「と、いう訳で」
覇道財閥地下秘密基地魔導研究エリア。魔導書の編纂や検閲、修復や封印などを行う一室にて。
俺は台の上からアラベスク模様に黒檀装丁の大冊を両手で掴み上げる。
「ご覧のとおり、アルさんの修復が完了しました」
精霊としてのアル・アジフの意識を励起するために魔力を流し込むと、淡く輝く魔術文字が溢れ出し、一つの人型を形成する。
魔導書『アル・アジフ』の精霊、通称アル。
本来なら魔導書擬人化というジャンルを確立させた、いわばみんな大好きインテリジェントオナホ……もとい、インテリジェントデバイスのご先祖様的存在なロリババアである。
が、今回は不思議な事にショタジジイ兼男の娘。
性転換したというのにその衣装は全く変わっておらず、若草色のショーツもそのまま。
なんというか、何処の方向に向けたものであるかはいまいちはっきりしないのだが、あざといということだけは確かだ。
両手で掴んで持っていた筈なのに、擬人化が完了したら何故かプリンセスホールドになってるし。
「んぅ……」
ところでプリンセスホールドというのは、意外と身体の彼方此方に触れる抱きかかえ方である。
膝裏、腿、ふくらはぎ、背中に脇に横乳。
そんな部分が接触しているわけだから、抱きかかえられている側がむずがるのも仕方のない事なのだが……。
「はい先輩パス」
「ちょ」
投げる。
抱きかかえられたまま、頬を染めるのは、まあいい。
シャンタクの記述移植と共に破損した記述の修復も終わって言わば病み上がりの状態なのだから、生っぽい構造の精霊体が熱っぽくなるのも、仕方が無い。
しかし流石に、スカートの中に覗く若草色のショーツがムクムクと膨らみ始めているのは頂けない。
欲情するなり突っ込むなりするなら大十字相手にしてくれ。
どうせ次の周じゃホモ臭いアクションを飽きるほどしないとならないんだから、せめてこの周ではノンケとして正常なリアクションを取らせて欲しい。
「お兄さん、今の男にょ娘相手のプリンセスホールド、すっごい様になってたよ。まるで開幕三ページでヤオイ穴強制貫通シーンの出てくる少女漫画のような。あ、もちろんハートマークが飛んでるから和姦、な!」
「黙れ」
目をキラキラと輝かせて語り始めた美鳥の言葉を切って捨てる。強制なのに和姦とは如何なる矛盾だ。
猫なり蝶なりけしかけてフェードアウトさせてやろうかこいつ。
いや、それとも最近の少女漫画に年齢制限が存在しないことを疑問に思うべきか。
「は、ははっ。なんか、変わってないな、お前ら。ちょっと安心した」
受け取ったアルをそのまま作業台の上に再び寝かせた大十字が、目尻に僅かに涙が浮かばせながら笑う。
しかし、変わっていない、か。
それは些か見当違いが過ぎるというものではないだろうか。
「たわけ、お主の目は節穴か」
少しの間を置いてから、寝台に寝かされたアル・アジフ(半勃ち)がおもむろに身を起こす。
そんなアル・アジフ(三分勃ち)の背に手をあて気遣う大十字。
「アル、もう起きても大丈夫なのか?」
「ああ、破損した部分は残らず修復されておる。しかも失われていた記述付きでな。……貴様ら、位階を上げたな? あの後になにがあった」
じろり、と俺と美鳥を睨めつけるアル・アジフ(六分勃ち)
俺は一度美鳥と視線を合わせ、部屋の外に視線を向ける。
ここから見える魔導書が並ぶ本棚は、どこかセラエノ大図書館の光景を思い出させる。
「あの時、俺と美鳥が懐に忍ばせていたセーフティシャッターのお陰で助かったのは周知の事実ですが」
「説明を受けた覚えすらないぞ」
もっこりショタの発言とかぜんぜん耳に届かないな。
年齢制限付きの場所で改めて発言して欲しい。JUN文学風に。
「奇しくも改良に失敗した携帯式のセーフティシャッターは、イケメンではなく、なおかつ嫁補正を持たない俺と美鳥をセラエノ系第四惑星へとジャンプアウトさせました」
「無視か、無視なのか!」
「アル諦めろ、こいつら元々こういう性格なんだから」
今にもこちらに掴みかからんと台から身を乗り出したアル・アジフの肩を掴んで諦め気味な表情で首を振る大十字。
そんな光景をスルーしつつ、俺と美鳥はまぶたを閉じ、回想シーンへと突入する。
「セラエノ大図書館へ訪れた俺達は、二度と過ちを繰り返さぬよう、地獄の特訓を行なっていたのです……」
「思い出すのも嫌になる様な、恐ろしい修行だったぜ。大十字、てめぇに施した修行が子供と大人のお医者さんごっこに見えるくらいにな」
「それだとなんか私が卑猥な修行を受けてたみたいだけど、そうか、特訓を……」
「ええ、今までにない、おぞましさすら感じる、まさに魔導の真髄とも言えるような」
そう、地獄の様な修行だった……。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
セラエノ大図書館に付随するように建設された、視聴覚施設を貸切、俺達は予習に勤しんでいた。
役所に置いて有りそうな素っ気無いデザインの長机とパイプ椅子に座りノートを取る俺。
俺の視線の先には、ホワイトボードに書かれた幾つものチェックポイントと解りやすい図柄を教鞭で叩いて示す姉さん。
びしっとした女教師コスの姉さんの指導は常に無い情熱を帯びたもの。
「違う、ぜんぜん違うわ卓也ちゃん。こう、ピアノの演奏中は誰がこっそり乱入するとも限らないんだから、第四ボタンまで外して胸元ははだけておくの、わかる?」
はっきりいってすごくわかりたくないです。
でも、教卓を平手でばんと叩いて情熱的に語る姉さんにそれを言うのはとても難しい。
「いや、百歩譲って理解するけど、振り返って『そろそろ出てきたらどうだい?』ってやる時、この首の角度はどういう意味があるの?」
こう、サラサラの髪を少し伸ばしておけば、僅かに髪の毛がサラっと溢れる感じの角度だとは思う。
俺の髪の毛、そこまでサラサラじゃないんだけど、やっぱりそこも改造しないといけないのだろうか。
「それがホモ特有の角度ってやつになるんだから、絶対に外せない要素よ。────はい美鳥ちゃん、蝶々リリース!」
俺に指導をしながら、姉さんは窓の外に見えない何かを見つめている素振りを練習していた美鳥に向け、容赦なく黄色い蝶々を差し向けた。
完全な身体制御能力によりリアリティ溢れる儚げな雰囲気すら醸しだしていた美鳥の体は、姉さんの打ち込んだ条件付に従い蝶々を求めてふらふらと立ち上がり、頼りない足取りで歩き出す。
「ちょうちょ~ちょうちょ~」
まぶたは半開き、声はやや舌っ足らずな間の抜けた発音。
時折喉からもれるように『あは、あはは』みたいな音が発せられる。
この半催眠状態の美鳥が唯一自在に操れる心臓の鼓動は、モールス信号で『死にたい』『殺してくれ』と連呼している。
テレパシーでは『\(^o^)/』の顔文字が送信されてきている、中々に脳にキているらしい。
「ほら卓也ちゃんもぼさっとしないの。次はテキスト4の872ページ、『退院日にフェラーリで迎えに来てくれた筋肉質な学友に柔らかく喜びの意を伝える』の項目ね。まず気をつける点は、この場面ではなるべく飾らない言葉で……」
なんだか姉さん嫌に気合が入っているな、指導が一々セメントだ。
ああ、あの時に、姉さんがシャイニングソードブレイカーで俺と美鳥の試合をノーコンテストにしなければ、少なくとも俺と美鳥のどちらかは助かった筈なのに。
あとそれ、ボーグマシンじゃないから。
一人だけ少しメジャーな方使うとか卑怯だから……!
―――――――――――――――――――
「あの人外魔境で、俺と美鳥の心を慰めたのはボーグバトル(と、課題をしっかりこなした後の姉さんの笑顔と図書館での読書の時間と食事とPSPと偶然図書館に本を借りに来ていた療養中のシュブさんとの語らい)だけでした。魔術師としての位階が上がったのも、きっとそのお陰です」
特訓中は『甘えがでるからだめ』とか言ってエロい行為は禁止だったし。
せっかくの図書館なのにエロいこと禁止とか、『こんなところでしてたら司書の人に見つかっちゃうよぉ』プレイはトリップ先世界でしかできないのに……。
いや、隣町の図書館はリアル知り合いが勤めてるからそういうプレイに向いてないっていうか。
「あたしとお兄さんのボーグ魔法の才能が開花したのは、間違いなくあの修行で受けたストレスが原因だな。……お陰で、ギリギリの所で駆けつける事に成功したんだけど」
ボーグ魔法っていうか、機神招喚でボーグマシン型鬼械神を召喚して思いっきり加速させて激突させているだけなんだけどな。
養殖物のもあるんだけど、バトルで使うとなると強度不足だし、何より姉さんの私物だから壊せないのだ。代用品なのは勘弁して貰いたい。
原理的にはハンティングホラーと殆ど変わらないっていうか、ハンティングホラーをデモンベインとした場合、俺と美鳥が使ってたボーグマシンはアイオーン的位置にある。
ちなみにイメージ映像がなんで出るかは不明。技名叫びながら気合入れると何故か出る。
まぁ……代用品とはいえ仮にもボーグマシンだし、そういう事もあるだろう。
姉さんみたいに空から当たり判定のある剣が降ってきてフィールドに突き刺さる訳じゃないし、それほど不自然って訳でもない。
「そうか、深くは追求せぬが、お主らも苦労したのだな」
訳知り顔で頷くアル・アジフ。詳しく説明しろって言われると凄く困るから、こういうリアクションは純粋にありがたい。
ぶっちゃけ、セーフティシャッターの下りから完全に嘘だから、これ以上の説明なんてしようがない。
これで納得するなり適当にスルーしてくれるなりして貰えなかったら、もしもの時の為に姉さんから貸して貰ったカブトボーグ世界の概念『・──1クール見逃した』を発動して有耶無耶にしなければならないところだったからな。
さて、話が上手いこと纏まった所で現状を確認しよう。
まず、地下基地に来た時点でテレパシーを使ってドクターとエルザには口裏を合わせる様にお願いしてある。
返答の思念に込められた感情はまるで小説版のドクターの様にシリアスなものだったので、ついうっかりで口を滑らす事はない筈だ。
デモンベインは既に修復済みで、後はコックピット内部を元の仕様に戻せばデモンベインは完全復活を遂げることになる。
で、アーカムにバラ撒いた端末と夢幻心母に食い込ませてある端末の情報を合わせるに、やはりこちらにはアンチクロスが三人同時に襲撃に来るようだ。
ここで問題になるのは、降りてくるアンチクロスの中には原作最終ループと同じくクラウディウスが存在しているという部分だろう。
TSクラウディウス──かぜぽはド天然のようで居て中々に賢しい。
群れを勝利に導く為なら持てる手段を尽くすタイプであるため、容赦なく俺がブラックロッジ側からのスパイであることを暴露しようとするだろう。
地下基地内部の通信は幾らでも妨害が効くにしても、途中でかぜぽを迎撃して運良く生き残った覇道警備部の連中は虱潰しに始末するか記憶処理をするしかない。
更に、次のループにデータ持ち越しの大十字に俺がブラックロッジ側であることを知られてはいけない。
それでいて、大十字にはここから夢幻心母突入までの間に成長の機会も与えなければならないのだ。
「ええ、ですが、苦労に見合うだけの力は付けたつもりです」
特殊ルール限定になるけど、トリックありでならボーグでシャイニングソードブレイカーも使えるし、リアルおもちゃバージョンのボーグやクラッシュギアを壊れない様に全力投球する技術も身につけた。
次の周のキャラを演じるためにピアノも練習し、今ではピアノの鍵盤の上に飛び乗って足の指で猫踏んじゃったを演奏する程度のピアノの腕だ。
ここまでやれれば、あのTSブラックロッジの連中相手でも、キャラの濃さで負ける、なんてことにはならないだろう。
いや、キャラが薄くて負けるなんて事は無いのだが、これは気合の問題だろう。
俺は部屋の外に向けていた視線を戻し、大十字の瞳をまっすぐに見据える。
「俺達が留守の間、先輩には無理ばかりさせてしまったようですからね。デモンベインの改修が終わるまでは、しばらくゆっくり休んでてください。何かありましたら、俺達が対処しますから」
対処しますからの後に、文章にすれば(キリッとか入っちゃう感じの真剣さを醸し出しつつ告げられた言葉に、大十字は難色を示す。
「ちょ、まてよ! 折角合流できたんだから、私も一緒に……」
「先輩」
大十字の両肩を掴み、目を見つめる。
その先を言われる訳にはいかないのだ。
何しろ、この場面で大十字に協力を申し出られた場合、断る正当な理由が一つも存在しないのだ。
ニャル補正の付いた大十字が死ぬ事はありえないが、アンチクロスから俺がどこ所属かを知らされてしまう可能性は十分にある。
役割の確定している大十字と違い、俺の立場や役は幾ら変更しても無限螺旋の進行に支障が無い。
今後も自由に動き回るには、やはり次のループに変な情報を持ち込まれるわけにはいかない。
「先輩には、いつも矢面に立たせてばかりで、申し訳無く思っていたんです。こういう時くらい、俺達も頑張らせてください」
まず、大十字の台詞を一旦遮る。
「卓也……」
すると、真っ直ぐに大十字の目を見つめる俺の瞳を、大十字も僅かに潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめ返してきた。
目と目が合うーしゅんーかーん、そう、まさにこれが隙である。
光過敏性発作、という症状が存在する。
俗に言うポケモンショック、いや、ポケモンショックについては『ポリゴンは悪くない!』で検索するといい感じの説明に出会えるので割愛しよう。
てんかんの一種だとかどうとか言われているこの症状だが、実のところ、科学的にこの症状を研究していくと、応用技術によりある一つの発明が完成する。
複雑な光の組み合わせにより、脳内物質の分泌量を調整し、相手の体調を操るこの技術。
電撃文庫、『その最高の賢明さおよび強さによって野蛮な科学を巧妙に封印するセキュリティ・システム』に曰く、この技術を『視覚毒』という。
魔術を使えばアル・アジフに感知されるだろうが、この魔導書の精霊、科学の力にはさほど詳しくない。
しかも、視覚毒の肝となる複雑な光の組み合わせは俺の眼球に当たる部分から発せられており、近距離で見つめ合い俺の瞳を凝視する大十字の目にのみ作用するように調整してある。
大十字の瞳の潤み具合による光の屈折すらも考慮に入れた繊細な技術だ。
それこそ、今大十字の後ろに居るのがアル・アジフではなく体調万全なドクターであったとしても、視覚毒に気がつけるかは五分五分といったところ。
「あっ」
かくんっ、と、大十字の膝から力が抜ける。
大十字の肉体は今、動けない訳ではないけれど、全力で戦えるかと言われると少し不安になる程度の疲労を感じている。
更に動悸に息切れ、鼓動も少し激しく、不整脈っぽいリズムを刻んでいる筈だ。
死なない程度に加減はしているが、それでも追加で眩暈も感じるだろう。
熱っぽく、頭がぼーっとする感じかもしれない。
そう、合わせて考えるに、大十字の肉体は疲労で動けないという以外に、好意を寄せた相手との接触に緊張している時と似た状態になっている。
これぞ、視覚毒の応用技術が一つ。
ナノマシン投与して脳内神経操作ポ、略して『ナノポ』に続く科学的心理操作技術、第二弾!
