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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」
Name: ここち◆92520f4f ID:81c89851 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/25 10:11
アーカムシティには、数十年前から魔術災害により人が踏み入る事も儘ならない焦土と化した区画が存在する。
重度魔力汚染地帯、第十三封鎖区画、通称『焼野』
常人が足を踏み入れればただでは済まないそこは、身を隠したい者たちからすればうってつけの隠れ家となりうるのだ。
『焼野』の瓦礫の山に埋もれるようにして、その巨大な建造物は存在する。
『夢幻心母』これこそが、ブラックロッジが拠点にして移動要塞である。

その夢幻心母内部の一室にて、ブラックロッジの大幹部、逆十字(アンチクロス)が一同に会していた。
一部を除きそれぞれが各地で好き勝手に動き回っている逆十字が集まる事は滅多に無い。
それこそ、先の大導師の招集が無ければ、全員に集まるよう呼びかける事も難しかっただろう。

もちろん、各々に他の用事がある所を引き止めての招集であるため、声をかけたアウグストゥス以外の心象は良くはない。

「んで、一体なんの用だよアウグストゥス。『C計画』も始まる大事な時期だってのに、大導師様に内緒で僕等全員集めるなんてさぁ」

特に、ストリートファッションに身を包んだ少女、魔導書『セラエノ断章』の契約者たるクラウディウスなどは最たるものだ。
苛立たしげに話の先を促すその姿からは強い苛立ちが感じられる。
とはいえ、彼女の機嫌が悪いのは今に始まった事ではなく、原因も他のところにあるのだが……。

「左様。『逆十字』総てを召集する意味を問う」

「そうそう、ちゃっちゃとタントー直入に話してよねん。アタシ、今は脳味噌入れてないから面倒な話は苦手なのよう」

苛立つでもなく、面倒くさそうに話の先を促すのみの二人、『屍食経典儀』の契約者ティトゥスと、『妖蛆の秘密』の主ティベリウス。
彼女達の態度はクラウディウスのそれとは対照的で、無感情という程でもないが、それぞれの顔に浮かぶ表情(ティトゥスは編笠に隠れて見えないが)と雰囲気はほぼ平常通り。
ここに集められた事にも引き止められている事にも、何ら強い感情を抱いている訳ではない事が伺える。
彼女達の問いに、胸元を肌蹴たスーツ姿の女性、アウグストゥスは重々しく頷いた。

「ほむ……ならば、まず私から尋ねよう。諸君は、最近の大導師の行動に不審なものを感じぬかね?」

「不信、ねェ……」

爪を弄り、気のない返事のティベリウス。

「そもそも、大導師殿を信じてたコなんて、アタシ達アンチクロスの中に居たかしら」

ケタケタと笑うティベリウス。
だが、それに対して眉を顰める者は一人として居ない。
ティベリウスの言葉が事実の一側面を正確に捉えていたが故に。

「茶化すな、ティベリウス。……考えてもみるがいい、『アル・アジフ』の対策をウエスト如きに託す愚行。覇道邸の中途半端な襲撃命令、入手した『アル・アジフ』の断片の杜撰な扱い」

アウグストゥスはそこでじろりとティベリウスを睨めつけるが、ティベリウスは握りこぶしで自らの頭をコツンと叩くジェスチャーをしながら、ウインクと共に紅い舌をペロリと出すだけで怯みもしない。
悪びれた様子もないティベリウスに小さく舌打ちをし、視線を戻す。

「そして『C計画』の発動に『アル・アジフ』を必要としないとおっしゃり、そして自らの勅命で潜り込ませていた密偵を無為に殺害した……」

目を瞑り、軽く頭を振るアウグストゥス。
大導師自らの手によって始末された大導師子飼いの部下、鳴無兄妹の実力を、アウグストゥスは高く評価していた。
覇道邸襲撃事件でのティトゥスとの敵対は、それこそティトゥスが鳴無兄と出くわした時点で起きてしかるべき出来事だった。
それ以外の行動も、マスターオブネクロノミコンの信頼を得るには十分でありながら、こちらの目的を完全には妨害しない、という意味で言えば、見事なバランス感覚だったと言えるだろう。
あのまま密偵として相手側で信頼を持たせ続けてれば、マスターオブネクロノミコンを殺害し、『ネクロノミコン』を持ち帰らせる事も出来た筈だ。

アウグストゥスには、あれらが大導師に忠誠を誓っていた訳ではなく、単純な利害の一致から下にいるというだけの関係に見えていた。
計画の途中で仮にトップがすげ変わったとしても、ブラックロッジに所属する旨みさえ残しておけば、誰がトップであったとしても変わらない働きが期待できた筈だ。
ともすれば、不測の事態に備え、アンチクロスの代役を任せる事もあり得たかもしれない。
良からぬ企を抱えるウェスパシアヌスや、ブラックロッジよりも故郷の一族に帰属意思のあるクラウディウス辺りの代わりに儀式で代役を務めさせるプランも存在した。
扱いやすく、高いながらもアンチクロスには届かない実力を持つ鳴無兄弟は、アウグストゥスにとって実に魅力的な手駒であり、始末するのはクトゥルーを制御下に置いてからでも十分と考えていた。
それがまさか、大導師自ら手を下すことになるとは。

「うん、そうだよね。せっかく、出来のいい雄を見つけられたと思ったのに……」

アンチクロスとしての口調ではない、素の口調で尻すぼみな言葉を吐きながら、しかしクラウディウスの周囲には、小規模な暴風が渦巻いている。
大導師の決定に歯向かう程に力の差を弁えていない訳でもなく、しかし納得仕切ることが出来ないクラウディウスの感情が、そのまま力の奔流として溢れ出しているのだ。

「クラウディウスの言はともかく、確かに確かに、あの危険な『C計画』を成就させるには、あまりにも無謀で粗雑ではあるやな。これではまるで……いや、まさかなぁ……」

鳴無兄妹が始末された直接の原因であるウェスパシアヌスは、胡散臭いほどに白々しい態度で首を捻る。
だが、誰もそれに気付けない。
大導師マスターテリオンの前でだけはオドオドとした態度を取るウェスパシアヌスではあるが、基本的にそれ以外の場所では、何をしていても大仰で胡散臭い為、普段通りの態度にしか見えないのだ。

「御託は無用だ、本題を話せ」

ティトゥスが先を促す。
アウグストゥスが何を言わんとしているか理解していながら、決定的な言葉を引き出す為に。
ティトゥスだけではない。
残るアンチクロスの全てが、秘めた感情、秘めた理由を異ならせながら、同じ結論を得る為に、黙ってアウグストゥスの言葉に耳を傾けている。

「ならば問う。真に大導師マスターテリオンは、『C計画』の実行者たるに相応しいか否かを」

アウグストゥスは寄せられた視線を浴び、口の端が釣り上がりそうになるのを堪えながら、静かに背信の言葉を口にした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

あの事件の数日後、卓也と美鳥の訃報を届けるために、アーカムにおけるあいつらの自宅であるアパートの一室へと脚を運んだ。
一人残されていた筈のあいつらの姉、鳴無句刻の姿はそこにはなく、部屋は蛻の殻と化していた。
部屋の中、僅かに残された不用品と思われる品々。
備え付けと思しき棚、棚の上に畳んで置かれていたすりきれたジーンズにデニムのチョッキ。
部屋の片隅に寄せられた、赤いヘルメットと、ひらがなで『ど』その下にカタカナで『カ』と太字で書かれた作りかけの看板。
誰に宛てられたものか、机と椅子に乗せられた花瓶に、萎れかけた金蓮花。

彼女の行方を探るのは、覇道財閥の力をもってしても難しいらしい。
よくよく考えてみれば、あの二人の姉をしているのだから、一角の魔術師である事は疑いようもない。
二人の死を察知して、安全な場所を求めてアーカムを離れたか。
…………結局、私は二人を目の前で殺され、その事を誰かに咎められる事すらできていない。

自宅のリビングでソファに寝転がり、窓の外を見る。
まだ昼前だっていうのに、嫌に薄暗い。
空は灰色の雲に覆われ、しかし、雨を降らすでもなく、太陽の光だけを遮り続けている。
中途半端な天気。
少しだけ、私に似ていると思う。

見習いとしては一番で、でも、一流の魔術師には届かない。
秀才で知識も豊富で、でも、実戦で活用できるほどのものでもない。
多分才能も人並み以上にあって、でも、それを引き出し切る程に経験を積んでいる訳でもない。
魔術にどっぷり浸かる訳でもなく、抜けきる訳でもなく。
力はあって、でも、やりたいことができるほどの力じゃあない。

「ふむ、大した銃だなこれは。デウス・マキナと同じ理論を以てして造られておる」

アルが、卓也と美鳥の銃を机の上に並べている。
紅と銀、持ち主の居ない二丁の拳銃。
もしも私が、本当に何の力も持っていない、普通の女だったら、卓也たちはあそこまでして戦おうとしただろうか。
私が、変に何かができると思われてしまう様な力を持っていなければ、逃げに徹してくれただろうか。
もしかしたら、卓也達は、死なずに済んだんじゃないか。
逆に、もっと私が強ければ……。

一瞬だけ、そんな事を考えて、身震いする。
なんだそれは。
あんな、いつか見たアンチクロスの鬼械神がおもちゃに見えるような激しい戦いを繰り広げていたのを忘れたのか?
あんな戦いの中で、私一人が少しばかり強くなって、何ができる。
そもそも、このまま戦い続ける意味があるのか?
卓也と美鳥はアンチクロスの介入を防ぐ為に、私を前に押し出す形で力を貸していた。
戦い続ければ結局、最後にはアンチクロスとも、もちろん、マスターテリオンとも戦わなければならない。
勝てるのか?
この間までは、いざとなれば卓也も美鳥も力を貸してくれるとタカをくくっていた。
でも、もう、二人は居ない。
シュリュズベリィ先生だって、今すぐに世界中の怪威を鎮めてアーカムに戻って来られる訳じゃない。
矢面に立てるのは、もう、正真正銘私一人。

格上しか居ない、並んで戦える味方は居ない。
こんな時、どうやって、私とアルだけで戦えばいい。
お前なら、そんな戦い方も、教えてくれたのか?

