字祷子に分解し、宙へと溶けていく。
「な……! 衆礼道、おい、応答しろ衆礼道! 衆礼道ーっ!」
何が起きたのか理解した九郎の必死の叫びも虚しく、瑛蘭・衆礼道の鬼械神は、跡形もなく消滅した。
―――――――――――――――――――
○月☓日(今周の教訓)
『死ぬ死ぬ詐欺は癖になる。ガチで』
『なんか、結局また大十字と同道することになったかと思えば、結構な頻度で入院したりぶっ倒れたりして、挙句の果てにまた死亡退場してしまった』
『これはあれだ、スパロボ世界で記憶喪失の出自が謎キャラを演じなくて良かったかもしれん』
『もしも演じられたら、戦艦の外に適当な通信係の美鳥を置いて、見つからなさそうで意外と見つかる位置で無闇に隠し持った通信機を起動して重要そうでどうでもいい情報を発信してしまうのが癖になっていただろう』
『俗に言う『食堂の男プレイ』という奴だ』
『なんていうか、娯楽っていうのは常に貪るべきものではないと俺は思う』
『今周はホモ臭い病弱天才耽美キャラでストレスを貯めていたから仕方がないにしても、次の周からは自重するようにしよう』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「はーい、では、ニグラス亭改装完了とか、諸々のあれやそれやを祝って、かんぱー……」
「────────!!!」
俺の力ない乾杯の音頭に、店内に居た有象無象の客連中が一斉に乾杯する。
打ち鳴らされるグラスにジョッキ。
見れば、通常店に置いてある物の他に、客が持参したであろう個性豊かな器が幾つも存在しているのが解る。
あの木のような質感を持った鉱物製の湯のみは、果たして地球上の物質で製造できるのだろうか。
そんな取り留めもない事を考えながら、俺は掲げていたジョッキの中身を煽る。
「んっ、んっ、んっ」
黄金の蜂蜜酒を語る時、人はその芳醇な味わいと香りに注目しがちだが、俺としてはこの喉越しにこそ価値があるのではないかと思う。
それは、不必要なアルコール分を除去した上で飲んだとしても何一つ変わらない。
「っぷはぁ~……」
飲み干した所で、俺は持参した幾つかのピッチャーから一つを選び、再びジョッキの中にノンアルコール黄金の蜂蜜酒をギリギリまで注ぎ込む。
黄金の蜂蜜酒が魔術的な薬品としてだけでなく飲料として優れている点を上げるとすれば、それは量産のし易さだろう。
必要な材料を揃えてさえしまえば、生成の段階で大量の魔力を注ぎ込むだけで恐ろしい量の蜂蜜酒を作り出せてしまうのだ。
前の周では、戦闘中はひたすらバイオリンとかエアバイオリンでハスターの歌を連打していただけだったから、魔力が余りまくったのだ。
しかもロールプレイに専念していたお陰で、ブラックロッジとしては殆ど活動しなかった──というか、ぶっちゃけロールプレイ開始前に元の姿で大導師の所に顔を出した程度であるため、雑用で魔術を使う用事も無かった。
お陰で、二年と少しで、そこいらの郊外にあるビール工場の巨大タンクも真っ青な量の蜂蜜酒を蓄える事になってしまったのだ。
「つうか、なんで俺が乾杯の音頭やらされたんだ……?」
こういうのは、景気よく音頭を取れる、いわゆるめでたい奴がやるべきだろう。
確かに俺自身、衆礼道という名前の耽美キャラのロールプレイが終了したのはめでたい。
これはまずネーミングからして最悪だった。
『いい、卓也ちゃん。これは、衆道でありながら、その芯には礼が込められているという意味の名前なの』
『何に対する礼?』
『勿論、掛け算を生み出した数学者に対してよ!』
ああ、その数学者、歴史遡って殺してぇ……。
まぁ、姉さんのヤオイ好きは世間で言うところのブルース・リー・ブームの様な周期的な流行なので、暫くはこういうムチャぶりはしないだろうけども。
だが、このパーティーはそもそもニグラス亭の改装完了記念パーティーなのだ。
集まっている面々も、ニグラス亭の常連六割だが、知らない顔(顔自体無い者も居るがそれは些細な事だ)も結構な数だというのに。
そりゃ、こういう場面で主賓が乾杯の音頭を取るかどうかなんて、一般的な会社員の飲み会すら経験したことのない俺が論じるべき事ではないだろうけど。
だからって、あんまり改装の手伝いをできなかった俺がってのは、いい晒し者じゃあないか。
「ホモォ……」
目立たないように部屋の隅に行き、ジョッキに注ぎ直した蜂蜜酒をちびりちびりと飲んでいると、店の常連の一人がこちらに声を掛けてきた。
腐ったパン生地の様な青白い楕円形の胴体、ゼリー状の眼、複数本の足を持つ紳士……ああ、子供連れの時が多いから淑女か?
「ああ、愛穂さん。お久しぶりです」
「ホモォ……」
まるで男の同性愛者を求めている様に聞こえる独特のイギリス南東部訛りの英語を使うのは、俺と同じくニグラス亭の常連客、大都愛穂(おおと・あいほ)さん。
名前が漢字なのは日系人であるためなのだろう。
性別と同じく、そこら辺の事情を詳しく聞いたことはない。
謙虚な日本人である俺は、無闇に相手のプライベートに探りを入れたりしないのである。
ちなみに、本人的には日本風の『苗字・名前』表記がお気に入りらしいので、英語圏の『名前・苗字』読みを行なってはいけない。
以前にその順番で名前を呼ぼうとした哀れな一見様が強烈な一撃によって殴殺されるのを目撃したことがあるが、あれは生身の人間が耐え切れるものではないからだ。
「ホモォ……」
「や、楽しんでますよ。これでも」
どうやら、俺が乾杯の時点で酷く疲れていたから、心配してくれたらしい。
流石、短期雇用のベビーシッターに任せきりとはいえ、多くの子供を持つ親は気配りのレベルが違う。
こういう細かい所に気がつくのが、地元に熱狂的なファンが存在する所以なのだろう。
「ホモォ……」
「そうですね、シュブさんにも挨拶したかったんですけど、もうちょっと待ちますよ」
だが、主賓であるシュブさんは多くのゲストに囲まれて、ひっきりなしに祝福を受け取っている最中。
ふと視線を移せば、古い仲であるらしい常連客の、蒼白の仮面に黄衣を纏った男性から声を掛けられている所だった。
常連客とはいえ、バイト店員でしか無い俺が気安く声をかけるにはタイミングが悪い。
「ホモォ……」
「ホモじゃねえっつってんだろダラズが……コホン、これあげますから隅っこで大人しくしてて下さい」
全く、真面目な話してる最中にいきなり『もしかして→ホモ』とは何事か。
そうじゃなくて、あれは明らかに元彼とか別れた旦那とか、そんな雰囲気だろうに、近づけるかっていう。
もしも男の方が縒りを戻そうとしているのであれば、ここで声をかけたら馬に蹴られるのが確定してしまう。
それに名前こそ知らないが、あの仮面の男とは何度かニグラス亭で相席している。
その時に、口元まで覆う仮面を付けたままご飯を食べるコツ、いわゆるめり込みバグなる技法を教わっているので、あまり不義理をしたくない。
「ホモォ……」
言葉とともに全力で投げたウ=ス異本(BL)を細長い指でキャッチ、感謝の言葉を返し、そのまま別の隅っこに移動して箱座りで読み耽り始める愛穂さん。
マイペースなお方だ。歩いている時は蹄なのに、いつの間に指が生えたのだろう。
というか、ホモホモ五月蝿い。あの耳障りなイギリス訛りはどうにかならないのか?