光学的刺激で生理機能操作して肉体上ではポッ、略して『光学ポ』!
あくまでも肉体面での操作のみを行う技術であるため、最初にある程度の信頼関係を築いておく必要があるが、ナノポに比べて威力の調整が容易であるため、人間関係の微調整の時に限定すれば非常に使い勝手が良い。
今回の様に、分泌物の種類や量を調整すれば戦闘から強制離脱させる事も可能な為、非常に幅広く活用が可能になるかもしれない技術である。
勿論、絶賛データ収集中なので効果が一定しないという欠点も存在しているわけだが、ナノポの様に後を引かないインスタントな効果が売りと言える。
……まぁ、光学ポよりも視覚毒の方が言いやすいので、この呼び方を定着させるつもりはさらさら無いのだが。
無闇に他人からの好意が欲しい訳でもないし、使おうと思えば使えるけど、使う機会は少ないだろう。
大導師側について大十字虐待を続ける限りは使う機会もそれなりにあるだろうが、それが終わったら完成版にできるまで微調整を繰り返して、それから封印かな。
見つめ合う状態で膝を崩した大十字はこちらの胸の中に顔を埋める感じになっている。
「あ、えと、ワリィ、今立ち上がるから」
こちらの肩に手を乗せ『んしょ』と小さく気合を入れながら元の姿勢に戻ろうとする大十字だが、膝に力が入らず、自力で直立する事ができない。
ちなみに、体勢的に大十字の胸は俺の腹部の辺りに押し付けられている訳だが。
流石ニトロ山脈、いや、これはむしろ全天昇華呪法ビッグバン・インパクトとでも言うべきか。
しかも立ち上がろうと身体を動かす毎に胸が押し付けられ、なんだかエイケンとかオヤマとかダークネスみたいな事になってしまっている。
しかし、ここで十八禁方面から例えを持って来なかったのは、どれだけ親しくなってもエロいことはしませんよ、という意思の現れである。
仮に間界の王子様がこの場面を目撃しようものなら、俺はその一話を使って散々に弄られたり報復行動を受けたりする程のシチュエーションだが、せめてそこら辺の拘りだけは汲んで欲しい。
勿論、例えで上げた少年誌作品の主人公や登場人物が紙面上でエロいことをしていないかは、俺の保証する所ではない。
「大十字よぉ、なに人のお兄さんに泡姫みたいなエロアプローチかましちゃってくれてるわけ? あん?」
「いやエロくは……無いわけではないだろうけど、わ、わざとじゃねえよ。だって、脚が……んぅっ」
エロいって自覚はあるんだな。
半眼で大十字を睨む美鳥と、どうにかして脚に力を入れて立ち上がろうとする大十字。
あと、自覚があるなら力む時に喘ぎ声みたいな声出すのは止めたほうがいい。やぶ蛇になりそうだから言わないけど。
「ここまでの戦いで疲労が溜まっていたんでしょう。マギウススタイルも無しで戦ってたんだから仕方がありませんよ」
こちらの肩を掴む大十字の手を取り、そのまま腕の下に身体を入れて大十字を支える。
「い、いいって、一人で立てるから」
「そりゃ何分後のお話ですか。今、俺達にはそれほど時間的余裕はありません」
そう、少なくとも大十字や覇道財閥にとって、現状は羞恥心を気にしていられるような状況ではない。
街中に、そして夢幻心母中に仕込んである俺の端末が移動中のアンチクロスを察知している。
今この瞬間にもアンチクロスのティベリウスとティトゥスとかぜぽがこの地下基地に近づいてきているのだ。
例えば今、夢幻心母から魔術による転移で地上まで三人が降りてきたところだ。
そのまま周囲を警戒することもなく地上を走って……おっと、ここでショートカット。
ビルの中に入って路地裏に出た。
路地裏のど真ん中にあるマンホールを開けて、順番に入っていく。
ストリートファッションに身を包んだ美少女、白衣の美少女、和服の虚無僧がマンホールに吸い込まれていく。
実にシュールな光景だ。
勿論、あの先には地下基地への関係者用通用口がある。
魔術的、科学的なセキュリティも存在するが……ああ、突破された。
ここのセキュリティに用いられている魔術理論はそれなりに古く、現役で魔術の研鑽を続けている魔術師には通用しない部分が多い。
原作では『ここのセキュリティを突破できるのは……』なんて言って驚愕しているが、アンチクロスの足元にも届かないような中堅魔術師でも時間をかければ突破可能だろう。
そのまま基地内部に侵入、監視カメラにも写っているはずだが、監視が異常を察知するよりも早く通路で警備兵と接敵。
ティトゥスが腰に佩いた刀の柄に手を当て、無造作に全員の首を撥ねた。
常人の動体視力では捉えきれない抜刀速度。
ティベリウスが文句を言っている。
警備兵の一人がティベリウス好みのイケメンだったらしい。
遅れて現れた警備兵が、殺害された警備兵の死体とアンチクロス三人を見て、
「! 警報?」
ここに来てようやく警報装置が作動する。
「ほらきた」
けたたましく鳴り響くアラーム、赤く明滅する照明。
通信機にコールが入り、慌てて手を伸ばそうとしてよろけそうになった大十字に変わり通信をONにする。
「こちら鳴無です。侵入者ですね?」
《っ──はい、当基地は本日二一:〇六を持って、敵の侵入を許しました。こちらの防御システムを突破する人間……確認はまだですが、おそらくは、アンチクロスです》
「なんだって……!?」
焦燥を含んだ覇道瑠璃の声と大十字に大げさな驚き。
いやぁ、いくら大十字が魔術師として未熟でも、鬼械神に乗ったアンチクロスを助力ありとはいえ殺害できるレベルにあると理解すれば、そりゃ基地に乗り込んで殺しにも来るだろうよ。
「敵が複数同時に……覇道邸の時と一緒か……!」
「しかもこの手腕……全部、アンチクロスかもしれんな」
そうこう言っている間にも、迎撃システムのガードロイドっぽいのが懸命に出撃し、あ、乙った。鎧袖一触か。
トイ・リアニメーターの技術もあるし、これぐらいは作れても不思議じゃないけど、相手が悪かったな。
続いて出撃した警備兵たちも次々と惨殺されていく。足止め程度には、いや、足止めていどにしかならない。
げ、かぜぽに端末見つかった。ミラコロと星の精の記述まで混ぜておいたのに。これだからオーガニック系の連中は。
あー、齧るな齧るな、ネズミ型だからって即効で口に運ぶな、獣かお前は。獣か、そうか。
いや待て、確か元ネタの方じゃ捕まえた獲物に火を通す程度の文明レベルはあったじゃないか。デモベ、というか、クトゥルフ世界レギュに対応しちゃったのか?
あーあー、断面からはみ出したモツを舐めるな。明らかに他作品のメインヒロインがやっていいアクションじゃないぞ。
ん? 齧りかけの端末の臭いを嗅いで、笑った?
嗤うでも哂うでもない、朗らかな笑み。
「ふむ……」
血まみれになった口元を袖で拭うかぜぽを別の端末越しに見て、大十字に悟られないように息を吐きながら、確信した。
どうやら、どうあっても大十字とアンチクロスを接触させるわけには行かなくなってしまったらしい。
―――――――――――――――――――
通信機から聞こえるウィンフィールドさんの声にも焦りが見れる。
あの冷静で穏やかさを心情とするウィンフィールドさんがここまで動揺するなんて。
《只今、最高レベルの迎撃システムで応戦していますが、敵の勢いは止まりません。全くもって不甲斐ないばかりです》
身体に思うように力が入らないなんて言ってられない。
ある程度ならマギウススタイルで補填が効く。
私も、戦わないと。
「わかった、私も迎撃に」
「出ないでください。ウィンフィールドさん、迎撃には俺と美鳥が向かいます。敵の位置情報を」
ウィンフィールドさんに侵入者の場所を尋ねようとした所で、卓也に言葉を遮られた。
「こんな時に何言ってんだよ。今は一人でも戦力が欲しい時だろ」
「そんな消耗したままで戦われても困ります。暫くは安静にしていてください」
静かに諭すような卓也の声に、苛立ちが募る。
「この状況ですから完全回復するまでとは言えませんが、少しの間でもいいです。先輩は休息を──」
労りすら含んだ声。
なんで、なんでこいつは……!