「卓也……」

会いたい、逢いたい、あいたいよ。
でも、もう無理なんだ。
私が、私が不甲斐なかったばっかりに、あいつは居なくなってしまった。
私のせいで……。

―――――――――――――――――――

死んだ仲間の名を呟きながら、ソファの上で膝を抱えて丸まってしまった主を、魔導書の精霊であるアルは沈痛な表情で見つめている。
────これこそが、妾の主となった者の運命。
千年の時を、闘争と邪悪と狂気だけで駆け抜け続ける魔導書『アル・アジフ』
戦う術を与えるために、命すら対価として削り続ける異形の知識の集大成。
自分に、いや、魔導に関わる全ての者が辿る末路。
あの兄妹は、ごく当たり前に魔術師としての流れに乗ったに過ぎない。
如何にあの兄妹が人として、陽の光の下で生きているように振舞っていたとしても、それは決して逃れ得ぬ定めなのだ。
だというのに、

「…………くっ」

胸を締め付ける痛み。
重苦しい空気はまるで本当に重さを増してしまったかのように息苦しさを与え、居心地が悪い。
まさか九郎の隣で、こんな不快な思いを抱く事になるとは。
自分では、この空気を、九郎を、癒す事は出来ない。
駄目なのだ。
闘争と邪悪と狂気で生の全てを満たしてきた自分では。
闘争に邪悪に狂気に浸り、しかし、それでも人で有ろうとした、奴等でなければ。
自分の感じていたあの暖かな心はきっと、悪夢の狭間で見た、一時の幻想にしか過ぎないから。
自分と同じ、一炊の夢、僅かな慰め。
ひとの形をした幻でしかない自分では、九郎の隣に立つことも、抱きしめて温めることも出来ない。
幻想である自分の中の温かさも、やはり幻想でしかないから。

「……っっ、おのれ……」

それが魔術師の宿命であるとしても、思わずには居られない。
何故だ鳴無卓也。
何故、我が主を残し、お主は死んだのだ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「あたしゃここにいるよ……ていうかハブにすんなよマジで泣くぞ」

「どうした美鳥、頭でも沸いたか?」

今さっきまで大人しく本を読んでいた美鳥が唐突に呟いた一言にツッコミを入れる。
今に限らず、こいつは時々おかしな事を言う。
普段は気立てがよく器量よしでスタイルも派手ではないけどバランスが取れていて、ふざけながらも大事なところは理知的で計算高く抜け目もない素晴らしいサポートなのだが、困ったものだ。

「や、別段そういうわけじゃないんだけどさぁ。あたしだって大十字にフラグ立てたいわけでもないし」

「ああ、また覗きか」

察するに、地球に残された知人連中の脳内モノローグでも盗み読んでいたのだろう。
感応の魔術と金神の異能のちょっとした応用だが、精神的に隙の多い相手であればたやすく思考を読み取る事ができる無駄な小技。
この術の最大の特徴は、ターゲットの位置さえ把握していればいくら距離が離れていても、仮に時空を隔てていても思考をリアルタイムで読み取ることが可能な点だ。
覗かれる方もこの術を使えれば俺と美鳥の様な双方向通信が可能なのだが、金神の力が必要というハードルが高すぎて一般の人間に使用者は居らず、普及の目処は永遠に立つことはない。

「うん、あっちの方で話がどんくらい進んでるか確認しとこうかと」

「ふぅん」

言いながら、体内時計を確認、図書館に篭って五時間程が経過している。
姉さんもいい加減昼寝を終えて目を覚ましている頃合いだ。
読みかけの一冊を閲覧用の机から持ち上げ、財布から貸出カードを取り出す。

「そろそろ戻るぞ」

「あ、待って待って、続きも持ってくるから」

慌てた様子でガタガタと音を立てて椅子から立ち上がる美鳥。
近くの本棚から読みかけの一冊の続巻を取り出し、小走りに俺の隣に並ぶ。
巨大な、それこそ使用する生物が多様な大きさであることを如実に示す様々なサイズの本棚の間を歩く。

「進行の確認ってもな、そこまで細目にチェックする必要もないだろ。失敗したら失敗したでいい経験だ」

「いや、あたしメインで死を惜しんでる感じのがいるかなーって」

「居たか?」

「そもそも、あたしらが死んでる的な情報って、あんまり出回ってないっぽい」

両手を広げ、オーバーに肩を竦めてみせる美鳥。

「まあ、そんなもんだろうな」

知人が居なかったわけでもないが、魔術関連での知り合いは同じ陰秘学科の顔見知り共と教授連中、シュリュズベリィ先生を除けば、覇道の一部スタッフ程度。
あの場で大導師との戦闘が行われた事を知らされていない連中には、死亡ではなく失踪とかそんな感じで伝えられているのかもしれない。
……そもそも今周に限らず、魔導方面では知り合いが増えないんだよなぁ。
ブラックロッジの連中が俺らの死を惜しむとも思えないし。

「あ、でもあのサイボーグ拳士は遺影作ってた。あたしとお兄さんがこうガッツポーズ取って『いえい!』ってやってる写真で」

「戻ったらあいつの持ち物から、座布団になりそうなアイテム全部没収だな」

あいや、大導師の用意してくれた『旅のしおり』の予定表通りに進めるなら、俺の顔を知っているブラックロッジ社員は大十字と接触する前に皆殺しにするんだから、わざわざ荷物を漁る必要もない。
丁度フィードバックも完了しているし、ここらで一つ不純物(生身)を排除した同型の完全義体でも作って始末させるか。
そもそもが気まぐれと暇つぶしで改造実験を続けていたわけだが、やはりあれでは『駄目』だ。
『どこにでも居る誰か』が、努力やら何やらを積み重ねて強くなる、というのは王道だが、まず開始時点でブラックロッジの底辺で管を巻いている、というのが悪い。
やっぱり人間を改造するなら、それまでの人生が光り輝いているタイプか、コンプレックスやら劣等感で泥々なタイプでないと、爆発力に欠けるというか。

「改造人間で最も重要な要素って所謂『人間力』ってやつなんだろうなぁ」

「毒島のところの首領も似たようなこと言ってたしなー。明確な意思とか指標が無いなら、生身なんて余分も同然ってか」

言いながら、貸出コーナーに貸出カードと借りる本を置くと、何故かはっきりと視認出来ない、黒くて丸っぽい感じの受付さんがそれらを受け取る。
この黒っぽい何かさん、基本的に直視できると死亡判定を行わなければならないタイプのひとらしいので、はっきりと像が結べないのは受付をする上での気配りの一種なのかもしれない。
胸元?には『研修』と書かれたプレートが取り付けられている。
本来この施設は円錐状の生物が管理している筈なのだが、新しい人材(人?) を雇い入れようというのは良い試みだと思う。

ちなみに、俺が出した貸出カードは元の世界で使っていた隣町の中央図書館のものであるが、なぜかこの図書館でも普通に使う事ができた。
次いで、バーコードリーダーを本の背に貼りつけられたバーコードに押し付け読み取る。
使われているバーコードは、信頼と伝統のバイオバーコード。
古代バーコード文明の起源は、このセラエノ大図書館から払い下げられた古書についていたバーコードが発端であるとか無いとか。
流石は天下に名高いセラエノ大図書館、懐が広い。

―――――――――――――――――――

大図書館から鬼械神で徒歩数分の位置に構えたキャンプ地に戻ると、美味しそうな香辛料の香りが漂ってきた。
大きめのテントの前で、祭りの屋台が使うような大型コンロに載せられた大鍋を、姉さんが真剣な表情で掻き混ぜている。
口ずさむのは歌ではなく呪文、今にもカレーから戦闘員の集団が生み出されてしまいそうな呪力。
しかし、長年姉さんの料理を見てきた俺の目はごまかせない。
あの呪力の向かう先はカレーのルーにあらず。
その矛先は、カレーのルーに潜む、飴色に炒めらた玉葱。
飴色に炒められた玉葱はルーにコクを与える。が、姉さんが『本気のカレー』を作る際、そこには誰にも真似できない秘密の一味が加えられる。
元の世界では可能な限り不思議パワーに頼らないという縛りのせいでそうそうお目にかかれない、姉さん秘伝のキー・オブ・ザ・グッド・テイスト。

「お帰りなさい。卓也ちゃん、美鳥ちゃん」

俺と美鳥に気がついた姉さんが鍋をかき混ぜる手を止めずに顔を上げる。

「おー、なんか気合入ってる? 今日のカレー」

「ええ、今日は久しぶりに晴れたから、少し豪華にしようと思って」

姉さんの言葉に空を見上げる。
周囲の金属性の霧は先に退かしてあるのだが、空は金属雲で覆われていた筈だ。
が、如何なる気候の気紛れか、キャンプ地だけでなくこの周辺一帯の金属雲は綺麗に消え去り、空はこの星の大気の色を鮮やかに映している。
なるほど、普段の少し陰気な雰囲気が印象に残っているせいもあってか、この光景は心に響くものがある。
図書館内部に間借りするのではなく、あえて外でのキャンプにしたのは、こういう状況を見越してのものだったか。

「なにか手伝う?」

「おさる出して洗っておいてくれると嬉しいなぁ」

おさるとな。
さる、さる、さる……。
しまった、猿を使用する場面が思いつかなかったから、複製できる猿の死体が存在しない!

《もしかして、人間でも代用できるんじゃね? グラドス的に考えて》

《毛の抜けた猿! そこに思い当たるとは、やはり天才……》

美鳥の脳内通信によるナイスアシストを褒め称えつつ、手頃な人間の死体を取り出そうとして、ふと姉さんに問いかける。

「姉さん、取り出して洗うのはいいけど、何に使うの?」

「もー、カレー盛るに決まってるでしょ」

苦笑交じりの姉さんの返答。
おさるにカレーを盛る。
転じて、人体にカレーを盛る。
ちらりと、かまどにかけられた飯盒3つに視線を向ける。
カレーのルーだけではなく、ナンで食べる訳でもない。
なるほど、前衛的な画が生まれそうではないか。
これで、まず最初に男は完全に候補から除外された。
この時点で候補は二人。
フーさんか、エンネアか。
地球起源種であり、祖先に間違いなく猿が存在するのはエンネアだろう。
が、フーさん含むフューリー連中の遺伝子情報は人類と生殖行動に及び子を成せるほどに似た構造を持つ、祖先に似た生物が居る可能性は高い。

カレーはそろそろ完成するし、サイトロンは数分後にご飯が炊き上がる未来を俺に見せた。
どちらを使うかはともかく、先ずは二人の死体を複製。
美鳥と共に消毒液と布巾を用いて、無心に全裸のフーさんとエンネアの死体を清掃。
死後硬直で柔らかさを失い、冷たくなった二人の身体の隅々まで布巾で拭う。
何処に盛るか分からないので、首から上以外の体毛はレーザーで毛根ごと焼き捨て、脇の下、尻の合間、直腸、陰唇、膣を丁寧に清掃していく。