「ホモォ……」
「む」
思考を遮るように諌められてしまった。
確かに、他ならぬバイト先の主の目出度い席で、ノンアルコールドリンク飲みながら壁際でギリアムごっこというのも失礼な話だ。
それ言ったらパーティーそっちのけでそんなもん読んでるお前はどうなるんだよと突っ込みたくもなるが、あれはそもそも俺が渡したものだしな……。
愛穂さんに軽く感謝の言葉を述べ、ジョッキを手にしたままその場を離れ、ニグラス亭改装の祝福に訪れた常連客やシュブさんの親族らしき連中の間をすり抜ける。
見慣れた側頭部白髪爺が料理に一旦ケチを付けてからしかし僅かなデレと共に、締め切り開けで空腹な作家探偵は一片の躊躇いもなく、テーブルの上に供された料理を口に運んでいる。
ここの料理は、手をつけるよりも早く無くなるだろう。
食の細そうな連中のテーブルに移動したいところだが……質と量の揃ったニグラス亭に通い詰めるような猛者たちの食が細いなどという事がありうる筈もなく。
食事が手付かずで残っているのは、普段はニグラス亭に顔を出さない、シュブさん個人の関係者が集っている席に限定される。
「よぉ卓也、楽しんでるか?」
「ナイさん」
手には持ったカクテルグラスを軽く掲げ、気安そうに声を掛けてきたのは、上唇が僅かにω(オメガ)の形に見える禿頭痩身の白人の青年。
彼の名前は屋良ナイ夫。
名前から察することができるだろうが、彼もまたニャルさんのアバターの一つである。
同じ机には、同じく禿頭の白人ながら、まんじゅうの様にぽっちゃり体型のニャル夫。
そして彼に胸元を見せて誘惑するスーツ姿の女性はナイアさん。
その後ろでカクテル片手に談笑する黒人神父のナイ神父と、銀盆抱えて応対する黒人メイドのニアーラ。
テーブルの向こう側でトングを手に持ったままこちらに笑顔で手を振っているのは珍しく私服(コピー元と同じく、怪しげな輝きを放つクリスタルが埋め込まれた珍奇なデザインだが)の新原とてぷ。
よくよく見てみれば机の上の料理の一部材料はQBで、活け造りが感情の見えない紅玉の瞳をこちらに向けてきている。
「……これは、まさにぼっちの新機軸」
「言うな、自覚はあるんだから」
目を瞑りこめかみを押さえるナイ夫は、ニャルさんの化身の中では比較的常識的であるためか、このテーブルの惨状を突っ込まれたくないらしい。
これだけ人数が揃っていながら、その実全て同一人物である。
人数が多くて、パッと見ではそれなりに賑わっているだけに痛々しい。
いや、他のテーブルに混ざれずここに流されてきた俺が言えた義理ではないけど。
「寂しいならお姉さんでも妹さんでも誘えばよかっただろ、常識的に考えて……」
「姉さんには昼寝を理由にやんわりと断られたし、美鳥は『あんなキチガイ揃いのパーティーに居られるか! あたしは放課後パートタイムのライブを見に行かせてもらう!』とか言ってばっくれましたよ」
今周は、ドクターがピックマン、そしてエーリッヒと運命的な出会いを経てバンドを組む珍しい周だからな。
俺もシュブさんから招待状が来ていなければあっちの方を見に行ったかもしれない。
むしろ、運命的に出会って、メンバー同士で何度も衝突を繰り返し、ライブ会場を借りるまでのやり取りがドラマちっくらしいのだが、そこら辺は俺のループ開始よりも前の時期であるために実際に目にすることはできないのだ。
「ははっ、まぁ、お前だけでも来てくれて良かったよ。卓也が居ると居ないとじゃ、主賓の気合の入れ方が倍は違うからな」
笑顔でそんな事を言うナイ夫。
ふむ。
「俺がパーティーに出席するのと、シュブさんの気合の入り方に、如何なる因果関係がありや……?」
しかし確かに、言われてみれば、今日のシュブさんは一段と輝いて見える。
むしろ悍ましくも禍々しい宇宙的神威を纏っているのではないかと思うほどの輝きぶりだ。
あ、ビール瓶で仮面の男の頭を殴った。
うむ、砕けたビール瓶の欠片に反射が悪夢的に眩い。
英語で言うとEvilShineというやつだろう。
夜を引き裂き鋼が唸る良いスイングだ。
「なんだよその語尾は……まぁ、この段階で言っても理解できないか」
「?」
呆れたようなナイ夫の言葉に首を傾げる。
流石人心を惑わすことに定評のあるニャルラトホテプの化身、わけがわからないよ。
しかも、まるで三点リーダを使って沈黙を演出した上で言ったかの様な、絶妙にこちらの耳に届かない呟き。
これぞ職人芸というやつか。
まるで結論先延ばしハーレムラブコメの難聴主人公にでもさせられたかのような聞こえなさ加減だ。
「とはいえ、折角パーティーに来たんだ。主賓に挨拶の一つもしていくんだな」
「わかってますって……と、言いたいところではあるんですが……」
ちらりと、視線を店内の隅に向ける。
愛穂さんが異界の悍ましくも退廃的な交わりを描いた魔導書を読みながら、名状し難い『ホモォ……』という不快な嬌声を上げている。
そちらではなく、もう反対側の隅っこ。
特殊合金で鋭角を埋められた部屋の角にしゃがみ込み、こちらに恨めしげな視線を向ける女性が居るのだ。
触手に見えるほど激しくウェーブ掛かった髪に、何より特徴的なのは背中に生えた蝙蝠のような翼だろう。
コスプレだろうか。しかし、生態的には完全にバランスがとれているが、如何せんパーマと羽程度では個性として見て貰えないのが現代アーカムの現状だ。
そんな何処か悪魔的な印象のある女性が、こちらを石にせんばかりの力が篭った視線で睨みつけている。
視線が痛い。人に恨まれる様な事はここ二年ほどしていないのだが……。
「ああ」
ナイ夫は何かに納得したように頷く。
「あれはシュブちゃんの元カノだよ」
「なんと」
「そして俺の従姉妹な。……俺と違って無職だけど」
「ニャルさんの従姉妹で無職の女性、というと」
ナイアルラトホテップの従姉妹の女神である、マイノーグラが思い当たる。
これは魔導書から得た知識ではなく、現代日本で手に入れた知識だが、如何せんこちらも情報が少ない。
試しにグーグルで検索を掛けてみればわかるかもしれないが、彼女の情報は日本では殆ど出回っていないのだ。
確か、ナイアルラトホテップと同じく旧神による封印から逃れて自由に行動可能だが、『旧支配者のパシリとか無いわー部下(鋭角から生える臭い犬)と一緒にベンチャー企業立ちあげて左団扇で暮らすわー』とか。
変な電波入った。ベンチャー企業は嘘だ。
いや、嘘かどうかは知らないが、少なくとも旧支配者の解放の為に働いている訳ではない事は確かな筈。
そして、シュブ=ニグラスによってにんっしんっさせられ、ティンダロスの猟犬を産み落としたとかどうとか、そんな記述しか存在しなかった。
交尾時にハートが飛んでいたかは不明だが、邪神同士のまぐわいに和姦とか強姦とかあるのだろうか。
彼女の事を信奉する教信者が居るかどうかすら不明なので、下手をすれば、彼女の記述が記された魔導書はこの世界に存在しない可能性すらある。
まぁ、あったとしても、その記述で何ができるかは未知数なのだが。