「私は!」
卓也の声を遮り、叫ぶ。
「わたしは! お前に守られてるだけの女じゃない!」
本当は腕を、私の身体を支えるこいつの腕を払って、二本の脚でこいつの前に立って言いたい。
でも離れる事ができない。腕を離されたらきっと倒れてしまう。
弱い。
弱いんだ。私は。
ずっとこいつと一緒に居たいのに、また居られるようになったのに。
私自身が、こいつと並べるほどに強くない。
「わた、私が、守られてる間に、後ろに庇われてる間に」
震える横隔膜で無理やり息を吸い込み、腹筋に力を入れ、呼気に言葉を乗せる。
舌がうまく動かない。発音がはっきりとしない。
視界が水中にいるみたいに歪む。
突然叫びだした私に唖然とする卓也の顔が歪んで見える。
「お前が、卓也がまた、死んじゃったら……」
あの日、マスターテリオンにこいつが鬼械神を破壊された日から。
卓也が死んだと思った時から、私の心には寒々とした隙間が存在していた。
ぽっかりと穴が開いたみたいな喪失感。
もっと私が強ければ。
卓也と美鳥に必死で隙を作らせるまでもない程、自由にデモンベインを操れていたら。
庇われながら戦うんじゃなくて、一緒に肩を並べられるくらいに強ければ。
私は弱い。
卓也を失って、自分を磨くでもなく、腐って、アルまで失って。
ウエストにまで力を貸してもらって、それでも最後には卓也と美鳥に助けてもらって。
戦う力は戻ってきた。
でも、それは前までと同じように戦えるだけで。
なんにも強くなっていない。
弱いままで、また庇われそうになって、意地を張っても、その意地を張り通すだけの力がない私は。
「そんな、そんなの」
きっとまた、見殺しにしてしまう。
また失ってしまう。
今度こそ、決定的に。
「そんなの、やだよぉ……!」
戦わせて欲しい。
一緒に肩を並べて、何処かに行ってしまわない様に。
庇わせて欲しい。
私を置いて、消えてしまわない様に。
「先輩……」
柔らかく、抱きしめられる。
違う、そうじゃない、今は、そんな風に扱われたくないのに。
「優しく……すんなぁ……!」
「優しくなんてしていませんよ。きっと、今の先輩を見たら、誰だってこうします。俺だってそうします」
腕で包むように抱きしめられながら、背中を平手でぽんぽんと叩かれる。
子供をあやすようなその刺激に安らぐ自分が恨めしい。
「まずは、ごめんなさい。確かに、ちょっと先輩の事、過保護にし過ぎていたかもしれません」
卓也の言葉に、声を出さずに小さく頷く。
私が黙って居ると、卓也は抱きしめていた腕を緩め、私の肩を掴んで距離を空ける。
再びかち合う視線と視線。
涙に滲んだ私の目とは違い、卓也の目に浮かぶ感情は真剣そのもの。
「ですが、何もそれは先輩が弱いから、という訳ではありません。いえ、弱いのは確かですが……」
「どっちだよ、もう……」
視線を明後日の方向に向けながら言葉を探す卓也に、私は目元を指で拭いながら苦笑する。
この冗談の様なやり取りすら懐かしい。
力が入らない身体はそのままに、頭の中だけをきっちりと切り替える。
抱きしめられて落ち着いて、卓也が新しい話を切り出そうとしている事に気がついたから。
私に聴かせる為に、卓也は言葉を探している。
私にしかできない役目、それを伝えるために。
「まず大前提として、俺達はデモンベインを失うわけにはいきません。あれはこれからの局面で絶対に必要になる力です。だから先輩はデモンベインの近くで、いざという時に備えておいてください」
「……こう言ってはなんだが、あの鬼械神はそれほどまでに重要な物なのか? 戦力という意味で言えば、貴様らの鬼械神の方が、その、なんだ」
結論を言いよどむアル。
心情的には頷きたくはないけど、言いたいことは解る。
デモンベインは確かに本物の鬼械神を撃破できるだけの力を持つけど、あまりにも力のバランスが悪い。
呼び直せば完全に修復される鬼械神と違い、戦う度に修理点検が必要になるし、平均的な出力も鬼械神と比較して高いとは言えない有様。
純粋な戦力として考えれば、明らかに二人が呼び出すアイオーンの方が安定している。
だがそんなアルの疑問に、卓也と美鳥は揃って首を横に振った。
ここまでのやり取りを静観していた美鳥が口を開く。
「違う。戦力としてどうこうなんてレベルの話じゃねぇ。重要なのは『デモンベインという力』なんだよ」
何時にない真剣な美鳥の台詞を卓也が引き継ぐ。
「そしてその力は、俺達では扱う事ができません。俺達は既に一端の魔術師で、鬼械神を所持していますからね。ある意味、先輩がアル・アジフと、そしてデモンベインと出会ったのも、一種の運命なのかもしれません」
「……訳がわからない。それはセラエノ図書館で得た知識か?」
私の意思を代弁してくれたアルの言葉に、卓也と美鳥が頷く。
「実のところを言えば、このデモンベインの直ぐ側、最終防衛ラインが一番重要で、危険な位置になります。もちろん俺も美鳥も、敵をここまで通すつもりはありませんが……体調も万全ではない先輩の身を思えば、ハリネズミの如く武装して欲しくもあります」
苦虫を噛み潰した様な顔の卓也。
「……ばーか」
私は拳を握り、そんな卓也の胸板を軽く小突く。
いつか、卓也と美鳥が『ドヤ顔』と表現していた、私のトビっきりの決め顔でウインクを飛ばしながら。
「前にはお前らが居て、アルも傍に居るんだ。これ以上の武装なんて、ただの重しにしかならねえだろ。……偶には、先輩の事を信頼しろよな」
私の隣に立ち、鷹揚に頷いてみせるアル。
「仮にもこやつは我が主、最強の魔導書たる妾の契約者、マスター・オブ・ネクロノミコンだ。大船に乗ったつもりでいるがよい」
自信満々に答えてみせる私とアルに、表情を緩めた卓也が、唇の端を軽く吊り上げた美鳥が拳を突き出す。
身体を支えていた手が外れてよろけそうになった私の身体を、アルのページが包み込み、マギウススタイルへと変貌させる。
傍らのちびアルが浮かべる不敵な笑みも頼もしく。
脚に力を入れ、身体を伸ばし、二人を習って拳を突き出し、
「信用してますよ、先輩」
三つの拳を、かち合わせた。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
まぁ、頷きが必ずしも肯定を表す訳でもないし、信用は信用でも大十字に掛けられたニャルさん補正を信用してるだけだし、デモンベインもブラックロッジとの戦闘じゃなくて無限螺旋にとって必要不可欠な力ってことなんだけど。
実際デモンベイン失うのは結構リアルにやばい気がするから、割りと真に迫った演技だったと思う。
言葉のあやってやつばっかりでごめんね!
「お兄さん、いくら監視カメラに偽映像流してるからって、走りながら和尚のポーズはちょっと……」
「うむすまん。あまりにもさっきのやり取りがアレだったからな。どこかで中和せにゃならんと愚考したわけだ」
我ながら、真顔で『バーカバーカ!』のポーズを決めつつ足首から下だけ動かして疾走する姿は都市伝説級にキモいとは思うのだが、それも致し方あるまい。
こう、ボケの一つも挟まなければ、さっきのキモキモ優男アクションの余韻が抜けなくて真面目に動けそうもない。
少しばかり脳内分泌物の加減を間違えたお陰で、大十字が不必要に情緒不安定になったのも敗因か。
光学ポも実験段階である事には違いないからね、仕方ないね。
多少情緒不安定な方が操り易いから、これはこれで成功と言ってもいいのだが。
「はぁ……まあ、気持ちはわからないでもないけど」
《ここからは割りとしっかり仕込まないとマズイっしょ?》
ため息混じりの台詞に、重要な部分を脳内の通信で繋げる美鳥。
万が一の事を考え、美鳥への返答も通信に切り替える。
通路を人間の魔術師相応の速度で走りながら、確認の意味もある簡単な作戦会議。
《俺がティトゥスを、お前がかぜぽを殺す。たぶんティトゥスは脳味噌穿った後は修復不可能なレベルで分解すると思うから、大十字に差し向けるのはそっちの死体。OK?》
予め決めていた事だから言葉にしないが、俺も美鳥も、大十字の下にアンチクロスを生きたまま通すつもりはさらさら無い。
一度殺し、脳味噌を弄って記憶を書き換えてからペイルホースで蘇生させるのが一番理想的な加工法だが、生身のアンチクロスの脳味噌を上手いこと加工できるかがネックになる。
失敗したら妖蛆の秘密で動く死体にすればいいだけの話なのだが、最初からアンチクロスが動く死体になっているのは不自然なので、なるべくなら避けたいところだ。
《一応生きてる感じで加工しないと駄目なんだよね。外傷とかは?》
《そうだな……デモンベインのコックピットに辿りつかれたらヤバイけど、真っ向勝負なら大十字でもどうにかなるレベルでダメージ加工しとけばいいんじゃないか?》
《そこで追いつめられて機神招喚、なし崩しで巨大戦になれば不自然さも悟られない、ってわけやね。ティベリウスは?》
《マップとティベリウスの現在地を確認してみ》
警備兵を殺した後の分岐で三手に別れたアンチクロス三人の位置情報はこちらに筒抜け。
ティトゥスとかぜぽは警備兵を殺しながらもそれなりの速度で進んでいるが、ティベリウスは途中で見つけた一般人の避難所に立ち入り、そこで立ち往生している。
少し時間が経過するごとに避難所の生命反応が消えて行くのがミソ。
若い男を見る度に犯して嬲って殺して、綺麗な女を見れば犯して殺してばらして予備パーツを収集、なんてやってれば、それは時間も食うだろう。
《餌を見かけりゃ片っ端。ティベリウスが必ず餌に引っかかると仮定して、デモンベインの格納庫までに足止めになりそうな場所は3箇所。極めつけはジョージとコリン、そしてアリスンの居る避難所だ》
《釣り人歓喜の習性だよね。完全放置、とまではいかないでも、最後にちょっと手を出す程度で十分?》
《そういうこと》
目の前には枝分かれした通路が現れ、立ち止まる。
霊視で見れば、綺麗に二手に別れた通路の先からは、殺された警備兵の魂魄の欠片が漂ってきている。
片方から溢れてくるのは、まるで獣に食い荒らされたかのように、牙や爪で引き裂かれた魂。
もう片方からは、斬られて死んだ事すら自覚せず、まるで生きている様な振る舞いをしている、切断面のなめらかな魂。
位置情報は最初からわかっているが、これほど解りやすい目印もない。
「それじゃぼちぼち、行ってみますか」
「淑やかに、なんて無茶は言わないけど、派手にやりすぎるなよ」
ぐい、と屈伸して気合を入れる美鳥を窘めつつ、俺はティトゥスの待つ通路へと歩き出した。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
一度の銃声は数秒と続くこと無く止み、その後に訪れる静寂は死の顕れである。
音もなく、空間に銀の軌跡のみを残し走る斬撃が速やかに騒音の元を断ち切り、場を整える。
血染めの和装を纏う侍は、その場を一切動くことも無い。
しかし、警備の兵が現れる度に腰に帯びた刀を引き抜き、警備兵の銃が放つ弾丸を、銃を、警備兵そのものを切り落とす。
抜刀術と呼ばれる技術ですらない。
ただ無造作に引き抜き振り払い、再び鞘に納めるまでの一連の行動。
もはや無意識の内に行われるその動作は、飛ぶ羽虫を払う手とさして変わらぬ意味しか持ち得ない。
和装の侍────ティトゥスの目に、有象無象の雑兵は敵としてすら映らず、思考が彼らに割かれる事もない。
ましてや、あの程度の雑兵相手に、敵を殺す武器を振るう、などと。
(否──)
無心のティトゥスの胸中に、ふと思い浮かぶ。
そもそもこれまでの人生で、自分は敵を斬れた試しがない。
感情の赴くままに斬った事が無いとも言わない。
だが、それは自らの敵を斬るという意思の下に行われた殺人ではなく、言わば『八つ当たり』も同然の無様な殺しであった。
自らの腕を磨く為に優れた武人と武を競い、その果てに殺した事も数多い。
だが、それも優れた武を内に取り込む為に行った事でしか無い。
ティトゥスに取って、優れた武人とは即ち糧であった。