「…………」

「…………」

無言のまま、無心にフーさんとエンネアの死体を洗い続ける俺と美鳥。
なんだろう、この不思議な感覚は。
全裸の二人の死体を洗っているだけだというのに、俺の精神は今にも宇宙の真理の一つや二つ悟ってしまいそうな状態にある。
いや、はっきりと、俺たちは一つの悟りを得た。
そう、そうだったのだ。
俺たちが取り出し、洗うべきは、『お皿(おさら)』であって、『お猿(おさる)』ではない。
あれは、少し寝ぼけたままの姉さんの呂律が回っていなかっただけなのだと。

俺と美鳥は、二人の死体を川に放流し、改めてカレー皿を複製した。

―――――――――――――――――――

プレアデス星団、地球から見ておうし座の一角を飾る、恒星セラエノ。
その第四惑星には旧支配者の秘密の知識を始めとした様々な知識の集まる図書館が存在する。
あのシュリュズベリィ先生も一時期あの図書館でビバークしていたらしいのだが、俺たちもそれに習ってこの惑星に避難させてもらっていた。
地球から数えて約四百光年と手頃な距離にある惑星ではあるのだが、森は枯れ惑星全土が砂漠と化し、大気は金属の霧に覆われているという、初心者の人類を徹底的に拒む邪神仕様。
大十字に死んだと思わせるために、こういった常人では辿り着くこと難しい場所に一時的に避難してみたのだが、これが意外と居心地が悪くない。
砂漠化した土地も、そもそも砂漠をメインに活動する種族がこの星に存在しない為、テラフォーミングで緑地化するのにさして手間は掛からなかった。
当然、この星を逃亡先にする魔術師もそれなりに居るだろう事を考えて、緑地化した土地には魔導技術を組み込んだ防衛用のデビルガンダムも植えてある。
金属霧や長年それらを取り込み続けた土壌に合わせて樹木の類もラダム樹をベースに改造している為、元の砂漠化していた頃よりも堅牢な作りになっている筈だ。
隕石を粒子砲で消滅させたデビルガンダムとそよぐ木々を眺めながらの食事を終え、くつろぎタイム。

「どう、図書館。結構飽きないでしょ?」

「うん、なんていうか、流石に旧支配者の知識が集う場所なだけはあるよね」

今まで取り込んできた魔導書に載っていなかった魔術や旧支配者、眷属の知識などは、後々とても有効な研究材料になる。
姉さんの言を信じれば、この図書館の最奥には窓使いの誰もが、それこそ邪神すら答えを求める『お前を消す方法』が記された特別な祝福の施されたエメラルド・タブレットすら眠っているという。
だが一番の収穫が何かと言われると、やっぱり『ぽちょむきん』の幻の最終話が載っていたアフタヌーン(禁帯出)を見つけられた事だろう。
どうせ単行本にするだけの話数が残っていないなら、これから『ぷ~ねこ』の単行本におまけで収録してくれてもいいんじゃないだろうか。
俺としては、是非にあの付録のカードでレオポン丸が欲しい。
ちなみに、美鳥は電人ファウストが連載されていた頃のコロコロコミックを数冊。
取り込んで持ち帰り、千歳さんへのお土産にするのもいいだろう。

「あとこれ、姉さんに」

「ん?」

ついでに図書館で借りることなく取り込み複製を作ってきた漫画を数冊取り出し、姉さんに手渡す。
怪訝そうな表情でそれを受け取った姉さんは、表紙を見た瞬間、パァァ……! と効果音が付く程に顔をほころばせた。

「わぁ、かっとびランドだぁ! すごいすごい!」

姉さんが凄く喜んでくれているからあまり突っ込みたくはないんだけど、これがこの世界にあるって事は、千歳さんは単行本をまだ所持しているか、内容を完全に暗記でもしているんだろうか。
トリッパーがトリップする理由や、トリップ先の世界が形成される大まかな理屈は幾つも推論が出ているが、こういう部分は未だに謎が多い。
だが、突発的なトリップからの解放方法が分からない以上、多少の謎が残っているのはそう悪い事ではないのかもしれない。
そういう謎を考えるだけでも、持て余し気味の時間は削れてくれる。
命の危機を齎さない程度の謎であれば、トリップにおけるちょっとしたスパイスにもなるのだ。

「その頃のコロコロコミックは黄金時代だよね」

「いやお兄さん、折角だから言わせてもらうけど、同時期のボンボンも捨てがたいよ。この適当な必殺技のネーミングセンスとか最高だと思う」

言いながら美鳥が開いたページではファンタジーっぽくアレンジされたMS────まあぶっちゃけモビルスーツ族の人がなんたらかんたらインターネット! とか叫びながらエナジーボールっぽいものを解き放っていた。
意味を調べるでもなく、響きの格好よさだけで名前をつけることが出来たあの頃、俺たちは一体どんな明日を夢見ていたのか……。
あ、いかん、連鎖的に大量の画数の多い格好良さ気な漢字の羅列を見せつけて『なーなー鳴無ーこれなんて読むか分かるー?(発音は尻上がり気味で)』とかやってきた友人のドヤ顔がフラッシュバックしてきた。
やめろ、止めるんだ滝田君!『冥死滅鋏刺大蠍』はデススティンガーなんて読まないんだ!それ以上傷口を広げたら君は……!

ともあれ、秘密図書館とは比べ物にならない蔵書量を誇るセラエノ図書館ならば、十分に暇を潰す事ができるだろう。
俺達が再び大十字の前に姿を表すのはもう少し先の話。
大導師から貰った旅のしおりに載っている日程表によれば、俺の再登場が最も効果的な場面までに三度の鬼械神戦が起こる筈。
タイミングの方はデモンベインの機体状況をチェックしていれば直ぐに分かるし、それまではこのセラエノ系第四惑星で束の間のアルティメットインフィニティサンデイを過ごすとしよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

鳴無一家がセラエノ第四惑星でバカンスを楽しんでいる、その頃。
地球はブラックロッジのかつて無い攻勢により、戦火に包まれていた。
いや、戦火に包まれるという表現は、ブラックロッジに対抗しようとする側に対して過剰に贔屓目を持たなければ使うことはできないだろう。
浮上した夢幻心母にはミサイル一つ届かず、解き放たれた無数の破壊ロボは地を、空を駆け、戦車を、戦闘機を、戦艦を蹂躙する。
装甲車のロケットランチャーですら通じない装甲を持ち、街一つを容易く灰燼と化す火力を内蔵する破壊ロボ。
量産型で些か武装の面で簡略化された部分があるとはいえ、通常兵器で対抗するのは不可能。
そんなものが、空に地に雲霞の如く犇き、一機破壊するよりも早く十機がどこからか現れる。
一方的な蹂躙。
それらに対抗する勢力も僅かに存在しているが、それでも全体の流れを変えるほどのものではない。
東の果てでは、厳重に保管されていた機動仏身が、モヂカラ使いが呼び出した折神が破壊ロボの進行を水際で抑えこむも、尽きることのない攻勢に次第に疲弊を始めている。

世界の中心とも呼ばれるアーカムシティといえども例外ではない。
いや、空に夢幻心母を浮かべられ、破壊ロボの発生源に最も近い位置に置かれているだけに、その戦況の激しさは他国の比ではなかった。

「第一軍全滅しました。現在、第二軍が破壊ロボ軍団と交戦中。こちらも全滅は時間の問題と思われます」

アーカムシティ地下、覇道財閥の擁する戦闘司令室に、執事兼オペレーターのマコトの僅かな焦りを含んだ報告が響く。

「これで、ワテらに残された手札はデモンベインだけちゅー事になる」

戦況の報告はただこちらの戦力が削られていく様だけを淡々と伝えてくる。
あの数の破壊ロボが相手では、軍隊ではどうしようもない。

「くっ……大十字さんは、大十字さんは何をしているんだ……!」

焦りと苛立ちの篭った瑠璃の呟き。
いや、そもそも、破壊ロボはサンダルフォンやデモンベイン以外に破壊された事がないのだから、この結果は見えていた。
現在の通常戦力は、どこまで行っても時間稼ぎ程度が限界。
この状況を覆すには、大十字九郎が復活し、デモンベインに乗って戦うしかない。
が、実質的に九郎を強制的にデモンベインに載せて戦わせる力は覇道財閥には存在せず、出来たとしても、この状況ではそもそも九郎に連絡をつける事すら難しい。
瑠璃は戦況の悪化を知らせ続ける巨大ディスプレイを見ながら、祈るような気持ちでデモンベインが召喚されるのを待ち続ける。

―――――――――――――――――――

空を飛んだまま紅の魔銃──クトゥグアで、破壊ロボットのコックピットを狙い打つ。
が、弾丸は特殊鋼の装甲により弾かれ、破壊ロボの動きを止めるには至らない。

「何を無意味な事をしておる!? こんな戦い方でどうにかなる状況か!? 無駄弾を撃つな!」

「分かってる」

アルの叱責に静かに答える九郎。
その表情は平坦で、受け答えからもまるで九郎が冷静に対処法を探しているように見えるだろう。
だが、よく見ればわかる筈だ。
見よ、額に浮かぶ脂汗を、身体の端々のこわばりを、引き絞るように一文字に結んだ唇の震えを。
大十字九郎はこの瞬間、闘いながらしかし確実に恐怖を感じている。
破壊ロボの放つ攻撃に捉えられないようにアクロバティックな飛行を行い、しかし九郎は敵に突き進むのでも弱点を観察するでもなく、ただただ無計画に逃げ回っているかのよう。
いや、まさにそのとおりなのか。

「何故デモンベインを喚ばない!? デモンベインで戦わなければ被害が広がる一方だぞ!?」

無論、そんな事は九郎にもわかっている。
生身の魔術師では、マギウススタイルの魔術師程度ではこの状況を解決することはできない。

「分かってるっての……っ!」

破壊ロボの放つビームとロケットの対空砲火を避けながら、呻く。
苦しげな九郎の表情からは内面の葛藤がありありと見て取れる。
なるほど、確かにこの状況ではデモンベインが無ければどうしようもないだろう。
デモンベインに乗って戦えば、少なくともあの破壊ロボの群れなど物の数ではない。
少なくとも、マギウススタイルのままで戦い続けるよりも余程効率的だ、
────本当に?