「……そうすると、シュブさんはあんな可愛らしいなりをしといて、シュブ=ニグラスと穴兄弟というわけか……」
あの触手とかはそんな使われ方をしていたか。
シュブさんのスケベェ……。
いや、シュブ=ニグラスの穴兄弟という事よりも、よくもまぁ邪神を引っ掛ける事ができるものだ。
シュブさんは邪神の召喚と接触とかを容易にこなす凄腕魔術師だったりするのだろうか。
やっぱりシュブさんは凄い。YSSっす。
そんなおそろしいこと、ぼくにはとてもできない。
「言うべきことはそれだけかっていう」
ナイ夫が白い目を向けてきたが、知ったことではない。
人様の好いた惚れたに、至近距離から首を突っ込むのは危険極まりない。
しかも、片方は邪神なのだ。その危険性は推して知るべしというもの。
人の色恋を娯楽として楽しむのであれば、何よりもまず自分の身と心を安全圏に置いてから挑まなければならないのだ。
ただ、それでもあえて何かコメントを残せ、というのであれば。
「しいて言うなら、野倉さんを応援したいですね」
鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす、と言うではないか。
個人的に同性愛者は好きではないが、察するにシュブさん、同性愛者というよりもバイである可能性が極めて高い。
しかも触手すら生やすことが可能ともなれば、もはや性別に関しては超越していると考えるべきだろう。
そう、同性愛でないのであれば、何一つ問題はない。
シュブさんへの野倉さんの想いは、もはや未練を越え宿命を超越し、愛へと変わったのだ。
その上で、豪奢な服を着た武道組み技とか壁ハメバスケとか平気で使いそうな我の強いオッサンと、自己主張出来ない上に立場も弱い個性も薄い出番も無い設定すら定まっていない地味娘のどちらを応援したくなるか。
俺は至極当然な、一般的な価値基準に従って動いているにすぎないのだ。
「……あぁ、うん、もうそれでいいか。ほら、シュブちゃん、空いたみたいだぞ。挨拶してきたらどうだ?」
何かを諦めたようなナイ夫の言葉通り、仮面の男を殴り倒して周囲への挨拶をひと通り終えたシュブさんがふらふらと人の集まりから抜けだしていくのが見えた。
どうやら、何時もの食堂での仕事とは異なる体力の使い方をした為に疲れているようだ。
祝福に、更に労いの意味も込めて、アルコールの抜けていない蜂蜜酒と何かデザートでも持って行ってあげよう。
シュブさんに近寄る前に、隅っこで蹲った女神マイノーグラに視線を送る。
彼女は恨めしげな視線をこちらに向けたまま、部屋の隅をガリガリと後ろ手に爪で引っ掻いている。
残念ながら部屋の角を埋めるのは自己再生機能付きの特殊魔導合金であるため、爪で引っ掻いた程度では鋭角を生み出す事は出来ない。
俺が改装工事の場面で提供した数少ない資材である。
大物と自分の子供を出してそれをネタにアプローチをかけたいという魂胆は解る。
解るのだが、ここは天下の大衆食堂ニグラス亭。
つまり飯を食う場所であるため、悪臭を放つクッソ汚い淫獣さんは永遠にNG設定である。
ちなみにシュブさんは室内であれら猟犬を放つことはないので、この改修工事は何らシュブさんへの害にはならない。
俺は彼女を応援しているが、せめて何かに縋るのではなく、自分自身だけで声を掛けれるレベルまで度胸を付けるべきだろう。
石化効果のある視線をガン無視しつつ、カウンター席に座り込み、カウンターに顎をのせてぐてっと倒れこむシュブさんの隣の席に。
「お疲れ様です。あったかいのと冷たいの、どっちがいいですか?」
「────」
言われるがまま、ピッチャーからキンキンに冷えた黄金の蜂蜜酒をジョッキに注ぎ、シュブさんの前に置く。
別に、テーブルの上に置かれていたニグラス亭の飲み物を出してもいいのだが、謎の多い来客用でもあるのか見たことも無いどんな味かも分からないような飲料が混じっている為に断念している。
注いでから、せめて何かで割るべきかと思ったが、シュブさんは起き上がってそのままグラスを引っ手繰るように受け取り、ぐい、とジョッキの中身を煽った。
シュブさんの形の良い喉が、嚥下の音と共に何度も繰り返し液体を通して変形する。
祝福に対する受け答えで大分喉が乾いていたのか、その飲みっぷりはとても気持ちがいい。
「っ────」
アルコール臭い息を吐き出しながら、シュブさんは勢い良くジョッキをカウンターに叩きつけた。
少し臭いに敏感であれば、アルコール臭いと言っても、アルコールを摂取した人間特有の臭い内臓の臭いではないのが解るだろう。
ここまで来客への対応で、料理にも酒にも殆ど手を付けられなかったみたいだし、そういう臭いが出る段階でもないか。
「──」
短い感謝の言葉。
そっけないと思われるかもしれないが、あれだけの数の客の相手をしたのだから、バイト店員を相手にする時はこれくらいで丁度良い。
こういう時、変に気を使わないシュブさんの気安さはとてもありがたいと思う。
「しかしまぁ、結構な人数が集まっちゃいましたねぇ」
「────、──────」
肩をすくめるシュブさん。
口調も何処か皮肉げ、というか、一つのテーブルに集まる特定神物に対してのみ痛烈に棘がある物言い。
普段は見せることのないその辟易とした態度に、俺の喉からは意識せずに笑いが漏れた。
「あはは、確かに、ニャルさんは半分で丁度ですか」
あのニャルさんの化身どもは、この周で主に使われる一体を残して記憶を微妙に書き換えられ、普通にパーティーを楽しんだ記憶だけを残して普段の生活に舞い戻ることだろう。
明らかに常人が見たらSAN値が下がりそうな姿形の何の変哲もない常連客が居るから仕方がないとはいえ、そこまで手間をかけるなら最初から来なければよかったのではないだろうか。
「──、──────、────」
空になったジョッキから手を離さず、再びカウンターに顔を乗せ、仕方なさそうに呟く。
確かに迷惑であるし、明らかに他意もあってのことだとは解るけど、ニャルさんも少なからず本気でニグラス亭の改装完了を祝う気持ちがあるだけに、正面切って文句を言う気にもなれないらしい。
そのまま、こてんと顔を横に倒し俺の方に視線を向け、空のジョッキを突き出すシュブさん。
俺はそれに蜂蜜酒を注ぎ、新原さんに何かつまみになりそうな物を持ってくるように片手でジェスチャーを送る。
たぶん、前の周で新生したドーナツ屋台から幾らか持ち込みを行なっている筈。
蜂蜜酒は結構甘みもあるし、甘いのを重ねるんではなく、カレーパンとかでいいんだろうか。
酒はやらないから、そこら辺の機微はわからないんだよな……。
「──、──」
酒に合うミスドのドーナツについて考えていると、シュブさん机に突っ伏したまま袖をくいくいと引っ張ってきた。
シュブさんの表情は、少し意地が悪い感じに薄く笑みを浮かべている。
「はい?」
「──────」
今からつまみになりそうな物をなにか作れって……。
俺? 俺が作るの?