殺し合いの中で相手の武の優れた技術を取り込み、生家で身につけた術理はその面影を剣筋に僅かに残すのみ。
また、武人を殺した時は、文字通りの意味で喰らいもした。
魔術的な意味も強い。屍食教典儀はそういった儀式について記載された魔導書であり、自らを高める為には重要な要素でもあった。
本来であれば守るべき対象であった無辜の民を虫を潰すかの如く殺し、誉れ高く尊敬に値する人物も多い優れた武人を殺し、死肉を喰らい、ついには人の形すら失い、
しかしティトゥスは、自分が真に斬るべき、否、斬らねばならぬ相手を斬れていない。
「む……」
唐突に、ティトゥスの周囲を流れる空気が変質する。
自らの侵攻を止めるために、死をも恐れず突撃を繰り返してきた警備兵。
そんな彼らの気配が一瞬で消滅し、空間は世界から切り離されたかのような無音。
基地を巡る様々な機関が発していた低い雑音すら失せている。
こつり、こつりと、硬質な足音を立てて近づいてくる気配。
それは姿を隠す事も、脚を早める事すらせずに、ゆっくりと、正面からティトゥスの前に姿を表した。
戦場の空気に合わせるつもりのない、何処にでも居そうな雰囲気の男。
この場に現れるのは余りにも不自然であり、同時に、これ以上ないほどこの場に相応しい。
「少々お待たせしてしまったようですね、申し訳ありません」
慇懃な態度で、表面上だけでなく、心からそう思っているであろう申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
角度の深い御辞儀。
首筋がさらけ出されている。
「────疾ッ」
迷いなく、明確な殺意を込めて、凶器たる刀を抜刀。
居合の技を用いて、目の前に現れた存在に斬りかかる。
必殺の間合い。
だが、通らない。
男が何時の間にか逆手に構えていた刀に受け流された。
出会い頭の一撃を防がれ、ティトゥスは素早く後ろに飛び退り距離を空け、鶺鴒の型を取る。
正眼に構えた刀越しに、じっと男を観察する。
手指一本、毛筋一本の動きすら見逃すまいと。
異常なまでの警戒。
羽虫を払うが如く兵を切り刻む姿からは、獲物を狩る肉食獣の如く武人を屠ってきたその来歴からは信じられないティトゥスの動き。
ティトゥスの目の前に現れた男の名を、鳴無卓也と言う。
魔術結社ブラックロッジの構成員の一人で、直接的な部下ではないが、場合によってはティトゥスの指揮下に入ることもあり得る男だ。
部下に唐突に刃を向け、異常な警戒を見せる。
何も不自然なところはない。
ブラックロッジの体制が変わった事とは関係なく、これは当たり前の状況なのだ。
ティトゥスが卓也と相対したのなら。
鳴無卓也は、ティトゥスが生まれてから死ぬまでの間に持てる、唯一の『敵』であるのだから。
「今日は最初から、一刀なのですね。やはり、ティトゥス様にはそちらの方がお似合いかと」
手に刀を持ち、しかし、先のティトゥスの一撃など無かったかのように、あくまでも部下として振る舞う卓也。
「っ、はぁっ!」
卓也の言葉に答えるでもなく放たれる、正眼からの鋭い一撃。
兜割りの一撃を順手に持ち替えた刀で受けてやり過ごす卓也に、息を吐く間も無く切り上げ、横薙ぎと繋げていく。
絶えることのない刃の嵐。
初撃の如く受け流すでもなく、単純に刃で受け止めるだけの卓也の刀は欠け、歪み、瞬く間に刃を潰してしまう。
卓也の表情も精彩を欠いている。
しかし、それは自らの劣勢を感じ取って、といったものではない。
何故かその表情には対敵を、ティトゥスを気遣う感情が含まれていた。
「ティトゥス様、何処か、お身体の具合でも悪いのですか? その様な太刀筋で、せっかくの自慢の霊剣にも力が足りていないご様子ですが……」
言葉と共に、もはや鉄の棒切れと変わらぬ鈍らと化した刀で、卓也がティトゥスに斬り掛かる。
表情と口調は完全にティトゥスを気遣うものでありながら、その身体の動きは完全にティトゥスを殺すために刀を振るう。
酷く非人間的な動き。
単純ながら、人間的な外見を完全に維持しているが故に感じるグロテスクさに、一瞬だけティトゥスの構える刀──霊剣から力が漏れ出す。
瘴気にしか見えぬほどに禍々しく歪んだ、しかし、悪意を払う霊力が。
一瞬だけ放たれた霊力は光線の如く迸り、卓也の衣服の裾を割いた。
「おお……!」
その威力に、打合いを止め飛び退き、歓喜の声を洩らす卓也。
その喜びの感情に呼応するように、卓也の手元から悍ましい気配が溢れる。
怨嗟、憎悪、無念、嫉妬、慟哭、憤怒。
噴出し荒れ狂うは思念の嵐。
個としての形を失い、ただ感情だけが汚泥の如く混ざり合う怨霊の群れ。
ただ、目を凝らして見れば、神氣の如き清廉さを感じる事ができる。
怨霊の感情はそのままに、人間という属性を失い続け純粋な力の塊に近づくことで神威の域へと到達しようとしているのだ。
「……酷(むご)い真似を」
これまで会話のための言葉を口にしなかったティトゥスが思わず呟く。
ティトゥスの魔導書には詳しい記述が無い為にはっきりとは理解できないが、あの怨霊はまともではない。
同僚であるティベリウスも似たような術を使うが、あれは文字通りの意味でケタが違う。
一つ所に無理矢理に多量の怨霊を押し込む事で、押し込まれた怨霊がその個性を削られていく。
ただ、それが成り立つまでには、いったい何人の命を犠牲にする必要があるのだろうか。
千や万で届くものではない。
何億、何十億を殺し尽くさねば到達できぬ領域だろう。
「ティトゥス様の霊剣と打ち合わせる為に、急遽用意したものです。如何ですか? この怨霊兵器は」
その作成に掛けた犠牲を省みて、何一つ恥じるところはないと確信している朗らかな笑顔。
砕けかけていた卓也の手の中の刀が腐れ落ち、溶けるよりも先に神威と化した怨霊の影響で塩の柱と化し、それを芯にして、質量を持つ霊団が刀身を形成する。
一際強く怨念が吹き荒び、その余波でティトゥスの笠が弾け、和装を穢していた怨念と黒ずんだ血痕を、更なる怨念で消滅させる。
後に残るのは素顔のティトゥス。
手入れをされたことのなさそうな、くすんだ藍色に近いざんばらな黒髪。
擦り切れる寸前の、色あせた桃色の襦袢と赤い袴、紫色の帯。
強い意志を秘め、本来であればまっすぐな輝きを湛えていた筈の瞳は、只々憎悪を溢れさせながら対敵を睨みつける。
「巫女百人の魂を束ねて霊剣を作る、という話を参考にしてみたのですが、思いつきで作った割には──」
視線の先、もはやそれが素の表情なのではないかという程に笑顔を浮かべ続けていた卓也の姿が霞み、開いた距離が詰められた。
が、ぎ、と鈍い金属音を立て、互いを喰い合う刃と刃。
触れる全てを呪い犯すかの様な怨霊刀の刃は、穢を貯めこみ霊剣としての力を減衰させている筈のティトゥスの霊剣と鍔迫り合うのみ。
「──面白い武器になったと思いませんか?」
顔と顔が触れる程の近距離。
噛み合う刃は、どちらがどちらか判らなくなる程に似た輝きを放っている。
不浄の霊剣と、清浄の魔剣。
同じく純粋でない濁りの属性を持つが故に、打ち消し合うこともなく、ただ刃金と刃金の塊として噛み合う。
押し合いが、どちらともなく力のベクトルを逸らし、互いの刃を欠けさせる事もなく弾き合う事で終わる。
反作用で僅かに距離が空き、しかし、互いの間合いからは外れない。
僅かな体捌きで持って相手の斬線から逃れながら、刃を鳴らし、火花を、霊気を散らしながら一合、二合、三合四合。
決して、超人的な速度で斬り合っている訳でもない。
しかし、観るものが観れば解るだろう。
その剣閃満ちる空間には、濃密な『死』の道筋が無数に生まれ、自らに飲み込まれるように消えていく。
速度の問題ではない、美を殺ぎ落とし、刀剣で合理的に人を斬り殺す為の高度な術理によって生み出された一種の結界。
刃を交える二人のみが作り、維持する事ができるある種の芸術。
「……うぅむ」
それを、剣戟結界を作り出している片割れ──卓也が、やる気のない呼気と共にあっさりと破壊する。
何の前触れもなく、刀身として実体化していた無数の怨霊の一部が解放されたのだ。
成仏させられるのではなく、霊体を維持できぬほどの微細な断片に破砕、圧縮を解かれ────
「く、」
怨念混じりの霊気の暴風と化す。
ティトゥスは悔し気な呻きを漏らしながらも、暴風に乗り距離を空ける。
再び両者の間に空いたのは、如何に魔術の外道に落ちた剣士といえど、一足では詰め切れない程の間隙。
開いた空間の先で、卓也がティトゥスに対し、困ったような、残念がっているような顔を向ける。
「まだ、解放しないのですか?」
「……」
構えを解く事無く、無言を返す。
ブラックロッジでのティトゥスは、口数が多い方ではないが、決して無口という訳ではない。
相手を挑発することもあれば、時に軽口を叩く事もある。
短文でしか喋れないなどという事もなく、喋るべき場面になれば、必要な言葉は全て口にする。
そんなティトゥスが、卓也の言葉には一切の反応を返すことがない。
それは即ち、この卓也の疑問に言葉を返す必要性を感じていない、という事。
ただ、目の前の『敵』を斬る。
ティトゥスの、長い年月を経てティトゥスと成り果てた■■■■■■の敵を、殺害する。
折れぬ曲がらぬそれだけが、ティトゥスの中の唯一の定め。
「そうですねぇ」
卓也の手の中で、怨霊刀がその輪郭を崩す。
実体化を解かれ質量を喪失した怨霊の群れは、暴風となることも解放され成仏することもなく、顕れた時の映像を逆再生したかのように、卓也の掌の中へと吸い込まれていく。
残されるのは、完全な無手の卓也ただ一人。
魔導書を手にしている気配も無いが、元よりアンチクロスと並ぶ程の魔術師である、目に見える場所に魔導書を持つとは思えない。
卓也の出方を窺い、油断なく構えるティトゥスの視線の先、
「やっぱり、俺の相手にするのでしたら」
軽く肘を曲げた腕、上に向けられた掌から、
「こちらのほうが、気分が出ますか?」
ずる、
ぎゅる、
と、
悪意的なデフォルメの成された、
触手が、
溢れ出した。
「──────」
卓也の手から溢れ出した、粘液に塗れ、肉の柔らかさを感じられる質感の触手。
とてもではないが凶器として成立し得ないそれらを目にした瞬間、
ティトゥスの背筋が泡立ち、ぶわ、と、全身から不快な液体が溢れ出した。
手に構えた霊剣は辛うじて震えること無く卓也にその鋒を向けているが、先ほどまでの油断の無い戦士の放つ剣気は欠片も感じられないだろう。
血の気が引き、蒼白な表情で唇を噛むティトゥス。
だが、その表情には徐々に、恐怖と共に血液の紅みと熱が広がり始める。
ぶち、と、噛み締められた唇の皮膚を、ティトゥスの歯が噛み千切った。
「ではティトゥス様、否──■■■■■■さん」
生気が失せ、しかし紅潮を始めるティトゥスの表情を眺め、卓也の笑みが深くなる。
「『お久しぶり』です。再会記念に、そうですね、いつもの様に、何か芸の一つでも披露して頂きましょうか。もしもそれが面白ければ────」
唇の両端が裂けんばかりに釣り上がり、記号的な優しさが抜け、本心からの、
「ご褒美に、お薬一本、差し上げますよ?」
嘲りの感情が、浮かんでいた。
「あ、」
噛み締められていた口が、開かれる。
「うあ、あ、ああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」
意味を成さない、喉を潰さんばかりの絶叫。
恐怖に押され、ティトゥスは高々と霊剣を振り上げる。
ティトゥスとして人斬りを続ける上で培われた術理は失われ、ただ身体に染み付いた嘗ての動きが一つの奥義を紡ぎ出す。
大上段から振り下ろされる霊剣。
単純な斬撃と共に解放されるのは、これまで圧縮に圧縮を重ねられ、暴発寸前だった膨大な霊力。
北辰一刀流奥義『破邪剣征・桜花放神』
これぞ、外道に落ちてなお、変わらずティトゥスの奥義として在り続けた退魔の秘剣。
霊剣の鋒から放たれた、極限まで圧縮された霊力が卓也を飲み込み──