「っ……」

脳裏に過るのは、マスターテリオンに破壊されるアイオーン。
少なくとも片方は、手を伸ばせていれば、駈け出して庇うことが出来ていれば守れたかもしれないのに。
非論理的な思考だという自覚はある。
あの時と今とでは状況が違う。マスターテリオンを相手にしなければいけないわけじゃない。
理屈ではそうだ。
だが、理屈だけでは動けない。
九郎を縛る鎖は、もっと根源的なものであった。

「…………九郎、あれを見よ」

場にそぐわぬ程静かなアルの声に、九郎は空を見上げる。
巨大な鋼鉄の塊──戦闘機が炎を上げながら墜落し、ビルに突っ込んだ。
戦闘機はビルに激突し、辺に更なる爆炎を吹き散らす。

「う…………」

空を飛び、視覚も強化されている九郎の瞳は、確かにそれを目撃する。
紅く染まったキャノピー、その向こう、コックピットの中で、身体の中身をまき散らして死んでいるパイロットの姿。
更にもう一機、ほぼ同じ状態の戦闘機が墜落。
爆音が響く。

「汝が迷っている間にも人は死ぬ。一秒の躊躇の間に十の人が死んでいく」

「ぐっ」

「戦え、戦うのだ。あ奴らは、汝を迷わせるために死んでいった訳ではない。奴らの死に報いる為にも、我らは戦わねばならんのだ! 九郎!」

アルの叫びに、九郎の脳裏に様々な映像がフラッシュバックする。
共に学んだ大学での日々、厳しい修行の毎日、背を預け戦った時。
……そして、無残にも重力球に飲み込まれる、あいつのアイオーン。

「やるしか、無いんだろ……!」

地上だけでなく、空をも支配し始めた破壊ロボの間をすり抜け、飛翔。
心が晴れた訳ではない。迷いが解けた訳ではない。恐れを忘れた訳でもない。だが、

こうでもしないと、あいつらが、あいつが、卓也が浮かばれない!
────だから!

「やれっていうなら、やってやるさ! デモンベイン!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

恒星の光が僅かに届く、赤い砂の星。
鉄錆を含む砂塵が舞う荒野で今、一つの戦いが始まろうとしている。
相対するはこの身を分けたサポーター、もはや妹と呼んでも差し支えない相手、鳴無美鳥。

「お兄さん、とうとうこの時が来ちゃったんだね」

「ああ、何時かはこんな日が来ると思っていた」

俺の返答に、美鳥は獲物を握った右手を左腕の肘に添え、自らの身体を軽く抱きながら僅かに切なげな表情で空を仰ぐ。
今の時間と公転周期を考えれば、あの視線の先には太陽系が、地球がある筈だ。

「今頃、大十字のやつも戦ってるのかな」

「そうだな、きっと、あいつも戦ってる」

浮上した夢幻心母から無尽蔵に湧き出す破壊ロボを相手に、空を飛べず、未だ全ての武装を解禁されていないデモンベインでは苦戦は必至。
絶望的な戦いだ。これまで、後ろから絶えずサポートを受けていた事を考えれば、大十字にとってこの状況は今までにない厳しい物に映るだろう。
でもきっと、戦いとは本来そういうものなのかもしれない。
勝てるかどうかではない。戦わなければならないから、戦う。
負けそうになっても、倒れそうになっても、隣で誰かが支えてくれる訳ではない。

「…………やろうか」

美鳥が獲物を構える。
鋒は俺に向けられ、今すぐにでも俺を貫かんとする意思が目に見えるようだ。
戦う相手は、常に隣で俺を支えてくれていた少女。
話し合いで解決できる問題ではない。
信頼し合う相手と、互いの存在を賭けて、ぶつかり合う。
それは、人生の縮図。

「…………ああ」

己の背負う何もかもを賭けて、勝利を掴み取る為に相手を打倒する、戦い。
それは、時に男の浪漫とも言われるだろう。
俺は美鳥の言葉に頷き、手に携えていた獲物──マシンを構え、戦う意思を、口訣として謳い上げる。


「チャージ三回! フリーエントリー! ノーオプションバトル!」


「チャージ三回! フリーエントリー! ノーオプションバトル!」


俺と美鳥の異なる口が互い違いに同じ口訣を唱え上げる。
右脇のチャージ台に獲物のチャージングタイヤを押し付け押し出す。
タイヤを押し付けた状態で前に押し出す事でチャージングタイヤが回転し、内蔵されたフライホイールにマシンを前進させる力を蓄積する。
実に原始的な構造の機械だ。
だが、それが機械であるのならば、俺や美鳥の心に応える力を持つ。
いや、そうではない。
このマシン──ボーグマシンを獲物とする、相棒と定める戦士であれば、誰しもが機体と心を通わせたり、通わせた心をあえて無視したりできるのだ。
そう、戦士──ボーグバトラーで、あれば!

「チャージイン!」

美鳥がボーグマシンを手放す。
互いに条件を等しくするために養殖のボーグマシンを使用している為、あまり手に馴染んでいない筈。
しかし、正式な相棒でもないボーグマシンを使用しているとは思えない、いいチャージインだ。

「チャージ、イン!」

ほぼ同時にチャージイン。僅かに遅れたが、この程度であれば誤差の範囲内。
ボーグフィールド接地直後に激突必至の軌道を飛んでいた俺と美鳥のボーグマシンは、僅かに機体側面を接触させながらすれ違う。

「ずいぶん慎重じゃないか、お前らしくもない」

「お兄さんこそ、ベッドの上での激しさが欠片も見えないぜ?」

「ぬかせ」

だが、それも当然だろう。
同じマシンを使い、互いの超能によるブーストがない純粋なボーグバトルともなれば、実力伯仲。
負ける事の出来ないこの戦い、下手な手を打つことは出来ない。

「これ以上負けを重ねる訳にもいかないからな」

「そりゃこっちの台詞だっつの」

軽口を叩き、相手の隙を探し、牽制程度に角を付きあわせ──押し合いに入る。
互いに会話だけで、精神攻撃だけで隙を作れる程の話術は持ち合わせていない。
かくなる上は、精神力勝負。

「卓也ちゃん、頑張って!」

外野から姉さんが応援してくれている。
ただそれだけの事で、俺の魂が震えている。
この勝負、負けないだけじゃなく、是が非にでも勝たなければならなくなった。
勝利の女神が付いてるんだ、負けたら恥晒しもいいところだからな。

──大十字、俺もこっちで『次の周で演じるキャラ設定』を賭けて戦っている。
俺が勝てば、美鳥は次の周『弱気』『電波』『無垢キャラ』『儚げ』に加え『蝶蝶や猫を見かけるとふらふらと追いかけていく』という、軸のぶれたキャラに成る。
だが、もしもこの勝負で俺が負ける事があれば、次の周での俺は、『耽美系』『天才』『病弱』『日常でも戦闘でもやたら音楽用語を多用する』に加え、『ボディタッチが多い(同性限定)』が加わり、今の俺の面影すら無い、まるで別人の様な有様になることだろう。
顔面や肉体の骨格に加え、名前も少し変える事になるかもしれない。ホモっぽい横文字とかホモ特有の画数が多い漢字とかで。
だから大十字よ、お前も、アンチクロスにフルボッコにされてデモンベインかアルか知らないけど、仲間を失った程度で諦めるなよ。
どうせこれから、覇道鋼造子として戦っていくのなら、大切な人が死んでくとかデフォになるんだ。今のうちに慣れておくがいい。
俺も、もう少しこっちでゆっくりバカンスを楽しんでからそっちに戻って、ニャルさんの補正に手を添える程度のヘルプ入りに行くからな……!

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

破壊ロボにより蹂躙され続けるアーカムシティ。
既に夢幻心母へのクトゥルー憑依召喚の儀式は始まっており、それを阻止する為には術式の核となるリベル・レギスを叩かなければならない。
マスターテリオンの駆る鬼械神、リベル・レギスが重力結界に抑えつけられるデモンベインを前に、装甲を展開すらせずに腕を組み見下ろしている。
動かなければならない。
大学で受けた教えを守り、人類の守護者たらんとするなら。
そうでなくとも、九郎の心は、人類を滅ぼすような邪悪を許す形をしていない。

だが、デモンベインは動かない。

「ふぅん」

リベルレギスのコックピットを開け放ち、リベル・レギスの上に立つマスターテリオンは、退屈そうな顔でデモンベインを、その操者であるマスター・オブ・ネクロノミコン──九郎を見下ろしていた。

「僅かな期間で驚くべき成長を遂げた故、此度こそは、と思っていたのだが……存外つまらぬ結果になったな」

もはや非人間的な笑みすら浮かべず、冷然とした視線を九郎に落とすマスターテリオン。
傍らに魔導書の精霊──エセルドレーダを侍らせている事を除けば、その姿は無防備極まりない。
それこそ、デモンベインが魔導兵装の一つも鍛造して投擲すれば、それだけで殺す事が可能かもしれない。
だが、デモンベインは、大十字九郎は指先一つ動かす事ができない。

「もう良い、負け犬は負け犬らしく、そこで這いつくばったまま、余の宿願が成される処を見ているがいい」

くるりと踵を返し、コックピットの中に戻るマスターテリオン。
装甲を展開することもなく、クトゥルー召喚の儀式は進む。
召喚の起点となる六つのポイントで、アンチクロスが次々に口訣を唱え、紡ぎあげられた術式がリベル・レギスに装填され、その全身を輝かせる。
夜暗を裂く閃光。
破滅の光と化したリベル・レギスを前にしても、デモンベインは、大十字九郎は動けない。

―――――――――――――――――――

目の前でリベルレギスが召喚術式をその機体内部で循環させ、増幅している。
このままじゃあ、クトゥルーが召喚される。
高位の邪神を相手に、人間に対抗手段は存在しない。
邪神を相手にするくらいなら、アンチクロスをまとめて相手にしたほうがまだ勝機はある。
いや、勝つ事ができなくても、ここでリベル・レギスに攻撃の一つも当てれば術式を中断させる事もできる筈だ。
そうさ、ここで、偃月刀の一つも出せれば。
ダメージを与える必要なんて無い、何か一つでも、リベル・レギスに攻撃を届かせれば。

「ルルイエの館にて死せるクトゥルー夢見るままに待ちいたり! されどクトゥルー蘇り、その王国が支配せん!」

私が言い訳を繰り返している間に、術式は完成した。
リベル・レギスの全身を巡っていた術式の光は掌に収束し、一条の閃光と貸して頭上に向けて一直線に解き放たれた。
解き放たれた閃光は光の柱と化し、頭上の夢幻心母を貫くと、その全体を包み込むように膨れ上がり、巨大な魔術文字で記載された術式へと変貌を遂げる。
ただ包みこむだけではない。
夢幻心母を中心に、幾重にも幾重にも折り重なった術式は周囲数キロの空を、覆い尽くし、夢幻心母を中心に渦を描くようにその構造を作り替え続ける。
ゼロコンマの後に更に無数にゼロが付いた後に初めて現れる様な時間の中、増殖と複雑化を続ける魔術文字。
その変質の果てに何が生まれるのか。