いや、そりゃ今シュブさんと話してるのは俺だし、このメンツでまともに料理作れそうなの、向こうで取り出したドーナツを自分で食べ始めた新原さんくらいだけど。
「えぇー……? いや真っ先に新原さんに頼った俺が言うのも何ですけど、もう料理とかいっぱいあるじゃないですか」
そう言いながら、店内の机に所狭しと並べられた様々な料理の数々を指し示す。
しかし、シュブさんは苦虫を甘噛みしているかのような微妙な表情で反駁した。
「──、────────」
「ああ、うん、そりゃ、言われてみれば」
今行われているこのパーティーは、シュブさんの経営する大衆食堂ニグラス亭の大改装竣工記念パーティー。
ニグラス亭の改装を行ったのは、当然専門の建築業者である。
パーティー会場の飾り付け等を行ったのは、常連客の中でも特にそういうイベントの経験が多い常連客達であった。
どちらも専門職の、もしくは得意分野を生かした連中が行ったと言える。
「パーティーで、自分が作った料理って、自分で食べるには微妙ですよね……」
「──ん」
ハッキリと聴き取れる周波数の単音で、深々と、力強く頷かれた。
そう、このテーブル狭しと並べられた大量の料理、その殆どがシュブさんお手製の料理だ。
繰り返し言うが、このパーティーはシュブさんの店の工事の竣工を祝った、言わばシュブさんを祝福するパーティーである。
勿論、誰も手伝わなかった訳ではないらしい。
例えば、側頭部白髪のツンデレ美食爺が手伝おうとしたらしいのだが、彼は開始早々、シュブさん特性の秘伝の調味料を見て嘲笑を送り、鴨肉には山葵醤油だとかなんとかスタンドプレーを始めてボッシュート。
彼が人の料理を手伝おうと思うのなら、孫が生まれて丸くなってから出直さなければならないだろう。
他にも、謎の内原なる青年が手伝おうともしたのだが、彼が料理に使用したのがとてもではないが一般向けとは言えないような食材であったため、彼も最終的には厨房から締め出される結果となったらしい(ゴミ箱の中に捨てられていた残骸は美味しそうな気配がした)。
そういったゲテモノ臭い料理人を外せば、残るのは俺を含め、料理の腕でシュブさんに三段も四段も劣るような貧弱一般人ばかり。
結局、メインの調理はシュブさんにお任せし、俺と僅かに料理ができる連中は調理補助に回ってそれで終わり。
せめてメイド歴のあるニアーラが手伝えばまだどうにかなったのだが、何故か調理を手伝ったのはドーナツとケーキと小籠包しか作れない新原さんと、食材のQBだけ。
もっとも、情があるかも解らない宇宙的怪威に積極的なサポートを願うのが間違っているのかもしれないが……。
「────、──────」
「ううむ」
意訳すれば、『これまでウチでバイトしてきた成果を見せて欲しい』という事になる。
前の周、その前の周、更に例のブツとの融合に費やした千周ちょいを除いた、ニグラス亭でのバイトの日々に思いを馳せる。
朝、出勤後すぐにニグラス亭の掃除をシュブさんと一緒に行い、
戦場と化した昼飯時のニグラス亭で一心不乱にウェイターとして食事を運び、
昼過ぎから暫くの空白の時間帯を利用し、夕食時の仕込みを手伝い、
昼と同じく戦場と化したニグラス亭でひたすら料理を運び、
やや早めに人が捌けた時、シュブさんとおやつを食べながら世間話を楽しみ、
合間合間で、ニグラス亭の味の秘密とシュブさんの料理の腕を盗もうと試行錯誤した、あの日々……。
「シュブさんがそう言うのであれば」
上着の肩の辺りを引っ掴み、破り捨てる勢いで服を脱ぎ捨てる。
その下には、家で料理をする時にかなりの割合で使用している身体に馴染んだエプロン。
カウンターを飛び越え厨房に降り立ち、手を洗い、冷蔵庫の中から幾らかの材料を取り出し、コンロに、
「俺は、『祝福』のために────」
火を、入れる。
轟、と、業務用コンロから炎が噴き出し、不完全燃焼気味に渦を巻く。
魔術の制御を失敗して、半分燃やされた時の事を思い出す。
しかし俺はその記憶で身を竦ませる様な事はしない。
俺は夢枕に確かに見たのだ。
コルヴァズに囚われている筈のかの偉大なる神の姿を。
そして、俺の意識を消滅させるほどの存在強度の神意、火の摂理(Providence)を!
『火を恐れるべからず! カリッとサクッと それでいてパラッと』
これぞ、神の神託────なので!
「────チャーハン作るよ!」
―――――――――――――――――――
△月◯日(アッ!)
『フィニッシュブローとして《投擲》されたチャーハンは、丁度昏倒から復活してシュブさんに近づいていた仮面の男が全て顔面セーフしてくれたので、一粒たりとも無駄になっていない』
『何しろ、仮面の人の仮面と顔面の隙間に狙ったように全てのチャーハンが入り込んで、しかも下からは一切溢れなかったのだから、仮面の下で全て食べてくれたに違いない』
『チャーハンをキャッチした直後にぶっ倒れて、イタクァのページモンスター似の女性に回収されていったが、まぁ祝いの席ではその程度のアクシデントは些細な出来事だろう』
『気を取り直して作ったつくねと唐揚げ、家の冷蔵庫から召喚した鳥(ペンギン)ハムは酒にも合う感じの味付けであったためか、シュブさんにも少なからず満足して貰えたようだ』
『……だが、正直なところを言えば自分でもまだまだ納得できていない』
『火の加護がある(ような気がする)チャーハンや、素材の為の調整を行っただけの鳥ハムならばともかく、あの唐揚げとつくねはまだ未完成にも程がある』
『優しいシュブさんの事だから、パーティーの合間に作ったからという理由で合格ラインはかなり甘めに引き下げてくれたのだろう事は想像に容易い』
『でも、それじゃダメだ。人は一日鍋を振らなければ、その衰えを取り戻すのに一周二周軽く掛かるという』
『宇宙の中心に揺蕩う混沌が、俺の唐揚げにもっと輝けと囁いている』
『その内、シュブさんが口に入れて噛み締めた瞬間、美味しさのあまり五リットルくらい即座に失禁して脱水症状起こしながら皿まで舐め回し始めるような、そんな唐揚げをつくってみたいものだ』
『唐揚げで思い出したのだが、前の周、ロール回しながらブラックロッジで仕事とかしたくなくて、修行のために一時ブラックロッジから離れるとか言っちゃったんだよなぁ』
『でも、ロール回すのと、後半は大十字のボディタッチから逃げるのに必死で修行とか普段の美鳥との組手くらいしかやってない』
『今後もある程度の関係性を持っておくために、こちらが有能である部分を見せておきたいところだか、材料がない』
『複製とか取り込みとかはできるだけ見せたくないし、どうすればいいんだろうか』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
と、まぁ、そんなこんなで二年と少しぶりに、やって来ました夢幻心母。
「久しいな、鳴無兄妹よ」
玉座の間の中心には、相変わらずギャランドゥ照夫がカリスマを垂れ流しながら椅子に座り頬杖を付いている。
頬杖を付いているのに、同時にナチュラルにこちらの事を見下す感じの超越視線。
以前姉さんに聞いた、目付き悪くて黒ずくめの真音魔術師が使った、踏ん反り返りながらも腰を低くしてのお願いと似たようなジャンルに分けられる特技ではないだろうか。
「大導師殿におかれましても、ご健勝のこととお慶び申し上げます」
正しいかどうか怪しい礼儀作法で軽く会釈をする俺の隣で、美鳥は頭を下げるどころか大導師ガン無視でエセルドレーダに挨拶を行なっていた。
「おっすおっすエロ本! 相変わらずページカピカピで開かなそうな雰囲気だな!」
「あぁ、なんで生きてるんだろうこの小娘……」
慣れたやり取りである。美鳥はいつの間にエセルドレーダと仲が良くなったのだろう。
エセルドレーダに『頬に手を当て溜息を吐きながら遠い目をする』なんてオーバーリアクション取らせるとか、大導師除けば一番好感度高いんじゃないか?