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
本人すら殆ど思い起こすことは無いが、少女はとても恵まれた人間であった。
富豪の娘という訳でもないが、道場を構え、軍に務める父が大黒柱としてあった生家は、穏やかに生きていくには何の不自由も無い。
剣術の才こそあったが、必ずしもそれを活かさなければ生きていけない、という程困窮している訳でもなく、
祖母が、母が、父が、厳しくも暖かく少女の成長を見守る。
嘗ての時代、とおいとおい昔、少女の周りには必要な何もかもがあり、目の前には無限の未来が待ち受けていた。
満ち足りた世界、満ち足りた時間。
しかし、過不足ない世界に生きる少女は、ただひとつだけ、人には語れぬ秘密を抱えていた。
既視感。
新しい知識を得る度に、新しい体験をする寸前に、少女が既視感を感じる頻度は増えていく。
『この話は読んだことがある』
『この技は何度も練習した』
『この道の先にはあの店がある』
新しく習った筈の知識、技術を、まるで忘れていた知識を思い出す様に習得していく姿を見て、少女の家族は褒め讃えた。
少女が天に与えられた才を、我が事のように喜ぶ父母。
そんな親の姿を見て、悩みを打ち明けられる子が居るだろうか。
だからこそ、少女はその悩みを一度足りとも両親に打ち明けることは無かった。
知らない物語を読み進める喜びも。
新しい技術を習得する達成感も無く。
何が起こっても『ああ、そういえばそうなるんだった』と思いだし、納得してしまう。
だからだろうか。
少女は、自らの父親の死に際しても、強い悲しみを覚えることは無かった。
父親の死は『起きていた』もので、既に乗り越えた後のものだから。
降魔や悪魔、外道衆との戦いが原因で死んだ父の葬儀を、少女はまるで、何年も前に死んだ人間の墓参りの様な感覚で終え、数日もしない内に、元の生活に戻った。
祖母や母や使用人は、そんな少女の態度を強がりと受け取っていたが、そうではない。
少女は『覚悟』を決めていた。
頭脳や肉体ではない、精神、魂とでも呼ぶべき部分が、既に覚悟を終えてしまっていたのだ。
あらゆる始めてを知らず、しかし、少女は幸福だった。
尊敬する父が死ぬという『絶望』を、既視という『覚悟』が吹き飛ばす。
既視感から来る『覚悟』が、少女に『幸福』を齎していた。
父を失ってなお、少女の世界は満ち足りていた。
味気のないスープで空腹を満たす様な、刺激の無い、しかし変わらず暖かく満ち足りて、幸福な世界。
──そんな彼女の世界が、ゆっくりと罅割れ始める。
ある日、剣の稽古を終えた少女は、一匹の奇妙な生き物を目撃する。
白猫にも似た奇妙な生き物。
赤や、少女の名と同じ色のグラデーションがかかった異様に長い耳に、金色の輪。
紅玉の様な無機質な瞳。
見たことも聞いたこともない生き物。
少女にとって、始めての経験。
目を合わせるなり逃げていくその奇妙な動物を、少女は慌てて追いかけた。
考えての行動ではない、反射的な動き。
未知の存在を目にした時、自分がどういう反応をするか。
それすらも少女にとっては知らない事であり、生じた衝動に抗う術もまた、少女の知る所では無かった。
その奇妙な動物を追いかけ続け、見失った時、少女は見覚えのある場所に佇んでいた。
滅多に開けられることのない、打ち捨てられる寸前の様な雰囲気の、蔵。
そして、そこに収められた父の遺品に紛れるようにして隠されていた、一冊の本。
仏蘭西語で記されたその古い書物もまた、少女にとっては未知のものであった。
未知の獣を追う内に手に入れた、未知の書物。
それを少女が持ちだしたのは、もはや必然と言っても過言では無いだろう。
書物を隠し持ち始めてから、日常生活の中で既視感に襲われる回数が激減し、少女の世界は鮮やかさを取り戻し始めた。
何をするでもなく、流されるままに生き、流されるままに婿を迎え入れ、子を産み、育て、死ぬ。
そんな生活への忌避感か、それとも、この頃に始めて父の護国の思いに共感したのか。
少女はその才覚を生かし、帝都へと上がる事を決意する。
父と同じく、先祖から引き継いだ破邪の力。
それは少女を、政府直属の退魔機関へと所属することで、存分に発揮できるだろうと踏んでいた。
スタアとして舞台に立ち、戦士として力を活かし、帝都を守るために霊子甲冑に乗り込み、
────奇妙な、とても奇妙な夢を見始める。
今と同じ場所、今と同じ時間、全く異なる自分。
霊子甲冑を砕かれ、囚われの身と成り、脳がふやける程の薬に浸け込まれ、身体を、心を、精神を、魂を、侵され、冒され、犯される夢。
梁型の如く身体を犯す蟲をくわえ込んだまま、華やかな舞台に立つ夢。
脳に届く思念に従い、蟲に、機械に犯されながら笑顔を振りまき、憧れの男性を誘惑し、同僚の女性を押し倒す夢。
届く思念は、ただ受け取るだけでも無常の快感と化し、少女の脳を蕩けさせた。
故に、その声の示すがままに、一人ずつ、一人ずつ、仲間の背を刺し、殺していった。
仲間に刃を突き立てる度、喉を潰して声を上げさせるのを防ぐ度、改造された身体で、刃を突き立てたままの仲間を犯し壊す度、与えられる。
恋仲となった男の男性自身をその手足ごと切り落とし、男の目の前で、身体の穴を全て使い観客の男性全ての相手をして、与えられた快感は、少女の精神をついに崩壊する。
そんな夢を見る。
毎夜毎夜、毎夜毎夜毎夜、繰り返し繰り返し、同じ夢だけを見続ける。
夜だけでなく、起きている時分にも、同じ場所、同じ場面に差し掛かる度に、快楽に溺れる自分の記憶が脳裏を過る。
快楽の溺れる自分の感じていた感覚が、身体を襲う。
同じようでいて違う光景が、重ね合わせの世界が、少女の心を蝕んでいく。
少女は、表面上は取り繕いながら、しかし確実に追い詰められていた。
だから、逃げた。知らない何かへ。
本当に何一つ知らない、重ねることのない知識しかない、仏蘭西語で記された書物の解読にのめり込む。
得られる外道の知識。
代償に失われていく少女の正気。
夢と現実の間は揺らぎ、明確な境界線を失う。
極限まで磨耗した精神は一種のトランス状態を作り出し、片手間に魔導書の解読をしていただけの少女に、舞台の何もかもを台無しにする鬼械神(デウス・エクス・マキナ)を召喚させる。
帝都の中心に顕れた機械の神。
迎撃に訪れる嘗ての少女の仲間達。
夢を振り払うように、夢を思い起こさせる光景を──
―――――――――――――――――――
「なげぇ」
霊剣の鋒をこちらに向けたまま俺の触手を耳から受け入れて痙攣しているティトゥスの脳味噌に電気パルスを流す。
強制回想に入ったTSティトゥスの脳のクロック数を引き上げ早送り。
映像付きのモノローグ程度の精度だった記憶の再生を荒くし、必要な部分だけを拾い上げる。
ここからは追手を振り払いながら逃避行、日本から脱出することで一時的に難を逃れる。
この時点で既視感を感じることは無くなったが、この時点で正常な精神状態じゃないから、魔導書を捨てる、魔導の知識を研究しない、という考えは無くなっていたらしい。
各地を転々と放浪するティトゥスに、ブラックロッジへの仲介を行なっているのは勿論ニャルさん。
DNA情報から察するに、本物のティトゥスは過去を改竄され、ティトゥスの先祖をTSティトゥスの家系の中に組み込む事でTSティトゥスと一本化されてしまったらしい。
やはりこのTS周、ニャルさんの手引きによる歴史改竄で造られた神意的TS周だったか。
「だからどうしたって話だけど」
ティトゥスの無意味な脳内モノローグと、そこから導き出される答えに思わず呟く。
とんだ食わせ物だった。
有名スタアがブラックロッジのアンチクロス、ティトゥスの位置に収まっているから、北辰一刀流と融合した素敵な必殺技や応用技術の一つや二つは持っていると思ったのに。
出てきたのは破れかぶれの奥義モドキのみ。
それにしたって、防御結界を使うまでもなく、俺の皮膚どころか衣服にすら傷を付けずに霧散するレベルのもの。
アンチクロスの中で最も格下な人とか下から三番目くらいの人とかになら通用するだろうが……。
「いいや」
ティトゥスの脳に挿し込んでいた触手を引き抜き、未だトリップ状態のティトゥスの首を撥ね、素早く触手で掴み上げる。
口を大きく広げ、切り落としたティトゥスの頭部に歯を突き立て、齧る。
食用に養殖された豚や牛に比べて少々味気ないが、脳細胞の舌触りは悪くないし、皮膚に染み込んだ塩気や過剰分泌された脳内麻薬も手伝って、ごま油味の料理しか出さない隣町の軽食屋の料理よりは食える。
あえて文句をつけるとしたら、脳味噌と口舌越しに取り込む事で手に入る知識があまりにも代わり映えしないことか。
次いで、首なし死体に触手を突き立て、まだ内部に収まっていた魂の欠片を取り込む。
おまけに、剣戟で付いた風の傷も付けてしまおう。
なんだかんだで短期決戦だったし、長引いた理由って事で。
「よいしょ」
ダメージ加工が終わった所で、取り込んだ魂の波形を模倣し、脳細胞と手に入れた記憶と知識を元に空間に穴を開けて手を挿し込み、探る。
魂の波形を真似したのが功を奏したのか、肘まで入れるよりも早く魔導書に手が届いた。
指先が触れた瞬間に侵食し、これも取り込む。
取り込んだ屍食教典儀の内容を確認。
「また、シュブ=ニグラスの召喚と退散が載ってる……」
これで何冊目だ? 秘密図書館の雑多な魔導書を含めれば二桁には確実に届いている筈。
何度召喚しようとしてもシュブさんを呼び出してちょっとしたToLOVEるを起こしてしまう俺への嫌味か何かだろうか。
むしろこの術式でシュブさんと連絡を取れとでも言うのだろうか。
そんな馬鹿な。もうシュブさんとはメアドもTEL番も交換済み、態々儀式の形で呼び出す必要はない。
あ、でもそういえば、シュブさんの携帯って俺のとは会社違うな。
別会社だと割引とか無料とかのサービス受けれないのは問題あるか。
メールで、グレート・オールド・ワンセグが実家の自室だと入らないとか(><)こんな感じの顔文字付きで来た時は和んだけど、今シュブさん仕事休んでる訳だし、通信料が心配だ。
電話なら、シュブさんにワン切りしてもらって俺からかけ直すってのも有りなんだが、それも手間が掛かって面倒くさい。
ここは、予算の都合を付けやすい俺が同じ会社の携帯を新しく契約するべきか。
未だ携帯電話が発明されていない地球上に契約できる店があるかどうかが問題だし、他社の機種には詳しくないんだが、そこはシュブさんの休日に合わせて手伝ってもらう事で解決だ。
これを機会に話題のイアフォンを使ってみるのも悪くないかもしれない。
どうせ作品世界でしか使えないんだし、ちょっと高級な機種を選んでみたりして。
休みの日に時間を割いてもらう為、事前にバイトで頑張ったり差し入れを入れたりするのも忘れてはならない重要な要素と言える。
勿論、召喚失敗で直接呼び出すなどという無作法な選択肢は出て来よう筈もない。
召喚するなら召喚するで、事前に電話を一本入れてシュブさんにも用意してもらうべきだろう。
……いいんだ、もう無限螺旋終了までにシュブ=ニグラスの召喚を成功させるのは諦めてるし、あれは万が一の時のためのシュブさん非常招集用術式だと思うから。
いや、シュブ=ニグラスの召喚改めシュブさん呼び出し用術式の話はいいんだけど、他の記述もイマイチそそらない。
バイアクヘーの召喚も持ってるし、ヴールの印は秘密図書館で読んだ魔導書に載っていた。
重複の内容が多い。被ってない部分にしても、グールとの接とか、どう応用しろと。
ループ初期に手に入れていればもう少し印象も良かったんだろうけど、そんな仮定は実益の前には屁の突っ張りにもならない。
別にこの魔導書を手に入れるために戦った訳ではないけれども、なんともうっへりな収穫だ。
でもまぁ、もともとこの周は純粋に息抜きすることが目的でもあったし、多くを求める必要はないか。
レクリエーションとして考えれば、良くもなければ悪くもない程度の出来だったし。