「あ、うあ……」

口から奇怪な声が漏れた。
何のことはない。
この時点で、既に私の心は砕け散る寸前だったのだろう。
クトゥルーの召喚という事実が、それをわかりやすい形で具現化したに過ぎないのだ。
夢幻心母から芽吹く、神の肉、肉の芽。
アーカムの空に受肉する邪神の齎す感情に、既に折れていた私の心は粉々に打ち砕かれていく。

「どうだ、マスター・オブ・ネクロノミコン。素晴らしいだろう?」

故に、夢幻心母を飲み込み、完全なる受肉を果たしたクトゥルーを目の前にしながら、私は確かにマスターテリオンの言葉を受け取り、理解する事ができていた。
ああ、確かに、なんて素晴らしいのだろう。
なんておぞましい。
なんて禍々しい。
そして、

「怖気が来るほど美しいだろう?」

ああ、そうだ、なんて美しい。

「あの眸が開かれたとき…………三千世界は余すところなく魔界と化すのだよ」

それはいい。
もう、それでもいい。
あんなものに殺されるのなら、しかたがないじゃないか。
きっとみんな許してくれる。
かないっこない。かてるわけない。

「…………」

マスターテリオンの語りかけが止まる。
何かあったのだろうか。
無線からは御曹司の声が聞こえる。
クトゥルーに向けて核ミサイルが発射されたらしい。
無駄な事を。
きっと、そんなものではどうしようもない。
先にアーカムが焼かれてしまうかもしれないけど、順番が少し変わるだけじゃないか。

「……やれやれ」

リベル・レギスから、マスターテリオンの呆れたような声が聞こえる。
なんだよ。
これ以上、わたしをいじめて、なにがしたいってんだ。

「育て、共に戦い、自らの命を先に差し出してまで生き残らせた女がこれとは」

うるさい。もう、ほうって置いてくれ。

「無様だな、あの男、鳴無卓也と言ったか。まるで犬死ではないか」

……………………、
…………、
マスターテリオンの言葉を耳にして、
内容を咀嚼して、
……その内容に、頭の中がクリアになる。

「この程度の女を、自らの命と引き換えに守るなど……魔術師以前に、人として人を見る目が無い」

「……さい」

目の前の化物が、何かを言う度に、
怒りに煮えたぎっている筈なのに、嫌に何もかもがよく見え始める。
なぜだろう。
ここで倒れても、きっと誰もわたしを責める事は出来ない。

「ああ、魔術師としては優れていると思ったが、それも思い過ごしであったか」

「……る、さい」

なのに、
もう、どうでもいいはずなのに。
今の私には、この結界の、デモンベインを縛るクソッタレな結界の術式。
その術式の一本一本までを、はっきりと、

「手塩にかけて育てた魔術師がこれとは、程度が知れ」

解き明かし、
解錠し、
破錠し、
破綻させる。

「うる、」

デモンベインが、ゆっくりと身体を起こす。
視界に映る何もかもは、私のデモンベインよりも更にスロウな動きで流れている。
踏み出す。
デモンベインの踏みしめる大地の感触が、まるで素足で地面を歩いているかのように感じられる。
踏みしめた大地から、地球から、巨大なエネルギーが引き出されるかのよう。
足の裏が爆発する。
魔術も、術理もなく、拳を握り締め、腕を引き絞る。

「せぇって言ってんだ、」

デモンベインは、私だ。
大地を蹴る脚が、引き絞る腕に満ちる力が、私の意思を表現し、確かに外の世界に伝達するツールと化す。
粘性の空気が重い。
デモンベインは空気の壁を引き裂き、大地を蹴って飛翔する。
断鎖術式は、何時の間にか発動していた。
空を飛ぶのではなく、目標に向けて跳ぶ為に、空中で、空間を真横に蹴りつける。

「このっ、」

一秒という一区切りの時間を無限に分割し、デモンベインは時間と空間を縮める力を得る。
大地を蹴る一の力と空間を蹴る一の力が重なりあい、二ではなく千の空を抜ける力を得る。
距離を通す力を、十の距離に居た恐ろしい鋼の龍に、鉄の悪魔に向けて解き放つ。
跳ぶとほぼ同時に振り抜かれた、空を抜く力を乗せた拳が、リベル・レギスへと────

「金髪、巨乳うぅっ!!!」

到達した。
障子に濡れた指で触るように、あっさりと貫かれたリベルレギスの結界。
拳を受け、吹き飛ぶリベル・レギス。
当然の如く、空中で体勢を立て直し着地する。

ああ、あれだけ力を込めて殴ったのに、欠片も堪えたふうに見えない。
悔しいとかよりも先に現れるのはやっぱり恐怖だ。
でも、

「ふふ、男を貶されて、怒りで目が覚めたか」

戦える。
私の心が燃えている。
あの日につけた力が、わたしを裏切らない努力が、
痛みを超越し、無理矢理に鍛えられた身体が、魂が、

「ああ、そうかもな」

胸に残るアイツらの、あいつの記憶が、
私の心を炎に変える。
白く静かに、それでも確かに熱く、燃え上がる炎へ。

「悪い、アル、世話掛けさせた」

「ふん、全くだ。……だが、許してやる。今の一撃に免じてな」

ニヤリと笑う相棒も心強く、
デモンベインにファイティングポーズを取らせる。
相対するリベル・レギスは、儀式を終え、力を衰えさせながら、尚も強烈な威圧感を消していない。

「だが、目が覚めて見るのも、貴公らに取っては悪夢となろう」

なるほど、確かにそうだろう。
立ち上がって不意打ち気味に無駄に拳を叩きこんでおいてなんだが、私に勝算は一切ない。
このまま戦えば、きっと卓也たちと同じく、負けて、殺される。
だけど、

「マスターテリオン、一つ教えておいてやる」

戦うのは私だけじゃあない。

「我らは、決して貴様ら邪悪には屈しない」

アルが、デモンベインが、一緒に戦っている。
だから、負けない。
あいつの言葉が、魂が、私の背中に芯を入れる。

『いいですか、先輩。一人ひとりでは小さいけれど、一つになれば無敵、というバトルでフィーバーする連中の格言があります。え、語呂が悪い? そういう時は、こう言い換えましょう──』

「なぜならば!」

私とアルの火が重なれば、デモンベインは炎になる!

「炎になったデモンベインは、無敵だ! ────クトゥグアぁッ!」

左手に召喚される、燃えるような真紅の自動拳銃。
卓也の使っていた魔銃。
あの時拾ったものを参考に、アルがクトゥグアの力を制御する力として、アイオーンで使っていた銃型の魔導兵器をベースにして登録していたもの。

「力を、与えよ!」

続いて右手にバルザイの偃月刀を鍛造。
握った偃月刀を手首の返しでくるりと回し、クトゥグアの銃口をリベル・レギスに突き付ける。
銃口の向かう先、不気味に漂うリベル・レギス。

「はは、はははははははっ!! ……面白い。征くぞ、エセルドレーダ!」

リベル・レギスの中からマスターテリオンの哄笑が響く。
面白いか、人が足掻く姿は。
お前らにとっちゃ、人が生き足掻く姿は、そりゃ面白いんだろうな。

「イエス、マスター」

唄う様に両腕を広げ、静かに舞い降りるリベル・レギス。
いいぜ、その余裕。
そんな余裕かましてられないように、私がもっと面白くしてやるさ!

「さぁ、派手に決めるぜ!」

リベル・レギスが地上に着地すると同時、私はクトゥグアの引き金を引きながら、デモンベインを一直線に走らせた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結論から言って、九郎とマスターテリオンの勝負は水入りとなった。
クトゥルー召喚の儀式により力を使い果たしたマスターテリオンに対し、アンチクロス全員が謀反を起こしたのだ。
マスターテリオンのリベルレギスを破壊したアンチクロス達は、更にデモンベインをも破壊せんと襲いかかり、アル・アジフの精霊を殺害。
アル・アジフが自らの命を盾にして救ったデモンベインと九郎は、覇道財閥の地下格納庫へと転送。
再起を図るためにデモンベインの修理と怪我の治療、更に力を失ったアル・アジフに代わる力ある魔導書を求めて武器研究所へ。
デモンベインの修復は難航していたが、時を同じくしてアンチクロスへの批判が元でブラックロッジから追われたドクターウエストと合流。
互いに少なからぬ因縁のある二人ではあったが、アンチクロスという共通の敵を前に、協力態勢へ。
彼女の持つ驚異的な技術で、デモンベインは驚くべき速度で修復が成され、アル・アジフ無しでの起動が可能な改修を施されている。

そして、修復の続くデモンベインの前で、ドクターウエストは一人腕を組み佇んでいた。
思うのは、かつてブラックロッジに居た頃、さんざん研究の邪魔をしてくれていけ好かない新入りの二人。
この覇道財閥に、いや、大十字九郎へのスパイとして活動していたらしい鳴無兄妹の、別れ際の最後の会話。
何があっても『大導師マスターテリオン』を裏切るな、という言葉に頷いた後の言葉だ。

『ドクター、奇跡を起こした人間が、聖人や神の子と正式に認定されるのに必要な条件って、なんだかわかります?』

ウエストはその問いに対して、明確な答えを備えていた。
とある国では正式に存在すると言われている聖人認定法、『死後に最低でも二回以上の奇跡を起こす』という、嫌に現実的な測定法によるもの。

『ドク、お前、神を信じていない口か? 言うまでもないだろうけど、魔術師は一人残らず神の存在を信じてる。あたしも、お兄さんもな』

『魔術師にとって、魔術はまず邪神ありきですからね。ドクター、貴女は大導師を信じますか?』

連中はその直ぐ後に、他ならぬ大導師の手によって処刑された。
間違いなく何かがある。ウエストの天才的な頭脳がそう告げていた。
ウエストは再びデモンベインを見上げる。
これもまた機械の神。神の力を模して喚ばれる機械の、そのさらなる模造品。

そう、ウエストはあの日あの時、マスターテリオンに路地裏で呼び止められスカウトされた時、感じたのだ。
この紛い物の神にも勝る、まるで本物の神を相手にするかのような畏敬を、畏怖を。
他ならぬ大導師マスターテリオンから。
ウエストは自覚こそないが、古代の文明における、荒神への崇拝にも似た信仰心を持っている。
だからこそ、大導師マスターテリオンを殺害したアンチクロスへと鞍替えを行わない。
恐るべき大自然の象徴、神への崇拝、それと全く同じ、大導師への信仰故に。