と、挨拶を終えた所で、大導師の目が俺達の奥底を覗きこむ様に僅かに細められた。
「さて、貴公らは前の周、自らを高めるために修行に明け暮れていたらしいが……」
覗きこむかのように、と言っても、大導師の眼力で覗けるのは今の俺達の擬態後の能力程度。
一応、TS周でのアンチクロスとのガチバトルを経験に、前の周でその経験を力に変えた設定で、二人がかりならノーダメでネロを完殺できるレベルまで位階を上げた。
さて、大導師はこの結果に、不自然を覚えずにいてくれるか?
変に勘ぐられたら『へん! どうせ二年ちょいの修行じゃそんなに成長できませんよ! 悪かったな凡才で!』的な逆切れを柔らかぁく丁寧語で言って会話を切り上げて逃げよう。
「ふむ、これは……」
「……」
大導師はどこか感心したように俺と美鳥を交互に見比べ、エセルドレーダは悍ましいものでも見るかのような目付きで俺の事を睨みつけ始めた。
俺、そこらの自称非ロリコン非マゾヒストのロリコンマゾヒスト候補生達と違って、ガチでロリでもマゾでも無いから、そんな視線向けられても困る。
「なるほど、確かに双方とも、見事な成長を遂げている。二年という短い期間で考えれば、異例とも思える程の成長だ。……だが、卓也よ」
「は」
「頭ひとつふたつ、貴公の『凄味』が飛び抜けている。まるでそう、名のある邪神を独力で退けたか、邪神が集う地獄のディナーショウに出席でもしたかの様に」
出席したのはニグラス亭の改装パーティーだし、グレートメン75とか穿く予定も一切無いんだけど……。
つか、TS周を含めたとしても邪神討伐とか間違いなくやってませんがな。
まだ機械巨神では試してないにしても、外からの援護射撃じゃ融合砲でもクトゥルー相手じゃあんまダメージ通らなかったし。
邪神討伐目指すなら、せめて装甲抜く方法か、装甲の隙間に潜り込ませるような攻撃法を試したい。
そう、まるで仮面と顔面の間に熱々チャーハンを流し込む様な、そんな搦手を。
つまり大導師の言ってることには一切心当たりがない。
でもまぁ、大導師と言えど、所詮半分は人の子、なんかこう、殆ど変化がないからこそ凄く変化してるように見えるとか、そういううっかりもあるのかもしれない。
そもそも修行の成果が出た風に偽装するのが目的だし、むしろこの展開は都合がいい。
「日々是精進、暮らしの中に修行ありというものですよ、大導師殿。例えばトイレットペーパーやトイレの壁に魔導書の内容を記しておき、トイレに行く度に内容の再考を行うことで極めて効率的な──」
俺はその場で適当に思いついた数々の修行内容を大導師に解説した。
エセルドレーダは胡散臭そうに聞いていたが、大導師は熱心に修行内容に耳を傾けてくれた。
大導師殿もまだまだ精進が足りないと思っているのかトイレットペーパー魔導書を試そうかと言い出したのだが、その直ぐ後に『そういえば余は最初から魔導書を使っていたか……』と無念そうに呟いていた。
エセルドレーダの誇らしげな顔が印象に残ったので、この件には一切深入りしないでおこう。
流石にドン引きだが、それでも真顔で玉座の間を退室できた俺の演技力は褒められたものだと思う。
―――――――――――――――――――
×月×日(※まだ日記は一冊目です)
『かれこれ、俺は何万、何億のページの日記を書いただろうか』
『途中から一切継ぎ足しも交換もしてないのに、一向に白紙のページが尽きる気配がない』
『最初のページを開くとスパロボ世界で描いた最初のページが開かれるのは確かなのだが』
『何も考えずに適当に真ん中らへんのページを開くと、村正世界のページが出てきたり元の世界でのページが出てきたりデモベ世界のページが出てきたりだいぶ前に挟んだへそくりが出てきたり』
『何が原因なのかはいまいち解らないが、俺はとりあえず最初のページの前に一枚厚めの紙を綴込み、赤字で《擬人化厳禁》と書いておいた』
『もし擬人化してしまったら、何か喋り出すよりも早く霊体をズタズタに引き裂いた上でアカレコに『日記は絶対に擬人化しない』とでも書き込んでおく事にしよう』
『さてそんな訳で、俺達がデモベ世界に訪れてから結構な時間が経過した』
『最初の頃は珍しいとか思っていたニャルさん主導の作為的なTS周も既に三桁を数え、自然発生したTS周を含めればそろそろ四桁の大台に乗るだろう』
『それ以外では、逃げ出したエンネアと遭遇した回数は五桁を越え、シスターライカが触手レイプされて妊娠からの帝王切開コンボで乙った回数は既に十一を越えてしまった』
『更に、ループした時点でアンチクロスが不慮の事故で全員死亡、俺と美鳥とフーさんと爺さんと教会から攫って洗脳して改造したアリスンと複製ティベリウスと複製エンネアでアンチクロスを代行すること三桁』
『大導師相手に何処まで正体を隠蔽できるか試すために、最終鬼畜ネロ以外のアンチクロス全員美鳥(姿は変更済み)を少し』
『ブラックロッジもミスカトニックもくだらねぇぜ! 俺の唐揚げを食え! なニグラス亭専属アルバイター周を六桁越え』
『初期位置で日常生活を送りながら延々リリアン編みしてたら何時の間にか終わってた周がニグラス亭周と同じくらい』
『これらに加えて、何の変哲もない普通の周がそれら合計の数千倍』
『長いようで、短いようで、やっぱり長い時間』
『俺達は様々な手法でもって、飽きという最大の敵と戦い続けた』
『時には姉さんに習い、一日三十時間の睡眠という矛盾を追求して時間を潰し』
『時には何もかもを投げ捨てて、チベットの修行場に篭り延々とマニ車を回し続け』
『セックスセックス! 猿の様にセックス! とばかりに爛れた生活を送り』
『やっぱり定期的に脳内の部分的な初期化と最適化を行うのが一番だという結論に至った』
『うん、部分初期化マジ便利』
『これやるだけで処理速度も大幅に上がるし、目に映る何もかもが一々新鮮で飽きることがない』
『たぶん大導師もこれが出来ればループ終わるまで摩耗とかしないんじゃないだろうか』
『まぁ生身の脳味噌しか持たない大導師じゃ逆立ちしたって覚えられないのだが』
『残念だなー可哀想だなー申し訳ないなー』
『ちなみに姉さんはそこら辺の飽きとか暇とかは、言葉にして説明できないチート技能でふわふわっと解決しているらしい』
『さすが姉さん、こういう時ばっかり、設定が幼稚園児の考えた最強キャラみたいにあやふやだぜ……』
『まぁ、大導師の精神状態がどうなるかはともかく、俺達はもはや一片の不安も無い』
『大導師にはこのまま、ゆっくり気長にトラペゾ取得を目指してもらおう』
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「おはようございます、社員」