それに、ティトゥスの回想から一つの仮設を立てる事ができた。
この世界における既視感──RS(リーディング・シュタイナー)の発生条件だ。
ここに世界線変動率の様なものが存在するとして、変動率が大きければ大きいほどRSが発動する確立が低くなる。
勿論元ネタでそういった設定が存在する訳ではないが、この世界はなんでもありで、なおかつ千歳さんの独自設定ありありの世界なのだ。
だが、この周では仮説を裏付けられそうな事態が発生している。
TSティトゥスがそれまでの人生で感じ続けていた既視感を、屍食教典儀を持つようになった時点から殆ど感じなくなった。
これはつまり、TSティトゥスがティトゥスと先祖レベルで融合させられた少女の元の人生から大きく外れた行動を取ったのが原因で発生しなくなったのだろう。
機神招喚が可能なほどの書を手に入れた時点で世界線(暫定)は大きく変動しているものと考えていい。
更に、助手があだ名を呼ばれることでRSを発動させたのと同じように、画伯が想い人との長時間の接触でRSを発動させたように、異なる世界線と共通する要素に触れるのを起点にRSが発動するとしよう。
こっちの説は元ネタの方でも語られているものであり、千歳さんが無限螺旋SSを作ろうとネタを集めている内に仕込んだ可能性は非常に高い。
重要なのはここからだ。何故世界そのものが書き換わった訳でもないのに、ティトゥスのRSの発動頻度が減ったのか。
TSティトゥスが、一体何者なのか全然わからないただの何の変哲もない可愛らしい白猫のような謎生物(愛称QB)と接する前と後では、周りの要素が同じでも本人の心構えにも違いが出る。
いくら一番に興味がある対象とはいえ、父親の遺品に紛れていた物品を誰にも言わずに持ち出し携帯している。
何故遺品が一つ無くなっているのに誰も何も言わないんだろう、もしかしてバレてるんじゃないか、不安、疑心暗鬼から、人に対して懐く印象も常のものとは大分違うものになる。
既視感を感じるわけがない。少なくとも、ここまでの周回で同じく魔導書を隠し持っていた事がないのなら、同じ状況を体験したことはない筈だ。
隠し事一つだけで、というのは無理があると思うだろうか、しかし、そうではない。
元ネタにしても、単純に助手が厨二と接触するのが起点になるのであれば、もう少し早いタイミングで何かしらRSが起きてもおかしくはなかった筈だ。
が、実際にそれが起こったのは、後日再会し、狂気のムァッドサイエンティスト(発音大事)があだ名を言ったその瞬間。
これはRSの発動起点が助手の精神的な状態、つまり、相手に対して好意やそれに類する感情を持っているか否か、という部分が起点になっていると考えれば合点が行く。
元ネタでも記憶が世界線間の情報伝達媒体と言っているし、少なくとも記憶の持ち主の精神状態が大きく関係しているのは確かだ。
いや、もしかしたら全てのタイミングでRSが起こっているが、それが自分の抱く感情とはあまりにもかけ離れているがゆえに、既視感であると認識できないとも考えられる。
RSが発動するような状態では無くなったのに、何故かピンポイントで俺が関わった周の記憶を呼び出してしまったのかは、まず間違いなくニャルさんの差し金だろう。
TSティトゥスは幼少時、少なくともQBを目撃し、追いかけていった先で屍食教典儀を手に入れるまで頻繁にRSを発動させていた。
これはTSティトゥスが普段の周で、殆ど同じ行動を取っていたのが一因だ。
発生しなくなった理由は先に述べているので置いておくとして、問題はもう一つの原因にある。
それは、彼女が完全なものではないにしろRSに似た力を持つこと。
おそらく、このTSティトゥスの能力はニャルさんにとってもイレギュラーだったのではないだろうか。
無限螺旋中の住人は、基本的に変質する大十字以外は殆ど同じ行動を取るが、突然変異的に変質する人間は確実に存在する。
外伝小説で描かれるエドガーなどがその一例だろう。
ニャルさんは、エドガーの魔術師としての超人的な才能を見抜き、アル・アジフと引き合わせて契約させた。
エドガーが最初から魔術師としての才を持って無限螺旋に存在しているとしたら、もっとデモンベインが完成する前の段階で白の王足り得るかどうかを確認していなければおかしい。
秋葉原を拠点に活動する狂気のムァッドサイエンティストに並ぶほどではないにしろ、RSを頻繁に発動できるTSティトゥスの異能。
平行世界の記憶を断片的にとはいえ呼び出す事のできる存在というのは、無限螺旋で成長させるには打って付けの人材ではないか。
ジャンプで連載してる腐ってる女性の方々が大好きなマフィア漫画の某キャラと同じような能力と言った方がいいだろうか。
平行世界の自分の記憶を呼び起こし、自らの力とすることができたのなら、短期間で魔術師としての実力を付け、トラペゾヘドロンに到る可能性が高くなる、という考えだろう。
いや、最初は恐らく、
『ありゃりゃ、大導師ったらTSしちゃったよ』
『このままじゃ歴史の流れが滅茶苦茶じゃないか……』
『だったらいっそ、世界の九割方をTSさせて、もっと無茶苦茶にしてやるお!』
『これでホモホモしいブラックロッジの幹部連中も百合百合しくなって、大導師も大喜びしてくれるに違いないお!』
みたいな流れがニャルさんの中に存在したのだろう。
で、日本人、ブシドー繋がりで俺と因縁があるTSティベリウスの元になる少女を見つけて、
『ついでにあのトリッパーとの因縁のキャラも作っておいてやるお!』
みたいなノリで。何しろこのニャル夫、余計なことをするのは大好きな筈だ。
で、作ってみたら上書きされた筈の世界から記憶を取り出しているから、ああ、これは、もしかしたら到れるかもしれない、とかシリアスモードで考えていたに違いない。
が、その目論見はもろくも崩れさる事になる。
ティトゥス側の記憶を呼び起こす起点になり得る屍食教典儀を手に入れさせても、一向に書の内容に既視感を覚えないのだ。
仮に、ここでティトゥスとして既視感を覚えたのであれば、魔導書の中身に目を通した時点で『ああ、読んだことがあるな』と感じ、次いで内容も思い出す筈。
だが、既視感を感じることは無かった。
なんてことはない。ここのTSティトゥスは、どちらかと言えば融合先の少女がメインで存在していたのだ。
故に、別の世界線のティトゥスの記憶を思い出す事は無かった。
本来ならブラックロッジに至るまでの道筋を考えておくべきだったのだろうが、RSに期待していたニャルさんは事前の準備を怠っていた。
結局少女の魔導書解読は遅々として進まず、危険な魔導書を所持したまま、帝都へと上京し、政府の直属機関に所属してしまう。
このままではせっかくのTSティトゥスが無駄になると考えたニャルさんは、直接的にTSティトゥスの脳に干渉し、魔導にのめり込むような精神状態にすることにした。
俺があの少女と接触した周の出来事をやや過激に暴力的に脚色した内容を、さも既視感であるかのように見せかけて。
そう、あれはRSではなく、ニャルさんの投影した偽記憶なのだ。
俺があの周、日本観光の傍らで、片手間にエロゲ風の指令をTSティトゥスのベースになった少女に送ったのは確かだ。
だが、流石にそこまでエグい指示は出して居なかった。
俺は身体が勝手にシャワー室に向かう人を達磨にしたり去勢したりするほど無粋ではないのだ。最低限脚が無いとシャワー室に向かえなくなるしな。
確かにゲームボーイカラー版の一作目を思い出すとイラッと来ることはある。
通常のシリーズをプレイしているユーザーからすれば主人公に感情移入できないだろうし、プレイしてない人たちにとってみれば、どれだけ好感度を上げてもヒロインの本命が他に居るのだ。
どういう客層に向けた作品だったんだよと思わないでもない。
俺も中古屋で五百円で手にいれて居なければromを地面に叩きつけていたかもしれない。
が、それを踏まえてもニャルさんのやり方には美学がない。
達磨はともかく、去勢してしまったら、
『◯◯さん、興奮してるんですか? 私が名前も知らない男たちに犯されてるのを見て、興奮してるんですね?』
とかさせられない。
悔しいけど、想い人の痴態に身体は反応してしまう。
ゼオライマーのスピンオフを見るがいい。
全年齢なのに、その辺りをきっちりと描ききっているではないか。
陵辱は、寝取りにも、寝取られにも通ずる豊穣の道。
決して交わるはずのないこの二つの属性は、陵辱という鎹を持って始めて結ばれるのだ。
このテンプレートを踏まずして、何故に陵辱を語ることができるだろうか、いや、出来ない。反語。
閑話休題。
TSティトゥスが中堅エロ漫画家の描く少しページ数多めのエロ漫画のヒロインみたいな境遇だったかどうかはともかくとして、このRSに関する仮説が半分でも立証されれば、一つ懸念事項が減る。
なにしろ次の周は、俺の方にも色々と問題がある。
ノーマル大十字が平行世界の記憶を手に入れる可能性は、可能な限り潰しておかなければなるまい。
この仮説を立証できれば、罰ゲームをこなしつつ大十字の並行世界の記憶、つまり大十字の好感度がTS大十字と同じ有様になるのを防ぐ事が容易になる。
俺の罰ゲームには大十字を鍛える、という項目はなく、俺が自分から大十字を鍛えようとしなければ、少なくともこのTS周と同じ関係にはならない。
ホモ臭い演技をしつつも、決してホモ的活動をしたり、周囲の人間をホモにしたりせずに、穏やかに罰ゲーム周を終える事が可能になるのだ。
これはもう、自費出版の写真集、北辰一刀流継承者公開陵辱 ~ファンとのガニ股二穴交流~(本人によるエッセイ付き)がバカ売れした時以上の、いや、それでは生ぬるい。
元の世界で、神羅万象チョコの新しいシリーズが始まって、それを注文もしていなかったのに村の雑貨屋の爺さんが大量に入荷してストックしてくれていた時と同じくらいに喜ばしい。
これで次の周、俺はホモホモしいやり取りを大十字と行わずに済むかもしれない。
男相手のボディタッチがネックになるが、それも大学での他人との接触する機会を可能な限り削っていけばどうにでも回避できる。
後は、俺の腕と判断能力次第。
霊剣を拾い、鋒から口の中に入れ、喉に触れた部分から取り込む。
取り込んだ霊剣の刃先を指先から生やし、戦闘を行った風に衣服と身体に傷を入れていく。
「これでよし」
ダメージ加工を終えた時点で、反対側のブロックに存在していたかぜぽの生命反応が消失した。
いや、今の言い方はだめだ、言い直そう。
一旦かぜぽと美鳥の居る方向に背を向け、何かに気がついた様に身を翻す。
ゆっくりと驚愕の表情を作って、
「かぜぽの霊圧が……消えた……?」
顔のアップが映るものと意識して、やや大げさに。
台詞は大きすぎない声ではっきりと聞き取れる発音で言うべし。
空間の『間』が寂しいので、鰤では存在しなかった修羅粉(某陸奥圓明流の方々の周りに浮いてたり風に舞ってたりする謎の粒子。扉絵とか表紙で確認できる)を散布。
……………………
…………
……
ティトゥスの死体しか無いので、場面転換が可能なほど間を取る。
うむ、満足。
やはりリアクション芸は間が重要な要素なんだと再確認できた。
一頻り顔芸を楽しんだし、いい加減美鳥に通信を繋げるとしよう。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
卓也と別行動を始めて数分も立たぬ内にクラウディウスを発見した美鳥は、
「あ、美鳥!」
迫る警備兵に背を向け、手を大きく振りながら満面の笑みで挨拶するクラウディウスに、
「こんにちは、死ね!」
挨拶もそこそこに、袖口から飛び出した魔銃を掴み魔力流し術式を起動、躊躇なくプラズマ光弾をクラウディウス目掛けて乱射。
生ける炎、火の神性であるクトゥグアの力が込められた光弾。
一発一発が、直撃すれば破壊ロボの装甲すら容易く溶解させる熱量を孕んでいる。