そして、同時に思い浮かぶ事がもう一つ。
入社して二年目でありながら大導師に気に入られていた、あの鳴無兄妹。
ウエストは、彼らとの何気ない会話の端々から手に入れた情報の断片から、彼らがブラックロッジ入社前から大導師と懇意にしていた可能性が高いと推測していた。
あの大導師が、組織とは別の場所に居る者と友好的な交流を持っていたというのも驚きだが、それよりも。
そんな、大導師の孤独を癒せていたかもしれない兄妹を、あっさりと殺せるものなのだろうか。
あれほど深く暗い、孤独の闇を抱えていた大導師が。

ちらりと時計を確認するウエスト。
もう間も無く夜が明ける。
デモンベインが破壊された今、ブラックロッジは最後の抵抗勢力である覇道財閥を本格的に潰しにかかるだろう。
敵は量産型の破壊ロボ。製作者であるウエストだからこそ確信を持って言えるが、デモンベインであれば、魔術兵装に制限があっても十分に殲滅が可能だ。
そして、破壊ロボを撃墜し続けていれば、間違いなく逆十字が出張ってくる。

大十字九郎は街を、人類を守る為に。
ドクター・ウエストは『大導師のブラックロッジ』への忠義の為に。
全力の状態でも勝てない可能性が高いデモンベインで、逆十字の鬼械神と相対し、これに勝たなければならない。

九郎はコックピットの中でエルザのサポートを受けながら、操縦系の調整を行なっている。
ウエストは、これから破壊ロボの第二波が来るまでに、可能な限りデモンベインの状態を最高の状態に近づけなければならない。

夜明けは近く、しかし、覇道財閥の地下格納庫は静かに熱を孕んでいた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして予定通り、破壊ロボの第二次侵攻作戦が開始される。
通常弾薬を減らし、爆撃用にバンカーバスターを二種、通常型と魔術付与型を搭載した量産型破壊ロボ。
アーカムの空を黒く染める鋼鉄の悪鬼供。
ウエストが知る破壊ロボの量産体制と装備の数を考慮に入れた場合、その数なんと、百を超える大軍団。
そして、その全てが全て空を飛び、廃墟と化したアーカムシティを、その下に隠された覇道の秘密基地を見下ろしている。
デモンベインに、空を飛ぶ力はない。
出来たとしても、それは空中での連続ジャンプを繰り返す拙いものであり、空中戦などとても望めたものではない。
だが、空を飛べなくても、自分のフィールドに引きずり下ろすのは難しい事じゃあない。

「力を与えよ……力を与えよ……力を与えよ……」

私の詠唱と共に、操縦桿替わりに突き刺していた偃月刀にヴーアの印が僅かに浮かび上がる。
次いで、エルザの接続されたナビゲート席に積まれたモニターによく分からない無数のプログラムが流れ、私の身体の彼方此方に装着された魔導合金製の部分装甲を中継し、デモンベインの外へと流れ出る。

「力を、与えよ!」

デモンベインの手元にノイズが走り、一本の巨大な偃月刀が鍛造された。
すかさず偃月刀を空に浮かぶ破壊ロボの群れに投げ込み、偃月刀を追うように突撃する。
偃月刀を回避して低空まで降りてきた破壊ロボ目掛けて、断鎖術式で跳躍、追い越した所で振り下ろし気味に蹴りつけ、更に跳躍。
数機の破壊ロボを切断して戻ってきた偃月刀を掴みとり、そのまま手近に居た破壊ロボを斬りつけ、視界の端に映った射程距離内の破壊ロボに頭部バルカンを斉射。
自由落下中のデモンベイン目掛けて生き残りの破壊ロボがビームやミサイルを放つ。
落下の軌道を断鎖術式で変更し、避けきれなかったビームを空間湾曲で逸らし、着地。
彼誰時の空を破壊ロボの爆炎が染め上げる中、すかさずその場から走りだし破壊ロボの追撃を逃れる。

「これで50……!」

幾度と無く繰り返した行為だが、やはり余裕はない。
ウエストの言葉を信じれば、この量産型破壊ロボはそれほど高度なAIを搭載していない為、余程下手な戦い方をしなければデモンベインは落とされる事はないという。
術者装着型鬼械神用術式補助演算装置も正常に稼働中。
なんでも、ウエストの知り合いが趣味で作っていたものらしいのだが、これが上手いことデモンベインと私にマッチしてくれているお陰で、簡単な術式であればアルが居ない今でも違和感なく発動させる事ができる。
でも、この戦い方だってギリギリだ。演算補助装置だって実際にデモンベインでテストした訳じゃないんだから、何時誤作動を起こしてもおかしくない。

「こい、こい、こいよ……!」

早く早く、この好調が続いているうちに、テンションが下がらない内に、来い。
でも纏めて来られると怖いから、出来れば動きが鈍重そうな奴とか単体でサポート無しで油断しきった形で来い!

「お姉様から香しいヘタレ臭が漂ってるロボ」

うるせえ変態ショタロボットめ。私はリアリストなんだ、文句あるか。

「──────っ!」

来た。
大地が激しく鳴動している。
日本で起きる地震のそれとはまた違う、地の底で膨大な量の流れる独特の、長大な龍がのたうつような、重みのある振動だ。
大地を突き破り、高層ビルをも超える高さの巨大な水柱が天を衝く。
それも一つではない、2、3、4、5、6……!
六本の巨大な水柱が形成する魔方陣の中で、巨大な魔力が膨大な業子が発生しているのが目に見える。
魔方陣を形成していた水柱はいつしか中心で寄り集まり一本の巨大な渦となった。
水の渦が、魔力と業子の力を元に実像を結び、巨体を浮かび上がらせる。

──クラーケン。
最凶最悪の魔導ロボット、鬼械神。

《ゲェハハハハハハハハハッ!》

クラーケンの腕が伸びる。
二本の鋼鉄の大蛇がデモンベインに喰らい付かんと、大気を切り裂き迫る。
鈍重な見た目からは想像も出来ない速度のそれは威力も勿論兼ね備えた攻撃であり、偃月刀で受けたならば一溜まりもなく粉砕され、デモンベインは噛み砕かれてしまうだろう。

「エルザ! シールド出力、部分解放!」

「了解ロボ! 時空間歪曲!」

歪んだ時空間を修復する為の逆流エネルギー。
本来莫大な推進力を与えるそれを、僅か二百メートルにも満たない跳躍と、足裏への展開に止めて発動させる。
紙一重の位置を掠めていくクラーケンの腕。
後方で逃げ遅れた破壊ロボが鉄腕鋼拳に巻き込まれ爆発する。
その爆発を背に、

「發っ!」

伸び続けるクラーケンの腕に飛び乗る。

《ナんダドッ!?》

正確には、クラーケンの腕との間に微弱な歪曲場を作り、その上に乗っているという方が正しい。
そして歪曲場の出力を調整しつつ、駆ける。
実際に腕に乗っている訳ではないから、いくら腕を伸ばそうともデモンベインが後ろに流される事はない。
デモンベインの全身を、水銀(アゾート)の流れそのものにするような脱力、極限の脱力から生み出される、初速からトップスピードのロケットスタート。
方向転換し追いすがろうとする鋼拳を引き離す速度でクラーケンに近づき──

「っせぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

跳躍。
クラーケンを飛び越え、同時に円の形にエネルギーを解放。
デモンベインが空中で回転する。
クラーケンを飛び越えるエネルギーをそのまま反転させ、振り向きざまに後ろ回し蹴りを背後から叩きこむ。

「アトランティスゥ……」

蹴り足が触れるか触れないかというところで、すかさず残っていた脚部シールドのエネルギーをクラーケンへと流しこむ!

「ストラァァイク!」

デモンベインの足裏とクラーケンの背後で炸裂する衝撃波。
思いつく限り最大限意表をついた攻撃は、見事不意打ちの一撃を成功させ、クラーケンを宙に舞わせた。
そして、デモンベインを追いかけてきた鋼拳を自らの顔面で食らったクラーケンは、そのまま脆くなっていたビルを幾つもなぎ倒しながら大地を滑走し、高層ビルの根本へと激突。
根本をへし折られ、クラーケンを飲み込みながら倒壊する高層ビルを見ながら、デモンベインは反作用でクラーケンとは反対側へ弾き飛ばされる。
空中で見を捻り、着地。
私が創作ダンスの講義を受講して無ければ、間違いなく着地に失敗していたところだ。

《き、キサマ……ッ!》

クラーケンが身を起こす。
わかっていたことだけど、今の一撃じゃあ禄にダメージを与えられなかったか。
そりゃそうだ、ビルより脆い鬼械神なんてありえない。
わずかにでもダメージが入ってるとしたら、それはデモンベインの蹴りか、クラーケン自らの拳によるもの。
でも今ので流石に警戒したのか、いきなり反撃に出るでもなくこちらを注意深く窺っている。
睨み合い、動くこと無く対峙する両機。
そうだ、先ずはこれでいい。
互いが静止したその隙に、エルザが通信を入れてきた。

「お姉様、分かってると思うけど、演算補助システムにも性能的な限界が存在するロボ。あくまでも魔術を発動させるのはお姉様である以上……」

「取っ掛かりにも手が届かない魔術は発動できない、って事だな」

位の高い神威から力を借りる事はできないし、複雑な構造の魔術も発動させようがない。
使えるのは私が生身で頑張って起動可能な術式だけ。
どうにかこうにか使える魔術はダウジングなどの戦闘向きでは無いものと、精々がさっきまで使っていた魔刃鍛造。
アトラック=ナチャもニトクリスの鏡も、今の私には難易度が高すぎる。

「その通りロボ。それに加えて、従来からデモンベインに搭載されている武装、つまり、バルカンに脚部シールド、それに……」

「それだけありゃあお釣りと福引券が出るぜ」

睨み合うクラーケンが再び両腕を伸ばし襲い掛かる。
馬鹿の一つ覚えか? いや、何か策があるのか、それとも自信があるのか。
でも、やることは変わらない!