「おはようございます、チーフ」
機械的な朝の挨拶が、空気の澱んだ下位構成員詰所に響き渡る。
魔術の真理探究の為に集う信者達が、今日もマネキンの様な笑顔で、一糸乱れぬ幾何学陣形で整列していた。
「君達の前任者は、愚かにも魔術実験用素体を捕らえ損ねるという反逆を犯し、その場で実験体に改造された反逆者でした。君達はそんなことはありませんね?」
スーツの襟は乱さぬように、ボーダーシャツにシワを作らないように、直立不動で微動だにしないのがここでの嗜み。
「勿論です。我々こそが幸福で完全な社員です」
もちろん、今の俺の一言で竦み上がる者や、動的な感情を働かせるような、はしたない社員など存在していようもない。
「よろしい。社員、幸福は社員の義務です。では、幸福な探求活動を始めましょう」
俺が掌をパンと叩くのと同時に、プラスチック球の様な輝きを瞳に宿した社員達は一斉に散開。
今朝方製造が完了した彼らの仕事は、引き続き実験用素体の収集。
肉体改造系の魔術は、犯罪結社に所属する人間であれば必須科目と言ってもいいが、やはり自らの肉体を弄る魔術はリスクが高い。
事前に想定していた作用の強弱と、副作用でどの様なことになるかを確認するためには、健康で実験結果が明らかになりやすい人間が必要になる。
実験用の素体もブラックロッジ内部で作ればいいじゃないかと思うかもしれないが、作るよりは余所から完成品を持ってくるほうが格段に安上がりで素晴らしい。
世の中、何をするにも金金金。
金が無いのは首がないのと同じ、首が無ければ死んだも同然。
だが、首を繋ぐのも首無で動くのも魔術の領分と考えればおかしな事はない。
攫うだけなら合同研究をする連中を協力させればほぼ無料で実験体を手に入れられる。
攫ってきた実験体が見目麗しければ客を取らすなり、脳改造を施して金持ちに売るなりして金になる。
魔術の研鑽、探求にのみ意識を割けない未熟な社員のストレス解消にも役立つ。
やはり、アーカムシティはブラックロッジにとってとても素晴らしい環境なのだ。
普通、ここまで好き勝手魔術結社が活動して置きながら、それでも賑わいが失せること無く続くなんて事はありえないらしいし。
「ちなみに、この思考は初ホモ周から数えて……」
「まだ兆に届いてないね」
「む。大導師が食った大根の本数と同じくらいか」
流石は大根を喰らい欲する魔人である。
恐らく、魂が輪廻から解脱するまでの全ての時間を合わせたとして、彼ほど大根を欲し喰らい貪った魂は存在しないだろう。
稀に困窮極まって路地裏のゴミ箱から暗黒物質を探しだして捕食し始めるどこぞの白の王より腹の中は余程白く浄化されているのではなかろうか。
さて、ブラックロッジの朝は早い。
それでいて夜は遅い。今仕事を始めた連中を例に挙げてみよう。
始業05:00。
終業29:00。
ちなみに、連中は培養に時間が掛かって23:00から05:00まで仕事ができなかったので追加で6時間ほどの残業が入ることになる。
まあ、残業が増えても一日の合計就労時間は固定な訳だが。
で、ポッドから排出して脳味噌に以前のバックアップデータを書き込んで、という作業に三十分。
そこから薬物などを使って緩やかに肉体のならし運転をさせるのに三十分。
装備整えてさっきの朝礼済ますのに五分。
つまり現在六時五分くらい。
家に帰って美鳥と鍛錬してシャワー浴びて、その後に姉さんが起きてなかったら朝飯作って、大学一コマ目余裕である。
余裕ではあるが。
「美鳥、今日は大学を休む」
「なして?」
「ニグラス亭の食材買い入れの手伝いがある」
「あぁ……スパイス?」
「うむ。まぁ、商人がアーカム入りするのが9時頃だからな」
無限とも思えるやり直しが行われる無限螺旋においても、あの商人がアーカムに狙いの商品を持ってアーカムに訪れる事は稀だ。
具体的に言えば、これまでのループでまだ四度しかアーカムへの来訪を確認できていない。
これがどういう事かお分かりだろうか。
無限螺旋終了時にどうなっているかわからないが、現時点では、シスターライカの妊娠イベントを遥かに下回る確率でしか遭遇できないのだ。
シュブさんもこの事に付いては理解しているのか、かの商人が訪れるとわかった時から──具体的には数カ月前から、俺に買い入れの手伝いを以来してきていた。
それこそ、商人が買い付けてきたスパイスを全て買い占める勢いで購入し、保存場所には店とは別に倉庫を丸々一ブロック借りる程気を使っている。
恐らく、ここ最近の唐揚げの隠し味に使われているのはあの商人の持ってきたスパイスだ。
味を盗むためにも、この仕事を断る訳にはいかない。
「行くぞ美鳥、今日は屋上じゃなく訓練部屋だ」
「動かして身体温めとくんだね。縛りは?」
「無し。と言いたいが、朝食までの時間を考えて生身での対鬼械神戦闘程度にしておこう。ちょっと物足りないけど」
「参加人数増やせば丁度良い感じになるって。……あたしも買い付け、手伝えればいいんだけどなー」
「姉さんの言いつけだからな、仕方ない」
そう言いながら、俺は詰所を後にした。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
時刻は午前十二時。
俺は大型トラックから運び出した最後のスパイスを倉庫に運び終え、港近くの公園のベンチに座り、額の汗を首に巻いたタオルで拭った。
商人は港に船で乗り付けてくれるので、それほど倉庫までの距離があるわけでもないのだが、それでも輸送船丸々一つの荷物を倉庫に輸送するとなればかなりの時間が掛かる。
俺とトラック型の鬼械神が無ければ夕方まで掛かっていたところだ。
「────」
「シュブさんも乙です」
いつもの毛羽立ちの少ない生地からなる私服とエプロンではない、ツナギに身を包んだシュブさん。
シュブさんはシュブさんで別のトラックを使って荷物の搬送をしていたのだ。
何故にガンダムファイターが大達人級の実力を兼ね備えた時点での俺と同じ速度で仕事が出来たのかはいまいち解らないが、そこは本職ならではのコツがあるのだろう。
そう、基礎スペックさえ高ければ本職をも凌駕できる、などというのは幻想でしかない。
プロの料理人よりも美味しい料理を作れる、などと言い出す輩が比較対象にするプロというのは、ただ免許を持って金を稼いでいるだけの凡俗に過ぎない。
過度な利益を求めず真にその道に打ち込み続ける、例えばシュブさんのような人こそが、真にプロフェッショナルと呼ばれるべき存在なのだ。
「────?」
「俺がシュブさんを尊敬してる、ってだけの話ですよ」
黙り込んだまま何を考えているかと問うてきたシュブさんにありのままを伝える。