躊躇なく全身の急所狙いで放たれた光弾に僅かに目を見張り、しかしその視線は全ての光弾の軌道を捉えていた。
「魔風(かぜ)よ、星間に吹く風よ。この腕に力を!」
咄嗟にハスターの力を降ろし、瘴気混じりの風を纏う両腕が宙を薙ぐ。
左右一対の腕、十指が十の輝線を描く。
魔風の刻む輝線をなぞるように光弾は逸らされ、クラウディウスの背後、覇道財閥の警備兵に直撃し悲鳴すら上げさせずに焼滅させた。
ハスターとクトゥグア、これらは格としては同等の力を持つ神であり、それを使う術者の実力も伯仲している。
ならば、最初から標的を視界に入れており、術式の起動にまで十分に時間を持っていた美鳥の術式が威力で勝り、クラウディウスの放った風を打ちぬいていた筈である。
しかし、現実には咄嗟の後出しであるクラウディウスの魔風がプラズマ光弾を凌ぎ切ってみせた。
それは何故か。
原因は、魔術を起動する際に使用される記述の精度にあった。
基本的に、鳴無美鳥と鳴無卓也の使うクトゥグアの記述はアル・アジフが出典元である。
無限螺旋の中で、その内容だけを延々とループさせられているアル・アジフには、とある邪神の検閲が施されており、それは無限螺旋という仕組みを気づかせない物以外に、特定の神性の記述の精度にも及んでいる。
クトゥグアはその最たるモノであり、アル・アジフの記述においては、ハスターの高位眷属であるイタクァと並べて扱われ、発動する術式の出力もそれ相応にしかならない。
正式な手順を経て発動すれば、容易く破壊ロボを両断するクラウディウスの魔風を貫けないのは当然の帰結。
ここまで日常面での接触はあれど、正確に測る機会のなかったクラウディウスの実力を見誤ったのが美鳥の失敗である。
「ち」
同じく覇道財閥側であるはずの警備員を撃ち殺した事など気にもせず、クラウディウスを仕留め損なった事に舌打ち一つ。
美鳥が魔銃を捨てるよりも僅かに早く、クラウディウスは腕に纏った風を不可視の爪と化し美鳥に襲いかかる。
不可視の爪の描く軌跡は、先の光弾を弾いた輝線を再び生み出す。
輝線を魅せ技として、鞭の如くしなる魔風の刃が美鳥を襲う。
美鳥の手の中から溢れる寸前の魔銃が切り裂かれた。
クラウディウスの魔風によって──ではない。
切断面は赤く赤熱し、美鳥の指先からは四十センチ程の長さの輝く白刃が爪の如く突き出している。
「わ、美鳥ってば、すごい!」
歓喜と共に、クラウディウスは魔風の爪で白刃──プラズマジェットの流れを逸らす。
美鳥の爪の間から噴出する高出力のプラズマジェットはその実、人間の魔術師として彼女が扱うクトゥグアを遥かに凌ぐ出力を誇る。
プラズマジェットによって気流を乱され、徐々に吹き散らされる魔風の爪。
「っせぇ、メス犬がっ! 死ね! くたばれ! もしくは死ね! そして死ね!」
憎々しげに言い放つ美鳥は、ティトゥスと相対した卓也とは異なり、悠長に鍔迫り合いを続けない。
プラズマジェットと魔風が生み出す乱気流が靡かせる美鳥の髪。
大きく広がったその先端が全てクラウディウスへと向けられ、光線を照射。
ジャッ、と空気を焼く音が響き、しかしクラウディウスにはかすりもしない。
照射の寸前に、獣の如きしなやかな動きで後方に跳ねたのだ。
宙に居るクラウディウスを光線が追いかける。
が、滞空中にも魔風を操るクラウディウスの動きは止まらない。
風に舞う羽にもにた軽やかな動きで、殺傷性の強い攻撃を尽く躱していく。
「もうっ、美鳥ってば、怒りすぎだよ」
続けざまに繰り出される攻撃を避けながら、クラウディウスは頬をふくらませる。
「怒ってねぇよ、あたし怒らせたら大したもんだよ」
クラウディウスの言葉通り、そしてこめかみに無数の青筋を浮かび上がらせながら無理矢理に余裕ぶった表情を取り繕っている本人の言葉とは裏腹に、美鳥はクラウディウスに対して強い怒りを露わにしていた。
それは、まだマスターテリオンが生きていた頃、夢幻心母の中での些細な雑談に端を発する。
「別に、ボクが卓也の事を『お婿さん』として郷に連れ帰っても、美鳥が離れ離れにならないといけない訳じゃないんだしさ」
「連れてけるって前提で話すのも気に喰わなきゃ、『キミも連れてってあげるよ』なんて上から目線も気に喰わねぇ!」
そう、ブラックロッジにアンチクロスとして籍を置いているクラウディウスこと、ハイパボレアを歩むものには、使命がある。
過疎化の進む故郷の草原に、新しい血を取り入れる為、郷の外から婿を連れ帰り、子供を作ること。
ブラックロッジに在籍しているのも、元はといえば強い男を探すため。
が、不思議と強い魔術師であるアンチクロスは全員女性であり、婿探しはつい二年前まで半ば頓挫しているような状況だった。
そこに現れたのが、首領であるマスターテリオン肝いりの魔術師、鳴無兄妹である。
「ワガママ言ってもダメだよ。アレはもうボクのものにするって決めてるんだから、ね!」
一転して、無数の光線の中に飛び込むクラウディウス。
高空で吹く強い風が星の光を瞬かせるように、ハスターの魔風は魔術的に強い加護を持たない光線を尽く歪曲させ、クラウディウスが走り抜けるだけの隙間を創りだす。
一息に美鳥の懐まで距離を詰めるクラウディウス。
魔風を纏う爪を振り上げる。
殺しもしなければ、腹を狙いもしない。
卓也が雄として優秀なら、美鳥も当然雌として優秀なのだ。
郷に連れ帰り適当な雄を宛てがい、子を成して貰う。
種の繁栄。
それは、カリグラの精神を半ば取り込んでいたわだつみの民の長も望んでいたこと。
妹を盾にすれば、卓也も快く一緒に来てくれるだろう。
爪ではなく、握った拳で胸部を一撃。重い感触が拳に返る。
ぐったりと力を失い、クラウディウスの肩に倒れこむ美鳥の身体。
「駄犬(いぬ)め」
勝利を確信するクラウディウスの耳に、地獄の奥底から響くような声。
ハッとしてその場を飛び退こうとするクラウディウスの身体を、広がった美鳥の髪の毛が優しさすら感じる弱さで包み込む。
「何だよ、これ」
引っ張れば簡単に千切れそうな髪の毛は、クラウディウスの身体を決して離さず、肌に浅く傷すら付けていく。
血の滲む身体をよじらせながら、クラウディウスは気付く。
風が、止んでいた。
「お兄さんを『モノ』扱いたぁ」
美鳥の呟きに呼応して、大気が震える。
得体のしれない恐怖に、クラウディウスは自らを守る風を呼び出そうと呼びかける。
「か、魔風よ!」
だが、ハスターの力を感じられない。
風が、大気が、クラウディウスの声を聞こえていないものとして扱っているのだ。
まるで、今聞くべきはこの頼みではないと言わんばかりに。
「お兄さんの『モノ』であるあたしを前に、いい度胸じゃねぇか……」
大気の震えが徐々に大きくなり、空間そのものが鳴動するかのような唸りを上げ始めた。
魔術的な補助がなくとも、種族的な特徴として人間程度なら容易く引き裂く膂力で持って、美鳥の身体を引き剥がしにかかるクラウディウス。
しかし、押しても殴っても爪を立てても、それらが美鳥に痛痒を与えた様子はない。
ここでクラウディウスは気付く。
何故、最初の一撃を食らった美鳥が気を失っていないのか。
それは、風。
極限まで圧縮されたエア・バックが、クラウディウスの拳を、魔風を遮っていたのだ。
そしてそれは今なお美鳥の身体を薄く包み込み、外敵を拒絶している。
何時の間にか、美鳥はその手の中に筒状に丸められた一冊の大学ノートを握りしめていた。
クラウディウスは気付けない。
それこそは、姿形は違えども、自分の所持する魔導書と同じ、全く同じ内容の魔導書、『セラエノ断章』であると。
「吐いたツバ飲むんじゃねぇぞ、この似非天然ケモ属性があああああああぁぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
大気が爆裂する。
衝撃波が、あらゆる魔術的守りを失ったクラウディウスの身体を突き抜け、神経をズタズタに引き裂く。
「────────!」
声にならない絶叫。
全身を引き裂かれたような激痛を感じながら、クラウディウスは未だ倒れない。
身体を抱きしめる美鳥の髪の毛が、地に倒れ伏すことを許さないのだ。
身動きひとつ取れないクラウディウスの頭部に、美鳥はゆっくりと何かを被せる。
それは、ヘッドホン。
ノイズキャンセラー付きの、ネルガル重工が誇る最新最高級品を、更に十数倍にまで高性能にした物を、魔術的に加工した一品。
「よぉ、知ってるか」
手に握るのは、大学ノートに包まれた一本のマイク。
魔導書セラエノ断章には、既に十分すぎるほどの魔力が流し込まれている。
「ハスターの魔力ってなあ、風だけじゃあないんだぜ?」
手にしたマイクは魔導書とケーブルを経由し、直接ヘッドホンに接続されていた。
深く、大きく、腹がふくれるほど息を吸い込む美鳥。
その肺に、気管に、喉に、そして、呼気が、声が発せられる口に、魔方陣が浮かび上がる。
意図を察したクラウディウスが、目に涙まで浮かべた必死の形相で首を振る。
声に出せない懇願を見せるクラウディウスを、美鳥はまず、酷薄な表情で見下ろし、
厳かな表情で、
目を瞑り、
マイクを口に当て、
絶叫する。
「っこなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぅゅきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!」
思う様、四文字の歌詞を伸ばし終えた美鳥は、
「いええ♪」
誰もいない後ろを振り返りながらウインクで決めポーズ。
目に見えない、心の中にのみ存在する観客に、サービスとしてマイクを投げ渡す。
それ以降の歌詞を、いや、この部分以外、歌詞もメロディーも、そもそもタイトルすら覚えていないからこその暴挙。
この歌はここだけ歌えればいいやという意思表示。
投げ捨てられ、地面に激突したマイクが粉々に砕け散る。
カラオケで行えば、店舗ごとマイクを破壊し、自分以外の周囲の人間の命を犠牲にする絶唱。
ハスターの魔力を帯びた、クラウディウスの頭脳だけを標的にした音波兵器。
それは速やかに硬い頭蓋に収められた柔らかな脳細胞を尽く破壊し、アンチクロスが一人、クラウディウスを絶命させた。
―――――――――――――――――――
うん、正義完了。
流石はあたし、JASRAC回避の歌詞崩しもクールだね。
最初は移動中に前の雑談を思い出しちゃってカッとなっちゃったけど、死体も残ってるし。
んー、でも、ちょっと綺麗すぎるかな。
適当に追加で蹴りを入れて。
アバラと腕も折っちゃえ。
「よし、もっと辱めてやろう」
服も刻んでー、局部モロだしだけど、出てる部分は青黒くしたり、洗ってないケダモノっぽく毛も生やしてー。
魔術の反動で腐ってるっぽいとかもいいな。
どっちかっていえばティベリウスの担当だろうけど、お兄さんを連れてこうって発想からして腐ってるし、これくらいどってことないよね!
待てよ、全身の骨格を弄るとか、どうかな。
こう、半ば犬! みたいな前傾で。
どうせ大十字はこいつの姿見たこと無い筈だし、ちょっと異形っぽい外見にしてやったほうが強敵っぽくイメージできるかも。
脳味噌マックシェイクバナナにしちゃったし、台詞もこっちであてがわないとな。
『グーラグラグラ! オレ様はブラックローッジの大幹部、風のクラウディウス様だ!』
みたいな、解りやすいやつ。ロの後の伸ばす部分は上がり気味の発音で。
出身地は昭和新山、弱点は髭を抜かれるとまっすぐ走れなくなる。
そして一人称がオレ様。
名前を言う時にも様をつけるという事は、つまり遠まわしに一人称が名前という事になるまいか。
人型でも犬型でもない形に改造して辱めて、クラウディウスの最後に萌え要素を付け足し、最後に大十字にも解りやすい親切設計、流石あたし……やはり天才か。
あ、耳から脳みそが垂れてきた。
さっきの悪魔のシンフォニーでいい感じに脳味噌だけシェイクしたと思ったけど、鼓膜も破っちゃってたかー。
……む、耳からどろっと脳細胞とか、もしかしてリョナ要素?