「お姉様、後方20、破壊ロボ接近中ロボ!」

「気にすんな!」

「えぇっ!?」

迫る破壊ロボからのプレッシャーを無視し、脚部シールドを解放。
全速力で走りつつ、クラーケンの腕がかすりそうになる度に慣性を無視したステップで最高速度を維持したままの方向転換。
それはこちらを正面から叩こうとするクラーケンからはともかく、上空から見下ろす破壊ロボからすれば格好の的だろう。
でも、

《噴、克ッ!》

背後で強烈な殴打音。
同じような音が連鎖的に巻き起こり、爆発音が響く。
この特徴的な電子音混じりの掛声、間違いなくサンダルフォンだ。
殴り飛ばした破壊ロボでピンボールでもして、連鎖的に数機の破壊ロボをたたき落としたのだろう。
心強い。
そうだ、私は一人で戦ってる訳じゃない。
サンダルフォンが、覇道財閥のみんなが、ドクターウエストが、エルザが、一緒に戦っている。

《ガハハハ! どウした!? 動きが鈍イぞっ!》

縦横無尽にしなりのたうつクラーケンの腕は、恐ろしい質量をそなえた巨大な鞭。
一撃振るわれる度に街を更地に変えていくそれを、デモンベインは避けるので精一杯。

そう見えるんだろう、紙一重の距離で、最小限の動きで避ける今のデモンベインは。
見える、私にも、敵の殺意の軌道が。
私はそれに対応するだけ、マギウススタイルを纏っていなくても身体が動く。デモンベインが動く。
こんなに動けるのは、デモンベインをこんなに思うがままに動かせるのは、アルに、美鳥に、卓也に叩きこまれた身体の動かし方が生きてるから。
……そうだ、誰も、誰も居なくなってなんか、いない。

私が、私をここまで進めてくれたみんなが、お前を叩きのめす!

《ヌガアアアアアアアアアッ!》

地面を這って迫る腕。
跳躍して──

《馬鹿めッ! 捕まエたぞ》

足首に食い込むクラーケンの爪。

「お姉様!?」

腕を振り上げ、そのままデモンベインは宙に振り上げられる。
その勢いに、手に取っていた偃月刀を取り落とす。

「ぐぅうううううう!」

「うわあぁああああ!」

強烈なGが私達に伸し掛かる。
このまま叩き落とされたら唯では済まない……が、甘い!

《王気『撃竜衝』!》

一閃、サンダルフォンの放った風を纏う十字手刀がクラーケンの腕を切り落とす。
クラーケンの束縛から解放されたデモンベイン。
眼下では切り落とされた腕がビルを破壊し、クラーケンは突如として乱入してきたサンダルフォンに怒気を向けている。
ああ、たぶん挑発でもして、注意を引きつけてくれている。
知り合いで例えるならそう、まるでリューカさんの如き心配りと空気読み性能。
そんでクラーケンの中の奴、会ったことねえけど、てめぇ、たぶん筋肉馬鹿だろ!

空へと向かう力を失い、地球の重力に引かれ、一瞬だけ重力がゼロになる。
その瞬間を逃さず、

「ティマイオス!」

脚部シールドの断鎖術式を片方だけ起動し、宙を蹴る。
爆裂したエネルギーをそのまま落下の速度に加算し、直下のクラーケン目掛けて加速。

「なぁぁぁぁァァァァァ────にぃぃぃぃぃ!?」

やっちまったなぁ! アンチクロス!
最初から最後まで、私の狙った通り!

「その割に脱出手段は人任せロボね」

「あぁ!? ぜんぜん聞こえねぇ!」

何を言ってるか理解出来ないエルザの言葉をスルー。
凄まじい衝撃がデモンベインを襲う。
飛びそうな意識を、全身が訴える痛みが繋ぎとめる。
メインモニターを確認すれば、デモンベインの下敷きになったクラーケンの姿。

「やることが滅茶苦茶ロボぉ!」

「何言ってんだ、この程度、ミスカトニック(の陰秘学科でトップクラスの連中が休学して行う覇道財閥のバイト)じゃ日常茶飯事だぜ!」

だいたい、半熟魔術師の似非鬼械神で本物の鬼械神に勝とうと思ったら、無茶苦茶しないで勝てる訳がない、つまりこれが平壌運転。
さぁ、決めるなら今しか無い!
デモンベインでクラーケンに馬乗りになり、右腕を振り下ろす。

「ヒラニプラ・システム、アクセス! レムリアァァ……!」

叩きつけて、私の勝ち!

《──愚かなことだ》

ぞわ、と、脊髄に氷の柱を突きこまれた様な悪寒。

「離れるロボ!」

エルザの叫びと同時に飛び退く。
……が、飛び退くよりも一拍早く、クラーケンから発せられた流体染みた濃度の、針のように研ぎ澄まされたエネルギーがデモンベインを貫く。

「くっ……!?」

たたらを踏むデモンベイン。
その下からは何時の間にかクラーケンは消え、砕けたアスファルトであった筈の足場は、デモンベインの脚部シールドを半ばまで沈める程の水。
澄んだ、それこそ人の身には毒になる程に清らかな魔力を帯びた水。
なんだ、なにが起きてる?

《加えられた手心にすら気づけぬとは》

まるで、足元に広がる水の如く澄んだ声。
クラーケンからの声だと、一瞬理解できなかった。
先ほどまでの獣じみた声とはまるで違う、凛とした美しい声。

圧倒的な気配を感じ、デモンベインを振り返らせる。
そこには、一体の鬼械神が居た。
その背はデモンベインですら見上げるほど。
下半身は魚に近く、二本の脚の代わりに鰭の意匠が施されたスクリュー。
すらりと伸びた胴体はかすかにくびれているものの、美しい曲線を描いている
これをはたして鬼械神と呼んで良いものか、しかし、全身を覆うなめらかな装甲は、確かにそれが鬼械神である事を主張していた。

クラーケン、なのだろう。
足元には先程までのクラーケンの装甲が分解された状態で打ち捨てられている。
長い袖に見えるヒレを備えた腕は人のそれを超える長さを誇り、そこだけが僅かにクラーケンの面影を残していた。

《──────────》

クラーケンから響く、可聴域外の歌声に呼応する膨大な魔力と、既にデモンベインの胸まで浸す妖水。
攻撃ではない。
ただ声を発しただけで、デモンベインの装甲がビリビリと震えている。

こいつは、マズイ、かな?
しかも、デモンベインもさっきの一撃で魔力回路が一部断線した。
腕や脚が動かないってわけじゃない。
踏み込んで前に突撃する様な動きはできるけど、さっきまでみたいには避けられない。

《大十字九郎!》

サンダルフォンが変形したクラーケン目掛け飛翔し前蹴りを放つ。
いや駄目だ! どう考えても無謀過ぎる!

《王気『砕撃──』

案の定、サンダルフォンはクラーケンの放つ魔力の波動に吹き飛ばされ、ビルを何本も貫通し、最後に激突したビルを倒壊させた。

「サンダルフォン!」

私の中の冷徹な部分はサンダルフォンのお陰で次の攻撃までの時間が再び開いたと思考。
でも……

「どうしろってんだ、こんなもん……!」

人魚の様なシルエットのクラーケン。
その身を自らの魔力を含んだ水の中に沈め、先ほどまでの鈍重なシルエットからは想像もできないほどの速度でデモンベインの周囲を旋回する。
対してデモンベインは、何時かのインスマウスと同じく、不得手な水の中で性能も十分に発揮できない。

「大十字様! 一旦昇降機まで撤退してください! 一度回収します!」

「昇降機ったって……ねえよ、そんなもん!」

アーカムシティの彼方此方には、デモンベイン回収用の昇降機が隠されている。
だが、まるでその場所を全て把握していたかの様に、クラーケンの魔力が昇降機の入り口を凍結させて、巨大な氷で塞いでいる。

《せめて痛みを知らず、安らかに死ぬがよい……》

回遊するクラーケンが膨大な魔力を練り上げる。
編み上げられる構成は、広域破壊を目的とした魔術。
クラーケンの周囲に無数の水球が浮かび上がる。文字通りの無数。偃月刀やバルカン、断鎖術式で捌ききれる数じゃない。
先ほどまでの一辺倒な腕での攻撃ではなく、ここで確実に仕留めるつもりだ。
躱す術は無い。

ああ、くそ、ここまでか。
思ったよりもあっさりと訪れる『詰み』に、私は静かに目を閉じる。
相手の実力を見誤って負けなんて、間抜けな最後だ。
思い返せば、前にもこんな事があった。
路地裏でページモンスターを追い詰めて、
油断したところを捕まって、
食い物にされそうになった。

あの時みたいに負けるものかという覚悟を抱いている訳じゃない。
私もここまでなんだな、そう思うだけ。
闘気も萎えた。都合よく助けに現れてくれるあいつは、もう居ない。
私の中にあるあいつがくれた教えは、私が自らの油断で殺してしまった。

威圧感が増した。
クラーケンの魔術が完成したのだろう。
ああ、これで、わたしもあいつの所に────

「うおおおお! ミッドナイト・テンダー・ヒットマンズ!」

叫び声が、諦めきった私の鼓膜を貫く。
聞き覚えのある声。
私は思わず目を開き、メインモニターを見る。

「え?」

メインモニターに映ったのは奇妙な光景だった。
夜明け前だった筈の景色は薄暗い真夜中に。ことごとくが倒壊していた筈の高層ビルは、多少規模を小さくも修復されている。
ビルの上には、サングラスにコートの男がライフルを構えて、クラーケンに狙いを定めている。
何の変哲もないヒットマン。
いや、なんの変哲もないというのは明らかに語弊がある。
まったく同じ姿の人間が、六人。
涙を流しながら引き金を引く狙撃手六人。
打ち出される弾丸。
馬鹿な、高度な魔術理論の集大成である鬼械神も、その発動する魔術も、そんな弾丸ごときでどうにかなる筈がない。
しかし、

「なっ!?」

放たれた六発の弾丸が寄り集まり、一つの形を形成する。
三本角で、スノーホワイトカラーのカブトムシ。
いや、カブトムシ型の魔導兵器か?
鬼械神にも匹敵する異様な威圧感を放つそれは、過たず放たれる寸前のクラーケンの魔術に命中し、一つ残らず霧散させた。

デモンベインのピンチを救った魔導兵器は弧を描きながら空を疾走し、先ほどまでは摩天楼があったアーカムの廃墟の空で、白い繊手に掴み取られる。
バイアクヘーの背を踏み、黒いシャツの上に赤いコートを羽織った、黒髪の少女。

「どうした。本当の地獄はこんなもんじゃなかったぜ、大十字」

「美鳥!」

見間違える筈もない。
マスターテリオンのリベルレギスの魔術に貫かれ爆死した筈の後輩、鳴無美鳥。
そして、その隣。
空間を自在に駆ける魔導バイク『マシンシャンタッカー』に跨る、白いシャツにスラックス、緑のジャケットを羽織った男。
僅かに無精髭が生えているけど、そんな事で私が、こいつの事を見間違える筈がない!