と、シュブさんは頬を染めながら俺の背をばしばしと叩いてきた。
「──! ────!」
「痛っ、シュブさん痛い! その平手は痛いですってば! 不屈かけてるのにダメージ通さないで! イベント戦でも無いのに!」
相変わらずシュブさんの照れ隠しは対クトゥルー戦がヌルゲーに思える威力だ。
正直、シュブさんをシャンタッカーに乗せてクトゥルーに特攻させればヨグ様召喚されるより早くクトゥルー殲滅できるんじゃないかと錯覚してしまうレベル。
まぁ、何の変哲もない料理人であるシュブさんをクトゥルーとの戦いに巻き込む訳にはいかないし、そもそも無理してクトゥルーを撃破する必要は一切無いのだけども。
「────、──────?」
と、ここで照れから回復したシュブさんが弁当を取り出しながら、俺に以前に出した修行内容の確認を行う。
「うい、言われたとおりに」
「────」
シュブさんに促されるまま、俺も手荷物の中から弁当箱を取り出す。
弁当の中身は、俺が自由に作れるスペース七割に、シュブさんからの課題料理が三割。
そして互いに膝の上に弁当を乗せ、俺は課題料理をシュブさんの弁当に、シュブさんは手本となる料理を俺の弁当へとトレード。
「──、──」
「じゃあ代わりにそっちの茄子巻下さい」
そして、それ以外にも互いの弁当の中で気になった物があった時は一言断りを入れてから摘んでもいい事になっている。
こうすることによって、互いの弁当から優れた技術や新しい発想などを取り入れ、料理のスキルアップに繋げる事が可能なのだ。
まぁ、どれだけループを重ねても素人料理でしかない俺の料理からシュブさんが何を得るのかはいまいちわからないが。
「──────」
「あ、わかっちゃいました? 少し油に付ける香りも変えてみたんですよ」
……うん、ほんの少しの味の工夫だからそこまで劇的な変化もしていない筈なのに、隠し味が完全に見抜かれてる。
やっぱりシュブさんは凄い。
それに、そんな凄い料理人が俺の素人料理に舌鼓を打ってくれるなんて、なんと表現すればいいのか。
嬉しいというか、誇らしいというか。
あと、
「────」
頬を膨らませて、もっきゅもっきゅとオカズを咀嚼するシュブさんは、小動物的な愛らしさがある。
なんというか、咀嚼音からして変にくちゃくちゃ水っぽい音がしない辺りトゥーン的というか。
あざとい……でも悔しいけどちょっと可愛い。
アニメ始まって主人公の相棒として選ばれてから爆発的に人気が出て、ゲームやグッズの方でも可愛らしいタイプのポケモンとして扱われるようになった電気鼠的というか。
いや、シュブさんに対しては特に悪感情はない。
何しろ、バイト先の店主であり、プライベートでの付き合いもそれなりにあり、しかも億年単位での付き合いがある。
悪感情など、シュブさんに抱くわけがない。
あと、電気鼠に対しても、静電気を蓄電するという頬袋を外科的に摘出してみたい程度にしか思ってない。麻酔は使わないけどな。
「?」
咀嚼を止めず、しかし疑問の視線を向けてくるシュブさん。
じっくりと観察しすぎていたらしい。
「あ、いえいえお構いなく」
そう言いながら、俺はシュブさんが手本として作ってくれた料理に箸を伸ばす。
……シュブさんの料理、店で出す時よりも若干美味しいんだけど、隠し味の成分が見つからないんだよなぁ。
本人に直接訪ねてもそっぽを向いてはぐらかされたり、『君にはまだ早いよ』とか窘められたりするし。
食べずに持ち帰って、そのまま取り込んで成分をじっくり検分したくもある。
が、
「────」
シュブさんが、弁当を食べながらこちらをガン見している。
チラ見しているとかそういうレベルですらなく、弁当を食べながらじっくりと正面から俺を観察しているのだ。
そして、咀嚼していたものを飲み込むと、次のおかずやご飯に箸を伸ばさず、そのまま黙って見つめ続ける。
視線が訴えている、『食べないの?』と。
脅しつけられているわけではないのだが、悪意も無く純粋に疑問に思われているだけに目を逸らしたくなるというか。
こんな視線を向けられて、弁当箱を閉じたら、それこそ不義理にも程があるではないか。
「はぐ」
意を決し、料理を口にする。
うん……やっぱり美味い。
ほんと……これほんとにおいしい。
基本的な作り方は間違いなく変わらない筈なのに、何故こんなにも味が違って感じるのか。
「──────」
「最高の調味料とはいったい……うごごご」
シュブさんの弁当の謎に首をひねりつつ、二人で昼食を楽しんだ。
ループが終わるまでにはこの謎を解き明かしたいものだ。
―――――――――――――――――――
◎月▽日(無味無臭、薬物検査にも引っかからず、しかし強い常習性を持つという、最高の調味料……!)
『この謎掛けは尋常な知識量では対応しきれない気がする』
『例えばそう、鉄鍋世界に行って薬膳料理の達人を取り込んで、そこから更に隠し味の研究をするとか……』
『こう考えると、料理というのは実に奥が深い』
『まるで宇宙の深淵を覗き見ている様な、胸が高鳴るような、そんな気持ちにさせてくれる。英語で言えばドキドキスペース』
『とはいえ、今しばらくは無限螺旋を抜け出せる算段も付いていない』
『というか、この二年と少し縛りが解けて過去に飛ぶ事が出来れば手に入る力の幅も広がるし、無限螺旋脱出は白の王の成長を待つ形で充分』
『だいたい、仮にもシュブさんはこの単一世界だけの知識で持ってあの味にたどり着いた訳で』
『それを、他世界の技を使って追い抜こうなどと、おこがましいとは思わんかね……』
『生き死にが掛かってるならまだしも、こういう、趣味とか娯楽に近い部分でそういう反則はよろしくない』
『どうせ、大導師も暫くはトラペゾを召喚することはできないだろうし』
『俺も、歩くような早さで、ゆっくりと料理とか諸々の技術を磨いていく事にしよう』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
そんな訳で、毎度おなじみ夢幻心母での自由行動。
「いやぁ、やっぱドクターのアドバイスは為になるな」
「本人に任せるのはマイナス面のギャグ補正が怖くてやってらんないけど、インスピレーションは素晴らしいよね」
宝剣ルクナバード(仮)もかなり完成に近づいた。
流石は世紀の大天災、まさか刀身に折り重ねる劣化ウランと諸々の金属との調合比率に、あんな最適解が存在したとは。
そもそもどういうデザインなのかすらわからないが、これほど原子力の力を使った剣であれば、そろそろ『太陽の欠片を鍛え上げた剣』の名を名乗っても問題ないだろう。
太陽のかけら、なんて言われるからには、原材料に放射性物質を使うのは当然の帰結だよね?