最近はジャンプでも妊娠→強制出産→衰弱死でリョナが成り立っちゃうし、油断は禁物かな。
よし、耳栓しとこう。
お兄さんを変な属性に目覚めさせたらいかんし。
後は目と耳を片方ずつ……と。
《美鳥ー、そっち終わったかー?》
脳内に通信。お兄さんだ。
《うん、ちょっと辱めてるとこ》
《そうか、程々にな。終わったら合流だ。ティベリウスがそろそろアリスンのとこに到着するから》
む、もうそんなに進行してたのか。
少なくともアリスンが居る以上、その避難所の連中がティベリウスの餌食になる事はない。
でも、今のあたしたちにはティベリウスの力が必要なので、あっさりと殺されてもらう訳にはいかない。
《おけ、ちょっと速攻でこの犬再起動して向かうわ》
あたしは妖蛆の秘密の記述を起動し、急ピッチでクラウディウスの死体の改造を始めた。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「やってくれるじゃないの、ボクちゃん……アンタ、魔術師の才能があったのね?」
へし折れた鉤爪を眼前に持ち上げ、薄く笑うティベリウス。
「……」
相対する、短髪を逆立てたサングラスの少年、アリスンには、アンチクロスに対する恐怖は微塵も感じられない。
ポケットに手を突っ込み、すっと背筋を伸ばしたままティベリウスの言葉を聞き流している。
無関心だろうか。
いや、彼の後ろには、同じ教会で生活する少女達が、シスターが居る。
元の、常の歴史であれば教会に保護される筈だったアリスンは、TSすること無く生まれ落ち、救いを得ること無くブラックロッジに囚われ、最強のアンチクロス『ネロ』へと改造された。
では、教会に居るアリスンは一体何者なのか。
別人、ではない。
彼もまたアリスンなのだ。
ティトゥスが戯れに日の本の少女と融合させられたように、母親の胎内にいる頃に干渉を受け、二卵性双生児として生を受けた少年と少女。
生まれでたその瞬間に、双子の片割れはムーンチャイルドの素体とするために浚われ、母親は殺害され、ただ一人生き残ったのがこのTSアリスンであった。
未熟児であり、呼吸すらせずに仮死状態であった為に見逃された男児は、親類からは忌み子とされ、疎まれ続けた。
名も与えられず、少年は浚われた少女に与えられる筈だった名前、アリスンという名で御座なりに定義される。
少年はそれを否定しなかった。
自らに冠されたその名前だけが、自分が独りきりで生まれてきた訳ではない証だから。
アリスンには碌な食事も生活環境も与えられず、しかし、何故だか健やかに成長を遂げていく。
それは、彼の出生に邪神が関わっていた事に秘密がある。
アリスンには、この字祷素宇宙の外から来た存在を参考に、ある一つの概念を組み込まれていたのだ。
人を強くする概念、『姉』の『弟』であるということ。
人から始まり、獣を超え、いつしか神に並び、神を超える事を理想とする『弟』という概念。
それは、『姉』という存在が居なくとも、アリスンの命を支えるには十分過ぎる程の生命力を与えていた。
人間とは思えない程にすくすくと大きく成長したアリスンを、周囲の人間は持て余した。
本人に下手に文句を言う訳にも行かず、かといって身近に置いておくには不気味過ぎる。
そんな周囲の感情に気がついてしまう程度には、アリスンは鈍くなかったのだろう。
保護者の元を離れ、身一つで各地を転々とするアリスン。
船に密航し、汽車に隠れ潜み、人ごみに紛れ、いつしかアリスンは自らの異常性を隠す術を身につけていた。
突出した力は排斥される。
身にしみてそれを理解していたアリスンは、旅の中で必死にそれを身に付けたのだ。
だが、世間は何の力も持たない少年が一人で生きていけるほど生易しいものではない。
アメリカはアーカムにたどり着いたアリスンは、遂に教会の前で行き倒れる。
そこが、リューカ・クルセイドの運営する非合法の孤児院兼教会。
リューカは、アリスンの事情を殆ど知らない。
だが、リューカは衰弱しきったアリスンの瞳に『孤独』を見た。
アーカムにはありふれた色の感情。
しかし、リューカはそれを許すことができなかった。
戸惑うアリスンを、強引に孤児院の保護下に置いてしまったのだ。
そんなリューカに呆れる二人の少女、ジョージとコリンも、女手ばかりの教会にアリスンが住まう事に異議を唱えなかった。
同じ教会で住まう事になり、アリスンはリューカの優しさも厳しさも真っ直ぐに受け止めた。
自分を振り回す、姉妹の様に仲の良いジョージとコリンの信頼も、からかいも。
彼女たちの目には、自分に対する奇異の視線も、恐怖の感情も無い。
ただ、家族として受け入れ、家族に向けるべき様々な感情をぶつけるだけ。
アリスンにとって、それは生まれて始めての事だった。
ティベリウスの美貌が、徐々に変化、いや、変形し始める。
怒りの感情が、死体の表情操作を誤らせているのだ。
「アタシ達の側に来ていれば、お仲間になれたかもしれないのにねぇ」
ティベリウスの言葉、仮定はアリスンには何の意味もない。
アリスンの家は、アリスンが傍に居るべきは、こちら側のみ。
アリスンの、彼の家族、彼の『姉』である、リューカ、ジョージ、コリンの居る教会以外に、彼の居場所はありえない。
「でも、もうダメ、あんた、アタシを怒らせたわ。歯止め効かないわよ、アタシ?」
ボギン、ゴキン、と、ティベリウスの骨格が変形し、足の長い昆虫にも似た不気味なシルエットへと変化する。
成人男性を大きく上回る体躯に、頬が裂けて乱杭歯をむき出しにした顔。
蛆の湧き出す股間の肉槍は、まるで毒蜂の針の如くいきり立つ。
アリスンの目には、それが、自らの姉を狙う凶器に映った。
「死ぬまで犯し抜いてやらァ、バラガキィィィィィぃぃッ!」
全長四メートルにはなろうかという異形へと姿を変え、跳びかかるティベリウス。
その姿に、アリスンは慌てること無くポケットから手を抜き、上着を脱ぎ捨て、構える。
サングラスの奥の瞳には、姉を狙う怪物に対する怒りと共に、哀れみの感情さえ浮かんでいた。
そして、口元には皮肉げな笑顔。
「今日はでかい奴の厄日だねぇ」
ボッ、と、硬いタイヤを叩くような音と共に、アリスンの身体が膨張する。
アリスンの、姉であるネロの魔術的才能に匹敵、いや、ある意味では軽くそれを凌駕する異才。
その力の名を、筋力操作。
直向きに生き続けてきたアリスンの生き様を示すような、単純で、純粋な力の発露。
人の世に紛れるために隠し続けてきたその異形を晒すことに、もはやアリスンは一筋の抵抗も感じていない。
愛しい『家族』達を、大切な『姉』を守るためであれば。
アリスンの前に跳び出そうとした姿勢のまま、呆気にとられるリューカ。
そして、変わらぬ笑顔を向け続けるジョージとコリン。
「やっちゃえ、アリスン!」
二人分の声援。
それに無言のまま、拳で返答するアリスン。
打ち出された拳は大気の壁をぶち破り、襲い掛かるティベリウスを通路の端まで吹き飛ばした。
続く。
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ティトゥスが死んでクラウディウスが死んでティベリウスがたぶん死んだ、説明多めの第六十七話をお届けしました。
大体ですね、今回は難産でした、なんて気軽に言いますけど、出産なんて苦しくて当たり前なんです。
就業先に産婦人科を希望する医者が少ないのだって、出産が必ずしも一般のイメージ通りに確実に成功させられるものでは無いからだって言われてるじゃないですか。
だから、EVOLと宇宙海賊が予想外に面白くて、SS書く時間を再視聴にあてたりなんかしてないのです。
うそじゃないよ、ほんとだよ。
シンフォギアのキャラソン聴いてテンション上げてたら仕事後の自由時間使い切ってたとかも無いよ。
三月二十八日発売のキャラソン4が超楽しみだったりしないよ。ほんとだよ。当日は仕事終わったらまっすぐメイトに買いに行くけど。
いや、リアル話、資格取得の為に実地で研修とかあって普通に執筆時間が取れないってのが理由の七割でして。
研修は普通にやりがいがあるんですが、その後のレポート作成がですね、テンション下がるというか。
詳しく書こうとするとSS書いてる時の癖で長ったらしくなるし、シンプルに書こうとすると仕事中の癖で紙面が余るしで手こずります。
来週もそれで有給が2日くらい潰れますし。
そんな訳だから自問自答コーナーだって短めです。
Q,で、結局TSティトゥスは何者?
A,花組のスタア。
回想シーンの内容とか考えると時系列が明らかにおかしいですが、ここの周はニャル様が人為的に後に生まれる子供の選定やら歴史の改変やらを行なっているので、わりかし歴史に狂いが生じてます。
覇道財閥を作る上で必要な部分は改変してないので次の周の覇道財閥立ち上げには問題ありません。
Q,RS……。
A,まあ、二次創作SSですし、解釈はあれこれあっていいんじゃないでしょうか。
ていうか、たぶん元ネタの方でもそんな感じの理屈ですよね?
ちなみに主人公が不完全な理論で安心してるのは半ば現実逃避です。
Q,肉体を取り込まないのは? 口から摂取したのは?
A,取り込む意義が欠片も見いだせなかったから。口から摂取は、直前に大十字に対してあれな接し方でしたから、歌舞いた振る舞いをしたかったのではないしょうか。
Q,こなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(訳:すいません、JASRACの者ですが……)
A,ゆきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ(訳:歌詞カード見てくださいよ歌詞カード。こんな語尾を伸ばした歌詞が存在するわけないじゃないですか、ノーカンですよノーカン)、いええ。
Q,こんなのかぜぽじゃない! 俺の、いや、むしろカツキのかぜぽは、もっとこう、なぁ!?
A,はい、かぜぽというよりTSクラウディウスです。むしろ獣です。なにしろデモンベイン世界基準の異種族な上、アンチクロスに所属しちゃう様な娘ですから。
名前を呼ぶ時きっちり漢字表記なのは、元ネタよりも人里に慣れているから。
ちなみにここのかぜぽが子供を作った事があるかどうか、それは個人の趣味の問題だと思います。
でも、再登場の無いキャラなんだし、人里で見込みのある雄を見つけては子供を作ってるとかの方がネタ的には美味しいと思うんですよ。
ちなみに種族に関してはたぶん元ネタ準拠。クトゥルフ神話TRPGって、普通にオオカミ男とかデータがあるんですよね……。P230のエネミーデータを改変で。
Q,結局アリスンって?
A,強さよりも先に『姉』に憧れるようになったのだ!
ニャルさんが白の王を作ろうとしている中で生まれた試行錯誤の一つ。
主人公と同じく弟という起源を持ち、姉の為ならほぼ無限にパワーアップできそうな気がする。たぶん。
ぶっちゃけ、某B級妖怪な弟さんとの共通点は一部発言と真面目さと外見だけ。
心根の優しさはむしろ正統派主人公レベル。
最終的に、筋肉と魔術があまり関係ないことに気がついたニャルさんの手によってこのデータは抹消される。
ニャルさんだって、疲れて馬鹿になることがあるんだと思います。
Q,ティベリウスは?
A,次回冒頭で。戦闘シーンとか無いですし、あっさり流します。
Q,説明臭いです。反省してください。
A,ごめんなさい。反省します。てへぺろするんで許してください。
今日の自問自答は短めと言ったな。
あれは嘘だ。
いえ、嘘というか、書き上がった直後になるとどはーってなって、書いてる途中に注釈付けたほうがいいかなーって部分も頭から抜けてしまうんです。
でも今回は注釈入れとかないと不味い部分があるから頑張るかー、とか思って書いてると、書いてる最中にどんどん脳味噌が書いておくべき部分を思い出すというか。
このTS周を書いての反省点とかもこのタイミングで書くのが一番実感湧くんですが、折角次回でTS編終了なんで、反省点に言及するのはそこで。
ていうか自問自答パートはまるまるTS編の反省会に使うと思います。
つか今回後書きクソ長いですね。これだとここに関係ない事書いても気づかれなさそう。
右浪清っていいキャラしてますよね。詰みまの続きはまだなんでしょうか。
個人的には温泉女王と温泉にのミギーが大好きです。誰かナミキヨさんでSS描かないですかね。MUGENのストーリー付き動画でも一向にかまわないんですが。
猫大好き。
そんな訳で、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、簡単にできる文章の改善方法、矛盾点へのツッコミ、その他もろもろのアドバイス、そして何より、このSSを読んでみての感想を心よりお待ちしております。