「あ、ああ……!」

お前は、死んだ筈の!
重力球に飲み込まれて、アイオーンごと押し潰されて死んだはずの!

《鳴無……卓也!》

クラーケンから響く驚愕の声に、卓也はバイクに跨ったまま『チッチッチ♪』と指を振り、宙を切り裂くように指を振り下ろす。

「YES,I AM!……先輩! 隙を作ります!」

その言葉と同時に、卓也の周囲を飛び回る魔導兵器が威力を帯びる。
牙だけが白い、クリムゾンレッドのクワガタムシ。
世界が、塗り替えられる。
またしても夜の空へと書き換えられた空に、卓也は不敵な笑みを浮かべながら拳を突き出す。

「奏でるぜ……俺の魂のブルースを!」

魔導兵器の纏う闘気が大気を歪ませ、星空に幻影を生み出した。
目を瞑り、ブルースハープを奏でる謎の黒人。
クラーケンよりも巨大なそのイメージをバックに飛翔する魔導兵器。

「センチメンタル・アウトロー・ブルース!」

謎の黒人を背負った魔導兵器は光の矢となってクラーケンに突き刺さり、クラーケンの召喚した周囲の水を、魔力ごと残らず吹き飛ばした。
見るからに水中用のクラーケンは、その外見の印象を裏切らず陸上での活動に適応していなかったのか、水揚げされた魚の様に動きを鈍らせる。
……! そうか、これなら!

動く範囲で脚を動かし、のたうつクラーケンを正面に捉える。
脚部シールドを開放、断鎖術式を起動、エネルギーを解放。
大気中に散らばった残り僅かな水を、シールドから発生した紫電が分解し、水素と酸素を発生させ、引火。
爆炎を引き裂きながら、デモンベインは解き放たれた矢の如く、一直線にクラーケン目掛けて突き進む。

「光り射す世界」

デモンベインの左掌を突き出す。
ヒラニプラ・システムへの接続はつながったまま、あとは解き放つだけでいい!

「汝ら暗黒、住まう場所無し!」

あの形態になったが故のデメリットなのか、ここまでで奴は防御の一つも備える事が出来ずに膝を付いたまま。
鬼械神同士の戦闘では、あまりにも致命的な隙だ!

「渇かず飢えず、無に、還れ!」

《こんな、馬鹿な事が……!》

掌が、人間の女性に似たクラーケンの顔を捉えた。
握りこんだ頭部から、昇滅の術式が流し込まれる。
無限の重力と無限の熱量がクラーケンの内部から生まれ、その全てを貪り尽くす。
これこそ奥義──!

「レムリアァァ・インッパクトっ!!」

その場から素早く飛び退き、宙で一回転して、生き残っていた高層ビルの屋上に立つ。

「アァディオォス」

結界に取り込まれるクラーケンを確認し、背を向け、手を振り上げる。

「ア・ミーゴォッ!」

結界が収縮し、爆発。
アンチクロスの一人、鬼械神クラーケンの中の人、撃破!

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

戦闘が終わり、空には朝日が登りはじめた。
破壊されたアーカムシティ。
しかし、完全に壊滅してしまった訳ではない。
この街の守護者の力によって、辛くも壊滅を免れた。
大十字九郎が守りぬいた街。

その街の空を、飛行バイクが駆ける。
ビルの屋上で腕を振り上げた姿勢のまま停止しているデモンベインへと乗り付けた。
デモンベインのコックピットから這いでて、そのバイクの操縦者を睨みつける大十字九郎。
バイクから降りてデモンベインの上に立った操縦者──鳴無卓也の姿をしっかりと確認すると、まるでネコ科の獣が行う狩りを思わせる動きで跳びかかった。

朝陽が街を照らす。邪神の爪痕残る街を。
悪夢は終わらない。次の悪夢がある。その次の悪夢があり、同じ数だけ戦いがある。

暁が照らす。
仰向けに倒れる卓也の上に馬乗りになり、握った左右の拳を交互に胸元に繰り返し落とす九郎。
次第に振り下ろす拳から力が抜け、自らの顔を拭う。
しゃくりあげる九郎の、くしゃくしゃな泣き顔。
拭われる雫を輝きに変えるのも、夜明けを告げる朝陽の力だ。

頬を膨らませた怒り顔の美鳥がシャンタクの背を蹴りデモンベインに近づいていく。
繰り返される日々を照らす為、朝陽は昇る。
悪夢があり、戦いがあり、全てを許容する一日がまた、始まろうとしていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「どういう事だ、奴は死んだのではなかったのか?」

アウグストゥスは僅かに困惑していた。
確かに、カリグラが敗れる事は想定の範囲内だった。
だがそれは、大十字九郎の魔術師としての伸びしろと成長率を考慮した上での話であり、魔術師の世界では珍しくもない話だ。
だが、まさか、大導師マスターテリオンに狙われて、鬼械神事破壊されて、それでも生き延びる魔術師が存在しうるとは。

「大導師サマが仕損じた、って、ンな分け無いわよねぇ。それに、カリグラちゃんもやられちゃうし」

ティベリウスは首を傾げながら、しかしその形の良い唇の端を愉快そうに釣り上げる。
アウグストゥスやウェスパシアヌス、今殺されたカリグラを除く全てのアンチクロスは皆、何らかの理由で鳴無兄妹の事を高く評価していた。
だが、まさか鬼械神ごと破壊されて、それでも無事に生き残るとは。
大導師の差し金か、そんな事を考えてみても答えなど出るわけもないが、それでも考えてしまう。
特にウェスパシアヌスの混乱は、その表情からうかがい知る事はできずとも相当のもの。

「すごい!」

だが、驚愕よりも喜びの感情を表す者が居る。
クラウディウスはアンチクロスとして作っていたキャラクターを被るのも忘れ、素の自分でモニターを見ながら飛び跳ねてはしゃいでいた。

「ね、ね! 覇道の連中をぶっ殺しに行くんでしょ? それ僕が行くからね! あんな真似ができるなんてわかったんだから、絶対に迎え入れに行かなくちゃ!」

おもちゃを欲しがる子供の様なその様子に、クラウディウスと多少の交流があるティベリウスは苦笑する。
アウグストゥスやウェスパシアヌスが鳴無兄弟を放置するとも、自分から出向いて始末するとは思えない。彼女の提案を喜んで受け入れるだろう。
ティベリウスはその視線を沈黙を保つティトゥスへと向ける。
笠で隠れたその顔は見えないが、歯をむき出しにして笑っているのが容易に想像できる。
クラウディウスとは正反対の意味ではあるが、ティトゥスも鳴無兄を狙っているのだ。

個人的な目的に比重を傾け過ぎているこの二人に任せるのは不安と、自分にも襲撃に加わるようにと提案してくるだろう。
それを拒むつもりはない。
殺すのも犯すのもばっちこい、それこそ絶好の機会、犯しそこねた覇道の総帥を食べに行こう。
アタシは、カリグラの様に油断はしない。





巣穴に放り込まれるは、三人の魔術師。

夜が明け、朝が来ても、アーカムシティの悪夢は終わらない。





続く
―――――――――――――――――――

遊園地の変速フリーフォールの少し落ちてまた上げるアトラクションに例えれば、少し落ちた後にまたゆっくり上に上げられててる感じの第六十六話をお届けしました。

ここまで投稿に時間が掛かったのは初めてではないでしょうか。
文の量を多めにしていたとかそういうのではなく、普通に仕事と習い事が忙しかっただけなんですが。
あ、でもこのSS、全体通した文字数をなろうとかにじファン形式で換算すると、だいたい全部読み終わるのに50時間くらいかかるらしいです。
でも一分間に500文字ってのも実感しにくいカウント方法ですよね。
こういうノリで進むSSって基本部分部分読み飛ばされてくものでしょうし。
読み飛ばされるのは悲しいけど、じっくり読まれると文章の粗が目立って恥ずかしいというか。
たぶん羞恥プレイと同じ感覚だとおもいます。ええ。全裸首輪深夜公園犬アクションで散策とか裸コートバイブコンビニでコンドーム購入財布は内ポケット取り出しは前から限定とか。
すなわち、処女作にしてオナニー作にして羞恥プレイ作!
非常に性的ですね。いやらしい……我々のチートオリ主SS、いやらしい……。


失礼。久しぶりの投稿故に少々興奮していたようです。
何事もなかったかのように自問自答コーナーはじまるますますます(残響音含む)。

Q,大十字の好感度が前話と比べても上がってね?
A,一緒に居たいと自覚(吊り橋効果含む)→眼の前で死ぬ(インパクト大)→実物が居ない状態で罪の意識から延々回想シーン繰り返し(記憶の美化)→会えない時間が思いを育てる(妄想八割)→死せるトリッパー生ける原作主人公を悩ます(←今ココ!)
これら全て大導師の予定通りなんですけどね。
Q,サポAIはともかく、なんであの状態で主人公生きてるの?
A,発射見てからワープで脱出余裕でした。茶番ですしね……。
Q,ボォォォォォォォォォグバトォォォォォォォォォ!
A,うん!
Q,大十字少し諦め早くね?
A,矯正されないと理屈屋のエリートタイプであったため、根性の自力は少し弱いという設定。
そもそもTSしてる時点で原作との差異を語るのは難しいというか。
Q,王気?
A,カラーリング的にサンダルさんはデスファードなんですけど、そっちの方がかっこいいですよね!


次回に地下基地で戦闘だから、あと二回か三回でTS編は終了の筈です。
ええと、TS編が終わったらブラックロッジ最終編を始めて、それが終わったら……ええと……。
うん、2012年の内には無限螺旋も終了の筈。
流石に二年間ぶっ通しってのもおかしな話ですしね。

来年の話をすると鬼が笑うって言いますけど、その内まともなSSも書いてみたいなぁ。
EX!の原作主人公双子オリ主ででヒロインはまだ組織で持て余されてた鈴原。
八神家に保護されるまでのストーリー書きつつ、鈴原を守るために生まれて始めて変身する主人公とか、そんな王道。
ホモ臭いけど、そこは伝統と信頼の『性的暴行を回避するための性別偽装』でTSでもすれば。
まぁ最悪でもヤオイ穴を開通してしまえば全て解決しますし。

そんな訳で、今回もここまで。
当SSでは引き続き、誤字脱字の指摘、簡単にできる文章の改善方法、矛盾点へのツッコミ、その他もろもろのアドバイス、そして何より、このSSを読んでみての感想を心よりお待ちしております。


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