「ま、これは放射線耐性持ちの使い手を用意しないと意味が無いし、完成はまだまだだな」
「小型原子炉とか搭載しなけりゃ、もう少し難易度下がったと思うけどねー」
それは仕方がない。
姉さんから聞いた情報じゃどんな剣かわからなかったから、現代の聖剣とか宝剣のイメージ(全力で振ると対城級のごんぶとビームが出る)で通すしか無いし。
デザインも、とりあえず性能重視って事で機殻剣みたいになっちゃってるし。
だが、流石にゴジラに匹敵する放射能火炎を発射可能となれば、宝剣の名を冠するのに不足はないだろう。
「それに、ちゃんと光って唸るという子供のおもちゃ二大機能を搭載している辺は特にポイント高いよな」
「発光原理がチェレンコフ光じゃなきゃ一般販売できたかもしれないのにねー」
ううむ、つまり、アーカム中の子供たちが放射線に強い強化体質になればこの宝剣も馬鹿売れするという事か。
どうにかしてオルタレイションバーストを再現出来れば……。
ひとしきり宝剣の販売とか使用者とかを話し合い、ついでだから久しぶりに大導師殿に挨拶をしていく事になった。
行き着く先は当然夢幻心母中枢、玉座の間。
いい加減大導師も偶にはちゃんとした私室を持つべきではないだろうか。
暗殺されてもどうせ生き返るんだし。
「大導師殿、そろそろ乙の時間ですので、見舞いに参りました」
「ちょりっす。遺言として、次の差し入れのメニューくらいは聞いてやるぜ。聞くだけだがな!」
閉じられた門を素通りし、大導師とエセルドレーダしか居ない巨大な空間に踏み入る。
室内にアンチクロスの『目』は当然存在しない。今頃は大導師を殺害するための密談の真っ最中だろう。
まぁ、ループ初期ならともかく、今じゃ何を聞かれても始末に困ることはないから問題ないのだが。
相変わらず空間すべてが薄暗く、無駄に荘厳な空気を漂わせている。
「……ああ、そういえば、もうそんな時期であったか」
だが、この場の中心、玉座に座る大導師の表情は精彩を欠いた物だった。
いや、表面上は何の変化も無い。身に纏うカリスマにもプレッシャーにも何ら衰えは感じられない。
だが、これまでに幾度ものループを越えて顔を合わせてきた協力者の状態を見抜けない程、俺は鈍感ではないつもりだ。たぶん。
「大導師殿、お加減がよろしくない様子ですが、何か心配事でも?」
「いや……そうではない、そうではないのだが……」
視線を逸らし、言葉尻を濁す大導師。
今度は決定的だ。
ここまで歯切れの悪い大導師は初めて見ると言ってもいい。
しかし、それだけにどう対処するべきかで悩ませられる。
エセルドレーダに視線を移すと、大導師の傍らで、憔悴する大導師に気遣わしげな視線を送っていた。
エセルドレーダで対処できる問題でもないらしい。
かといって、俺達に何かを要求するでもない……。
美鳥に視線を送る。
網膜投影式ジャンケン、じゃーんけーん、ぽん。
……まさか初手で奥義を繰り出してくるとは思わなかった。
ジャッカルで敵う勝負じゃ無かったんだな、負けたよママン。
「んー、まぁ、トラペゾなんて簡単に手に入る代物じゃねーんだしさ。そこまで気負う必要もねぇさ」
美鳥が半歩前に出て、努めて気楽な声でそう言った。
なるほど、やはり美鳥も、トラペゾを手に入れられないことに焦りを感じていると予測したか。
なら、ここは俺もそれに追従する形でフォローを送るとしよう。
「そうですよ、大導師殿。向こうの思惑からとはいえ、時間は無限にあるのです。それほどの時間があれば、必ずや輝くトラペゾヘドロンを──」
「……た」
「はい?」
フォローの言葉を遮り、大導師が何事かを口にした。
聞き取れなかった訳ではない。
大導師の声帯や舌などの発声に必要な部分が、正確に言葉を紡ぎ出せるほどの力を絞り出せなかったのだ。
テレパシーで直接覗く事ができないでもないのだが……なんとなく、今の大導師の頭の中はぐちゃぐちゃになっている気がする。読むだけ無駄だろう。
次に何を言うべきか考えている内に、大導師が大きく深呼吸をする。
そして、腹に力を込めて、静かに、その言葉を口にした。
「もう…………った」
「…………………………………………は?」
「…………………………………………ほぇ?」
紡がれた言葉に、俺と美鳥は間抜けな声で問い返してしまう。
それは、完全に想定外の言葉だったからだ。
「もう、トラペゾヘドロンの召喚は、叶った。と言った」
大導師は今度こそ、人間の耳でもハッキリと言葉として認識できる大きさの声で、言い切った。
だが、大導師の言葉はそれで終わらない。
「だからこそ、また、貴公らに教えて欲しい」
その視線は、まっすぐと俺と美鳥に向けられてきている。
今まで見たこともない、大導師の真剣に誰かに教えを請う視線。
「輝くトラペゾヘドロン……これは、どのようにして、ナイアルラトホテップに当てればいい。教えてくれ、二人共。エセルドレーダは何も答えてくれない……」
エセルドレーダへの無茶振りはともかく。
大導師のその表情は、スパロボへのデモベ参戦を願うグリーンリバーに匹敵する真剣さであった。
続く
―――――――――――――――――――
未だかつて無い程のキンクリをかました第六十九話をお届けしました。
六十八話と比べるとパーティーしたり弁当食ったりでほのぼのばかりでしたが、次と次々はシリアスになるので、その前の骨休めとお考えいただければ。
スパロボ発売とか東京魔人学園外法帖のDL販売開始とか色々あったのにこの期間で上げられたのは、たぶんまぁまぁ上出来な方かと。
今後もたぶん更新ペースはこんな感じになると思われますー。
次話か次々話で大導師やブラックロッジとも縁を切って、背景とかもがらりと変わると思うので、ゆっくりお待ち下さい。
構成的には大導師と縁を切ってからがデモベ編最終章的な扱いになるんで。
今回は、うん、自問自答するべき部分もありませんね。
主人公の口調が一定しないのは相手ごとにちょいちょい変えてるからって事で説明不要でしょうし、大導師がトラペゾ召喚した事に冠する諸々の疑問も、たぶん次話で明かされると思いますので。
それ以外で何かありましたら感想の方へお願いしますー。
それでは、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、簡単にできる文章の改善方法、矛盾点へのツッコミ、その他もろもろのアドバイス、そして何より、このSSを読んでみての感想を心よりお待ちしております。